
サイエンス
| ★★★★〜★は私の「満足度」です。 |
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| サイエンス 現在25冊 | |
| 書名 | 著作者 |
| 携帯電話はなぜつながるか | 中嶋信生・有田武美 |
| 海洋危険生物 | 小林照幸 |
| 電車の運転 | 宇田賢吉 |
| 疑似科学入門 | 池内了 |
| 「人工冬眠」への挑戦 | 市瀬史 |
| 地球46億年全史 | リチャード・フォーティ |
| 使える!確率的思考 | 小島寛之 |
| はり100本 | 竹村文近 |
| ビルはなぜ建っているか なせ壊れるか | 望月重 |
| 発酵食品礼讃 | 小泉武夫 |
| 言語の脳科学 | 酒井邦嘉 |
| 精神科にできること | 野村総一郎 |
| 東洋医学 | 大塚恭男 |
| 図説 日本の植生 | 沼田眞・岩瀬徹 |
| 論破できるか!子供の珍説・奇説 | 松森靖夫 |
| サナダより愛をこめて | 藤田紘一郎 |
| 深海生物学への招待 | 長沼毅 |
| 暗号解読 | サイモン・シン |
| 統計でウソをつく法 | ダレル・ハフ |
| 手術室の中へ | 弓削孟文 |
| 暗号と情報社会 | 辻井重男 |
| 脳外科の話 | 神保実 |
| 極北シベリア | 福田正巳 |
| 死体からのメッシージ | 木村康 |
| 山の自然学 | 小泉武栄 |
「携帯電話はなぜつながるか」 中嶋信生 有田武美・著 日経BP社 ★★★
子供の頃トランシーバーで遊んだ経験がある人は多いだろう。お互いが同時に話すことはできず、「どうぞ」と言ってボタンを切り替えると相手の声が聞こえてくる。そのプロセスを何となく大人ぽっく感じた記憶があるが、無線通信で双方向通話を実現させる事は当時簡単ではなかった。電波を発信しながら相手の電波を受信するには、自機の送信波の影響を排しながら相手の信号を受信するという事が必要となるため、送受信に使用するアンテナや周波数を離したり、送信波の影響を軽減するフィルタを用いる事が求められる。大音響スピーカーの前に背中を向けて立った状態で、100m先の人が話す声を聴こうとするようなものと例えられるだろう。半導体技術の進歩により、携帯電話の小さな筐体で双方向通話を実現している事だけでも、30年程前の技術者が見たら絶対に信じられない事だが、携帯電話を支える技術は我々の想像を超えるものがある。
「携帯電話はなぜつながるか」と題した本書では、NTT技術者だった著者が「ケータイ」がつながる仕組みを技術的に詳しく解説する。契約者と共に動き回る携帯電話の位置を国内・海外を問わず常に把握し続けることで、掛かってきた電話をその場所に転送して接続する仕組みや、数多くの携帯電話が発する電波が混信しない様、その送信出力を1秒間に1500回も調節する事で基地局での受信レベルを一定化させるメカニズムなど、もう溜息が出るような技術が次々と紹介されている。090で始まる電話番号の他にも、携帯電話にはいくつかのIDが付与されており、用途に応じて使い分けられている。国内で契約している携帯電話が、海外で電源を入れるだけで使える様になる仕組みもわかり、以前からの疑問が解けてまさに膝を打つ思いである。プライバシー上重要なIDは盗聴・悪用を避けるため無線区間には流さない仕組みなど、本当によく考えられていると思う。
反面、携帯電話はコストを無限には掛けられない民生用システムであるため、多くの契約者が一斉に通話を始める事は想定されていない。正月の初詣や夕方の繁華街で繋がりにくい現象はこのせいである。コストと使い勝手を両立させるのは携帯電話会社の腕の見せ所であり、新規参入企業ほどその辺りのトラブルを多く耳にするのも理解できる。これだけの素晴らしいシステムを作り上げた技術者諸氏には脱帽としか言いようがない。技術的な内容が中心なので電気通信に全く素地のない読者にはちょっと難しいかも知れないが、クイズ仕立てのイントロダクションもあり、頑張って読めば「携帯電話はなぜつながるか」を深く理解できるだろう。ダイジェスト版を新書で出したら、企画次第で売れるかも。▲2010.9.20
「海洋危険生物」 小林照幸・著 文春新書 ★★★
沖縄といえば青い海と白い珊瑚礁が真っ先に頭に浮かぶが、亜熱帯気候であるその海には危険な生物も多く生息しているらしい。陸にハブがいるのと同様と考えれば合点も行くが、海辺を泳いでいるだけでそれら生物に刺されて死亡する可能性が高いと言われると、沖縄の海を満喫する際には安穏としていられない。フグの様に食べて危険な生き物であれば、不用意に口に運ばないことで予防も可能であるが、泳いでいて刺されるのを防ぐには「海に入らない」しかないのか!と思ってしまう。
本書によると、一般の観光客が最も遭遇する可能性が高い危険生物は「ハブクラゲ」であり、刺されると猛烈な激痛に苦しめられ、恢復しても刺された場所に醜い瘢痕が残るらしい。死亡例も報告されている。実際に被害に遭った人の足に残った瘢痕が写真で掲載されており、非常に恐ろしいが、最近沖縄のビーチにはクラゲを通さない「クラゲネット」が沖合に張られており、その中で泳ぐ分には危険はないとのこと。ネットの外は遊泳禁止であるが、そこで被害に遭う人が多く、安易な行動に著者は警鐘を鳴らしている。他にもウミヘビやオニダルマオコゼ、サメなど、危険な生物の生態と悲惨な事故例、そして応急処置法が詳しく紹介されている。
ネットが張られて良く管理されたビーチ内でのみ泳ぐという観光客はともかく、人里離れた海岸で海をもっと「ワイルド」に楽しみたいと考える向きには必読の書である。構成も読みやすく好感が持てる。▲2009.8.17
「電車の運転」 宇田賢吉・著 中公新書 ★★★★
国鉄時代からずっと各種列車の運転手を務めてきた著者が、鉄道の現場の全てを詳細に記した得難い本である。「電車の運転」というタイトルであるが、運転自体のみならず、電車の構造や電力供給、架線、信号、標識、レール等に至るまで、その技術的な仕組みを詳細に至るまで非常に誠実に記している。巷に溢れる「ハウツー本」とはレベルが全く異なる。
