16.ヴェルディ:歌劇「椿姫」


 某焼酎の宣伝で、城の天守閣をバックに大勢の武士や農民が大合唱する、というのがあった。ここで使われていたのが「乾杯の歌」で、「椿姫」の中でもっとも有名な一曲。
 この歌をずいぶん以前から好きだったから、一度「椿姫」の実演に行ってみたいと思っていた。

 機会がやってきたのは、2000年の春。藤原歌劇団の公演で、主役をマリエッラ・デヴィーアが歌うというものだった。

 例によって、数日前からCDを念入りに聴いて予習し、当日は早めに席に着く。ヴァイオリンが「ああ、そは彼の人か」を奏でている。

 やがて開演、前奏曲の間に、薄い水色の幕の向こうで、女性がよろめき倒れるシーンがプロローグとして演じられている。ああ、これは最後の場面、ヴィオレッタが亡くなるところなのか。

 初めて生で聴いた「乾杯の歌」は、思っていたよりずっと生気にあふれた歌だった(藤原歌劇団の合唱には定評がある、というのも頷ける)。宴会の楽しさが伝わってくるし、アルフレートとヴィオレッタが良いカップルになりそうな予感が早くもする。そして、宴の後の空虚感をも織り込んだヴィオレッタのアリア。

 …こうして舞台が進み、第三幕のフィナーレ。アルフレートと再会したヴィオレッタが、一瞬生気を取り戻し立ち上がるが、病魔には勝てず、よろめく…。プロローグのように崩れ落ち倒れ伏してしまうのか、と思った瞬間、彼女は空に手を差し伸べ、晴れやかな表情で、立ったまま息を引き取ったのだ。そう、「苦しさが消えた! 私は生きるのよ!」という最後の言葉そのままに。彼女の死は、すべての終わりではない

 はじめての感動だった。いまでも、そのシーンを思い出すと涙が出そうになる。「楽しい」ことを覚え出したオペラの、「別な力」を思い知らされた一晩だった。

 CDでは、あまりに月並だが、カルロス・クライバーが指揮した盤を一番よく聴く。ビデオも何種類かあるが、あの晩を思い出すとどうしても違和感を感じてしまうから、眼を閉じて音を楽しむのが、僕の「椿姫」の楽しみ方である。

2002.10.8

ヴェルディ
歌劇「椿姫」全曲

Deutsche Grammophon 469 039-2(CD/輸入盤)
イレーナ・コトルバス(ヴィオレッタ)
プラシド・ドミンゴ(アルフレード)
シェリル・ミルンズ(ジョルジュ)

カルロス・クライバー指揮
バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
(1976〜77年スタジオ収録)