特集
あなたも私も、実は 隠れ便秘
腸の不調が現代病を招く
腸内で腐敗が起きて毒素が出る 「腸内細菌のバランス」と 「宿便」がカギを握る

動物の進化で最初にできた臓器は「腸」だという。 その周りに脳が生まれ、血管ができ、手足が伸びた。腸は人体の“中枢”だ。 水分や栄養を吸収するだけではない。内部の腸内細菌を動員して免疫や代謝を担う。 だが、高脂肪食や柔らかい加工食品などが普及した今、腸が危機に瀕している。 カギを握るのが「腸内細菌バランスの乱れ」と、腸内に渋滞した「宿便」だ。

年をとると善玉菌が減り悪玉菌が増える
新生児の腸内は無菌状態だが、すぐに大腸菌などが入り込み、数日後にはビフィズス菌も住み着く。離乳後は安定しているが、60歳ぐらいからビフィズス菌が減ってウェルシュ菌が増える。
光岡知足『老化は腸で止められた』より
長寿地域と東京都の高齢者の腸内細菌の比較
長寿地域として有名な沖縄県と山梨県棡原村(現・上野原町)の高齢者の腸内細菌を、東京都の高齢者と比べた。沖縄県では東京都よりビフィズス菌が10倍多く、ウェルシュ菌は100分の1。
辧野、光岡:「腸内フローラと成人病」(1985年)のデータ
腸と腸内細菌叢の役割
腸内細菌は主に大腸の上流部に住んでいる。人体に良い働きをするのが善玉菌。ビタミンやアミノ酸を供給するほか、病原菌の感染を防いだり、腸の免疫力を高める作用も担っている。
辧野、光岡:「腸内フローラと成人病」(1985年)のデータ
 まず、なぞなぞから。
 慢性的な肩凝りや疲労感、肌荒れ、アトピー、リウマチ、大腸ガン、心筋梗塞、子宮内膜症、痴呆症に共通するものは何か。何の脈絡もないようなこれらの不調や病気が、実は一つの臓器の不調が原因だとしたら……。その臓器が「腸」だ。
 「リーキーガットシンドローム」という言葉をご存じだろうか。直訳すると、「腸の漏れ症候群」。日米の医師や栄養学者の一部が指摘し始めている“病名”だ。腸壁を覆う粘膜が何らかの原因で “破れ”、腸内で発生した毒素や腸内の細菌が体内に漏れ出す。このため体内で自家中毒を起こしたり、肝臓や腸の解毒機能が落ちて外部からの毒素にやられる。その結果、様々な病気になるのではないか。
 この仮説は、例えば米国の栄養学者ジェフリー・ブランド博士が著書『20日間で若返る』(ダイヤモンド社)で指摘している。米国で最も著名な自然療法医のレオ・ギャランド博士も、「リウマチ患者の発症部位からしばしば腸内細菌の破片が見つかる」とし、リーキーガット症候群説を支持する。日本でも、例えば甲田医院(大阪府八尾市)の甲田光雄院長は、「腸粘膜の障害部位からアレルゲンが体内に侵入してくる結果、アトピー発症の原因となる」と同様の説を唱える。

