問題25(家族関係)の答え・・・d.どちらかの親が子供の出産を望まなかったと、e.実の親である場合には、児童期に自身の親から虐待されたことがあるという二つが正解です。

斎藤氏は、養護施設に預けられている被虐待児の親、つまり「虐待する親たち」のグループと、ほかの理由で子どもを施設に預けている親たちのグループを比較して統計的に差があるかどうかを調べました(斎藤 学著、「家族の闇をさぐる」、現代の親子関係、NHK人間大学、98年7―9月期テキスト、日本放送出版協会)。その結果、父親が無職または不定期職であるかどうか、両親の学歴、子どもの数が多いかどうかについては差が認められませんでした。逆に、差が認められたのは、子どもを望んで産んだかどうか、実の親では、児童期に自身の親から虐待を受けたかどうかなどという点でした。この結果から、児童の虐待は、社会的な要因よりも、個人的要因または家族内部の要因によって発生している可能性が高いことがわかります。

この調査でわかった「虐待する父親」は、酒乱で、怠惰で、妻を殴り、「虐待する母親」は浪費家で、配偶者以外の異性に走り、失踪してしまうという傾向があるとのことです。父親のアルコール依存と母親のうつ病の割合も高いそうです(同書56ページ)。

子どもを養護施設に預けなければ問題が解決しないような重大なケースだけでなく、表面化していないような「子どもを虐待する親」はもっとたくさんいるようです。斎藤氏が関係していた「子どもの虐待ホットライン(03-5374-2990)、東京都認可の社会福祉法人である、[子どもの虐待防止センター]の社会福祉サービスの一つ」には、多数の平均的な母親から、「我が子を虐待している」、「我が子を愛せない」という助けを求める声が伝えられているそうです。子どもの虐待ホットラインの紹介で、斎藤氏のクリニックに来院して、97年12月までに調査表に記入した483人(女性369人、男性114人)のうち、子どもへの虐待が確認されたのは、23人の女性(全体の4.8%、女性の6.2%)だけで、男性については調査表からは虐待は確認されなかったとのことです。男性が確認されなかったのは、男性は一般的にみて乳幼児の育児にあまり積極的には関与していないからだと思います。

この23人のうち、22人には何らかの精神障害が認められました。最も多いのがPTSD(心的外傷後ストレス性障害、Post Traumatic Stress Disorder)で実に12人に達していました。PTSDに関連している可能性のある障害としては、解離性障害(人格が突然変化する障害)が2人、身体化障害(どこも悪くないのに精神的な背景のために、いろいろな不調を訴える障害)が4人いたそうです。

PTSDは阪神大震災のときにも注目された精神障害で、生命の危険に直面するというような極めて重大な経験(こころの傷、心的外傷)によってショックを受けて、その経験のことが絶えず思い浮かんだり、繰り返し夢に現れるなどさまざまな症状が現れるため、正常な日常生活が送れなくなる障害のことです。PTSDのような症状は、第一次大戦のときに、砲弾(shell)のさく烈によってショックを受けた兵士の間にも広がったため、いまでも shell shock とも呼ばれることもあります。ベトナム戦争のときも、同じような症状が兵士の間に広がって問題になりました。今では、戦争、災害だけでなく、暴行、傷害などの犯罪の被害者の場合にもこの障害が問題となっているようです。

余談ですが、バージニア・ウルフの小説「ダロウェイ夫人」には、shell shockにかかった復員兵が登場して重要な役割を演じています。もっとも私は、東京の岩波ホールで現在公開されているこの小説の映画を見ただけですので、原作でどのような扱いになっているかは分かりませんが、映画で見た限りでは、復員兵の内面世界は悲惨なものでした。バージニア・ウルフが、第二次世界大戦中に、ロンドンから疎開していた、田舎の別荘マンクス・ハウスで自殺したのは、空爆やドイツ軍の上陸(彼女はユダヤ人でした)に対する恐怖に耐え切れなかったためであったという説もあります。実際、バージニア・ウルフ全集(白水社)の「ある作家の日記」についての、翻訳者である神谷美恵子氏の解説によれば、彼女は人生のうちに4回精神病(現代の精神医学では躁うつ病または非定型精神病と呼ばれているもの)が発病したそうです。また、彼女は、母の連れ子である義兄から、6歳ころから23歳ころまで、ひそかに性的ないたずらを受け続けていたそうです。

子どもを虐待する23人の母親の半分以上を占める12人がPTSDという障害を持つことになったは、どのような心的外傷(トラウマ)によってでしょうか。最も可能性の高いのが、自分たちの親から受けた児童虐待の経験であるようです。23人のうち20 人が児童虐待の犠牲者であることがわかっています。具体的には、10人が身体的虐待、7人が近親姦の犠牲者でした。近親姦を含む児童期性的虐待の犠牲者は、家族外の加害者によるものを含めると11人にも達しているそうです。

斎藤氏は「人は子育てを通して自らの親子関係を繰り返す。乳幼児とともに過ごすことは、ある種の人を子ども返りさせ、これが長い間封じ込めてきた「内なる子ども」、「もう一人の自分」の憤怒を表に出すことになるのであろう」(同書62ページ)と言っています。

母親が児童を虐待する恐れがある場合に、これを防止するのに効果のあるのが、母親から子どもを一時的に離すことだそうです。これによって、子どもの安全が確保されるだけでなく、母親は育児のストレスから開放されて、親子関係を見直すことができるようになるようです。そんなときに、斎藤氏は「今はしばらく、母親であることから降りなさい」と助言するそうです。

児童虐待に悩んでいる親は、まず「子どもの虐待ホットライン(03-5374-2990)」などの信頼のおける専門家や、同じ悩みを持った人に相談することによって解決の道が開けるのではないでしょうか(98年10月15日)。

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