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●単行本/随筆・随想・詩歌

『フォルティシモな豚飼い』

杉田 徹=著(装画=桂川 潤)

西田書店/2009年/四六判 並製
ISBN978-4-88866-516-2 C0095 Y1600E

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「写真家として世界を旅してきた著者は46歳で東北地方のとある旧開拓地に居を定め、養豚業を始めた。豚を豚舎に押し込めず、牧草地に放して飼う。「豚に豚をやってもらう」という信念は、日本各地の農漁村や韓国、スペインなどをさすらって得た「人は自分の魂を全うしなければいけない」という答えを豚にも当てはめたもの。回り道に回り道を重ねた半生を描くエッセーの奥底に、生の意味をつかんだ著者の充実感があふれている」
(日本経済新聞「読書」欄評/日本経済新聞 2009.9.13)

「日本に戻ってきて何が変わったかといえば、本屋をうろうろしながら本を探す、という狩猟的な本選びが可能になったことだ。新刊情報や他の書評も参考にするし、インターネットの通販も使うけれど、なんと言っても本は本屋。 棚の間をさまよううちに、ぼくを読んで! と叫んでいる本に出会う。
×月×日
 そうやって見つけた一冊がたとえば『フォルティシモな豚飼い』。敢えて分類すれば自伝的なエッセーということになるが、随所でその枠を大きく逸脱している。この本はただものではない、と思わせる。
 複雑怪奇な構成のこの本を年代順に整理してしまうと、ぼくと同じ世代に属する男が一人いて、1970年代にまず「報道写真を学び、社会派の写真家としてフリーになって、東京で世帯を持つ」。しかし「ハイエナ的稼業にも嫌気がさして」、ふらりと韓国に行き、石仏を撮る。そこで得た二つの疑問、公案のごとき課題──「私が人間である所以は、何だろう?」「私を存在せしめる、日本の自然風土は、私にとって、何だろう?」あまりに大上段な、気恥ずかしいような課題だ。だから著者はさまざまにこれを混ぜっ返し、引っかき回し、事実に則して語る。つまり、照れている。その一方、生き方においてはこの問いに真剣である。(中略)
 その次は大きな飛躍。一人の農夫を撮った写真をきっかけにポーランドに行こうと思い立って、しかしいくつもの条件や事情が重なった結果、行き先はスペインになる。当てもないままバルセロナからどんどん汽車で南下して、アンダルシアの小さな町に住みつく。この本の三分の二はこの乾いた土地での暮らしの話。だけど、順序が逆なのだ。本が始まったところでは既に彼は宮城県で豚を飼っている。今の話だ。これが無類におもしろくて、最初にそれに引き込まれて読み始めると、あとは最後まで読むしかない」

(池澤夏樹「私の読書日記」より/週刊文春:2009.10.15)


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