
小説(ミステリー・アクション系)
| ★★★★〜★は私の「満足度」です。 |
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| 小説(ミステリー・アクション系) 現在33作品 | |
| 書名 | 著作者 |
| 陰の季節 | 横山秀夫 |
| 最悪 | 奥田英朗 |
| 誘拐の果実 | 真保裕一 |
| 半落ち | 横山秀夫 |
| マネーロンダリング | 橘 玲 |
| 天空への回廊 | 笹本稜平 |
| 墜落事故調査官 | ビル・マーフィ |
| 動機 | 横山秀夫 |
| 真夜中のデッド・リミット | スティーブン・ハンター |
| 模倣犯 | 宮部みゆき |
| 邪魔 | 奥田英朗 |
| スティームタイガーの死走 | 霞流一 |
| 超・殺人事件 | 東野圭吾 |
| クルドの暗殺者 | スティーブン・ハンター |
| 孤島の鬼 | 江戸川乱歩 |
| 国境 | 黒川博行 |
| 漂流トラック | 安東能明 |
| 13階段 | 高野和明 |
| 単独密偵 | ロバート・ラドダム |
| 夢の島 | 大沢在昌 |
| 密告 | 真保裕一 |
| トライアル | 真保裕一 |
| 心室細動 | 結城五郎 |
| 夏の災厄 | 篠田節子 |
| 極大射程 | スティーヴン・ハンター |
| 天空の蜂 | 東野圭吾 |
| 亡国のイージス | 福井晴敏 |
| 奪取 | 真保裕一 |
| 朽ちた樹々の枝の下で | 真保裕一 |
| 連鎖 | 真保裕一 |
| 震源 | 真保裕一 |
| ホワイトアウト | 真保裕一 |
| ゼロ・アワー | Joseph Finder |
「陰の季節」 横山秀夫・作 文春文庫 ★★★
「警察小説」の名手としての地位を今や不動のものにした感があるミステリー作家、横山秀夫。華々しく事件を解決する捜査部門ではなく、警察組織を陰で支える管理部門を舞台に展開される彼の警察小説では、警察という極めて特異組織を支える管理部門職員の緊張感と気苦労、そして「花形部門」である捜査職員に対する複雑な感情を基調として物語が展開されている。98年に発行された本書には、警務課、監察課、秘書課など、一般には馴染みが薄い部署を舞台にした短編4本が収録されている。
表題作「陰の季節」の舞台は、警察内の人事を司る警務部警務課である。例年定期異動の前になると複雑な「人事パズル」がそこで作成され、ある者は抜擢人事により昇進を果たし、またある者は不祥事の責任を取って閑職に追いやられる。そんな作業に明け暮れていた二渡警視に、ある日上司から指示が下る。関連団体のトップに天下った警察OBが約束任期を過ぎても居座りを決め込んでおり、後任者人事に影響が出ているため、彼の追い出しを図るようにというのだ。二渡はその警察OBに接触し、退任を説得するが、OBは頑として折れない。追い詰められた二渡はOBの背後を探るが、やがて、OBとある事件との関わりが浮かび上がってくる・・・
他に、警察署長の女性関係に関する告発文書を受け、その背後を調査する監察課員を描く「地の声」や、ある朝突然失踪した鑑識課婦人警官の行方を追う「黒い線」、議会で警察を攻撃する質問を行なうと予告する県議会議員の質問内容を聞き出そうと奮闘する秘書課員を描く「鞄」の3本を収録。いずれの作品にも、警察という巨大組織で生きる者それぞれの「生きざま」が滲み出ており、真保裕一の「小役人シリーズ」にも似た味わい深さが感じられる。▲2003.12.2/RT
「最悪」 奥田英朗・作 講談社文庫 ★★★★
小さな町工場を経営する中年男は、取引先から課される無理難題や、付近住民から寄せられる騒音苦情に悩んでいた。都銀の小さな支店に勤務するOLは、素行が悪く最近めっきり家に寄り付かない妹の事や、行内で繰り広げられる陰湿なセクハラに悩んでいた。仕事もなくパチンコとカツアゲで毎日を過ごす若い男は、行きずりで知り合った男と共謀して行なったトルエン窃盗がきっかけで、やくざに追われる立場となった。川崎の下町で深い悩みを抱えながら生きる3人。運命の下り坂を転がり続ける3つの人生は、ある日劇的に交差し、互いにもつれ合いながら犯罪の道へと更に転落していく・・・・
これまでで最も「のめり込んだ」クライムノベル。3人の苦悩を多くの紙幅を割いて描写し、その不幸ぶりを「これでもか」と読者に見せつける。それぞれの立場で懸命に生きる3人(実は4人なのだが)が苦悩する様子はまさしく『最悪』であり、世間や大企業の冷たさと不条理さには思わずいきり立ってしまう。こうやって私はまんまと作者の策略にはまり、明け方まで掛かって一気に読了し、翌日は寝不足という不幸に苛まれる羽目となった。寝不足は自己責任としても、ここまでに読者を惹き付けて離さない作品には滅多にお目に掛かれない。
奥田英朗氏の後作で本欄でも以前取り上げた『邪魔』は、本作と比べれば静かなストーリー展開であったにも関わらず、読者を惹き付けて止まない独特のリズムが物語の基調に流れていた。比較的平凡な登場人物を何人かパラに配置し、彼らの運命が後に交差して大事件を引き起こすというその手法自体は決して珍しいものではないが、登場人物のバランス加減や「交差」の方法、更に全体のスピード感の調整などを完璧にこなすには努力以上のものが求められるだろう。奥田氏の2作品はこれら全てを見事にクリアしており、特に本作品は後半のすさまじいスピード感も相俟って、疲れてしまう程に「のめり込む」一冊である。以前「このミス」が奥田氏を『ドツボ型クライム・ノベルの旗手』と評していたが、まさに同感。文句無し。▲2003.3.24/RT
「誘拐の果実」 真保裕一・作 集英社 ★★★
都内で大病院を経営する老医者の孫娘が誘拐された。17歳の孫娘を解放する条件として犯人から要求されたのは、身代金ではなく「入院患者の命」であった。政治家への利益供与事件の刑事被告人でありながら、身体の不調を隠蓑にして彼の病院に身を潜めている「大物企業家」の死亡が確認されれば娘を解放するというのである。前例のない展開に警察も対応に窮するが、結局警視庁は大物企業家の死を偽装する「芝居」に打って出る決断を下す。警察自らが虚偽の発表を行なう訳には行かないので、マスコミが勝手に『死亡』と勘違いして報道するような状況を作り出すのだ。前代未聞の大作戦が警視庁、病院関係者、そして大物企業家の合同で進められている頃、横浜では別の誘拐事件が発生していた。人質は19歳の男子大学生で、解放条件は大量の「株券」。奇妙な2つの誘拐事件は、次第にその接点を明らかにしていく・・・・・
