飛行場前駅
次に訪ねたのが、「飛行場前」国鉄駅。妻が「JRじゃなく国鉄だよ」といった。国鉄も遠い昔になってしまった。
本によるとここは、朝鮮人強制連行とタコ部屋により飛行場建設が行われ、終戦と同時に工事途中のまま放棄された場所である。82年頃、本多氏が訪問しレポートしている。 脱走して生きのびることができた在日韓国人沈さん(59歳)が『本当にこの世の地獄でした』と語っている。
今は、「天北線」も廃止され、サイクリングロードになっていたが、私たちは「飛行場前」駅の残骸を見つける事ができた。その場に立って、妻とタコ部屋について語り合った。
最後が枝幸町の岡島部落である。当時、本多さんは江藤さん宅のくさぶきの家に宿泊している。本を読んで牛と人間の同居で、トイレが牛と同じ生活に、ショックを受けた。そんなに古い話ではないのに。満州引上げ者の江藤さんとの苦労の語らいがつづられている。
私たちが訪れた岡島部落には、草ぶき屋根の家もなく、十勝の農家と比べると貧しいかも知れないが、それなりに安定した生活を見ることができた。本多氏のように訪問する力もないので、外見を見ただけだが。 緑のきれいな牧草地の片隅を借りて、ランチを作り、春の日差しを満喫した。
岡島部落らしき場所でランチ
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