第9話  秘密クラブ(その2)

「その前に、ひとつ聞きたいことがあります。」

 みずきは何とか明左月と右月のペースから逃れたかった。自分の方でも何か情報を得ようと、わざわざ言われるがままに来ているので、彼等の良いように扱われてお仕舞いと言う訳には行かないのだ。

「何かね。」

 明左月は冷静な態度で聞き返した。明左月の態度は最初からずっと高飛車で性急なものを感じさせたが、口で言う程急いでいるようでも無かった。ただ非常に無駄を嫌うタイプらしいことは感じられた。

「二人が現れる時に発生するあの残像は何なんですか?そしてあの残像の人物は。」

 みずきは残像が現れた方向を指して言った。今はもう残存は消えてしまっていて、みずきの指差す先には薄暗闇しか残っていない。明左月はゆっくりとみずきの指差す方を向いた。

「残像、、、?それはいったい何かね?」

 明左月は怪訝そうに聞き返した。明右月は表情を全く変えずみずきを見ている。

「残像は残像ですよ。あなた達二人が動くと、後にバチバチといった火花が散るような音と共に薄明るく残っているものがあるでしょう。何なんですか、あれは?。それにその像の人物そのものも気になるんですよ。」

 怪訝な顔をされ、みずきは少しむきになった。まるで自分が変なことを言っているような気がした。しかし明左月は怪訝な表情を変えることは無く、それどころか明左月と右月は互いの顔を見合わせると再度同じ質問を繰り返した。

「残像なんて、、、我々には全く見えていない。君が言っていることが良く分からない。」

 明左月と右月の表情はいたって真面目であった。二人してみずきのことをからかっているようにはとても思えない。

「今まで誰からも歩くとバチバチ言うとか残像があるなんて言われたことも無い。」

 明左月は付け足すように言った。

「しかし、、、」

 みずきは更にむきになって言い返そうとした。その時、明右月が物凄く良いタイミングで口を挟み入れた。

「君は見間違いか幻を見たのだ。」

 その声は恐ろしく低く大きく断定的な口調だった。明右月の表情は、みずきにこれ以上そのことについて言わせまいという意志が感じられた。それはその件について話題に上げられるのが困ると言うよりも、意味の無い話を続けることへの嫌悪のように感じられた。そしてみずきはその圧力に飲まれ、この話題に付いて続けることをためらった。

「先へ進めて良いかな?」

 穏やかな口調とは裏腹に、まばたきひとつせずにみずきを見つめる二人の顔はこれ以上の中断は認めないと言うように取れた。みずきは言葉を返せず、黙って二人の顔を見つめた。見れば見る程明左月と明右月の顔はそっくりだった。まるで一卵生双生児を見ているような感じだった。

「君はあの空き地でいったい何をしていたのかね。」

 明左月が訊ねた。

「猫を探しに。あなたたちが現れた時に僕が向かい合っていた猫がいたでしょう。あの猫を探しに来ていたんです。」

「ああ、あの君に今にも飛び掛からんとしていた猫か、、、あのままじゃ、君の身が危険かと思って威嚇用の銃を発射したのだが。」

(威嚇用?あれは単なる競技用のピストルじゃないか。確かに動物を脅かすには、あれでも良いかも知れないが)みずきは相手を馬鹿にしたような気分でそう思った。もちろん口には出さない。

「あれは君の飼い猫かね。それにしては雰囲気が穏やかではなかったが。」

「いえ。」

「では、なぜあの猫を探していたのかね。」

「猫が、、、あの猫が僕の妹の行方に関する情報を持っているかと思って、、、」

「猫が、、、情報を?」

 ほほうといった半ば馬鹿にしたような笑みを浮かべ、左月と右月は顔を見合わせた。みずきはちょっとむっとした。

「猫が、、、情報を?」

 左月が聞き返した。右月も笑みを浮かべたままこちらを見つめている。

みずきは自分の話をどこまで真面目に話そうか迷った。自分の今までの経緯をまともに信用し、聞こうとする相手なら話す価値はある。ひょっとしたら妹を探す手がかりやネロについての情報を得るのに役立つかもしれない。しかし今のところこの男たちはネロについて何か知っている様子は無いどころか、自分の話をまともに聞こうという姿勢すら怪しかった。適当に聞き流されたあげく、「さあ、冗談はこれくらいにして本当の所を話してもらおうか」などと話を振り出しに戻されてしまうかもしれない。確かにみずきの言おうとしていることは万人には理解されないことに違いない。だからこそ理解者の発見が重要なのだ。みずき一人が妹を探し歩いたところで限界がある。情報の提供者や手助けをしてくれる存在が必要なのだ。

