石垣りん(1920-2004)
大正9年2月21日ー平成16年12月26日 84歳 (文誉詩章鱗光大姉) 
静岡県賀茂郡南伊豆町・西林寺

夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。

「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」

鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。
(シジミ)

  自分の住む所には/自分の手で表札をかけるに限る/精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい、――――平成16年12月26日、心不全のため杉並区の浴風会病院で逝った詩人の表札は凛とした寂寥感に包まれていた。翌年2月、山の上ホテルで行われた「さよならの会」、谷川俊太郎の朗読した弔辞に私は行きどまる。―――贈られた詩集1DKいっぱいに積まれ その詩の山をベッドにあなたは夜毎眠ったとか 家の 血縁の悪夢から詩へと目覚めて だがその先にあるもっと新しい朝は もうこの世にないことに あなたは気づいていたに違いない―――と

 東京で生まれ赤坂で育った石垣りんの父母のふるさと南伊豆子浦、入り江の陰にある寺の小高い墓山を登っていくと、山腹にへばりつくような石垣家の墓域があった。四歳の時に死んだ母、父、のちの母、祖父母、ふたりの妹たちが眠るところ。少女の日、村人の目を盗んで抱いた母の墓に詩人も眠る。眼下の入り江は凪、防波堤に二人三人の釣り人、白黒の子猫が寝そべっている。潮騒と鴎の声、ポンポンとエンジン音を響かせて釣り船が入り江の外にでていった。冬の日差しはやわらかく墓石を包んでいる。 「いつか裸になって/骨だけになって/あの家族風呂のようなところへ。 みんなが露天風呂はいいと言う/たしかに先祖代々/屋根のないところへ入っていった。 あたたかいに違いない。」――詩人の声が聞こえてくる。