第12話 訪問(その2)
「こんな話をして通じるかどうか分からないけど、、、」そのようにみずきは前置きをした後、ゆっくりと言葉を探すようにしながら話を始めた。「えるは、とあるセミナーに通っていた。そのセミナーに関わるものが何者かは僕には分からないけど、えるはそこの何者かに連れ去られ、セミナーのある建物に幽閉された。えるの救いを感知した僕、、、実際には僕ら、なんだけど、、、僕は偶然知り合った者達とえるを救いに行って、そして自宅へ引き戻した。気が付いたら、ここで夕食を食べてたんだけど、、、うーん、上手く説明できないな。こんな話、何言ってるんだか分かる?」
えるにはみずきが言っている事はよく理解出来ていた。確かにみずきの言っている体験をえるも共有していた。なぜそうなったのかまでは分ってはいないが、、、
えるは、その時自分の部屋に引き戻されていた。呆然として机に向かっていると背後で声が聞こえ、振り向くとベッドに父親が座っていた。父親は『それまで起こった出来事は全てみずきとえるの心の中の出来事だ』と言った。そして『そのような出来事はこれから多くの人達にも起こり始めるだろう』とも言った。父親はその事が多くの人達に起こらないような対策を打っている最中で、えるにも協力して欲しいと言い、まず手始めにこの事はみずきには知らせ無いように依頼した。『ひょっとするとみずきは事態を何も気付いていないかもしれない』と言った。父親は『今から状況は夕食の場に変わる。驚くかもしれないが、そのまま何もなかったように、いつも通りにふるまってくれ』と言い、すっとベッドから消えていった。
そして夕食の場面へ -
「分からないわ、、、そんな話。」
えるの口からは何と言おうか迷う前にその言葉が出ていた。える自身から発せられた言葉である事は事実であるが、えるの意志によって発したものではない事も確かであった。えるの口は訂正しようかどうか葛藤している間不自然な動きをしていたが、結局それ以上何も言えなかった。心臓はどくどくと鼓膜に響くくらい高鳴っていた。
みずきは姑くの間じっとえるの顔を見つめていたが、やがてふっとため息をつき、首を振った。
「そう、、、分からないのなら仕方ない。ただ僕がなぜ彼を知っているのかを話すのは非常にややこしくなるので理由は聞かないで欲しい。なぜ彼の事を聞くのか理由だけ話す。僕の知り合いの一人がちょっとしたトラブルに巻き込まれて、その問題を解決するのに’りょう’という人間が関わっているらしいんだ。どう関わっているのかは分からない。でも会えば何か進展するような気がする。そこでえるに頼みがある。彼を紹介して欲しい。」
「、、、」
えるは何も答えなかった。昨日気まずい別れ方をしたこともあり、簡単にOKと言えるような状況でもなかった。
(トラブルって、、、いったい誰なのよ。それとりょう君がどう言う関係にあるのよ、、、そういえば昨日お父さんはお兄ちゃんと一緒に女の子が来るっていってたわ。でも来てない、、、なぜ?、、、りょう君とは私だって今はそんな気軽に会いたい気分じゃない。頼まれたって困る。)
「える、、、どうなんだよ。頼むよ。」
(どうなんだよって、、、私だって困るんだから。全くもう、、、お父さんもお父さんよ、、、自分で何とかするって言ってたんだから、、、そうだ、お父さんにも入ってもらおう。こんなややこしい話勘弁だわ、、、)
「少し考えさせて、、、それからお父さんが帰ってきてるの。挨拶でもしてきたら。」
えるは話の中に何とか父親も入らせようと話の流れをそちらへ向けた。
「えっ?お父さんが?」
みずきは突然の父親の帰宅を聞いて驚きの表情を見せた。そして心のどこかで少なからず動揺していた。
父親の帰宅を全く聞いていなかったこともあるが、これまでの色々な出来事に父親が多少なりとも絡んでいるのでは無いかと感じていたからだ。明左月と右月に出会った時、彼等の背後に見えたのは明らかに父親だった。ある意味では今回の出来事の核心を確認するチャンスではあるが、相手が相手だけにそう簡単に事が運ぶとも思えない。
