あの人
私が通学に使っているバスは、2つの高校の生徒が乗り降りします。
一つは私の通っている女子校、もう一つは向日葵高校という学校です。この学校は共学の上に私服で、それだけでもうらやましいと思っているのにみんなあの人と同じ校舎で勉強しているのかと思うと私も向日葵高校にすればよかったと後悔するばかりです。
あの人…名前も、何年生なのかもわかりません。
あれは私が入学したばかりの頃のことです。
まだバス通学に慣れてなかった私は、バスが急停車したときに隣りに立っていた人の足を思いきり踏んでしまいました。
「ごめんなさい!」とっさに見上げた先にあったその顔は痛さをみじんも出さず、ニッコリ笑って
「きみこそ大丈夫だった?」と優しく言ってくださったのです。
私は、あんな笑顔をはじめて見ました。あんなきれいな男の人が見せたまぶしいまでの笑顔。そして私に気を遣わせまいとした思いやり。それだけの出来事なのに、私はすっかりあの人に魅せられてしまったのです。
それ以来、私は毎朝バスであの人に会えることを楽しみに学校へ通うようになりました。
聞くと、校内で「バスで向日葵高校に通っている超美形の彼」を知っている人は少なくないようでしたが、それは当然だと思います。
あんなにかっこいい人を誰が見過ごしたりするでしょう。
私が同じバスに乗っていることを知ると、友達はとてもうらやましがりましたが足を踏んでしまったことは誰にも言うつもりはありません。友達に怒られそうだし、何よりあの出来事は今の私の心の支えなのですから。
◇ ◇ ◇
「2年生のコが、あの美形の彼に告白したんだって」
友達の言葉は、私の胸を射すように飛び込んできました。
私だって、あの人と話がしたい、お友達になりたい、そして…。
でも勇気を出したせいで同じバスに乗れなくなったら、今の私にはその方がよっぽど恐しい…。
帰りのバスに揺られながら、そんなことをぼんやりと考えていました。バスは向日葵高校の前にさしかかります。そのとき、私はわが目を疑いました。
あの人がいる!そして隣りには…彼女?ううん、違うみたい女の子はなんだか迷惑そうにしてる…あの人と歩いててあんな顔するなんて…。
でも、あの人は笑ってる…笑ってる?
…そうか。私に見せた笑顔は、きっと誰に対しても見せる笑顔なんだ。
あのときの笑顔に、あの人の心はないんだ。
あの人本当は、シャイな人なのかもしれない。自分が心を許す人以外は私に見せたような笑顔で、自分に近づかせないようにしているのかも。そしてあの女の子には…あの人はどんな形にせよ、心からの好意と信頼を寄せている…笑顔が違うもの。あの子がうらやましい…。
私には、絶対あんな顔向けてはくれないんだろうな。
ううん、あきらめないでいれば、いつかチャンスがくる。
それを信じて、振り向いてもらえるような女の子になろう。
だって、あのときの笑顔に心がないと知った悲しみよりもあの人の優しい心がにじむような顔を知った喜びの方が大きいんだもの。
そして、前よりもっとあの人のことが好きになったんだもの。
私の好きな人は幸せです。私が幸せを与えてるわけではないけれど、幸せな人を好きになった私まで幸せな気持ちになって、そしてこんな幸せを教えてくれたあの人を、私はもっと好きになる…。
ありがとう。また明日、バスで会いましょうね
FIN
【みほみさんから一言】
これは本当に「小林」小説なんだろうか?
「千尋フェロモンに毒された他校の女の子」という設定はヒットだな、と思ったものの出来上がった形は私自身も意外なものでした。
「私」という女の子は、かなりナルが入ってますね。
キーボード打ちながら「カノジョー!それは罠なのよー!」と心で茶々を入れてました。
皆さんはいかがお思いになられたでしょうか?
Special Thanks!
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