故障や誤作動が起きても、システムが自動的にバックアップするという「フェイルセーフ」の思想は、鉄道の世界で最も完成されているのではないかと感じている。過去の事故を教訓にして何重にも設けられたブレーキや保安装置は、驚嘆に値する。「XX駅で信号が赤から変わらなくなったため、XX線は運転見合わせ」という輸送障害がたまに起きるが、間違って青になるよりは遙かにマシであり、これも絶対に電車を衝突させないという鉄道思想の表れであろう。
標識や信号、架線の仕組みを本書で知り、車窓から外を眺める楽しみがもう一つ増えた。長時間鉄道で旅行する際には、この本も持参したい。「電車でGO!」や「トレインシミュレータ」で停止位置ピッタリに電車を止めたり、定時到着・定時通過を目指すのはとても楽しいが、やはりゲームはゲームである。不規則な勤務時間に身体をすり減らしながら電車を安全に運行し、社会を支えている鉄道現場の人たちに敬意を表したくなる一冊であった。▲2009.5.9
「疑似科学入門」 池内了・著 岩波新書 ★★★
テレビは国民を越えられない、という一文を以前どこかで読んだ事がある。血液型などの各種占いや超常・心霊現象、怪しい健康法などを取り上げた、どうしようもない番組が幅を利かせている事に私は以前から苛立ちを覚えていたのであるが、この一文に接してから、そういう番組に腹を立てることも少なくなった。この種の番組は、それを受け入れる国民が多くいるから存在しているのであり、そういう番組の存在に苛立つのはある意味で「お門違い」なのだ。国民が受け入れない番組であれば、そもそも存続出来まい。多くの国民に受け入れられない堅い番組は商業ベースには乗らないのだから、特に民間放送で取り上げるのも難しいし、公営放送であっても、国民のニーズからあまりにも逸脱した番組制作に受信料を使うことは許されないだろう(唯一の例外は地デジ12チャンネルの放送大学か)。いずれにしても、そういった怪しげな番組を排し、テレビ番組のレベルを底上げするためには、テレビ制作者ではなく視聴者側の科学リテラシーを強化する事が先決なのであろう。諦観めいてしまうが、テレビに啓蒙を期待してはならないのだ。
こういう事を書いたのも、世に蔓延る「疑似科学」に対する本書の問題意識に共鳴したからである。占いや念力、オーラ、サイキックパワーなど、科学知識を援用する事なしに人々の「心のゆらぎ」に入りこむ疑似科学(本書では第一種疑似科学と分類)や、アルカリイオン水やマイナスイオンなど、既存の科学的知見や統計データを表層的あるいは恣意的に援用・流用し、あたかも科学的根拠が証明されたかのように装う疑似科学(本書では第二種疑似科学と分類)など、現代社会では多くの疑似科学が見られる。本書はそれらが如何にして人々から信じられるに至ったのかを、様々な角度から詳しく解説している。また地球環境問題やBSE問題など、現代の科学水準では十分に解明されていない分野についても、未解明の部分がある事を理由に「そういう問題は存在しない」と抗弁する様な態度を「疑似科学」であると批判し(第三種疑似科学)、未解明であっても人々に危害を与えない方向で推定して対策を講じるべきだと主張している。
疑似科学に問題意識を持つ人向けの入門書としては好適。子供達に「正しく疑う心」を教えよ等と提言する終章「疑似科学の処方箋」にも異議はない。ただ、「技術による道徳の代行」が人々の「お任せ」体質を促進する事で、人間はますます横着になり、科学と縁遠くなって疑似科学が入りこむ余地を大きくする(P98)というのは言い過ぎだし、ポストモダニズムに関連し、「科学的真理すら社会的に構成された相対的事実でしかなく、絶対的真実なるものは存在しない」とその主張(科学の社会構成主義)を整理したまでは良いが、「人間が持つ倫理観や人権思想は絶対に譲ることができない真理の一部をなすものである」(P118)としているのは大いに疑問。倫理観や人権思想こそ、社会体制や時代背景によって大きく揺れるものではないか。そういう難点は気になるし、文全体として括弧書きが異様に多く読みにくいのも残念であるが、それでも本全体としての価値を大きく減ずるまでではない。なかなか面白い一冊だった。▲2009.5.4
『「人工冬眠」への挑戦』 市瀬史・著 講談社ブルーバックス ★★★★
もし人間が冬眠する動物だったら、現代社会においてどういうビジネスが成立しているだろうか?という事を、以前何かの本を読んだ時に想像(妄想?)してみたことがある。夏が終わる頃になると「冬眠に備えた最適な栄養補給」を謳う食事やサプリメントが大量に登場し、テレビでは冬眠特集、店先には快適な冬眠を提供するベットや暖房器具、冬眠中の防犯を担う警備システムが登場し、春先になれば「脱・冬眠体型!」と銘打ったスポーツクラブが現れるなど、いろんなアイデアが浮かぶ。仮に人間が冬眠出来るようになったとしても、高度に進んだ現代社会において人々が一斉に冬眠する事など考えられない訳だが、こういうシミュレーションをやると、現実の社会に使えるビジネスのタネをふと思い付いたりするものだから面白い。
本書は、心臓麻酔の研究者が「人工冬眠」の研究最前線を記した、非常に面白い著作である。動物に見られる冬眠のメカニズムを科学的に解明した上で、それが代謝系に与える影響や、睡眠との相違点を明らかにし、人間を冬眠させる(命を一時停止させる)ために克服しなければならない点を提示している。そのキーワードは「低体温」「レム睡眠」と「筋肉の萎縮防止」であるが、これらの研究領域は、既に実用化が進んでいる(超)低体温医療や、著者の専門である全身麻酔とも近接しており、これらの研究の最終到着点に人工冬眠があるのではないかと著者は強い期待を見せている。
