〜天に向かって〜  2002年 1月

 

幼なじみとメールのやりとりをしながら「歳取ったよな〜、お互い」とよく話す。
15才ぐらいの時に思っていた「27才」ってもっと大人だと思っていたけど、実際なってみると
15才ぐらいの時と差ほど変わらなくて。
あの頃は「大人なんて建前とか使ったりして嘘つきだ!」と思ったり「大人が引いたレール通りに
行きたくない!」と熱く語って、「本当の何か」を探してばかりいたね。
あの頃の自分に、大人だって大変なんだよ〜と言ってやりたい(笑)。
計算したり、時にはひねってみたり、遠回りしてみたり、いろんなことをしなくちゃ
生きていけないんだよね、世の中という荒海は。
もちろん、あの頃必死になっていたことを否定する気は全然ないよ。
ただ、君たちは知らないだけなんだ。親や家族が守ってくれていることを。
「大人は自分の地位を守ることばっかりで、何にもわかってくれない」と言うけれど、君たちも同じ。
自分の思いを通すことばかり考えて、何にもわかっていなかった。

 
少しずつ少しずつ歳を重ねていく度に、あの頃見えてなかったモノが見えてくる。
もちろん、今現在の自分でも見えてないモノがたくさんあると思う。でも、それらも同じように
これからちょっとずつ見えるようになっていくのかもしれない。
歳を重ねるって、少しずつ死に近づいていくということだから、天に近づいているのと同じ?
天に向かって上がっていくから、見えなかったモノが少しずつ見えていくのかもしれない。
大人になる、ってそういうことなのかもしれないね。

 

 

〜あれから〜  2002年 5月

 

あれから早1年が過ぎました。
毎日同じ様な生活で何も変わっていないようにも思えるけれど、
やっぱり少し変わっています。
私も、あなたも一つ年を取りました。
そして、あなたに逢えなくなりました。
 
あの頃、当たり前のようにあったことが、今ではとても懐かしい思いになっています。
偶然、あなたと過ごした最後の場所を通りました。
景色はあの時とほとんど変わらず、あの時の思いをまた感じました。
あれから、もう1年なのですね。
今もまだ忘れずにいます。
まだ胸の中で、思い出がキラキラと輝いています。
思い出は少しずつ小さくなって、思い出すことさえ困難になるかもしれないけれど、
それでも、あなたとの思い出は、どんなに小さくなっても、忘れることなんてできない。
手の中にある、あなたが居た証がずっとずっと思い出を紡いでくれます。
また逢えたら、と思うけれど、それはちょっと難しい願い。
でも、どんなに遠く離れていても、いつも心配しています。いつも応援しています。
 
私は、あなたが大好きでした。
そして今も、好きでいます。

 

 

〜オムライス〜  2004年 5月

 

十代と二十代の狭間に、
ふと「オムライスのような二人になりたいなー」と思った。

オムライスな二人。
どんな二人?

オムライスって、チキンライスと卵焼きの組み合わせ。
チキンライスだけでも、おいしい。
卵焼きだけでも、おいしい。
でも、二つ合わせたら、それもおいしい。

アナタには、アナタの人生があって。
ワタシには、ワタシの人生があって。
それはそれで、いろいろ楽しい事もあって。
でも、二人でいたらそれも楽しくて。

別々なモノを組み合わせて、一つのメニューとなる
オムライスのような二人。

チキンライスは、卵焼きになれないように、
ワタシは、アナタにはなれないけれど、
卵焼きは、チキンライスにはなろうとしない。
アナタも、ワタシにはなろうとしない。
別々じゃないと、オムライスにはなれない。
でも、チキンライスと卵焼きしか、オムライスにはなれない。

「オムライスな二人になりたい」
そんなことを、ふと思い出した二十代と三十代の狭間。

 

 

〜思うよりずっと〜  2003年 8月

 

自分の思うほど大したことが出来るわけではない。
自分が思うよりもずっと強く、そして弱い。

人はね、自分が思うより、ずっと強いのだ。
困難を乗り越えられる力がある。
ただそれに向き合わないだけだ。

それでも、一人では生きていけない。
誰かの力があるからこそ、人は生きていける。
人はね、支え合わないと生きていけない、そんな弱い存在なのだ。

世の中にたくさんの人がいて、いろんな人がいるけれど、
基本的には大して変わらない。

知ってるんだ、本当は。
目の前のことから逃げているだけってことも。
わかってるんだ、本当は。
逃げても、またここへ戻るって。

でも、怖い。
乗り越えられる力があるとわかっていても、
何だか怖い。

じゃあ、ボクの手につかまって。
うまく上れるように、ボクの手につかまって。
引き上げるほどの力はないよ。
でも、支えるぐらいは出来るから。

人は強い。自分の思うよりもずっと。
そして、
人は弱い。自分が思うよりもずっと。
だから、支えあうのだ。倒れないように。

 

