第10話 丘の上の、、、
如月さやか。17才。高校2年。日向高校在学。住所は、、、
さやかは真っ白いノートに自分のプロフィールを書き連ねていた。
書き終わると今まで書いていたものをじっくりと見直すかのように目を通し、その間手に持っているシャープペンシルで こうこつとノートの端を叩いていた。ノートの端は少しずつ黒い粉をまぶすかのように汚れていった。何かを考えている時、ペンや鉛筆で机や紙をこうこつと叩くのはさやかの癖だった。
「如月さやか。17才。高校2年。日向高校在学。住所は、、、」
一通り目を通し終わると、今度は声に出してそれを読み上げ始めた。それはまるで面接か何かの練習をしているかのようだった。
やがてそれも終わると、さやかはふーっとため息をつき頬杖をつきながら窓の外を見た。窓の外からは明るいと言うよりも眩しい程の光が差し込んでいた。ここにある窓は全て南向きで日中は日の光が良く入って来る。窓の側は通りに面していたが、大きな通りでは無いためそれほど外部の音が入り込んでくることは無かった。外は天気が良かった。真っ青な空に雲ひとつ無かった。
さやかは自分の部屋にいた。部屋は、一戸建ての2階の一角にあった。
さやかは目だけを泳がせて、自分の部屋をゆっくりと見回した。日の差し込んでいる窓のすぐ下にベッドがあった。ベッドはまるで今まで使われていなかったかのようにきれいにメイクされていた。クローゼット、マガジンラック、本棚、、目に入るものを追い掛けていた。どれもきれいに整えられていて、使われているような気配を感じない。まるで住宅販売のモデルルームのようだった。
再び机の上のノートに目を戻した。
「わたしは、如月さやか。」
呟くようにそう言うと、手に持っているシャープペンシルで書いた内容をぐちゃぐちゃにかき消した。あまりにも乱暴にシャープペンシルを動かしたため、ノートの一部が破けてしまった。
さやかはかき消した後の斜線を見ているうちに目眩がしてきた。周囲がオレンジ色になり、風景がどろどろと水彩画を水につけてしまった様に溶け出してきた。こめかみをずきずきと徐々に圧縮するような頭痛。
「ああっ。」
さやかはうなりながら顔を両手で覆い、前かがみになった。勢いで机の表面に顔を打ちつけた。
(痛っ、、、)
思いっきり額を打ちつけた。それはそれで痛みであったが、おかげで目眩や頭痛からは解放されていた。
ふと気が付くと、いつの間にか机の上に占い用のカードが置かれていた。いつもカードは机の右側にある引き出しに締まってあるはずだった。そして今さやかはそれを出した記憶が無かった。仮に出した覚えが無かったとしても他に今ここにいるわけでも無く、その問題をさやか以外の者による行為として解決することは不可能に思われた。
「あたしに占えって言うの?」
誰に向かって言うでも無く、さやかは呟いた。そしてきれいに積まれたカードの一番上を無造作にめくり上げた。
(、、、、)
めくり上げたカードはさやかにとって意外なものだった。そこにはアルファベットは記載されていなかった。そこに描かれていたのは道化師の絵だった。
「ジョーカー、、?」
さやかはつぶやきながらそのカードを取りあげ、ひらひらとカードを揺らし真偽を確かめた。確かこのカードにはアルファベットが書かれているものしか無かったはずだった。道化師の絵は、さやかがこのカードを手に入れてから初めて見るものであった。それにしてもその道化師の絵は拙く、気味の悪い絵だった。
(いつの間にこんなものが、、、)
さやかにとってこの事は気味の悪く、恐ろしいことであったが、それによって脅え、うろたえる気も無かった。逆に何か妙に占いを行おうという気持ちが沸き上がり出してきた。
「よし。」
さやかはそう言うと、姿勢を正し、占いの体勢に入った。道化師の絵は、さやかの占いには不要なものだったので机の端へ除けた。
