若尾文子 出演作品集
「青空娘」 1957年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 青春
出演/若尾文子、菅原謙二、川崎敬三、ミヤコ蝶々、南都雄ニ
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。
源氏鶏太の原作を元にした、「シンデレラ」の翻案的青春映画。若尾文子にとってこれが、後に彼女の主演作全20作を世に送り出すことになる増村保造監督との最初の仕事となる。

田舎に預けられていた妾腹の娘、有子は、祖母の死を機に東京の父の家へ引き取られる。しかし、そこで待ち構えていたのは地獄の日々。正妻やその子等にいじめ抜かれ、女中同然の扱いを受ける。味方は古い女中(蝶々)と、有子が腕力でねじ伏せた末っ子だけ。そんな逆境でも、有子はとにかく明るく前向き。それが返ってまわりの反感を買いもするのだが、当然好感も得る。そして、正宅の長女が狙っていた企業経営者御曹司(川崎敬三)のハートを射止める。その一方で彼女は、まだ見ぬ実母を捜し求める。
テンポよく繰り出されるコミカルな台詞が、場内を爆笑の渦に。近作で、こんなにも心を温め快活にしてくれる作品には巡り合ったことがない。菅原謙二の「武士道精神」と御曹司川崎敬三の頼りないけど一途で率直な愛し方、そして有子の幸せを願って止まないこの二人の不思議な友情。いいコンビだ。
旧作故にビデオでの鑑賞が中心になり勝ちだけれど、映画館という公共空間で観る楽しさもまた格別。一連の特別上映の開幕上映作に相応しい作品だ。観終わった後思わず拍手をしたい衝動に駆られた。

タイトルインデックス へ
「赤い天使」 1966年 日
監督/増村保造 評価/★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、芦田伸介
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。

太平洋戦争末期、中国・天津近郊の激戦地で、絶望の中密かに燃えた従軍看護婦と軍医との恋を描く、超お色気路線のサービス作品。文子ファンにはもったいないやら羨ましいやら。

とにもかくにも、これは評価の難しい作品である。というのも、ほんの少し演出を変えるだけで、<日活ロマンポルノ>作品として成立しうる脚本なのだ。慰安婦まがいの仕打ちを受ける従軍看護婦。患者に対する特別治療をという彼女の依頼を、夜間自室への来訪と引き換えに受諾する軍医。愛する軍医の処置(両手切断)への予後とは言え、患者に肌のサービスをしたり、挙げ句は患者を街の宿屋に案内して体を提供してやる手厚さぶり。軍医の部屋では、酔わされた挙げ句モルヒネ中毒で不能な彼に体を鑑賞されたり、彼の軍服を身に着けてのコスプレまがい、「一日上官」と称して彼に靴を履かせ・・・。また、彼の禁断症状を抑えるために彼を包帯で縛り付け、一晩抱きかかえて朝を迎える。そして敵に包囲された絶体絶命の夜、二人は結ばれた上に、キスマークの認識票をつけ合う・・・。
完璧、ロマンポルノである。(注:ドラマ性と社会性がしっかりしているので、決して「AVまがい」ではない!)

しかし、武骨な軍記物を見なれているから違和感を覚えるだけで、死と向かい合わせの極限状態の人間であれば、恥もモラルも意味を成さず、ただすべての愛する者に全身全霊で慈しみを捧げ、時に子供じみた行動にさえ走りたくなるという心理状態、分かるような気もする。多くの兵隊たちが、死ぬ間際に呼んだのは「天王陛下万歳」ではなく「お母さん・・・」だったという復員兵の証言に通じる真理がここには描かれているのかもしれない。