用意周到で注意深い犯人像は浮かび上がったが、肝心の犯行目的が読めない。病院、大物企業家、そして誘拐された2人の若者とその家族。多くの人物が関わるこの事件の真相を、刑事達や少女の父親が解き明かしていく。逆転に次ぐ逆転。読者を惹きつけ続ける真保氏の手腕は見事の一言に尽きる。
ただ結末は好みが分かれる所だろう。私にはリアリティーの無さが若干感じられた。法律の網を掻い潜った、これほどまでに複雑な犯行ストーリーを、果たしてこの「犯人」が練り上げる事が出来るだろうか。練り上げる方法は作品中で暗示されているが、実際それだけでは難しいだろう。また「共犯者」の犯行動機にも共感しかねる部分があった。ただこれら気になる点は作品全体としての評価を下げる程ではなく、個人的な読後感は十分満足の行くものであった。▲2003.3.5/RT
「半落ち」 横山秀夫・作 講談社 ★★★★
50歳を目前にした現職の警察官が『妻を殺害した』と自首して来た。警察本部教養課次席として長年に渡り後進の指導にあたり、多くの警察官から尊敬を受けてきた「梶警部」が、日々進行するアルツハイマー病に悩む妻に懇願され、首を絞めて殺害したのである。多くの警察官が信じられない気持ちでこの報を受け止めるなか、県警上層部は「現職警察官による殺人事件」という前代未聞の不祥事に混乱を極める。そんな中で開始された取り調べに対し、梶警部は犯行の経緯を詳細に自白した。病状の進行に絶望して殺害を懇願してくる妻を不憫に思った末の犯行であり、全ては自白により明らかにされたかに思えたのだが、殺害から自首までの「2日間のブランク」について彼は決して口を開かなかった。「半落ち」である。
横山氏お馴染みの警察ミステリー。刑事・検事・事件記者・裁判官・・・と梶警部に関わって行く様々な人物を切り口にストーリーは展開される。事件の真相は本来1つであるはずだが、彼ら一人ひとりの思惑によって、事件処理全体の流れ、そして梶警部の運命が決していく様は空恐ろしい。緻密なはずの司法制度も結局は心を持った人間が運用しているのだ。
結末の謎解きは「超駑級の意外さ」とは言えないものであったが、その代わり感動は非常に深かった。詳しくは書けないが、そこにあるのは「人間愛」とでも述べておこう。いつまでも胸に残るであろう秀作。▲2003.2.26/RT
「マネーロンダリング」 橘玲・作 幻冬舎 ★★★★
主人公の工藤秋生は、香港に暮らす若く有能なフィナンシャル・コンサルタント。そう言えば聞こえはいいが、実際には日本の富裕層相手に、タックスヘイブンを使った合法的脱税を手引きして生計を立てている。秋生は以前ウォール街で銀行員として活躍した経験もあり、金融業界に関する知識とノウハウには事欠かない。そんなある日、彼のもとに美しい日本人女性が現れる。麗子と名乗る30歳前後のこの女性は、婚約者の身を守るため、5億円の金を日本から国外送金した上、損金処理したいと依頼する。
5億のカネを普通に海外送金すれば、銀行から税務所に自動的に調書が回り、税務上の調査対象となる。経費算入の必然性がないこの5億が損金計上される可能性は、通常であれば全くない。それを可能とする方法を秋生は考え出し、謝礼を条件に麗子にアドバイスするが、今回は完全に違法な脱税行為であった。麗子は秋生のアドバイスを受け入れてペーパーカンパニーの設立などを行い、日本から資金を動かした。しかしその後、麗子は一桁多い50億のカネと共に姿を消す。秋生の前に現れる怪しい男たちと引き換えに・・・・
タックスヘイブンやオフショア銀行、さらに日本や諸外国の税制の網の目を潜って行なわれる脱税やマネーロンダリング。そのカラクリをふんだんに紹介しながらストーリーは進行する。経済小説の要素と、消えた麗子と50億円を中心に進むミステリー小説の要素。読者の知的好奇心をくすぐりながら推理を膨らまさせる本作品の試みは、ひとまず成功と言えるだろう。面白い作品だ。欲を言えば登場人物の設定にもう一ひねり欲しいところだが、経済小説としての複雑な側面を考えると、人物設定はこれくらい単純でないと混乱するのかも知れない。そこまで考えた末の人物設定であれば、更にすごい。▲2002.11.7/RT
「天空への回廊」 笹本稜平・作 光文社 ★★★
単独・無酸素でのエベレスト登頂を目指していた日本人青年・真木郷司は、山頂も程近い標高約8200メートル地点に、火の玉のような謎の物体が墜落するのを間近で目撃した。その衝撃によって発生した猛烈な大雪崩は、真木だけでなく、同じタイミングで頂上を目指していた多くの登山仲間たちを飲み込む。岩陰に身を投げることで九死に一生を得た真木は、その後合流した捜索隊と共に仲間の捜索に従事するうちに、この謎の物体はアメリカが極秘裏に打ち上げた核攻撃用人工衛星<ブラックフット>である事を知る。仲間たちを危険な目に遭わせ、聖なるエベレストを衛星の残骸で汚したアメリカに強い怒りを覚える真木であったが、仲間を救出するため、そのアメリカが組織した捜索隊に加わって墜落地点へ向かう。その道が、様々な謀略や裏切りへ通ずる「決して引き返せない道」だと知らずに・・・・
中国領土ながら、チベットやネパールが絡んで元々政治的に不安定であるヒマラヤ山脈を舞台に、超大国アメリカも深く関与して繰り広げられる国際謀略ミステリーである。それだけでも十分楽しめるが、登山シーンの緻密さと、ヒマラヤ山脈の美しくも厳しい自然の描写は、この作品を「山岳小説」の域にも高めているとも言える。どちらのジャンルも好きな私には「一粒で2度美味しい」作品であった。
しかし、細かい点で少々不満も残った。まず「真木の恋人クロディーヌに対する想い」であるが、緊迫感が最高潮に達する最終局面でまで幾度もクロディーヌへの想いを強調しているのは、少々鼻についた。恋心を強調する事で真木の「普通の青年らしさ」を表現したい作者の意図は分かるが、いかんせん過剰である。真木の「普通さ」はそれ以前のシーンで十分に伝わっており、クライマックスでは真木の男らしさ(人間としての使命感?)を強調して欲しかった。他にも早坂雅樹の登場方法など、もう一工夫あれば、作品全体がもっと引き締まったものになっただろう。▲2002.8.29/RT
「墜落事故調査官」
ビル・マーフィ・作 二見文庫 ★★