「どうかしたのかね。」

 じっと考え込んで、黙っているみずきに明左月は話を促した。

「あなたこそ、あの空き地にどうして現れたんですか?それにあの死体は何なんですか?」

 みずきは切り返してみた。自分の事から何も進展が期待できそうも無ければ、あの不可思議な状況に付いての説明をしてもらう方がましな気がした。確かにあの状況で明左月が現れることや、ネロの座っていたドラム缶の中から死体が転がりだす等は尋常ではない事であった。

 明左月は一瞬後ろへ体を反らした。そう言うふうに切り返されるとは予期していないようだった。

 ごほんと1つ咳をして、明左月が答えはじめた。

「わたしは、とある件であの男の事を追跡していた。そしてあの空き地のどこかに隠されているという情報をキャッチしてわたしはそこへ向かった。そこへ猫と向き合っている君がいた。見たところ穏やかな雰囲気では無かったので、あの猫を威嚇した。そしてわたしの勘があのドラム缶の中に求めるものがあると囁いた。わたしはドラム缶を倒して中を確認した。果たして求める男は見つかった。死体であったのが計算違いだがな、、、わたしの関わっているこの件は非常に重要な問題を持っている。もちろん君の国の問題でもある。」

「なら警察にでも協力を依頼すれば、良いじゃないですか。僕とこうして話しているよりずっと有益ではないですか?」

「いや、君があそこにいたと言うことは、非常に重要なことを意味する。君がこの件に関してキーとなり得ることも考えられる。そしてわたしが本部に確認することにより、それは明確となった。」

 みずきにはよく理解できないことだった。しかし、明左月の断定的なものの言い方には何か人を納得させてしまうものがある。

「いずれ事が核心に近づき、君がその時、我々の近くに入れば、分かることがあろう。」

 みずきには返す言葉がなかった。うまく丸め込まれたような気もした。

「さあ、もう少し分かりやすい話をしてくれたまえ。」

 明左月は再びみずきを促した。

「あの猫は言葉を喋るんですよ。」

 みずきはそう切り出し、明左月と右月の様子を覗った。二人は再び顔を見合わせた。次に二人がみずきの方へ顔を向けた時には二人の顔には笑みは消えていた。二人が期待していたより話が飛んでいたせいであろう。

「話が、、、よくわからないな。」

 明左月はそうつぶやいた。顔は平静な顔をしているが、若干眉間に皺が寄っていた。みずきの話をどこまで真剣に捉えるべきか判断をつけかね、不安と苛立ちも多少なりとも出てきているのかもしれない。

 みずきとしては二人の表情と言葉はがっかりさせるものだった。

(自分の話を信用していないな)

 みずきはそう思った。信用していないという事は、みずきの期待するような情報をこの二人が持っていない事を意味する。そして協力者にもなり得ない。いくら二人が重要な事件を担当していたとしても、みずきにとって重要なのは妹の捜索だった。妹が発見できなければ、その他の重大事などみずきには意味をなさない。

(これ以上ここにいても意味が無いな)

 みずきは適当に切り上げて、ここから立ち去る方法を考えはじめた。

「猫が話すっていうのは、どういうことかね。まさか日本語を話すとでも言うんじゃ、、、」

「話すんですよ。日本語で。話すだけならまだしも、あの猫は僕の妹をさらっていってしまった。トランスフィールド何とかという魚を持ってこさせる為の人質としてね。、、、こんな話信じられないでしょう。」

