
国際政経・文化
| ★★★★〜★は私の「満足度」です。 |
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| 国際政経・文化 現在31冊 | |
| 書名 | 著作者 |
| 秘境西域八年の潜行 抄 | 西川一三 |
| 禁断のアフガーニスターン・パミール紀行 | 平位剛 |
| ブラック・プロパガンダ 謀略のラジオ | 山本武利 |
| 健康帝国ナチス | ロバート・N・プロクター |
| 伝説となった国・東ドイツ | 平野洋 |
| インテリジェンス 武器なき戦争 | 手嶋龍一・佐藤優 |
| 戦争広告代理店 | 高木徹 |
| 騙し合いの戦争史 | 吉田一彦 |
| 暗号攻防史 | ルドルフ・キッペンハーン |
| 世界の紛争地ジョーク集 | 早坂隆 |
| 文化大革命 | 矢吹晋 |
| 草原と革命 | 田中克彦 |
| メディア・コントロール | ノーム=チョムスキー |
| 戦争倫理学 | 加藤尚武 |
| アメリカのユダヤ人 | 土井敏邦 |
| ヨーロッパ型資本主義 | 福島清彦 |
| 世界を不幸にしたグローバリズムの正体 | ジョセフ・スティグリッツ |
| ウズベック・クロアチア・ケララ紀行 | 加藤周一 |
| ユーロ その衝撃とゆくえ | 田中素香 |
| 北朝鮮を知りすぎた医者 | ノンベルト・フォラツェン |
| エシュロン | 産経新聞特別取材班 |
| 潜水艦諜報戦 | S・ソンタグ |
| 秘密のファイル CIAの対日工作 | 春名幹男 |
| 地名の世界地図 | 21世紀研究会 |
| タリバン | アハメド・ラシッド |
| マネー・ロンダリング | ジェフリー・ロビンソン |
| 台湾の選択 | Twu Jaw-yann |
| セブン・イヤーズ・イン・チベット | ハインリヒ・ハラー |
| 世界の危険・紛争地帯 体験ガイド | ロバート・ヤング・ペルトン |
| 戦争学 | 松村劭 |
| 同盟を考える | 船橋洋一 |
「秘境西域八年の潜行 抄」 西川一三・著 中公文庫 ★★★★
第二次世界大戦当時、日本軍部は中国戦線での巻き返しを図るべく、蒙古・チベット・ウイグル各民族への接近を試みた。中国との紛争を抱える彼らを支援して「親日独立国家」を樹立する事で、中国の封じ込みやソ連の南下阻止を実現しようという壮大な戦略であり、これによってモンゴルやウイグルから日本軍戦闘機が中国戦線出撃できる様になれば、まさに東西からの「挟み撃ち」が可能となっていたであろう。最終的な日本の敗戦は避けられなかったとしても、戦後の中央・東アジア勢力図はかなり異なるものになったと想像出来る。その辺りの事情については、関岡英之著『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」』(祥伝社)が詳しいが、そこで触れられている西川一三という人物に私は非常に興味を惹かれ、本書「秘境西域八年の潜行 抄」を手にした。
1918年に山口県で生まれた西川一三は、満鉄に短期間勤務したのち、外務省の特務機関「興亜義塾」を経て蒙古大使館勤務の調査官に就任し、1943年に中国西域での潜入調査を開始する。東条英機総理大臣からの命令書は「西北シナに潜入し、シナ辺境民族の友となり、永住せよ」というものであった。蒙古人になりきる訓練を受けた西川は、蒙古人ラマ僧「ロブサン・サンボー」として8年間、つまり終戦5年後に至るまで広大な西域を縦横に潜行調査する事になる。中国内蒙古を皮切りに、ゴビ砂漠を縦断し、チベット・西康の山岳地帯からヒマラヤを越え、インド各地を渡り歩く。蒙古人ラマ僧「ロブサン・サンボー」の正体を見破る者は一人もおらず、ヒマラヤを越えること7回。各地で出会った各民族の文化・風習、食事から衛生状態、トイレの様子に至るまで、極めて詳細に記している。旅先で出会って行動を共にする仲間も多く、その会話のやりとりは時に緊張感に富み、時にユーモラスで、一緒に旅している様な錯覚を受ける程である。
軍命を帯びた潜行調査ではあったが、本書は調査報告という筆致では書かれておらず、良質な旅行記として楽しめる内容である。戦争に纏わる諸民族の考え方も各所で描かれており、日本敗戦の報せに歓喜する中国人にチベット人が投石する様子など、なかなか他書では得られない風景も多く収められている。一面的な歴史理解に凝り固まった思考をほぐす効果もあるだろう。中国西域・モンゴル・チベット辺りを舞台とした旅行記で好きなのは、ヘディン「さまよえる湖」・メンヒェン=ヘルフェン「トゥバ紀行」・ハインリヒ=ハラー「セブン・イヤーズ・イン・チベット」辺りであるが、本書もその列に「同着一位」で加わった。
西川一三は1950年、インドで日本人と見破られて帰国を果たす。帰国後収容所に留め置かれた彼は、GHQから過酷な尋問を受け、日当を受け取りながらも自らの体験を長期間にわたって供述させられ、最終的には戦犯にならずに済む。しかし自らの潜行を命じた日本政府からは一言の労いも無い。国のために身を投じた国民を冷遇する政府への怒りが、西川一三をこの潜行記の執筆に駆り立て、3200枚にのぼる作品を完成させた。本書は「秘境西域八年の潜行」全3巻の抄録である。残念ながらオリジナル3巻も、今回私が読んだ抄録も絶版となっており、古書か図書館でしか触れる機会はない(オリジナルについては電子書籍として入手可能な模様)。こんな面白い抄録がどうして絶版になったのか、非常に残念。復刊を切に望むものである。▲2010.9.2
「禁断のアフガーニスターン・パミール紀行」
平位剛・著 ナカニシヤ出版 ★★★★
出張で長時間飛行機に乗ると、時間潰しに機内誌の後ろの方にある世界地図を眺める事が多いのだが、ある時、アフガニスタンと中国が奇妙な形で国境を接していることに気付いた。アフガニスタン側からちょうど鳥のくちばしみたいな形で細長く領土が伸び、中国と接しているのだ。どうにも気になって帰国後調べてみると、この細長い地域は「ワハーン回廊」と呼ばれ、かつてイギリスの支配下にあったインドと、ソビエト連邦の一部であったタジキスタンが直接国境を接しない様に設けられた、一種の緩衝地域である事が分かった。俄然興味が湧き、この地域に関してネット上で色々と検索してみたが、地政学的理由により外国人の入域が長く制限されていた事もあり、得られる情報は非常に限られていた。そんな中で参考文献として出会ったのが本書である。
著者の平位氏は、1931年生まれの産婦人科医であり、広島大学医学部山岳部のメンバーとして世界の多くの高山で登頂を果たしてきた。アフガニスタンへの渡航も多く、ワハーン回廊にも何度も入域している。東西の長さ約300キロ、南北の幅は狭いところで約10キロ、最も広いところで約60キロと、大変細長いワハーン回廊は、4千から6千メートル級の高山に囲まれた渓谷地帯であり、アラル海に注ぐあのアム・ダリヤの源流地帯でもある。かつては法顕や玄奘、マルコポーロも通り、東西交通の要衝とされていたが、厳しい自然環境や政治情勢により世界から閉ざされた地域となり、1895年にはイギリス・ロシア間のパミール協定によってアフガニスタン領となった。それ以降も、第二次大戦やソ連によるアフガニスタン侵攻、タリバンによる政治支配など、ワハーン回廊を取り巻く複雑な政治情勢は現在に至るまで継続している。
本書は、秘境という表現がまさしく相応しいこのワハーン回廊の歴史・自然・文化・風俗・政治環境などを、科学者らしく多くの写真と図表を用いて克明に伝えている。500ページ近いボリュームがあるが、ワハーン回廊に辿り着くまでに起きたエピソードや苦労話も多く紹介されており、学術論文の様な無味乾燥さは無く、大変楽しく読み進めることができた。
ワハーン回廊の東端に位置する標高4800メートルのワフジール峠には、中国との国境を示す標柱が立っており、その中国側には、登山客が飲み捨てていったと思われる上海製のオレンジジュース缶があったと記されている。何気ない記述であるが、ユーラシア大陸の雄大さを感じる表現であり印象に残った。一生のうちに一度はワハーン回廊を横断してみたい。大変面白く得難い一冊であるが、残念ながら新品は流通していないので、古本屋か図書館で探して欲しい。▲2009.12.13
「ブラック・プロパガンダ 謀略のラジオ」 山本武利・著 岩波書店 ★★★★
冷戦が終了するまで、地下放送といわれる非合法謀略放送局が世界各地の紛争地域に存在していた。アメリカを中心とする西側諸国が共産圏向けに送信した「自由ヨーロッパ放送」では、共産主義の矛盾を伝えると共に、当時宗教活動が抑圧されていた共産圏住民向けに教会でのミサの模様を中継したりした。また中国で文化大革命が勃発すると、CIAは台湾や東シナ海上の放送船から、毛沢東一派や四人組を攻撃する番組を、国内反体制勢力からの送信を装って次々に送り込んだし、ベトナム戦争中はソ連・中国・アメリカによる同様の放送がアジア地域において数多く行われた。メディアの主役がラジオからテレビ、インターネット、携帯電話へ移行した今日では想像もつかない事だが、歴史が動く時期には必ず謀略放送が出現していたのである。
