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熊野古道 泉南

熊野古道陸路の始まりは大阪から   

熊野古道といえば、畿内から紀州・熊野三山へと通じる由緒ある参詣道です。
熊野古道の泉南は古い街並みが続きます。

ギャラリー

馬目王子・山中渓
道の中程に山中神社がある。
以前歩いた折りにはこの案内板はなかった気がする。庄屋屋敷の斜め前の細い路地の奥に神社はある。
八王子と馬目王子の社がある。
八王子神のお祀りしているのは、本地十一面観音という。このあたりが少しややこしい。そういえば熊野三山(新宮、本宮、那智)の本尊も仏様である。  

山中宿を抜け坂道を進むと、大阪と和歌山の府県境がある。県境には境橋という小さな橋が架かっているが、そこが文久3年(1863年)に土佐藩士が父の敵である元の同藩士を斬殺したといわれるところである。日本最後の仇討ちの場として知られている。
以前は小さなわびしい立て札が掛かっているだけであったが、今は立派な碑が建っている。しかし、最後の仇討ちの場としては、高野山がある。少しややこしい。
腹が立ったのは、以前この碑が建ったときは、まわりは何もなく、碑が際だっていたが、今回訪れたときは、不粋な金網で囲われていた。
信じられない。

お役所の方々のセンスはこういうものかと少し残念に思った。この金網はなくても橋脚は十分に保護できるのに、わざわざお金をかけて見苦しくしている。夏になって葛や雑草が金網を覆うまで待たなければならないのか。

この碑を撮ってから、この境橋を阪和線の鉄橋の下から撮りに行ったのだが、鉄橋の下で誰かがウンチをしていて、ぐっしゃりと踏んでしまった。前を流れる川で靴を洗った(クソ!!)

この橋を渡るといよいよ和歌山である。和歌山最初の王子社跡はもうすぐである。
山中渓馬目王子跡
山中宿・山中渓
(この奥に観音様がある)
 山中宿・山中渓
(八王子社)
 山中渓馬目王子跡  山中渓馬目王子跡
山中宿・山中渓 山中宿・山中渓
(立派な碑が建った) 
山中宿・山中渓
 
2011年3月6日に再訪したが、街道筋はかなりグレードアップされていた。
案内板などはそれほど変わっていないが、馬目王子跡などはきれいに整備されわかりやすくなっていた。
この街道筋の歴史を伝えるべく、少しづつでも動き出しているのを見るのはうれしい。
以前歩いたときは単に歩いただけであったがこうしてゆっくりと歩くと新しい発見がある。

ここから雄の山峠を越えると熊野古道は、いよいよ紀州和歌山に入る。