ロス国際空港からメキシコシティーに向かって飛行中だったACL248便が、メキシコ域内の山岳地帯に墜落した。乗員・乗客148名全員死亡という大惨事となったこの事故の政府主席調査官に就任したのは、チームの中で最年少だったロン・カーター。回収されたフライトレコーダーやボイスレコーダー、そして数々の散乱部品に対する分析結果から、彼はこの事故が何者かによって引き起こされた爆破事件であるとの結論を導き出すが、調査委員会はロンの説を「推理」と一蹴し、「パイロットの操縦ミス」説を採用しようとする。パイロットへの疑惑を晴らし、真実を暴くため、ロンは委員会の仲間やライバル関係にあるFBI捜査官とも協力して捜査にあたり、ついに彼は、事故機を当日整備していた一人の整備士の疑惑に辿り着く・・・・
ボイスレコーダーで再現される墜落寸前の機内の様子など、非常に緊迫感があり、活字から一時も目を離せないほどであった。登場人物もあまり複雑でなく、全体として読みやすい作品。結末の扱いは好みが分かれるところだと思うが、個人的には後日談という形でもいいので「結末」を書いて欲しかった。勧善懲悪が好きな日本人はその方がスッキリした読後感が得られるだろう。
ちなみにこの本、成田空港の書店に平積みにされてた・・・・(笑)
▲2002.6.29/RT
「動機」 横山秀夫・作 文藝春秋 ★★★
警察や裁判官、前科者や事件記者といった司法・犯罪にまつわる人々を舞台にした短編ミステリー集。4作収録。
表題作「動機」は、大量の警察手帳が署内の保管庫から紛失する事件。本来は警官個人が常に携行すべき警察手帳を、紛失防止のため非番時には署内に保管しようという試みが実行に移された矢先に、この事件は発生した。警察官の「魂」を非番時に手放す事に対して署内で大きな反対の声が上がっていた事から、当初から内部犯行が疑われていたが、決め手となる証拠が挙がらず、警察上層部は次第に苦悩の色を濃くしていた。この試みを起案した主人公・貝瀬警視は、当然のことながら厳しい立場に追い込まれる。自分と家族を守るため、彼は疑わしい内部関係者に対する捜査を独自に始めるが、なんと言っても彼ら容疑者には、手帳を盗む「動機」が欠けているのだった・・・
その他、成り行きで人を殺してしまった男が、出所後に謎の男から殺人依頼を受ける「逆転の夏」や、公判中に居眠りをして妻の名前を呟いてしまった裁判長を主人公にした「密室の人」などを収載。司法・犯罪に関わる人々に独特の緊張感や責任感をベースに、よく練られたストーリーと登場人物の「人間臭さ」を加味する事で、重厚な作風が出来上がっている。切ない結末が胸にずっしりと響いてくる。▲2002.5.12/RT
「真夜中のデッド・リミット」 スティーブン・ハンター 作 新潮文庫
★★★
アメリカ東部の山間いにある核ミサイル基地が、ある日武装勢力によって占拠された。通常、核ミサイルの発射には複雑な承認系統と何重もの安全策が施されているが、この基地だけは例外的に、ここで任務にあたる司令官の判断で核ミサイルが発射できる「単独発射機能」を有している。核ミサイルが発射されれば、攻撃を受けたソ連からの核反撃と、それに続く第三次世界大戦は避けられない。武装勢力の急襲を受けた基地司令官の最期の機転で、核の発射キーは壁に設けられているチタン製非常収納庫に投げ込まれたが、武装勢力の手にある溶接用超高温バーナーを使えば、この格納庫のドアも18時間で熔かされてしまう。そしてその時、人類の運命が決するのである。
謎の武装勢力に立ち向かう男たちを描いた、デッドリミット型冒険小説。米国陸軍やCIA、ソ連情報機関が絡んで繰り広げられるストーリー展開は、この手の小説ではともすると複雑に過ぎる場合があるが、本作品では深追いせず適度に簡潔でよかった。個性派揃いの登場人物や、迫力ある戦闘シーン、特に暗闇に包まれたトンネルの中での息詰まる戦いの描写は見事。ベトナム人女性戦士・ファンがいい存在感を出している。
89年の「このミス」海外部門第二位にランクされていたにも関わらず、最近まで品切れ状態だったという。どうしてこういう好作品が、スワガー・シリーズがブレイクした後でさえ長期間品切れだったのか、ストーリーと共に謎は深まるばかりだ。▲2002.4.28/RT
「模倣犯」 宮部みゆき・作 小学館 ★★★★
以前強盗犯人に家族を皆殺しにされた若者・塚田真一は、ある日都内の公園のゴミ箱で、切断された女性の腕を発見した。これに端を発するかのように、数多くの女性が突然姿を消した上に殺害され、残忍な方法で発見された。犯人は、犠牲となった女性の祖父である有馬義男や民放テレビ局に電話をかけ、自らの犯行を誇示した上で、次なる犯行を匂わす事により世間の人々を恐怖の底に陥れる。「愉快犯による犯行」「劇場型犯罪」と呼ばれ、マスコミの取材や検証が徐々に熱を帯びていく中でも、犯人の姿は杳としてつかめない。犯人検挙への大きなプレッシャーが掛かる警察は必死になって捜査を進めるが、ある日、犯人とおぼしき2人組が北関東の山中で遺体となって発見される。それは、今でも近所に住む幼なじみ同士である、高井和明と栗橋浩美であった・・・・
全2巻・1400ページに及ぶミステリー大作。派手な「大どんでん返し」や「まさかの結末」がある訳でもなく、残忍な犯行により多くの死者が出るにしてはむしろ地味なストーリー展開である。にもかかわらず、寝不足に陥りながら夢中で読み耽ってしまった。幼なじみであるのに、ある時期から歪んだ関係に陥ってしまった高井和明と栗橋浩美の悲しいいきさつや、同じ境遇にあって共に支えあう有馬義男と塚田真一の姿など、連続殺人事件の周囲で繰り広げられる数多くの人間関係が非常に巧く描かれ、読者を物語へどんどん引き込んでいく。自分の少年時代の友人たちを思い出したり、残忍な事件で被害者となった人間の境遇に思いを致したりと、読者が本作品から受けるメッセージも幅広く、かつ深いだろう。数多くの賞を授けられたのが納得できる好作品。▲2002.4.4/RT
「邪魔」 奥田英朗・作 講談社 ★★★★
ある夜、都内の自動車用品メーカー「ハイテックス」が放火された。幸いにして被害は軽微だったが、警察は、以前このメーカーとトラブルを起こした暴力団を犯人と見込み、捜査を進めていた。火事の第一発見者は、その夜宿直の当番だった社員・及川茂則、38歳。東京西部の郊外に一軒家を持ち、妻・恭子と子供二人で平凡な日々を送る茂則であったが、経理上の疑惑が社内で密かに噂される一面も併せ持っていた。さらに、火事が起きた日の翌日は、経理監査の予定日だったのだ。この噂を聞きつけた刑事・久野薫は、暴力団のスジで捜査を進める捜査本部の方針に背いて、茂則をマークし始めるが、及川家の平凡な毎日の生活から「放火犯」に結びつく手がかりはなかなか出て来ない・・・・
