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熊野古道 和歌山
熊野古道陸路はいよいよ中辺路のメインルートです
峠をいくつも越え熊野三山への参詣道を歩きます。
熊野古道の奥深さを感じながら歩きます。
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水呑王子跡:
水呑王子跡
水呑王子跡を示す碑は、元三里小学校水呑分校の入り口近くにある。
この王子名は古いいくつかの記録では、内水飲となっている。
中右記の天仁2年(1109年)の参詣記に、この王子を新王子としていて、当時設置間がないことを伝えている。
江戸時代の紀行文には、「社なし、発心門より十五町程先、道の左」と出ている。
碑のある敷地の小学校跡は、今は住む人もないが、校舎の壁に掛かるエキゾチックなマスクが古道を歩く人々を迎えてくれる。
果無山脈を見ながら歩いていくと、次は伏拝王子である。
2010年4月再訪した。以前は目立たなかったが、周辺はこぎれいになりお地蔵さんの前掛けもきれいになっている。
気になったのは当時から廃校となっていた小学校の校舎が崩壊寸前で、かわらなどかなりズレ落ちてきている。
これは何とかしないとまずいのではないかと思う。
何年かぶりに訪れた水呑王子跡。碑などの配置は変わっていないが、単なる看板が取っ払われ、案内板が出来ていた。
この右手にある丸い案内板には番号がつけられていて、マップにもこの番号が書かれているため、あとどれくらい行けばいいかすぐ分かるようになっている。
なかなか工夫されていて、これなら外国から来た人のもよく分かると思う。
(以前のトーテムはなくなり荒れるに任せている感じ)
(小学校は廃校となり運動場もなくなった)
(間伐した木の切り株でしばし休憩)
(派手派手な車があった)
(途中の茶店。たしか「大阪」という店名)
(茶店で買った辛子こんにゃく。おいしかった)
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