その先にあるもの

 ヴェルダン軍の突然の襲撃を受けたユングヴィ城は、シグルド達がユングヴィに到着した時、すでに敵の手に落ちていた。
 しかし制圧したばかりで油断していると考え、シグルドはノイッシュと共に城に潜入した。
 あまりにも簡単に攻略できたことに浮き足だっていたのか、それとももともと力がなかったのか、ヴェルダン軍の兵士達はシグルド達に剣の前にことごとく倒されていった。
 倒される仲間を見て、逃げ出す者が多かったのも、シグルド達にとっては幸運だった。
「シグルド様、エーディン公女の姿はどこにも見当たりません」
「途中でも会えなかったが、脱出に失敗したのか……?」
 一足遅かったのだろうか。シグルドの胸に不安が広がる。とにかく広い城内をどこから探していいのか、迷い始めていた。
「シグルド、うしろだ!」
 突然、静まり返った城内に声が響く。その声に素早く反応したシグルドが、振り向きざまに、剣を振る。気配を消して近付いてきた2人の敵があっという間に倒された。
 敵がいないのを確認して、声のした方を振り返った。
「キュアン?! どうして君がここに!」
「ヴェルダンとの戦いだと聞いて、エスリンとフィンとで駆けつけたのだ。私達も協力させてもらうよ」
「エスリンも来たのか?!」
「ああ。先陣を切って飛び出したぞ」
「どうせあいつから言い出したのだろう? お前までまきこんで、まったくあのおてんばが。キュアンも苦労するな」
「なに、これくらいたいしたことじゃない。幼馴染みや兄の危機を助けたくてがんばっているのだ。例え後先考えずに行動したとしても、後ろから守ってあげたくなるような、そんなところがかわいいのさ」
 戦いの最中でありながら、2人の会話には余裕があった。
「しかし、すまない、キュアン。君にまで迷惑をかけて」
「何を言うんだ、シグルド。これは我々の約束だろう? 王都バーハラの士官学校時代、君とエルトシャン、そして私とで、互いに夢を語りあい、どんな時にでも助け合っていこうと誓いあったはずだ」
「そうだった。私も忘れてはいない。いついかなる時も、苦境に合いし時は助け合おうと誓ったな」
「我らが協力しあえば、ヴェルダンの蛮族どもなど、すぐに追い払えるさ。それから、忘れるな。君をこんな戦いで失うことなど、私は絶対に許さないということを」
「ありがとう、キュアン」
 二人の旧友は、誓いを確かめ合うようにしっかりと右手を握り合った。
「キュアン、兄様!」
 階段を元気良く駆け上がってくるエスリンが手を降って合図する。
「エスリン! おまえ一人でどこに行ってたんだ?!」
「一人じゃないわ、フィンも一緒よ」
 さらっと言い流して、エスリンは後ろを振り返る。
「ごぶさたしております」
 エスリンの少し後ろで控えていた少年が深々と頭を下げる。
「久しぶりだな、フィン。いつもこいつのわがままにつき合わせてしまってすまない」
「とんでもありません! 私はエスリン様にお仕えできてしあわせです!」
「それならいいが。これからもこいつを頼む」
「はい! 私に出来る限りの力を尽くしてお仕えいたいます」
 フィンは力を込めて頷いた。
「それよりも、兄様! ヴェルダンが攻め込んできたと聞いて、心配で心配で……。でも良かった、御無事で」
 それまで平気だったのに、フィンとやり取りする元気な姿の兄を見てなんとなくほっとしたのか、エスリンはほんの少し瞳を潤ませる。
 敵の手に落ちている城内で勝手に行動していた妹に、少しは叱らなくてはとシグルド思ったのだが、自分の無事を喜んでいる姿を見せられて、それもできなくなった。
「ああ、私は無事だ。おまえもよく来てくれた」
 シグルドはくしゃっとエスリンの髪を撫でる。
「だってシアルフィにはわずかな兵士しか残っていないと聞いていたから。兄様は昔っから向こう見ずなところがあったもの。遠征中の父上に代わって、私がお助けしなければならないと思って駆けつけたのよ」
「おまえは昔からしっかり者だった。幼い時に亡くなられた母上に代わって、父上や私の面倒をよくみてくれた。レンスターに嫁いで少しは女らしくなったと思ったが、今も少しも変わっていないな。やっぱりキュアンは苦労しているだろうな」
 シグルドはさらにくしゃくしゃっとエスリンの髪をなで回す。
「もう! 兄様、やめて! 私が口うるさくなったのは、父上や兄様のせいよ。二人ともホンットにだらしないんだもの! だからこの年齢になってもお嫁さんが来てくれないのよ」
 エスリンはぷぅと頬を膨らませる。
 キュアンは、そんなやりとりをしている時のエスリンが、我が妻レンスター王太子妃ではなく、シグルドの妹に戻っているようだと思った。
「ほら、エスリン。今はそんなこと話している場合ではないだろう?」
 久しぶりの兄妹の再会に水をさすのはどうかと思ったが、このままではいつまでたっても終わりそうになく見えたので、キュアンは話に割って入った。 
「それもそうね。兄様にはこの件が落ち着いたら、たっぷり言って聞かせるからね!」
 エスリンはぐいっとシグルドの襟元を掴んで顔を引き寄せ、言い放った。
「と、ところで、本当に今までどこに行っていたのだ?」
「そうだったわ! あのね、エーディンは地下室に逃げたんじゃないかと思うの」
「地下室?」
 シグルドとキュアンは声を揃えた後、顔を見合わせた。
「昔、こっそりエーディンに教えてもらったことがあるの。そこから城の外へ続く通路もあるのですって。私、それを思い出したから、ちょっと地下へおりられる場所を確認してきたの。キュアン、兄様、こっちよ、行きましょう」
「地下室か……。もしかするとまだそこに隠れているかもしれないな。行こう、キュアン!」
 そしてエスリンを先頭に、5人は地下室へと向かっていった。