平凡を愛し、静かな日々を送る人間の心理を上手く突いた作品。派手なアクションやまさかの裏切りが登場しない事もあり、余計リアルさを感じてしまう。久野や茂則・恭子の苦悩も上手く表現されている。「邪魔」というタイトルが、結末でジンワリと効いてくるだろう。
ともすると退屈になりがちなテーマであるが、さまざまなサイドストーリーを組み合わせた秀逸なストーリー展開により、テンポ良く一気に読めた。最近読んだクライム・ノベルズの中では最も印象に残る一冊だった。おすすめ。▲2002.3.28/RT
「スティームタイガーの死走」 霞流一・作 勁文社ノベルズ
★★★★
設計は完了しながらも実際には日の目を見なかった幻の蒸気機関車・C63。これが、ある玩具メーカー会長の道楽としてついに完成された。中央線東甲府駅で出発の日を迎えたそのSLは、C63形の第一号機を示す「C63
1」のプレートを付け、厳しい抽選を勝ち抜いた人々を乗せて出発の汽笛を響かせた。ところが、その後この「C63
1」は中央線を走行中に忽然と姿を消す。また、出発式が行われた東甲府駅では謎の死体が発見される。謎だらけの展開の中で、個性あふれる登場人物たちが事件の謎を解き明かしていくと、そこにはなんとも意外な「動機」があるのだった・・・
いわゆる「バカミス」とされている作品で、至る所にギャグが散りばめられており、「何でや?」と思わせる論理展開もあったりする。ただC63消失など基幹となるトリックは流石の出来栄えで、「何でや?」の部分に引きづられた気分で読んでいると頭を小突かれてしまう。
また本作品は終章で俄然味わい深くなる。まさに読者の予測を裏切る展開であり、個人的に大好きな展開。先に述べた「何でや?」という疑問を一挙に解消してくれる。オススメの一冊。▲2002.3.2/RT
「超・殺人事件」 東野圭吾・作 新潮社
★★★
確定申告を前にしたミステリー作家が、経費を膨らませて納税額を少なくするために、家の中にあった関係ない領収書を片っ端から集めて連載作品の中に盛り込む「超税金対策殺人事件」や、“長編”である事が販売上最も重要とされるために、編集者からストーリーを膨らませてページ数を増やす事を強要される「超長編小説殺人事件」など、出版界を舞台とした「業界モノ」短編が8本収録されている。「殺人事件」といってもそれがテーマになっている訳では全然ない。
出版業界の抱える問題点をさりげなく突いていたりもするが、まぁ、そんな理屈は忘れて楽しめる一冊。▲2002.3.2/RT
「クルドの暗殺者(上/下)」 スティーブン・ハンター 作 新潮文庫
★★★
国は利によって動く。その一番分かりやすい例がアメリカである。
クルド人戦士であるウル・ベグは、かつてアメリカから物資両面の支援を受け、中東における共産勢力への盾として戦ってきた。ところが、アメリカは最後でベグを裏切った。ベグは家族もろとも当時の敵対勢力・イランに売られたのだ。愛する家族を、そしてクルド人としての誇りを失ったベグは、その仇を討つべくアメリカに潜入した。復讐のターゲットは当時の国務長官。
その動きを察知したCIAは、当時ベグに軍事訓練を行い、共に戦った元CIA工作員ポール・チャーディーを引退先から呼び戻し、元長官の警護に当たらせる。だが、ベグ達を裏切ったという十字架を背負い続けるチャーディーにとって、本当にやるべき仕事は元長官の警護ではない。「なぜベグを裏切らなければならなかったのか?」 真相を追い求めるチャーディーの前に、ある国際的な陰謀が姿を現わしてくる・・・・
91年に翻訳された、スティーブン・ハンターの初期作。新潮文庫で2001年に復刊された。
主人公チャーディーは「ボブ・リー・スワガー」のような強烈な個性を放っている訳ではないが、苦悩を背負いながら真実を追求する姿には心に残るものがある。様々な陰謀が絡んでくる後半の展開はさすがの一言だが、ストーリーはちょっと複雑め。特に下巻の後半は登場人物が増えて混乱しやすいので、裏表紙の登場人物一覧を見返して筋を見失なわないようにしよう。▲2002.2.11/RT
「孤島の鬼」 江戸川乱歩・作 角川ホラー文庫
★★★★
妖気漂う乱歩の名作。
都内の会社に勤める蓑浦は、同僚であり恋人でもある木崎初代を奇怪な殺人事件で失う。自宅で就寝中、何物かに刃物で胸を刺されたのだ。密室殺人であるこの事件の容疑者を暴こうと、蓑浦は友人の素人探偵のもとを訪れるが、彼も程なく奇怪な事件で命を奪われる。蓑島は、この事件の背後には、彼に同性愛的な好意を抱いている友人・諸戸の初代への嫉妬があると睨み、彼のもとに真相を糾しに行くのだが・・・・
この事件の背後には、狂気と呼ぶにもおぞましいほどの恐ろしい策略が隠されていたのだ。
江戸川乱歩の作品の中でも代表的な長編作品とされている。底流に流れる限りない狂気と妖気は、発表後約70年の時を隔てて、今も生々しく読者に伝わってくる。ネタばれになるので詳しくは書かないが、本書に漂う妖気の裏には、今の世の中では絶対に公に出来ないほど陰湿で残酷なストーリーが隠されており、それが一種独特な黴臭さと薄暗さを醸し出している。
長編の表題作と、中篇「湖畔亭事件」の2本を収録。さすが名作。のめり込む1冊。雨の日の午後に和室で読むとハマるかも。▲2002.2.4/RT
「国境」 黒川博行・作 講談社 ★★★
「北朝鮮の経済特区にカジノを作る」という投資話をもとに、関西地方の多くのヤクザが大金を騙し取られた。騙し取ったのは趙成根と呼ばれる男。迫り来る凶暴な追っ手から身を隠すため、趙は大金を手に北朝鮮に高飛びしていた。
騙し取られたカネを取り戻し、ケジメをしっかりつけるよう、所属する組の若頭から指示された桑原は、同じく大金を騙し取られた「建設コンサルタント」二宮と共に趙を追って北朝鮮へと渡る。国民を厳しい統制下に置くことで治安を維持している北朝鮮で、桑原と二宮は幾度も危険を冒しながら趙の姿を追うが、なかなか見つからない。その後二人は『蛇の道は蛇』とばかりに、北朝鮮の大物ヤクザ・黄と組む。黄経由でもたらされる北朝鮮政府の内部情報をもとに、ついに二人は趙の居所を突き止め、夜襲するのだが・・・
前作「疫病神」に続くシリーズ二作目。とはいっても前作は読んでいないのだが、本作品から読んでも特に不都合はないだろう。桑原と二宮が繰り広げる軽妙な会話と、日本や北朝鮮の裏社会で繰り広げられる息詰まる攻防劇が溶け合って、作品に良いリズム感を与えている。「二回の北朝鮮潜入取材を敢行」しただけあって、北朝鮮社会に関する描写に、行った事がある者にしか書けないリアリティを感じる。
