第2話  自転車の少女

   その女の子はみずきの方へものすごいスピードで突進し、ぶつかる直前で急ブレーキをかけ彼の方へ真横になるよ

  うな形で止まった。小さな砂煙が腰のあたりまで舞い上がった。みずきはとっさのことにびっくりこそすれ、体はぴ

  くりとも動かすことができなかった。女の子は前にかかる髪の毛を首の後ろにそらしてはらいのけ、みずきの方を見

  た。みずきの方も今起きている事態を理解できないでいつつも、その女の子のことを上から下まで見つめて観察して

  いた。髪は肩より上のショートカット、丸顔で化粧気なし、ただし耳に小さなピアス、カッターシャツに赤、黒

  のタータンのミニスカート。シャツは短いのでスカートの外に出している。足元は短めのソックスにあまり高そうで

  ないスニーカを履いている。

 (高校生か)

  みずきはそう思った。

  黙っているみずきに女の子はややぶっきらぼうな口調で話しかけてきた。

 「あなた、、、」遠くに消えようとしている猫の方を見つめ「あの猫の飼い主?」

  風に吹かれて巻つく髪の毛を邪魔そうに手で掻き分けながらみずきのほうに目を戻した。

 「いや」

  みずきがそう答えると、女の子はうれしそうにうふっと笑い、

 「やっぱね」

  と自信気につぶやいた。

 「あの猫、ネロっていう野良猫よ。そうでしょう?3丁目の空き地に住んでるの。よくそこを通りがかる人に愛想良く

 声掛けてるわ。あなたもよく声掛けられるんでしょう?そんな顔してるもの。あの猫ひとをみて声掛けてるのよ。」

 「君は、、、」

  みずきの心に疑問が浮きでた。しかし女の子はみずきの心を見透かすように言葉を続けた。

 「なぜ君は、あの猫の名前を知ってるの?そう思ったでしょ?びっくりした?考え読まれて、、」

  みずきは黙って女の子を見つめていた。返す言葉がなかった。

 「簡単なことよ。あなただって知ってるんだから、別に不思議なことじゃないでしょう?わたしは、あの猫に話しか

 けられたことがあるの。私はネロというものですがってね。ときどきあの空き地の脇をわたし通るのよ。そうしたら

 汚いドラム缶の上にあの猫が眠そうに目をしょぼしょぼさせて座ってて、ちょっと見かわいいもんだから近寄って見

 たら急に顔つきが変わって、へっへってな感じでしゃべりだしたのよ。でも、大してびっくりしなかったわ。」

 (不思議なことじゃない?なぜ不思議じゃないんだ。)