本書では、太平洋戦争中アメリカ政府が行った対日謀略活動が、地下放送や地下出版物を切り口に大変詳しく調査されている。情報ソースの多くはアメリカ政府が情報公開の対象とした文書や記録類であり、謀略ビラなどの実例が本書でも多く紹介され、大変生々しい。日本人の琴線に触れる謀略文書やラジオ番組を制作するには、日本人の手を用いる事が必須であるため、当時アメリカ政府は、マルクス主義に傾倒したため故国を追われた日本人や、開戦後西海岸で強制収容されていた日系一世から優れた人材を採用し、ある程度の裁量権を与えてこれら極秘作業に当たらせていた。彼らの主な動機は日本軍部に対する反発であったが、一部マルクス主義者も参画していたため、アメリカ政府は社会主義的主張が謀略文書や番組に盛り込まれることを厳禁・監視し、また天皇制に対する批判も、日本人の反発を招くことも考慮して控えさせた。こうして作成された謀略文書は戦場で配布され、番組はサイパンに設置された地下放送局から中波帯で送信されたという。アメリカによるこれら謀略活動は中国大陸でも繰り広げられたが、その過程で野坂参三が率いる国際共産主義活動との接触さえ見られた事は、冷戦開始直前とはいえ非常に意外であった。野坂の組織を日本に対抗する反体制組織に育て上げる事が目的だったにしても、共産勢力を利する事になりかねないその判断はなかなか真似できないだろう。「敵の敵は味方」とは言うが。
太平洋戦争において、これら謀略活動が戦況に変化をもたらしたとする記録は無いようだが、当時のアメリカ政府がここまで深く日本の国情とそれを取り巻く国際環境を調査していた事に驚かされる。これら活動で得られた情報と知見は、戦後の占領政策にも活用されたことであろう。謀略活動に従事した日本人の様子など、戦争の陰の側面を伝える第一級のドキュメンタリー作品である。大変面白かった。▲2009.8.15
「健康帝国ナチス」 ロバート・N・プロクター著 草思社 ★★★
自分の身体をどうしようとオレの勝手だ、オレは太く短く生きるんだ、という主張が受け入れられる国は幸せなのかも知れない。健康維持を国民の義務とし、労働や兵役による国家への貢献を求めたナチス政府の政策を本書で知り、私はその思いを強くした。
ナチス政府が医学研究を積極的に進めていた事は、あまり知られていない。ガンや職業病の研究を進め、タバコの害を積極的に広報して禁煙思想を広め、また全粒パンや野菜を中心としたヘルシーな食事を国民に呼びかけた。ガン研究では、ドイツ国内でガン患者の登録制度も導入され、疫学的な調査も広く行われた。これらの医学研究が医学の進歩に一定の貢献をもたらしたのは事実である様だが、その動機と目的には極めて大きな問題があった。
栄養は個人の問題ではなく、国民は健康でいる義務があるというのがナチスの考えであり、それは取りもなおさず軍事面への貢献を念頭においたものである。また健康維持の対象とされたのは一部の国民だけであり、ユダヤ人などがその範疇に含まれていなかった事は言うまでもない。更に、職業病研究においても、産業活動を制限して人々を職業病から守るという観点は存在せず、その制約下で人々の疾病を減らすかという前提で研究が進められていた。つまるところナチス政府は国民の事など何も考えておらず、戦時の「駒」を如何に温存させるかという動機だけだったのだ。
現在日本政府が進めている健康推進政策は、医療費抑制と、国民生活の充実を目的としている。急速な広がりを見せる禁煙運動を急進的だと攻撃する人びとは、こういうナチスの過ちを自らの主張に援用しかねないが、動機と目的が正当である限り健康推進政策の推進は問題ないと考える。外見上同じ政策でも、動機と目的を履き違えると大変な方向に傾きかねない事を知る良い事例であり、これはもっと知られて良いと思う。▲2009.8.15
「伝説となった国・東ドイツ」 平野洋・著 現代書館 ★★★
ベルリンの壁を人々が乗り越えたり、長く独裁政権を続けてきた大統領が革命の末にテレビカメラの前で銃殺されたりと、80年代末の東ヨーロッパは本当に激動の時期を迎えていた。当時高校生だった私も、毎晩食い入る様に「ニュースステーション」を観ながら、世界史に残る多くの事件をリアルタイムで目撃出来た事に興奮していたものだ(その頃の「ニュースステーション」はまだ面白かった)。学校で使う教科書や地図帳に載っている国名が現実の変化に追いつかないというのも、今考えてみると大変貴重な経験であった。
本書の著者は、88年から東ドイツ・ライプチヒ市に留学していたため、その社会主義国家の終焉と西ドイツによる吸収合併の様子を実体験するという幸運に恵まれた。滞独中に経験した数多くの出来事を通じ著者は、東西統一を巡って両ドイツ人が互いに抱く複雑な感情や、非西欧系外国人に対する強い優越感と国粋主義、また両ドイツ人に色濃く残る様々な価値観の違いを、ルポ形式で詳細に記している。東西統一後、多くの西ドイツ人が旧東ドイツに住む人々を訪れては「以前私のものだったこの土地と家を返せ」と主張し、法律を盾に彼らの生活を脅かしたという話は、いかにもドイツらしい話であり、以前ドイツに暮らした事がある私は少々うんざりしてしまう。
「西欧キリスト教文明国のドイツが、アジア的色彩を帯びるスラブ人にいくさで破れ、あまつさえ国土の一部を占領された事実に戦慄を覚えない西ドイツ人はいない。1990年のドイツ再統一とは、西ドイツ人にとっては、ソ連に不法占領されていた東部ドイツ地帯がやっと返還された、といった感覚だったのだろう」(158頁)という著者の分析が特に印象に残っている。日本や日本人に対して卑屈とも取れる記述が散見されるのは残念な限りだが、ドイツ人論として読んでも面白いので、ドイツに興味のある人や、現在ドイツに住んでいる日本人にもおすすめしたい。▲2009.4.13
「インテリジェンス 武器なき戦争」 手嶋龍一・佐藤優
著 幻冬舎新書 ★★★
軍備を持たなければ戦争は起きないとか、他国に攻撃された際の対処方法を考えることは戦争につながるといった「夢想平和主義」は、近年日本からさすがに姿を消しつつあるようで、朝日新聞の投書欄にすらその手の主張は見られなくなってきた。生き馬の目を抜く国際社会で、天然資源に恵まれない日本が繁栄を維持していくためには、他国より優れた外交力と、他国に攻撃を思い留まらせる自衛力を持たなければならないのは自明だと思うのだが、以前にはそういう主張すら右傾化した政治的メッセージと受け取られる風潮が存在した。「平和を愛好する民族は、平和を維持する力を擁さねばならない」(『人民解放軍は何を考えているのか』本田喜彦著・光文社新書P227より)という命題に、矛盾やトートロジーは無いと思うのだが、残念ながら日本では学校で子供たちに教えられる程度までの咀嚼は依然として進んでいない。ただ、その問題意識を共有する人は確実に増加している様で、軍事やインテリジェンスに関する現実的な論考や良質な記事が増えてきているのは喜ばしい。
本書もそういう1冊である。外務官僚とジャーナリストという異なる立場で国際政治の世界を生き抜いてきた2人による、インテリジェンスに関する対談を収めている。手嶋氏は言わずと知れた元・NHKワシントン支局長で、911事件の際に正確な情報と的確なコメントを日本の視聴者に届けた事でその名を世に知らしめた。他局と比べても非常に良質なレポートだった。佐藤氏は、最近非常に活発な著作活動を展開している外務官僚で、現在は起訴休職中。現役時代の活躍は存じ上げないが、ロシアを軸とした国際政治、特にインテリジェンスに関する著作は面白い。日本の国益を真剣に考える氏の姿は本物であろう。
911同時多発テロやアフガン・イラク戦争、北朝鮮問題で各国が繰り広げたインテリジェンス合戦と、そこでの日本の実力が生き生きと描かれ、日本政府(特に外務省)や内閣、政治の課題が分かりやすく描出されている。後半では「日本は外交大国たりえるか」と題し、インテリジェンス力強化策として、人材育成や組織論などが論じられている。特に、最近の外務官僚が自らの重要な外交活動を記録に残していないのは、国家や歴史に対する責任に背く行為であり、そういう事はスターリン期のソ連ですら見られなかったという指摘は、社会保険庁などの問題で巷間伝えられる官僚像と重なり、ことさら印象に残っている。
対談形式で読みやすく、参考となる文献もその都度紹介されているので、関心分野を更に深く読み進める事も出来る。2人の姿を通じて勉強の大事さも分かるはずなので、学生にも是非読んでもらいたい。▲2009.1.3
「戦争広告代理店」
高木徹・著 講談社文庫 ★★★★
私にとって「ユーゴスラビア」という国名から連想されるキーワードは2つ、「チトー大統領」と「民族浄化」である。前者は言うまでもなく、この複雑な多民族国家を長年束ねた著名な終身大統領であり、「人間の顔をした社会主義」を標榜する彼の政策は東西冷戦の中でも独特の光を放っていた。そして後者は、そのチトー亡き後の混乱下、ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国とセルビア共和国が戦闘を繰り広げるの中、セルビア側が行ったとされる大量虐殺を表わしたキーワードである。世間への浸透度合いをみるべく、google検索でヒット数を確かめてみたところ、「ユーゴスラビア・チトー」の組み合わせだとヒット数は11,400件で、「ユーゴスラビア・民族浄化」だと8,860件。チトーが歴史教科書にも載っている著名人である事を考慮すれば、どちらも同程度に知れ渡っていると考えていいだろう。
ところが、本書によると「民族浄化」なるキーワードが誕生したのは、アメリカのPR会社の力によるものらしい。92年当時劣勢にあったボスニア・ヘルツェゴニアの外務大臣・シライジッチ氏が単身米国に乗り込み、ルーダー・フィン社というPR会社と契約したのが事の発端だったというのだ。ルーダー・フィン社は、シライジッチ氏の要請を受け、セルビアに蹂躙されるボスニア・ヘルツェゴニアというイメージを作り出すべく、アメリカ有力メディアへの工作を手始めに、国務省や議会、更には国連を巻き込み、国際世論の作出に成功する。その究極が「民族浄化」というキーワードであった。非常にインパクトのあるこの単語は、ナチスによるユダヤ人大虐殺のイメージを行間に漂わせ、特に欧米人の心を完全に掴んだ。その結果、セルビア共和国は国連を追放され、ミロシェビッチ元大統領は人道に反する罪を犯したとして逮捕され、長くオランダ・ハーグの国際戦犯法廷で裁きを受ける身になっていた。
ボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアが繰り広げた戦いは決して一方的な善悪に基づくものではなく、双方ともにある程度残虐な行為を行った事は、当時の報道でも知られていた。また、セルビア側が強制収容所を開設していた事が当時ボスニア・ヘルツェゴニア側によって盛んに宣伝されたが、その存在は結局証明されなかった。にも関わらず現在に至るまで「セルビア=悪」の構図が崩れないのは、当時の「イメージ戦略」が如何に効果的で持続性を有するものだったかを物語っていると言えよう。
本書は2002年に発表され、大きな反響を巻き起こした超弩級のノンフィクションである。こういう良質の国際ドキュメンタリーが日本人の手によって編まれたことが何よりも嬉しい。日本ではメディア・リテラシーの重要性が叫ばれて久しいが、ここ数年の国内政治を巡る報道や市民の投票行動をみていると、「世間の声」という仮面を被ったメディアに流されやすい日本人の性質は何も変わっていないなと悲観的になってしまう。本書が市井の人々まで広く読まれれば、少しは意識も変わると思うのだが。▲2007.12.17
「騙し合いの戦争史」 吉田一彦・著 PHP新書 ★★★
かつて中国で文化大革命の嵐が吹き荒れていた頃、短波放送の世界には数多くの地下放送局が出現していた。時の指導部を攻撃するものもあれば賛美するのもあり、はたまた当時上映や放送が禁じられていた京劇などの文芸番組をひたすら流す局もあったという。これら地下放送は中国国内の勢力が送信していると自称していたが、当時の技術的調査によると、送信地はソ連領内や台湾海峡など中国域外であるとされ、その運営主体はCIAやソ連当局などと目されていた。中ソ対立も絡む非常に複雑な政治状況の中で、関係国は非公式な方法で工作対象国に自らの政治的メッセージを送り込んでいたのだ。まさしく国と国との「騙し合い」であるが、本書によると「騙し合い」の歴史は更に遡るようだ。
騙し合いというとスパイが真っ先に思い浮かぶが、第二次大戦中のスパイ合戦は壮絶の一言に尽きる。二重スパイや三重スパイ、偽地下組織設立によるスパイ誘き寄せ、更には政権中枢にまで食い込んだ大物スパイなど、小説の様な話が多く紹介されている。そこまでであれば類書も多いが、本書では更にスケールの大きな「国家間の騙し合い」にも多くの紙幅を割いている。本来の攻撃目標都市を敵に悟られないよう、戦略上意味のない都市への爆撃を続けたり、大量の兵士や物資を別の方向に輸送して敵の注意を惹くなどといった例がいくつも紹介されているのだ。特に、第二次大戦中、米国特務機関が東南アジアにおける抗日運動を惹起するために「日本軍」と偽って行ったとされる残虐な行為に至っては、これが事実であるとすれば戦慄を覚えるしかない。大きな人的犠牲を払ってまで繰り広げられる国家間の騙し合いは、戦争の残虐性を最も色濃く映し出している。
「過小評価は最大の敵」「人間はそうあって欲しいと思っている事を信じてしまう傾向がある」など、生き馬の目を抜く現代社会にも通用する警句も印象に残っている。最近では殆どの「騙し」はメディアを通して私たちに襲いかかってくるのだから、メディア・リテラシーを鍛えるためにも有用な一冊だと思う。▲2007.11.8
「暗号攻防史」 ルドルフ・キッペンハーン著 文春文庫 ★★★
改めて振り返ってみると、毎朝家を出て会社に着くまでの約1時間の間にも、私は多くの暗号技術に接している。最寄りの私鉄駅ではパスモ定期券(非接触型ICカード)を自動改札機にピッとかざして通過し、電車の中では携帯電話にパスワードを入力してメールをチェック。そして会社の最寄駅に着いたら、再度パスモ定期を改札にかざして駅を出て、会社へ向かう途中のコンビニでは、仕事中に飲むペットボトル入り飲物をパスモかEdyの電子マネー機能で購入する。そして会社に着いたら、社員証のICカードをゲートにかざしてオフィスに入る。もちろん、自席に座って最初にやるのは、PCのスイッチを入れて社員IDとパスワードを入力する事だ。ここまでで6回も暗号技術に接しているが、何日かに一回は途中で銀行に寄って現金を引き出すので、暗号技術のお世話になる機会は更に増えてしまう。何年か前だったら完全にSF小説みたいな話だろうが、気が付くと私たちは既にこういう社会に生きているのだ。
現代社会を支えているのは正に暗号技術である。その暗号技術を発展させて来たのは、銀行家でも文学者でもなく、古代ギリシャの昔から政略の中で生きてきた政治家と、その周囲の優秀な研究者達である。彼ら研究者は、その時代で最先端の数学や言語学の知識を駆使して敵の暗号を破り、また自陣営の暗号を強固なものにしてきた。その過程は正に軍事技術発展の歴史でもあり、国家機密の漏洩や暗号表の非合法的な入手に絡み、多くの人命が奪われて来た。また、解読された暗号文が多くの軍事作戦に援用された事は言うまでもない。
本書は、様々な暗号技術が如何に発展して来たかを、多くの歴史ドラマを繙いて分かりやすく記している。暗号は正に国家機密に属する分野なだけに、それに纏わるエピソードは大変ドラマティックで、スパイの世界を彷彿とさせる。暗号技術そのものに関する記述も充実しており、例題を用意して読者に暗号を解かせるという工夫も面白い。暗号技術とそれに纏わるエピソードをバランス良く配した、何とも欲張りな本である。翻訳も巧みで大変読みやすかった。▲2007.8.27
「世界の紛争地ジョーク集」 早坂隆・著 中公新書クラレ ★★★
英語が得意ではなかったドイツのコール首相がアメリカを訪問した時のこと。夜、彼は一杯飲もうとホテルのバーを訪れたのだが、何しろ周りはみんな英語だし、何を頼めば良いのかも分からない。困った首相は隣の男のグラスを指さし、同じのを作ってくれるようにバーテンダーに頼んだ。そして数分後、バーテンダーが首相の前に立って「ドライマティーニでしたね?」というと、首相は慌てて「ナイン!(ドイツ語でNOの意味)、1杯で十分だ」と言ったという・・・・・。英語の苦手なコール首相が、ドライマティーニの「ドライ」をドイツ語の「ドライ=数字の3」と勘違いしたというオチなのだが、私が住んでいるドイツでは非常によく耳にするジョークである。このように、海外にはこの種のジョークが数多く存在し、社会の中で様々な人に共有されている。
本書は世界各地、特に紛争地帯や旧共産圏など人々が政治的に抑圧された地域のジョークを紹介し、成立の背景等を簡単に解説している。この手のジョークは昔から「ソ連絡み(アネクドートと呼ばれる)」と「ユダヤ人絡み」が定番になっており、本書でもソ連・東欧諸国に最大の紙幅が割かれているが、それ以外に中近東やアジア圏の味わい深いジョークも数多く紹介されていて興味深い。
地域分類とそこで取り上げられているジョークの関連性が今ひとつ分からなかったり、解説部分の記述が平板で物足りなかったりと、もっと努力して欲しい点も多いが、軽く読む事を前提とした本(と見受けられる)なので、これらも受忍範囲内と考えていいだろう。世界のジョークに気軽に触れてみたい人にはお薦めしたい一冊。▲2004.6.6/RT
「文化大革命」 矢吹晋・著 講談社現代新書 ★★★★
日本が戦後の高度成長路線を歩んでいた1966年から76年にかけて、中国大陸は「文化大革命」による未曾有の混乱に苛まれていた。「造反有理」「紅衛兵」「批林批孔」などの様々なスローガンや呼称が登場したこの十年間に、一般人を含む40万人が犠牲となり、1億人が被害を受けたとされる。彼らは「修正主義分子」として公衆の面前で吊し上げられ、過酷な批判と追及を受けた上で自己批判を迫られたが、後日の調査によりその多くは「冤罪」であった事が明らかになった。毛沢東が発動し、その側近であった林彪と周恩来によって具体的に推進された「文化大革命」の性質と経過、そして党内部で繰り広げられた政治権力闘争を詳述した一冊である。
文革とは何だったのか。本書で紹介されている67年11月の林彪演説によれば、党・政府・軍隊と文化領域に深く潜り込んでいる「ブルジョア階級の代表人物」と「修正主義分子」を、人民とマルクス主義者が公然と追放するための政治大革命であるとされる。つまり、現に支配的地位に就いている者であっても、その者が「修正主義分子」であれば「下から」排除されるべきという考え方であり、これを端的に表したスローガンが「造反有理」で、その実行部隊が全国の若者からなる「紅衛兵」であった。多くの若者は純粋な動機から紅衛兵に加わり、彼らの熱狂的な「革命」は中国全土で多くの混乱と犠牲者をもたらした。さらに毛沢東は、来るべき共産主義社会への強い憧憬から「人民公社制度」にも深い執着を見せ、わずか3ヶ月間で全国にこの制度を広めるという挙にすら出たというのだから驚きだ。
毛沢東の側近であった劉少奇や彭徳懐のように、文革の余りにも急激な展開に異議を唱える者もいたが、彼らは修正主義者として失脚させられ、厳しい批判に晒されたという。毛沢東の個人崇拝と独断専行が進むにつれ、彼の周囲では有名な「四人組」が跋扈するようになり、周恩来やケ小平の追い落としなど権力抗争はピークを迎える。その後林彪は毛沢東の後継者たる地位にまで上り詰めるが、毛沢東暗殺未遂の容疑を受け、逃亡中に「飛行機事故」で死亡する。有名な林彪事件である。ほどなく毛沢東は病死し、文化大革命も「四人組」も終焉の時を迎える。