ただ、最後の方のストーリー展開にもう少し斬新さが欲しかった。ネタばれになるので詳しくは書けないが、いろんな黒幕が登場する割には、結末の印象がちょっと弱い。だが、その点を差し引いてもかなり面白い作品。最後の約30行がまた良い。▲2002.1.27/RT
「漂流トラック」 安東能明・作 新潮社
★★
奇妙な脅迫事件が発生した。「日銀の地下に眠る膨大な量の金塊を寄越さなければ、日本の物流を『略取』する・・」というメールが警察に届いたのだ。様々な背景からこれを本気の脅迫と判断した警察は、犯人の要求通りに金塊5トンを梱包し、トラックに載せて指定場所に運び込む。
大勢の警官が厳戒態勢を取りながらも、結局この金塊は都内のトラックターミナルにて犯人の手に渡る。その後、金塊奪還と犯人逮捕を目指す警察は全力で捜査を展開していくのだが、不思議な事に、全国津々浦々を走るトラックがいつも捜査の邪魔をするのだ。その背後に、CB無線でつながった「トラック運転手同士」の絆がある事を、警察官はもちろん知る由もない・・・
日本の物流業界における問題点を鋭く突いている。作者の問題意識も非常に強く感じるし、また共感もする。陸運業界や警察、CB無線に関するディテールも評価したい(CB無線で「CQ DX」と言うべきところが「CQ BX」になっていたのはご愛嬌)。
だが、残念ながら結末が弱い。少なくとも、私にとっては物足らなかった。次作を大いに期待したい、というのが正直なところ。▲2002.1.19/RT
「13階段」 高野和明・作 講談社 ★★★★
昭和44年生まれの樹原亮は、世間一般の分類に従えばぎりぎり「若者」に属する年齢かもしれない。しかし彼は、老夫婦に対する強盗殺人容疑で死刑が確定し、拘置所で執行の時を待つ日々を送っていた。彼は「犯行直後」にバイク事故を起こし、その際受けた頭部外傷により「犯行時」の記憶が全くなかった。犯したかどうかも分からない罪で死刑の執行を怯えながら待つ樹原だったが、拘置後7年の時を経て、僅かな記憶を取り戻した。それは、事故の直前に「階段」を見たといいうものだった。
その頃、主人公・三上純一は、自ら引き起こした傷害致死罪での服役期間を半ばにして、松山刑務所を仮出所した。生まれ故郷の東京に戻った純一は、松山で世話になった刑務官・南郷の接触を不意に受け、樹原亮の冤罪を証明する仕事へ加担するよう依頼される。純一は樹原と一面識もないが、人を殺めてしまった自分が樹原という人の命を救えるかもしれないという気持ちは、ある篤志家からもたらされる成功報酬1000万円とともに、純一をこの仕事に駆り立てるのに十分な動機だった。こうして、純一と南郷は樹原の冤罪証明に向けて動き出すのだが、事件の周囲に「階段」は見当たらず、冤罪を証明する糸口さえ見つからない。そうしているうちに、樹原の死刑執行の日は刻一刻と迫ってくる。時間が無い・・・!
第47回江戸川乱歩賞受賞作品。圧倒的な緊張感を持った「デッド・リミット型サスペンス」である。
特に、拘置所で他の囚人が処刑される際の描写は、胃が締め付けられるほどリアル。しかし氏の誠実な筆致は興味本位さを一切感じさせず、樹原が日々味わっている恐怖や、執行を担当する刑務官の苦悩を読者に重く疑似体験させる。そしてそれは、刻々迫り来るタイムリミットと相俟って、本作品に限りない緊張感を与えているのである。
死刑制度と、それを支える司法制度への疑問を根底に据えており、社会派作品でもある。時間を忘れて読める一冊。オススメ。▲2002.1.10/RT
「単独密偵」(上/下) ロバート・ラドダム 作 新潮文庫
★★★★
アメリカの極秘情報機関「ディスクレイト」のエース級諜報員・ニック・ブライトンは、その類まれな才能と強靭な体力を武器に、世界各地で各種の秘密工作任務に当たってきた。時に命を危険に晒しながらも、彼の工作は成功を続け、その結果数々の人命を救い、多くの国の民主主義を守ってきた。そんな彼だったが、任務中に犯した失敗の責任を取られ、ディスクレートを解雇される。その失敗の背景に何者かの「罠」があると感知していたニックは、解雇を言い渡した上司テッド・ウォラーに異議を申し立てるが、諜報機関の決定が覆る事はない。決定への不服従は死を意味する事を知らされたニックは、ディスクレートから新たに与えられた名前と、大学教授という「人生」を不承不承に受け取り、影の世界から一旦足を洗う。
ところが数年の後、ニックのもとにCIA副長官が現れ、ディスクレートは外国組織によって運営される反米組織である事を聞かされる。アメリカへの愛国心をもとに長年にわたり命を張って当たってきた任務が、実は虚偽に塗り固められた反米的なものであった事を知ったニックは、大きな衝撃を受ける。そして副長官は、この「反米組織」の陰謀を暴く諜報活動をニックに依頼し、彼の諜報員としての生活が再び始まる。これまでの自分は何だったのか? これからは何を信じればいいのか? 失われた過去を取り戻すための活動がこうして幕を下ろすのであるが、本当の黒幕がニックの前に姿を現わすまでには、まだまだ多くの裏切りと流血が必要なのだった・・・・
ネタばれになるので多くを書けないのが惜しいが、最終幕で判明する陰謀の全容は、現代の情報化社会に生きる全ての人に戦慄と恐怖を引き起こすだろう。私も鳥肌がビッシリ立ってしまった。 目まぐるしいストーリー展開、臨場感あふれる戦闘シーン、そして最後に明らかにされる現代社会への問題提起。どれを取っても第一級の出来栄え。「誰も信じるな!俺を含めて」という帯惹句が読後にひしひしと胸に迫ってくる。▲2001.12.1/RT
「夢の島」 大沢在昌・作 双葉社 ★★★★
プロカメラマンを志望する若者・絹田信一には、父親の記憶がなかった。彼の父親は、彼がまだ2歳の時に女を作って家を出て、その後20年以上も音信がなかったのだ。ところがある日、信一は、見知らぬ女性からの電話で父の病死を聞かされる。血の繋がりは一応あるとはいえ、信一の中に「父子」という関係が成立していない以上、父の死の報を受けてもこれといった感傷が芽生えるはずもなかった。
父は、ある女性と同棲しながら絵画教室を開いて生計を立てていた。既に母親も亡くしていた信一は、父親をこの見知らぬ女性に葬ってもらい、遺産を全く残さなかった父の形見として、父が最期に残した描きかけの絵を引き取った。それは見知らぬ島を暗いタッチで描いた絵で、当初信一は気にも留めてなかったのだが、その頃から急に信一の周囲に怪しい人物が多く現れるようになる。
