第14話  世界の狭間で見れるもの(その2)

 

 

「おおい、待ってくれ。」

 みずきはうさぎを追い掛けた。しかしうさぎはぴょんぴょんと飛び跳ね、みずきの元からどんどんと逃げていく。暗闇に慣れているうさぎと余り慣れていないみずきでは自ずとスピードに違いがあった。覚束ない足取りのみずきとうさぎの差はみるみるうちに広がっていった。

「ここはうさぎの穴だ。道は幾らでも分かれている。その気になれば色々なものを見る事ができるさ。」

 それがうさぎの残した最後の言葉だった。それもほとんど聞こえるかどうか分からないくらい離れた所から聞こえていた。

「おおい、待ってくれ。」

 みずきはその声の方へ思いきりの声を張り上げて呼び掛けたが、それには何の反応も無かった。

 やがてみずきは1つの穴に足を踏み外し、その中へ落ちていった。

 みずきが次に訪れた場所は、四方を真っ黒なカーテンで覆った薄暗い部屋だった。部屋は細長い形をしており、赤と黒のタイルが交互に並ぶ床はみずきの足元からずっと数十メートル先まで伸び続けていた。その先には小さなステージがあり、その部分だけに小さなスポットライトが当てられていた。それがこの部屋全体の中で唯一の明かりであり、何とか周囲を確認できる源であった。

 ステージの上には一人の男がいた。男は身の丈1メートル程度しか無いような小人だった。年齢は定かではないがいい加減年をとっていそうな感じだった。

月の光を浴びて

眠っている友よ

目覚めたまえ

魔法使いが振りまく

星屑の光に

土の中の旧知の者が

救いを求める

おお、友よ

目覚めたまえ

死者のために祈りたまえ

 小人は歌を歌っていた。見た目とは裏腹に男の声はまるで少年あるいは少女といってもおかしくないくらい高く澄み切った声をしていた。青少年の声楽隊が歌うようなその声は、生暖かく淀んだこの部屋の空気の中を鋭く響き渡り、みずきの耳に届いていた。

 みずきはゆっくりと小人のもとへ歩きはじめた。みずきには小人の事が見えていても、スポットライトの真っ只中にいる小人にはみずきの存在は闇に紛れていて気づかれていないようだった。

 やがてゆっくりと黒い壁から浮き出るようにみずきがスポットライトの端に現れた。みずきはそこで一旦歩くのを止め、じっと小人の様子を伺った。紫色の衣装に三角型の帽子。それは高級な絹で織られたものであるかのように柔らかく輝きをもっていた。

 ふと、みずきの存在に気がついた小人は歌うのを止め、じっとみずきの事を見つめはじめた。小人に存在を気づかれたみずきは、再びゆっくりと小人の元へ歩き始めた。みずきは小人の元へ近寄りながら、このまま突き進めるような気がしていた。このまま歩き続けると小人は消えてしまうのではないかと。しかし小人の存在は残り、みずきは二人がぶつかる寸前の所で立ち止まった。

 みずきは、ほとんど真上から小人を見下ろした。近くで見る小人は1メートルも無かった。せいぜい五十センチか三十センチ。見れば見るほど小人は小さかった。小人は若干窮屈そうにみずきのことを見上げていた。

「あんたが、あおいみずき。かね?」

 突然みずきに対し小人は訊ねてきた。その言葉の中には、質問の内容には、、全く躊躇はなかった。小人の声は歌っている時とは異なり、皺枯れていた。

「そう。」

 みずきも即座にそう答えた。なぜ小人が自分のことを知っているのかというのは解せないことではあるが、今やこの世界においてみずきの驚きに値するものでは無かった。

「そうか、、、待っていたよ。それにしても、なぜ私が君のことを知っているのか不思議じゃないのか?驚いている様子は見受けられないが。」

「別に。そんな事はどうでもいいことだから。」

 みずきは無表情にそう答えた。

 小人はそれを聞くと「そうか。」と深く肯いた。

「それよりも、知っているのなら教えて欲しい。なぜ僕がここにいるのか。今までの僕の経験は何なのか。」

 みずきの声は今まで以上に穏やかのものだった。小人はにこにこと笑みを浮かべながら肯き続けた。

「まあ落ち着いてゆっくり話そう。そこに掛けてくれ。」

 何時の間にか二人の側に小さな丸椅子が用意されていた。みずきは促されるままにそこに腰掛けた。みずきに合せて小人も椅子に腰掛けた。ちょこんと飛び乗るように座ったが、足が下に届かず、ぶらぶらさせていた。