文革の10年間に多くの人材が失われ、また彼らの貴重な時間が失われた事を本書は「失われた世代」と統括している。特に下放運動によって修学の機会を逃した若者達の貴重な時間は、中国人にとって悔やんでも悔やみきれないだろう。だが同時に筆者は、文化大革命の意義について次のように総括する。「文革は現実の社会主義に対して、まず修正主義論の角度から疑問を提起し、ついで社会主義の内実を根底から懐疑する精神を植え付け、中国の近代化を根本的に再考する契機を与えた」「毛沢東は帝国主義を反面教師として革命家になった。中国の若者は、いま毛沢東社会主義を反面教師として、二一世紀の中国社会のあり方を模索している」と。ちょっと綺麗にまとめ過ぎているような気もするが、純粋な気持ちで紅衛兵に参加した若者にとって、文革の失敗がある種のパラダイム転換をもらたしたのは事実だろう。私はそこに、日本の「安保世代」が経験した挫折との類似性をも感じてしまう。日本の戦後社会を理解する際に「左翼学生運動」を避けて通れないのと同様、「文化大革命」も現代中国を知る上で一通りは知っておくべきであろう。そのための良き参考書となる一冊である。▲2004.1.12/RT
「草原と革命」 田中克彦・著 恒文社 ★★★
モンゴルはかつて「モンゴル人民共和国」と呼ばれ、ソ連の強い影響下にある「衛星国」と長い間考えられていた。私が学生だった頃モンゴルはまだ共産圏にあったのだが、包(パオ)に住む遊牧民たちが、集団農場や国営農場で知られる社会主義の暮らしをどうやって行なっているのか、幼心に不思議だった記憶がある。そんな「草原の国」にいかにして社会主義国が生まれたのかについて解説したのが本書である。著者は、大学でモンゴル語を専攻し、その後言語学や民俗学を専門とした田中克彦氏。
清朝の支配下にあったモンゴルでは、中国による苛酷な統治が長く続いていた。そんななか1911年に辛亥革命が起き、清朝が弱体化の様相を呈すると、以前から人々の信仰を集めてきたラマ教の活仏を中心として各地に義勇軍が結成された。中国側の軍事的圧力と、ロシア革命の余波でモンゴルに攻め入ったロシア白軍の攻撃に苛まれながらも、その多くが遊牧民によって構成された義勇軍の勢力はモンゴル周辺部から徐々に増し、ついに1921年7月11日、現在の首都ウランバートルでモンゴルの独立が宣言された。設立当初その政府はラマ教活仏を元首とした「立憲君主制」であったが、3年後の1924年5月に8代目の活仏ホトクトが死亡すると、政府は「活仏は8代をもって輪廻転生が終わる」と宣言して活仏を政府から追い出し、いわゆる「人民共和制」へと移行する。その動きを象徴するのが同8月に開催されたモンゴル人民党第3回大会であり、その場で「人民党」は「人民革命党」へと名称変更され、ソ連コミンテルンが指導する共産主義政府が名実ともに誕生したのである。これ以降、かつてモンゴル独立闘争で功労者とされた活仏制支持者や諸侯は徐々に排除・粛清され、またその後発生するノモンハン事件(1939年)なども契機となって、モンゴルとソ連の結び付きは第二次大戦後も含めて更に強まっていった。私たちの記憶に残る「衛星国モンゴル」は、このような流れを経て成立したのである。
ソ連・中国という大国に挟まれ、日本からの軍事的脅威にも晒されたモンゴルは、最終的にその身を委ねる相手としてソ連を選択した。本書は冷戦終結以前に出版されたため、モンゴルにおける社会主義体制の崩壊については触れられていないが、当時の判断として筆者の田中氏はそのモンゴルの選択を肯定的に評価している。歴史上、異民族の伸張に常に翻弄され続けたモンゴルが、1900年初頭の複雑な国際情勢下でソ連を盟友として選択した事が「妥当」であったかどうかは、容易に判断を下せない設問である。だが、当時それ以外の選択肢を選んでいたならば、少なくとも1900年代の大部分においてモンゴルは独立を保てなかったとも思われる。東欧諸国と同様、ソ連の影響下でさまざまな社会の歪みが生じたであろうが、晴れて「長いトンネル」から抜けた今、モンゴル人によるモンゴルを更に発展させて欲しいと思う。
私を含め、モンゴルのイメージが「ジンギスカンと遊牧民」で終わっている人は少なくないと思うが、本書を読めば現代モンゴルの基礎を深く理解する事が出来る。若干古い本ではあるが、記述は読みやすく、またこの分野に関する数少ない著作なので、モンゴルに興味がある人には是非読んで欲しい。▲2003.11.11/RT
「メディア・コントロール」 ノーム=チョムスキー・著 集英社新書 ★★★
「由らしむべし、知らしむべからず」というのは論語の一節から生まれた慣用句だが、洋の東西を問わず、またそれと意識するしないに関わらず、この考え方は為政者の心に広く刻まれているようだ。庶民に細かい事を全て知らせても混乱するだけだから、まずは「為政者に任せておけば安心」と思わせ、その上で為政者が自分の判断に基づいて社会を運営する、というのがこの慣用句の意味であるが、これは決して間違ってはいない。社会を束ねていくにはリーダーシップを取る人間が必ず必要であり、時にそのリーダー(為政者)は、高度に機密な情報を基に、社会や市民の生命を左右する決断を下す必要がある。そんな時にまで「情報公開」とかで全ての情報を知らしめたのでは、混乱して右往左往する民意に為政者の判断が流されてしまう恐れがあるだろう。
もちろん、その段階で終わってしまっては前近代の強権社会である。「知らされない」情報を探って市民に伝える報道機関や、それを基に為政者の判断に異議を唱える野党が存在して、初めて現代の自由主義社会と言える。つまり、「由らしむべし、知らしむべからず」を政治手法として実践し続ける為政者と、それに批判を加え続ける市民という「2つの対立軸」が必要なのだ。にも関わらず、史上最大の自由主義社会とされるアメリカでは、それら2つの「対立軸」が上手く機能していないらしい。アメリカ政府の意向を受けたメディア報道が、米国民の世論形成に多大な影響力を有していることは決して耳新しい話ではないが、本書を読むと、アメリカ政府がメディアを通して如何に世論形成に励んできたか、その歴史と深刻さがとても良く理解できる。
第二次大戦中の愛国心発揚や、戦後勢いづいた労組結成に対する攻撃、さらにベトナム戦争時の反戦運動抑え込みなど、アメリカにおけるメディア(世論)操作の歴史について、チョムスキー氏自らの経験も踏まえてまず触れられている。そして「対アラブ政策と対イスラエル政策の間のダブル・スタンダード」に関する世論操作など、現在も続いているメディア・コントロールについて鋭い批判を加えている。これまで政府やメディアによる世論操作に一度も染まった事がない「火星人の新聞記者」は、あの9・11事件を火星にどうレポートするか?という部分は、アメリカ政府と米国メディアに対する氏のこれまで批判が凝縮されており、大変興味深かった。
国連や国際機関に従わないアメリカ政府の身勝手な行動は、近年しばしば世界中の怒りを買っているが、本書に拠るとそれは「威信の確立」という目的を持った行動らしい。要は「アメリカは誰にも従わない」「怒らせると恐いぞ」などと世界中に思わせるのが趣旨である。「由らしむべし、知らしむべからず」を世界中に展開しようとしている訳だが、本拠地アメリカでは「為政者の判断に異議を唱える野党」、つまり「2つ目の対立軸」は既に存在しない。アメリカ以外ではまだまだ「2つの対立軸」という構造は生きているが、いつアメリカみたいになるか分かったものではない。せめて我々非アメリカ人は、「為政者とはそんなものだ」という事を常に念頭においてメディアの報道に接していきたいと思うし、それがチョムスキー氏の思いではないだろうかと勝手に想像している。▲2003.7.27/RT
「戦争倫理学」 加藤尚武・著 ちくま新書 ★★★★
アメリカ・世界貿易センタービルに対する同時多発テロは、「戦争」というものの位置付けに大きな転換をもたらす契機となってしまった。容疑者の引渡しを拒んだ事を理由にアフガニスタンを軍事攻撃したり、大量破壊兵器の製造容疑を理由にイラクを先制攻撃したりと、ブッシュ政権は長年にわたって国際社会で培われた戦争に対するルールを無視し続けた。国連の枠組での対応を求める声に対しては「国連は機能していない」と反論し、また国連外での武力行使に反対するフランスやドイツを「古い欧州」と中傷し、多くの人々の怒りを買った。「アメリカはなんて身勝手なんだ」というのが日本人の一般的な感情だと思うが、本書を読んでみると、アメリカやイギリスの「身勝手」な主張の背景には、ルールや法規範に対する欧州大陸諸国との大きな違いが潜んでいる事に気づかされる。
法律を学んだ事のある人は知っていると思うが、世界には「大陸法」と「英米法」という異なった2つの考え方に基づく法体系がある。きわめて乱暴に説明すれば、法律の条文を尊重した厳格な法解釈を取るのが「大陸法」で、実態(判例)に重きをおいて法律を柔軟に解釈・変更するのが「英米法」である。前者を採用する国の代表がフランスやドイツ、日本で、後者の代表はその名の通りアメリカとイギリスである。イラク戦争に際しての米英の対応は、大陸法の立場からは「法律(国際法や国連を中心としたルール)を無視した許せない態度」と映り、英米法の立場では「機能しない法律(国際法や国連を中心としたルール)を実態に合わせて変更する正当なもの」となる。そもそも考え方が異なるのだから、話が噛み合わないのも当然だろう。その中で日本政府が米国支持を打ち出したのは、政治的には妥当な判断であるが、法体系の立場から言えば、罪刑法定主義である刑法で「事後法による遡及処罰」を認めたにも等しい論理の破綻を胚胎していると言わざるを得ない。