 みずきの言い方は、開き直ったというかやけになったいうか素っ気無いものだった。

 相手の反応を待たずにみずきは立ち上がった。ちょっと待てと言われても強引に立ち去るつもりだった。

 しかし予想に反して、明左月も右月もみずきを引き止める事は動作はしなかった。それどころかびっくりした顔でみずきの顔を見つめている。今までの信用できない話を適当にあしらって聞いている顔とは明らかに違っていた。

「トランスフィールドフィッシュ、、、」

 明左月と右月は同時につぶやいた。そのつぶやきはみずきを立ち止まらせるのに、いかなる工夫を凝らした説得内容よりもはるかに凌ぐつぶやきだった。

 正確に魚の名をつぶやく二人にみずきは驚き、立ち止まったまま硬直した。二人は相変わらず呆然とみずきを見上げていた。

「知ってるんですか。」

「トランスフィールドフィッシュ、、、我々にとってそれは記号だ。」

 明左月はそうつぶやいた。みずきにとってその返事は訳の分からない事であったが、二人がみずきの話を信じようとしている事は伝わった。そしてトランスフィールドフィッシュを知っている事も。

 みずきはゆっくりと腰を下ろした。

 突然明左月と右月は胸元から手帳を取りだし、ごりごりとメモを取出した。よく観察すると明左月は右利きであり、右月は左利きだった。二人は全く同じ仕草と速度でメモを取り続けた。その姿はまるで間に鏡でも置いてあるかのように対照的な動きだった。

 みずきは二人が夢中になってメモを取り続けるのを黙った見つめていた。

「続きを聞かせてくれないか。」と明左月が次に言葉を発したのは、メモを取り始めて優に10分は経過した後だった。みずきは言われるがままに昨日からの出来事を全て話した。猫が家を訪れた事、自転車の少女の予言、猿の郵便配達、ビデオ、妹の失踪、母親の様子がおかしい事、押し入れからの別世界、当然そこにからむ魚、金魚やの事。話は延々と1時間にも及んだ。明左月も右月も口を全く挟まず、黙々とメモを取り続けた。

 話し終えてみずきは「ふーっ」と息をつき、背もたれに体を預けた。明左月と右月は互いに顔を見合わせると、手帳を胸元に戻した。そしてどこへ向けるとも無く手を挙げると、先程の女店員が注文の飲み物を思い出したように運んできた。

 テーブルの上にアイスコーヒーひとつとアロエのジュースが2つ置かれた。テーブルの上に青臭い匂いがぷんと漂った。みずきは明右月が何時の間に注文したのかということがほんの少し頭をかすめたが、どうでもいい事なのですぐに頭から消えた。

「大変良い話を聞かせてもらった。疲れたろう、さあ飲んでくれ。」

 明左月の言葉を待つまでもなく、みずきはグラスを取りアイスコーヒーを口にした。確かに話疲れて喉が渇いていた。グラスはカラカラという涼し気な氷の音を立てた。みずきは一気にアイスコーヒーを飲み干した。

 明左月と右月は満足そうにみずきの事を見つめている。

 アイスコーヒーを飲み干したみずきは再び音を立ててソファに体を倒した。

「よかったら、もう一杯どうかね。」

「いえ。」

 飲んでいる時は夢中だったがコーヒーはあまり良い味ではなかった。

 それから数分も立たないうちに、なぜか目の前がゆらゆらと揺れだした。目がかすみ、目をまたたかせても視点が合わなくなってきた。体が重くなり、睡魔がじわじわと忍び寄って来ている。

(疲れたかな)

 みずきは目をこすろうとしたが体が動かない。起き上がろうと思いつつも、気持ちが入らない。みずきは、まぶたがものすごい重みで閉じて行こうとするのに抵抗する力が出なかった。

 目が閉じる間際に明左月と右月の顔を見た。二人は笑っていた。そして意識を失った。

「眠ったかな。」

 確認するように明左月はつぶやいた。

「うん、眠った。」

 にやにやしながら右月は応えた。

「では、自白剤に基づいて調査続けるとしよう。準備の方を。」

 明左月は周囲を見回しながらそう言った。

 何時の間にか周りには店員たちも集まってきていた。

つづく

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