彼らの目的は、その絵自体と、題材になった「島」の所在地を信一から聞き出すこと。その絵が一体何なのか、そして、その「島」がどこにあるのか、何も知らない信一の身にも危険が迫る。信一は、自分自身と周囲の愛する人々を守るため、父の遺した絵を手がかりに「島」について調べていくのだが、その「島」には多くの人間の欲望と利害、人生、そして「過去」が関わっていることが次第に分かっていく・・・・
一言、最高。ストーリー展開も人物設定も秀逸。特にラスト100ページは息をもつかせない展開。久々の大ヒット作だった。手放しでオススメできる一冊。▲2001.11.22/RT
「密告」 真保裕一・作 講談社文庫
★★★
主人公は、川崎市内の警察署で生活安全係として地味なデスクワークに勤しむ萱野貴之。かつて彼は、その射撃の腕を認められ、神奈川県警内で特別選抜されたチームに属して日々射撃の腕を磨き、オリンピック日本代表の座を目指していた。当時彼は射撃上のライバル・矢木沢と腕を競っていたが、矢木沢が引き起こした射撃上の不祥事と、それを萱野が「密告」したとする諍いがもとで、やがて矢木沢と共に射撃の世界から去っていった。そしてその矢木沢は、萱野が属する生活安全課の課長職を務めている。
ある日萱野は、激昂した矢木沢から同僚の面前で突然罵倒される。それは、矢木沢と地元業者との癒着を指摘する密告が署に寄せられた事を、萱野の再びの密告と考えての激昂だった。萱野に対して警察官仲間から寄せられる疑いと侮蔑の眼差し。かつての「密告」の際に周囲から寄せられたのと同じ視線に耐えられない萱野は、自らの潔白を証明しようと、真の密告者を突き止める単独捜査に取り掛かる。だがそんな萱野に対して、警察上層部から異常とも思えるほどの妨害・恫喝・圧力が掛けられる。裏に潜む巨大な「何か」を仄めかすかのように・・・
小役人シリーズ、という単語は真保裕一に対しては使い古された感がある。ただ、氏の作品をいくつかの分野に大別するとすれば、本作品は「震源」や「連鎖」と同じく「小役人シリーズ」に属する事になるのだろう。職責に基づく使命感3割と、恋愛などの個人的な感情7割が、主人公を真相究明に突き動かす。この「3:7」というのはあくまで私の観察結果だが、この丁度良い割合こそ「小役人シリーズ」の持ち味であろう。「1:9」でも「5:5」でも良くない。人間らしい泥臭さが一番出るのが「3:7」である。
「抗命罪」の現存を疑わせるほど厳格な上下関係、部門間のいがみ合いを生む縦割り組織、そして徹底した秘密主義。警察官である萱野はこれらに正面からぶつかりながら、少しずつ真相に近づいていく。それだけだと本作品はただのハードボイルドだが、そこに「個人的な感情」が織り交ぜられる事で、正義感を超えた共感をわたしたち読者は得る事が出来るのだ。本作品での「個人的な感情」は「恋愛」。複雑に絡み合う恋愛の糸は、後に事件の本質にもちゃんと関わってくるから、ご心配なく。▲2001.11.12/RT
「トライアル」 真保裕一・作 文春文庫
★★★
競輪・競艇・オートレース・地方競馬という、いわゆる公営競技の選手を題材にした4作を収載した短編集である。
言うまでもない事だが、公営競技には陰がある。
「テレビ完備」を売り物にしている、競技場近くの安定食屋。駅からの通り沿いに立ち並ぶ予想屋のオッサンたち。あちこちで見かける「コーチ屋に注意!」と書かれた警視庁の看板。こういう舞台装置全てが、公営競技の陰の部分を演出している。このレースになけなしの金を賭ける男達、そしてその男達を狙うアウトローな人々。人間から理性を取り除くと社会はどうなるか? その答えはここにある。
なぜこんな事を書いたかと言うと、この作品を本当に味わうには、公営競技の醸し出す独特な雰囲気を知っている必要があると思うからである。これら作品で共通して描かれている「選手の真剣さ」は、スポーツマンとして自らの記録に挑むことだけから来るものではないだろう。自分を信じて票を投じてくれた多くのファンや、なけなしのカネを注ぎ込み、この一戦に生活を賭ける男達の期待を裏切りたくないというハートがそこにはあると思う。ここで自分が負ければ、財産を失い、借金を増やし、食費にすら事欠くファンが出てくるのだから。
4作に共通して描かれているのは、派手な舞台の裏側でひたすらに技術を磨き、飽くなき向上を目指す男達の姿、そして、彼らに近づいてくる様々な「悪意」である。その「悪意」を前に、選手達は自らの心の弱さに苛立ち、動揺するが、自らの技術を信じて「悪意」に立ち向かっていく。
陰がある題材ながら、読後感はさわやか。さすが真保裕一である。
土日のJR南武線/武蔵野線車内で読むとハマルだろう。通称「首都圏のギャンブル路線」。収録されている4作のうち3作の舞台はこの環状路線で結ばれているのだ。▲2001.10.8/RT
「心室細動」 結城五郎・作 文春文庫 ★★★★
心室細動とは心不全の一種で、心臓の拍動リズムが極度に狂い、心臓全体が細かく振動している状態の事を指す。血液を全身から回収し、送り出すという心臓本来の働きは完全に停止してしまい、電気ショックで徐細動する以外に救命の方法はないと言われる極めて危険な状態である。
一流大学の医学部で教授の椅子を目前にする内科医・上原健治は、20年前、自らの医療過誤によって患者を死なせたという過去を抱えていた。看護婦から過って手渡された注射器の中身を確認することなく患者に投与してしまったため、患者は投与薬剤によるアナフィラキシーショックにより心室細動を起こし、息を引き取ったのである。そしてその過誤は闇に葬られ、遺族にも伝えられなかった。
そして20年の時を経た今、当時の院長と婦長の元にこの医療過誤に関する脅迫状が届き、その後二人は心室細動を直接的な死因として相次いでこの世を去る。程なくして自らのもとにも脅迫状が届いた上原は、このスキャンダルによって教授の地位を失うことばかりか、自らの生命の危機をも案ずる事になる・・・
作者は現役の医師。医学的なディテールは申し分ない。加えて登場人物の心情、特に怨恨にまつわる部分の描写は読んでいて背筋が冷たくなる程の迫力である。
人は誰でも過ちを犯す。問題はその過ちをどうフォローするかだ、という事を改めて考えさせられてしまった。▲2001.7.17/RT
「夏の災厄」 篠田節子・作 文春文庫 ★★
東京のベットタウンとして栄える埼玉県西部の新興住宅地で、突如「日本脳炎」が流行する。次々と死者を数えていくなかで、市の保健センターに勤めるノンキャリ事務員・小西は、日本脳炎にしては異常に速い感染スピードと症状の相違点に疑いを持ち、独自に調査を始めるが、その過程で彼はその「日本脳炎」が人為的な流行である事に気づいていく.....
