掲示板過去ログ【平成12年8月分】(AD2000)

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論語 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 1日(火)23時04分15秒

 「論語読みの論語知らず」なんて言いますが、あの本だいたい
 けったるいですよね(^^;

  久々にペロリコセと見ていると蝕の事が出ているのに気がつ
 きました。孔子と言いますと「北辰」とか「昴」ばかりに
 気がいっていたので、およよ。で、ありました。

 「君子(くんし)の過(あやま)ちや、
  日月(じちげつ)の蝕(しょく)の如(ごと)し。

  過つや、人(ひと)皆(みな)これを見(み)る。
  更(あらた)むるや、人皆これを仰(あお)ぐ。」


  君子は「王」だけではなく「賢明な人」をもさします。
  「きみこ」ではありません(^^;

  君子の間違えは、日蝕や月蝕に例えられる。
  間違えれば、みんながこれを見る。
  しかし間違えを改めれば、人々は再び仰ぎ見るようになる。

  「孔子の見た星空」と言う本が、どこかにいってしまった。
  ま〜いいか(^^;

   孔子が見た「蝕」ってあったような気がしましたけど、
  なんだっけな。BC551~BC479か・・・昔すぎるな。
  検索すると結構あるので、実際に見た事あるでしょうね。
   と・・・思って再び見ると、現在の日蝕ツアーなんかの
  光景と良く似た雰囲気が、感じられますよね。


ハイビスカス 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 4日(金)10時41分24秒

 あ〜ん。咲かない。
 春に植え替えたんだけど、どうも骨粉が足りなかったみたい。
 あれ、ムチャクチャ肥料がいるんですって。
 ケロケロ。今から間に合うかな?

 ブルーベリーは、収穫が始まりました。
 1週間ごとにケースなしのプロッピー10枚入りの箱ぐらい
 採れます。種類で味が違うんですね(^^;

 一番大きいのはウッタードなんですが、ちょいと酸っぱい
 でガスね。あと1回収穫すればジャム1ビンぐらい作れる。
 なはは。

 あ!コーヒーの芽が出た。
 あれ大きくなるかな。生豆蒔いといたら・・・
 と言うより・・・うずめておいたら・・・3つ出てきた。
 コーヒーは何の土壌が良いんだろう(^^;


よろしくおねがいします。 投稿者:たけ  投稿日: 8月 5日(土)14時31分59秒

はじめまして!
私は最近でた「安倍清明」(早稲田出版)をよんで、すごく興味を
持ちました。すこしずつ勉強していきたいとおもいます。よろしくお願いします。


安倍清明 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 5日(土)19時00分18秒

  こんにちわ。はじめまして(^^)/

  安倍清明関係の本は最近凄まじい勢いででてますね。
  確かに・・・女性向かもしれない(^^;

  また平安時代、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)
  する時代背景がまたまた良いですね。
  鬼の腕を切る渡辺の綱の、あのお話しなど・・・
  ・・・金太郎さんと鬼退治にいく人ね。

  安倍清明は藤原道長のブレーンだったことが、また、
  良い時代背景ですね。
  丹波系の陰陽師との戦い。
  式神・・・そうそうあの「徐福」が戦う相手になったり
  ・・・史実より、もう小説の世界に完全になってしまっ
  て・・・そっちの方が面白いんですものね(^^;


四大文明展 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 5日(土)21時29分33秒

 エジプト展とインダス文明展に行ってきちった^^

 ちまんないの(^^;

 前の東京都美術館でやったエジプト展の方が良かったな。
 ま〜ちまんなくみえるって事は、私の知識が足りないため
 なんでしょうけれど(^^;


夏の課題 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 5日(土)21時33分37秒

 最近は目標を決めないと、時間に追われてページ作りが
 できない状況です。
 予定では「曜日の由来」の再調査なんですが、
 北欧神話の資料がうまく集まらないです。

 それでは視点を変えて・・・
 ストーンヘッジにしようかなと思いますが・・・
 なはは。石の配置図を描くのが面倒(^^;
 横からの写真は16000円払って手に入れてあるんですけど(^^;

 単なる「勘」なんですが、
 この石を組んだ人達が巨神族のモデルなんじゃないのかな
 とふと思う時があります。

 色々説があって、膨大な量になるので、どう省略するか
 が問題ですね(^^;

 神話から考えますと・・・
 石を並べる事が必要な神っていたかな??
 「でっかい」だけを注意すればトールが年中戦う「巨神」
 関係かとも思いますが、それならトールを祭れば良いので
 すから・・・
 あれ。紀元前1300年だとまだバイキングはイギリスに
 いってなかったっけ???

