我が人生に於いて最大の禁忌を犯している。ゆえに今の気分はこの壁紙のように真っ暗である。

それは父を「ホームセンターに連れて行け」だの「ユニクロに連れて行け」だのと散々こき使った挙げ句に、父の放った一言から始まった。
すなわち、
「お前、免許取れ」

しかしながら乳幼児並の運動神経と老人並みの反射神経を持ち、自転車すら満足に乗りこなす事のできない私にとって、それは地獄の一丁目への片道切符以外の何ものでもない。
ちなみにこの件に関する母の言葉は「免許さえ無ければ……ってことになり兼ねない(溜息)」
長年の友人の言葉「人には適正ってものがあるんだよ〜!」
そして双方の意見は、「あんたの運転する車にだけは絶対に乗りたくない!!」で一致した。
だが人に言われるまでもなく、一番そう思っているのは誰あろうこの私だったりする。
自分の運転する車になど絶対に乗りたくない!!
しかるに私のことを良く知る人間で、父の他には誰もこの事態を歓迎する者などいないのだった。
ここに至り状況は政府VS国民の様相を呈しているが、その意味するところは強行採決。
半年に渡る「行け」「行かない!」の攻防の末、ついに己が主張を通した父だった。

そして教習生第一日目。入所式、適正検査、学科二時間を受ける。
入所式に参加した新入りは私を含めて三人。教官が入所に際しての心得などを話す中、若者男性二人組は予想通りにほぼ無反応。
仕方が無いので私が一人、教官の話に合わせてうんうんと頷いてみせたり、笑わせ所とおぼしき箇所でにんまり笑ってみせる。まるでお昼の某人気番組に観覧に来ている『お嬢さん』になった気分。
教官が教習原簿についての説明を始める。原簿はピンクと黄色の二種類あった。そして私の原簿はピンクで、若者二人の原簿は黄色。
だからピンクは女性用で黄色は男性用だと勘違いしていても仕方のないことではないだろうか。
もちろん、その色の違いが意味する所は男女分けではない。ピンクがオートマ車で黄色がマニュアル車。
さらに原簿の見方から教官に指導される始末。

二限目の適性検査も散々だった。講習生は増えに増えて五人。。。
最後のほうの設問に「はい」「いいえ」「よく分からない」のどれかで答える項目が延々とあったのだが、解答欄は「よく分からない」で埋め尽くされた。
記入しながら「優柔不断で判断力鈍し」と自ら判断を下す。検査の結果を待つまでもない。

三限目からいよいよ学科講習に突入。
まず最初に「車を運転するということは何ぞや?」といった意味合いの映像を見せられる。かなり以前に制作されたものらしく、登場する俳優さんたちの髪型やメイクが微笑ましい。
だが、それは決してツッコミ所満載の三流映画ではなく、車が引き起こす事故の悲惨さも同時に伝えていた。本物の事故現場で口から大量に血を流して倒れているお爺さん(ボカシ入り)、の映像を見せられるに至っては、ひきつけを起こしそうになる。
思うに、免許を取りたくて気を急ぐ若者たちには良い教訓になるかもしれない。しかし免許を取りたくもないのに通わされている者にとっては、恐怖心はいや増すばかりである。

続いては信号機の見方についての講習。
十字路を右折する時の車と自転車の違いについてを説明しながら、教官が「皆さんも普段は自転車に乗っていることと思いますが。自転車に乗っているかた、どれくらいおられます?」と質問してきた。
だが敢えて質問しながらも、教官の胸の内には当然100%の返答が返ってくるだろうとの思惑があったに違いない。左から右へと順に視線を走らせ、手を上げていない私のところでその視線が一瞬止まる。
そしてさりげなく視線を横に逸らせつつ「え〜と…だいたいのかたが乗っておられるようですね」と奥歯に物が挟まったような物言い。
「だいたい」と言っても講習生は五人しかおらず、挙手しなかったのは一人だけ。教官のオブラートで包んだような物言いは功を奏さず、バレバレである。
さらに講義中に時差式信号の話が出、思わぬ事実に直面することとなる。
これまで時差式信号というのは、昼間は自動で、横断者の少ない夜間には押しボタン式になる信号機だと思っていた。つまり時間帯によって方式が違う信号機。。。
歩行者にとっては時差式信号の意味がどうであろうと、歩行者用の信号が青になったら渡れるというのが理屈なわけだが、それ以前にいい歳をした大人としては如何なものだろう。やはり適正に問題あり。