占いの姿勢に入ると、さやかの集中力は見事なまでに高まり、全ての雑念は消えた。周囲の音や光もまるで気になら無くなり、カードが指し示すイメージを見事に描き出していった。
日向丘、公園、墓地、如月さやか、、、
「如月さやか、、、。」
ノートに自分のプロフィールを書き記す自分の姿がイメージに浮かび上がった。自分の中にわだかまる疑念が蘇ってきた。
(この間から意味も無く沸き上がる疑念。何なの、これは。わからないわ。誰かが私に向かって問い掛けている。当たり前すぎる疑問を。あなたは誰?わたしは、わたしよ。誰なのかしら、私に向かってそんな問いかけをするのは。そして、この占い。わたしにどうしろというのよ、、、)
バンと机を叩いた。意味も無く周りを見渡した。さやかは多少いらついている自分に気付いた。
いつの間にか窓が開いており、強い風が中に吹き込んできた。風はそのままさやかの顔を直撃し、帰り際に机の端に置かれている道化師のカードをさらっていった。カードはくるくると舞いながら窓の外へ消えていった。
さやかは黙ってそのカードが消えていくのを見送っていた。もともとカードはさやかが持っていたものでも無く、惜しいと言う気はしなかった。
カードはさやかの視界から外れる所へ流される前に自発的に消滅した。このような不思議な現象はさやかが占いをする前後にしばしば起こるため、さやかにとっては驚く事でも無かった。
さやかは思い立って外へ飛び出した。いつも出かける時に愛用している自転車に乗り、いつも行き慣れた所へ向かうために、勢い良くペダルを踏み込んだ。
日向丘、公園、墓地、、、カードが暗示する場所。さやかにはそれは十分理解できた。そこは日向高校へ通っているさやかにとっては行き慣れた所だからだ。日向丘に日向高校はあり、そこを抜けた先に公園があり、その奥に墓地があるということは日向高校の生徒なら知らないものはいないはずであった。ただ行った事はあるかというと、公園には何回かクラスの友人と行った事はあるものの墓地へは行った事が無かった。公園から中の様子が少し見えたが、それ以上についてさやかは何も知らない。学校の噂でそこの墓地には幽霊が出ると言われており、女子で用も無いのに好き好んでそこへ行くものなどいなかった。
日向高校へ到る坂へ到着すると、さやかは立ち漕ぎになり一気に自転車で上がり抜けた。身体中が汗でびしょぬれになった。学校の門は夏休みと言う事もあって閉じられていた。いつもは休みの日でもクラブ活動の生徒が何人か学校にいるのだが、今は全く見当たらなかった。
さやかはちらりと学校の中へ目をやったが、そのまま門の前を通り過ぎていった。
学校の塀に沿って数百メートル進むと、そこに公園がある。さやかは自転車のスピードを上げ、そのまま公園の中へ入っていった。公園も普段は学校の生徒が数名ほどいるものなのだが、不思議と今日は誰も見かけない。近所の人も見当たらない。全くの無人だった。白地に茶縞の猫がゴミ箱を漁っていたが、さやかが現れるのを見てあわてて茂みの中へ消えていった。
墓地の入り口が見えたところで、さやかは自転車を降り、カギをかけた。歩いて中へ入ろうと思った。しかし少しためらうものが心のどこかにあった。
さやかは助けを求めるように、辺りを見渡した。ほとんど何も無かったが、少し離れた所の公園の金網を越えた向こう側に花屋があることに気が付いた。そしてそこの主人であろうと思われる中年の男がこちらをじっと見ていた。
男は40才から50才の間くらいだろうか。頭は少し薄くなっている。花屋らしい花柄のエプロンをしていた。その男が難しい顔をして腕を組みながらじっとこちらを見ている。
「花屋か、、、」
さやかはつぶやいた。
*****
さやかは手に大きな花束を持って墓地の中を歩いていた。
行くべき場所をさやかは知らない。なのにさやかは墓地の中をぐんぐん進んでいた。此所へ来るのは初めてのはずなのにさやかは以前ここへ来た事があるような気がしてならなかった。既視感というのがあるのならまさにこれであろうとさやかは感じていた。
