第11話  ガラスの塔

 みずきは明左月と右月に連れられ、この町の駅近くにあるビルへと辿り着いた。日はもう沈みかけようかという時間になっており、遠くの方で仕事の終了を知らせるサイレンが鳴っていた。

 ビルは真新しい感じのする5階建ての建物で、全体がガラスに覆われており、日がそれに反射するときらきら輝いてきれいだった。ガラス張りのせいで中が良く見えるのだが、人の気配が見られない。それがこの美しさを助長しているようにも思えた。夕方であるせいか周囲の人通りは多く、みな足早に通り過ぎていく。しかしこの人通りの割にはこのビルへ出入りは皆無だった。

 入り口の上には「青少年能力開発センター」と書かれている。

 みずきは明左月と右月にどうやってここを突き止めたのか訊ねてみたが、どちらも答えようとはしなかった。加えてさっきまでの気を失っていた時の事についても何があったのか訊ねてみたが、それも同様のあしらわれ方だった。二人はみずきに対し「とにかく我々を信用してついてくれば良い。」としか言わなかった。みずきは自分自身でも何とか思い出そうと試みたが、なぜか思い出そうとすると頭痛が起こり、考える事が出来なくなった。そうしている間にも明左月と右月はどんどんと目的地に向かって進み続け、みずきはただ後をついていくしかなかった。

 みずきは少しの間、見とれるようにビルを見上げていた。ビルは真下から見上げると一層の美しさを感じさせた。周囲の風景は無くなり、青い空へ向かって真直ぐに伸びているビルは5階立てという高さ以上の大きさを感じさせた。空へ突き刺さるようなこのビルは、ビルと言うよりガラスの塔と言った方が合っているような気がしてきた。

 やがて明左月にうながされて、三人はビルの中へと入っていった。

 ビルの中も外の見栄えと負けじ劣らないものだった。薄いピンクの壁に絵画が並べられ、フロアの所々に華やかな花が飾られていた。若い女性をターゲットにした英会話スクールかフィットネスクラブのような雰囲気だった。

 入ってすぐ目に付くところに受付が置かれており、そこには若い女性がにこやかな顔でみずき達を待ち受けていた。受付の女性は壁の色と合わせたようなピンク色のスーツに小さくて白い造花を胸につけていた。

 みずき達はまっすぐにそこへと向かって歩いていった。

「ちょっと聞きたい事があるのだが、、、」

 明左月がそう言って受付に話し掛けた。しかし受付の女性はそれを無視するかのようにみずきの方を向き、話し掛けた。

「あおいみずき様でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。」

 いきなり自分に鉾先を向けられ、みずきは半ば戸惑いながら答えた。明左月も意表を突かれ、更に口を入れる事が出来なかった。一方の受付の女性の方はまるで構わず、それを聞くと深々と頭を下げてみずき達を迎い入れた。

「みずき様及び2名様。お待ちしておりました。妹様はB1Fにてお待ちしております。あそこにございますエレベータでそちらへはお出でになれます。」

 女性はそう言いながら、左手の奥の方を指し示した。

 見るとフロアの端の方に確かにエレベーターの扉と思われるものが1つあった。

 みずきはどう応えたら良いかわからなかった。実際のところは確かに妹の事を探しに来たのだが、妹を連れ去っている以上そう簡単に妹の行方など知らせるわけは無いと思っていた。どのようにして話しを切り出すのかと明左月の動向を注目しようとしていたが、そのする必要は無くなってしまった。何にせよ、相手がこうも簡単に妹の行方について話しをするとは思っても見なかった。

「どうして我々が此所へ来る事を知っていたのかね」

 明右月が訊ねた。

「先程、当センターのオーナーから連絡が入りまして、お客様達三名がいらっしゃる旨を聞きました。オーナーが言われるにはみずき様と言う方が妹様に御会いに来られると言う事で、妹様のいる場所に案内するように指示されております。そしてこのファックスが送信されてきまして、お顔を拝見するとみずき様に間違い無い様でしたので、、、」

 受付の女性はにこやかな表情を崩す事無く答えた。そして受付のテーブルの下から1枚のファックス用紙を3人に示した。そこにはいつの間に撮影したかわからないが、みずきの顔が写っていた。

「わたしはB1Fへ案内するよう指示を受けているだけですが、、、他に何かございますか?」

 ファックス用紙をテーブルの下に納めながら、女性は訊ねた。

 みずきは返答に困り、明左月の事を見た。明左月も右月もじっと黙って受付の女性を見つめている。受付の女性は、にこやかな表情を崩さぬままみずきを見つめている。

「行ってみよう。」

 そう言って初めに歩き出したのは、明右月であった。左月は何も言わずにそれに従った。みずきは既にすたすたと歩き出してしまった二人を追いかけるようにしてついて行った。

 フロアの奥まったところにそのエレベーターはあった。扉は木製の大型の物で、おそらくエレベーターは十四、五人は優に乗れるであろうと思われた。エレベーターのすぐ横に非常階段もあったが、上階へ行ける階段のみで、なぜか地下へ向かう階段は無かった。