便秘が腸内細菌叢を乱す

 81Cの表に示したが、腸が原因と推測されている病気は脳、心臓、関節などあらゆる部位に及ぶ。まさに腸の不調や汚れが万病を引き起こすのではないかと想像させる。逆に、腸を健全にすれば病気を予防し、健康になるのではないか。カギを握るのが「腸内細菌」と「宿便」だ。
 まず、腸内細菌とは何か。
 腸の中には100種類、100兆個以上もの細菌が住んでいる。人間の全身の細胞が60兆個といわれるから、膨大な数だ。
 腸の中を流れてきた食べカスを、ある細菌が食べる。その細菌が放出した代謝産物を別の細菌が食べる……。腸内細菌は互いに栄養をやり取りしながら、密接な関係を築いている。ビタミンを体内で作る細菌もいて、これを腸が吸収して活用する。腸が放出した老廃物を食べて、アミノ酸など体に有用なものに変える“リサイクル菌”もいる。
「腸の中に別の臓器があるようなものだ」。腸内細菌研究の第一人者である東京大学の光岡知足名誉教授はこう話す。この細菌集団を「腸内細菌叢」と呼ぶ。
 腸内細菌叢は、三つのグループに分けると理解しやすい。善玉菌、悪玉菌、中間菌だ(右下の図)。善玉菌は腸の中で「発酵」を進め、ビタミンや酪酸、アミノ酸など体に有益なものを作る。代表例はビフィズス菌だ。悪玉菌は逆に、「腐敗」を進めて有害物質を作る。代表例はウェルシュ菌。中間菌は普段はおとなしいが、体が弱ると悪玉菌のような悪さを始める。
 健康な人は腸内細菌叢が一定のバランスを保っているが、食生活の乱れやストレスなどによってバランスが崩れると、悪玉菌が増えて毒素をまき散らす。腸内細菌叢の乱れが病気を引き起こすのだ。
 年をとると、腸内細菌叢も悪化する(グラフ1)。内臓や皮膚のように、腸内細菌叢も老化する。だが、年をとっても若々しい人は腸内細菌叢も若い。それを裏付けるのが、長寿地域として有名な沖縄県と東京都の高齢者の腸内細菌叢の比較データだ(グラフ2)。沖縄の高齢者の腸内細菌叢は若い状態に近い。
 では悪玉菌はどんな病気を引き起こすのか。メカニズムの解明が進んでいるのは、大腸ガンと乳ガンだ。悪玉菌は腸内で腐敗を進めて発ガン物質を作る(82Cの図)。乳ガンは便秘の女性に多いという研究もある。米国カリフォルニア大学で、乳ガン検診の検査結果と便通頻度の関係を調べたところ、便通が週に2回以下の人から、乳ガンとその予備軍にあたる症状が圧倒的に多く見つかった。「便秘は腸内細菌叢を乱して悪玉菌を増やす原因。“万病のもと”といってもいい」。理化学研究所培養生物部の辧野義己室長はこう話す。
 日本では戦後、この二つのガンの死亡率が増えている(グラフ3)。光岡名誉教授はこの傾向を、「食生活の西欧化が進んで日本人の腸内細菌が乱れているためだ」と見ている。
 善玉菌には免疫力を強くする作用がある。マウスの腸内にビフィズス菌を注入すると、免疫を担う細胞の活性が高くなる。逆に、生まれたばかりのブタを無菌室に入れ、腸内に細菌がいない状態で飼育すると、免疫を担う細胞がうまく成長せず、病気にかかりやすい状態になる。

宿便が腸に渋滞する

 腸を健全にするもう一つのカギが「宿便」だ。
 「宿便とは何か」「そもそも宿便は存在するのか」に関しては、いまだ定説がない。しかし、宿便を指摘する医師や書籍は増えている。内視鏡医の多くは内視鏡で見ても宿便はないと否定的だが、米アルバート・アインシュタイン医科大学の新谷弘実教授は著書『胃腸は語る』で、「米国人の腸は固くて短く、宿便の残存が多い」と指摘する。国立感染症研究所食品微生物部の森下芳行室長も著書『腸内革命』の中で、腸が弱ると腸壁を病原菌が通過しやすいとし、さらに宿便の存在にも触れている。
 衝撃的なのが、バーナード・ジェンセン著『汚れた腸が病気をつくる』だ。腸内を浄化する治療の途中で多数の患者から出てきた異様な排泄物が写真で示される。ひも状、ビニール状、ゼリー状など形や色は様々だが、排泄物は腸の形をしていて、猛烈な腐敗臭がするという。ジェンセン博士はこれを宿便と呼ぶ。
 甲田医院で治療を受けている患者が断食中に出した排泄物の写真が手元にある。断食中は何も食べないのに毎日、便が出る(患者は緩下剤をのむため、便は液状)。断食10日目になっても出る。甲田院長は「これらが宿便だ」と話す。
 宿便の正体はまだ確定していない。粘液、腸内細菌、粘膜、老廃物や食べカスなどがその有力候補だ。そして、「宿便が渋滞すると(悪玉菌により)腐敗が起こり、腸粘膜にビランや炎症が起こる」(甲田院長)。これが、リーキーガット症候群につながると甲田医師は推測している。

