第7話 ひとりで金魚やへいく(その2)
みずきは昨日ネロと一緒に通った道を縫うようにして、金魚やヘの道を歩いていた。
昨日と全く同じ風景。違いはみずきの足下にしっぽを立てた猫が歩いていないだけ。その猫のぶつぶつとぼやくような話に、半ば上の空で付き合いながらこの道を歩いたのだった。みずきはそんな昨日の状況を思い出しながら歩き、言い知れぬ後悔の念を抱いていた。
(昨日あんな猫にかかわり合わなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない)
実際猫の話は日中暇つぶしに噂を話し合う中年の主婦の話題となんら変わり無いようなどうでも良い世間話だった。みずきはそんな話には全く関心が無く、内心は鬱陶しさを感じていて、出来れば、うるさい!っと一括して猫を蹴飛ばし、すたすたと家へ帰っても良かったと思っていた。なのに、実際はうんうんと声にならない声でうなずき、金魚やまで行ってしまったのだ。
そうするチャンスはいくらもあった。何でだろうと悔やむ反面、やはり話をする猫に心のどこかで好奇心があったのだろうという思いが見えかくれしたりした。それにもし、自分をターゲットにされて誘われていたのなら、どんな形であれ結果的には巻き込まれていただろう。そうだ、あの猫は僕の家に直接尋ねてきた。前から狙っていたといっていた。こうなる運命だったのだ。
みずきは心の葛藤を最終的には「仕方なかった」というふうに持っていこうとしていた。
かくして道は終点へ辿り着き、みずきは立ち止まった。
昨日と同じように金魚やはそこにあった。
しかし、大きな違いがあった。
金魚やは、店を閉じていた。
店の入り口の所に「突然ですが、当店は店を閉じました」というなぐり書きのような貼り紙が残されている。
(こんなことって、、、)
みずきは呆然と貼り紙を見つめた。
一夜にして金魚やは店をたたみ(昨日はそんな気配の微塵も無かったのに)、みずきは狐に化かされた村びとのように立ち尽くすしか術を知らない。道は金魚やによって一方的に断たれた。
無駄と知りつつ、みずきは店の中を覗き込んでみたりした。店の奥は真っ暗になっていて、人のいる気配は無い。昨日いた魚は全てどこかへ運ばれて行ったようである。
たった一日の間に、まるで夜逃げでもするかのようにこの金魚やはすっかりと荷物をまとめてどこかへ消えてしまったのだ。偶然として片付けるにはあまりにもタイミングが良すぎる。みずきがここへ来る事を見越して、逃げ出したのだ。それにあの魚を持っているということ。明らかにこの金魚やも敵か否かはどうあれ、猫のネロと関係がある。
といったような、今さら気付いても遅いようなことをみずきは考えていた。真っ暗な店の中をいつまでも覗き込むみずきの姿に、通りすがりの主婦や犬の散歩をさせている老人らが怪訝な視線を浴びせて通り過ぎて行った。みずきもそれは何となく気付いていたが、それ所では無かった。
近所の人にこの店のことについて聞いてみようとも思い、こちら側に歩いてくる通行人に訊ねようとした。しかし通行人はなぜか気味悪がるような仕種で、みずきが近付くと歩く角度をかえて離れるようにして歩き、声をかけても無視して立ち去ってしまう。
十数人に試みてみたがいずれも冷たくあしらわれた。
数時間経ち、疲労感も積もり、万策尽きたという感から諦めて店から離れようとしたとき、背後に自転車の少女がいることに気がついた。
昨日の少女、さやかだ。
「お困りのようね。」
さやかの存在に気がついたみずきに対し、自転車のハンドルに腕の乗せた格好で話し掛けた。手には2枚のカードをもっていてひらひらと弄んでいた。その姿は、さやかのここに現れた理由はカードによるものだと言うことを示しているようだった。
少なくともみずきは、そう受け取った。
「この店は何で閉めてしまったんだ。」
みずきは何の経緯の説明も無く、唐突にさやかにそう尋ねた。
「さあね?そんなこと知らないわ」
さやかはそっけなかった。
「君はどうしてここに?僕に会いに来たのか?」
さやかは何も答えず、少し口元に笑みを浮かべながらみずきを見つめていた。