タイトルインデックス へ
「赤線地帯」 1956年 日
監督/溝口健二 評価/★★★★ カテゴリー/ 社会
出演/京マチ子、若尾文子、木暮実千代、三益愛子、進藤英太郎、沢村貞子、浦辺粂子
受賞/
溝口健二の監督最終作。
赤線禁止法制定前夜、斜陽にあえぐ娼館に身を寄せる女たちのそれぞれの事情と希望、そして彼女らを借金で縛りながら、困窮者を救う社会事業を標榜する女衒の欺瞞。
親の借金の肩代わり、子供の養育資金、生活費。この町へ来た事情は様々である。また、赤線に安住する者、脱出を試みる者、足抜けしても舞い戻る者。
その中で強い生命力を見せるのは、何人もの男を手玉にとって大金を貢がせた挙げ句、客の家庭と商売を崩壊させ、その後添えとして商店主夫人として第2の人生を勝ち取った若尾演じるやすみと、名のある家柄に生まれながら、放蕩した父親に当てつけるかのごとく娼界で水を得るミッキー(京マチ子)。
記録映画としての価値もあり、また人間ドラマとしても、観終った後に尾を引く重いつくりで、さすがの溝口作品だ。


タイトルインデックス へ
「あなたと私の合言葉 さよなら、今日は」 1959年 日
監督/市川崑 評価/★★★ カテゴリー/ 社会
出演/佐分利信、若尾文子、野添ひとみ、京マチ子、川口浩、船越英二、菅原謙二
受賞/
高度経済成長下、仕事・親・結婚の狭間で揺れる女性像と、知性と活力あふれる女性たちに振り回され、とまどう保守的な男たちを、類型的なキャラクター設定で象徴的に描き出した社会派娯楽作。
音楽は和田弘とマヒナスターズが担当。
老父と妹(野添)の面倒をみながら、一流大学を出て女性自動車設計士として言い寄る男たちに目もくれず、ついには言い名づけとも別れてしまう女性(若尾)と、彼女の親友で、共に「独身同盟」を結びながら彼女の振った言い名づけと恋に落ち、ついに押しきって結婚してしまう、バイタリティ溢れる女性(京)が主人公。


タイトルインデックス へ
「安珍と清姫」 1960年 日
監督/島耕二 評価/★★★★ カテゴリー/ 時代劇
出演/市川雷蔵、若尾文子、浦路洋子、片山明彦、南部彰三、小堀阿吉雄
受賞/
修行僧と豪族の娘。添えぬ定めの二人の悲恋。
雷蔵と文子。清廉さと弱さを共存させる雷蔵の魅力と、美貌とあどけなさ、妖艶でいて勝ち気な男勝りという二面性を十二分に発揮した文子の魅力がぶつかり合い、挿入歌で展開をナビゲートする舞台演劇的な演出とも溶け合って、まとまりもよく非常に楽しめる作品に仕上がっている。
ただひとつ、大蛇の演出はちょっと不細工。表現も直接的に過ぎる感が。もうすこし映像的な処理をするか、イメージ映像にしてしまえば、展開の流れを止めずに済んだかもしれない。でも、大蛇から再び清姫の姿となった亡霊はとても美しい。で、これで挽回。
文子姫の大胆なヌードシーンも拝める贅沢なオマケもついて、大満足の娯楽作。

じゃじゃ馬清姫は野で兎を追ううち過って修行に向かう道中の安珍を射てしまう。
清姫は屋敷で安珍を介抱するが、彼女を遠ざけようとする安珍に逆に興味を覚え、激しく恋のモーションをかける。その悪戯心が純情な安珍を混乱させ、清姫自身も本物の恋に目覚める。
傷癒えた安珍は道成寺へ旅立つが、俗世で清姫と生きるか、仏門に生涯を捧げるか、その迷いは強まるばかり。一方、清姫も、領民への水利と引き換えの縁談と安珍への秘めたる思いとの狭間でもがき苦しむ。
我が身置くべきは俗世と意を決した安珍はしかし、水利を失うことを恐れた領民に阻まれ、再び仏門へと身を翻す。察した清姫はこれを追う。清姫は安珍を追いきれず川に身を投げ、大蛇となって山門をくぐり安珍と寄り添う。安珍は清姫の亡き骸を抱き、生涯を彼女の弔いに捧げる決意を誓う。


