Cry and Smile ――― CHIHIRO ―――

あの形……ラッシーに似てるな。
千尋はコンクリートに寝そべって雲の流れを追いかけていた。
切れ間から照りつける陽射しが、厳しい残暑を物語っている。
一方でときおり髪をなぐ風はひんやりしていて、秋もまた近づいているのだと
教えてくれる。
『全校生徒のみなさん、ただいまより始業式を行いますので体育館に集合してください。
繰り返します、全校生徒のみなさん…………』
屋上にいると、校内放送もずいぶん遠く感じられる。
こんなところでサボるのは子供じみているだろうか。
だが、どうしても式に出席する気にはなれなかった。
認めたくないのかもしれない。
季節が移り変わろうとしていることを。
夏とともに大切な"親友"も去ってしまったことを。

ガチャッ。
ふいに背後で扉の開く音がした。
続いて規則正しい足音が、まっすぐこちらを目指してくる。
だれだ、いまごろ?
オレと御同様のサボリかな?
青と白の世界を見つめたまま、ぼーっと考える千尋に足音の主が声をかける。
「ったく〜、こんなとこにいたの?」
刹那、千尋は驚いて身を起こす。
振り向くと本来なら最もサボリからは縁遠そうな少女の姿があった。
「……吹雪ちゃん」

◇    ◇    ◇

「真面目な委員長がサボリなんて、どうしたわけ?」
軽口を叩きながら、立ち上がって吹雪の傍らに並ぶ。
悪い癖だとわかってはいても、そうしてないとバランスが保てなくて。
"何を考えてるのかわからない奴"を演じてないと涙がこぼれそうで。
「だれがサボリよ!あんたを探しにきたの!!」
「オレを?」
「そーよ、小林クンが騒ぐんだもん。千尋クンがいない〜〜って。
だから手分けして探してたのよ!」
「そりゃ悪かったね。でも―――暫く戻るつもりないから」
いつになくキッパリ言い切って、再び空に想いを馳せる。
そんな千尋の視線を辿り、吹雪は左端の雲に目を留めた。
子犬を思わせる形の雲に。

「……ねぇ、無理してるんじゃない?」
不自然なほど表情のない横顔に吹雪が問いただす。
すると千尋は、いつものように口の端を歪めてみせた。
その美貌に一瞬よぎった影を巧みに覆い隠して。
「無理?ははっ吹雪チャンたら、おもしろいこと言って―――」
「はぐらかさないで!!」
たった一言。
だが、上っ面のごまかしなど通用しない鋭悧な一言だった。
強い光を宿したまなざしが、喰い入るように千尋を見上げる。

やめてくれ。
そんな眼で見ないでくれ。
抑えようとしてる感情を呼び覚まさないでくれ。
そんな眼で見られたらオレは――――。

いたたまれなくなって目を逸らそうとしたとき、吹雪がスッと両手を伸ばして
千尋の頬を包んだ。
「吹雪ちゃん?」
「いいよ」
さっきとはうってかわった気遣わしげな、やさしい声。
「だれも見てない。だれも聞いてない。だから―――泣いてもいいよ」

ナ イ テ モ イ イ ヨ

その言葉はまるで呪文のように千尋の頭をぐるぐる廻る。
泣く?どうしてオレが?
ああ、そうか……。
オレは……オレはずっと、泣きたかったのか………。
"親友"が去ってしまった、あの日からずっと―――。
パズルの最後のピースを見つけた途端、心の中で何かが弾けた。
視界にうっすら靄がかかり、何もかもぼやけていった。
瞳からぽろぽろと熱いものがこぼれ、とめどなく溢れ出す。
嗚咽さえ漏らさず、ただ静かに端整な顔を、そしてそれを包む華奢な掌を雫で
濡らしてゆく。
幼子のように無防備に立ち尽くす千尋にむかって、吹雪はせつなげに囁いた。
「あんたバカだよ……こんな時まで声を殺して泣くなんて」

◇    ◇    ◇

キ――ンコ――ンカ――ンコ――ン。
何度目かのチャイムが鳴り響いたところで千尋が口を開いた。
「そろそろ教室に戻ったら?」
「うん……」
溜まっていた感情を曝け出したせいだろうか。
ためらいがちに隣を覗うと、千尋は心なしか吹っ切れた表情をしていた。
「あんたは?」
「オレはもう少しここにいる」
「でも……」
「もう少し……もう少しだけ、雲を見ていたいんだ」
「……そっか」
吹雪はそれ以上何も訊かず、先に行くわとドアへ向かった。
「吹雪ちゃん!」
ノブに手を掛けたところで背中に声が降る。
怪訝そうに振り返ると、千尋が極上の微笑(えみ)を湛えていた。
「さっきは……救われたよ」
それは吹雪がはじめて見る、やわらかで温かい微笑だった。

FIN
Written by Meggy

【管理者より一言】
ちーさんが泣いています〜。
絶対に人前では泣きそうにないちーさんですが、
吹雪ちゃんの前でなら泣けそうな気がします。
なんとなく切なくて、ほっとするお話ですね。
ここの壁紙は、いいのが見つからなくて初めて自作してしまいました(^^;)
お忙しい中、ありがとうございました。


Special Thanks!