 天文遺跡ではないとの意見も、まだ残ってますけど、
 今までの説や、建てられいる緯度が偶然に過ぎると思いま
 すので、私はやはり天文遺跡の説をとりますね。


ヒエログリフ 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 7日(月)12時38分28秒

 ヒエログリフの本って、今結構数が出てるんですね。
 取りあえず、一冊買っちった。
 次は、はんこ付きの買おっと。

 買ったのは文法の本。
 学生時代はこれ以上嫌いなものはなかったですが、
 結構面白い。

 右からも、左からも、上からも読めるんですね。
 ただ方向が違うのではなくて、鏡のようにひっくり
 返して書くんですね。よ〜見っけたな(^^;

 簡単なヒントは、動物なり人なりが向いている方向
 が文頭になるんですね。
 うむむ。でもPやOなどはなかったようで、Apollonを
 ヒエログリフにできない(^^;

 単に太陽神と言うと「ラー」になっちゃうしな(^^;
 そういえば、エジプト展にハトルを抱く、イシス像
 があった。イシスは「角に日輪」の被り物をしていた
 ので、日輪を抱くイシスとか、ラ−・イシスとか
 言うのでしょうね。

 イシス・オシリス・ハトルなんかの神が多かったかな
 やはり副葬品となると復活に関係するような神ですよ
 ね。・・・今回のエジプト展ってヒエログリフがわか
 らないと、なんかよ〜わからんですね。


ホルスだ(^^; 投稿者:Apollon  投稿日: 8月 7日(月)13時52分54秒

 イシスが抱いているのはホルスだったな。
 そうですよね(^^;


斉藤国治先生へ! 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月 7日(月)14時47分22秒

斉藤先生!

このHPの当該掲示板にコメントをし
てくださいませんでしょうか?
「星の神殿」の主宰者は『明月記』
の天文記事に古天文学的なアプローチ
を行っていますのでいかがでしょう。


天文・宇宙ファンの皆さんへ! 投稿者:株式会社作品社  投稿日: 8月 9日(水)12時13分40秒

星空の美しい季節になりました。
さて、チロ・シリーズでおなじみの天体写真家の藤井旭さんが、
すごい本を出したこと、ご存知ですか。
その名もズバリ『VISIBLE 宇宙大全』。最先端の宇宙論の話から、
藤井さんお得意のロマンチックな星座の話まで、
平易な解説と美しい図版で構成した、見開きA3判の大画面の中に
1300枚ものカラー図版がぎっしり。総ページ数496ページ、重さ2.5キロ。
北アメリカ星雲の美しい姿、大マゼラン雲の大アップや
昼間の青空の中にほんのり見える水星食、
3万個もの小惑星の正確な位置がスポッティングされている図版など、
これでもかといった大サービスぶり。
さらにさらに、世界の日食データ、周期彗星リスト、
金星の太陽面通過データなど、各種データも充実。
ファン待望の藤井さんのライフワークです。
詳しいことを知りたい方は、URLのページへアクセスしてください!

http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/geijyutsu-etc/tanpin/visible.htm


(無題) 投稿者:Apollon  投稿日: 8月10日(木)08時27分17秒

 斉藤先生にまでご登場頂きますと、
 あまりにそれ多い事であります。

 最近は「天文離れ」が進んでいるそうで
 スカイウオッチャーも今月で閉刊になる
 そうです。他の天文雑誌も随分と売上を
 減らしているそうで、少しでも何かでき
 ればと言った趣旨で、このページを運営
 しています。

 それにしましても古天文の資料は探すのに
 苦労しますね。


本の紹介 投稿者:Apollon  投稿日: 8月10日(木)08時30分49秒

 作品社さん。宣伝ありがとうございます。
 藤井旭さんの本を最初に買ったのは・・・
 確か小学生か中学生のとき。

 写真提供の中には大野一郎さんなどでした。
 藤井さんといえば白河の観測所とチロ天文台
 ですね。

 多分。博士とワンコが出てくるのでしょうね(^^)
 考えて見れば「博士」と「藤井さん」似ているような(^^;


無題に次す 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月10日(木)13時20分36秒

 先日斉藤先生との電話のなかでこのHP
のことが話題になりました。
 斉藤先生は「星の神殿」を未見とのこと
でしたが、『明月記』の紹介に大変感心を
示されています。
 ただ、先生はこの掲示板(雑談室)の存在
に気づいていないのかもしれませんネ。


(無題) 投稿者:Apollon  投稿日: 8月10日(木)16時07分27秒

 呂布強いですよね(^^;
 首都防衛のとき、挟み撃ちにされてしまったんですね。
 それで全軍で右側を攻撃させ、左側は自分ただ一騎で行くんで
 すね。それで相手を壊走させてしまう。
 まったく・・・とんでもない(^^;