◇ ◇ ◇

「ミデェール!」
 暗い地下室に倒れ込んでいる青年に向かって、シグルドは叫ぶ。
 仰向けに倒れ、気を失っているかと思われた青年が、ゆっくり顔だけこちらに向けて口を開く。
「シグルド様……? おひさしぶりです」
「挨拶なんてしている場合か。すごい怪我だな、大丈夫なのか?!」
「これしきのこと……。うっ」
ミデェ−ルは顔をしかめて、切れた唇の端に手を当てる。
 武器による怪我というわけではないらしい。顔は殴られてひどく腫れていた。赤紫色のあざはしばらくは消えなさそうである。
「兄様、どいて。ライブをかけるわ」
 エスリンは赤い宝玉の付いた杖を、ミデェールの体にかざした。淡い光が杖から発し、そしてミデェールの体に吸い込まれていく。
「大丈夫か?」
 シグルドの問いに答えるかのように、ミデェ−ルは身体を起こす。
「……はい、エスリン様のライブのおかげで痛みは消えました。それよりもエーディン様が連れ去られました」
「やはりそうか」
「すぐに、すぐにヴェルダンへ行かせてください!」
「何を言っているの?! ライブをかけたとはいえ、これはただの一時しのぎなのよ!
 これだけの怪我をしていて、戦場に出るなんて無謀よ!」
 いきなり立ち上がろうとしたミデェ−ルをエスリンは支えながら、制した。
「エスリンの言う通りだ。今はその怪我を完治させることを優先した方がいい」
「いいえ! こんな怪我など平気です! ですから早くエーディン様を……!」
 ミデェールはエスリンから離れて一人で立ち上がろうとする。しかし足に力が入らないのか、がくっと膝を折った。やはり無理をしていたのだろう。
「ほら、とにかく今は休んで。それに今すぐヴェルダンへは向かえないわ。ねぇ、キュアン、兄様」
「そうだな。まだユングヴィ城の残存兵の始末もあるし、もうすぐ陽が暮れる。今から出立するのは無理だ」
「しかし、エーディン様が……」
「大丈夫よ! エーディンだってそう簡単に敵の言いなりになんかならないわ。あなただって彼女の性格知っているでしょう?」
 できるだけエスリンは明るく言った。エスリンこそ幼馴染みであり姉として慕っているエーディンの身が心配ではあった。しかし、無謀に先を急いでも仕方がない。
「……わかりました。今はとりあえずおっしゃる通りにいたします」
 そう言ったかと思うと、急にミデェールは意識を失った。
「ミデェール?! とにかくベッドまで運びましょう。フィン、ノイッシュ、手伝って」
 エスリンに呼ばれた2人は両脇からミデェ−ルを支えて、階段をあがって行った。
 シグルドとキュアンもその後に続いて、とりあえず地下室を後にした。
「ミデェールにはああ言ったが、急がねばならないな」
「ここから連れ去ったというなら、行き先はヴェルダン領内のエバンス城か……」
「その先の城の可能性もあるが、まずはそこだな」
「もうすぐアレクとオイフェが着く頃だろう。周辺の様子を聞いて、それからどうするか……」
「周辺の残存兵の始末は終わりましたよ」
 計画を練っていた2人に、聞いたことのある声が割り込んできた。
 大きな柱の陰から、2人の青年が姿をあらわす。
「えっ?!  どうして君たちが……?!」
 驚くシグルドに、声の主は答える。
「ユングヴィの危機を知って、と言いたいところですが、エーディン公女の危機と聞いて、こいつが居ても立ってもいられなくなって、駆け付けたというわけですよ」
「レックス! 余計なことは言わなくていいよ! それよりも、シグルド様、おひさしぶりです」
 人なつっこい笑顔の小柄な青年が礼をする。
「ドズルのレックス公子に、ヴィルトマーのアゼル公子。わざわざ駆けつけてくれたのか」
「『アゼルにつきあって』ですよ。別に来たくて来た訳じゃない」
「その口振り、相変わらずのようだな。とにかく理由は何にしろ、協力してくれるのなら、こちらとしては嬉しい限りだ。よろしく頼む」
「ま、適当にやられてもらいますよ」
 レックスは、差し出されたシグルドの右手を、とりあえずといった感じで握った。
「残存兵もなく、レックスとアゼルが加わったのなら、エバンス城への進軍は早い方ががいいな。明け方を狙ってエバンス城に乗り込むか」
 そうキュアンが提案すると、その場にいた者達は一斉に頷いた。
「エーディンにひどいことをしたら、僕は絶対に許さないからな」
「あんまり意気込み過ぎて、肝心なところで魔法をしくじるなよ」
「ホントにレックスはうるさいなぁ。まるで兄さんみたいだ」
 拗ねた口調でアゼルはつぶやいた。
「ところで、君達の参軍をアルヴィス卿は御存じなのかい?」
 アルヴィスはアゼルの兄であり、グランベル王国近衛軍指揮官を務めている。
「兄は……。相談はしたのですが取り合ってはもらえませんでした。でも、この参戦は僕が僕なりに考えてのことです。危ないからとかいう理由では僕は考えを改めはしません。戦力になれるかどうかはわかりませんが、シグルド公子、どうか僕の参戦を認めてください!」
「そこまで自分なりの信念を持っているのなら、アルヴィス卿も理解してくれことだろう。私としても魔法が使える君がいてくれると心強い。よろしく頼むよ、アゼル公子」
「ありがとうございます!」
 嬉しそうな笑顔でアゼルは返事をした。

