第14話 世界の狭間で見れるもの(その1)
世界の狭間で見れるもの
見たいわけでも無く
心地よいものでも無く
なのに勝手に現れて
自分が目をそらすまで
延々と流れ続けるもの
つまりは見たく無いものであり
出来る事なら永遠に見ないで済みたい
それはそういうもの
人の中にはそれを敢えて見たいと言う人もいる
単にそう言う趣味なのか
見なければ済まない心の過程があるのか
その時の気分なのか
とにかくそれを見る事で
心が癒される気になる人もいる
その刺激を感じ楽しむ人もいる
それはそういうもの
それを手に入れるために
あるいは
それを維持するために
それまでの世界を捨てる事もある
それを後悔する心は
そこには無い
それはそういうもの
みずきとうさぎは暗い世界の中で椅子に座ってぼんやりと壁に映し出される映像を眺めていた。
椅子は柔らかいクッションが良く効いていて、とても気持ちの良いものであった。みずきとうさぎとの距離はほんの1メートル程度。間には丸い小さなテーブルが置かれていて、その上には冷たい飲み物と思われるグラスが2つ置かれている。あたりは暗いため、ここが部屋なのかどうか確認できない。暗いと言っても二人の前一面にはぎっしりとディスプレイがありそこから途切れる事無く映像が流れ込んで来る。その映像の光のおかげで、みずきはうさぎの存在や二人の距離を確認することは出来るのであるが、それ以上の事はいくら目を凝らして周りを見ても確認できなかった。
うさぎは、みずきの存在など気付いていないかのようにグラスにある飲み物を口に運びながら目の前の映像をじっくりと見ていた。映像の動きに合わせた陰影がうさぎの顔の辺りで踊る。映像には音が無かった。故に映像そのものを見ない限り映像が示しているものは伝わってこない。
みずきは顔の向きを変え、映像を見る事にした。
目の前にあるディスプレイは百以上あるだろうか。その1つ1つが全く違う内容の映像を流している。
あるものは子供が銃を乱射している映像だった。襲われているのは同じ年の子供だった。襲われている子供達は事態を受け入れる事が出来ないと言う驚愕の顔と恐怖で怯える顔がほとんどだった。一方の攻撃側の子供は全くと言って良い程に表情は無かった。まるでアルバイトで依頼された庭への水撒きをしているかのように事務的に銃を乱射していた。銃が向いた方向に合わせて子供達は倒れていく。
あるものは数人の男にレイプされている女性の映像だった。薄暗闇の薮なのかで女性は懸命に抵抗を繰り返していた。その女性の姿を楽しみながら男達は女性の手足を一生懸命に抑えていった。男達はみなとても楽しそうだった。女性が苦痛の顔を浮かべるに従って男達の顔の輝きは増していった。
あるものは誘拐された子供達がトラックに載せられて人買いに売られていく映像だった。銃を突き付けられた子供達は脅えながらトラックの荷台へと乗り込んでいった。
その隣の映像ではヒヨコがゴム毬のように次々と段ボール箱の中に投げ込まれ、段ボールが満杯になると押しつぶすように蓋を閉め、トラックの荷台に投げ込んでいった。
ある映像ではカルト教団の集団自殺を。
ある映像ではナチスの大虐殺を。
ある映像では通り魔の暴行シーンを。通り魔は犯行を成就させるごとに自分の太ももに傷をつけていった。
ある映像では女子高生の援助交際を。彼女は報酬をとても嬉しそうに相手からもらい。その金ですぐに好きなものを買っていた。買っている姿もとても楽しそうだった。
ある映像では未発展地域の売春窟の映像だった。少し精神に異常をきたしていそうな少女が、見るからに醜い男の相手をしていた。行為が終わると男はズボンのポケットから小さなパンのかけらを取り出し、少女の足下に放り投げた。
そのパンはとても固く少し黴びていそうなパンだった。少女はそれを素早く拾い上げるとうれしそうに食べ始めた。少女の顔はとても嬉しそうだった。
ある映像では友人に囲まれて楽しそうに誕生日のパーテイーをしている女性の映像が。
その隣では同じ女性が祝福していた同じ友人達によって袋だたきにあっている映像が。
裕福な家庭の何不自由の無い個室でじっと自殺を考えている学生の姿。
美しい顔や腕に剃刀で傷を付けるモデルと思しき女性。
ちかちかと目が痛くなるように赤や黄色い文字で点滅を繰り返すアルファベット。
SMILE
PEACE
間を縫うように世界平和のキャンペーン、環境保護のキャンペーンの映像。
壊れ行く世界と醜いまでの人の笑顔。
中年女性がプラカードを掲げる。
子供が一番。女性が一番。
昼下がりの午後、中年女性がお茶とお菓子を食べながら談笑する映像。
SMILE