流行の広がり方や、流行地域で人々がとる行動など、リアリティーを非常に重視した作りになっている点は評価したい。感染症に対し弱くなってきている現代社会に警鐘を鳴らしている点も共感できる。しかし全体的に少々スピーディーさに欠けるストーリー展開になっている点は残念だ。リアリティーを重視している結果ともいえるだろうが、せっかくの良い素材が後半で"冷めてしまう"のは惜しい。▲2000.5.21/RT
「極大射程」 スティーヴン・ハンター 作 新潮文庫(上下巻) ★★★★
ベトナム戦争当時、類まれなる遠距離射撃で名を馳せた主人公ボブ・リー・スラガーは、帰還後の生活を、その愛してやまない銃と、唯一心を開ける相手である愛犬マイクと共に、田舎の山あいで送っていた。そんなある日、世間との関わりを絶ってきた無口な彼のもとに、民間の武器関連会社を名乗る男たちが訪れ、ボブに最新鋭の高性能銃弾の試射を依頼するのだが、それは彼がこれから巻き込まれる巨大な陰謀への第一歩であった。
銃を愛する男達と、その力を利用することしか考えない男達との戦いが、全篇に渡り繰り広げられる。圧倒的に不利な状況下で徐々に追い込まれていくボブだが、場面場面において精密な射撃で敵を確実に捉えていくシーンは、もはや官能的と言えるほどの興奮をもたらしてくれる。そして最終場面での展開は、明快かつ痛快にして秀逸。ミステリーの本当の醍醐味を久しぶりに味わせてもらった。これは読むしかないでしょう! ▲2000.4.29/RT
「天空の蜂」 東野圭吾 作 講談社文庫 ★★★★
愛知県にある重電メーカーの航空機事業部から、最新鋭超大型ヘリが、防衛庁への納品前日に奪取された。フライバイワイヤ(計器操縦)が可能でGPSも搭載したその巨大ヘリは、何者かの遠隔操縦により福井県の原子力発電所上空に移動し、ホバリングを開始する。燃料を使い果たすと同時に原発に墜落するであろうそのヘリを原発上空から移動させる条件として、犯人は日本政府に対し「国内全原発の破壊」を要求するのだが.....
文庫本約600ページの作品だが、流れる時間は10時間程度。その短時間の間に事件は発生し、多くの組織・人々が様々な思惑で活動する。事件の解明にはヘリや原子力に関する詳細な技術的知識が鍵となるが、各登場人物はそれぞれの分野の一流のプロであり、彼らが場面場面で披瀝する「それぞれの目的に向かっての」論理構成には、通り一遍の「勘」や「偶然」にはない深みが感じられる。
もっと書きたい感想があるのだが、ストーリーの性質上これ以上は立ち入らない事にする。ただ、読後にいろいろと良い意味で考えさせられる「社会派」の好著である事だけは強調しておいていいだろう。
「亡国のイージス」 福井晴敏 作 講談社 ★★★★
訓練航行中の海上自衛隊の最新鋭護衛艦「いそかぜ」が奪取された。多くの乗組員に紛れたその「敵」の素性も目的も分からない状況で、「いそかぜ」の主とも言うべき先任伍長・仙石恒史(48)は、その数十年親しんだ艦内で幾度もの危機を潜り抜けながら敵に対峙していく。そしてその結果知る事になる「敵」の最終目的は、「あれ」と表現される機密兵器の照準を東京に設定する事によってのみ叶えられるような途方も無い事であった。
海自における「艦長」「砲雷長」等の役職はいわゆる「キャリア官僚」で占められているが、実際にその艦を知り尽くし、船を動かしているのは長年従事しているヒラ兵士達である。本書で重要な役割を果たす仙石は、そのヒラ兵士のトップである「先任伍長」を務めているが、艦内においてそのノンキャリ組のトップは、経験の乏しい「役職者=キャリア官僚」に対し「リコメンデーション」という名の実地指導を行う。本書が醸し出す痛感さは、先任伍長というノンキャリの立場にある仙石が、キャリア官僚である艦内役職者達の「妨害」を一喝しながら、艦と乗組員を救うと言うただ一つの目標に向かって進む姿が醸し出しているものと信じる。
大方の書評通り、非常に「のめりこむ」本だった。文句無しにお勧めできる。作者の「参考文献」に、以前本欄でも取り上げた「兵士に聞け」(杉山隆男・著 新潮社)がリストアップされているが、「亡国のイージス」を読む前に本書を読めば自衛隊内の組織や人的関係をより深く理解でき、本書の奥深さを更に味わう事が出来るだろう。▲99.11.30/RT
「奪取」 真保裕一作 講談社文庫 ★★★★
趣味と生活を兼ねて自販機荒らしを続けていた手塚道郎は、親友がマチ金から借りた数百万の借金を連帯保証人の立場で返済する必要に迫られ、見た目には稚拙ながら銀行のATMは欺ける偽札をPCとプリンターで作る。苦労の末完成した偽札は無事銀行の両替機をくぐり抜け、手塚は大量の現金を手にするが、道郎の偽札作りの技術を察知したヤクザは金ヅル=道郎から更なるカネを毟り取ろうとする。そこに奇妙なオヤジが現れ、道郎はこのオヤジと共にヤクザ・警察から逃れる逃避行生活を始めるが、いつしか2人は完璧な偽札づくりに心血を注ぐようになる....
氏の作品ではお馴染みの詳細なディテールと二転三転のストーリー展開が今回も見事に活かされている。特に偽札作りの過程で出てくる製紙・印刷技術の専門的記述はとても「門外漢」のそれとは思わせない出来である。これも彼の旺盛な好奇心(本人は「野次馬根性」と読んでいる)の成せる技であろうが、このディテールが単なる知識の羅列でなく、登場人物の心情を表現するのに極めて大きく貢献しているのがすごい(この作品の場合は道郎らの「誇り高さ」を大変良く醸し出している)。執筆する方は大変だろうが、今後とも「ストーリー展開」「知的刺激」の両面で我々読者を満腹にする作品を是非上梓して欲しい。
一万円札を手元において読んでみよう。▲99.6.10/RT
「朽ちた樹々の枝の下で」 真保裕一 作 講談社文庫 ★★
主人公に地味なヒラ公務員を取り上げる事から「小役人シリーズ」とも称される事がある真保裕一の文庫版最新作。今回の舞台はこれまでと異なり北海道の大自然。
国有林での森林作業者として働く為に札幌から移り住んだ主人公・尾高健夫は、ある朝深い森の中で一人の若い女性を目撃する。彼の姿に逃げ惑う彼女を必死の追跡で捕まえるが、崖から転落し意識を失っていた彼女はその日の夕方、収容先の診療所から大振りのカッターナイフを手に忽然と姿を消す。また同じ頃、森林作業者の業務妨害を狙った数々の事件も同じ森の中で発生し、スズメバチを使った罠などで健夫を初めとする多くの作業員が被害を受ける事となる。国有林の伐採に反対する急進的自然保護団体の仕業と上富良野の皆が疑う中で、朝の女性の姿を追い続ける健夫は事件の真相に国有林に隣接する駐屯地を有する陸上自衛隊が深く関わっている事を突き止めるのだが....
