第9話  秘密クラブ(その6)

えるが一瞬気を失い、そして再び意識が戻った時、えるは今まで見たことも無い部屋に閉じ込められていた。部屋はグレイのコンクリートの壁に囲われていた。窓は1つも無く、それどころかどこを探しても扉も無かった。照明器具も無く、家具は部屋の中央にぽつんと置かれているベッドだけだった。えるはそのベッドにいつの間にか横たわっていた。本来なら明かりが入る余地も無く真っ暗なはずであったが、なぜか部屋は薄明るかった。まるで壁が薄い紙か何かで作られているかように光が壁から染み出すように差し込んでいた。

 えるは自分が気を失う前にどこにいたのか思いだそうとした。記憶の断片はえるの脳裏の奥にあり、それを覆うようにして漂っているもやのようなものが、えるの記憶を引き出す事を妨げていた。えるはそれを振り払い、必死に思いだそうとした。しかし、もやもやしたものは意外と深く、えるの努力を無為にしていた。

 時折部屋の外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。そして羽根をばたつかせる音も。ケラケラケラという笑い声にも似た、そして人を馬鹿にしたような鳴き声はえるを苛つかせた。

 えるは自分が横たわっているシーツを見つめた。シーツは真っ白く冷たかった。えるは知らず知らずのうちにシーツをきつく握り締めていた。

 えるはここに閉じ込められているという事に対して、なぜか恐怖心は無かった。それよりも記憶を取り戻せないもどかしさの方が強かった。しかし記憶を取り戻そうとすればするほど、もやは一層深みを増すような気がした。

 物を無くした時、なぜか人は無くした場所へ辿り着けない。記憶のすぐそこにあるような気がするのになかなか思い出せない。後で探し物が見付かった時のその場所は、大抵はすぐ探せばわかる所にあったりする。本当に探したい時、なぜか人は探すべき場所を避け、あるいは該当の場所を探しているのに気がつかず、見当違いの場所は何度も確認したりする。えるの今の状態はそれに近いような気がした。答えがすぐそこまで見えているような気がするのに、思い出すことが出来なかった。

 えるは壁を見つめた。薄く光が染み出てくるその壁に猫のシルエットが映った。猫は背筋をピンと伸ばし、しっぽを立て、澄ました格好で壁の向こうをえるから見て右から左へゆっくりと移動していた。えるはその姿をじっと目で追った。目で追っているうちに、なぜかえるの心を苦しく縛り付ける気持ちや苛立ちが薄れていった。

(考えるのは止めよう)

 えるはゴロリとベッドに横になり目をつむった。

 えるは耳を澄ました。鳥の羽音や鳴き声は途絶えた。目を閉じているので、えるは暗闇と静寂が包まれているような気がした。そしてその静寂は、なぜかえるに安らぎを与えていた。

 なぜか、、、。えるは自分でもそれに気がついていた。

 がたっと扉の開くような音がした。

 えるは反射的に目を開けた。

 目の前にはコンクリートの天井があるはずだった。しかし、そこには無かった。目の前はどこまで続いているのか分からない真っ暗な空間が広がっていた。えるは一瞬まだ目を開けていないのではという錯覚すら起こしたが、周囲に囲む壁を見てそうではない事を確信した。まるで天井が無い部屋で夜空を見ているような、そんな感じだった。

 やがて夜空の彼方から一筋の光が差してきた。光は徐々に距離を増し、えるをスポットライトを浴びせるかのように照らし出した。それは暖かい光だった。しばらく感じる事の無かった暖かみに、えるは眩しさを感じながらも光の先を見つめていた。

 そして光の中から一人の人間が現れた。

「おにいちゃん、、、。」

 それは、みずきだった。

 みずきもえるのことに気づいているようだった。そしてえるに向かって一生懸命話し掛けていた。

「助けて。ここから出られないの。」

 みずきの言っている事がはっきり理解できなかったが、えるは思うがままにそう言った。えるの言葉にみずきが何とかしようとしている気持ちは伝わってきた。

(おにいちゃん)

