〜 いついつまでも。

     

ばたばたばた。どたどたどた。がらがら・・・がしゃーん。

 

 

「またやってるな・・・・」

縫い物の手を止め、小さく溜息をつく。
手にしていた仕上がり間近の直垂をそっと置くと、静かに立ち上がり部屋を出た。

「どうしたんですか?」

見ればそこらの局や簀子縁を右往左往している女房たち。
その内の一人、使用人たちのまとめ役でもある萩乃という名の女房が、常にしつけの行き届いた彼女らしくも無く、悲鳴に近いを上げる。

「御方様!そのようなお身体でお歩きになどなられてはいけません!」
「ありがとう、萩乃さん。でも少しは動いておかないと体力落ちちゃうから。それに、いざっていう時困るし」

そう言って浮かべる微笑みは、少女の頃と全く変わりなく。
そんな彼女に一度も勝てたためしの無い彼女の夫同様、この館の使用人たちも皆、頭が上がらないのは周知の事実。

「申し上げます。雑舎、厩舎、車宿りなど全てお捜し致しましたが、そのどちらにもおられません」

きびきびとした足運びで庭先に現れた数人の家人が跪き、悔恨の色濃く言上する。

「皆さんの棟にはいませんでしたか?」

高欄近くまで寄り尋ねる女主人に、落ちやしないかと傍らの萩乃を含めた女房たちはまるで気が気ではない。

「これは、御方様。は、仰る通り私どもの棟は元より、鍛練場にも捜索の手を広げたのでございますが、お姿、お見受け致すこと叶わず・・・・。申し訳ございません」
「分かりました。じゃあ、私が探してみますね」

言って、有無を言わさず歩き出す。
京を救った決断力は今だ健在のようだった。

 
 

                   ++ ++ ++ ++

 

 

同時刻。

「騒々しいな・・・。何があった?」

付き従っていた側近に乗っていた馬を預けながら、ちょうど通りかかった家人の一人を捉まえて問う。

「は、これは棟梁。お帰りなさいませ!その、実は・・」
「・・・・またか」

言い淀む様子に小さく溜息をつく。

「あの御方はご存知なのか」

大事な時期なのだ。
無用な負担で煩わせたくない。

「は。それが、先ほど家司の萩乃殿へ報告に参った者が申しますには、その場におられた御方様御自ら、お探しに向かわれた由」

僅かな希望も断たれ、徒労なるだろうとは予測がつきつつも、素早く命を下した。

「私も探す。引き続き捜索せよ」
「はっ!」

 
 

                   ++ ++ ++ ++

 
 

ずんずん、といっても、身に付けた繊細な衣装と伸びに伸びた髪と命の重さがあるので、そう早くは進めなかったが。
何の逡巡も見せず行き着いた先は、この館の主の私室。
すたすた入ってゆき、塗籠に続く奥の引き戸を開ける。
よく鑢がかけられた戸は、すぱんと小気味良い音が響いた。

「見ーつけた。はい、隠れ鬼終わり!・・・って寝てるし」

淡紅色の振り分け髪に今は閉じられた瞳と同じ紫苑の薄ようの袿。
その上に重ねた細長が見事にずり落ちている。

「こんなところで眠っちゃ風邪引いちゃうよ。ほら起きて」
「・・んゃ・・・?あー・・ははうえだぁvv」

言って寝ぼけまなこを懸命にこする、三〜四歳の女童。

「ほら。出ておいで?」
「はひゃ・・ぅ・・・い」

あくび混じりの返答に小さく笑う。
出て来た女童がぽふっと袿の袖にしがみつく仕草は、甘える時のいつもの癖だ。

「一人でここに入っちゃダメだよって前に言わなかった?お父さんのお部屋は、刀とかあって危ないんだから。ね?」
「うみゅぅ・・。ごめんなさぁい・・・・。でもどうしてははうえはすぐみつけちゃうの?」
「ふふ。あの人の警備網を幾度と無く掻い潜った私のカンは伊達じゃないのよ。・・・いーい? 今度約束破ったら、東寺の塔からバンジージャンプだからね?」