 一番先に到着した明右月が躊躇無く下りのボタンを押した。おそらく1階でとまっていたのであろう、エレベータの扉は反応良くすぐ開いた。エレベーターの中は予想したとおり広々とした空間をみずきの前に現した。

 この勢いですぐに乗り込むのかと思いきや明左月と右月はなぜか躊躇し、中へ入るのをためらっていた。しばらく2人で入り口の付近を手で触っていたかと思うと顔を見合わせ、その後みずきの方を向いた。

「中が見えるか。」

 明左月は突拍子も無く、みずきにそう訊ねた。みずきは理由も分からないまま肯いた。

 ふーっとため息を吐きながら明左月と右月は再び顔を見合わせたが、今度はすぐに明左月がみずきに話し掛けた。

「ここから先は君一人だ。」

「えっ、どうしてです?」

 みずきはびっくりして訊ねた。

「我々にはエレベーターの扉の先は壁にしか見えん。中が見えるのは君だけだ。おそらくここから先は君が持っているような特殊な能力が無い限り進めそうも無い、君一人で行ってくれ。我々はここで待っている。」

 明左月がそう言うと、右月がみずきの腕を取りエレベーターへ入るよう促した。みずきは戸惑いながらも、右月に押されるがままに中へ入っていった。

 みずきはエレベーターの中を見回した。これといって特別変わった所も無く、デパートやホテルで見かけるエレベーターと全く同じものだった。

 しかし明左月と右月にはみずきが壁の中へ消えたようにしか見えなかった。

 みずきの不安をフロアに残したままエレベーターの扉は閉まった。そしてみずきが階を指定するボタンを押す前に階は指定されエレベータは階下へ動き始めた。

 明左月と右月はエレベーターのB1Fを示すランプが点滅しているのを黙って見つめていた。

 エレベータはB1Fへ向かって確かに動いているようだった。しかし、たった1階下へ下りるだけなのになかなか到着する気配は無い。

「罠か、、、」

 明右月がつぶやいた。

「分からん。」

 ランプに注目したまま左月が言葉を返した。

「罠であったとしても、今は我々にはどうする事も出来ない。みずきが首尾良く妹を連れ帰る事を祈ろう。我々のあの記憶によれば、間違い無く妹はここにいる。妹から情報が聞き出す事が出来れば、我々が追跡している一連の調査に大きな進展が得られるであろう。」

「うむ。それはそうにちがいない。」明右月はうなずいた。「それにしても我々はどのようにしてここの記憶を知り得たのだろう。」

「それは今は考えない方が良い。考える事は我々の存在をも危うくする。我々はあのお方から指示されるがままに動いていれば良いのだ。」

「そうだろうか。」

「そうだ。考えてはいけないのだ。納得できなければ、お前は自分の国について考えるがよい。お前は東の国の諜報部員だ。そう認識付けられている。しかし東の国はどこにあるか知っているか。国の様子を見た事があるか。」

「、、、、、」

「考えてはいけないのだ。」

 ふと人の気配がして二人は振り向いた。背後に先程の受付の女性が立っていた。しばらく前から二人の背後に立っていた様であったが、明左月、右月とも気が付かなかった。普段の職業柄、人の気配には敏感で無ければならないのに気が付かなかったと言うのは明左月、右月双方にとってショッキングな事だった。

「何か。」

 明左月はあわててそう言おうとしたが、言葉に詰まった。

 受付の女性は、にこやかな表情や物腰の柔らかさは先程と変わっていないが、手に銃を持っていた。客観的に見ればそれは大それたことであるはずなのに、なぜかその女性の笑顔にはそれが微塵も感じられなかった。

「お客様達はそろそろお帰り願います。」

「ちょっと待ってくれ。いったいどういうことなんだ。」

 明左月と右月はあわてて女性を制止しようとしたが、女性はすばやく後ろへ退いた。

「オーナーからそのように申しつかっておりますので。」

 女性は明るい声でそういうと有無も言わさず銃を発射した。

 玉が飛び出すでもなく、カチッという音しかしなかったが、明左月と右月は声をあげる間もなく粒子のようにはじけて消えた。ラジオのチューニングが合わない時のガガガガッと言うようなノイズが起こったが、最後の粒子が消えると共にそれも無くなった。

「ありがとうございました。」

 女性は深々とお辞儀をした。

 みずきはエレベーターの扉の上にある階を表すランプをじっと見つめていた。B1Fを示すところには先ほどからずっと明かりが点滅している。しかし、いっこうに到着する気配が無い。もう10分以上も下がっていた。

(おかしいな)

 みずきはつぶやいた。徐々に不安が高まった来た。

 エレベーターはそんなみずきの不安をよそにぐんぐん下がり続けていた。


つづく

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