 三国志2とか3になると一騎打ちモ-ドがあるみたいですが・・
 6〜8000円するものな(^^;

 そう。意外と正攻法が効きますね。
 前にも話しましたが、3対3の場合、それぞれバラバラに攻める
 のではなく、1に3を集中させるんですね。ナポレオンのように
 砲撃の場合には2対3程度になりますが、兵の場合には2対2.5ぐ
 らいになります。

 次に2.5で1を攻めます。で、ここがポイント。
 最後の突撃は、温存して後方にいた戦力を使います。
 これで悪くても2.5対1になります。
 それからは4方向から攻めれば、大概・・・逃げてくれます(^^;
 
 数はロシア式(^^; 相手兵力の3倍が理想。
 10倍あると大軍に兵法なしで、ひた押しに押し捲ればOK。理想は
 3層にわけ、減った兵力は後方に下げ、いつも大軍が前面に出る
 ように、循環させます。ゲームの場合には逃げてくれます(^^;

 注意点は、攻撃の後、接する国が攻勢をかけても、守りきれる
 だけの兵力をつぎ込むことと、戦力が減っていますからすぐに
 強い将軍に兵を再編して強兵を保っておくことでしょうかね。

 終わったら、すぐに洪水対策と、民への施し・・・
 これ忘れると、大洪水に見舞われたり、疫病が発生したりします
 攻める時期も気をつけないと、いなごの被害が起きます。
 イナゴは下手をすると、周りの国中に広まりますので、大変。
 民自体が減ってしまいますので、徴兵どころではなくなります。

 三国時代・・・大変だわこりゃ(^^;

 今まで気にしていなかった将軍が気になりだしますね。
 軍師に言われるまま引き抜いた「魏続」ってだれだっけ
                     ・・・とか(^^;

 魏続って呂布に最後までついていた将軍ですね。
 呂布が曹操に水攻めにされているとき、「侯成」「宋謙」と
 ともに曹操に寝返ります。呂布の最後の時ですね。
 計略で呂布を縛り上げたのが「魏続」と「宋謙」。

 侯成は曹操が「敵も味方も知る有名なお前ほどのやつが、
 寝返るとは・・・」という人物。

 でも・・・あっしは、「魏続」と「宋謙」は配下に置いたけど
 「侯成」は馬超にとられちった(^^;
 う〜ん。馬岱を引き抜いたろ(^^;

 あ!そう。もう三国志とはかけ離れています(^^;
 長江の南、江東と荊州と益州の一部を領有し、全土の3/5の
 兵力をもった強国になりました。しがない1国だったです(^^;
 許昌はとらない(^^; あそこは回り中から攻撃されるだけ(^^;
 多分そのうち曹操軍、夏淵淳の7から10万が攻撃するでしょう。
 なはは。そうそう、その調子で馬超に近づいてね(^^;

 あ!李儒のアホ。引き抜いたら翌月、老衰でおなくなりになり
 ました(^^;


またまた 投稿者:Apollon  投稿日: 8月10日(木)16時10分43秒

 どうもハマッテまして(^^;
 今度は「孫堅」でいっております。

 多分途中で死んじゃうと思ったら案の定死んでしまい
 ました。後継者・・・やっぱり「孫策」でしょう。
 下手な人物を選ぶと、忠誠度が極端に減ってしまったり
 嫌気が差して皆、在野に下ってしまうのでうっかり
 できません。

 さて、ここで問題が。「孫策」も「干吉老人」を
 斬った後、早死にしてしまいますよね。
 うむむ・・・そうなると面倒が・・・
 そう。弟の「孫権」が後を継ぐわけですね。

 で、やっぱり忠誠度が下がった。大体5〜10程度なので
 事無きを得ました。

 現在は、孫翔が曹操に手ひどくやられた長江を挟んだ場所で
 曹操軍と大群同士で対峙しているのが「山場」ですね。
 曹操軍は22万。こちらは12万。でも国境を接する国にそれぞれ
 10万配置しているので、攻め込まれたら相手を上回る援軍が
 送り込めます。曹操側は援軍が送れないように回りの国を
 固めてあります。でも、さすが曹操ひっかからない(^^;
 こっちはそのあたりだけで50万程度の兵力がありますから。

 曹操軍も餌を蒔いてます。隣の国に(劉備のいた徐州)
 2万しか配備していないんです。はは、その手にはのらない(^^;
 ホウトウと張松は攻めなさいってうるさいんですけど(^^;
 
 その膠着状態が続くうちに、西涼の馬超軍が東に進軍中。
 ・・・西は劉章が勝手に滅びてしまったので、ほったらかし
 にして、そこから得た勢力を荊州へ集めてあるので、馬超は
 うかつに動けないんですね。荊州方面は約70万あります。
 馬超は総勢でも約30万で、軍師級は全部引き抜いてしまったの
 で、なかなか大勢力になれないでいます。