いやそれはやめとけ。

「ばんじぃじゃんぷ?それなぁに?」
「それはね、高ーいところからびゅーんてなって命綱がびょーんってなってひゅーんなの」

無垢な瞳で見上げてくる我が子に、慈愛の微笑みで答える。
てかそれ答え違うし。

「よくわかんない。・・・・・ちちうえにたのんだらおてほんみせてくれるかな?」
「本気にしちゃうからやめとこうね」
「はーい」

母娘の妙な会話にツっこむ者は誰もいない。

 
 

                   ++ ++ ++ ++

 
 

「ち〜ち〜う〜え〜!」

まだ舌足らずな呼びかけと小さな足音にいち早く気付き、そちらに視線を移す。
どこかくすぐったくなるような気持ちはいつも際限無く生まれ、愛しさと溶け合う。
転びやしないかと内心冷や冷やしている父の気も知らず、けれどやっぱり渡殿のあたりでずべっと転ぶ。
追いついた女童の母が静かに微笑むその先で、唐突に起き上がり何事も無かったかのようにまたこちらへ向かいだす。
なかなか見どころのあるそれは、やはり母譲りか。

「おかえりなさーい!」
「・・いないと聞いて心配したぞ。一体何処へ隠れていた?」

ひょいと抱え上げた幼い娘に安堵の溜息が零れる。
後半の問いかけには、同じく傍らまでやって来た美姫が答えた。

「貴方の部屋の塗籠の中。・・・・・・・もうしないって」
「うん。もうしないの。びゅーんがびょーんでひゅーんだから!」
「・・・・・・・?」

今一つ意味不明な擬音の羅列に少し眉を寄せる。

濃い橙色と青みの強い薄闇が鬩ぎ合う西の空はとても綺麗で。
その勝敗の行方は解っていても、強く惹きつけられる。
まるであなたのように。
巡りゆく変わらぬ空の営みがが優しく影を引く、そんな時。
幸せにかたちがあるのなら、こんな感じなのかもしれない。
優しく沁みて、何だか泣きたくなってしまうけれど。
でも繋いだ手の先にあなたを想って、いつも後悔せずにいられる自分を知るのだ。

「お帰りなさい。・・・・あなた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ今戻りました・・・・・」

困惑が瞬く間に消え、照れと驚きの夕陽が二人の想いを手にした男の頬に広がる。
誘われるまま艶やかに笑った彼の人の笑顔は、いつだって心に響いて柔らかな花を咲かせ。
父と同じように見とれていたらしい女童は、父に抱えられたまま傍らに立つ母へ問うた。

「ねぇ、ははうえ。ははうえはどうしてそんなにきれいにわらうの?」
「それはね。『証』と『約束』だから
「あかしとやくそく?むー・・やっぱりよくわかんなぃ・・・・・・」

火を入れられた釣灯篭の灯りが、女童の桜色の髪とあどけない紫苑の瞳を際立たせる。

「ふふっ、じゃあ今夜のお話はそれにしようか」
「うん!」

寝物語を嫌いな子供は多くは無い。
ぱっと顔を輝かせてはしゃぐ我が子を、父がそっと下ろしてやる。

「それじゃあ、今からすることはなんでしょう?」
「はぎののところにいって、『ごめんなさい!』」
「よくできましたvv・・・・さぁ、行っておいで?」
「ちちうえははうえいってまいります!」

ちょこんと可愛らしいお辞儀の後、先ほどよりは幾分しっかりした足取りで遠ざかって行った。

「・・・・」
「?」
「いえ、少し・・思い出していました」

涼しい切れ長の瞳で穏やかに見つめ返しながら言う。

 

 

                     ++ ++

 

 

 