戦争の位置付けに関する古くからの議論を、国際法上の論点や哲学者の考え方をベースに分かりやすく解説する一冊。戦争を始める要件を規定した「戦争目的規則」と戦争の進め方を規定した「戦争経過規則」の違いや、戦争を行なう権利に関わる国家主権の問題、更には国家の自衛権に関してなど、戦争に関する法的な論点を分かりやすく解説すると共に、ジョン・ロックやカント、ヘーゲルなどの考え方をその著作から紹介し、戦争に関する読者の思索をも促している。
戦争に関して様々な議論が繰り広げられ、流布されている主張もまさに玉石混交である昨今、その法的な位置付けを本書で理解しておく事は非常に意義深い。戦争に関して感情に流されない「大人の議論」をしたい人は必ず読むべき一冊である。▲2003.4.15/RT
「アメリカのユダヤ人」 土井敏邦・著 岩波新書 ★★★
中東問題は日本のマスコミでも多く取り上げられるが、実際のところ、日本人一般にとってさほど興味を惹かれるトピックとは言えない。その要因として、地理的な距離や文化面でのつながりの稀薄さ、さらに宗教面の不知などが挙げられるが、ユダヤ人一般に対する知識のなさも大きな要因として指摘できるだろう。日本人にとってのユダヤ人像は、第二次大戦下の欧州で繰り広げられたホロコーストにおける「被害者」としての姿と、「世界の政治・経済を陰で牛耳っている」というまことしやかな噂話によって作り出された、得体の知れない「陰の支配者」としての姿の2つに絞られていると言っても過言ではないだろう。
日本ではあまり馴染みの無いユダヤ人であるが、アメリカでは社会の様々な側面に大きな影響力を有している。本書によると、ソ連や欧州諸国から自由を求めて逃れてきた彼らユダヤ人は、多くの都市にユダヤ人街を作り、ユダヤ教を伝える教会や独自の教育を行なう学校を設立することで、ユダヤ人としてのアイデンティティーを保持しようと努力してきた。また彼らは「反ユダヤ人勢力」には団結して対峙し、その圧倒的な組織力と資金力を基に、反ユダヤ・反イスラエルの言動を行なう政治家を徹底的に糾弾し、その多くを選挙で落選させてきたというのだ。
二千年にわたって迫害を受けてきたユダヤ人は、漸く手にした自分たちの国家を決して失わないために、まず自分たちが強くなくてはならないと信じている。その思いが、アメリカ国内での強力なロビー活動や、親イスラエル議員への莫大な資金提供に繋がっているようだ。私たち日本人は、ユダヤ人がそういう活動を行なっている事をまず知った上で、アメリカのあらゆる意思決定には彼らの活動が反映している可能性が高いことを念頭に置いて、国際情勢に接するべきであろう。そうする事によって、中東問題をより深く理解出来るようになると信じる。
本書は91年に出版され、このたびリクエスト復刊された。さすがに内容は若干古く、最近の動きを他の本で補う必要はあるだろうが、ユダヤ人の考え方など基本的な部分は今でも参考になるだろう。国際政治に興味のある人にお勧めできる一冊である。▲2002.12.16/RT
「ヨーロッパ型資本主義」 福島清彦・著 講談社現代新書 ★★★
欧州に住んでいると、日本というのが如何にアメリカに近い国なのかと実感する事が多い。太平洋を隔てた隣国なのだから仕方ないのかも知れないが、国として目指す方向といい、経済面や社会現象といい、あらゆる側面で米国との類似性を見出すことが出来る。セブンイレブンやKFCが街に溢れ、24時間営業の店も多く、特に大都市では個人主義の人々が思い思いの生活を楽しんでいる、という日本のごく普通の風景も、欧州ではほんの一部の大都市を除いてまず目にすることは出来ない。欧州社会との共通点を日本社会で探し出すのは容易ではなく、日本にとっての「国際化」とはすなわち「米国化」ではないか、という印象が強い。
特に経済の分野では、グローバル化のモデルとして米国が選ばれる事が多い。規制緩和を積極的に進める事で、これまで政府が責任を持っていた分野にも市場原理を大胆に導入したり、株主利益最優先の企業経営やストックオプション制度を導入したりなど、日本経済は米国化を一段と進めているようだ。そんな中、欧州各国は米国の「市場原理主義」に大いなる不信感と警戒心を抱き、それと一線を画した経済運営を進めている。「ヨーロッパ型資本主義」と題したこの本では、欧州がなぜ米国型の「市場原理主義」に反発し、自らのモデルを必要としているのか、詳しく説明している。
米国型資本主義では、経済に対する政府の関与は少ないほうが良く(小さな政府)、社会運営は市場経済に委ねておくべきと考える。その結果として貧富の格差が広がったり、福祉や教育のレベルが低下したとしても、それは基本的には社会が甘受すべきリスクと捉えられており、また社会の秩序は市場における自由な競争が創り出すもので、その統治は「神の見えざる手」によって行なわれるとされる。その結果、米国の経済は大いに活性化し、金融市場は世界一の取引量を誇っている。一方の欧州型資本主義では、社会の基盤となる制度は市場ではなく政府が構築し、また経済運営おいても政府の監督・指導を積極的に行なっていこうとする(大きな政府)。市場を盲信するのではなく、市場に託してよい役割とそうでない役割を峻別して社会を構築しようという考え方が欧州にはある、というのが本書の基調となる考え方である。
翻って日本の社会を考えてみると、すべてを市場に委ねる米国流よりも、政府の一定の監督の下に発展を期す欧州型の方が我々の風土に合っているような気がする。にも関わらず現在の日本が「米国型」に傾斜しているのは、官僚による過度な統制が日本経済に機能不全を引き起こしたという「過去」に対する反動とも捉えられる。否定的な過去を抱えると日本人は極端な反動を起こしがちな事は、第二次大戦直後、多くの人々が一転して親米的になった事などからも知られている。バブル崩壊と共に「日本型モデル」に自信を失った日本人は、いま大いに揺れているのだろう。様々な試行錯誤ののち、日本社会は最終的には欧州型資本主義に落ち着くのではないだろうか、というのが本書の読後感である。資本主義社会に対するヨーロッパとアメリカの考え方の違いを、ポイントを押さえた分かりやすい表現で説明した一冊。▲2002.12.10/RT
「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」
ジョセフ・スティグリッツ 著 徳間書店 ★★★
反グローバリズムという言葉がテレビニュースなどに登場するようになった。「アメリカを中心とする世界秩序に反対する人々」という解説が決まって添えられるが、その「世界秩序」とは一体何なのか、よく分からない人も多いだろう。「主演・IMF、総監督・アメリカ政府」のもと世界中で繰り広げられている「グリーバリズム」が、いかに傲慢で、経済的苦境に苦しむ国々を更なる混乱に陥れてきたか、本書は詳しく解説している。
不景気に苦しむ国において採るべき政策は、まず金融緩和であろう。この対症療法によってまず経済の足腰を強化したのちに、然るべき財政構造改革を行うのが定石である。構造改革のための緊縮財政を早期に発動すれば、景気の病状が更に悪化することは、橋本龍太郎首相の失敗を例に引くまでもなく明らかである。金利引上げにより企業活動は沈滞し、失業者は増し、国によっては暴動の発生など治安面にも影響が及ぶ。経済危機に苦しむ国々に対してIMFが行った措置はまさにそういう内容であった。
タイやインドネシアにおいてIMFは、国の財政構造を改善させるために庶民に対する各種補助金をカットし、小学校までも有料化させた。企業部門では、多くの金融機関を閉鎖に追いやったため、資金供給の滞りにより半数を超える企業が経営危機に陥った。その結果街には失業者があふれ、人々は困窮生活を余儀なくされ、社会情勢は悪化する。IMFがこれらの国に拠出した資金は、その国民を救うのではなく、専ら対外債務を返済するために充てられた。言い換えれば、アメリカをはじめとする海外の金融機関を救うために、IMFは経済的に瀕死の国々に財政を引き締めさせ、国内企業や庶民を犠牲にしたのだ。これはもはや「グローバリズム」と呼べるものではない。まさに「アメリカ支配」である。
ウォール街の利のみによって動くIMFとアメリカ政府を鋭く告発する一冊。アジア通貨危機の際、各国の救済のために日本政府が巨額の資金拠出を提案したにもかかわらず、自らの主導権を失いたくないアメリカによって握りつぶされた事実など、本書で指摘されているアメリカの自己中心的で傲慢な態度には、強い怒りを覚える。世界中で軽蔑され、忌み嫌われているアメリカ。その理由にそろそろ気づいて欲しいものだ。▲2002.9.21/RT
「ウズベック・クロアチア・ケララ紀行」 加藤周一・著 岩波新書 ★★★
冷戦真っ盛りの1958年から59年にかけて、評論家加藤周一は共産圏を旅した。目的地はモスクワでも北京でもなく、それぞれ特徴的な社会主義を建設しつつあった3地域、ソ連邦=ウズベック共和国(現・ウズベキスタン)・ユーゴスラビア=クロアチア共和国・インド=ケララ州であった。東西冷戦の帰結がまだ定かではなかったこの時期、加藤氏は本書において、これら非類型的な形態をとる社会主義体制を紹介することで、ソ連と中国をモデルとした画一的な社会主義批判への対抗軸を構築しようと試みた。
「はじめに」で加藤氏は、西欧社会における社会主義が「富の分配」を最大の目標としていたのに対し、ウズベックなど低開発国でのそれは「富の絶対量を引き上げる手段」として位置付けられていたと指摘する。貧しい地域には経済発展を成し遂げる資力がなく、また先進国から投資を呼び込むこともその貧しさ故に難しいため、社会主義体制による国民統制・計画経済によって初めて経済発展が可能になるというのだ。広大なステップ地帯が広がり、産業と呼べるものが存在していなかったウズベックでは、確かに社会主義体制の下ではじめて産業が構築された。近代化された首都タシケントの様子に大いに感銘を受けた加藤氏は、戦後の工業生産は社会主義国で最も伸びたという統計を例に引き、低開発国における社会主義進展の可能性を示唆する。後年先進資本主義国で社会主義革命が一件も発生しなかった事や、アジア・アフリカの低開発地域にある程度の社会主義国が誕生した事から考えると、氏の見方は一面で正しかったといえる。ただこれら社会主義国での歪んだ経済発展や、延々と放置され続けた貧困、人権問題などといった事象は、華やかなタシケントの街並みや、コルホーズ・ソフホーズで整然と進む計画経済に深い感銘を受けた当時の加藤氏には導き出せなかったようだ。社会主義を敗北に追いやった「陰の部分」に対する批判は文中にはほとんど見られない。
