第5話  小人の詩詠いと現実

 いつの時も悪夢は

破裂しそうな心臓の鼓動と

果てしない疲労感と共に

目覚める

 りょうは意識を取り戻し、辺りを見回した。そこは、それほど広くない部屋だった。左手の先は白いついたてが立っており、あまり腕を伸ばす事が出来なかった。壁は全て真っ白に塗られていて装飾は何も無かった。右手の先はすぐ窓になっていて、外をすぐ確認する事ができた。外の様子は裏通りに面しているようだった。それほど広く無い道とその先の民家が見えた。そしてりょう自身もこの建物の1階にいるということは分かった。

 消毒薬の匂いがつんとした。とても涼しい部屋だった。冷房が効いているのだろう。りょうは自分の学校の保健室で時々授業をさぼって居眠りをした事を思い出した。ここはその雰囲気に良く似ていた。

 りょうは身体を起こし、少しあちこちを動かしてみた。特にどこにも痛みは無い。頭痛や吐き気なども無い。りょうは自分が気を失う前の事を覚えていた。多分、ここは病院なのだろう。りょうはそう感じた。そして誰かが(恐らくえるが)、この病院へ連れてきたのだろうと判断した。喫茶店で急に倒れたのだ。きっと大騒ぎになっていただろう。それにえる一人でここへ運べる訳が無い。救急車か何かが出動したかもしれない。りょうはその時の事を色々と思い巡らせてみた。しかし、ここは静かだ。その時がどうだったのか微塵も感じられない。

(今、何時なんだろう)

 腕を見たが、時計は外されていた。診察をする時かここへ寝かされる時にでも外されたのだろうか。尻のポケットを探ると、財布も無かった。

 りょうは時間が気になった。部屋を見回したがどこにも時計は見つからなかった。仕方なく外の様子から判断する事にした。まだ日は上がっていたが、日ざしの加減から夕方になっているだろうことは予測できた。恐らくりょうの眠っていた時間は2、3時間といったところが妥当だろうか。

 りょうはじっと外の様子を注目した。人通りは全く無かった。蝉の声がガラス越しに聞こえてくるが、それ以外は全く静かな感じだった。目に見える町の雰囲気からまだ日向丘にいるような気がした。

 りょうが外の様子を注視していると、窓の下の木の植え込みのあたりから声が聞こえてきた。それは人に話し掛けているというよりも詩か何かを詠っているような感じだった。

月の光を浴びて

眠っている友よ

目覚めたまえ

魔法使いが振りまく

星屑の光に

土の中の旧知の者が

救いを求める

おお、友よ

目覚めたまえ

死者のために祈りたまえ

 りょうはそっと窓を開け、外へ顔を覗かせた。生暖かい空気の容器に顔を突っ込ませているような気がした。

 詩はまだ続いている。声は窓のちょうど下から聞こえてきていた。りょうは窓の下を見下ろした。そこには三角帽を被り、紫色をしたぶかぶかの服をまとった小人が気持ちを込めて詩を吟じていた。身長は50センチもあるかないかという大きさだった。小人はその奇抜な格好と容姿に臆する事無く、大きな声で悠々と詠っていた。

(まだ夢の続きを見ているのだろうか)

 りょうはまっ先にそう思った。思い付くまま、手の甲をつねってみた。痛かった。その他窓の縁を軽く殴ってみたりして、痛みを感じ、現実感を確かめてみた。

(どうも夢では無いようだ)

 幸か不幸か通りには人影は無かった。小人の存在を確認するには自分の目以外に術は無かった。

 りょうの妙な動きに小人は気付き、詠うのをやめた。そしてりょうに話し掛けてきた。

「もしもし、あなた。」

 小人の顔は気味悪い程白かった。おそらく何かを顔に塗っているのだろうと思われたが、確認は出来なかった。年令も若いのか年を取っているのか良く分からない。声は多少しわがれていた。

 小人は少し息苦しそうにりょうの方を見上げていた。そしてりょうの返答を待っているようだった。

「な、何か?」

 りょうは恐る恐る小さな声で答えた。

「あなた、ネロと言う猫を知っていますか。」

 小人はりょうが答えた事に安堵したのか、微かな笑みを浮かべながらそう訊ねた。しかし、その質問はりょうにとっては唐突なものだった。

「いいえ、、、」不安な気持ちを抱きながらそう答えた。

「では、如月さやかを知っていますか。」

「いいえ、、、」

「そうですか、、、」

 小人はため息をついた。しかし表情には変化は無かったので、それががっかりした事によるものなのかは分からなかった。

「それが何か?」

 りょうは気になって訊ねた。

「その二人はいずれも心が離れてしまった者達なんです。、、、そしてあなたも、、、」

「心が?」胸のどこかがちくりと痛むような感じがした。夢の中の出来事がリアルに思い返されてきた。「その者達って言うのは箱か何か開けちゃったという事?」

「箱?」小人はびっくりしたような顔をした。りょうが箱について何かを知っている事を予知していなかったように思われた。「箱、、、箱ねえ、、、」言葉を濁したまま、小人は箱についてはそれ以上触れなかった。小人は思い出したように話を次に移した。

「私は如月さやかという人に渡したいものがあるんです。」

 そう言うと、小人はぶかぶかの洋服のどこにあるか良く分からないポケットをまさぐり、一束のカードを取り出し、躊躇無くりょうに手渡した。りょうも迷いながらもそれを受け取った。それは裏面が黒く、表面にアルファベットが書かれたカードだった。りょうはそのカードを表裏交互に見比べてみたが、それがどんなカードなのか全く理解出来なかった。

