阿部次郎(1883-1959)
明治16年8月27日ー昭和34年10月20日 76歳 (老心院殿仁道次朗大居士)
仙台市・北山霊園



 僕はもう青春と云ふ時代もどうにか通り越してしまつた。僕はこの時代との別離が随分つらかつた。僕は夢にも、戀にも--人生のあらゆるはなやかなものに別れてしまふやうな気がして非常に心綿細かった。しかし今はもうこの別離を大して悲しい事とは思はない。僕は昨今になつて頻に人間は長生しなければ駄目だと思つてゐる。人間の魂が本當に成熟するのはどうしても老年になつてからの事だ。大きい、静かな、波のうねりの深い、見晴らしの廣い、重味のある生活は若い者にはとても味ははれさうにもない。僕はロダンや、イブセンや、トルストイや、ゲーテの老年を思ふと恐しく、なつかしく、望みにみちたやうな気になる。死ぬ前にはゲーテのやうな顔になつて死にたいと云ふのが、おほ気なくも僕の大野心だ。それだのに、今からライフの頂點に達したり、降り坂になつたりしてたまるものか。日本の先輩が、これまで、早く衰へてしまつたのは、彼らの心掛が悪かつたせゐだ。彼らに仕事をさせた力が、一生を貫く内面の要求ではなくて、一時的な青年の情熟にすぎなかつたからだ。フェームに浮かされたり、酒色に耽溺したりして、直ちに内面の要求を見失つたからだ。内面の要求を緊乎と握つてゐるには、老衰などは滅多に来るはずのものではない。
(三太郎の日記)

 「余は死に対する不安と動乱とに満ちて死んだのである。死に対する諦めもなく、死後の生活に対する光明もなく、みじめに力なく死んだのである。----もし死の瞬間に奇蹟的の経験が起って余の精神を霊化するにあらざれば。」……「三太郎の日記」に書かれたこの一節は、阿部次郎32歳夏の夜の心であるが、それから44年後の晩秋、脳軟化症のため仙台・武藤外科で逝った彼に奇蹟は起こったのであろうか。

 三周忌に納骨されたこの墓は、仙台市街を望む北山の共同墓地にある。仙台名誉市民として市葬が行われ、墓地の一等域に眠る文人の自然石碑は、石段下の道をはさんで小さな釈迦如来像と向き合う。年を経た赤松の枝影が被さり、隣域の小園には恋人一組、静寂の柔和な佇みがあった。