第9話  秘密クラブ(その4)

明左月はみずきの告白にしたがい、みずきのポケットから手紙を取り出した。それは、うす緑色をした一枚の便せんだった。みずきのポケットに粗雑に入れられていた為に便せんはかなりしわくちゃになっていたが、中の文字が読み取れない程では無かった。明左月はそれを押しのばすようにして広げると、内容を読みはじめた。右月も横から顔を突き出し、覗き込むようにして読みはじめた。周囲の店員達はじっと動かずに二人の様子を見つめていた。

<<<<< えるの手紙 >>>>>

  美津子へ

  先週はセミナーへの連絡しといてくれてありがと。りょう君がどうしてもって言うのでセミナー休みたかったんだ。あそこって私が休みたいっていうと、セミナーの先生が色々と言うのよ。継続しないと今までの努力が無駄になってしまうとか、どーゆー理由があるんだ、とかね。やになるんだよね。余計なお世話って感じになってくる。最近おかげでりょう君と会う時間が少なくなっちゃって、りょう君もちょっと怒り気味だし。参っちゃってるんだ、ほんと。

 で、まあ、先週はそういう雰囲気もあって、りょう君の誘いは断われなかったの。

 先生に何か言われた?もしそうだったら、ごめんね。今度何かおごるわ。私からも今度先生に休んだ理由を言うし、、、っていうか私ね、もうセミナー辞めようかと思うの。せっかく美津子が誘ってくれたのに、悪いんだけど。

 ちょっとりょう君と話したんだけど、やっぱ二人の時間が割かれるのは良くないかなって。せっかく今うまくいってるのに、セミナー通ってると会う時間無くなっちゃうのよね。

 確かにセミナーに行くようになってから、随分と集中力とか付いてきた気はするわ。学校の成績とかもすごく上がったし。私ってほんと勉強好きじゃ無いのよね。だからあんまり勉強しないんだけど、それでも成績がどんどん上がるのよ。初めはびっくりしちゃった。やっぱ集中力の違いって、すごいよ。今じゃクラスでもトップの方に入るし、親も先生もうるさいこと言わなくなって助かってるの。遅くまで遊んでたりしても、あんまりうるさく言われないし。こっちもやることやってんだから良いでしょって。

 でもね、、、。

 ということで私、来週にでも辞めるって言いに行くわ。

 ところで、りょう君とはこの間日向丘公園に行って来ました。知ってる?ほら日向高校の裏の所にある小さな公園。

あそこって昼間は結構静かで良いとこなんだけど、夜は静かすぎてちょっと恐いのよね。それにあの公園の奥へ行った所に墓地なんかあったりして。

 そういえば、この間ね、私、幽霊見たの。日向高校の近くで。

 遠山さんて知ってる?2組の。彼女って日向高校の近くに住んでるコなんだけど、この間彼女から借りたCDを返しに

彼女の家まで行ったのよ。で、ちょっと話がはずんじゃって夜8時過ぎになったんで半分急いで家に帰ってたんだけど、それで日向高校の前の道を通ってたら校庭に白い光るものがすーっと動いてるの。何だろうと思ってじっと目を凝らしてみたら、それが自転車に乗った女の子の幽霊で、そのまま空中を流れるように公園の方へ消えて行ったの。私、げ−っとか思って、それから走って帰ったわ。気味悪いでしょ?

 なんか気のせいかもしれないけど、セミナー行くようになってから変なもの見ることって多いのよね。UFOみたいなの見たりとか、、、この間なんか猫に話しかけられたような気がして(多分、気のせい)。

 疲れてんのかな?

