ばたばたばた。どたどたどた。がらがら・・・がしゃーん。
「またやってるな・・・・」 縫い物の手を止め、小さく溜息をつく。 「どうしたんですか?」 見ればそこらの局や簀子縁を右往左往している女房たち。 「御方様!そのようなお身体でお歩きになどなられてはいけません!」 そう言って浮かべる微笑みは、少女の頃と全く変わりなく。 「申し上げます。雑舎、厩舎、車宿りなど全てお捜し致しましたが、そのどちらにもおられません」 きびきびとした足運びで庭先に現れた数人の家人が跪き、悔恨の色濃く言上する。 「皆さんの棟にはいませんでしたか?」 高欄近くまで寄り尋ねる女主人に、落ちやしないかと傍らの萩乃を含めた女房たちはまるで気が気ではない。 「これは、御方様。は、仰る通り私どもの棟は元より、鍛練場にも捜索の手を広げたのでございますが、お姿、お見受け致すこと叶わず・・・・。申し訳ございません」 言って、有無を言わさず歩き出す。 ++ ++ ++ ++
同時刻。 「騒々しいな・・・。何があった?」 付き従っていた側近に乗っていた馬を預けながら、ちょうど通りかかった家人の一人を捉まえて問う。 「は、これは棟梁。お帰りなさいませ!その、実は・・」 言い淀む様子に小さく溜息をつく。 「あの御方はご存知なのか」 大事な時期なのだ。 「は。それが、先ほど家司の萩乃殿へ報告に参った者が申しますには、その場におられた御方様御自ら、お探しに向かわれた由」 僅かな希望も断たれ、徒労なるだろうとは予測がつきつつも、素早く命を下した。 「私も探す。引き続き捜索せよ」 ++ ++ ++ ++ ずんずん、といっても、身に付けた繊細な衣装と伸びに伸びた髪と命の重さがあるので、そう早くは進めなかったが。 「見ーつけた。はい、隠れ鬼終わり!・・・って寝てるし」 淡紅色の振り分け髪に今は閉じられた瞳と同じ紫苑の薄ようの袿。 「こんなところで眠っちゃ風邪引いちゃうよ。ほら起きて」 言って寝ぼけまなこを懸命にこする、三〜四歳の女童。 「ほら。出ておいで?」 あくび混じりの返答に小さく笑う。 「一人でここに入っちゃダメだよって前に言わなかった?お父さんのお部屋は、刀とかあって危ないんだから。ね?」 いやそれはやめとけ。 「ばんじぃじゃんぷ?それなぁに?」 無垢な瞳で見上げてくる我が子に、慈愛の微笑みで答える。 「よくわかんない。・・・・・ちちうえにたのんだらおてほんみせてくれるかな?」 母娘の妙な会話にツっこむ者は誰もいない。 ++ ++ ++ ++ 「ち〜ち〜う〜え〜!」 まだ舌足らずな呼びかけと小さな足音にいち早く気付き、そちらに視線を移す。 「おかえりなさーい!」 ひょいと抱え上げた幼い娘に安堵の溜息が零れる。 「貴方の部屋の塗籠の中。・・・・・・・もうしないって」 今一つ意味不明な擬音の羅列に少し眉を寄せる。 濃い橙色と青みの強い薄闇が鬩ぎ合う西の空はとても綺麗で。 「お帰りなさい。・・・・あなた?」 困惑が瞬く間に消え、照れと驚きの夕陽が二人の想いを手にした男の頬に広がる。 「ねぇ、ははうえ。ははうえはどうしてそんなにきれいにわらうの?」 火を入れられた釣灯篭の灯りが、女童の桜色の髪とあどけない紫苑の瞳を際立たせる。 「ふふっ、じゃあ今夜のお話はそれにしようか」 寝物語を嫌いな子供は多くは無い。 「それじゃあ、今からすることはなんでしょう?」 ちょこんと可愛らしいお辞儀の後、先ほどよりは幾分しっかりした足取りで遠ざかって行った。 「・・・・」 涼しい切れ長の瞳で穏やかに見つめ返しながら言う。
++ ++
「っ・・頼久さん!!」 「神子殿・・・もうお休みになられていたのでは」 「休めるわけないでしょう!貴方があんなことするから!!」 「知らず、神子殿のご不興を買うようなことを致してしまったとは誠に申し訳ございません。 「そこ! いきなり刀抜かない!!」 「は・・しかし」 「だから!!!そういうのをやめてほしいんですってば!!今日の戦闘の時だって、あとちょっと天真くんの攻撃が遅かったら貴方に当たってたんですよ!!?」 「ですが、あと少し私がお護りするのが遅れていたら、怨霊は貴女を害していたでしょう」 「だからってそれが貴方を傷つけていい理由にはなりません!!」 「・・・神子殿」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・・ふ・・・っ!」 「神子殿・・!?」 「みこどのみこどのって私は頼久さんの何なんですか〜・・うっ、ぐすっ・・うぅ〜」 「ですから・・・貴女は私の唯一の主。尊き、唯一人の御方なのです。そのような貴女を我が命に代えてもお護り」 「ふぇ〜!またそういうこと言う〜!!」 「み、神子殿・・・・どうか、お泣きにならないでください・・」 「・・・っ・・・ふ・・ぅ・・・・ぇっ・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「っ・・うぅ・・・ぐす・・・・っ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「なんでそこで黙り込むんですか〜」 「申し訳」 「なんでそこで謝るんですか〜」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神子殿・・」 「っく・・・ぅ・・・・・・・・・・・・・・・・もし・・貴方が」 「・・は」 「今日みたいな、こと、して・・・・・・・いなく、な・・・・・・っ!」 「・・・・」 「もし、そんな、ことに・・なったら!」 「・・・・」 「貴方の後、追いかけていきますからね!」 「神子殿、それだけは」 「煩い!」 「・・は。・・・・・ですが、やはりそれだけは」 「最後まで聞いてください」 「・・は」 「貴方が救ってくれた命なら、私には捨てることなんてできません。・・・だから」 「・・・」 「私の私である『証』を殺して、貴方の後を追わせます」 「は・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑わないから」 「・・・・・・・」 「二度と、笑わないから」 「神子、殿・・・!」 「・・・・・・・・ふ・・っ・・・・・・ぅ・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・痛ぃ」 「申し訳」 「だから。・・・・・・・・いいですから・・・・・・このまま・・・もっと、ぎゅって・・してて、ください」 「・・・・御意」 「・・・・・・・・・ふふ」 「・・・・・・・・・神子殿・・?」 「あったかいvv」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・//////」 「頼久さん?」 「・・神子殿」 「・・・・・何」 「私は・・やはり、我が身を賭してでも貴女の命をお護りせぬわけには参りません」 「・・・・・・・っ!」 「貴女の命を、その清らかな微笑みと共に」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・//////」 「・・・神子殿?」 「・・・・・・・・約束、ですか?」 「はい。お約束致します。・・・・・・・必ずや、貴女の総てをお護りすると」 「じゃあ・・・・・・私も。私である『証』を・・・・私であることを、護ります」 「・・・・約束です」 「・・・約束、ね・・vv」
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鮮やかな昨日のように思い出す。
「さぁ、私たちも行きましょう!今日はもう思いっきり何でも言ってくださいね?」
貴女と。 貴方と。
――――共に、歩もう。
++ End ++
副題→『父の日』(笑) by Cain
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![]() Cain様から遙か小説をいただきました。
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