活き活きした自然描写はこれまでの氏の作品にない新鮮さを感じる。しかし「ホワイトアウト」の様なスリリングなストーリー展開を期待する向きには本作品は少々間延びした様に感じるかも知れない。ストーリーの結末も、再現なく広がる読者の期待と比べると今一つ「すっきりしない」。「震源」の様な黒幕の存在と結末を期待していた私には今回の作品は正直なところ肩透かしを喰らった様な感が否めない。▲99.3.6/RT
「連鎖」 真保裕一 作 講談社文庫 ★★★
多くの人にとって「食品衛生監視員」から連想されるのは、年末になると一般の市場で実施される「食品衛生パトロール」の光景を映す暮れのテレビニュースの映像程度かも知れない。しかし実際には、国内での食品衛生を守るこの「食品Gメン」としての職務だけでなく、世界各国から輸入される食品類全般を水際で監理する重責をも負っており、それら職務の執行の為、検査用サンプルの無償採取や関連帳簿の閲覧等を関係者に対し強制出来る強制捜査権を有している。(食品衛生監視員のこれら請求を法律上の理由なく拒めば「公務執行妨害罪」が成立する)
主人公である羽川は東京検疫所に務める一公務員。「チェルノブイリ原発事故によって汚染された牛肉が第三国経由で日本に輸入されている」疑惑を追っていたジャーナリスト・竹脇が車ごと晴海埠頭に飛び込んだ。同じタイミングで、港の倉庫に冷凍貯蔵されていた大量の輸入牛肉に農薬がばら撒かれる事件が発生する。これら2つの事件の捜査を命じられたのは、食品衛生監視員の資格を持ち、竹脇の「自殺未遂」に大いなる疑問を抱く竹脇の友人・羽川であった。羽川は、竹脇の妻でありかつての自分の恋人でもある枝里子と共に事件の背景を追い始めるが、農薬ばら撒きと竹脇の「自殺未遂」を最終的に結び付けていたものは、想像を絶する程に複雑に絡み合った多くの人間の思惑と欲望だった.....
この作品は真保裕一のデビュー作だが、後作でも遺憾無く発揮されている彼の緻密な取材ぶりにはまず脱帽せざるを得ない。この作品の性質上必要とされる輸出入の貿易実務に関しても子細に渡り調査されている事が解かる。私も仕事で貿易に携わる者として「専門外の人がよくここまで...」と感心せずにはいられない。ストーリー展開も非常に意外性に富み、読者を決して飽きさせないだろう。主人公が疑惑の解決へ突き進む動機も、氏の他作品と同じく「大人の男の友情」をベースにしており、同年代の読者である私には何ら無理なく受け入れられた。学生時代からの友情だけではない、お互いに仕事を抱えた「プロ同士」の信頼関係に裏付けされた友情。これが真保裕一作品の源流ともいえるものかも知れない。この作品で鮮烈なデビューを果たした氏の作品が多くの人に愛される理由は、この辺りに求められると言えないだろうか。
若干ストーリーが複雑すぎる気はする。中盤以降は精読とは言わないまでも頭を度々整理させないと混乱するかも知れない。が、読後に振り返ってみるとそれら一つ一つが題にある様な「連鎖」を形成しており、やはりこの複雑さ・緻密さも作品の深みを増していると言えよう。▲99.2.13/RT
「震源」 真保裕一 作 講談社文庫 ★★★
主人公は福岡管区気象台の地震火山研究官・江坂。 ある夜、トカラ列島沖で海底地震により津波が発生したが、その夜当直だった江坂の同期研究官・森本はミスにより警報を出し損ね、市民に被害をもたらしてしまう。その結果森本は鹿児島気象台に左遷されてしまうが、その地震に「謎」を感じた江坂は鹿児島に森本を訪ねるが森本は姿を消していた。鹿児島を舞台に地震の究明を行う江坂の前に、トカラ沖地震の裏に潜む日本政府の巨大な謀略があらわになってくるのである..... 真保裕一のミステリーは科学的裏付けが非常によくなされており私は正直いってファンである。ストーリー展開も意外性に富むが、ここではあえて紹介しない。オススメの一冊。
後出の大ヒット作「ホワイトアウト」に比べると新聞等の書評は若干落ちるが、これは「震源」のファイナルがちょっと「薄め」で、それまでの息を付かせぬ展開で拡散したストーリーを上手く収束出来なかった為だと思う。しかしそれ以外に関して言えば、「日本政府の謀略」の発想など、「ホワイトアウト」に比肩する出来晴え(ストーリーの着眼点)と言える。 ▲99.1.16/RT
「ホワイトアウト」 真保裕一 作 新潮文庫 ★★★★
一言で言うと「冬山奥地の巨大ダムが職員と共に占拠され、50億円の身代金が要求される」話。まずこの着想が面白い。海外では橋や空港・駅といった社会インフラは防衛対象施設として警備されている場合が多いが、日本では一般にその概念は無い。本書はその危険性を知らしめる意味でも一種の「Eye Opener」と言えるかもしれない。ストーリー的には、占拠されたダム・職員、そして沿岸の住民を救うために一人の男・富樫が立ち上がる訳だが、その同期は単なる正義感ではなく、以前自分自身の過失によって命を失った同僚の婚約者(人質の一人になってしまった)に対する贖罪など、様々な心理が渦巻いている。
電車内で読んでいると乗り過ごしてしまいそうな程のめり込むストーリー展開、勿論これも本作品の特徴だが、それと比肩する程素晴らしい事として、ダムに関する工学的・科学的な記述が各所に散りばめられており、知的好奇心をも満たしてくれる「一冊で二度美味しい」小説である事が挙げられる。よほど緻密な取材が行われたものと感服します。読んでみて下さいな f(^^;) ▲99.1.16/RT
「ゼロ・アワー」 Joseph Finder 作 (石田善彦訳) 新潮文庫 ★★
南アフリカの刑務所に収監されていた男、ヘンリック・ボーマンはある日易々と刑務所を脱獄し、スイスの富豪、マルコム・ダイスンの元に向かった。そこでボーマンが受けた依頼は、NYの金融機能を麻痺させる事だった。究極の腕を持つ男にのみ使用される「ゼロ」というコードネームで呼ばれるボーマンの恐るべき計画を、FBIの女性捜査官、セーラ・カーヒルはNYでは有りふれた「売春婦殺人事件」をきっかけに知る事になる。
スケールの大きなストーリー展開は楽しめる。日本の刑事モノの様な地道な捜査でボーマンを追いつめていく様もページを進ませる。しかし、他のミステリー秀作と比べてこの作品では「終末でのストーリー展開」が決め手に欠き、私にとっては若干の物足りなさが残ったのも事実である。 (まあ私は「どんでん返し」に期待し過ぎかも.........それはそれで不幸だと思う今日この頃です。) ▲99.1.16/RT