荒 正人(1913-1979)
大正2年1月1日ー昭和54年6月9日 66歳 (芳文院紫陽正人居士) 
小平霊園


 
エゴイズムというものが、じつは社会的矛盾の人間心理への反映形態であるというような、手をよごさぬ綺麗事の算術的思索ではなく、その背後にひろがる巨大な深淵の口について、さらにその深淵を透して感知される際限ない虚無の世界にまで、いわば、宇宙論的極限にまで、肉体の思惟をどんらんに追究、拡大してみようではないか。そのとき、突き当るものは無限の進歩、発展であるか、それともニーチェ流の永劫回帰であるか、そのいずれでもかまわないが、そこからもう一度二合一句のいとおしい日日の生活に立ち返ってくるとき、虚無感の裏打ちを体臭のごとく自覚するであろう。人間はエゴイスティックだ、人間は醜く、軽蔑すべきものだ、そして人間のいとなみの一切は虚無に収斂するものだ---このことを痛切にかんじようではないか。一切はそのうえでだ。
(第二の青春)

 昭和54年6月9日早朝、東京・杉並の駒崎病院で脳血栓のため急逝。「荒正人の文体には、織田作之助や坂口安吾の文体と共通したところがある」と本多秋五が指摘するように、苦悩と彷徨をものともしない一気呵成の生涯であった。

 
「青は原始の色だ。人間が、遠い先祖から親しんでできた色である。青い空と青い海は、過去から未来に永遠に続くであろう。」----冬の冷気に透き抜けた青空が広がっている霊園に、朝日を浴び始めた「荒家墓」は建っている。凝固した風景が徐々に溶けだしてくるように、薄ぼんやりとした未来が見えてくるような時がたちのぼった。