新時代のヒロインたち


   
平安時代、男性は多くの妻を持つことが許され、妻は夫の訪れを待つことが強制されていました。
鎌倉時代以降の中世には、「通い婚」や「婿入り婚」は廃れ、妻が夫の家に入る「嫁入り婚」が普及していきました。
時代とともに女性の地位はだんだん地盤沈下していったのですが、厳しい現実の中、たくましく生きる中世の女性は数多く史実に存在しました。
このような社会の変化の中、『中世王朝物語』の中のヒロイン達は、どのように描かれていたのでしょうか。


『中世王朝物語』に多く描かれるヒロイン達は、平安時代の物語と同様に「一夫多妻」「通い婚」「身分差の恋」に苦しめられることが多い。
悲劇のはてに薄幸のヒロインが死んで行くストーリーは、「八重葎」などに描かれている。
「八重葎」のヒロインは、わずか12、3歳(満年齢でいうと11歳くらい)の幼さで年の離れたヒーローと契りを交わし、叔母にだまされて筑紫に下り、悲嘆 の末に病死するという悲劇的な最 期を迎える。
しかし、数多くの『中世王朝物語』には、前代には無い(あっても目立たなかった)強くたくましく生きる女性達の姿を見る事が出来るのである。

平安時代の同名の物語を改作した「しのびね」のヒロインは、偶然出会ったヒーローと嵯峨で結ばれるが、ヒーローの父・内大臣の妨害に遭い、間に出来た息子 を奪われ、挙げ句の果てにヒーローは別の女性と結婚する。
縁あって宮中の局に住むようになるが、忍び泣く美しい彼女を帝が見初め、激しく言い寄られる。
彼女の存在を知ったヒーローは密かにヒロインと宮中で再会するが、息子の将来や帝の存在を思い、出家を決心。
ヒロインは、過去を思って泣き暮らすという一見かよわい女性だが、帝の留守を狙って二度までもヒーローを宮中の自分の部屋に引き入れ、しがみつ いて宮中脱出を強要するという激しさを見せる。

「ただいづくまでも、もろともにぐしておはせよ。さらに残りとどまらじ。おくらかし給はんが心うきこと」(中略)
「ただ今まづいづくまでもぐしておはせよ」とて、はぢのこともおぼえず、中納言にとりつきてはなれ給はねば、
<市古貞次・三角洋一編「鎌倉時代物語集成 第四巻・しのびね物語」七十二ページより>

結局、ヒーローは嘘をついてヒロインをなだめすかし、彼女にあてた手紙を書いて出家する。
それを知ったヒロインは、観念して帝の寵愛を受け、国母となり、最後は女院になりのぼった。
儒教的な倫理観では、「貞女二夫にまみえず」といってヒロインは出家か自殺などの結末が強要され、第二の人生は完全に否定される。
また、平安時代の物語では、ヒロインが犠牲になってもヒーローは出世するなどの不公平な結末が散見される。
『中世王朝物語』では、ヒーローが犠牲になりヒロインが出世するというパターンが流行した。
このパターンの流行は、新時代を象徴すると言える。

他にも『中世王朝物語』には、復縁を迫るヒーローを拒否して尼になり、独身をつらぬいた 「兵部卿物語」、義兄である帝を拒否して独身のまま女院になりのぼった「風につれなき」などの、”ヒーローを拒否するヒロイン”の物語がある。
「風につれなき」は、物語の和歌を集めた『風葉和歌集』に四十五首が入選しており、かなりの人気があったと思われる。
身勝手な男達に人生を左右されるヒロインが多かった前代の物語と比べると、ヒロインの姿には格段の差がある。


たしかに現実には、時代を下るごとに女性の地位は低下していきました。
しかし、時代の変化とともに、貴族の人々が心に抱く理想のヒロインの姿は、中世という時代の厳しさを反映してか、ただ優しいだけでないたくましい姿に変 わって 行っ たのでした。


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