 そうしたら・・・なはは。
 馬超が娘を贈ってきました(^^; これでは攻められない。
 例えば攻めたとしましょう。攻撃命令を出すと、まず軍師が
 「礼を尽くした国を攻めるとは何事ですか」と怒ります(^^;
 それでも無理に攻めますと、配下の武将全員の忠誠度が、
 下がってしまいます。・・・そうなればバカバカ引き抜かれて
 自滅することになってしまいます。

 そこで漁夫の利・・・
 曹操軍と戦わせ疲弊させようと思ったら・・・
 なはは・・・さすが曹操。娘を贈ってきました(^^;

 こうなれば間接的な手を使うしかないですね。
 予定では(^^;
 劉備がいた荊州の北西地域に、張繍が17万で1国を作っています。
 こちらは孫堅がいた長江を渡って対峙する国に呂蒙率いる18万
 がありますが・・・もっと集結させ相手に兵を養うほかできな
 いほど・・・そうね24万ぐらい集結させ、別に囮の兵力を
 曹操と馬超の間に国にウロチョロさせたり密計で張繍の讒言を
 流して、国を不安定にさせます。
 張繍が攻めてきたら、さっさと逃げます、
 すると攻めてきた軍は、馬超軍と曹操軍に挟まれる地域に
 行ってしまうことになります。両軍とも直接対決は避けたいので
 その国は空きのままなのです。

 あそこは肥えている土地なので、そこで兵力を増強されては、
 たまらないので、当然どちらかが攻撃をしかけるでしょう。
 すれば張繍軍は逃げ帰るか援軍を送るしかないですね。
 援軍を送れば呂蒙率いる18万程度で張繍の本国を攻撃させます。
 なはは。逃げ帰れば馬超軍と曹操軍が直接対峙することになり
 ます。なはは・・・私はワル?

 さて誰にウロチョロさせるかが問題ですね。
 知では周喩で、武では黄忠あたりかな。
 渡りをつける予備に・・・武で魏延・厳顔かな。
 不測の事態に・・・呂布と張飛に10万ずつつけるか・・・
    ・・・あの二人じゃな・・一応魯粛も付けとこっと(^^;


(無題) 投稿者:しいたけ  投稿日: 8月11日(金)10時37分56秒

夏の大三角のゆらい


夏の大三角 投稿者:Apollon  投稿日: 8月12日(土)00時00分29秒

 しいたけさん。こんばんは。
 夏の大三角は星空の目印となりますので、古すぎて
 いつからはわからないですね。

 有名な「星空の目印」は
 「春の大曲線」
 「夏の大三角」
 「秋の四辺形」
 「冬の大三角」などですね。

 そのほか「冬のダイヤモンド」とか、色々あります。
 大概は、辺の1つを伸ばすと「なになに座」とか
 「なになに星」にぶつかり、星を探す時の目印になり
 ます。

 星見の初心者と行く時は、もっぱらこの説明からですね
 冬の大三角はほぼ正三角形かな
 どう計算するんだったけ・・・(^^;

 えっとえっと・・・
 27度4分 と 25度42分 と 25度55分 ですから
 ほぼ正三角形ですね。
 あ!天球面ですのでヘンな角度になります。


(無題) 投稿者:NAO  投稿日: 8月13日(日)07時12分23秒

誰か卒論書いて!!
毎日憂鬱です。
あーあ。
国文学部で
古天文に触れてみたんですが、
行き詰まり。
あー。
しんどい。


古天文で卒論 投稿者:Apollon  投稿日: 8月13日(日)10時06分45秒

 NAOさん。おはようございます。
 古天文で卒論。ナハハ。難しいでしょ(^^;

 ぜ〜んぶ斉藤先生が計算してしまっている感があります
 ものね(^^;
 ですからアマチュアは地方の藩などに伝わっている書物
 など・・・郷土史の1つとして研究しているみたいですね。

 さて、国文。
 古ければなんでも良いんですよね(^^;
 計算してしまいますと、結構、無粋になってしまうのが
 古天文の難点ですね(^^;

 ま〜普通は「日記」のようなものから、星の記述だけ
 抜き出して、これなんじゃろ?と考えるのからスタート
 ですね。
 日付はWHENを使えば現行暦或いはユリウス暦に変換でき
 ますね。あとはステラナビを使うと良いでしょう。
 食は客星さんのソフトが良いですね。


