7月某日、待ちに待った仔犬がやってきた!!この日のなんと待ち遠しかったことか!
それまでの数ヶ月というものは時間が過ぎていくのが妙にのろく、1日がとてつもない長さになったような気分だった。
Yokoさんやpanさんに送っていただいた写真を眺めてはカレンダーに目を向ける、そんなことを日に何度も繰り返して指折り数えていた日がついにやってきたのだ!
すでに我が家にはブレイズの他にワトスンという名の10歳になる日本犬がおり、「デコちゃん」の愛称で呼ばれていたこの子は三女ということになる。そして家族のブーイングをものともしない完全なる独断と趣味により、彼女には「ホームズ」という女の子らしからぬ名前が用意されていた。
さて、好むと好まざるとにかかわらずホームズと命名されてしまった仔犬が我が家に到着し、キャリーケースの中からひょこっと顔を出すと、先住犬であるワト&ブレコンビは「誰?誰?こいつ何!?」とばかりにこぞって匂いを嗅ぎ始め、ホームズの小さな身体はみるみるうちにワトスンの白と、ブレイズのフォーンの津波の中に埋もれていった。
やがて部屋の探索を始めたホームズにも、2頭はぴったりとついて回る。右へゾロゾロ、左へゾロゾロ…。まるで大名行列のようで、なんだかホームズが偉そうに見えたりして。
いつしか夜も更け、探索と新しい家族の歓迎(?)に疲れたホームズは、ベッドの一角を寝場所に定めて夢の中へ。夜泣きをすることもなく、ぐっすりと眠りこけている。
あれだけ揉みくちゃにされれば、寂しいなんて思っている暇もなかったに違いないけど。
何はともあれ、まずはひと安心。
ホームズが来てからというもの、ブレイズの日常は一変した。
それまで何かというとワトスンの後をついて回り、ひたすら遊んで攻撃を繰り広げていたブレイズだったが、今では一日のうちの殆どをホームズの傍で過ごしている。
ブレイズはまだ幼いホームズの面倒を実に良くみた。オシッコの後にお尻を舐めてやったり、寄り添って眠る姿は、まるで本当の親子のようだ。そうこうするうちに、何だか顔つきまでもが変わってきたように見える。なんと、それまでの甘えん坊の顔から、子を見守る母親の表情になってきたのだ。
この予想以上のブレイズの反応には、我が人間家族一同もジーンときた。
ワトスンはワトスンでブレイズの遊んで攻撃から解放され、これで少しはのんびりできるのではないだろうか。年齢的にもそろそろ高齢の域にさしかかり、さらには毛皮ムクムクで暑さが苦手なことを考えてみても、今のこの時期にホームズが来てくれたことは実にタイムリーだったと思う。
ホームズという呼び名について、家族の足並みは揃わない。
妹は「デコちゃん(でこっぱちだから)」母は「ダンボ(耳がデカイから)」などと勝手に呼び、父に至っては全てを超越した究極の呼び名「チビ」だ。
ホームズに接している時間からいえば私と母が優勢であり、両者のデットヒートが続いているものの、悲しきかな高齢者のサガ。母自身は「ダンボ」と呼んでいるつもりで、いつの間にか「ジャンボ」になっていたりする。
この骨肉の争い、最終的には勝利を勝ち得るとは思うが、まだまだ予断を許せない。
とりあえず妹の買収工作に乗り出している今日この頃。
天使から悪魔への変貌。ついにその瞬間を体験する時がやってきた。
公園デビューを果たしていないホームズが1日のうちで一番嫌いな時間、それはズバリお散歩タイムだろう。
「散歩だ〜」と浮かれているワトスンたちにつられて、意味も分からずに「わーい、わーい」などと張り切ってしまうのだが、結果はいつも裏切られる。ひとり取り残され、留守番する身のやるせなさ。置いてきぼりの怒りが爆発しないわけはない。
その日もいつも通りに夕方の散歩を終え、汗だくになって帰宅。部屋のドアを開けたとたんにフリーズしてしまった。
ただ絨毯の上にウンチされているだけならまだしも、その黒い物体はバラバラに分解されたあげく、部屋中に散らばされていたのだった。まるで星座の配列のごとくゲージュツ的に…。
しかも所々はご丁寧になすり付けてまである。
どっと疲れた身体にムチ打って、泣く泣く絨毯を掃除したのは言うまでもない。
以前は絨毯にオシッコをされるのなら、ウンチをされたほうがマシだと考えていた。オシッコは染み込んでしまうが、ウンチは表面にとどまっているぶん除去が簡単だからだ。
だが、この惨状を目の当たりにした瞬間、その考えは撤回された。絨毯にすり込まれたウンチだったら、まだオシッコのほうが楽…。
そしてこのとき初めて、あどけなく可愛らしいホームズの顔が悪魔に見えたのだった。
我が家の2階には出入り口が障子になっている部屋がある。
そこの障子は最下段の桟が一部欠落していた。ブレイズが仔犬の頃に齧り折ったのだ。
昨年の暮れ、障子を張り替える際に初めて強化障子紙というのを使ってみた。普通の障子紙よりもずっと丈夫な和紙で出来ていて、少々のことでは破れないというスグレものだ。
ところが張り方が下手だったせいか、桟が欠落しているぶんその箇所が脆弱だったのか(たぶん両方だろう)ホームズが穴を開けてしまった。しかも日ごとに穴は広げられていく。
なんとかせねばと思っていた矢先、床から30センチの高さはあろうというその穴から、ホームズが出入りしているのを妹が目撃した。