また最新の研究報告として、硫化水素の応用が紹介されているが、これは非常な驚きである。硫化水素は古くから多くの中毒事故を引き起こし、近年では市販洗剤等の調合による自損行為が社会問題化しているが、数々の動物実験によると硫化水素は人工冬眠に近い状態を「可逆的に」作り出す事が出来るというのだ。この成果によって人工冬眠へ一足飛びで進む訳ではないが、麻酔領域における画期的な新薬につながる可能性があるとのこと。まさしく毒とクスリは紙一重である。
人工冬眠という言葉にはSFチックな響きがあり、それが可能になったとしても、人類が字義通りの「冬眠」をするとは思えない。ただ人工冬眠研究と隣接する低体温医療などが進歩する事で、これまで救命できなかった心・脳疾患や重度外傷を救える可能性が出てくるのであれば、人類への貢献は非常に大きい。最終到達点としての「人工冬眠」も夢があって好ましく思える。最近読んだブルーバックスでは一番面白かった。▲2009.5.2
「地球46億年全史」 リチャード・フォーティ著 草思社 ★★★
宇宙の話をしていると、何万光年だとかビックバンだとか、想像すら出来ない尺度の話ばかりが出て来て、なんだか分かったような分からないような状態に陥ってしまう。それでも私たちは、頭上に広がる無限の空間に大いなるロマンを感じ、多くの物語が紡ぎ出されてきた訳であるが、足下に広がる地球に関してロマンを感じる人はさほど多くはない様である。数十キロも掘り進めればマントルに、更に5000キロも掘れば地球の中心に辿り着くのだから、何万光年というスケールに比べれば遙かにイメージも湧きやすいものだが、そのジャンルで編み出される物語のイメージは「恐怖の地底人」や「絶滅した恐竜が生き延びている世界」など、いかにも、おどろおどろしい。やはり暗黒・灼熱の世界というイメージが強すぎるのであろうか。
本書は、46億年に達する地球の歴史を、世界各地に残る様々な地殻変動上の痕跡を実際に巡りながら分かりやすく解説する一冊である。ヨーロッパアルプスのある地域で見られる、新しい地層が古い地層の下に位置するという逆転現象を、大陸が移動するプレートテクトニクス理論を用いて謎解きしたり、プレートが移動するスピードは人間の爪が伸びる速さと同じであることを紹介したりと、とかく地味な印象を持たれがちな地学の世界に読者の興味を惹こうと様々な工夫が見られる。プレートが地球の端から端を1周するのに10億年掛かるということは、地球が誕生していままでに大陸は地球4周半の移動を繰り返してきた事になるのだが、それを知っているだけで地学に対する興味は格段に深まるだろう。
約570ページと結構なボリュームがあり、図表や地図も少ないので、地学にある程度は興味が無いと読み進めるのもつらいかも知れない。興味のある人にとっても読了にはそれなりの時間が掛かるだろうが、私の場合、地図帳片手にゆったり読み進めるのは結構楽しい経験であった。▲2009.3.29
「使える!確率的思考」 小島寛之・著 ちくま新書 ★★★★
確率というのは非常に奥が深い分野で、世の中がどうなっているかを知る上で有用な手掛かりになるものである。近年重要視されるメディア・リテラシーを鍛える意味でも大変重要な知識であり、以前から興味があったのだが、なかなか面白い本に出会うことが出来た。
宝くじやギャンブル、サイコロ遊びなどといった身近な例を基に「確率とは?」という基本をまず押さえた上で、「確率というものをどう推定・解釈するべきか?」について標準偏差やベイズ推定などの知識を基に分かりやすく記している。インターネットのスパムメール対策に「学習機能」というのがあるが、ここにも確率の理論が応用されているらしい。こういった興味深い事例も数多く紹介されている。
遠い昔の話だが、高校の頃に学んだ「確率・統計」の授業は全く面白味に欠け、テストの点数も平均点以下の惨憺たるものであった。複雑な数式を駆使してサイコロの目の出る確率を求めるという、いかにも机上の論理に「そんな事して何が面白いの?」と脳が拒否反応を起こしていたとしか思えない。その後大学から社会へ出て、いろんな経験を積みながら様々な本を読むに至り、確率の奥の深さが漸く理解出来たというのが実感だ。もし当時の出題内容がもっと社会性のある現実的なものであれば、相当面白く解けたに違いない。社会に出てから役立つリテラシーを身に付けさせるためにも、是非本書の様な切り口で確率論を子供達に教えてやって欲しいと切実に思ってしまう。▲2008.1.15
「はり100本」 竹村文近・著 新潮新書 ★★
仕事柄パソコンを使う機会が多く、肩こりに悩まされることが多い。そんな時は会社帰りに最寄りのクイックマッサージ店に立ち寄り、30分3150円で肩から首に掛けてのマッサージを施してもらうのだが、意外とリフレッシュできるものである。首都圏では駅前やオフィス街を中心にこの種のクイックマッサージ店が非常に多く、また最近ではショッピングセンターの中にも出店し、家事に疲れた主婦にも人気を博している。クイックマッサージが広まった背景としては、パソコン仕事の増加などで身体へ負担が掛かる人が増えている事などが挙げられると思うが、もう一つの側面として、その敷居の低さもあるだろう。最近のクイックマッサージ店に共通する「明るい店内」「入りやすい雰囲気」「若い施術師」といったスタイルは、従来若者には敷居の高かった「按摩屋さん」や「マッサージ店」のイメージの対極を意識して作り出されたものではないかと思う。
そんな私にとって「鍼灸院」というのは正に縁遠い存在で、「ぎっくり腰にでもなったら行くかな」という程度のイメージだったのだが、本書に記されている鍼灸の威力を知って、その印象は大きく変化した。様々な要因により凝り固まった筋肉の結合組織を、深く刺す鍼によって切りほどき、その病態をリセットして治癒に導くという筆者の治療方法を読んでいるうちに、日頃肩こりや腰の痛みに悩まされている私の身体が「それだ!」と叫んでいるように思えてくる。