白鳥座流星群 投稿者:ちと  投稿日: 8月14日(月)07時54分59秒

白鳥座流星群って、期待していいのでしょうか。
どなたか教えてください。


NAOさんへ 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月14日(月)09時38分33秒

 Apollonさんもご指摘されていうように
国文学の作品に古天文学的アプローチを
もって卒論とするのは難しいと思います。
 でも、不可能ではないのでやってみる価
値は大いにあると思いますので、どうぞ!
 ちなみに最新号『天界』で、斉藤先生は
『土佐(左)日記』に記された天文記事の
虚構性を述べられていますが、この文章は
なかなかの名文です。
 この記事を見れば斉藤先生以外の研究者
も古天文学的なアプローチを試みているこ
とが理解できます。
 ちなみにまったくの余談ですが、斉藤先生
は英語・仏語・独語に堪能ですが、近年は
中国語の学習にも力を入れています。
 数年前私は北京天文台にて英語で古天文学
の研究発表をしましたが、その際にネブラスカ
大学大学院出身の米国人に英文の添削をしてい
ただきました。
 念のため、添削後の英文を先生に見せたとこ
ろ、良い文章だが1箇所文法的な誤りがあるとの
指摘をいただきました。 
 それをかの米国人に話すと、彼は汗をかきながら
辞書を引き、「Oh!」と声を発してこういったのです。
「彼は何者なのだ?」と
「私はいまのいままで、誤りに気付かなかった...」

 とにかく斉藤先生の語学力はたいしたものです。
 それにこの先生は俳句も相当なもので、古天文学を
 からめた俳句は絶品ですね。


Apollonさんへ 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月14日(月)14時20分21秒

『三国志演義』のシュミレーションゲームに
だいぶはまっていうようですが.......
私は9月中旬ころ西安へ行く予定です。
この時は中国陝西省天文台の天文学者とも
交流する予定ですので一緒にいきませんか?
交流する方は元天文台長の呉さんと現研究
員の劉さんです。
 それにしても中国の天空は排気ガスで
いつも汚いですね。


征服2 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)15時03分05秒

 あとは東・中央・西に軍事再編成をして、各国が争うように
 密計を仕掛けて回ります。
 趙雲と馬超は・・・馬超が人材を集めるため。敵国に入り
 つまかり斬られてしまい。後継ぎは・・・私が全部引きぬいて
 しまっていたので(^^; なんか妙なヤツになったら、忠誠度
 がバカバカさがったので、またまた引きぬいてしまったので
 趙雲が一気に攻勢をしかけました。

 へへ(^^; 漢中が手薄になった(^^; 攻撃じゃ。
 一国に6万程度しかいない。
 馬軍にいた将を使い、20万を3隊、総勢60万で大攻勢を
 かけました。趙雲は総勢20万ぐらいです。
 3隊の総大将は「諸葛謹」「陸ソン」「呂蒙」。
 周喩は病気で若死にしてしまっていました。
 諸葛謹は荊州東より、呂蒙は荊州西より、陸ソンは蜀より
 大攻勢。結果・・・黄蓋がつかまってしまっただけで、
 趙雲軍を滅ぼしました。でも4将軍が傘下に入りました。
 黄蓋は劉封に引きぬかれましたが、半年後老衰でお亡くなり
 になりました。趙雲は援軍の出しようがなかったですね。

 その兵力は取って返し、陽平関とその北方と荊州に集め
 再び大攻勢のために駐屯させました。

 さて趙雲軍の残党。曹操軍に攻撃され逃げているうち、
 北方にいってしまったんですね。で、曹操君ともに攻撃し
 ようと言って来ました。いや〜だよって言ったら怒ってし
 まいました(^^;
 でもある思惑があるので、密計を使いました。
 司馬懿がこちらの国境にいるのが邪魔でしょうがないんで
 すね。攻撃となれば絶対に行くはず。
 そこで趙雲軍の残党に密計をしかけ、民意を下げ米の売買
 ができないようにし、君子の讒言を流し将軍の忠誠度をさげ
 全部引き抜いてしまい、兵糧を繰り返し焼き、殆ど全部焼失
 させました。
 そこへ司馬懿が四万で攻撃。相手に辿りつく前に兵糧が切れ
 司馬懿が四万でそこに駐屯することになりました。
 でへへ。曹ヒや曹洪や曹純など曹家は殆ど、戦に負け捕虜に
 なっているのを引きぬいてしまったので、司馬懿が君子と
 遠く離れてしまうのは全くの好都合になりました。

 ・・・で、曹操が寿命でおなくなりに・・・
 曹軍は北の小国と小競り合いの繰り返し・・・たまに誰かが
 つかまると全部引きぬき。
 こうして「許昌・徐州・よ州の曹植」
 「公孫讃の後を継いだ張魯」「劉備の最初にいた所に劉封」
 がいるだけで、膠着状態になりました。