障子の部屋には仔犬対策がなされていないため、家人の目の届かない時に勝手に行き来されては非常にマズイ。
このさい見た目などはどうでも良いと、とりあえずガムテープで穴を塞いだのだが、張っても張ってもホームズは剥がしてしまう。
ガムテープを張りなおしている最中に、あんまりホームズが挑んでくるものだから、切れ端をペタリと頭に貼りつけてやったことがある。ワトスンはガムテープを持っているだけで逃げていくし、ブレイズはガムテープを剥がす音を聞くと半径1メートル以内には近寄ってこない。
だからお仕置きのつもりで貼りつけてやったわけだが、ホームズは少しも動じなかった。前足でガムテープを頭から剥がし、前足にくっついたものを今度は口で剥がして、「わ〜い、おもちゃだ〜」とばかりにくわえて持ち去ってしまった。
慌てて追いかけ、ガムテープを取り上げるというオチがつく。
ホームズ、ただ者ではない…。
階段の降りくちに、転落防止と称してフェンスが設置してある。ブレイズが仔犬だった頃に取り付けたものだ。
蛇腹式のベビーフェンスにナイロン製のネットを張って作ったものだが、下の箇所がどうしても甘くなるので、駄目押しでワイヤーを1本通した。
ブレイズの時にはこれで充分だった。ホームズにしても最初は功を奏していたのだが…。
第一発見者は母だった。2階に居るはずのホームズが、いきなり1階をうろついていたので驚いたそうだ。さもありなん。もちろんフェンスは閉まっていたのだから。
よくよく調べると、いちばん端のワイヤーが持ち上げられて、ネットがトンネル状になっていた。どうやらここから抜け出したらしい。そして降りたこともない階段を、トコトコと降りてきたのだ。気が利くというか、無謀というか…。
ホームズ、やはりただ者ではない。
悪事の現場を押さえられたホームズは、いつものように脱兎のごとく逃走を図った。
直線で逃げたのでは、すぐに追い詰められてしまう。しかるに人間の足元を回り込めば、逃走経路は遥かに広範囲になっていく。ホームズ得意の戦法だ。
だがここでひとつ誤算が生じた。ホームズの進行方向に私が足を踏み出してしまったのだ。
結果としてホームズは脛に衝突した。したたか鼻を打ったらしく、「キュヒッ」と小さな悲鳴をあげて後方へ飛び退き、その場へ座り込む。「ヘプシュ、ヘプシュ、ヘプシュ」くしゃみの連発。と、ホームズの白い額に“ピッ”と赤い滴が飛んだ。ティッシュで鼻を拭いてやると、鼻水に混じって薄っすらと血が滲んでいる。
一瞬、ホームズの鼻が曲がってしまったと思い、非常に焦った。
出血はすぐにおさまり、もちろん鼻も曲がっていなかったのだが、悔しいのでその日1日はホームズのことを「鼻血プー子」と改名してやった。
暑い!とにかく毎日暑い!
ブレイズはヘビ女のようにズルズルと犬用の丸ベッドから這い出し、上半身だけを絨毯の上にはみ出させて“へ”の字の体勢でぐんにゃりしている。今にも溶け出しそうな昼寝姿だ。
ワトスンは笑顔でハアハアと舌を出している。が、別に嬉しいわけではない。柴犬とスピッツのあいのこ(たぶん)であるワトスンは、被毛がモコモコの上に本来の柴犬よりもやや毛足が長い。したがって年間を通して夏は一番苦手な季節。
笑っているように見えるのも顔の造作のせい。病院に連れて行かれた時も、ブルブル震えながら顔だけはいつも笑っているし。。。
ホームズは飲み水用のボールに身体をくっ付けて昼寝をする。そして喉が渇くと顔だけボールに突き出して水を飲んでいる。横着なんだか、知恵があるのか悩むところだ。
そんなホームズを見ていると、1升壜を抱えて寝ている酔っ払いのオヤジを連想してしまう。
時には足やシッポが水に浸っていることも。ハッとしたように足を持ち上げるものの、ウトウトとした眠りの中で、それはまた次第に水面近くにまで下がっていく。さすがに顔が浸かってしまった時には慌てたようだ。
いくらなんでも自分の飲み水で溺れていては、シャレにもなりゃしない。
ホームズがフェンスのネットを引っ掻いていた。しかしその時どうしても手が離せなかったため、「ホームズ!」と警告を発することしかできなかった。そして1分もしないうちに、ドタンドタンドタンという音が聞こえてきた。
慌ててズボンを引きずったまま某所から飛び出してくると、階段の下から3段目、やや板幅の広くなっている所にホームズが立っていた。とりあえず大事には至らなかったらしい。
が、問題はそのあと。目が合ったとたん、ホームズは脱兎のごとく逃げ出したのだ。こっちは心臓も縮む思いで駆けつけたというのに…。
ホッとしたと同時に、妙にムカついた事件だった。
その後もホームズがまったく懲りていないところが恐ろしい。ひょっとすると前回も階段を降りてきたのではなく、転がってきていたのだろうか?
抜け穴を塞ぐために置かれていた広辞苑はボロボロにされた後お役御免となり、今では監視者がいない時には部屋のドアは開放厳禁となっている。
ホームズの得意技が増えた。ペットシーツばら撒き攻撃だ。
これはウンチ撒き散らしの次にコワイ。なぜならシートの中の凝固剤までもが一緒にばら撒かれるからだ。時には塩のようにザラザラと、時にはゼリー状にふやけて。
ペットシーツを齧られるよりはマシだろうと、ホームズの届くところにティッシュの箱を置いてある。ダミーというやつだ。