歯科治療においても自然治癒力を考慮した治療を行うべきだと考えています.

東京都新宿区中落合2-20-6
TEL.03-3954-8844

自然治癒力と歯科治療


自然治癒力(しぜんちゆりょく)とは

恒常性(こうじょうせい・ホメオスタシス)

 ころんでケガをしたり、毒物を飲み込んだりして、身体の安定を乱すような状況が引き起こされると、生体には身体を元の状態に戻そうとする働きがあります.
 この働きを生体の恒常性(こうじょうせい)あるいはホメオスタシスといいます.

 ケガをしたときは上皮細胞が増殖して傷口をふさごうとしますし、毒物を飲み込んだときは嘔吐反射が起こり毒素を排除しようとするなど、その刺激特有の反応がおこり、恒常性を保とうとします.
 また生体に加えられた負荷や刺激の種類に関わらず一定の反応が起こることも知られています.(ストレスの3徴候)

 恒常性を発揮するためにおこるこれらの反応のうち、特にあらわれ方が顕著なものを自然治癒力とよびます.

原因をみつけそれを除去するのが現代医学の考え方

 近代医学は病気を部分の故障ととらえ、その部分の故障を治すことで治癒に導こうとします.そして、その故障の原因をつきとめ、原因を除去することで病気を治すというやり方で多くの病気を克服してきました.(特定病因説)

 たとえば心筋梗塞は冠動脈に血栓ができることで、心臓に血液が流れにくくなるのが原因です.その結果、心臓の細胞が部分的に壊死を起こしてしまい心臓が働かなくなってしまいます.そこで治療としては、カテーテルを使って閉塞した冠動脈を再び開通させ、血液の流れにくくなっている状態を改善すれば治すことができます.

 この原因をみつけそれを取り除くことで病気を治すというのが近代医学の代表的な考え方です.

近代医学の影に隠れてしまった自然治癒力

 近代医学以前の考え方は病気は全身に問題があるから局所に症状が表れるので、全身のバランスを取り戻すことが病気の治療の主流を占めていました.
 自然治癒力もこのような考え方のなかで生まれてきたものです.

 しかし、つまった血管に自然治癒力が働くことを期待しても、それを待っている間に鼓動は止まってしまいます.原因を除去することで劇的な改善が期待できる近代医学のまえに、自然治癒力の影は薄くなってしまいました.

 しかし近年、特定病因説に基づいた考え方では治せない病気があることが分かってきて、自然治癒力が再度注目されるようになってきました.

医療は自然治癒力の手助けをしているのに過ぎない

 アンドリュー・ワイルは薬を飲んだり、包帯をしたからケガが治るのではなく、自然治癒力が働くことで治癒に至ると言っています.(人はなぜ治るのか)
 医療は自然治癒力が働くのを手助けしてしているに過ぎないというのが、ワイル先生の基本的な考え方なのです.

ストレスと自然治癒力

 ストレスの研究で有名なハンス・セリエが全身適応症候群(ぜんしんてきおうしょうこうぐん)と名付けた現象があります.

 生体に刺激が加わったとき、その刺激に応じた特異的反応(とくいてきはんのう=おでこをぶつければそこが腫れて膨らんでくるというようなその刺激に対しておこる特有の反応)のほかに,刺激の種類とは関係なく、ストレスの3徴候と呼ばれる身体反応を起こします.

 具体的には副腎皮質の肥大、胸腺リンパ組織の萎縮、胃・十二指腸潰瘍などがあります.
 全身適応症候群は刺激によって引き起こされた体の歪みを正そうとして起こる体の反応で、自然治癒力のあらわれと考えることができます.

 セリエ先生は、この体の歪みをストレス、生体にストレスを引き起こす刺激をストレッサーと名づけましたが、一般的にはストレッサーを含めてストレスといっています.

我包帯す、神癒し賜う

 近代外科学の創始者アンブロワーズ・パレが残した「我包帯す、神癒し賜う」という箴言も、外科処置で傷が治るのではなく、医者は自然治癒力が働くのを手伝っているのに過ぎないということを言っています.


歯科医療と自然治癒力

歯科領域でも自然治癒力は働く

 むし歯でできた穴は自然にふさがらないので、歯科治療と自然治癒力は関係ないと思っている人が多いようです.
 しかし、少し注意してみると歯科領域でもあらゆる局面で自然治癒力が働いていることが分かります.
 この自然治癒力を歯科領域でも十分考えることが口の健康を維持するためにとても大切です.


むし歯と自然治癒力

第二ゾウゲ質

 むし歯は細菌によって歯が溶かされる疾患ですが、むし歯で歯が損傷を受けたことを感知したゾウゲ芽細胞は歯の内側(神経の入っている壁)に第二ゾウゲ質を形成して歯の神経を守ろうとします.
 第二ゾウゲ質はむし歯だけではなく、アブフラクションとよばれる歯の摩耗(まもう)や、歯ぎしりなどで歯が咬耗(こうもう)したときにも盛んに形成されます.

治療後の痛みも自然治癒力が治してくれる

 むし歯の治療してインレーをいれたりレジンを充填した後に歯がしみたり痛んだりすることがあります.
 歯の神経にとってはむし歯で歯に穴があいたのも、治療で削ってゾウゲ質が削り取られてしまったのも、歯の損傷という意味ではまったく変わりありません.したがって、むし歯の治療が終わったのにまだしみたり痛んだりすることがあるわけですが、この場合も第二ゾウゲ質が形成され、その症状は徐々に軽減していきます.