次に訪れるクロアチアでは、チトーが進めた脱コミンテルンの独自路線と、西欧資本主義国に隣接した地理上の条件のもとで繰り広げられる社会主義体制を紹介し、言論・芸術の自由が広い範囲で認められている事を好意的に記している。また最後に訪れるインド・ケララ州では、史上初めて選挙によって平和裏に成立した共産主義政府に触れ、その成立の背後にインドで最も高い識字率と教育程度があると紹介している。ただこれら要素がなぜ共産政府への支持に働いたかという点に関しての分析は行われておらず、また社会主義政権樹立から2年と日が浅い事もあり、政権の実績に関する具体的な記述もない。インドの貧しさと旅行の困難さに関するばかり記述が目立ち、他章と比べると未完成さを感じてしまう。
全体を通して、社会主義体制の陰の部分に対する分析がほとんどなされていない。もちろん当の加藤氏は陰の部分を知ろうと試み、訪れた農場で困難な点を聞き出そうとするのだが、人々の口は堅く、否定的な意見は一切出てこない。なぜ人々から否定的な発言が出てこなかったのか、今日ではその理由を容易に窺い知ることができるが、本作品が発表された時代ではまだ無理だったか。いずれにしても当時の「進歩的」論調の一端を窺い知ることができる一冊であり、リアルタイムでその時代を生きなかった私のような世代にとっては、当時の論調と世論を疑似(バーチャル)体験することができる一冊でもある。▲2002.8.19/RT
「ユーロ その衝撃とゆくえ」 田中素香・著 岩波新書 ★★★★
今年から本格的な流通が開始された欧州共通通貨ユーロ。これまで異なった通貨を使用していた12もの国々が、長年慣れ親しんだ自国通貨を捨ててユーロを採用するという、歴史的にも類を見ない一大イベントが今年ヨーロッパで繰り広げられている。ドイツ滞在中の私もユーロは毎日使っているが、紙幣や硬貨に描かれた欧州の地図を目にすると、市民一人ひとりが「欧州市民」である事を強く実感せずにはいられない。そんなユーロの成り立ちと仕組み、そしてこれからの課題を分かりやすく解説しているのが本書である。
ユーロが生まれた背景には、独仏の再戦争を防ぐ目的があったとよく言われるが、本書でもその点は強調されている。ミッテラン率いるフランスが導入を主張していた共通通貨案に対し、コール率いるドイツが意外にも乗って来たのだ。他の欧州諸国が抱いている自らへの警戒感を払拭するため、ドイツはマルクを捨ててまで共通通貨に参加することを決断した。このドイツの決定は他諸国を大いに驚かせ、また喜ばせた。コール首相によるこの決定は、欧州の歴史における非常に重要な転換点だったと言えるだろう。
このようにして導入への道筋がついたユーロであったが、経済状況が異なる国々を一つの通貨に束ねるまでには、数々のハードルが待ち受けていた。物価安定度や財政状況など、ユーロ参加への「試験」を設けてユーロの安定性を図るという現在の考え方は、第一次大戦後、天文学的インフレに苦しめられたドイツの強い要望に基づくものである。ユーロには今後東欧諸国の参加も予定されているが、この「試験」をパスする事が条件となる。マルクを放棄する条件として、ユーロに厳しい参加基準を設けさせ、また欧州中央銀行をフランクフルトに誘致したドイツの決断と戦略はさすがとというほかない。
ユーロだけでなく、欧州における政治・経済力学に関しても分かりやすく説明されている。欧州に直接関わりのない人々にとっても、一般教養として知っておいたほうが良い情報が多く詰まっている。ビジネスマンだけでなく、学生にもおすすめの一冊。▲2002.8.15/RT
「北朝鮮を知りすぎた医者」 ノンベルト・フォラツェン 著 草思社
★★★
ドイツの医療NGO「カップ・アナムーア」の派遣医師として北朝鮮に1年半にわたり滞在した著者が、その滞在中の日記をベースに、北朝鮮の医療事情や人々の生活、そしてそれを取り巻く政治環境について克明に記した一冊。
他の類書と異なるのは、著者が北朝鮮政府から「友好メダル」という勲章を授与されるほど、この国に気に入られていた点であろう。重症の火傷患者を助けるために、自らの皮膚を移植に供するという献身的な好意がこの政府に気に入られ、外国人として始めてこのメダルを授けられるに至ったのである。このメダルの「威力」により、著者は北朝鮮内をほぼフリーパスで旅行できるという、西側外国人としては奇跡的な好待遇を受ける事ができた。そのおかげで彼は地方の病院の惨状を目の当たりにし、行く先々で医療指導にもあたった。その内容も日記に克明に記されており、この国の医療事情を伝える貴重な資料となっている。ビールの空き瓶を使った点滴や、麻酔なしで行われる虫垂炎の手術、物流マヒにより届かない医薬品など、目を覆わんばかりの惨状がそこには広がる。
その後北朝鮮政府の著者への態度は徐々に悪化し、西側ジャーナリストの案内役を務めた事をきっかけにビザの延長が拒否され、事実上の国外退去処分となった。市井の人々に対しては尊敬と慈しみの視線で接しつつも、豊かな生活を続ける支配者層に対しては批判的な精神を忘れなかった著者が、次第に目障りな存在になってきたのであろう。著者のそういう基本姿勢は本書でも貫かれている。
メダルを授与された医師の目から「あの国」を眺めた、貴重な記録である。ただ、日記をベースにしている事もあり、全体として少々まとまりに欠けているのが残念。再構成のうえルポルタージュとして出版してはどうだろうか。▲2002.3.18/R
「エシュロン」 産経新聞特別取材班・著 角川ONEテーマ21
★★★
近年「エシュロン」の名は時折マスコミにも取り上げられるようになり、一般の人々にも「大規模に盗聴を行う、得体の知れない薄気味悪い存在」として徐々に広まってきている。NSAと呼ばれるアメリカの情報機関が、世界中の電話・FAX・電子メールを傍受し、その中に「テロ」など危険なキーワードがあれば自動的にシステムに引っかかる様になっている、というのがエシュロンに関する平均的な知識だろう。得体が知れないだけに尚更恐怖心が高まるエシュロン。本書は、2001年春に産経新聞朝刊が掲載したエシュロンに関する特集をベースに、機密の厚いベールに阻まれたエシュロンの実態に迫っている。
本書によると、エシュロンの存在に関しアメリカ当局は肯定も否定もしないスタンスを取り続けているが、公開された過去の公文書によると、「エシュロン」という名のプロジェクトがアメリカ国家内に存在している事は確認されているらしい。また、様々な情報源からもたらされた情報によると、エシュロンは衛星を経由する通信を傍受・解析する事は可能だが、ケーブルを利用する国内通信まで全て傍受する能力は無いとの事。近所の友達と電話で話している内容がエシュロンに補足される事を心配する必要はなさそうだ。ただインターネットは違う。ネットの世界に国境は無く、アメリカ以外の国の間で取り交わされる電子メールであっても、一旦アメリカを経由する事は多い。例えば、日本から欧州へ出すメールは、ほとんどの場合アメリカ経由で送信される。アメリカに入った時点でエシュロンの網にかかる可能性は高いだろう。
エシュロンに対する風当たりは特にEUで強いようだ。特に、アメリカ政府がエシュロンで得た情報を自国企業に提供し、ビジネス上の目的で使用している疑惑に対しては、EUは非常に高い関心と強い懸念を抱いている。情報活動で得た情報をビジネス用途に利用する事をアメリカ政府は全面否定しているが、そんな事をいかなる場合にも肯定するはずはない。
機密のベールに包まれたエシュロンの実態をほんの少し垣間見せてくれる一冊。エシュロンそのものの技術的情報などには触れられていないのは残念だが(入手困難か)、今の段階で明らかになっている情報を分かりやすく解説している。エシュロンを取り巻く欧米各国の諜報戦略など、幅広い知識が得られる。「あなたの電話はすべて盗聴されている!」等というセンセーショナルな報道に惑わされる事なく、現時点で分かっている事から徐々に理解していき、エシュロンの何が驚異なのか、自分なりに考えていきたいものだ。▲2002.3.10/RT
「潜水艦諜報戦 (上/下)」
S・ソンタグ他共著 新潮OH文庫 ★★★
冷戦下の米ソが繰り広げていた海面下の戦い、それが潜水艦諜報戦であった。時に相手国の領海内に侵入してまで行われたこの戦いで、男たちは、数ヶ月にわたり陽光を目にすることもなく、また厳しい無線封止の中で地上に連絡を取る事も許されず、黙々と任務に耐えていた。敵国の潜水艦が発するスクリュー音にじっと耳を傾け、相手国の海底通信ケーブルを盗聴し、またある時は、事故で沈没した敵国潜水艦を引き上げる任務まで果たした。そんな彼らの戦いを克明に記したノンフィクション。
冷戦下の北洋海域において、米ソの潜水艦はしばしば沈没事故を起こした。ある時は原子炉のトラブルで、またある時はバッテリーの製造不良により、潜水艦は沈没の危機に瀕し、時に海底へと消えていった。潜水艦は、ある一定の深度を超えて沈み続けると、設計上の限界を超える水圧を受ける事により「圧壊」と呼ばれる悲劇的な最期を迎える。まず鋼鉄の隔壁が瞬間的に押しつぶされ、次の瞬間船内にすさまじい高圧と高温が発生し、乗組員全員が即死するのだ。圧壊こそ、潜水艦乗りが最も恐れる最期であり、あらゆる異常時に彼らは圧壊という死の影を垣間見るのであろう。
