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熊野古道 和歌山

熊野古道陸路はいよいよ中辺路のメインルートです 

峠をいくつも越え熊野三山への参詣道を歩きます。
熊野古道の奥深さを感じながら歩きます。

ギャラリー

大坂本王子
2011年5月に歩き直したが、林道は以前と変わらずダートのままだった。
最近は舗装されたところが多いが、ここはまだだ。
以前歩いた時は道が出来たばかりだったが10年ほど経って周囲に馴染んだ道になっていた。
この林道を横切り、対面の案内板に沿って今度はきつい下りを降りることになる。

以前歩いた時はここで膝が笑ってしまったのである。
中辺路 大坂本王子
(以前の道。道が出来たばかり)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:21)
中辺路 大坂本王子
(以前も案内板はあった)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 1530)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:24)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:35)
大坂本王子は逢坂峠東側麓近くにある。
きれいな杉林の坂道を下った、谷川近くにある。
明治以降坂道のルートが変わったらしく峠からは少しはずれている。
逢坂峠は、急峻な坂道であるため、古くは大坂の名がある。
大坂本王子は、建仁御幸記に参ったと出ており、為房卿の参詣記では、深夜大坂の草庵で猿の鳴き声を聞いている。
案内板には、

「大坂(相坂)の名は古く、永禄元年(1081年)熊野参詣の「為房卿記」に、大坂の草庵に着き泊まって猿の声を耳にした」

と記している。

江戸中期の調査記に、

「右坂下り口より一八間入込、杉雑木森、社方四尺とあって、元禄の頃には社殿もあったという」

と紹介されている。
今も石積みされた社地の跡は杉林の中にはっきり残っている。

ここ坂本王子も以前の案内板がなくなり、すっきりと落ち着いた感じに変わっていた。
これが本当の史跡保存だろう。
それにしても明治期の神社合祀は不合理で官僚のなせる業である。
もしここに残っていれば面白い施設になっていただろう。
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:38)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:36)
中辺路 大坂本王子
中辺路 大坂本王子
(以前の案内板。デザインも悪かった)
中辺路 大坂本王子
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:50)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:51)
中辺路 大坂本王子
(2011年5月8日 15:48)

(2011年5月8日 15:56)
 朝9時50分に滝尻王子を出発して、6時間あまりで「道の駅 牛馬童子ふれあいパーキング」についた。
よく歩いた。
以前歩いた折にはメチャクチャ足の速いペースメーカーがいたので周りを見る余裕もなく早く歩いたが、還暦を超えての山道は、やはり時間がかかった。
その分以前見落としたものもじっくり見ることが出来た。
世界遺産になって不要な看板も取り払われきれいになっているのがうれしかった。
案内板もよくできているので、このルートで迷うことはまずないと思う。
(2011年5月8日)

(道の向こうは牛馬童子バス停。2011年5月8日 15:57)