五味康祐(1921-1980)
大正10年12月20日ー昭和55年4月1日 58歳 
鎌倉・建長寺回春院


 幻雲斎は併し、別に木太刀を採って技を授けたわけではない。降れば庵にあり、照れば谷を渉ること、彼への態度も今迄と同様てある。が、折ふし、機を捉えてはこういうことを教えた。---夢想剣を修めるには、世の修業の考えを先ず捨てねばならぬ。従来の剣術の方法、思慮では奥義を極めることは出来ない。肝要なのは、人間本然の性に戻ることである。即ち、食する時は美味を欲し、不快あらば露わに眉を寄せ、時に淫美し、斯くの如く、凡そ本能の赴くところを歪めてはならぬ。世に、邪念というものはない。強いて求むれば、克己、犠牲の類こそそれてある。愛しえぬ者は憎むがよい、飢えれば人を斃しても己が糧を求むるがよい。守るべきは己が本能である。欲望を、真に本来の欲望そのものの状態にあらしめることである。---
(喪 神)

 ベートーヴェンのピアノソナタ作品111、多才な着流しの剣豪作家が最後に聞いたレコードである。肺癌に冒され、東京逓信病院の一室で涙しながら聞いたこの曲は、剣と西洋音楽という奇妙な取り合わせに通じたこの作家の、求道的な精神に清々と響きわたったことだろう。5ヶ月間の闘病の後、春のこの日、午後6時5分死去した。

 寒椿の咲く坂道を登ると風が切れた。ぴーひゅるる、ぴーひゅる、トンビが舞っているらしい。色彩を失った冬の塋域は霞んでいる。「五味康祐之墓」に花はない。あるいは剣豪小説のヒントを得たといわれるドビュッシーやラフマニノフ、モーツアルトの音楽が、この碑の底には流れているのだろうか。