タイトルインデックス へ
「刺青」 1966年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 人生
出演/若尾文子、長谷川明男、山本学、佐藤慶、須賀不二男、内田朝雄、藤原礼子
受賞/
増村保造監督・新藤兼人脚本の黄金コンビによる谷崎文学の見事な映像化作品。
駆け落ちした質屋の若き番頭とひとり娘が辿る数奇な運命を若尾文子の妖艶な魅力で描く。
随所で若尾が見せる、うつむいた姿勢のまま横様に男を見上げるシナが、女郎蜘蛛の化身たる彼女の怪しさを倍化する。時折傾ぐ映像とともに、増村美学の粋である。
純白でポテっとした彼女の美しい背に彫られた女郎蜘蛛が、些か美的センスとバランスを欠いていて、本作の鍵であるだけにちょっと残念ではある。しかし、ラストでその蜘蛛から止めど無く吐き出される血と、そこへ折り重なる三人の男女の図は見事で、脳裏に焼きつき離れない。
本作での若尾は、良家の娘であるにも関わらず、美貌が故に言い寄る男たちの手によって逞しく汚され、というよりも持って生まれた魔性が開花されて行き、女博徒のごとき気風で啖呵を切り、武士もヤクザも歯が立たない女傑ぶり。
ほんとにこの女優さんは何者なんだろう?と唸らせる。

タイトルインデックス へ
「浮草」  日
監督/小津安二郎 評価/★★★★ カテゴリー/ 人生
出演/中村雁次郎、若尾文子、京マチ子、杉村春子、川口浩、野添ひとみ
受賞/
戦前に小津監督が撮った無声映画「浮草物語」の同監督による戦後版リメイク。
旅役者の座長が雁次郎、女将が京マチ子、座長が片田舎の漁村にこしらえた隠し妻子が杉村・川口、座長の隠し子を誘惑し、次いで恋仲になってしまう一座の女優を若尾文子が演じる。
初版よりも配役陣がパワーアップし、戦後の社会の変化の中で時代に取り残されて行く旅回り演劇の悲哀も加味されて、一段と情緒深い味わいを増している。この旅回り一座とともに、古くのどかな日本の原風景も失われて行くのだなぁと、しみじみした感慨を催す監督晩年の秀作。


タイトルインデックス へ
「越前竹人形」 1963年 日
監督/吉村公三郎 評価/★★★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、山下洵一郎、中村玉緒、中村鴈治郎、殿山泰司、西村晃、浜村純
受賞/
水上勉の名作小説を名匠吉村公三郎監督が映画化。
神秘的な美貌が香り立つ若尾文子が、山間の若き竹職人に嫁ぐ芦原の遊女を、貴賎、儚さと逞しさを併せ持つ魔性の女として見事に演じる。
大雪の日、竹細工名人の父の墓を参った謎めいた美女。息子は彼女を忘れがたく、訪ね訪ねてついに芦原の遊郭で再会を果たす。彼女は亡父が懇意にしていた女郎とわかり、以後息子は度々彼女を訪問するようになり、遂に彼女に身受けを申し出る。晴れて夫婦となった二人だが、息子は彼女に父の影を感じ、夫婦の関係が交せない。そこへ不意に京都から訪れた商人は彼女の昔の客で、彼女は寂しさのあまり彼に身を許す。その頃夫は妻の遊女仲間(中村玉緒)から、父と彼女に男女関係がなかったと知らされ、彼女を妻と見られるようになるのだが、しかし運悪く彼女は商人の子を身ごもり、堕胎のため身重を押して京都へ。過労の為流産して安堵するも束の間、夫のもとへ体力を振り絞って帰り着いた直後に他界してしまう・・・。
原作の素晴らしさにさらに彩りを沿える若尾の魅力。妖気漂うほどの彼女の美しさに、ウブな夫が彼女を憧れの対象としてしか見られなかったことに説得力が伴う。
名原作のイメージを映像が上回る稀有な作品だ。