 セミナー辞めたら、見なくなると良いな。

 なんて感じの最近のえるでした。

 じゃあまたね。

<<<<< えるの手紙 終わり >>>>>

 ふーっと息を付いて明左月は手紙をテーブルの上に置いた。手紙を置く時のガサッという音に反応したかのようにみずきの体はぴくりと動いた。明左月と右月はその瞬間みずきが起きるのではと緊張した面もちでみずきの事を見つめたが、その後は起きる様子が無かったのでほっと肩の力を落とした。

「どう思う。」右月がつぶやくように左月に言った。

「うむ。」左月はうなずきはしたものの、じっと考え込み、それ以上の言葉は発さなかった。店の中の空気が流れているのだろうか、テーブルに置かれている手紙は小さく左右に揺れていた。左月はそれをじっと見つめている。

 飲み終えたグラスを女店員が手際良く取りあげ、店の奥へと片付けにいった。

 みずきはまだぐったりと眠っていた。

「この娘が通っていたセミナーというのは、あの空き地で発見された男の言っていた組織と何か関係があるのだろうか。」

「うむ。」

「確かにあの男も似たようなセミナーに入っていたはずだ。そして何かに気がつき、騒ぎ、あのような形で発見された。セミナーなど同じ町にそうそう幾つもあるわけは無い。おそらく関連のある何かを指しているに違いない。そうであれば早速この娘の通っていたセミナーがどこにあるのか調査すべきだと思う。」

「うむ、、、。」左月はあいまいな返事をしたまま、みずきの事を見つめていた。喋り終えた右月も左月の視線に合わせみずきの方を見た。

「もう一度あの空き地の男についての説明をして欲しい。」左月は言った。右月はポケットよりメモを取り出し、それを読み上げた。

「田中幸次郎。あの男の名前だ。学生。20才。簿記関係の専門学校へ通っていた。しかし今はほとんどその学校へは通っていない。今年の4月よりこの町の自己啓発セミナーに通っていたらしい。場所は不明。なぜなら彼が言っていた名前のセミナーはこの町にはどこにも無いからだ。もちろんその他の地域も調べた。しかしそのような所は一切無かった。住所も確認した。しかしそこは空き地だった。彼はそこである秘密を知ったと言っていた。と同時に自分の生命の危機も訴えていた。彼はなぜかその件で警察には行かなかった。彼が行った先はA新聞社だった。そこには我々の諜報部員が潜入していた。この情報はその潜入部員からキャッチした。」

「彼が知りえた秘密とは。」

「世界は破滅に向かっている、と。」

「それだけか。」

「詳細なビデオがあるとも。」

「....。」

「突拍子も無いか。」

「いや。他には何か。」

 右月はメモを確認した。

「ブルーローズ。」

「ブルーローズ?それだけか?」

 右月は再度メモを確認した。

「それだけだ。」

 暫くの沈黙の後、明左月がゆっくりと口を開いた。

「私が思うに、この娘と空き地で発見された男の双方が通っていたセミナーに何らかの関係があることには同感できる。ひょっとすれば、いや、かなりの確率で同一のものと言えるだろう。そして調査が必要だろう。ここに載っている美津子という娘を当たればセミナーの情報は得られるに違いない。」

 明左月がそこまで言って間をあけると、後方に立っていた男の店員は何も言わずにすたすたと立ち去っていった。

 男の店員が部屋から消えると、明左月は話を続けた。

「そのセミナーにも増して私の注意をひくのは、このみずきという男とその妹の能力だ。手紙の文面を見る限り、普通の人間には見えない何かをこの妹は見ている。そして、このみずきも。猫と話したり、おかしな世界に迷い込んだり。初めはふざけているのかと思ったが、こうして尋問する限り、嘘とばかり言ってはおれまい。この二人は本人達も気付かないうちに不思議な能力を開花させつつある。しかも急速に。それがこのセミナーによるものなのか、それとも他の要因によるものなのか、それとも先天的なものなのかはわからない。しかしそういった能力があることは間違い無いだろう。そしておそらくこの妹の誘拐は二人の能力に目を着けたものの仕業だろう。」

