散逸物語『かばね尋ぬる宮』



しのひて物申しける女のなくなりてつみふかきさまにみえけれは世をのかれておこ なひて思つゝけ侍ける        
かはねたつぬる三のみこ
うきしつむ池のみくつとなしはてゝ空にひらくる花ときかはや
『風葉和歌集』巻七、釈教五一五

しのひてかよひ侍ける女のなくなりにけるあとにまかれりけるにむしのなきければ
かはねたつぬる三のみこ
今更に心とめしと思ふ世にをしみかほなるむしのこゑ哉
『風葉和歌集』巻九、哀傷六四一

この二首は、『風葉和歌集』所収の、散逸して現在残っていない物語=散逸物語の 『かばね尋ぬる宮』の和歌です。

表題は「かばねたづぬる」ともいいます。

「更級日記」の万寿元年(1024)に名前がみえることから、平安時代中期の1000〜1023年頃の成立と推定されています。

大槻修氏は、著書『王朝の姫君』で、この物語を〈「はかなげな女の物語」的要素と「出家遁世を描いた中世仏教説話集」的要素を合体させた傑作短編小説で あっただろう〉と 評しています。

『かばね尋ぬる宮』=死体を探す宮、という一種異様なタイトルのこの物語のあらすじは、詞書や歌の内容、当時好まれた典型的パターンからだいたい推定され ています。
❖ストーリー(推定)❖

【天皇の第三皇子だった「三のみこ」は、身分差のある、美しくはかなげな女君を見出して通うが、 おそらく周囲の反対などにより、世をはかなんだ女君は、恋人を思って池に身投げして死ぬ。

「三のみこ」は女君が「うきしつむ池のみくつ」になったことを知り、彼女の入水した池のほとりで歌を詠む。

「今更に心とめしと思ふ世にをしみかほなるむしのこゑ哉」

出家して恋人を弔ってやりたい気持ちと、この世への断ちがたい未練のないまぜになった心境のまま 時は過ぎる。

ある夜、「三のみこ」の夢の中に「つみふかきさま」となった女君が現れる。

おそらくは、彼との子供を身ごもって入水自殺をしたために、極楽往生できず、水浸しの姿で現れたと思われる女君は、成仏できるように自分の菩提を弔ってほ しいと懇願する。

夢から覚めた「三のみこ」はついに出家し、歌を詠む。

「うきしつむ池のみくつとなしはてゝ空にひらくる花ときかはや」

彼女の遺体を「うきしつむ池のみくつ」のままにせず、「空にひらくる花ときかはや」―極楽往生を果たしたと聞きたい、という心境を歌う。

「三のみこ」は、依頼を果たすべく恋人の遺体を探し続けた。

(夢から覚めたあと、遺体を探したものの見つからなかったため、出家して菩提を弔ったという説もあり)】
しかし、この物語がどのような結末で終わったかは全く分かりません。

主人公とおぼしき「三のみこ」は、果たして恋人の遺体を発見できたのか。それとも探し当てる事ができずに仏道修行を続けたのか。

「ヒーローが亡きヒロインの遺体を探す」という、この面白くユニークな趣向の物語の散逸が惜しまれますが、いったいどんな結末だったかを想像するのも、面 白い事かもしれません。

なお、平安時代後期の物語「狭衣物語」の巻四に、屍になっても光るように美しいという「玉の緒の姫君」のことが言及されていますが、 この姫君は『かばね尋ぬる宮』の入水したヒロインのことを指しているという説もあります。


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