 

〜道〜  2003年 6月

 

ボクとキミの道は、常に交わっているように見えるけど、
本当は時々なんだよね。

最初は、全然別の、離れた場所に在処があって、
いつの間にか、ボクの隣にキミが居て、一緒に手をつないでみた。

同じ道を歩いている。ボクとキミの道。

けど、よく見ると、ボクの道とキミの道との間が少し縮まっただけ。
近くなったから、ボク達は手をつないで歩けるんだ。

手をつないでいても、ボクにはボクの道があって、キミにはキミの道がある。
だから、ボクはキミの道を妨げることは出来ない。
もちろん、キミもボクの道は歩けない。
それは、どんなに気持ちがあっても。

それでも、疲れたら、一緒に休もう。
走るときは、ペースを合わせて一緒に走ろう。

同じ道じゃないけれど、隣にいるから。
心配しないで。

 

 

〜せつなく〜  2005年 3月

 

誰かが我慢することで終わらせられる何かが、必ずある。
せつなくとも。
悲しくとも。

横目に誰かの幸せを見ながら。
心がきしむ痛みに、体まで引き裂かれそうになって。
それでも
誰かが幸せになれるのなら、と
キミは我慢して、幸せを誰かに譲るのですか。

譲られた人はいつか幸せに埋もれて、
譲られたことすら忘れてしまうと言うのに。
それでも
キミは、誰かに譲るのですか。

我慢して、傷ついたキミに、何が残るというのですか。

キミは笑います。
優しく、そして、せつなく。
誰かが我慢することで終わらせられるのなら、
自分がその『誰か』になります。

だったら、ボクも残ります。
キミと一緒に。
独りにはしません。

譲られた人は、当たり前のごとく先に進んでいくでしょう。
キミとボクは、ここに立たされたまま。
それでも
ボクはキミと居られるから。
それだけでも
ボクにとっては幸せなことなのです。

 

 

〜さらさらさら〜  2006年 3月

 

さらさらさら。
時の砂が、さらさらさらと落ちていく。
ボクがここで立ち止まっていても、止まることなく。
さらさらさら。

忘れられずにいて。
心に重く、深いところで、今もまだ。
また会えると思える日。
もうそんな日は来ないんじゃないかと震える日。
ボクは、そんな毎日を過ごしています。

忘れられずにいるなら、忘れなくていい。
誰かがそう歌ってた。
忘れなくても、歩き出せる。
誰かがそう笑ってた。
ボクはどうしたいんだろう。
まだあの日を振り返り、そこから動けない自分もいて。
大丈夫、と背中を押す自分もいて。
こうして立ち止まっていても、時の砂は落ちていく。

ボクはまた会いたいです。

 

 

〜笑ってみるか〜  2012年2月

 

「当たり前」とか「普通」とか、普段、何とも思わない、
気にも留めないようなことが、実は、自分の思う以上にありがたいことなんだよね。
 
「当たり前」に「普通」に
元気に生まれてきて、元気に育ってくれる。
家族揃って、温かいご飯を食べる。
寒い夜には、暖かくして寝る。
学校へ行って、学ぶ。
働いて、お金もらう。
欲しい物を買える。
 
すぐに忘れちゃう。
毎日の忙しさや、重なるイヤな事にかき消されて。
目の前は真っ暗のように思え、一つの光を探すこともできなくなる。
 
でも。
とりあえず、ご飯は食べられてるじゃないか。
品数は多くなくても、温かいじゃない。
こんな寒い夜に、暖かく過ごせてるじゃない。
もっと言えば、パソコンで音楽聴きながら、こうやって書いてるじゃない。
 
失ったモノばかりがココロに広がる。
ないモノばかりをココロが求める。
あの時、止まってしまった時計。
止まってしまった時計をずっと握りしめたまま、今もうずくまっている。
少し歩き出しているような気がしていた。
でも、本当は1歩も進めていない。
周りの時間だけがどんどん流れているようだ。
気がつけば、ずっとあの時から動けていない。
 
とりあえず、ご飯は食べられているじゃないか。
品数は少なくても、温かいじゃないか。
寒い日だけど、暖かく過ごせてるじゃない。
 
自分には、ないモノがたくさんある。
でも、持ってるモノもあるじゃない。
 
とりあえず、明日はもうちょっと笑ってみようか。
暖かいココアでも飲んで。