こうして、栄えある第一日目はおめでたく終了した。

その夜、父の口から出たひとこと。
「どうだ? (教習所は)おもしろいか?」
おもしろいわけないだろがぁ〜〜〜〜〜っっっ!!!

待ちに待ちたくもなかった実技第一日目。
とりあえず第一回目の実技はシュミレーション(?)なので、細々と生きた心地がしている。

時間よりだいぶ早めに教習所に着いたので、受付で次の予約の取り方について訊ねた。
説明を終えた事務員さんいわく「今日が仕事休みなら、午後の予約が空いてますから車乗れますよ」
一瞬、にこやかな笑顔の事務員さんが大鎌を振り上げた死神に見え、間髪いれずに「今日は午後から用事が…」と大嘘をついて丁重にお断り申し上げる。
一時間のシュミレーションだけで、もういっぱい いっぱいです(^ ^;

最初シュミレーション授業とは、ゲーセンのように前方画面がスクロールする中をハンドル操作するものだと思っていた。
自慢ではないが、ああいう手合いのゲームでまっすぐ走れたことは一度たりとない。コースアウトして障害物をなぎ倒し、沿道の人間を轢きまくり、猛スピードで逆走する。それが私のドライビングテクだ。
そもそもカーレース以外のゲームにしたところで、未だかつて操作する主人公がまっすぐに歩いた試しはなく、コントローラーを操作しながら画面酔いする始末。
このシュミレーション授業に臨むにあたり、YOKOさんさんに「グランツーリスモ貸してあげるから練習すれば?」と言われたが、そんなことしたら間違いなく教官に大目玉をくらうだろう。

教室に入ると、予想通りのゲーセンまがいシュミレーションシートが何台か並んでいた。しかしオートマ用は一番奥の一台しか無いらしい。つまり人気はマニュアルであって、オートマ人口は少ないということか。
さもありなん、普通、教習所とは免許の取りたい人が来る所で、なんでもいいからさっさと終わらせたい人の来るところではない。車に興味のある人間なら、やはりマニュアルだろう。
教官と二人きりの静まり返った教室の中、シートに座りながら「なんで? なんで私ここにいるわけ?」とひたすら自問を繰り返し、意識が半ば朦朧としてくる。
そんな今にも失神しそうな雰囲気が伝わったのだろう、教官が「今日は画面に従って操作の仕方を練習するだけだから」と救いのひとこと。安堵の吐息と共に肩の力がいくぶん抜ける。
が、いまだガチガチに緊張していることに変わりはなく、教官からどっちが右でどっちが左かという、運転操作とはまるで関係の無い、いや、それ以前の指示が根気よく飛ぶ。
そうこうしながらも教習は続く。音声が「ブレーキに踏み代えて速度を落としてください」と指示を出す。しかしながらアクセルからブレーキに踏み代える間に、スピードメーターの目盛りは『0』に。仕方がないので形だけブレーキを踏んでその場を誤魔化す。
そして教官にも次第に私の人となりが分かってきたらしい。背後から時々アドバイスが飛んでくる。
たしかに、いかにも飲み込みの悪そうな生徒を気遣っていただけるのは有り難い。しかしアドバイスいただいたことを確認している間にも画面の説明は進み、しまいには二ヶ国語放送となって混乱に拍車をかける結果に。
シュミレーション講義が終了したあとの、何か言いたげな教官の表情。しかしそこはさすがプロ、教本を開いて「次回もここからここまでを今度は実践でやりますので、予習と復習を兼ねて読んどいてね♪」とにっこり笑顔で締め括る。