まず「隠れ便秘」解消を

 「現代人のほとんどは便秘」と甲田医師はいう。1日3回食事をする人は、1日3回便通があるようになっているという。ジェンセン博士も著書で同様の指摘をする。
 1日1回の便通があり、便秘ではないと思っていた記者2人がオリゴ糖10gを飲んだ翌日感じたのは、「快便とはこういうことか」だった。多くの人が実は「隠れ便秘」で、宿便を抱えているというのは説得力がある。
 「隠れ便秘」を解消し、腸内細菌叢を理想に近づけ、宿便をとるにはどうするか。「肉食を控え、お米(穀物)や食物繊維(野菜)をたっぷり取る」(国立感染症研究所の森下室長)。これが多くの関係者が一致する対策だ。オリゴ糖、食物繊維、乳酸菌などを摂取するのもいい。
 「少食」や「週末の1日断食」を続けるのもいい。少食にすると傷の治りが早くなり、腸内細菌叢がいい状態になることは、ラットの実験で報告されている。
 「宿便」をとるには、古くから長期の断食がいいとされてきた。ジェンセン博士の腸内浄化プログラムの基本もジュースだけを飲む断食だ。甲田院長は「すまし汁」断食をすすめる。国立感染症研究所の森下室長は断食により、「いわゆる悪玉菌が減り、善玉菌が残り、排泄すべき物がないので宿便など腸内の汚れが一掃される」と、断食の利点を著書の中で指摘している。

光岡知足さん
東京大学名誉教授

みつおか・ともたり 1930年千葉県生まれ。53年東大農学部卒。同大学院修了。農学博士。88年に「腸内細菌叢の系統的研究」で日本学士院賞受賞。名誉教授となった今も自宅の実験室で腸内細菌研究に打ち込む。
森下芳行さん
国立感染症研究所食品微生物室長

もりした・よしゆき 1940年山口県生まれ。70年東京大学大学院博士課程修了。同年国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)に入所。85年から現職。研究テーマは、腸内細菌叢と食事成分の相互作用とその影響。
辨野義己さん
理化学研究所培養生物部室長

べんの・よしみ 1948年大阪府生まれ。酪農学園大学獣医学科卒業。 82年東京大学農学部大学院修了。農学博士。86年日本獣医学会賞受賞。日本ビフィズス菌センター理事、日本細菌学会理事。
甲田光雄さん
甲田医院院長、
大阪大学医学部非常勤講師

こうだ・みつお 1924年大阪市生まれ。大阪大学医学部卒。医学博士。西式健康法、断食療法、生菜食健康法などを実践的に研究。6000人を超す難病患者の治療にあたる。

大腸ガンの発生メカニズム
便の中には脂肪の吸収を助ける消化液の胆汁酸が混ざっている。悪玉菌が胆汁酸に働きかけると、二次胆汁酸と呼ばれる発ガン物質に変化する。これが大腸ガンを作る。
乳ガンの発生メカニズム
コレステロールに悪玉菌が働きかけると、女性ホルモンのエストロゲンに変化し、吸収されて乳房に蓄積する。すると乳房組織内でホルモンバランスが崩れ、乳ガン細胞の増殖が促進される。
増える大腸ガンと乳ガンの死亡率
戦後、日本人の大腸ガンと乳ガンの死亡率は一貫して増えている。かつての日本では、どちらもそう多くなかった。西欧諸国では両方とも主要な死因になっている。
厚生省「人口動態統計」より

“隠れ便秘”を 起こす原因
ここに挙げた6項目は「本物の便秘」を招く原因でもある。医学的な便秘の定義は「1回の排便量が35g以下の状態」だが、それ以上出ていても快便とはいえない状態を“隠れ便秘”とした。
隠れ便秘が 健康を脅かす
「本当の快便」は、3食とったら3回排便して、朝には腸の中が空になる状態だという。便が腸内に慢性的に残っていると、腐敗が進みやすい。すると悪玉菌が増えて健康が害される。




このページの情報は、日経ヘルスさんの記事をそのままコピーして掲載しています。 これ以上の情報を、お読みになりたい方は日経ヘルスのバックナンバー面でどうぞ。

戻る