スフィンクス エジプト


スフィンクス右側


スフィンクス エジプト


スフィンクス ・・・ そう、エジプト、ギザのピラミッドの前で東を向いて座っているあの巨大な人面獣身像の事だ。誰でも知っている、この像はオーパーツなのか・・・? 実は、大変な謎を秘めていたのだ。
1992年2月、全米科学振興協会で、ボストン大学の地質学者RobertShock博士がそれまでにない新説を発表した。それは、『スフィンクスは、定説の5000年前ではなく、少なく見積もっても7000年から9000年前に建造されていた!』と言うのだ。
一般には、大ピラミッドは、エジプト古代第4王朝(BC2500年頃)の時代にカフラー王によって建造されたと言うのが通説で、私もそれを信じていた。しかし、Shock博士の報告を読んでみると、なるほどという点が実に多い。
Shock博士の報告の主旨は、『スフィンクスの胴体に残る侵食跡は、定説の風によるものではなく、雨(水)によるもので、一般にスフィンクスが建造されたとされるBC2500年以降の気象条件では、付くはずがない。すなわち、BC5000年以上前でないとこれだけの侵食をするような雨はエジプトには降っていない。』と言うのだ。
また、スフィンクス近くのスフィンクス神殿と渓谷神殿(いずれもスフィンクスと同時代のものと言われている)からも、同様の侵食跡が認められる。
確かに、スフィンクス胴体の写真を見ると、巨石が縦方向に削り取られているのがわかる。これは、風によるものではなく、水によるのは明らかだ。(風による侵食は横方向に進展する)
また、スフィンクスは有史以来、そのほとんどの時期で砂に埋もれていたと言う。事実、ナポレオンのエジプト遠征に同行した画家が描いたスケッチや、今世紀初頭の写真を見ると、頭だけを砂上に出して、胴体が埋もれたスフィンクスを見る事ができる。つまり、風による侵食はあまり受けていないのだ。

通説で、スフィンクスの建造者をカフラー王としている根拠は何なのだろうか。それは、たった3つの証拠しかない。それも実に希薄な根拠によるのだ。
第1には、スフィンクスの前足の間から見つかったトトメス4世(BC14世紀の王)の石碑の最後に欠け残った部分に『カフ』と読める象形文字があった事。
第2に、スフィンクス神殿(すぐ近くにある)の床の下から、カフラー王の肖像が見つかった事。
そして第3には、その像(スフィンクスの形をしている)の顔がスフィンクスに似ていた事。この、たった3つなのだ。
しかも、ニューヨーク市警の鑑定によると、カフラー王の像とスフィンクスの顔は、明らかに別人なのだそうだ。つまり、第3の証拠は捏造と言っても良いかもしれない。
また、第1の証拠の『カフ』の文字にしても、カフラー王とは限らない訳だし、スフィンクス神殿からもカフラー王を示唆するものは、他に何もないのだ。

もちろん、今の段階ではどちらが正しいのかは分からないし、これからも確定はできないかもしれないが、いろいろ考えてみる題材だとは思う。


スフィンクス背側


スフィンクスの背後、非常に珍しい映像だ


今世紀初頭のスフィンクス


今世紀初頭のスフィンクス、砂に埋もれている