池田満寿夫(1934-1997)
昭和9年2月23日ー平成9年3月8日 63歳 (満寿院叡彩心酔大居士)
静岡県熱海市・医王寺墓地

アニタの足の裏に一匹の蝿が留っている。
さっきから留っているのか、たった今留ったのか私にはもう憶い出せないのだ。しかし今見ている蝿はかすかに動いているような気がする。アニタの裸の足が動いていないのなら蝿の方が動いているに違いない。どこからか蝿がやって来て、そいつが彼女の足の裏に留り、少しでも動いているとすれば、アニタはそれを感じていてもいいはずなのに、彼女の足はじっとしたままなのだ。もしかしたらガラス製の蝿で撮影上の効果をねらってグロリアが素早くはりつけたのかもしれない。彼女ならそのくらいの芸当は朝飯前だろう。それなら一匹でなく二十匹ぐらいはりつけた方が効果的だと思うけど、アニタの方が厭がるに違いない。アニタは素裸のまま足の裏を私の方へむけて、あおむけに寝ている。だから彼女の脚の付根の蜜の巣が真正面に眺められる。照明のせいか、その部分が濃い青色に見え、腹部や胸の方がなんとなくぼんやりしている。アニタが私の方を見ているのかどうかもよく解らない。私の視覚はガラス製かもしれない一匹の蝿とアニタの蜜の巣だけしか感光していないようだ。カメラの回転する音も継続しているのか、しばらく前から止ってしまっているのか、よく解らないまま右の耳にあてがっている受話器から聞えてくる妻のトキコの声に私は平衡感覚を犯されている状態でいる。
(エーゲ海に捧ぐ)
池田満寿夫の生み出してきた作品には、版画や陶芸、映画、舞台、小説、どの分野においても、大胆かつ現代的リアリティが満溢し、真正面からきっかりと見据えた明るいエロスがあった。平成9年の春の日朝、熱海市の自宅玄関で倒れ、意識不明となった満寿夫は、午前8時29分、急性心不全のため救急車で運ばれた先の病院で亡くなったが、「ポルノか芸術か」と論議を呼んだ芥川賞小説「エーゲ海に捧ぐ」を世に問うてから20年が過ぎていた。
熱海駅北面、墓地につづく九十九折りの急坂がある。U字に曲がるたびに一休み、眼下に光る波端は、満寿夫が愛したエーゲ海の煌めきに及ぶはずもないのだろうが、芽吹き始めた若草の匂いの先、霞のような小島が眩しく眺められる。「空色無」と刻まれた台石の上に金色のオブジェ「大地の顔」、満寿夫の作品が墓標として、開けた海を眺望している。かって西陣織の着物を切り張りして制作したというコラージュ「天女無限」の鮮やかな永遠の色彩を思い浮かべてみたが、くすんだ墓地の一画に寂しくも浮かび上がった墓標にこそ永遠は潜んでいった。