第14話  世界の狭間で見れるもの(その4)

「かくして彼女は葬り去られた自分の一部を取り戻す。間もなくりょうからカードを受け取る。それは彼女が以前に失ったカードだ。かつての持ち主に帰ったカードは力を大いに発揮する。彼女も慣れた手つきで運命の糸を手繰るだろう、、、」

 例のうさぎが現れ、みずきの横で呟いていた。何時の間に現れたのか、みずきは全く気付かなかった。うさぎは何食わぬ顔で立ち、鼻をひくひくと動かしながら真直ぐ正面を向いていた。みずきがウサギの方を向いてもうさぎは素知らぬ様子で呟き続けていた。うさぎにとってみずきはまるで目に見えない空気のような存在のに見えた。

「次はりょうだ。りょうは如何にして自己分裂するに到ったのか、、、」

「おい、」

 みずきが話し掛けようとしたが、それを全く無視して話し続けた。

「それは今からりょうによって語られる。りょうは自らを自らの外に明らかにし、失われた自分を取り戻そうとする。それは彼にとって決して容易いものではない。しかし、それを進めるりょうの行く先は厳しいものでもない。りょうは、さやかという力強い味方を得た。さやかの導きにより、りょうは自分を取り戻す。それはそれで問題はない。しかし、問題は他にある。りょうは多少の悩みを持っていたにせよ、決して過ぎたものでは無いということ。決してそこに自己分裂に到る要因は見い出せないということ。本人以外の力がそこには関わっているということ、、、」

 突然うさぎは走り出した。うさぎの走りは相変わらず軽快で薄暗闇の中を戸惑うことなく走り抜けていった。

 みずきは数十メートル程追いかけてみたが、みるみるうちに見失っていった。やがて突然現れた障害物に行く手を阻まれ、みずきは立ち止まった。

 その障害物とはりょうだった。りょうは悲しそうな顔でじっと正面を向き、黙って立っていた。りょうの視線の先にはみずきが立っていたが、全く気が付かぬ様子だった。みずきはりょうとは初対面であったが、ウサギの言葉から彼がりょうであることをすぐに察した。みずきもりょうに声をかけることはせず、じっとりょうのことを見つめていた。

「僕は自分に自信が無いのか、彼女を信頼出来ないのか、、、」

 りょうはみずきに聞こえるか聞こえないかと言うくらい小さな声で話し始めた。みずきはじっとりょうの顔を見ながら、彼の洩れ聞こえる言葉を何とか拾うようにして聞き取っていった。

「僕は彼女の言葉を聞くたびに自分が苦しくなる、自分が悲しくなる。なぜだろう。彼女は僕にとって大切な人のはずなのに、ずっと側にいて欲しい存在のはずなのに、なぜか彼女の言葉を聞くと苦しくなる。彼女を愛しているという気持ちと彼女が自分のもとから明日にでも去っていってしまうかもしれないという恐怖が僕の中で主導権を取りあっている。あわよくば独占しようとしあっている。僕にはそれらを調整することが出来ない。僕には手に負えないくらいそれは大きくなってしまっている。ぼくはそれらの戦いを端でじっと見ているだけ。なぜそうなってしまったのか、どうしてこうなる前に何かをしなかったのか、、、僕は知っている。しかしそれを意識して受け入れる勇気が無い、、僕にはその事実の奥にある本当の正体を知るのが怖い。いや怖くはないのかもしれない。単に知りたくないだけ。でも、、、僕は知っている。彼女の奥にいるものを。彼女の奥には僕自身が立っている。彼女の笑顔の奥で無表情の僕が見つめている。彼女の奥に隠れている僕はとても寂しそうにも見える。何の楽しみも無く、何の希望も無く、ただひたすら僕が傷つくことの無いように見張っている。僕が何を考え、どういう行動を起そうとしているのか測っている。僕が彼女の中にいる僕の存在を脅かさないように見張っている。何か危険な雰囲気があれば、その寂し気な、冷たい視線で僕を牽制する。おかげで僕は傷つかずにいる。いや、多少は傷ついているかも。深く傷つく手前で留まっているだけかも。僕は浅い傷が癒されることも無く、深い痛手を負わないというシールドで中途半端に匿われている、、、」

