平井太郎 (1894-1965)
明治27年10月21日ー昭和40年7月28日 70歳 (智勝院幻城乱歩居士)
多磨霊園

映画街の人混みの中には、なんと多くのロビンソン・クルーソーが歩いていることであろう。ああいう群衆の中の同伴者のない人間というものは、彼等自身は意識しないまでも、皆「ロビンソン願望」にそそのかされて、群衆の中の孤独を味わいに来ているのではないであろうか。こころみに群衆の中の二人づれの人間と、ひとりぼっちの人間との顔を見くらべて見るがよい。その二つの人種はまるで違った生きもののように見えるではないか。ひとりぼっちの人達のだまりこくった表情には、まざまざとロビンソン・クルーソーが現れているではないか。だが、人ごとらしくいうことはない。私自身も都会の群衆にまぎれ込んだ一人のロビンソン・クルーソー であったのだ。ロビンソンになりたくてこそ、何か人種の違う大群衆の中へ漂流していったのではなかったか。
(群衆の中のロビンソン・クルーソー)
「駅のベンチに坐って、一日中行き交う人を眺めているのが好きだ」と、もらしたこともある孤独好きの作家は、明智小五郎という名探偵を伴って、多くの読者に、自ら「大衆チャンバラ小説」と言う「妖奇な物語」を次々と提供し続けてきたが 、昭和40年7月28日、脳出血のため西池袋の自宅で70歳の生涯を終えた。
覆い被さった楓葉の陰りのしたに、自署を刻した「江戸川乱歩墓所」の石標が玉柘植の植え込みに隠れるように立っていた。その奥にある「平井家之墓」の左手にある墓誌には、5番目に乱歩の戒名・本名・歿年月日・略歴等が刻まれていた。人、誰もが孤独に浸るとき訪れてくる密かな想い、そして乱歩の好んだ言葉がある 「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」