「うむ。」今度は右月が納得するように力強くうなずいた。

「我々もこの二人の能力については十分に調査させてもらう必要があるな。」左月は言った。「我々の互いの国家にとって重要な情報だ。」

「うむ、その通りだ。、、、尋問を続けるか。」

 明右月の言葉に、左月は黙って手帳を取り出した。

「続けよう。」左月は言った。

 二人は体を前に傾け、みずきを覗き込むような格好になった。みずきは相変わらず眠っている。が、明左月と右月が顔を近付けると、それに気付いたかのように額にしわを寄せ苦しそうな顔をした。やがて顔色が悪くなり、額からじわじわと汗が引き出して来た。

「様子がおかしいな。医者を用意するか。」

 明左月と右月は顔を見合わせた。そして左月がそう言った。

 そうこうするうちに、みずきはうんうんと唸りはじめた。

「まずいな、、、」左月はつぶやいた。

「汝らの存在は汝らに非ず。」

 突然男の声がした。明左月と右月はびっくりして後ろを振り返った。後ろには男の店員が立っていた。全ての店員が奥へ引っ込んだと思われていたのに、この店員はいつの間にか現れていた。男の店員は腕を後ろに組み直立の姿勢でいた。目はうつろで、どこを見るでも無く空中をさまよっていた。額の血管は浮き出、何となくひくついているように見えた。

「びっくりするじゃないか。」

「君には用はない。さっさと奥へ戻りたまえ。用があれば、こちらから呼ぶ。」

 明左月と右月は姿勢を正しながら店員にそう言った。しかし店員は全く明左月と右月の言葉を聞いていなかった。それどころか更におかしなことを早口で言いはじめた。

「汝らの存在は汝らに非ず。汝らは汝らを創りし者の想念によって形作られてるにすぎぬ。我は彼岸より来たりし者。彼岸は此岸より遥か彼方に存在し、光の速度をもって数億年の距離にあり。我は汝らを問うべき者。ゆえに我は汝を問う。汝らはどこより出て 、どこへ向かうか。汝らに答える術はなし。なぜなら汝らは答える存在にあらぬからだ。故に汝らは存在せぬ。汝らよ、そこに 気付くがよい。汝らは汝らにして汝らに非ず。汝らは一体の想念に過ぎない。汝らは汝であり、汝らでは無い。汝よ、汝を存在せし主に気付くがよい。しかし汝が、汝の主を知りえし時、汝は汝で無くなり、もとの空間へと解放されるであろう。汝はそれを恐れるか。」

 そこまで言うと店員はわははっと響くような声で笑い出した。

 明左月と右月は、ただ呆然と店員の事を見つめていた。店員の言っていることは二人には全く理解できなかった。それは、この店員が突然狂いだしたとしか思えぬ光景だった。

 しかし、なぜか二人は店員の言葉に不安と恐怖に覚えていた。

 床下からしみ出すようにじわじわと読経が響いて来た。この店の床下には音響設備など無く、それは不可解なことであった。最初はかすかに聞こえる程度であったが、間もなくそれは気のせいでは済まない大きなになっていった。

 明左月と右月の背中にぞくぞくとする寒気が走り、理性を失わせるものが彼等を支配しようとしていた。ますます読経の音は大きくなり、二人の手は抑えようにも抑えられない震えを起こしていた。まるで冷凍庫の中にいるようにあたりに白いもやのようなものが立ち篭めた。

 音は際限無く大きくなり、二人の鼓膜を破裂させようかという勢いをもっていた。今や店員の笑い声さえも聞こえなかった。明左月と右月は耳を塞ぎたくても体が震えて思うように動かなかった。

 突然バサッと音をたて、今まで寝ていたのが嘘のようにみずきが起き上がった。

 明左月と右月にはみずきの様子を振り返る余裕は無かった。みずきは、かっと目を見開き店員を見つめた。すると店員はすっと目をつむり、そのまま無防備にばたりと倒れてしまった。全く受け身も無く倒れたため頭を強く床に打ちつけゴンという鈍い音がした。

 店員が倒れると床の下から響くような読経は消え、店の中に暖かみが蘇って来た。

 明左月と右月は体の震えを何とか抑えようとしながらみずきの方を向いた。

つづく

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