ホームズの妹が、お母さんと一緒に遊びに来てくれた。
サナちゃんという名前のその子は、ホームズよりもやや小柄で、とても愛らしい顔立ちをしている。
姉妹だと分かっているのか、ホームズとサナちゃんはすぐに意気投合した。まさに『毬のよう』になって、こけつまろびつしながらキャッキャとじゃれ合う。
ブレイズも仲間に入りたいようなのだが、すぐに遊びの輪の外にはじき出されてしまう。同じ年頃の仔犬パワーには、少々ついていけないようだ。諦めてサナちゃんママに愛敬をふりまき始める。
しかし楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてしまう。
サナちゃんが帰った後、ホームズとブレイズは不思議そうに部屋の中を探し回っていた。
「あれ、何処に隠れちゃったの?」とでも言いたげに。

そいうい仕草がまたかわいかったりする(←親バカ)


ホームズが我が家に来てから初めての外出の日を迎えた。それはつまり予防注射の日。
さらに初体験なのは、リードを付けられること。おおかたの予想はしていたが、生まれて初めて行動の自由を奪われるこの儀式は、野生動物の捕獲となんら変わりがない感じがする。
ギャーギャーと抵抗するホームズをむんずと小脇に抱え、玄関の扉を開ける。すると瞬く間にホームズは固まってしまった。そこは想像をはるかに越えた、大きな大きな世界。
街のざわめきの生の音は、小さなホームズがカルチャーショックを受けるには充分すぎるほど壮大だったのだ。

でも驚くのはまだ早い。これからもっと大きな驚きが待っている。いや、恐怖かな…。
今のうち、とばかりに固まっているホームズを病院に担ぎ込み、診察台の上へ。
そして本日のメインイベント。注射針がズンズンと細い首に迫る。BGMを入れるとすれば、やはりここは「ジョーズ」のテーマか。
チクッと針が刺さると、「キュフーン」と切ない溜め息が漏れる。ハイ、終わり。よしよし、よく頑張った。エライエライ。

ホッとしたのも束の間、次の瞬間、「ギャオーン、ギャオーン、ギャオーン!!」と病院中に響き渡る声で、ホームズが絶叫を始めた。まるで地獄の釜の蓋が開いたような騒ぎだ。
いくらなだめても一向に泣き止まない。気持ちは分かるけど、他の患者さんに迷惑だから続きは帰ってからにして欲しいと切に願った。

ちなみにワトスンも絶叫犬である。爪を切ってもらうだけでも大騒ぎ。
帰宅後ようやく自由の身となったホームズだが、すぐにはショックから立ち直れないらしく、借りてきた猫のようにちんまりとベッドの隅に納まっている。
こんなに大人しいホームズを見たのは実に久しぶりだ。



ホームズはなかなかのヒョウキン者だと思う。
暑さしのぎに水飲みボールの周りで寝ていることは以前に書いたと思うが、
ついにボールの中で水に浸かったまま昼寝をしていたそうだ。体調面を考えてなるべく冷房を使わないようにしているせいもあるが、だからといってそんな涼み方をするなんて誰が想像できただろう。
YOKOさんからも「うち出身にしては珍しく吉本系」のお墨付きをいただいている。
実は三番めはオモロイ子が欲しかった。だからホームズが生まれた時、顔の模様を見た瞬間にすぐ「この子だ!」と思ったのだ。顔の模様がおもしろいからといって性格がヒョウキンだとは限らないが、とにかく第一印象で「絶対にこの子はうちに来る為に生まれてきた!」と、少々オーバーだがそう感じていた。
思い込みの激しいことはさて置いても、結果は予想以上の大当たりだった。こうなったら是非ホームズには、Little Wonder家はじまって以来のお笑い犬の道を歩んで欲しいと思う。


単なる偶然といえば、偶然に過ぎない話である。
エースパパのファンである身としては、ブレイズの次の子も、できればエースパパの血を引く子が欲しかった。
そして春、アンジーちゃんの妊娠報告を耳にした。この話に飛びつかないはずはなく、すぐさまYOKOさんに熱烈なるアプローチを開始する。
やや年老いたワトスンに配慮して今回も女の子希望だったのだが、超音波で確認したアンジーちゃんのお腹の中には2頭の赤ちゃんしかいなかった。
アンジーちゃんの身体のサイズを考えれば妥当な数なのだが、その時点では女の子が2頭生まれれば、そのうちの1頭を譲り受けられるという話になっていた。かなり際どい線だ。

しかし神は我に味方した。続いてアリアちゃんの妊娠が判明したのだ!やっほ〜!!
アンジーちゃんとアリアちゃんの妊娠が分かってからというもの、祈祷師のようにひたすら祈った。「女の子〜、女の子よ生まれてちょうだい〜」と。
朝も昼も夜も頭の中はひたすらイタグレ一色で、とうとうYOKOさんから「生まれてから考えようよ」と諭されてしまうくらいだった。

