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<和歌山市 3>

街道は、さらに東へと続き、八軒家の旧道に入る。
途中の家並みは街道にふさわしいたたずまいを見せる。
その周辺は、なぜか私と同じ松本という姓のお家ばかりで、ひょっとして松本という姓が八軒あったのかも知れない?

そして街道は、今度は、国道24号線のバイパスの高架下を抜ける。田井ノ瀬橋袂から再び紀ノ川南岸の国道24号線と合流する。
合流してからは堤防の上をしばらく歩き、かなり大きな団地の手前の信号を斜め右に折れる。
そこからは、食品工場やコンクリート工場などが雑然と立ち並ぶ狭い道を抜ける。所々に日本建築の家屋が建ち並び旧道の面影を楽しめる。
イボ取りと安産に霊験がある、馬次の地蔵堂常夜灯と共に立っている。

(八軒屋にある社)
(いかにも古い消防ポンプがあった)

(八軒屋の旧家)
(道標)
この紀ノ川南岸土手の国道24号線は、四季折々に景色が変わり、楽しいところである。

この道筋布施屋駅の近くに「ライオンズマンション」があるが、そこで大坂からの熊野街道とクロスする。
両街道はライオンズマンションの前で合流し、小さな神社の角をJR和歌山線布施屋駅の方向に行くと吐前王子を経て、川端王子へとつながる。逆に紀ノ川方面にバックし、川辺橋をわたると中村王子に行く。
このあたりは交通の要所で紀ノ川を渡るために、南岸には布施屋の渡しと吐前の渡し、そして対岸は川辺の渡しとして、たくさんの人を運んだであろう。今は川辺橋がある。
地図を見ても、伊勢から大和街道を経て熊野詣でをする場合、ここから南の熊野に向けていくルートの一つであったろうことがよく分かる。
(馬次の地蔵堂) (イボ取り地蔵さんのお姿)
馬次地蔵堂から少し行くと、田の中に、質素な墓碑が建っている。この先の船戸の渡しで根来寺に行く40人が乗った船が転覆、そのうち15名は無事岸に泳ぎ着いたが、残りは流され帰らぬ人となった。その中には巡礼の人も多く行き倒れとなり、付近の人がそれを哀れみこの墓碑を建てたということである。
さりげなくある、こうした日本人本来の優しさがうれしい。
この紀ノ川周辺は、あたり一面たんぼの風景が広がり和歌山の穀倉地帯という感じで古道らしい雰囲気となる。巡礼墓から少し行くと、小さな祠がある。八坂神社と鳥居にあった。
小さいが綺麗に手入れされている。

そこからしばらく行くと再び国道24号線に出、岩出橋が見えてくる。
岩出橋をわたらずに右に曲がると、船戸の渡し場跡に行く。岩出橋を渡ると岩出町である。

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