 突然周囲のカーテンがゆらゆらと揺れ始めた。そして遠くの方で女性の悲鳴が聞こえた。どこかで聞いたような声。  みずきは不安気に辺りを見渡した。

「さて、話は何だったかな。この世界についてのことだったかな。あんたの周りに今まで起こった出来事についてだったかな。」

 小人の声にみずきは顔を正面に戻した。

「両方だ。」

「そうか、両方だったな。しかし、それは知る事ではない。感じることなんだ。私からは何も知らせる事は出来ない。しかし言えることはある。あんたは、いや、あんた達は至るべき所へ到達しつつある。もうじき目の前のトラブルは解決するだろう。さやかが失ったカードはりょうに渡した。りょうはもうじきそれをさやかに渡すだろう。さやかはそれがあれば元に戻れる。戻れる道を辿れる。りょうも戻れる。戻れる道を辿れる。りょうにはえるの力も必要かもしれない。しかし問題は無いだろう。あんたが元の世界に戻る時には二人は元に戻っているはずだ。分裂した心は一つになっている。」

 小人の話は半ば分かるようで半ば更なる説明を必要とするものであった。しかし質問を入れる間合いも無く小人の話は続いた。

「しかしだ。問題なのは、なぜ彼らがそうなってしまったかと言うだ。なぜ分裂してしまったのかということ。例えば、さやか。彼女はもう一人の自分を墓場に見る。パンドラの箱。全てはそこから始まる。自分の中の何かを葬りたかったのか。彼女はなぜカードに運命を託すのか。彼女の生活の何かが彼女を今に至らせている。不思議なことの様にみえるのは、全て現実の何一つ不思議でないものと繋がっている。人は、なぜ恐ろしい夢を見る。何の経験も無い者が何に脅える。全ては現実に繋がっている。」

「、、、、」

 小人の言っていることは、更に意味不明なものになっていった。みずきはどう質問して良いのかすら分からなくなってきていた。

「大切なのは闇を知る事。葬り去った何かを、葬っている何かを知る事。光の元で見えるものは隠されていないものしか見えない。しかし見えない所にも真実はある。光を過信してはいけない。闇を遠ざけてはいけない。」

「あなたの言っていることは、良く分からない、、、」

 みずきは呟くようにそう言った。小人はうんうんと肯きながらも意味不明の話を続ける。

「知ろうとしてはいけない。感じなくては。何はともあれ、あんた達の目先の問題はもうじき解決する。しかし安心は出来ない。世界は破滅に向かっている。人は人を捨てようとしている。あんたの父親は光を絶対視している。闇を葬ることこそ重要と考えている。父親を信じてはいけない。そしてあんたの母親は闇に支配されている。父親の反動を受けているのかもしれない。このままでは母親は光の元に姿を見せることは無いだろう。それは心が分裂するよりも厄介なことだ。彼女は永久に悪夢とともに生きることになる。」

 突然部屋中に明かりが点されたかと思うと、音楽が流れ出した。音楽は聴いたことの無い曲だったがワルツのようだった。みずきが歩いてきたステージの下のフロアにはいつまにか現れた十数人の男女が手を取り合い踊り始めていた。さらにぎこちなく踊る彼らは人間ではなくマネキン人形であるとまもなく気がついた。それにしても人間と見まがうほどに良く出来たマネキン人形だった。

 みずきは暫くの間呆然とそれを見ていた。やがて小人がパチンと指を鳴らしすと、みずきは我に帰った。同時に今まで踊っていたマネキン人形も跡形も無く消え、音楽もならなくなった。

「これは、いったい、、、」

みずきの問いかけに小人は答えなかった。代わりに顎を前に突き出し、もう一度マネキンが踊っていたフロアを見るように促した。言われるままに再び見ると、そこにはさやかが立っていた。

「どうやら、りょうに会えたようだな。」

「えっ、、、」

 みずきはさやかと小人を交互に見た。みずきは自分が何をしたら良いか分からなかった。

「話をしてみるといい。そして何かを感じられれば、、、」

 小人の言葉を聞くとみずきはふらふらと立ち上がり、さやかの元へ歩いていった。

 

 

 

つづく

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