ホームズがまた階段から落ちた。調子に乗って一気に階段を駆け上がろうとし、足を踏み外したようだ。そして今回も救助の手は間に合わなかった。
だが音から察するに、さほど上からでもなさそうだった。せいぜい3,4段くらい。特に怪我をした様子もない。
しかしながら当のホームズには、前回落ちた時よりも今回のほうがショックが大きかったようだ。キュヒ〜ン、キュヒ〜ンと鳴きながら腰を抜かしている。抱き上げてなだめるも、しばらくの間しょんぼりしていた。
にもかかわらず、ヤツは懲りていなかった。そしてまた足を踏み外した。
今度は後ろにいたのですぐにホームズを受け止め、落ちるまでには至らなかったが。
同じ日に、しかもたいして時間を違えず2度も怖い目にあったホームズ。
にもかかわらず、にもかかわらず、である。これまた全然懲りていない。ブレイズなど1度落ちたら当分の間は階段をおりようとも、のぼろうともしなかったのに。
ホームズ、キミのその自信はどこからくるのだろうねぇ。
ホームズはスクスクと成長し、大きくなった。
すでに転落防止フェンスの隙間からは、顔だけしか出せなくなっている。これでようやくホッとしたわけだが、ホームズは諦めきれないでいるらしい。なんとか通り抜けようと、何度も隙間から顔を出したり引っ込めたりしている。
それでもダメだと悟ると、ついには邪魔なワイヤーを齧りはじめた。いつの日にかワイヤーを食いちぎり、そこから脱走するのが今のホームズの野望だ。
でもその時までにはさらに身体が大きくなり、たとえワイヤーが無くても通り抜けできなくなっているであろうことをホームズは知らない。
お散歩タイム。その気配を感じると、3頭の犬たちは俄然張り切りだす。と、ここまでは今までと変わらない光景なのだが…。
ワト&ブレコンビにくっついて、ホームズは元気良く家の玄関を飛び出す。そして門までの数歩の道のりを、植木や雑草にちょっかいを出しながらピョンピョン跳ねるように進んでいく。
ところが門から1歩外に出たとたん、そのハッスルぶりが嘘のように萎んで「お家に入る〜」モードに突入するようになってしまった。
いくらなだめても、リードを引いてみても、頑として家の前から動こうとしない。仕方がないので右手でワトスンとブレイズを引き、左でホームズを抱えあげて出発する。
しばらく前から朝に夕に、こんなことが続いていた。
まさか最後まで抱っこして歩いたのでは散歩の意味が無い。途中、所々で降ろして歩かせようと試みるのだが、ホームズはただブルブルと震えて座り込んでしまうだけ。
それが折り返し地点のあたりになると、今度はそそくさと歩き出す。一刻も早く家へ帰りつきたいのだ。そういうところだけは良く憶えている。
きっかけが何だったのかは大いに謎。散歩に出るようになって以来、ホームズが外を怖がるに値するような事件は何も心当たりがない。
自我の芽生えとでも言うのだろうか。成長とともに無鉄砲さが白と黒に分かれ、『恐怖』という感情を認識するようになったのだろうか。
それとも人間にとっては気にならない、他愛も無い何かが、ホームズにとっては怖い体験となってしまったのだろうか。
いずれにせよ、ちょっと困ったことになっている。
散歩を嫌がるようになったホームズだが、外で会う『人間』に対しても『犬』に対しても恐怖を感じているらしい。
ブレイズがホームズぐらいの時には、だれかれ構わずに尻尾を振って寄って行っては愛敬をふりまいたものだ。ただし犬に関してはワトスンを基準と見なしていて、それ以上の大きさだと「ビビリモード」が発動される。
ホームズの場合、相手が仔犬でも怖い。前方から人が歩いてくると警戒している。「かわいいわね〜」と声を掛けていただいても、尻込みしてうしろに隠れてしまう。
それが家だと様相は一変する。来客に対して真っ先に飛びつき、顔を舐めようと足元でピョンピョン跳ね回る、人間大好き犬に変身してしまう。
ワトスンやブレイズに対しても強気だ。2頭を相手に大立ち回りを演じることもしばしば。
そして(当然のごとく)負けると悔しがって、物に八つ当たりをする。
そんな内弁慶のホームズに最近ついたあだ名が「腰抜けちゃん」。この先どうなることやら。
外部の物音に反応して、ワトスンとブレイズがものすごい勢いで吠え出した。
驚いたホームズが、テレビの裏の隙間に逃げ込む。なんとか2頭を静め、出てくるようにホームズを説得する。埃まみれになった小さな身体が恐る恐る姿をあらわす。
ホームズの埃を払いながら、「もしかして!?」とある考が浮かんだ。ホームズが散歩を怖がるようになった原因についてだ。
チャレンジャーのワトスンは、散歩の途中でよその犬に喧嘩を売ることが多い。ブレイズはホームズが同行するようになってから保護意識の成せるわざか、やはり好戦的になっている。
そしてその2頭を叱責する飼い主。場は一時ワンワン、ギャーギャー、コラ!コラ!の喧騒状態に陥る。
ホームズにしてみれば、(一応は)自分より強いと思っている姉さんたちだ。それがここまで攻撃を仕掛けるということは、相手がよほど凶悪に違いないと思い込んでしまったのではなかろうか。心理分析の心得がないので、実際のところは定かではないが。
以来ホームズ単独であったり、ブレイズと抱き合わせにしたりと、お散歩バリエーションを作りホームズの更生に努めている。
ホームズを恐怖のどん底に突き落とす事件が起きた。