◇ ◇ ◇

 そして明朝、シグルド達の軍はエバンス城に不意の攻撃を仕掛けた。そしてエーディンの解放と、城主投降を促したのだが、エバンス城を預かるゲラルドは、それに耳を貸さなかった。
 ゲラルドの口振りから、すでにエーディンがこの先の城に連れて行かれたのを察すると、怪我を押して戦いを挑んだミデェ−ルの弓と、エーディン奪回に燃えるアゼルの炎の魔法による遠距離攻撃によりあっけなく倒された。
「エーディン様を解放するまで、私はどこまでも追って行く!」
 とどめの矢を放ったミデェ−ルが叫ぶと、一歩出遅れながらもアゼルが続いた。
「ぼ、僕だってエーディンのためにどこまでも行くよ!」
 そんな2人を後ろから見つめていたレックスは、アゼルがミデェ−ルをライバル視しているのを見抜き、苦笑しながら小さくつぶやく。
「今から出遅れてちゃ、彼女の奪回にも遅れを取るぞ、アゼル」

 エーディンを追って、思いがけずにエバンス城を制圧したシグルド軍。行く先々で遅れを取り、なかなか目的を遂げられない。思いの他、エーディン奪回には時間がかかってしまいそうであった。
 しかしここで引き返すことはできない。
 ただひたすらに目的を果たすために、先へ進むしかなかった。
 その先に何があろうとも、シグルドは進むしかなかった。



 

         Fin

ちょっとフリートーク

 とりあえず、序章終了〜。
 らぶらぶがメインじゃないからちょっと物足りないかな(^^;)
 アゼル君が一生懸命がんばろうとしているところは好きかも。
 そして後ろから見守る(笑)レックスも好きだったりして。
 なんだか実際書いてみると、思っているのとは少しずつ違ったキャラになっているように思えるのは気のせいかしら?
 さてさて、2章に入って女のコが増えて、らぶらぶな話が書けますように〜(笑)