歯周病と自然治癒力

歯周病の炎症と歯周ポケット形成と自然治癒力

 歯周病でおこる歯周組織の炎症は、血管が拡張し透過性を増し白血球をその部に遊走させることで、細菌の侵入を防ごうとする組織の防御反応としてとらえることができます.

 歯周病で歯周ポケットが形成されるのは歯と歯肉が接合している上皮性付着といわれる部分が免疫システムの誤作動(顆粒球過剰による組織破壊と考えられる)により傷つけられることで始まります.

 免疫システムの過剰反応により、歯と歯肉をつないでいる上皮性付着が傷つけられるとその創傷治癒のために上皮細胞が増殖して傷口をふさごうとします.

 このとき、上皮細胞は根尖の方向へ増殖していくのですが、根尖の方から上皮細胞は増殖してこないので歯周ポケットが形成されてしまいます.
 上皮細胞の増殖は自然治癒力の働きなのですが、それにともなう上皮の根尖側移動は皮肉にも歯周ポケットという病的な状態をつくりだしてしまうわけです.

歯の傾斜や挺出(ていしゅつ)

 重度の歯周炎で歯周支持組織が破壊されると歯は上に延びてきたり、横に倒れたりします.
 このような現象は、歯周ポケットを浅くしようとする、あるいは歯槽骨を安定させようとする生体の自然治癒力が働いくために起こります.

 歯が懸命に適応しようとして延びてきてしまったり、傾いてしまったりした歯を「補綴物を入れる邪魔になる」、「インプラントにした方がよい」といって抜いてしまっては、歯は何本あっても足りません.

歯の動揺(どうよう)

 過剰な力がかかると歯は動揺しはじめますが、これは歯根膜腔が拡大するためです. 
 これも歯が過剰な力によって折れたり抜け落ちないようにするために生体の適応現象のひとつです.つまり、歯の動揺も自然治癒力のひとつといってよいと思います.

 歯の動揺が激しいからといって簡単に歯を抜いてしまうのは、歯を残そうとして頑張っている生体の自然治癒力を無視した行為ということになります.

 歯の動揺が激しい時はまずその歯にかかっている力のコントロールを行うことが自然治癒力の手助けとなります.

 力のコントロールとしては歯科医が行う咬合調整、歯冠形態修正、ナイトガードなどの処置とともに、患者さんが行う歯ぎしりや噛みしめなどの悪習癖の是正が不可欠になります.


歯根破折と自然治癒力

歯根破折には自然治癒力は働かない?

 歯根破折をおこした歯に自然治癒力が働いて元のようにくっつくことはまずありません.
 神経が健康な歯で破折部が治癒したという報告も無いことはないのですが、非常にまれなケースです.
 神経のない歯では放置しておいてくっつくことはありません.

 元に戻るという観点では、歯根破折の歯に自然治癒力が働くことはありませんが、視点を変えれば歯根破折でも自然治癒力が働いていることに気がつきます.

膿瘍形成とその消失と自然治癒力

 歯根破折がおこると膿瘍(のうよう)を形成することがあります.
 膿瘍の主成分は白血球(顆粒球・好中球)の残骸です.
 膿瘍はヒビの入ったところから細菌が侵入しようとするのを防ぐために局所に集積した白血球が自ら活性酸素や酵素をだして自壊したものの集まりなのです.
 つまり、膿瘍の形成というのは細菌に対して生体の防御作用が働いた結果という側面があるわけです.
 よく「バイ菌が身体の中に入り込んで膿をもつ」という表現をする歯科医がいますが、歯周病でも根尖病変でも歯根破折でも、生体の中に細菌が侵入することはありません.
 細菌の侵入部では破骨細胞の働きにより骨を溶かし、白血球が浸潤するスペースをつくって細菌の侵入を防いでいるので、身体の中に細菌が入り込むことはありません.
 まれに運動性の細菌が歯周組織に入り込んでいることがありますが、これは潰瘍部分からたまたま紛れ込んでいるもので、かなり特殊な状況です.

 歯根が破折したときに、あわてて抜歯しないで経過を観察していると、破折部を軟組織が埋めて膿瘍は消失していく傾向になります.

 歯根破折に対する膿瘍の形成もその消失も自然治癒力の表れと解釈することができます.


自然治癒力を考慮した歯科治療

 私たちは、生体が歯の変化に適応しようとしている状態を読み取り、異常をおこした歯が生体に適応できるように対処するのが歯科治療だと考えています.

 第二ゾウゲ質の形成を無視して簡単に神経をとってしまったり、動揺が強いから、位置異常をおこしたからといって次々と抜歯してしまうのは歯科治療ではありません.(抜かずに治す)

 歯周病の組織破壊は免疫システムの誤作動によって起こるのですから、その誤作動を止めることが組織破壊をともなう歯周病(歯周炎)の主たる治療ということになります.
 具体的な歯周病の治療としては、細菌のコントロール、宿主因子のコントロール、力のコントロールの三つのコントロールが必要になります.

 歯根破折の膿瘍形成も時間経過とともに自然治癒力により消退していきます.
 歯周組織が安定してきた段階で歯根破折の状態により補綴方法を考えれば、抜かずに治療できることが多いでしょう.

 むし歯治療にしても、歯周病治療にしても、歯根破折の治療にしても、生体の自然治癒力を十分意識した歯科治療を行いたいと考えています.