「っ・・頼久さん!!」

「神子殿・・・もうお休みになられていたのでは」

「休めるわけないでしょう!貴方があんなことするから!!」

「知らず、神子殿のご不興を買うようなことを致してしまったとは誠に申し訳ございません。
かくなる上は、この頼久の命を以って」

「そこ! いきなり刀抜かない!!」

「は・・しかし」

「だから!!!そういうのをやめてほしいんですってば!!今日の戦闘の時だって、あとちょっと天真くんの攻撃が遅かったら貴方に当たってたんですよ!!?」

「ですが、あと少し私がお護りするのが遅れていたら、怨霊は貴女を害していたでしょう」

「だからってそれが貴方を傷つけていい理由にはなりません!!」

「・・・神子殿」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・・ふ・・・っ!」

「神子殿・・!?」

「みこどのみこどのって私は頼久さんの何なんですか〜・・うっ、ぐすっ・・うぅ〜」

「ですから・・・貴女は私の唯一の主。尊き、唯一人の御方なのです。そのような貴女を我が命に代えてもお護り」

「ふぇ〜!またそういうこと言う〜!!」

「み、神子殿・・・・どうか、お泣きにならないでください・・」

「・・・っ・・・ふ・・ぅ・・・・ぇっ・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「っ・・うぅ・・・ぐす・・・・っ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なんでそこで黙り込むんですか〜」

「申し訳」

「なんでそこで謝るんですか〜」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神子殿・・」

「っく・・・ぅ・・・・・・・・・・・・・・・・もし・・貴方が」

「・・は」

「今日みたいな、こと、して・・・・・・・いなく、な・・・・・・っ!」

「・・・・」

「もし、そんな、ことに・・なったら!」

「・・・・」

「貴方の後、追いかけていきますからね!」

「神子殿、それだけは」

「煩い!」

「・・は。・・・・・ですが、やはりそれだけは」

「最後まで聞いてください」

「・・は」

「貴方が救ってくれた命なら、私には捨てることなんてできません。・・・だから」

「・・・」

「私の私である『証』を殺して、貴方の後を追わせます」

「は・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑わないから」

「・・・・・・・」

「二度と、笑わないから」

「神子、殿・・・!」

「・・・・・・・・ふ・・っ・・・・・・ぅ・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・痛ぃ」

「申し訳」

「だから。・・・・・・・・いいですから・・・・・・このまま・・・もっと、ぎゅって・・してて、ください」

「・・・・御意」

「・・・・・・・・・ふふ」

「・・・・・・・・・神子殿・・?」

「あったかいvv」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・//////」

「頼久さん?」

「・・神子殿」

「・・・・・何」

「私は・・やはり、我が身を賭してでも貴女の命をお護りせぬわけには参りません」

「・・・・・・・っ!」

「貴女の命を、その清らかな微笑みと共に」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・//////」

「・・・神子殿?」

「・・・・・・・・約束、ですか?」

「はい。お約束致します。・・・・・・・必ずや、貴女の総てをお護りすると」

「じゃあ・・・・・・私も。私である『証』を・・・・私であることを、護ります」

「・・・・約束です」

「・・・約束、ね・・vv」

 

 

 

                     ++ ++

 

 

 

鮮やかな昨日のように思い出す。
小さく透明で、確かな約束。
手にすることなど叶わぬと戒めた自分の腕に身を委ねた、気高くもろい天上の花。
何を為すかを。
生きて為し得る総てに向かって懸命に己が身を奮わせる、誇り高い姿。
優しいそれを、あの頃よりさらに募った想いで護ろう。

 

 

「さぁ、私たちも行きましょう!今日はもう思いっきり何でも言ってくださいね?」
「・・・何故?」
「あれ、言ってなかったですか?今日は『貴方の日』だってvvv」

 

 

 

 

貴女と。

貴方と。

 

――――共に、歩もう。

 

 

 

 

                    ++ End ++

 

        副題→『父の日』(笑) by Cain

Special Thanks!

 

          

ちょっとフリートーク

 Cain様から遙か小説をいただきました。
 頼久さんとあかねちゃんの未来ネタですね。
 頼久さん、お父さんですよvvv 娘を抱いてる姿を想像したら、目眩が〜。
 あかねちゃんからは『あなた』なんて呼ばれてるしvvv
 幸せなお話で、とっても嬉しいです♪
 笑顔は大事ですよね。いつまでもあかねちゃんは笑顔で、そして頼久さんにはその笑顔を
守っていて欲しいです。
 ところで、2人目は男のコが良いです(笑)
 Cain様、とっても素敵な小説をありがとうございました♪