仕事中も頭から離れないものだから、お客さんと子供の話をしていて「うちは男の子かっ…(飼ったことないから)」と言いそうになったことも。慌てて言葉を飲み込んだのでお客さんは気づかなかったようだが、傍で聞いていた母にはバレていた。
いくら我が家では家族だといっても、そのかた(人間)の子供さんと一緒にしては相手が気を悪くされるだろう。日本では、まだまだ犬たちの地位は低いのが現状だし。

そんな折も折り、夢を見た。アンジーちゃんが出産した夢。そこでは2頭とも男の子だった。
ほどなくして、アンジーちゃんは本当に2頭の男の子を出産した。

単なる偶然と言われてしまえばそれまでだが、私的にはアンジーちゃんがテレパシーを送って教えてくれたような気がしてならない。あまりにも気持ちが突っ走りすぎていたので、「期待しすぎないでね」と。
結局はアリアちゃんが女の子を産んでくれて、晴れてホームズを家族に迎えることができた。
この話はまさに夢物語かも知れないが、科学では証明できないことも世の中には存在する。
テレパシー。そんなことがあっても良いのではないだろうか。


初めてブレイズが我が家に来た時、まるで薄幸の美少女みたいだと思った。
ガラス細工のように繊細な手足(日本犬に比べれば)、潤んだ瞳(のちに涙目と判明)、憂いを帯びた表情(まだ寒かったから)に騙されて、家族ともども随分と気を使ったものだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。
今にして思えばその気の使い過ぎが、かえって逆効果だった気もする。もっとのびのびと育ててやれば良かったのだが、こちらもイタグレなど初めてだったもので些細なことにまで右往左往してしまい、ブレイズをすっかり箱入り娘にしてしまった。

幼少時代のブレイズは食が細かった。ドッグフードを食器に入れてやっても、見向きもしない日が続く。目の前に置くと「フン!」とでも言いたげな感じで、食器を鼻で押しやってそっぽを向いてしまうのだ。
最初はこちらも強気に「食べないんだったら勝手にしなさい!」くらいの威厳を示した。
だがブレイズは本当に勝手にしてしまった。ここに至って飼い主サイドの威厳は崩落し、悩める日々が始まる。

手から直接に食べさせてみたり、フードの銘柄を変えてみたり、フードに混ぜる缶詰も1種類だと食べが悪くなるので数種類を交代で使ったり…。とにかく試行錯誤の連続だった。
この頃のブレイズの写真を見るとガリガリに痩せており、まさに干物犬のだ。アジと一緒に浜辺で天日干しされていても、何の違和感もないだろう。
それが何時の頃からか(たぶん食事が1日1食になったあたり)、ブレイズの食欲が徐々に軌道に乗り始めた。カリカリ(ドライフード)だけでも平気で食べてくれるようになり、しかも食事の時間を楽しみにするようにまでなったのだ。
「1年過ぎると身体ができあがってくるから、あまり心配はいらないよ」というYOKOさんのお言葉通り、1年半たった今ではブレイズの身体は見違えるほど立派になっている。
さてホームズだが、この子は食が細いわけではない。しかし集中して食べない。少し食べてはフラフラ、また少し食べてはフラフラと部屋を徘徊する。
「ホームズ、もうご馳走さまなの?」と食器を見せると、また飛んできて少し食べる。だからなかなか食べ終わらない。そこへ早々に食べ終わったワト&ブレコンビが、鵜の目鷹の目で寄ってくる。「ダメ!」と警告して我慢させるものの、そこはやはり犬。ついフラ〜ッと顔が食器に近づいてしまう。

これではワトスンたちがかわいそうだし、きちんと食べるクセをつけるためにも断固とした態度を取らねばと思うのだが、その度に干物犬の恐怖が頭をよぎる。
そして今日もまたホームズの遊び食いに、延々と付き合ってしまうのであった。そのうちに何とかなるさ、と自分を慰めつつ。。。



「暖簾に腕押し」という諺があるが、ホームズとの関係はまさにそこから出発したと言っても過言ではない。いや、それはホームズに限ったことではないが。
家族になりたての頃の子犬は、こちらの言葉に全く耳を貸してくれない。ただ自分の意思あるのみ。いくら名前を呼んでも、いくら悪戯を咎めても、いくら言葉をかけても、寒々とした反応しか返ってこない。
それが生活を共にしていくうちに変化していく。アイコンタクトをとるようになる、言葉の意味を理解するようになる、などなど。その過程がけっこう好きだ。少しずつ気持ちが通じ合っていくのが嬉しい。
相手はプログラミングされた機械ではなく心ある生き物なのだから、最初から何もかもが上手くゆき過ぎては寂しくないだろうか。それよりも子供らしいやんちゃぶりで、どんどん個性を発揮して欲しい。時にはこめかみで青筋がヒクヒクするような事もしでかしてくれるが、そんな出来事こそ後になってみれば笑い話の恰好のネタになる。ホームズの成長ぶりは人間家族の会話をさらに増やし、楽しませてくれている。