外科領域のトラブルだけでなく、不妊症や悪性腫瘍など内科領域の諸疾患にも効果が見られたとの事なので、病気の際の「もう一つのチョイス」として鍼灸の事を覚えておきたいと思う。ただ、世間では「痛くない鍼治療」が広まっており、筆者の「深く刺す」痛い治療法がどこでも受けられるというものでも無い様だ。本書では、筆者が鍼を施した多くの芸能人の名前と治療例が紹介されているが、同様な施術を行う鍼灸師が他にどれくらいいるのか紹介したり、あるいは一般に広まっている「痛くない」施術方法の意義についてもう少し触れないことには、ただでさえ予約が取りにくい(というイメージで書かれている)筆者の鍼灸院に通えない大多数の読者にとっては消化不良となるだろう。その点だけは少々心残りであるが、全体としては大変面白く読めた。▲2007.11.13
「ビルはなぜ建っているか なせ壊れるか」 望月重・著 文春新書 ★★★
汐留や台場、豊洲など、素人目にも地盤が強固とは思えない場所に最近多くの高層ビルが建設されている。地震が来れば液状化現象が起き、かつて新潟地震で起きたようにビルがバタンと横倒しになるのではないかと心配していたのだが、本書によると、さすが技術の国・日本だけあり、そうならないための仕組みが万全に施されている様だ。
建物は様々な部材から構成されており、それぞれに多種多様な力が加わる。建物自体の重さや中に入れる家具や人の重さが代表的な力だが、その様に通常加わる力の他に、風力や雪の重さ、更には地震の震動など、不規則に大きな力が作用する事もあり、建物の構造を設計するにあたっては、非常に複雑な計算と適切な部材選択が求められる。一般的に鋼棒は引っ張る力に強く、コンクリートは潰される力に強いが、その選択を逆にしてしまうと非常に脆い構造となり、建物は成り立たなくなる。また、震度7クラスの地震は何十年に一度来るかも分からないが、それが来ても建物に歪み一つ与えない構造を取ることが果たして経済効率として好ましいのか、という事も考えなければならない。その規模の地震が来た場合、建物の倒壊や人的被害に繋がらない程度の部分的損壊は諦める事とし、適正なコストで建築する事も合理的だろう。
建物の要諦は構造計算にあるとする著者が、その基本的知識を分かりやすく解説した本である。これを読めば「ビルがなぜ建っているのか」が確かに良く分かる。マンション住まいの方や、これからマンション購入を考えている人には特におすすめ。
「現代人のための建築構造入門」とサブタイトルされたこの本は、元一級建築士による耐震強度偽装が発覚する前の2003年8月に発刊された。この事件では構造計算について馴染みの薄い用語がマスコミを賑わせたが、当時この本に気付いていれば、問題をリアルタイムにより深く理解出来ていたであろう。構造計算の偽装は絶対にあってはならない。まさに現代社会における「万死に値する」行為である。▲2007.10.1
「発酵食品礼讃」 小泉武夫・著 文春新書 ★★★★
世の中にはいろんな事に興味を持つ人がいるものだが、本書の著者である小泉武夫氏は、世界各地のあらゆる発酵食品を研究し、そして食べ歩く事に楽しみを見出している様だ。普通の人が発酵食品と聞いて思いつくのは、チーズや味噌、納豆といった所だろうが、そんなのは初歩中の初歩であり、想像を絶する悪臭を放つ発酵食品も数多くあるらしい。そんな奥深い世界に我々を案内してくれる好著。
カナダのイヌイットが食べる発酵食品には「キビヤック」というのがあるらしい。まず、猟で捕えたアザラシの内臓と肉を全部抉りだし、その空洞の中に、何十羽にのぼる燕に似た鳥を羽もむしらずに詰め込み、アザラシの皮を縫い閉じた後に土の下で2年間発酵させる。土から掘り返すと、アザラシはもはや原形を留めない状態だが、鳥はそのままの姿で発酵しており、なんとその肛門から発酵した体液を吸って飲むというのだ。筆舌に尽くしがたい悪臭らしいが、コクのある味はチーズに似ているとの事である。なんとも壮絶な食品であるが、イヌイットに不足しがちなビタミン類を大量に補ってくれるという効果があるらしい。また日本の金沢には、致死的な猛毒で知られるフグの卵巣を発酵させることで無毒化し、食用に供する発酵食品があるとのいうのだから、何とも凄い話である。
こういった個性的な発酵食品だけでなく、パンやチーズ、鰹節といった一般的で「穏便な」発酵食品も数多く紹介されており、発酵のメカニズムや栄養素、それぞれの食品が生まれた背景まで詳しく知ることが出来る。非常に面白い一冊。将来印刷技術が発達して本が「臭い」を伝えられる様になっても、この本だけは「臭い無し」で出版して欲しいものだ。▲2007.9.26
「言語の脳科学」 酒井邦嘉・著 中公新書 ★★★★
人間の脳はどうやって言葉を理解し、生み出すのか。考えれば考えるほど頭が痛くなるこの「究極の難問」に、これまで多くの科学者が挑んできた。言語が「心」の一部だとすると、脳が言語を生み出す過程を研究することは、「心」とは何かを研究することにも等しく、その困難さは、四次元空間について三次元空間の我々が想像を働かせるのにも匹敵するだろう。
脳が言語を生み出す仕組みを研究する学者たちは、心理学的アプローチ(文系)と脳科学的アプローチ(理系)の双方から、この難問に挑んでいる。「言語の脳科学」と題された本書で著者は、過去から現在までの様々な研究成果とその論点を分かりやすく整理した上で、主に脳科学的アプローチから、言語と脳の関係に切り込んでいる。
fMRIなど最新の検査機器のおかげで、人が言葉を発している時の脳の活動をリアルタイムでモニターする事も可能になった。そのようにして脳の中で言語を司る部位(言語野)は絞り込まれたため、現在では「言葉を生み出す仕組み」が主な研究の対象になっている。いくつかの言語野が連携して言葉を司っているらしい、という所までは見えてきたようだが、その具体的な仕組みはまだ研究途上らしい。その一方で、言葉を手に入れるプロセスにおいても議論が続いているようだ。赤ちゃんから幼児へと成長する過程で、人間は自然と母国語を話し理解するようになるが、このプロセスに関し2つの学説が対立している。学習説と呼ばれる説では、赤ちゃんは言語を周囲から学んで習得するのだと考えるのに対し、他方の生得説では、生まれつき持っている言語能力を基にして母国語を獲得していくという考え方をするのだ。この他にも数多くの課題・論点があり、心理学・脳科学の双方から研究が進められているという。