圧壊の他にも、酸素切れによる窒息など、水中という死の世界に生きる彼らを襲う危険要因は多い。ソ連戦艦に見つかり、爆弾を雨あられと落とされながら逃げ惑ったある潜水艦は、地上にシュノーケルを伸ばして酸素を取り入れる事が長時間にわたり出来ず、船内は酸欠状態となり、船員達は割れるような頭痛と死の恐怖に苛まれた。酸欠死の恐怖からなんとか逃れた乗組員達がその後吸った空気の美味さは、想像に難くない。
これまでなかなか表に出てこなかった潜水艦スパイの実情をリアルに記した一冊。米国側の情報を基に記された本であるが、ソ連の側から見た潜水艦諜報戦の姿も巻末で紹介されており、これまた興味深い。▲2001.12.17/RT
「秘密のファイル
CIAの対日工作(上/下)」
春名幹男・著 共同通信社 ★★★
米国中央情報局・CIAといえば、世界各地でのスパイ活動や秘密工作が数々の書物で取り上げられ、また多くの映画・小説に題材を提供してきた組織である。これまでCIAの活動の実態は、世界で最も高度な機密のベールに包まれて窺い知る事さえ出来なかったが、近年進んでいる米国政府の情報公開によって、そのベールは急速に剥がされてきた。CIAの活動が日本に対しても活発に行われていた事実も、それを指し示す膨大な証拠と共に、多くの研究者の目前に現れたのである。これまで機密の壁に閉ざされ、また、数々の噂話が流布されてきた、CIAの日本政府に対する関わりを、本書は膨大な公開資料と関係者の証言で明らかにする。
まず触れられるのが、戦時中在米日系人を使用して大規模に行われた対日諜報活動。日本兵の戦意喪失を狙ったビラ撒きだけでなく、実際に日本軍に潜入したり、捕虜を装って内部情報を盗み出すスパイ活動も活発に行われていたという。その後終戦を迎え、GHQが主体になって実施された日本占領においても、CIAは多くの活動を行ってきた。日本人を親米化するための文化面での活動に始まり、戦犯の中で「使えそう」な人物を釈放してアメリカの協力者にしたり、政治家の思想・信条などを調査して「望ましい人物」を政府首脳に据えるよう動いたりもしていた。そのような動きはサンフランシスコ講和条約後も継続し、日本が独立国となった後も、与党に対する選挙資金支援や、反対勢力への選挙妨害、また対共産圏貿易拡大を阻止する工作などを非公式に続けていたという。これらの背景には、日本の左傾化を極度に警戒するアメリカ政府の意図があり、また、当時日本で急速に進んでいたマスコミや学生の左傾化や、ソ連・中国が水面下で進めていた日本左派勢力への資金援助といった社会情勢も、CIAの活動を活発にさせていたのだ。
CIAがこれほどまでに日本の政治権力構造を調べ尽くし、アメリカの外交方針に役立てていたとは驚きだ。本書は日本の政治家の実名を多く挙げて、CIAやアメリカ政府との公式・非公式の接触を明らかにしているが、出典がアメリカのナショナル・アーカイブス所蔵の公文書であるだけに、これまでになく生々しい。もちろんこれら公文書の内容が全て正しい訳ではないだろうし、当時のCIAの意図も加味して読み解く必要があるだろう。だがそれでも本書は、関係者の証言に頼る部分が大きかったこれまでの日本戦後史研究に別の側面から光を当て、その結果浮かび上がってくる「像」をよりリアルに見せる。
本書でも指摘されている事だが、政治の意思決定の場において「情報」が担う役割は、日本の場合かなり小さいと言われる。政府に情報が無いから政治家が情報を活用出来ないのか、それとも、政治家が情報を求めていないから政府も情報を集めようとしないのか。ニワトリとタマゴの話の様だが、残念ながら後者が現実なのではないかと思う。事実に基づいた判断を下す事は、なにも政治家だけに求められる事ではない。「実態」を知る努力を忘れない事を、私も改めて肝に銘じたい。
インテリジェンスの側面から「強いアメリカ」の根源を知ることが出来る一冊である。彼らの全てを見習う必要はないが、戦略的な動き方として参考になる部分は大きい。▲2001.11.19/RT
「地名の世界地図」 21世紀研究会・編 文春新書
★★★★
花の都パリ。この「パリ」という名前は、紀元前3世紀ごろセーヌ川のシテ島に拠点を置いていた「パリシィ族」というケルト系部族に由来している。「パリシィ」というのは「乱暴者・田舎者」という意味だったというのだから、今のイメージからは程遠い。また、エジプトの「ナイル川」というのは、定冠詞にあたる「ナ」と、川を意味する「イル」から成り立っており、直訳すると「The River、川」である。さらに、ベトナム北部の沖合いに「トンキン湾」というのがあるが、これを漢字で書くと「東京湾」になる。これはベトナムの首都・ハノイの古称「東京(トンチン)」に由来する。(本書より抜粋)
本書にはこういう話が大量に詰まっている。世界各地の地名や国名が生まれた経緯を、歴史的・地理的側面から解説している。膨大な数の地名を扱っているが、その説明は簡にして要を得ており、読みやすい。「地名事典」としても使えるよう、巻末にはしっかりした索引もある。まずは読み物として楽しみ、後日調べものをするときには索引を用いて「事典」として使える。
なかなかの好企画。編者「21世紀研究会」に関しては「歴史学、文化人類学、考古学、宗教学、生活文化史学の研究者九人が集まって」設立された「国際文化研究の会」とのみ記されており、具体的な氏名・所属等は一切明かされていない。恐らく大学の若手研究者ではないかと想像するが、特定分野の知識に偏らない解説がよい。
この種の共同執筆本の出来はかなりの部分で編集者の手腕にかかっているが、本書の場合、章の組み立てが良く、大変読みやすい。地域で章分けするという「ありがちな」パターンではなく、地中海文明、ゲルマン民族の大移動、大航海時代など、地名の成り立ちに関わる文化的イベントで分けた構成は、本書に大きな「流れ」を与えている。この種の本は、下手をすると、単なる知識の羅列からなる「雑学本」になりかねないだけに、本書を紹介するにあたっては編集者の貢献も触れておきたいと思う。おすすめの一冊。これで約800円というのは本当に安い。▲2001.11.5/RT
「タリバン」 アハメド・ラシッド著 講談社 ★★★★
9月11日に「あの事件」が起き、時を置かずして「タリバン」がブッシュ米大統領により「有罪宣告」されるまで、タリバンに対する一般的な認識は、「イスラム原理主義集団」「バーミヤン遺跡の破壊」「女性の教育を否定する集団」という程度に留まっていたと言えるだろう。また「あの事件」以降も、マスコミの報道は「『善』北部同盟V.S.『悪』タリバン」という単純かつ一面的な構図に偏りがちで、どうしてタリバンが生まれ、人々の支持を集めたのかにまで踏み込んだルポはなかなか見られない。そこで脚光を浴びているのが本書である。
タリバンの生い立ちや、北部同盟との関係、そして、対ソ戦争当時CIAがタリバンに施した軍事支援などに関する記述は、今回の事件の背景を理解するに十分な質と量である。ただ、アフガニスタンを巡るアメリカをはじめとする列強の動きを真に理解するためには、第11章以降で扱われる、中央アジアの未開発原油を巡る「新たなグレート・ゲーム」に関する部分が非常に参考になると思う。国は利によって動く、というのは国際政治においては常識であるが、現在「タリバン打倒」を目指して戦っているアメリカが、6年程前まではアフガニスタンにおける安定政権の作り手としてタリバンを非公式ながら支援し、中央アジア産原油の輸送ルートとして活用しようとしていたという事は、日頃のテレビ報道では伝わってこない。
航空機や炭疽菌テロは憎んでも憎みきれない卑劣な行為である。ただ、単に憎むだけでなく、タリバンの本当の姿、そしてアフガニスタンや中央アジア・中東を巡るアメリカを中心とする他国の動き方もしっかり理解し、その上で、いや、その流れの一環として、今回のアメリカによる軍事報復を捉えないと、全体が見えてこない。全体が見えてくると、今回の事件に対する各国の反応にも合点が行くし、今後の展開も予測できるようになる。(ちなみに私は、今後北部同盟がタリバンの対立軸としてアメリカの後ろ盾で強化された場合、同じシーア派であるイランの動きが一つのキーポイントとなると踏んでいる)
今回の事件を本当の意味で理解するためには必読の書。6月に本書を読んでおいたおかげで、今回の事件に対する私の理解は相当に深まった。報復攻撃の賛否を超えて、是非読んでいただきたい一冊。▲2001.10.22/RT
「マネー・ロンダリング 不正資金合法化のトリック」
ジェフリー・ロビンソン著 三田出版会 ★★★
マネーロンダリングとは、麻薬取引などで不正に得た資金の出所を隠して正当な資金とする行為である。
海外送金や動産・不動産の転売を繰り返すことで、その「汚れた」資金は出所がわからなくなり、犯罪捜査から辿られる心配の無い「きれいな」資金となるのだ。つまり、犯罪者にとってマネーロンダリングは犯罪行為から「利益」を得る上で不可欠の存在であり、捜査機関にとってはマネーロンダリングを封じる事が犯罪者の「利益」を封じることになり、ひいては犯罪防止に繋がるのである。
本書では、麻薬取引を中心にしたマネーロンダリングの事例をもとに、その巧妙な手口を分かりやすく紹介する。
いろんな手口があるが基本は「一挙に多額の現金を預けない」「銀行に対する規制が緩やかな国を使う」「カネの流れを裏付ける書類を用意する」といったところだろう。