何回か心の赴くまま、角を曲がると行き止まりに当たった。そしてそこには立った1つだけ他の墓とは離れた形で墓があった。さやかにはそれが目的地であるということが何となく理解できた。
その墓は丸い形をした自然石に名前がアルファベットで彫られているだけの簡単な作りだった。周りに囲いがあったり、地面がコンクリートで鋪装されていたりということはまるで無く、土の上に直に置かれていた。その見栄えは他の墓と比べると結構違和感があった。
(いったい誰なのかしら)
さやかは墓の主を知ろうとアルファベットに目をやった。
SAYAKA KISARAGI
さやかは書いてある文字を理解するのに何度も読み返した。そして最終的に書かれている文字を理解するために同姓同名という結論を用いる事にした。墓石の古さといい、動機や相手が不明な点から悪戯とは思えなかった。
(わたしと同じ名前の人がここに眠っているなんて、、、)
さやかは墓で眠っている相手に愛着が湧いてきた。
「とにかく、こういう時にはお祈りね。」
さやかは墓の相手の為にお祈りをしようと地面に膝をつき、手に持っている花束を墓石の手前の地面にそっと置いた。置く時にさやかの手が地面に触れた。ひんやりとした土の感触がさやかの体全体に広がった。此所の周りは大きな木々に囲まれていて、四六時中日が当たる事は無いのだろう。
「同姓同名さん。安らかにお眠りください。」
さやかは墓石に顔を近付け話し掛けた。
「あなたは誰なの?」
さやかの言葉に呼応するように墓は喋った。さやかはぎくりとし、全身に電流が走った。その声は最近さやかの心の中に自然と沸き上がる疑念そのものを発していた。さやかの体は全身に痲酔を射たれたように動かなくなった。
突然地面から手が突き出てさやかの腕を掴んだ。手は恐ろしいくらい強い力でさやかの腕をひっぱり、地面の中へ引き込もうとした。さやかは引き込まれたらお終いとばかりに力の限り引き返した。穴は更に大きくなり、さやかの引っ張り返す力で中にいる者を引き上げてしまった。
バサっと土にまみれて墓の主が現れた。それは異常に痩せこけ、所々骨が露出しているさやか本人だった。腐りかけたその体は蒼白に変わり、所々蛆虫に侵食されていた。髪はばさばさに逆立っていたが、そのほとんどは抜け落ち頭皮はむき出しに近かった。
その見るも無惨な姿でありながら、その顔はいつも鏡で見るさやかの顔に他なら無かった。
「答えてよ。あなたは誰なの?。」
墓の主の声は、のどに土が詰まっているかのようにごろごろしていた。地底の奥深い所で人知れず気泡を吹き出し続けているマグマのようだった。その声は足下から響くようにして、さやかの元へと伝わっていった。
「ねえ。答えてよ。」
声はどことなくさやかの恐怖を楽しんでいるように感じられた。恐怖の対象はさやかに寄り添ってきた。さやかは腕をがっちりと掴まれたまま動く事が出来なかった。
「ねえ、、、」
墓の主の顔がさやかに近づいた時、その右の眼球がぽろりと顔から落ちた。
さやかは出せる限りの声で叫んだ。
*****
さやかはショックで目が覚めた。
辺りは公園だった。さやかは公園のベンチで眠っていた。
目の前に墓地の入り口が見える。
さやかは自分の体を見回した。特に汚れている様子も無かった。夢で引っ張られた腕を見た。特になんとも無かった。さやかは今までの恐怖を夢だと実感した。体に暖かみが戻ってくるようだった。
ゆっくりと立ち上がって、花屋がある方へ目を向けた。花屋の前には誰もいなかった。
(わたしは墓地の中に入っていったのかしら)
さやかには墓地へ入ったのか入らなかったのか記憶に無かった。ただあまり体が汚れていない所を見ると入って無いのかもしれないという結論は出せた。そしてその結論はさやかに悪夢の恐怖を思い浮かばせ、身震いさせた。
「いずれにしても、今の私はあそこへ入る勇気は無いな。」
さやかは墓地の入り口を見ながらつぶやいた。