脳と言語に関する研究内容とその論点を、一般教養として分かりやすく学ぶことが出来る一冊。門外漢である私にとって本書の内容は決して簡単ではなかったが、分かりやすい解説とポイントを押さえた図表により、よく理解する事が出来た。文も読みやすく、満足度が高い一冊。▲2003.1.9/RT
「精神科にできること」 野村総一郎・著 ちくま新書 ★★★
テレビニュースを見ていると、傷害事件などを起こして逮捕された犯人に対して「この容疑者は以前精神科に通院歴があり・・・」などとコメントしているのを耳にすることがある。「現在深刻な精神障害に陥っている」と言う訳でもなく、かつて精神科に通院した事があるというだけで、事件の性質を物語る重要なコメントとして放送されるのである。こういった報道に接すれば、誰でも無意識のうちに、精神科に通院することが一種「否定的な前歴」であるかのように感じてしまうだろう。精神科の敷居が高く、誰もが気軽に相談に行ける雰囲気ではないという現状は、意外とこういうところに大きな原因があるのかも知れない。
だが、精神疾患は決して他人事の話ではない。本書で紹介されている調査結果によると、統合失調症(かつての精神分裂病)の発病率は100人に1人であり、また鬱病に至っては10人に1人という事である。仕事などで強いストレスを受けた時、眠れなかったり落ち込んだりする経験は誰だってあるはずだ。「精神科にできること」と題したこの本は、長年精神医療に携わってきた著者が、一般には広く知られていない精神医学の実態や、脳と精神の関係、そしてさまざまな精神疾患の症状と治療法などを紹介する。
精神医学には大まかに2つの潮流があるという。「理系の精神医学」とされる脳精神医学と「文系の精神医学」とされる心理主義精神医学である。脳の器質面の働きに注目し、診断・治療にあたってはMRIによる検査や投薬を重視する脳精神医学に対し、心理主義精神医学は「心」を重視し、カウンセリングを中心とした診断・治療に重きを置いている。異なるこれら2つのアプローチはある種の対立関係にあり、現在でも切磋琢磨しあう関係にあるようだ。新しい向精神薬の研究や、MRI画像を基にした脳の機能解析に勤しむ精神科医がいる一方で、より効果的なカウンセリングを研究する精神科医がいるというのは、精神医学の裾野の広さを示す例として印象深い。
精神医療の概略を知るのに適した面白い一冊である。精神科医の敷居を低くし、もっと市民に開かれた精神科を目指したいという筆者の強い気持ちが伝わってくる。「精神科にできること」は多いのだ。だが、そのことをもっと広く世間に知らしめ、精神疾患がコントロール可能な病気である事を啓蒙する努力はこれからも続けるべきであろう。「精神科がやるべきこと」も多い。▲2002.11.17/RT
「東洋医学」 大塚恭男・著 岩波新書 ★★★
今日一般に「医学」というと、いわゆる西洋医学を指す場合が多い。江戸後期から「蘭学」と呼ばれ、時代の先端を行く医学として持てはやされ続けている西洋医学では、病気を器質的なものと捉え、原因となっている部分(臓器など)をピンポイントで加療する事をその特徴としている。一方の「東洋医学」では、病気を身体全体の現象として捉え、その時々の全身状態に対する診断(「証」と呼ばれる)に応じた治療が施される。
本書で示されている例によると、西洋医学で「風邪」とされる場合、東洋医学では「葛根湯証」(発熱・悪寒・頭痛・首筋の強張りなど)や「麻王附子細辛湯証」(熱あるが熱感に乏しく、悪寒激しく、脈は沈細など)という診断がなされるという。西洋医学では全身状態の診断から各種検査を経て原因疾患の究明・治療へと移って行くが、東洋医学では、問診や腹診、脈診などを通して全身状態の診断が行なわれ、投薬治療が行なわれる。上で挙げた例の通り、全身状態の診断名(証)には、用いられる薬の名前がそのまま用いられており、その事からも東洋医学のアプローチが西洋医学とは根本的に異なる事がよく理解できる。
西洋医学が日本に導入されて百年以上の時が流れるが、特に慢性疾患の治療において依然重要性を失なっていない東洋医学。本書はその生い立ちから歴史、その後の発展、そして現代の姿までを通覧した上で、西洋医学とは異なる身体観・病気観に裏打ちされたその意義を分かりやすく解説している。もう少し漢方薬に関する記述が欲しい気もするが、限られた紙幅では割愛も止むを得なかったか。新書としては適度な内容で、一般教養として勉強するのにちょうど良い一冊である。▲2002.11.4/RT
「図説 日本の植生」 沼田眞 岩瀬徹・共著
講談社学術文庫 ★★★★
南北に幅広く、海沿いの平地から高山まで擁する日本列島には、様々な植物が根をおろしている。北海道ではシベリア起源の寒帯植物が平地でも観察され、沖縄県では熱帯産のマングローブが繁茂している。山岳地帯では高度に応じて植生が大きく異なり、また海岸地帯や沼地、水田や都市近郊でも独特の植生が観察される。
豊富な写真と図説により、日本の植生に関して一通りの知識を得る事ができる。こういうのを知っていると、旅行の時に木々を見て「遠くへ来たなぁ」と旅情に耽ったり、山歩きやハイキングの時に標高を実感出来たりして楽しい。元々学術書だったので、参考文献も充実している。文庫なので持ち歩きも便利。旅と自然が好きな方におすすめしたい一冊。▲2002.6.23/RT
「論破できるか!子供の珍説・奇説」
松森靖夫・編著 講談社ブルーバックス ★★★
「カラスやスズメは死なないんだ。だって死体を見たこと無いんだもん」「宇宙人がいる確立は2分の1.だって『いる』か『いない』かのどちらかだもん」「乳歯はどうせ抜けちゃうんだから、永久歯になってから歯磨きすればいいんだ」・・・・
これらは典型的な「子供の論理」である。私たちが子供だった頃も、きっとこういう疑問を持っただろう。大人になった今、これら「論理」は可笑しく映るが、では果たして、これら「論理」のどこがどう間違っているかか、子供にきちんと説明できるだろうか?
