般若 豊(1910-1997)
明治43年12月19日ー平成9年2月19日 87歳
青山霊園

 ---ふむ、お前は人間の過誤の歴史をこれまでこれほど長く長く支えてきたものはいったい何だと思うかね。いいか。それは、さらにまたいってみれば、二つあるのだ。そのひとつは、自分が思っていることへの驚くほど執拗な固執だ。自己への固執---これこそ、生の最大の秘密だ。そして、つぎに、これまで誰にも触れられずにつづいてきた人間の過誤の第二を挙げるとなると、俺ははっきりいうが、それは、俺達の自由意志の重さについてついに思い及ぶこともないままに一生振舞ったあげくぼんやりと子供をつくってしまうことにあるのだ。
(死霊・五章)

 悲哀(三輪与志)・悪(三輪高志)・喜び(首猛夫)・狂気(矢場徹吾)を体現する四人の主人公が問答する壮大な実験小説「死霊」は、昭和21年「近代文学」創刊号に連載開始以来、病気中断をはさみ四章から五章まで書き次ぐのに二十六年かかった。さらに十年、六、七、八章とつづき、九章が発表されたのは九年を経た平成7年、十五章構想予定を十二章に縮小、しかしそれも叶わぬまま、埴谷は平成9年2月19日、永遠に宇宙そのものとなった。

 人間に出来る意識的行為には、自殺すること、子供を作らないことの二つがあると書いた埴谷の主張は「自身は生と存在の意味を考えるために生きている」と。然しその探求は未完に終わり、無限の空間の包み込むところに「般若家代々之墓」は存在する。父母、妻と共に納まった石塊の下で「自分は根源までさかのぼれば生の単細胞に、あるいは宇宙の鉄にまでたどりつくけれど、死ねばそれっきり、あとはなにも続かない」などと呟いているのか!