 さて、小国1つずつ攻めにかかりました。
 概ね相手の10倍。で、とっつかまえるのが目的。
 これで3将傘下に。空いている国を大軍で占拠し、残るは
 北国だけ。そこで一年洪水対策と民への施し。安定したとこ
 ろで、その後一年は築城余地のあるところは全て城をたて、
 大攻勢へ。

 大軍で攻めては相手が逃げるので、曹植・劉封・張魯が
 3つの国にギューギュー詰め。当然疫病が起こります。
 そこで攻撃、狙うは君主のみ。曹植・張魯・劉封の順で滅ぼ
 し、全国統一。
 大体は10万の所に20万で攻め、こちらの損害は7000程度。


征服1 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)15時05分13秒

 歴史シュレーション・ゲームのその後。
 はい。成功しました。殆ど戦わないで勝つのが目標でした
 ので、人材不足にはならなかったです。
 
 さて、周喩君の作戦は成功しました。喩の字違う気がする
 けど良いか(^^; 張繍軍は12万の兵力で周喩・魏延四万に
 攻撃してきましたので、さっさと逃げました。
 張繍軍は12万は、夏淵淳16万と馬超軍20万にはさまれて
 しまいました。本国には6万チョット。そこで呂蒙の14万
 で攻撃。狙うは君主「張繍」のみ。で、成功。
 残りは捕らえて全部配下に置いてしまいました。
 
 さて、挟まれた張繍軍の残り。なんと・・・
 趙雲を君主にして立国してしまいました(^^;
 余計厄介に・・・(^^;

 そこへ馬超が攻撃。ところが。。はは(^^;
 長期戦になり、馬超軍兵糧欠乏で撤退。馬岱が逃げ遅れ
 つかまったので、こちらに引き抜いてしまいました。
 趙雲はそのまま、攻勢をかけてて、馬超軍の各国をバラバラ
 な地域に拡散させてしまいました。

 その際。姜維が在野で見つかったんですね。
 やった。と引きぬいたら・・・彼は太守でしたので、引きぬ
 いたとたん一国の領主となってしまいます。
 兵力は500人。とたんに趙雲4万が攻撃してきました。
 しょうがないですね。軍師が停戦交渉しなさいっていうから
 使者にした夏淵尚ともう1人は・・・斬られてしまった
 ・・・(--;

 なんとか姜維は逃げ回ったったあげく、呂布軍に収容する
 ことが出来ました。こうして漢中にいる趙雲軍と対峙するこ
 とになりました。

 こうして私「孫権」は20万を率いて蜀に行く事にしまいた。
 安心した曹操は北へ攻撃を開始しました。
 曹操の軍門に下ったったばかりの者をバンバン引きぬいて
 しまい(^^; 土地は得られても人材は得られないように
 してしまい。こちらは蜀でその人材を使いバンバン勢力を
 のばしてしまいました。その時こちらに「諸葛亮」が傘下に
 はいったのが大きかったですね。

 趙雲と馬超は年中戦っているので、降将をどんどん引きぬい
 てまたまた勢力を増やしました。目玉では「諸葛謹」「陸そん」
 などが傘下に。空き地ばかりになっている蜀の地にどんどん
 勢力をのばし(派遣するだけ^^;)ついに、長江の南全部を
 領有し、全土の半分、中国全兵力の2/3になりました。


ある編成 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)15時11分28秒

 *は漢字が無いか、探すのが面倒(^^;

 左翼       中央      右翼
  徐盛      魏延       関平 
  張合*               張包*

         呂布・張遼  

      陸遜  諸葛亮  厳顔     
          (兵糧)

 ま〜「鶴翼の陣」に近いですね。
 本当の鶴翼なら呂布・張遼は前面にでますものね。

 鶴翼の陣は、大軍で少数を迎え撃つ陣形。
 それをすこし雁ギの陣風に崩しました。

 日本で有名なのは・・・
 ミカタが原の合戦。どんな字だっけ(^^;
 信玄と家康の戦いで、少数の家康が鶴翼の陣にしました。

 信玄君は家康君の布陣を見て「まだ若いな」と言ったそう
 であります。
 信玄はこの時「魚鱗の陣」、大軍を少数で迎え撃つ時の
 陣構え。両者・・逆なんですね(^^;
 ま〜そんなこんなで、家康君ボコボコに負けちゃう(^^;

 ほんでもって家康君は城に逃げ帰り、諸葛亮の「空城の計」
 のまねっこをするんですね。
 
 ものの本では信玄君がそれにかかって、家康君をそれ以上
 攻撃しなかったと言うのですが・・・違うと思うな。
 たかが少数で城にいる軍勢に時間を潰すより、兵は神速を
 尊ぶで、もはや攻撃能力の無い家康を相手にしなかっただ
 けだと思うな(^^;