「そう、昨日帰ってきたの。」えるは何とか平静さを維持しながら続けた。「多分書斎にいるんじゃないかしら。ちょっと見てきたら?」
「そうか、、、」
みずきはそう言うとゆっくりと腰を上げ、廊下へと出ていった。
えるはみずきが廊下へ出ていくのを目だけで見送り、みずきの姿が消えると、ふうっと大きく息を吐き、ソファに全体重を押し付けた。
みずきは父親がいる書斎の前で立ち止まり、少し中の様子を伺った後、部屋に入ろうとした。しかし、ドアのノブに手を掛けた時、別の部屋からみずきを呼ぶ声が聞こえてきた。みずきは暫くそのまま声の方向を確認していたが、やがてそちらの方へ歩き出していった。
それは昨日母親が寝ていた寝室だった。
寝室はきれいに片付けられ、人の気配は全く無かった。
みずきは躊躇無く寝室へ入っていくと、そのまま真直ぐ押し入れに向かい、そのまま勢い良く襖を開いた。
「やあ、遅かったな。」
押し入れの中で声を掛けていたのは、以前にここで出会ったうさぎだった。うさぎは布団の上で寝そべり、腕枕をしながら、みずきのことを見つめていた。
「今日は忙しく無いのかい?」
みずきは、この事を予期していた訳では無いのにごく自然に受け止めていた。
「今日はね、、、まあ入りなよ。」
うさぎに促されるままにみずきは押し入れの中に入っていった。そしてみずきが入り終わると同時に、襖はすっと閉じられた。
居間の様子を伺っていた父親は、みずきが書斎に訪れるのをじっと待っていた。
父親はみずきが今回の不思議な出来事に対して、ダイレクトに質問して来る事を予想していた。父親もそれを受ける気でいた。そして、みずきと向き合い、みずきが知っている事を聞き出す事を非常に楽しみにしていた。
しかし、十分経っても二十分経ってもみずきは現れなかった。
目の前にある扉は壁に描かれた絵画のように全く動く気配がなかった。
(遅い、、、みずきのやつ、どうしたっていうんだ)
次第に苛つき始めた父親は、PCを操作しみずきの様子を探ろうとした。しかしみずきはどこにも確認できなかった。それどころかPCはプツンという太い糸が切れるような音を立てて電源が切れてしまった。その後どのような操作をしようとしてもPCは再び動き出す事は無かった。
(くそっ、どうなってるんだ。また故障か?)
父親は乱暴にPCのふたを閉じ、席を立った。苛ついている父親は自ら書斎を出てみずきを探す気になっていた。
そんな父親の行手を阻むかのように二人の男がドアの前に立ちはだかっていた。二人は以前みずきと行動を共にしていた明左月と右月だった。二人は黒いサングラスに黒いスーツという出で立ちで腕を組み、父親の進行を妨げようとしていた。
「何だ、お前達は。私は呼んでいない。さっさと消えろ。」
父親はそういうと二人の肩を掴み、後ろへ押し退けようとした。しかし明左月も右月もぴくりとも動かなかった。
「今はここから出ない方が良い。」
明左月が低い声で言った。
「うるさい。ひっこめ。」
父親は机の脇に置いてあった鞄から小さな瓶を取り出し、その中に入っている錠剤を一粒口の中にほおり込んだ。数秒の後、明左月と右月は父親の前から消えた。
「邪魔するな。」
父親は呟くようにそう言うと、書斎から廊下へ出た。
さやかはみずきの実家の前でぶらぶらと歩きながら、みずきの出て来るのを待っていた。
初めはみずきに誘われて一緒に家に入る予定だったが、何となく気が乗らず、結果として外で待っている事を選んだ。
みずきは暫くの間どうしようかと悩んでいたが、やがて三十分程で戻って来ると言って、家に入っていった。
それからもう一時間経つ。日はかなり上の方へ上がってきていた。
(遅いなあ、、、何かもめてるのかしら。)
みずきの実家の玄関は道路から石の階段を数段上がった所にある。玄関は全く開く事無くじっとさやかの事を見下ろしていた。さやかもその玄関の扉を見上げながら、そう感じていた。
やがて、
(入ってみようかな)
さやかが玄関へ向かって石の階段に足をのせた時、背後でさやかを呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
少年はりょうだった。