この手の話では必ず登場するスイスの銀行に関しても1章を用いて触れられているが、かの有名な秘密口座(B書式口座)の制度は1992年に廃止され、今日では公然に秘密口座を開設する事は出来ないらしい。ただそこは資本主義の社会。多額の預金であれば非公然に秘密口座を持つことは可能とのこと。また口座開設時に弁護士が代理人となれば、銀行の守秘義務と弁護士の守秘義務の二重の壁に守られて非常に高くなる。
小説などでしか垣間見ることができないマネーロンダリングの世界だが、実際非常に巧妙に仕掛けられているようだ。
特に私は貿易の世界で生きているので実感を伴って読めた。面白い。
因みに、日本の銀行で口座を開設するときに身分証明書を提示させられるのは、マネーロンダリングに使用する仮名口座を防止するためである。(▲00.4.16/RT)
「台湾の選択」
中国と日本という大国に挟まれ、冷戦構造の下では国際政治の動きに運命を左右されながらも、豊富な外貨準備高と順調な経済を誇る台湾。本書は、今日の台湾が築き上げられるに至る道筋を、政治・経済両面から、日本統治時代に遡って解説している。
第二章「台湾経済の不思議」が特に面白かった。周知のとおり台湾は巨額の貿易黒字を蓄積し、90年代後半のアジア通貨危機においてもほとんどその影響を受けなかった。それほど大規模な成熟した産業を持つでもない台湾が、なぜこのような発展を遂げてきたのか、私は以前から不思議に思っていたのだが、その疑問は私だけのものではなかったらしく、この章はそのような「不思議」に全篇で答えている。
その第二章によると、台湾は韓国と異なり、自前の研究開発や大規模な産業構築に力を投じず、「国際経済、あるいは国際分業のなかで、狭いスペースを見つけて、うまく生き残ってきた」というのだ。具体的には、日米の大企業が対応できない少量生産に対応したり、東南アジア諸国低コストの部品調達で競争力を持たせてきたのだ。また揺れ動く国際政治の中で、輸出先を柔軟にシフトさせている事も台湾の強みだという。中国が対外開放政策を進め、米国との関係を改善させると、台湾の対米貿易がは余波を受けて減少してしまうが、その場合には台湾は中国本土に対する輸出を増やすというのだ。要するに台湾経済は逞しくてフレキシブルだ、という事になるのだろうが、本書は同時にまた、その動機として、台湾がIMF未加入であり、経済面の苦境に備えて常に自己資金(貿易黒字)を蓄えておかなければならない特殊事情も指摘している。(韓国がIMFから巨額融資を受けた事は記憶に新しい)
周辺諸国と微妙な関係を保ちながら、経済面では成功を収めてきた台湾。冷戦構造が台湾を作り出したとも言われる中で、冷戦が終結した今、台湾は現在の繁栄を如何に維持していけばいいのか。そのヒントが本書には数多く詰まっている。幅広い内容を読みやすく、しかし核心を突いて書き記した本書は、台湾だけでなく、韓国や香港、そして東アジア経済全般に興味をもつ人々にとって大いに参考になるであろう。▲2000.4.29/RT
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」
ハインリヒ・ハラー著
角川文庫 ★★★
福田宏年の訳による本書は以前から読むきっかけを逃してきたが、先日書店で文庫化されている事に気づき、ついに読むに至った。
第二次大戦末期に英領インドの捕虜収容所から脱出したドイツ人登山家、ハインリッヒ・ハラーとその仲間が、イギリス側の追っ手や盗賊達、そして何よりも極限の自然環境を克服して禁断の地・チベットを目指すまでの登山記が前半を占めている。そして後半では、彼らがチベットの首都・ラサで送る数年間の生活を通じ、共産中国に占領される前のチベットの人々の生活を生き生きと描写する。
クライマックスとも言える「生き仏」ダライ・ラマ13世との交流に関しては多くの紙幅を割いているが、そこには、著者がチベット侵入当時に味わった「招かれざる客」としての扱いとの対比に著者自身が感じ入っている様が溢れ出ている。もっとも、この様な待遇を受けるに至ったのには、彼らの人間性も然る事ながら、当時十代の青年だったダライ・ラマの見知らぬ西洋社会への好奇心と憧憬が根底にあった事は想像に難くない。聡明で先取の気質に富むにも関わらずこの少年は、幼少の時分から「生き仏」として世間との接触を断たれ、幽閉同然の生活を続けていた。彼が多感な思春期にハラーと邂逅し多くの刺激を受けた事は、のちに彼が国際社会において宗教・宗派を超えた幅広い活動を行っている事の、大きな礎になったものと想像する。
中国によるチベット占領と、古都ラサに対する蹂躪は厳しく断ぜられるべき行為といえるが、現在の国際社会においてチベット問題がそれ程クローズアップされていない事は残念といわざるを得ない。大陸奥地の小国(面積的には決して小さくないが)を巡る紛争は、国際社会が介入するには余りにも利権が少なすぎるのであろうか。中国政府はこの問題については常に「内政不干渉の原則」を盾に人権侵害等の抗議を突っぱね続けるが、漢民族との対比においてチベットが有する民族的・宗教的独自性を考えると、チベットに対する中国の一連の政策は決して「内政」とは言えないのでは?との思いを抱かずにはいられない。▲99.9.27/RT
「世界の危険・紛争地帯 体験ガイド」 ロバート・ヤング・ペルトン著 講談社 ★★★★
いくら今の日本が貧乏旅行ブームだといっても、本書が紹介する「銃弾が飛び交い、死臭漂う」キナ臭い地域を好き好んで旅する若者はそうそういないだろう。「パキスタンとアフガニスタンを結ぶ極めて危険なカイバル峠の越え方」や「クルド人支配地域で病気になった時の対処法」、それにシエラレオネのダイヤモンド鉱山に出没する密輸者には厳重注意要だという情報は、ある意味実用性には乏しい。しかし、それが最高に面白い。750ページにわたる分厚い本だが、購入後一ヶ月弱で何度も読み返してしまった。絶対に行けない地域の絶対に体験出来ない極限状態を疑似体験させてくれる。冒険心をくすぐる死の香り、それが本書の醍醐味だろう。テレビドラマの「冒険野郎マクガイバー」をワクワクしながら見ていたご同輩には特にお勧めしたい。一ヶ月はハマル事うけあいである。
なお、私はこの本に書かれている膨大な情報の真偽を見極めるだけの情報網を世界の紛争危険地帯に有していない(実際それが可能なのはCNNぐらいかも知れないが)。本書を本来の目的通り「旅行ガイド」として使用しようと考えている人は、それ相当の覚悟と「自己責任の原則」をもう一度認識しておいた方が良いだろう。出発後に内容の相違を見つけたとしても、アフリカの奥地で自分の入る墓穴をシャベルで掘らされながら出版元を訴える事は出来ないのだから.....▲99.6.10/RT
「戦争学」 松村劭 著 文春新書 ★★★
「存して亡を忘れず、治にいて乱を忘れず」というのは中国古典「易経」の一節だが、本書の冒頭ではこの一節が紹介され、戦争を繰り返したくないのであれば、むやみに戦争を忌み嫌うのではなく寧ろその本質を学ばなければならない、という本書の基本姿勢がまず協調されている。
紀元前の地中海で繰り広げられた有名な「サラミスの海戦」から、モンゴルのヨーロッパ遠征、ナポレオン時代から第一次・第二次大戦(太平洋戦争)に至る戦争の歴史の中で、決め手となった会戦の「戦闘教義」(基本戦略)を詳述。戦いで勝敗の決め手になるのは、戦力の大小では決してなく、「適切な戦闘教義」を「適切な陣容の軍隊」に「適用なタイミング」で適用した指揮者である事がこれら戦史から浮かび上がってくる。著者の引用した「狼に指揮された羊の大群は、羊に指揮された狼の大群に勝る」という一節は極めて示唆に富むと言えよう。
翻って今の日本を考えてみると、戦後の平和主義教育の中で、一般市民が「戦争」に関して科学的に研究する機会は殆ど皆無になっている。反面、冷戦が終結したといってもまだ各国は日本に大きな被害をもたらし得る兵器を多く所有しており、攻撃を行う「動機」は少なくなったとは言え、世界各国が懐に匕首を潜めているのも事実である。自衛隊の増強論など最近きな臭い話題も多いが、その様な物質面の安全保障の拡大を主張する前に、戦後50年経った今、今後日本に外国の牙が向けられた時に「我々は何をどうやって守るのか」に関し、平和的に議論を深める必要があると強く感じた。その議論の結果に応じて、自衛隊や在日米軍とどう向き合っていくのか、論を深めていくべきだろう。 本書にそのような将来像への答えはない。いや、それは本書の役割ではないのかも知れない。「考えたくない事を考える。」本書はその大きなきっかけになるものと信じる。▲99.2.8/RT
「同盟を考える」 船橋洋一 著 岩波新書<新赤版> ★★★★
タイトルも内容も文調も岩波新書らしく硬いのだが、何故かこの本の内容には「人間臭さ」を感じた。無味乾燥な国際関係も所詮は「人と人との関係」なんだな、と言うのが恐らく本書の代表的読後感ではないだろうか。フランスとドイツは現在歴史上最も密接な関係にあるが、最近急激に力を付けてきたドイツを戦勝国=フランスは内心「面白くない」。フランス首脳の政治的動きを観察するとその根底には、ロシアやアメリカに対して積極的に行われるドイツ外交に対して感じるフランスの憤りがある。フランスにしてみるとドイツの行動には「フランスへの事前の挨拶が無い」のである......
唯一の超大国・アメリカに「気に入られよう」と競い合う国々、日本・アメリカ・中国・北朝鮮の間で揺れ動く韓国の戦略、アジアに接近しようとするオーストラリアに対して過去の「白豪主義」を忘れないASEAN諸国。非常に読みやすく解説された各地の国際関係には「三角関係」あり「浮気」ありでなかなか面白い。また筆者の「日米同盟は非常に貴重なASSETである」という考え方は、まあ色々と議論はあるけれども私の考えにはマッチしている。 オススメの一冊・価値ある640円。▲99.1.24/RT