 「不思議じゃないわ。そうでしょう?あなただってそう不思議と思わずあの猫とここまで来た。そうじゃなくて?」

  みずきの心を見透かす言葉は更に続いた。

 「ちょっと変に思ったけれど、まあいいやって。今あなたが思うほど変な事態でここまで来たのかしら」

  女の子は得意気にみずきを見つめる。

 「きみはいったい誰なんだ」

 「わたしは如月さやか。日向高校の2年生。ほら、となり町の駅から坂を上っていったところに蔦でぐるぐる巻の古く

 さい校舎があるでしょう。あれ私の学校。、、、でもあなたといる私は一人の占い師。」

 「占い師?」

 「そう」さやかは得意そうにポケットからカードを取り出した。カードは表面は金色でイタリック調のアルファベッ

 トが描かれ、裏は墨を塗ったように真っ黒だった。どうやら A から Zまで27枚あるようだ。

 「これをね、心を無にして並べるの。好きなだけ取って、好きなように並べるの。で、その並べられた形とそこに現

 われたアルファベットで今や将来起こることを占うの。」

 「どうやって判断するの?説明書でもついてるの?」

 「無いわよ」ふっと馬鹿にしたように笑った。「イメージよ。イメージが沸き上がるの。そして、、、」

  さやかはそのカードの中から3枚のカードを抜き出してみずきの方へ向けた。

 「わたし、昨日の夜、家で勉強してたんだけど、ちょっと休憩がてらに軽ーく明日の占いなんかしようかなんて思っ

 て。やってみたんだけど、驚いたことに大変なカードが出てきちゃって。っていうかイメージなんだけど、、、

 でも、どうみても間違いなさそうだし。わたしの占いってすごく当たるのよ。今まで外れたことがないのよ。それで

 大変大変ってんで絶対確かめなくっちゃって。」

 みずきの方に向けられたカードは L と M と N を示していた。

 「これ、凶相なの」意地悪い目でみずきをみた。「どういうことか知りたい?」

 「ぼくに関係あるっていうのか」少し不機嫌な口調で応えた。

 「そう」悪びれずにカードの説明を始めた。「まず、頭にペットショップが浮かんだの。背景が真っ赤。これ滅多に

 無い凶相なのよ。背景がね。、、で、この N のカード。これ、ネロよ。NEROのN。あの猫、不吉をもたらすもの

 としてイメージされてるわ。そして M。あなた名前は?」

 「あおい」

 「あおい?」一瞬不安気に聞き返した。「あおい、、なんていうの?」

 「あおい みずき」

 「でしょう。」にっこりと微笑んだ。「みずき。MIZUKIのMよ。混乱に巻込まれるものの相としてイメージされてる

 わ。N は M を混乱に巻込むのよ。気をつけたほうがいいわ。ところで、大学生?」

 「ああ。、、、それが何か?」

 「いえ。今、じゃあ夏休みよね?良かったわ。あまり学校に行くのはと良くないと思うの。何かいけないことが待っ

 ているような暗示が隠れているような気がして。」

 「そんな事言われても、、、そりゃ無理だな。いくら夏休みでも色々と約束があるんだ。でかけるさ。」

 「やめなってば」

 「何が起こるっていうんだよ」

  さやかの横柄な言い方に思わずむっとして言い返した。

 「、、、、、」

 「行くさ。」

 「そう。ま、勝手にして」

  あきれたように、肩を上に上げた。

 「どうしてあの猫と一緒にあのペットショップへ?あの猫に何か言われたの?」

 「見たい魚がいるから一緒に来てくれって。」

 「見たい魚?黄色い魚?」

 「うーん、ああ、そうだね。トランス何とかいう魚だった。」

 「ふーん、T 、F かしら。違うみたいね。」

  ここまで順調に説明をしてきたさやかの手には最後の一枚が上げられていたが、声のトーンはいささかダウンして

 いた。

 「そして L なのよ。不吉な風を受ける不幸な運命のイメージ。、、、でもここにはいないわ。」

 がっかりした風に肩を落とし、それから当たりを見回した。

 「L が付く人なんてなかなかいないわ。あなた知ってる。」

 「馬鹿馬鹿しい」

  いままでの説明を吹き飛ばすような強い口調でいった。

 「そんな占いなんて当てになるものか。あの空き地の猫が何をするっていうんだ。ただの猫じゃないか。ちょっと話

 をしたりして気味悪いけど、別に悪さをする風でもないし。第一もうあの猫とはさっき別れたんだから今さらどうと

 いうことはない。」

 「あら」意外そうな顔でみずきを見た。「あの猫は悪魔に魂を売った猫よ。でなきゃ。喋れる分けないわ。」

  さやかの真剣な目にみずきはぞくぞくと背筋に寒気が走った。とても冗談や嘘を言っているとは思えない目。

 (言葉を喋る猫。悪魔に魂を売った、不吉を呼ぶ猫。)

  さやかの言葉が頭を走る。

  そんなみずきの気持ちをよそに、無神経なさやかは質問をぶつける。

 「ね、ほんとに L って人知らない?」

 「知らない」

  捨てる様に言った。

 「そう、、、。とっても重要なのよ。」

  しばらくの間じっと考えこんでなんとか手がかりを得ようと努力していたが、やがてがっかりしたため息をつき、

  しょうがないと言う顔付きでさやかは自転車のハンドルをぐりぐりといじくり、前のタイヤを自分が来た方へ向け

  た。

 「あまり信じてくれてないみたいだけど、本当にあたしの占い当たるのよ。今までも大きな事故を多く当ててきた

  わ。そして今回も。今回も当たるような気がするの。それが何だかわからないけど、すごく強いイメージがわたしの

 中のあるのよ。」

  みずきは無言でさやかをみつめていた。

 「まあ、もしわかったら気を付けてあげることね。いずれあなたはそれに巻込まれるからわかるわ。」

  そこまで言うと、さやかは自転車を漕いで走り出した。

 「それじゃあ、気を付けて」

  走り去るさやかをみずきは無言で見送った。しかし、頭の中は一つの言葉に支配されていた。 

 「 L。 える。」みずきはつぶやいた。「あおい える。 妹の名前だ。」

  

つづく

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