 彼女というのは、えるのことだろう。みずきはそう思った。りょうという少年はある意味とても正直で純粋なのだろう。自分の中のエゴの部分と葛藤している。

 - しかし、このくらいの葛藤は誰にでもあるはずだ。

「パンドラの箱」

 みずきの考えがりょうの心に反応したのか、りょうは今までと全く関係の無い言葉を発した。

「パンドラの箱?」

 思わずみずきも言葉を発してしまった。

 りょうには相変わらずみずきの存在を意識している気配は無かった。しかし、みずきのその問いかけには間を置く事無く反応した。

「そう、、、パンドラの箱。全ての災いを開放するもの。」 

 何時の間にかりょうは小さな木箱を両手で大事そうに持っていた。そして周辺にはみずきの分身と思われるものが数人現れた。

 年齢や背丈はまちまちだった。中には女性も立っていた。

「それはいったい、、、どこから?」

「全ては花屋が。」

「そう、、、花屋が。」

 木箱を持つりょうに合せるように後ろのもの達が次々とそう言った。

「花屋、、、」

 みずきにはその言葉から思い付くことは全く無かった。

 りょうはにこにこと笑みを浮かべながら手のうえで木箱を動かし、その彫り物の美しさに見とれているようだった。

「花屋がね、、、」

 りょうは急に視線を上げ、みずきの事を見つめた。今度は明らかにみずきの存在を意識しているようだった。りょうはみずきに向かって微笑んでいるようだったが、その顔の中心にある瞳は冷たい輝きを放っていた。非常に冷たい、鋭い視線だった。

 りょうに見つめられたみずきは背筋にぞくぞくと寒いものを感じた。

「花屋がね、、、この箱をくれたんだよ。僕にね、、、きれいだろ?」

 りょうはみずきから全く視線を逸らさずに一歩近寄ってきた。

「ほら、きれいだろ?」

 木箱をみずきの視線の位置まで差し上げながら、そう言った。その箱のデザインは確かに魅力的なものだった。しかし、ある意味で恐ろしく自分を圧倒させるものを感じた。

 りょうにその箱を鼻先に突き付けられ、みずきは一歩退きたかった。しかし、なぜか身体は金縛りにあったように前にも後ろにも動かすことが出来なかった。

「ほろ、良く見て。」

 りょうは更にみずきの顔に向けて箱を突き出した。今にもみずきの鼻は箱によって押しつぶされんばかりの距離になった。みずきは何とか頭を反らせ、箱から身を守った。

 りょうは一旦箱を自分の元に引き寄せた。そして大事そうに箱を真上から見下ろした。

 みずきは、ふーっと身体中の隙間から漏らすように空気を吐いた。一瞬身体の力が抜け、金縛りからも解放された。

 しかし間髪入れず、りょうはみずきの手を取ると、その箱をみずきに持たせた。

「素敵だろう。持ってみてよ。持って美しさを、重さを実感してよ。」

 りょうがそう言ったのは、みずきに箱を持たせた後だった。

 みずきを腹のあたりでその箱を持ち、真上からじっと見つめた。見た目よりも箱はずっと軽かった。

(中に何か入っているのだろうか)

 ふと、みずきはそう思った。中を見てみたい気がしてきた。

「中はまた素敵だよ。中も見てみてよ。」

 みずきの心を見透かすようにりょうはそう言った。

 みずきは顔を上げ、りょうのことを見た。 りょうはみずきを見ながら、意地悪い顔で笑っていた。しかし、なぜかみずきにはそのことは気にならなかった。

「箱を開けてみてよ。」

 りょうは更に催促した。それに応じるかのように、みずきは箱を開けてみる気になっていった。

(開けてみよう)

 

 どこかで女性の叫ぶ声が聞こえた。それは低く唸るような声だった。動物のうめき声のようにも聞こえた。

 一瞬みずきはその女性の声に関心を寄せた。みずきの母親の声のような気がしたからだ。

 しかし今のみずきのプライオリティーは箱を開けることが先になっていた。

 再び関心を箱の中に戻し、みずきは箱の蓋に手を掛けた。

 

つづく

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