「それは如月さやかが無くしたカードです。私はとある空間でそれを見つけました。彼女がなぜそれを失したのかは、私にはわかりません。しかし、恐らく彼女はそれを必要としているでしょう。それは彼女の心を再び1つにするために大きな力となり得るからです。」

 小人は自信ありげにそう語った。しかし、りょうには小人が期待している事が理解できなかった。

「それで?」

「私はそれを如月さやかに返したい。そしてあなたにそれを頼みたい。私はそのためにあなたが目覚めるのをこの窓の下で待っていた。」

 小人の表情には何の臆面も無かった。りょうにとってその台詞は小人の都合の良すぎる話に聞こえた。

「そのカードがその人にどれだけ大切なものか知らないけど、僕にどうしろって言うんだ。僕はその人の事を知らない。渡せって言われても僕にはどうして良いのか分からない。」

「あなたは、あおいみずきを知っているしょう?これは間違い無く知っている、、、」

「確かに、、、その人はえるのお兄さんだ。知っている。、、、しかし、会った事は無いので顔は知らない。」

「あなたは、彼の妹と付き合っているのでしょう。妹に頼みなさい。妹に頼めば、兄に会う事など容易い事でしょう。」

「、、、、」

 りょうは手にしているカードをじっと見つめた。黒く輝くそのカードも、りょうの事をじっと見つめているような気がした。

「僕がなぜそれをしなくてはならないのか、、、第一、あなたは何者なんだ。」

「私は意識の流れを見守るもの。そしてあなたへの依頼は、あなたがすべき必然の流れの結果です。あなたが、そんなに心配する事はありません。運命は流れる方向に流れます。流れに逆らわない事です。それから如月さやかに出会える事は、あなたにとってとてもプラスになる事なのです。あなたの心を1つにするためにも、、、彼女はあなたの行く道を予測する事が出来るでしょう。それがあなたの流れなのです。そしていよいよという時、それがどう言う時か私には分かりません。何かに行き詰まった時なのか最大の危機を迎えた時なのか、、、とにかく、その時にそのカードの一番下にあるカードを、その意味が理解できる、そして信頼できる人に見せなさい。そのカードは他のカードとは違うものです。如月さやかには関係ありません。」

 小人はりょうを励ますようにそう言った。

 りょうはカードの束の一番底にあるものを一枚めくってみた。それは真っ白い名刺のようなデザインで確かに他のカードとは一見して異なるのが分った。左上の方に丸い輪のデザインが施されており、その下に「CIRCULARS」と書かれている。その他にも文字のようなものがあったがどこの国のものか分からなかった。

 突然、扉の開く音がした。

 りょうはとっさの事に考える間もなく、反射的に手にしていたカードをポケットにしまった。

 一瞬間を置いて、つい立ての向こうからそっと顔を覗かせたのは、えるだった。えるはりょうがきょとんとした顔をしてベッドの上で座り、えるの事を見ているのを見て、安堵の笑みを浮かべながらりょうに近づいてきた。

「やだあ、起きてたの?大丈夫?心配しちゃったじゃない。」

「ご免、、、でも、もう大丈夫だよ。気分は良いんだ。」

 りょうはえるの前でわざと大袈裟に身体を動かして見せた。

「そう、良かった。でも大変だったのよ。急にバタンて倒れちゃうから。お店の人に手伝ってもらって、近所の個人でやってるお医者さんの所へ連れてきてもらったの。でも、お医者さんは何にも異常は無いって言ってたわ。今日は暑かったからのぼせたんじゃないって。」

 えるは笑いながらそう言った。

「本当にご免、、、」

 りょうは頭を掻きながら再度謝った。

「ううん、とにかくいいの。りょう君も何でも無かった事だし。でも体調良さそうだったら、そろそろここを出ない?もうじき暗くなるし、、、」

「そうだね。僕は大丈夫だよ。」

「そう、じゃあ私、看護婦さんを呼んでくるわ。」

 えるはそう言うと、小走りに部屋の外へ出ていった。

 りょうはえるが部屋を出ていったのを確認すると、そっと窓の下に顔を向けた。小人はいつの間にかいなくなっていた。念のためポケットにあるカードをまさぐった。カードはポケットにしっかりと残っていた。

 りょうは窓をそっと締めた。

 暫くして、医者と看護婦を連れてえるが戻ってきた。

 りょうは医者からの幾つかの質問に答えながら、簡単な診察を受け、そして帰れる事になった。

 医者からの診断は『特に問題無し』だった。

「じゃあ、私、受付してくるから、ここで待ってて。」

 部屋を出たりょうは、えるにそう言われ待ち合い室で待つ事にした。えるの話では、今日の所は連絡先と名前を病院側に教えるだけで、後日、保険証等を持参の上、再来院しなくてはならないらしい。

 りょうはえるの姿を見ながら、待ち合い室にある横長でクッションが固めのソファに腰を下ろした。

 えるは受付のところで指定された用紙に色々と書き込みをしていた。

 りょうは視線を前に戻した。目の前には大きな鏡があり、ソファに座っているりょうの全身を写し出していた。

 りょうはじっと自分の姿を見つめていた。そこに写っている姿は顔形から服装にいたるまで全て自分の認識しているりょうと一致していた。

 鏡の中のりょうは笑っていた。

 しかし、、、

 それを見ているりょうは笑っていなかった。

「りょう君、終わったよ。帰ろう。」

 手続きの終えたえるに呼ばれて、りょうは立ち上がり、えるの元へ向かった。

 鏡の中のりょうを残して。

 

 

 

つづく

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