この日の朝、ワトスンの目薬を買いに動物病院に行き、教習所通いの話になった。
院長先生いわく「何時間オーバーするか、みんなで賭けなくちゃ〜」
でもたぶん、それは賭け以前の問題となるだろう。それよりも免許を取れるまでに幾つ胃に穴が開くかを賭けたほうが、なんぼもマシな賭けが成立するのでは。。。

いよいよ実技第1回目。
教習所までは片道20分の道程を歩いて通っているので、午後5時10分の教習に余裕をもって間に合うように少し早めに家を出る。
出掛けに母に「6時に終わるから、7時までに帰って来なかったら事故って死んだと思って」と言い残す。
家を出ると、いつもの見慣れた風景。ああ、これが見納めかもしれないと目蓋の裏に焼き付ける。

5時5分、ずらりと居並ぶ教習車にビビリながら、まるで死刑宣告を待つ囚人のような気分で始業の合図を待つ。
そんな失神寸前である私の目の前では、休み時間を利用して若い教官たちがキャッチボールをしている。その爽やかな笑顔、楽しげな笑い声が憎い。
だいっ嫌いだぁ〜! 青い空なんて〜!!!

そしてついに無情な始業の合図が鳴り渡った。
まずは教官から車本体についての説明を受ける。
教官が「あてずっぽうでいいから、全長何メートルあるか言ってごらん」と。
実は以前に実技の教科書に目を通していたので4メートル(←すでにここで間違えている)であることは知っていた。しかし教官の「あてずっぽうでいいから」の言葉に、正解を言ってしまってはいけないような気分にとらわれ、思わず「さ、3メートル30センチ…?」と答えてしまう。この『30センチ』という微妙な数値がいったいどこから出てきたのか、それは自分自身でも謎である。たぶん3メートルではいくらなんでも短いと思い、咄嗟に30センチ付け足してしまったのであろうが。
いよいよ運転席に乗り込み、「レバー引いて(座席)調節して」の指示にレバーを引こうとすると。。。
な、ない!レバーがないっ!
「なにやってんの?」とでも言いたげな教官の冷ややかな視線に焦りながらも、むなしく手が空をかき続ける。実は座席の位置を調節するレバーは左側にあったのだが、シュミレーションの時には右に位置していたのだ。したがって、これは断じて私の落ち度ではない!
エンジンをかけ、車が走り出す。とりあえず最初なので、演習所の一番外側のコースを周回。
教官いわく「直線では40キロくらいで、カーブの所は28キロくらいでね」
しかし実際には、そう上手くはいかない。
「なんで直線23キロで、カーブで38キロ出して走行してんの?」みたいな。。。
なぜかと問われれば、それは直線コースが短すぎるから。
私のドライビングテク的には、38キロというのは直線走行で出そうとしていた速度で、23キロがカーブ用。つまりタイミングがずれまくっているわけ。
さらに「(40キロ走行を表す)標識の前で停車してみて」と言われ、その遥か手前の『10m』と書かれた小さな立て札の前で止まってしまい、「もっと前方でしょ」と注意を受ける。
「あれだって(ある意味)標識だろうが! 40キロの標識なら40キロと言え!」と内心では言い返していたが、口答えするほどの余裕もなく、素直に停車し直す。
今度は停車位置から再発進。右に出るのにウインカーは左矢印で点滅している。ああ、ここでも右と左の泥沼に。
思うに私の場合は運転技術云々よりも先に、瞬時に右か左かを判断できるようにならないと。。。
こうして、コースアウトしまくりながらもなんとか1時間を走りぬき、無事に生還を果たした。

抜け殻のようになりながら建物の中に戻ると、事務員さんが追い討ちをかけるように「次の時間も空いてますけど、乗ります?」
しかし「もう…」と言いかけると非常に察しの良い事務員さん、皆まで言わせず「ああ…今日はもう結構ですね」と先回りして言葉を結ぶ。

ちなみに本日の成績は。。。
1〜5項目中、3〜5次回やり直し。