 そう言えばテレビで歴史家の先生が「車懸りの陣」が未だ
 に不明なんですって言ってたけど・・・なんでだ?
 「車懸り」って、あれですね。ほら
 インデアンが馬に乗って、幌馬車を襲う場面があるでしょ。
 あれみたいに囲んでグルグル回るんです。
 陣の場合には本陣の回りをグルグル回らせます。

 常に新手・新手と攻撃できます。また奇襲攻撃の防御に
 強いですね。欠点は兵力が分散してしまうこと。


小沢さんへ。 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)22時38分07秒

 私のようなものに、おさそいありがとう御座います。
 仕事がピンチでなければ、是非にとお願いしたところでは
 ありますが、9月は恐らく2人分以上の仕事量がありまして
 出かけるのは無理かと思います。

 まことに残念ですが、またの機会にお願い致します。


白鳥座流星群 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)22時39分59秒

 ちとさん。こんばんは。
 白鳥座流星群は、あまり期待しない方が良いです。
 やはりペルセウス座流星群が安定して沢山見れますが、
 今年は満月近くなので、条件は最悪ですね。

 流星観測は寝転がって見るのが一番なので、夏場に
 サマーベットとかお風呂マットに寝転がって見るのが
 一番楽です。

 リンク集に「流星」の項目がありますので、そちらで
 詳しい事は見てください。
 先ずは「日本流星研究会」だっけな(^^;
 ・・・が良いと思います。


いろいろ 投稿者:Apollon  投稿日: 8月15日(火)22時47分13秒

 ●SW完売
  どうもSW紙最終号は2日で完売してしてしまったよう
  です。な〜んだ。売り方が不味かっただけじゃないの(^^;

  紙面がA4変形版なのが良くないんじゃないのとか
  紙の質落としたらとか、意見しちゃった・・・(^^;
  
 ●SETI@home
  えっと、SETI@homeの期限が最低2年間延長されたようで
  す。スポンサーがついて資金繰りに苦労しなくなった
  事と、解析していないデータが沢山あることと、協力者
  が沢山いるためであるそうです。


七星剣の三星 投稿者:玄珠  投稿日: 8月19日(土)02時52分13秒

 Apollon さん、今晩は

@nifty の FREKIL でお話ししたことのある玄珠です。
いや次々と新しいページをUPしていて、いいですね。
自分のHPは手入れが面倒になってしまうもんで …

「七星剣」について拝見しました。面白そうなテーマなので
『日本の国宝』(四天王寺)など看てみました。
写真じゃ見づらいですね。いずれ実物に接してみたいものです。

全くの私見、かつ憶測です − 直列の三星は「参」、V字型の
方が「心」ではないでしょうか。
参はオリオン座に相当するので七星とも十星されていますが
『史記・天官書』では「三星」で、明白にこの星が
「白虎である」と言いきっています。
また『書経・ギョウ典(「堯」の字はどの機種でも出るのかな
… まるで「ギョウ虫」だね)』では「白虎」、「玄武」、
「朱雀」と挙げているのに、「蒼(青)龍」ではなく「心」と
あるのです。
つまり白虎の象徴としての参と蒼龍と等価な心です。
七星剣の類だけでなく曹公乙墓からの出土品でもそうですが、
蒼龍・白虎・そしてそれらを案配する北斗という組合せです。

近く FFORTE に式占と天文の関係についてもいくつか
書き込んでみようと思っていますが、こういう古代史と星との
問題は − そうすぐには決定的な証拠が出てこないだろうから
− みんなで好きなことがワイワイしゃべれて楽しいですね。


訂正 投稿者:玄珠  投稿日: 8月19日(土)07時38分54秒

下の投稿がかなり不正確だったので訂正いたします。

>「曹公乙墓」

は「曾公乙墓」の誤りでした。

>『書経・ギョウ典 … 』では「白虎」、「玄武」、「朱雀」と
>挙げているのに、「蒼(青)龍」ではなく「心」とあるのです。

原典では四神の名ではなく − この順番に合わせると −

「昴」、「虚」、「鳥」、「火」

となっていました。書かれた当時の二至二分点にある星座です。
「火」はアンタレスで「心宿」の中心となる星。
そこで問題となるのは白虎(西方)が昴→参に入れ替っている
ことですが、『史記』の時代では「白虎の代表は参宿」という観念が
出来上がってたのかもしれません。


はじめまして 投稿者:斉藤国治  投稿日: 8月19日(土)12時54分09秒

 いま小沢さんと一緒に雑談室を見ています。
インターネットのHPに私の名前が出ているとは
思いがけませんでした。
 これから私も「星の雑談室」に参加しますから
よろしく!