 えるはみずきの事を思う気持ちでいっぱいになった。

 その時、突然えるの目に映る風景が変わった。

 えるは自分の部屋の机に座っていた。夕方近くのせいか部屋は薄暗くなっている。机の上には手紙がのっている。えるは手紙を書いていたようだった。突然強い風が吹いた。締まっていたはずの窓が開いていた。

「手紙。」

 えるは思わずつぶやいた。

(手紙が飛ばされる)

 一瞬ににして全ての記憶が蘇ってきた。もやは強い風に吹き飛ばされるかのように消えてなくなった。

「わたしは部屋にいた。そして手紙を書いていた。勉強もしていた。」

 えるは一つ一つ確認するように、言葉にして表した。そしてそのたび毎に鮮明に記憶が蘇ってきた。

「私は部屋にいた。ここはどこ?なぜここにいるの。」

 鮮明な記憶の到来は、えるに恐怖ももたらした。

「わたしは自分の部屋にいたはずよ。」

 

 光は消え、再び天井は星の無い夜空のようになった。

「助けて、、、。」

 えるは呟いた。何時の間にか泣き声に近くなっていた。

***

 薄暗い部屋。

 えるは、恐怖におびえながらベッドで座り込んでた。

 冷たいコンクリートの壁。

 染み入るように差し込む光。

 淀んだ空気。

 

 どのくらいの時間が経過したか分からない。ここには時計が無い。

 みずきが天井の向こう側に現れたのは、今からそれほど前の事ではない。恐らく30分位であろう。

 突然、壁の中から抜け出すように一人の男が現れた。

 男の体からは電流が放射され、時折バチバチと音を立てていた。

「お父さん!」

 えるは、男の事をそう呼んだ。

 男はえるの顔を見て、やさしく微笑んだ。

「心配するな。もうじき助けが来る。」

 男はそう言うと壁の中に再び消えた。

 入れ替わるようにして二人の男が、やはり壁から現れた。二人の顔は双子のようにそっくりだった。えるは二人の男の顔をじっと見つめ、知っている者かどうか確認しようとした。しかし、現状二人に以前出会った記憶は無かった。おそらく知り合いでは無いだろう。えるはそう結論付けた。

 二人の男は、えるのこと等見向きもせず、辺りをきょろきょろと見回していた。明らかにこの部屋を観察しており、この部屋についての何かを知ろうとしていた。

 暫くして二人は顔を見合わせ、一度うなずくと間もなく最初の男と同じように壁の中に消えていった。

***

 みずきが次に意識を取り戻したのは、みずきが自分の体に吸収されてから更に1時間経っていた。

 みずきは座っていたソファに体が食い込まんとばかりの姿勢で眠っていたが、姿勢が苦しいのを感じ徐々に目覚めていった。まぶたは非常に重たかった。頭痛も少しした。

「お目覚めかな?」

 みずきの覚睡を明左月と右月はにこやかな表情で出迎えた。少し前の恐怖にさらされていた状態からはすっかり脱却し、余裕さら感じられる。

 みずきは暫くそれに応えることが出来なかった。体も言葉もすぐには思うようにならなかった。明左月と右月は焦ること無くみずきの回復を待っていた。

 目が覚めてから更に30分程経ち、みずきはようやく体を前かがみの姿勢にまで動かすことが出来、話も何とかできるような形にまでもって行けそうな感じになった。しかし、まだ頭痛は少し残っていた。

 みずきはなぜこんな状態になったのか思い出そうとしたが、頭痛がそれを許さなかった。

「まあ、ゆっくりしたまえ。全て調査は終わった。」

 その言葉に反応し、みずきは明左月の顔を見た。

「君の妹の行方は分った。君の体調が整い次第、出かけるとしよう。」

 明左月は自信たっぷりにそう言った。


つづく

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