「頼む。教えてくれ。君は何か知っているだろう。で無ければ、僕の所に再び現れたりしない。僕は昨日から大変な目に会い通しなんだ。
君の預言通りにね。」みずきには藁にすがる思いだった。
「わたしにはわからない。わたしに解るのはあなたがここに再びくるだろうと言うことだけ。確かにわたしもあなたの事が気になってもう一度占ってみたわ。そして困り果ててここに来るというイメージが浮かんだの。あなたの言う通りそれでわたしは、ここに現れたの。でもそれだけ、、、わたしはあなたがどうしてそんなに困っているのかすらわからない。」
それを聞いてみずきは、さやかと別れたあとの話を一部始終話して聞かせた。普通の人が聞いたら余りにも荒唐無稽な話で、恐らく冗談としか取らないであろう内容にさやかは真面目な顔つきで聞き入っていた。さやかは確かに有り得る話として話を受け止めていた。
「ふうん。そうなんだ。あの猫、うさん臭いと思ってたけど、やっぱり、、、それにしても思ってたより話は大きいわね。下手な動きをするとあなたの妹もあぶないんじゃない?」
一通り聞きおえると、さやかはそう言った。なぜさやかは、いとも簡単にみずきの話を受け入れるのか、それも考えてみれば不思議な事であるが、今のみずきにはどうでも良い事だった。
「そうなんだ、、こんなこと警察には言えないし。助けてくれよ。」
「そんな事言われても、、、わたしには何も出来ないわ。」
「この先を占ってくれよ。君は占いが出来るんだろう?このカードで次にどうしたら良いのか占ってくれよ。」
みずきはさやかの持っているカードを指差して言った。
さやかは手に持っているカードを鼻の所に押し付け何かを考え込んだ。
みずきは、さやかが占い始めるのを期待した。
しかし間もなくさやかは、「いやよ」と冷たい声を返した。
さやかの冷たい表情に、みずきは筋合いの無い憎しみを感じた。
「どうして?なぜ嫌なんだ?そう言いながら君は僕の前に現れる。君は僕が困っているのを見て楽しんでいるのか?君は今まで僕の事を占ってきた。そして僕がその占いが適中している事を認めてるんだ。その先を教えてくれよ。」
その質問には、さやかは応えない。あいかわらず鼻の所にカードを押し当てている。目はみずきの方を向けていながらみずきのことは見ていなかった。
「おい、何考えているんだ。頼むよ。」
みずきはさやかの肩を揺すぶった。さやかは揺さぶられるままに遠くを見つめていた。そしてカードに隠された口の中で何やら呪文のようにぶつぶつとつぶやいていた。しかし、みずきにはそんなことは気付く余裕は無い。
突然、風が強く舞い二人の間に分け入った。
みずきの目にほこりが入り、目を押さえながらさやかの側を少し離れた。
「占う必然性をわたしが感じれば、占うわ。でなければ、いくら占ってみても決して当たらない、、、」
さやかの視線がみずきに戻った。みずきはそれ以上何も言えなかった。そして近づく事もできなかった。強い風がさやかの周りを舞い、近づく事を許さないようにみずきには感じられた。確かにさやかは強い風に巻かれていた。にも関わらず、さやかはまばたきひとつせず、みずきを見つめていた。
まるで風が吹いている事など感じていないかのように。
「ネロはいつもの空き地にいたわ。さっきここへ来る途中そこへ立ち寄ったら見かけたの。」
さやかはカードを鼻先から離して、そう言った。
「わたしが言えることは、それだけ。」
さやかの厳しい表情から、そうみずきに告げられた。
(それは、僕に空き地ヘ行けっていう事なのか)
みずきは、そう言おうとしてためらっていた。さやかはそれを察するように付け加えた。
「わたしはただ思い出した事を言っただけ。これは占いでも何でも無いわ。これからどこに行くのか、何をするのかを選ぶのはあなたよ。」
誰の選択であれ、さやかの言葉からみずきには空き地へ行く事が必須のように感じられた。
黙ったままで立っているみずきに対し、さやかはにこりと笑みを浮かべ「じゃあ、また会いましょう!」と自転車の向きをかえて去ってしまった。みずきとしては、さやかがいっしょに空き地まで行ってくれることを多少期待していたため、がっかりしたような思いでさやかを見送った。