それを試みるのが本書である。「論破できるか!」というタイトルが示す通り、子供たちが理解できるように、彼らの「理論」を正していくのだ。本書は、子供から素朴すぎる疑問を突きつけられて立ち往生している親にとって「バイブル」になるだけでなく、何でも分かったような気になっている大人達にも良い「おさらい」になる。いわゆる「子供ダマシ」ではない正確な科学知識を、子供たちにも分かるように料理して伝えるには、まず大人がその科学知識を完全に理解している必要がある。その事を痛感させられる一冊であった・・・・ ▲2002.3.15/RT
「サナダから愛をこめて」 藤田紘一郎・著 講談社文庫
★★★
タイトルにある「サナダ」とはもちろん「サナダムシ」のことである。この本の著者である東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授といえば、寄生虫学の権威として一般にも広く知られる方。私が会社で定期購読している臨床検査関係の学術誌にも「帰ってきた寄生虫」という連載をお持ちで、毎月興味深く拝見している。
サナダムシだけでなく、海外でよく見られる寄生虫病や感染症に関して分かりやすく記してある。感染に対する免疫力を落としている日本人が、感染機会に事欠かない発展途上国でどうすれば感染から身を守れるか、具体例を数多く例に引きながら紹介している。発展途上国への海外旅行や赴任を控えた人にとっては必読の書であるが、私は特に、アジア等の発展途上国をカネを掛けずに旅する若者に本書を奨めたい。
彼らは現地でも安宿に留まり、決して清潔とはいえないレストランで毎日の食事を済ます。そんな彼らは頻繁に下痢などに罹っているらしいのだが、若者達にとっては、そういう経験もともすると「武勇伝」とか「旅の思い出」として語り草になっているようだ。会社の部下達の会話を聞いていると、帰国後友達にそういう経験を披露する事が「カッコいい」と受け取られているようで、そういう風潮に流されると現地での警戒心が薄れるのではないかと人ごとながら心配してしまう。致命的な感染を受けない注意だけは払って欲しいものだ。
駄洒落も交えた分かりやすい筆致で読みやすく出来ているが、重要なポイントでは医学的内容がきちんと押さえられている。この一冊だけでも感染症に対する知識はかなり高まるだろう。また氏は、現在の日本医学界において「感染症」に対する関心が薄らいできている事に非常に大きな危機感を抱いていらっしゃるようだ。現場の医師が的確な診断を下せず、加療が遅れる。そうやって失う患者も少なくないと聞く。結核の蔓延によってマスコミでも取り上げられている問題だが、感染症の広がりにこういう一種の「医原性」の側面があるのなら対策が必要だ。氏の旺盛な執筆活動の背後には、感染症に関して世間へ警鐘を鳴らそうという「使命感」だけでなく、医学界の覚醒を求める強い「危機感」を感じてしまうのは私だけだろうか。氏の関連作についつい手が伸びる一冊だ。▲2002.1.15/RT
「深海生物学への招待」 長沼毅・著 日本放送出版協会
★★★
太陽がないと生物は生きていけない。太陽が無くなる時、地球上の生物はすべて絶滅する。どうやら、そういう常識は改めないといけないようだ。水面下数千メートルの深海の底には、太陽光線を必要とせず、海底から湧き出す硫黄分を栄養に生きている生物が実際にいるのだ。
チューブワームと呼ばれるこの生き物は、口も肛門もなく、自ら食物を食べる事のない生物である。時に全長2メートルを超える大きさに成長するこのチューブワームは、体内に「共生硫黄酸化バクテリア」と呼ばれる微生物を大量に宿しており、彼らからエネルギーを得て生命を維持している。この「硫黄酸化バクテリア」は、海底から湧き出る硫化水素を酸化することで化学エネルギーを取り出し、そのエネルギーを基に二酸化炭素から有機物を生成する事ができる。いわば日光なしで光合成を行うようなもので、この特徴が深海底での生命維持を可能にしているのだ。
そう考えると、興味は当然宇宙へと広がる。著者によると、木星には硫化水素アンモニウム・水・酸素・熱があり、チューブワームの生存条件は満たしているだろうとの事。深海は宇宙につながっているのか。
第一線の深海生物学研究者が一般向けに記した入門書。深海探査の方法やその歴史に関する知識も得られる。分かりやすい内容で、深海生物学への興味が広がった。参考文献が充実しているのも親切でいい。▲2002.1.12/RT
「暗号解読」 サイモン・シン 著 新潮社
★★★★
インターネットの世界では電子商取引や電子政府の更なる発展が見込まれているが、これらの成否はセキュリティーが守れるかの一点に掛かっていると言っても過言ではない。そこで脚光を浴びているのが暗号技術である。「公開鍵」や「非対称」「PGP」など、とっつきにくい単語が並ぶこれらの世界の敷居は決して低くはないが、ネット社会に生きていこうとする人はやはり一度勉強しておいた方がいいだろう。
"this is a car"という文をキーボード上で一文字ずつ右にずらして打つと"yjod od s vst"になるように、それぞれの文字を一定の法則に基づいて他の文字に変換するのは、かなり古典的な暗号である。この種の暗号は、頻度分析等の言語学上のテクニックを用いれば容易に解読する事が出来る。aやbなどといった各文字が文中に出現する頻度はそれぞれの言語で決まっており、暗号中の各文字の頻度を分析すれば本来の文字を推測できるのである。またこの暗号の場合「s」という一文字単語があるが、英語で一文字単語を形成するのはaまたはiしかないという言語学上の知識を用いれば、暗号中に2ヶ所ある「s」が示す文字の候補は一気に2つに絞れる。このように言語学的知識を駆使すれば、かなり複雑な暗号であっても突破口が見つかるのである。もちろん近代の暗号はそんなに単純ではない。例えば、第二次大戦中のドイツが使用したエニグマ暗号機。当時「最強の暗号」とされ、連合国側は絶対に破れないものとして解読を諦めていたほどであった。しかしその暗号も、祖国を今まさに奪われようとしていたポーランド人の執念と焦りによって解読の突破口が開かれた。ドイツ兵がエニグマ暗号を使用する際に見せた僅かな癖を見抜き、それを基に最終的には難攻不落とされた暗号を解読したのである。暗号の歴史とは、すなわち「暗号を破る歴史」である。