それは夕方のお散歩タイムでのこと。進路の歩道に大きな犬が繋がれていたため、喧嘩を避けようと1本裏の道を通ることにしたことから始まった。
表通りと違って裏通りは暗い。路肩に1匹の子猫(大きさ的には中猫だった)がうずくまっていた。べつだん気にせずにその横を通り過ぎようとした時、全身の毛を逆立てている親猫の姿が目に入った。暗かったため、至近距離に近づくまで気づかなかったのだ。
慌ててリードを引いたが、時すでに遅し。先頭にいたワトスンが猫パンチをお見舞いされてしまった。白い毛の塊がふたつ、道路をコロコロと転がっていく。
こちらは3頭、対する親猫は1匹。普段ならそそくさと逃げ出すであろうが、今は子猫を守るために先方も必死だ。
幸いにもワトスンとブレイズは突然の出来事に呆然としてしまい、反撃する気配は無い。怒り狂っている親猫を牽制しつつ、第2弾のパンチが繰り出される前にと、急いで来た道を戻ろうとした時だった。
「キャオーン!キャオーン!」と悲鳴をあげながら、ホームズがその場にへたり込む。猫パンチをお見舞いされたのは、ホームズではなくワトスンなのだが…。
腰の抜けたホームズを鷲掴みにし、急いでその場を退散する。
家に帰り着くや否や、ワトスンに怪我が無いかを確認。毛深いおかげで大丈夫だったようだ。血が出ている様子は無い。とにかくひと安心。
こんなことを言ってはワトスンに悪いが、猫パンチされたのがワトスンで良かったと思う。
これが毛の薄いブレイズやホームズだったら、ちょっと大変なことになっていたかも知れないからだ。
ちょっとした不注意の招いた事件だったが、ただでさえ「暗いよ〜、怖いよ〜」のホームズに新たなる恐怖を植え付ける結果になってしまったのではないだろうか。
我が家の犬たち&猫の親子サン、ゴメンチャイ。
干物犬だったブレイズが、どすこい犬になってしまった。
抱き上げるとズシリと重い。座っている姿を背後から見ると、小山の上に小さな頭がちょこんと乗っているかのよう。
今年は新年の目標として「脱!干物犬」を掲げていたのだが、それがいつしかダイエット敢行令になってしまった。感無量といおうか、皮肉といおうか…。
あれほど食が細いと嘆いていたブレイズが、今では3姉妹の中でいちばん油断がならない。
我が家の食卓は、俗に言うちゃぶ台式のものだ。だから食事時にうっかりよそ見などしていようものなら、いつの間にかブレイズがおかずを舐めていたりする。
ワトスンはそこまでしない。せいぜいがそばへ寄って来て、食べ物の匂い漂う空気を舐めているくらい。ホームズにも、まだそこまでの知恵はない。
ブレイズはさりげなさを装って、通り過ぎざまにベロッとひと舐めしていく技も持っている。そんなブレイズがこのところ執念を燃やしているのは、枝豆の殻を奪取すること。
勧誘の電話がかかってきた。何某かの説明会をするのでお越しくださいと。
もちろん行く気など無いが、相手も仕事だと思うとなかなか無下には断れない。以前の職場では会社案内のDM発送も担当していたので、なんだか身につまされるのだ。
そうこうしているうちに、以下の会話となった。
勧誘員 「皆さん、最初は興味がないとおっしゃるんですよ〜」
私 「でも、うち小さい子供がいるので手が掛かるんです」
勧誘員 「そういうかたこそ、ぜひご家族で」
私 「下から、4ヶ月、1歳半、10歳なんで、もう手一杯です。とてもそんな余裕あり
ません」
勧誘員 「そうですか〜。では、また機会がありましたら…」
嘘はついていない。
ホームズはまだ正式な音階で吠えられない。
「ゥニャン!ニャン!」と、やたらハイトーンだ。
最近、このホームズの声色を真似するのが母と私の間で流行っている。
傍から見たら、単なるバカ親子だ。
ホームズに比べれば、ブレイズはおっとりお嬢さんといえよう。これまで高い場所になど登ったことがなかった。
我が家の2階の障子の部屋は現在、物置と化しており、冬に使う毛布や衣類などが仕舞われている。その山と積まれたケースの上にホームズが登るものだから、ブレイズも真似するようになってしまった。
1度覚えると得意になるのは、何もホームズだけではない。ふと気づくと、ブレイズが毛布を収めたビニールケースの上で寝ていたりする。衣類の入っているプラスチックケースは硬いが、毛布入りのビニールケースは柔らかいので気に入ったらしい。
ホームズのように齧って穴を開けるわけでもないので、今のところ黙認されている。
ウンチばら撒き攻撃は影を潜めたものの、ホームズは相変わらずディスプレイの天才だ。
うっかりティッシュの箱を届くところに置き忘れていようものなら、部屋中がクリスマス仕様になっていたりする。
そんな時、必ずホームズは疾風のごとく逃げ去ってしまう。そしてあとには前足でティッシュを抱え、驚いたようにまん丸な目でこちらを見上げているブレイズだけが残される。
だがうまく逃げおおせたつもりでも、こちらは誰が主犯か百も承知。そんなわけで2頭まとめて成敗している。
ホームズの歯が抜け替わりはじめた。
前歯がみそっ歯になっていて、口を開けるとちょっとおマヌケ。
ワトスンもブレイズも抜けた乳歯の何本かは発見し、個別に保管してある。
さて、ホームズのは何本くらい見つけることができるだろうか。
そのうち収集した乳歯を繋いで首飾りでも作ろうと思っている…わけがない。