子供達がまるきり危険というものから隔離された部屋で、やがて迎え来る大人という世界に絶望しつつも、次の大人達との商談を綿密に計画し、友人たちと情報を交換しあう映像。
PEACE
みずきの心の中に先程の援助交際をしている高校生の笑顔が浮かぶ。売春窟でパンをかじりながら微笑む少女の顔が浮かぶ。しかし、それを打ち消そうとするかのようにみずきの心に入って来るのは中年の女性の笑顔と子供達のいる白い壁の部屋。そこで大人顔負けの計画を練りながら、成功した時の事を思い浮かべながらこぼれ出す笑顔。
みずきは少し具合が悪くなってきた。
みずきは両手で額を抑えると唸りながら座席の背もたれへ全体重を預けた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
今まで全くみずきの事を気に留めていなかったうさぎが、突然話し掛けてきた。
「うん、ちょっと。悪いけどこの映像止めてもらえないか?」
「悪いけど、それは出来ない。しかしもうじき止まる。まあ、テーブルにある飲み物でも飲んで落ち着いてくれ。」
うさぎに勧められるまま、みずきはテーブルにあるグラスに手を伸ばし、中の飲み物を口に運んだ。それは今までに飲んだ事の無いような味だった。薄甘いような感じがしたが、それが何の味なのかは見当もつかなかった。砂糖やその他の今まで口にした事のある甘味料とはちょっと違った味だった。
みずきは額から手を離し、姿勢を少し起こすと、しげしげとグラスの中のものを見つめた。相変わらず流れ続ける映像が液体の表面に浮かび上がる。みずきはその映像がはっきりと映らぬようグラスを動かした。
「どうかな、その飲み物は?結構いけるだろう。」
うさぎの問いかけにみずきは姑くの間答えが見つけられないでいた。その飲み物は旨いとも不味いとも評価出来ない味だった。
「今までに飲んだ事の無い味だな。」
結果的に出たのはその言葉だった。
「そうか、、、でも落ち着くだろう。」
うさぎは大した反応も無く、呟くようにそう言った。
(どうかな、、、)
みずきは心の中でそう呟いたが、言葉には出さなかった。
映像は暫く続いた。
一瞬全ての映像が消えたかと思うと、次に百以上あるディスプレイに一斉に1つの映像が映し出された。
それは以前みずきのアパートで見た。猿の郵便配達のビデオの内容だった。
そして”世界は破滅に向かっている”というテロップ。
青い薔薇。
ブルーローズ。
どこかでケラケラケラと笑う声が聞こえた。
「これは、、、」
みずきは、うさぎの方を見た。しかしうさぎは椅子の上で丸くなって眠り込んでいた。みずきは何度もうさぎを起こそうと声をかけたが、全く起きる気配が無い。ついにはみずきは席を立ち、うさぎの身体を揺さぶった。
「おい、起きてくれ。教えてくれ。」
「うーん」
うさぎは唸るばかりで起きようとしない。
苛立ったみずきはうさぎの耳を引っぱり、耳もとで大声を出した。
「ひゃあ」
これにはさすがにうさぎも驚き、椅子から転げ落ちた。しかし転げ落ちた後もぼんやりとした表情をしたまま視点は定まっていなかった。身体はかすかに痙攣をしている。
「教えてくれ。なぜここで猿の郵便配達のビデオが流れている?あれは一体何なんだ。それにブルーローズって?」
うさぎはみずきの顔を見た。鼻をひくつかせ、耳をピンと立てていた。
「やつらはここの住人さ。驚く事は無い。あんたがやつらに過去にあったかどうかなんて知ったこっちゃ無い。」
うさぎはゆっくりと立ち上がり、膝についた汚れを前足で払い落とした。最後に短い尻尾を左右に振り尻の汚れを落とした。
「ブルーローズとはここのシンボルさ。透き通るような、雲ひとつ無い、果たし無く広がる空のような青。青い薔薇。それもあんたの世界だ。あんたはあんたの世界に入り込んでいるにも関わらず、その世界の事を知ら無すぎる。」
「ああ、知らないさ。僕はここに知らないあいだに訪れて、君に会うのもこれで3回目だ。なのに僕はここの事を何にも知らない。ここは僕の中だというけれど何の事やらさっぱり理解できない。」
「ああ、そうかい。」うさぎは頭をぽりぽりと掻きながら呟いた。「まあ、あんたは前からおつむがちょっと足らない感じだったからな、、、納得いくまでこの世界を見た歩いたら良い。」
「待ってくれ。僕はそんな事までしたいとは思わない。僕は君が答えてくれれば良いと思っている。分かると思っている。もう少し詳しく話してくれないか。」
みずきの要請にうさぎは背を向けた。
「悪いけど、そう言う事に構っている暇はないんでね。自分で見て、自分で理解してくれ。」
うさぎはそう言うと闇の中へ消えていった。
「おおい、待ってくれ。」
みずきはうさぎを呼び止めようと大声で叫んだが、闇にかき消されてしまった。