現在インターネット上での電子商取引に使用されているRSA公開鍵暗号は、素因数分解の困難さを用いて数学的に開発された暗号である。現在銀行間決済で用いられている強度のRSA暗号を第三者が解読するには、10の300乗を超える天文学的桁数の数を素因数分解する必要があり、全世界のコンピューターを駆使したとしても宇宙の年齢を超える時間が必要になるらしい。現在のところRSA公開鍵暗号は最強かつ安全な暗号と言えそうであるが、現在開発が進められている量子コンピュータが実用化されれば、コンピュータの処理速度が劇的に向上し、この暗号も短時間のうちに解読されるというのだ。その時に備え、暗号時術者は「量子暗号」という「絶対に解読できない」暗号を開発中とのこと。暗号化と解読の技術競争はまだまだ続く。
「ロゼッタストーンから量子暗号まで」という副題が示す通り、本書は古代から現代にかけての暗号と解読の技術競争、そして未来の暗号である量子暗号について詳しく記している。暗号というものを網羅的に学ぶのに最適の一冊。「IT」とやらを語る前に読んでおくべき一冊だろう。▲2002.1.7/RT
「統計でウソをつく法」 ダレル・ハフ 著 講談社ブルーバックス
★★★
日本人は統計好きだ。新聞や本・雑誌だけでなく、テレビの情報番組などでも「アンケート結果」や社会調査結果が多用され、彼らの主張を裏付ける材料とされている。「新橋のサラリーマン300人」や「イトーヨーカドー前にいた主婦200人」の意見が、あたかも日本全国の代表のように扱われ、その結果をもとにマスコミは今の日本社会に危機感を投げかけたり、「おすすめの(秘)健康法」を勧めたりする。横並び好きな日本人は、統計結果が自分と合致する事で安心感を覚え、それを土台とした主張をすんなりと受容するのだろう。
統計というものは両刃の剣である。上手く使えば、社会の現状を定量的に分かりやすく切り出し、人々に考える材料を与えてくれる。しかし一たび悪用されれば、その表面上の確からしさは悪用者の隠れた意図を増幅し、様々な世論操作を可能とする。本書は、これまでに実際に見られた「手口」を紹介し、統計が孕む危うさと、利用する側の心構えを記している。
統計結果を読む際に、下方域が省略されたグラフや、イラストの大小で数値の比較をさせるようなケースは特に要注意。図表での見かけ上の変化量と、数値での変化量が必ずしも同期していないのだ。長期にわたって微増を示している統計においてどうしても「急増」を演出したければ、値域(Y軸)座標の目盛りを小刻みにした上で、グラフの下方域を省略(足切り)すれば事足りる。何気ない操作であるが、第一印象は全く違うものだ。こういう「ウソをつく法」が数多く紹介される。
初版1968年という古い本で、今回手に取ったのは2001年発行の66刷。ほとんど古典の域に達している名著であるが、メディア・リテラシー(「社会調査のウソ」谷岡一郎)の重要さに気付かせる力はまだ十分に持っている。ウソに惑わされないためには、まず「敵」の手の内を知ることが重要であり、そのために最適な一冊。こういう本がここまで版を重ねたという事実は嬉しい限りだが、その割には、日本には「しょうもない」統計が溢れすぎている。▲2001.12.9/RT
「手術室の中へ」 弓削孟文・著 集英社新書 ★★★
とかく外科医の立場から書かれる事の多い手術の現場を、どちらかというと裏方的な見方をされがちな麻酔医の立場から描いた本。
手術を受ける立場からすれば、ちょっとした手術でも全身麻酔で受けたいものだ。スーっと眠ってしまえば、あとは気がつけば全てが終わっているのだから、まあ考えてみればこんなに気楽なものはないだろう。しかし本書はその様な安易な全身麻酔に警鐘を鳴らす。全身麻酔は、中枢神経を代表とする人間が生きていく上で必要な機能をほとんどマヒさせる、大変危険な措置だからである。全麻中は呼吸も止まり、あらゆる反射反応も抑制される。誤嚥を防ぐ咳(咳嗽反応)すらも出ない。その様なリスクを犯してまで全麻をかける場合には、そのデメリットを上回るメリットが必要なのである。
実際の手術の流れの中で、どんな種類の麻酔がどのような役割を担い、どうやってかけられていくのか、非常に分かりやすく描かれている。手術後の痛みを抑える硬膜外麻酔の持続注入などは、術後の痛みに苦しむ患者だけでなく、疼痛に悩まされる末期ガン患者にも大きな福音となることだろう。痛いと感じた時に自分で麻酔をかけられるというのは、実際の作用もさることながら、精神的に非常に楽になるだろう。(過剰投与はどうやって防ぐのだろう?きっと機械がコントロールしているのだろうが、TDMに関係する仕事をしているだけにちょっと気になってしまう)。
今から手術を受けようとしている人、そんな予定はない!という人。それぞれ「予習」「復習」で読んでおくといい一冊。大変読みやすく、気軽に読み通せる。▲00.8.14/RT
「暗号と情報社会」 辻井重男 著 文春新書 ★★★
インターネット社会を構築していく上で絶対に避けて通れないのがセキュリティーの問題である。ちょっと前まではインターネット空間に個人情報に属するデータを送信する事に多くの人が抵抗を感じていたが、最近では「eコマース」の名の下で、ベンチャー企業のみならず大手都市銀行までもがインターネット上でかなり重要な個人情報を取り扱うに至っているが、この変化の根底にあるのが「暗号」の発達、とりわけ「公開鍵」と呼ばれる新しい暗号技術の開発にある事は意外と知られていない。本書はインターネット社会の前提とも言えるこの暗号技術に関し分かりやすく解説している。
