第9話 秘密クラブ(その3)
みずきは一人荒野に立っていた。
荒野ははるか先まで続き、その向こうに山々が連なっている。
今は夕暮れ時なのであろうか、太陽は沈みかけ、景色は全て朱色に染まっていた。足下から伸びている影は自分の数倍の大きさに伸びている。涼しい風が緩やかに吹きつけみずきの前髪を揺らしている。
みずきは足元を見た。
荒れた土地だった。草は全く生えていない。木々もほとんど無い。幾つか乾き、朽ち果てた小木が見られるだけだ。 大きな亀裂が地面を切り裂くように幾つも伸びていた。まるで大地震があった後のような光景だった。雨も何ヶ月も降った様子はなく土はからからに乾いていた。
背後で女の子がはしゃぐ声が聞こえた。みずきが振り向くと、そこには大きな冷蔵庫があり、その周りを女の子が楽しそうにぐるぐると走り回っていた。冷蔵庫は2メートル位の高さで銀色に輝やき、威風堂々とした形でそこに置かれていた。
こんな所での女の子と冷蔵庫は全く不自然な光景だった。この女の子はどこから現れ、この冷蔵庫は何者によってここに置かれたのか。しかし考えてみれば、みずき自身がここにいることでさえ不自然と言えるだろう。
みずきはその女の子をじっと見た。ショートカットの髪に赤いリボンを着け、ピンク色のドレスを着ている少女。おそらく4、5才ぐらいの子だろう。良く見ると、それは妹のえるだった。といっても今のえるではなく、幼い頃のえるだった。着ているドレスはよく外出の時に着ていくえるのお気に入りの服だった。
えるはみずきの事など全く気付く様子もなく、冷蔵庫の周りを回っている。
「える!」みずきは声をかけてみた。
呼び掛けられたえるは一旦足を止め、みずきの方を見た。えるは暫くの間不思議そうな顔をしてみずきの事を見つめていたが、やがて呼び掛けられたことなど忘れてしまったかのように再び冷蔵庫の周りを走り出した。
しばらく一人ではしゃぎながら走り回った後、えるは何を思ったか冷蔵庫の扉を開けた。そしてかくれんぼうをしている子供のような悪戯な笑みを浮かべ、冷蔵庫の中へ入っていってしまった。
扉はバタンと音を立てて締まり、何ごともなかったかのように静寂が広がった。
(危ないな)みずきは思った。
しばらく様子を伺っていたが全く出てくる気配はない。
(閉じ込められたかもしれない)みずきは不安になった。
(窒息する)
みずきは幼い頃、ごみ捨て場に放置された冷蔵庫に子どもがふざけて入り、出られなくなったまま死んでしまうニュースを良く聞いた。そして母親から捨てられている冷蔵庫で遊ぶなと厳しく言われた事を思い出した。今えるはその危険な状態にあった。冷蔵庫は中から開かない。
みずきはすたすたと冷蔵庫に近寄ると、冷蔵庫の扉を開けた。
冷蔵庫の中にえるはいなかった。それどころか冷蔵庫の中は何も無く空洞になっていた。まるでテレビの奇術ショーを見ているようだった。
みずきは冷蔵庫の中に頭を突っ込んで中をよく確認した。正面は真っ暗な闇があるのみで先はまるで確認できなかったが、下の方はまるで井戸のように細長い穴が続いており、底の方が薄ぼんやりと光っていた。
みずきは目を凝らして底にある物を確認しようとした。そこは窓の無い薄暗い部屋だった。隅のほうに鉄パイプで作られたようなベッドがある以外何も置かれて無さそうだった。壁も床も汚れたコンクリートで覆われており、冷え冷えとした感じがあった。
その鉄パイプのベッドの上に女の子が横たわっている。現在の、えるの姿だった。えるは特に体を拘束されている訳ではなかったがベッドの上でじっとしていた。
「える!」その姿を確認するや思わずみずきは叫んだ。えるは顔を上げた。目と目が合った。
えるの顔はやつれている程では無かったが、どことなく元気の無いものだった。
「助けて。」えるはそう言っているようだった。声は、か細く消え入りそうだったが、透き通るようにみずきの耳もとまで届いて来た。
「どうしたんだ。」みずきは再び叫んだ。
「助けて。」再びえるはそう言った。「ここから出られない。」
みずきはえるのいる部屋を注意深く見回した。そこには窓も扉も見当たらない。どこからか部屋をうっすらと照らしている明かりがえるを写し出しているが、それ以外は何も無かった。
「いったい、どうなってるんだ。」
みずきはえるを助け出そうと冷蔵庫の中へ入ろうとした。しかし冷蔵庫はみずきの侵入を許さなかった。柔らかい弾力のある何か。しかし目に見えない何かがみずきの侵入を食い止めようとした。
「くそっ。」みずきはその障害物を殴りつけたが、弾き返されてしまった。
えるの方を見ると、えるは悲しそうに首を横に振っていた。えるはなぜかは分からないが、みずきが自分の元へ来ることが出来ないことを察しているようだった。
「くそっ。どうやったらそっちへ行けるんだ。」
みずきは叫んだ。
それに対して、えるは答えない。代わりに一言「手紙」とつぶやいた。
その言葉を聞いて、みずきは急に尻のポケットに手紙が入っていることを思い出した。えるが部屋から消えた後、部屋に残されていた手紙。友人宛てに書いてあったと思われるものであるが、みずきは何と無く気になりそれをポケットにしまっていたのだ。
みずきが尻のポケットに手を当て中を探ると、そこには未だ突っ込んだままの手紙が残っていた。
えるの「手紙」という一言。
そして、みずきのポケットにある手紙。
みずきは手紙を取出し、読みはじめた。