タイトルインデックス へ
「女の勲章」 1961年 日
監督/吉村公三郎 評価/★★★ カテゴリー/ 人生
出演/京マチ子、田宮二郎、若尾文子、叶順子、中村玉緒、内藤武敏、森雅之、船越英二、宮川和子、市田ひろみ、田中三津子、穂高のり子、日高澄子、杉田康、滝花久子、細川ちか子、三津田健、村田知栄子
受賞/
山崎豊子の原作を新藤兼人の脚本で映画化。
戦後、大阪・船場のお嬢さんが甲子園で始めた洋裁教室は、時流に乗って発展を遂げ、銀四郎という謎の経営コンサルタントの助力もあって、大阪、京都、東京と次々学校を建設。銀四郎は、お嬢と、その共同経営者である彼女の女弟子三人を、色仕掛けで言葉巧みに手玉にとって、いつしか経営の中枢に座り、社の実情はお嬢の知らぬところとなる。その中で弟子三人はそれぞれに銀四郎を巧く操って自分たちの地盤を固めてゆくが、世間知らずで芸術家肌のお嬢だけは、デザイナーとしての名声が高まる中で、銀四郎に熱をあげたり、理事の老大学教授との恋に溺れたり。そして遅ればせながら銀四郎や弟子たちの勝手な行動に気付き、また教授との結婚を夢見て、銀四郎を解雇しようとするが、法外な慰謝料を請求され、借金まみれの会社の実情を突きつけられて、愕然とする。そして教授は彼女のもとを去り、彼女は・・・

本作の見所は、なんといっても山茶花究もマッツァオ、田宮二郎が機関銃のように繰り出す船場の関西弁。美男子だけど胡散臭くて情が薄くて、女性を惹きつけも警戒させもする微妙なキャラクターを見事に演じ上げている。彼はこのあと、増村保造監督作を皮切りとする「悪名」シリーズで評価を不動のものとしてゆく。ま、関西人ではなく粋な東京のシティーボーイ風のキャラクターでだが。

ただ、本作は吉村公三郎監督作としては今ひとつ、というか、ミス・ディレクター。脚本からは増村保造監督が適役だったのではないかと思える。老教授と行き遅れのお嬢様との恋は吉村監督の「夜の河」に通じるが、吉村色はそこまで。新時代を迎えて社会的な野心を抱き始めながらも、結婚という旧然たる<幸福>をも捨てがたい女性像、ビジネスと色恋を交えた女性同士の確執、そうした女性心理を巧みに利用する男の存在。こうした心の闇をえぐるなら、やはり増村だろう。静かで丁寧な写真でこそ芳しい魅力を発揮する吉村の演出は、ここではがさつなテーマを持て余してか、平板なものに終わっている。


タイトルインデックス へ
「「女の小箱」より夫が見た」 1964年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、田宮二郎、川崎敬三、江波杏子、岸田今日子
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。黒岩重吾原作。
夫(川崎)の勤める会社を乗っ取ろうと画策する夜の帝王(田宮)と、その妻(若尾)との危険な恋路の果てをサスペンス色たっぷりに描く。奪う女と利用される女。捨てられる男と破滅させられる男。若尾は、増村作品の中ではいつも奪う側に屹立する。望みを自力で叶える女。頭脳と美と強い意思を持ち合わせた女にのみ許されるその道。ときおり見せる弱さの片鱗さえも武器にして、一歩、一歩、彼女は前進する。そしてその踏み跡には、男だけではなく女の死体さえも積み重なって行く。こんな役柄は若尾意外に果たせない。また、彼女という素材を得てこそ、増村は構想のインスピレーションを得て来たのだろう。
本作では彼女、自らの力を信じて底辺からのし上がって来た男にさえ、その夢をあっさりと捨てさせてしまう。そこに手練手管が全く無いところが痛快だ。「さぁ、どうするの?」「わかったわ。じゃあこうしてちょうだい」あとは黒目勝ちの瞳でじっと相手の男を見据えれば、それで万事OKである。男が我が手に転んだ瞬間に彼女が見せる、冷淡で蔑むような一瞥には、身震いを感じずに居られない。

監督の心の奥には、女性に対する強いコンプレックスがあるのか?あるいは、彼の中にある「弱い女性」という消し去り難いイメージの裏返しとしての女性像なのだろうか。

タイトルインデックス へ

 次へ→ 

ここをクリックしてください。

トップページ 映画トップページ