人類の戦争の歴史は、とりもなおさず暗号技術の歴史であった。特に第二次大戦では欧米列強の間で様々な情報戦が繰り広げられた事は周知の通りだが、当時の暗号は「共有鍵方式」と呼ばれる、暗号の受け手と送り手が暗号化・復号に必要な「鍵」を共有する必要がある方式であったため、鍵を如何に極秘裏に受け手に届けるかが非常に重要な問題となっていた(「鍵」の例:「アルファベットを3つ前ずらして暗号化しよう」)。しかし「公開鍵」では、情報の送り手は「公開鍵」で暗号化して秘密文を送るが、その秘密文はその公開鍵では復号出来ず、受け手だけが持つ「秘密鍵」を使用してその暗号を解くという事が出来るのである。つまり公開鍵とは、暗号化は出来ても元には戻せない「一方通行の鍵」といえるのだが、これは数学の非線形という概念を用いて初めて可能になった。公開鍵が何故インターネット社会に不可欠なのか、そしてどうしてこの様な一方通行の鍵が作れるのかに関しては本書を参照して頂きたいが、一方通行の鍵を作るというこの発想には本当に脱帽である。
インターネット社会で生きていこうと考えている人は一度読んでおくべき本だと思う。
「脳外科の話」 神保実 著 ちくま新書 ★★★
胃や腸は一体どういう働きをしているのか?それらにどういう症状が現れたら病院に行った方がいいのか? 我々素人も幾分の知識と長年の経験で自分の胃腸に関してはある程度面倒を見る事が出来る。しかしこれが脳の事になると素人の出る幕は一挙に狭まってしまう、いや、出る幕はないと言うほうが正確だろう。どういうタイプの頭痛は危険なのか? 脳手術は一体どうやって行われるのか?? これらの疑問に対し本書は分かり易く応えてくれる。
脳の異常により起こる代表的症状である「脳圧亢進」等に関し、発生に至るまでの様々なメカニズムを多くの図表・CT写真を用いてまず詳説し、その理解の上で各種の脳腫瘍やクモ膜下出血、脳梗塞など脳疾患がなぜヒトの生命に重大な脅威となるのか初心者にも分かり易く説明している。また、それら脳疾患の外科的治療(つまり開頭・穿頭手術)がどの様に行われ、そこには一体どの様なリスクが存在するのかについても述べられており、我々初心者が抱く「脳外科とは一体どんな所なのか?」という関心・好奇心は本書でかなりの部分満たされるだろう。
脳の精神面での役割に関して一切触れなかったのは正解だったと思う。「脳は精神を如何に司るのか?」の様な話題は脳外科の範疇ではなく寧ろ哲学の出番となり、本書は全く掴み所の無いものになっただろう。脳を一つの臓器として捉え、その器質的な役割に関して話を進めている本書は実に分かり易い入門書である。
「極北シベリア」 福田正巳 著 岩波新書 ★★★★
日本人にとって「近くて遠い地域」というのは確かに存在する。多くの人にとってその筆頭格はあの北朝鮮だろうが、私にとってはその対象は以前から極東ロシアであった。その広大さ、自然の厳しさ、ソ連時代の強制収容所の存在。それらに対する私の長年の好奇心を本書はかなりの部分満たしてくれた。
本書ではまず、この地域を語る際に欠かせない「永久凍土」や「タイガ・ツンドラ」等に関して高校地理程度の深みで復習する。その上で、レナ河・コリマ河や新シベリア諸島(北緯75度!)等の地域にスポットを当て、住人の暮らしぶりや「ピンゴ」や「氷楔」等といった極寒冷地に特異な地質学的現象を解説している。また旧ソ連が無人灯台に放棄した原子力電池の環境に与える影響を警告したりと、非常に幅広い内容をバランスよく網羅している。それでいて話が拡散しないのは、筆者が現地調査の際に経験した多くのエピソードを上手く盛り込んでいるためだろう。
口絵や図、写真も多く、新書版の入門書としては非常に良い出来栄え。この地域に関する類書を是非探してみたい。▲99.4.14/RT
「死体からのメッセージ-鑑定医の事件簿-」 木村康 著 NHKブックス ★★★
犯罪に関連すると思われる変死体を司法解剖し、自殺か他殺か、はたまた自然死かを鑑定するのは鑑定医の職務である。通常は医学部に属する医師が裁判所の嘱託を受けて解剖を執り行うが、本書の著者は千葉県でその職務を引き受けていた千葉大医学部教授。在任中に経験した幾つかの事例を基に、司法解剖が如何にして犯人に辿り着く有力な手掛かりを提供するかを述べている。
私は司法解剖といえば、例えば殴殺死体に対しては傷のある部署だけを切開しての深さや凶器の特徴を調べるのかと思っていたが、実際にはそれだけでなく、傷のない脳や内蔵の損傷・病変の有無や胃腸中の食物残渣の調査、毛髪検査等も行われ、更に女性に対しては年齢を問わず婦人科的確認も行われている。これら全ての詳細なデータが、被害者の生前の行動パターン(何時間前に何を食べたか)や真の死因を明らかにし、真犯人の検挙に繋がっているのである。また場合によっては犯人の訴追ではなく、冤罪の証明にも解剖結果は用いられるとの事で、本書では死刑確定後の逆転無罪判決で有名な「松山事件」を例に出し、著者がこの劇的無罪判決に如何に協力できたかも述べられている。
本書は司法解剖の重要性を判り易く、時に科学的記述も交えながら説明している。胃中の残渣である干瓢や海苔、ご飯粒の残骸から「被害者は死のxx時間前に巻寿司を食べている」と判断し、かつ胃中に大豆の繊維が全く検出されなかった事から「被害者は味噌汁を飲んでおらず、単身者の可能性が高い」等と鑑定を下す姿は興味深い。無念の死を遂げ何も語らなくなった死者のメッセージを追い続ける監察医の仕事を一度垣間見ておくのもいいと思う。▲99.3.6/RT
「山の自然学」 小泉武栄 著 岩波新書<新赤版> ★★★
山の自然を科学するには、地学・生物学・植物学・気象学等多くの学問が必要になる。この本はこれまでの類書と異なり、これら複数の学問を「学際的に」纏め、一つの流れとして日本の山々の自然メカニズムを解かり易く解説している。全体的に高校で履修した「地理」に近い内容だ。 世界でも希に見る厳しい自然(強風・多雪)に晒される日本の高山帯で、砂礫層の隙間で寒気をやり過ごして2年掛かりで華麗な花を咲かせる高山植物や、土砂崩れや河川の氾濫を通じて世代更新を進めていく樹木など、多くの事例を通じて著者は人間による自然破壊を非難するが、ヒューマニズムに流される事無く、ただ科学的事実に基づいて静かに批判を読者に伝える。
新書の紙幅で良く纏められた本だと思う。取扱い分野の幅広さに戸惑う向きもあるかもしれないが、そもそも「山の自然」を限られた分野でのみ料理する事は土台無理な話だろう。惜しむらくは、岩石に関する口絵が少ないため、地質学の話が私のような門外漢には若干解かりづらかった。(イメージが湧きにくかった) ▲99.1.12/RT