稲垣足穂 (1900-1977)
明治33年12月26日ー昭和52年10月25日 76歳
京都・法然院墓地

夜おそく郊外電車の中で人は経験があることに相違ない。客まばらなボギー電車が劇しく揺れて速力を出す時、前面のガラス越しに展開されてくる景観である。
ヘッドライトの照射による紅色のふちを持った白紫色の楕円形のなかに、格子塔や立木や、線路ぎわの家屋が、只その裏がわに濃い陰影を伴わせただけの、まったく平べったい切紙細工になって浮き出して、自然であってしかも自然でない、日常見るところのそれとは異なった、一箇の瀟洒な別世界を織り出してゆく……私の云おうとするのは、つまりそのような種類である。私の云いかたによれば、前記の光景にあっては、『そこにタッチが払拭されて、その代りにダッシュを(街風景の左肩に)くっつける』----ダッシュとはこの場合どんな意味か? 或る風景がAならば、映画に現れたその同じ風景はA´である。
(タッチとダッシュ)
いわゆる足穂文学の「宇宙的郷愁」にはかっての文学表現を超越した孤独な思想があった。時代はこの文学者を、その特異な作品と生活から、伝説的な英雄として若者達の教祖的存在としてしまったが、その原点を理解することは到底不可能な遥かな「宇宙」そのものであるように思える。人間は「胎内」「現世」「死後」の三回の誕生を重ねるというが昭和52年秋早朝5時45分、その強い命は第三生活に向かった。
「永遠の少年」に潜む郷愁をある人々に思い起こさせてしまう強烈な魅惑は、この墓石にふれる気の匂いの中にも、何かしら感傷を伴ってまとわりついてくるものがあるのかもしれないが、ゆるぎなく山崖に面対する石面に降り散る木の葉の風影が途切れたとき、私は背を向けた。