玄珠さんへ 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月20日(日)11時54分13秒

 かつて、新城新蔵先生はかつてこんなことを
某誌に書かれていました。
「北斗の柄杓は太古に於いて天空の真の北に
固定されており、新春のころその柄杓は時の針
として現在の時計の文字盤でいえば12時を指
していた。この状態をもって正月一日年初とした。」
「また柄杓は二十四時間で三百六十度回転した」
「さらにこの柄杓は一定時刻について1ヶ月ごとに
十二分の一ずつ右回転し1年後には元に戻るもので
あった。(一月は現在の文字盤では「12」、
二月は「1」となる)。


七星剣の三星 投稿者:Apollon  投稿日: 8月21日(月)01時13分43秒

 玄珠さん。こんばんは。お久しぶりです。
 そうそう式占のこと、教えていただいてありがとう御座います

 本屋で注意して見てると、幾つかその手の本がありましたので
 そのうち買ってみようと思っています。

 史記の方ですか。どうも中国と言いますと晋書の方に考えが
 いってしまう癖がありますので、眼から鱗でした。
 そうでした(^^;時代から言っても、史記ですね。

 蒼龍・白虎・北斗
 ・・・この方がインパクトありますね。
 星宿の成立とも絡むとなりますと、とてつもなく大変な問題
 ですね(^^;
 オリオンとサソリと北斗・・・全宇宙って感じがしますね(^^;
 最近の私は三星堆がらみで考えると、やはり崑崙が見え隠れ
 しそうなので、やはり河鼓・北斗・織女かなと思っています。
 一号神樹などは太陽を背負うカラスがありまして驚きました。
 崑崙模型もあるようですしね。

 山海経って三星堆の頃の記憶なんじゃないかと思うと
 結構腑に落ちるところがあります。でも・・・
 殷や三星堆の青銅に含まれる成分が、全く同一だと言うこと
 なので、南から伝わったと密かに考えていた私の説は挫折し
 ました(^^;

 ・・・オリオンとサソリと北斗の方がかっこいいですね(^^;

 四天王寺の七星剣は、噂では絶対に見せてくれないそうです。
 国立博物館では展示してないですね。所蔵していると噂は聞
 いているのですが。

 あ。花山天皇退位のときの「木星」「火星」でしたけ。
 あれもUPしようかな。麦星さんのお考えですけど。

 天武天皇の「式占」とか・・・課題は一杯ですが
 最近更新が出来ないでいます(^^;

 >>白虎(西方)が昴→参に入れ替っている
 これ結構気になりますね。実際に「おうし」から「オリオン」
 までとなりますと、結構時代が経っていますね。
 「中国の星座の歴史」と言う本があれば・・・
 絶版で手に入らなくって(^^;


はじめまして 投稿者:Apollon  投稿日: 8月21日(月)01時21分06秒

 斉藤先生。どうもはじめまして。
 大先生に来て頂けるとは・・・言葉も見つからない程
 嬉しく思います。

 このページのリンク集に「天文民俗」「古天文」の項目が
 ありまして、そちらを辿っていただければ斉藤先生のお名前
 は沢山出ております。

 在野のアマチュアの私ですが、今後とも宜しくお願い致します。


北斗の時計 投稿者:Apollon  投稿日: 8月21日(月)01時30分46秒

 小沢さん。こんばんは。
 北斗は季節と時間の両方の時計になりますね。
 
 時計がかなった頃を考えれば、これ以上重宝する星座
 はなかったと感じます。
 シェイクスピアにも馬番が「大変だ北斗がもうあんな
 所に、夜が明けちまう・・・」と言う場面がありますね。

 古代の暦は、北斗の位置或いは冬至が基準になるものが
 多いですね。


(無題) 投稿者:玄珠  投稿日: 8月22日(火)02時07分52秒

 小沢賢二さん、早速のRESありがとうございます。

>「北斗の柄杓は太古に於いて天空の真の北に
>固定されており、新春のころその柄杓は時の針
>として現在の時計の文字盤でいえば12時を指
>していた。この状態をもって正月一日年初とした。」

これはきっと、冬至あたりを正月とする暦ですよね?

そうそう破軍星の占いについてはここのHPに詳しく解説
されていましたっけ。
今でも中国系の占いでは月の支を「月建」、「斗建」などと
呼んでいます。実際の北斗七星の剣先からは完全にずれて
しまっているのに。

@nifty の FFORTE(東洋占いフォーラム)のシスオペさんは
ハンドルをずばり「北斗柄」と名のってらっしゃいます。

 Apollon さん、お久しぶりです。

>>>白虎(西方)が昴→参に入れ替っている
>これ結構気になりますね。実際に「おうし」から「オリオン」
>までとなりますと、結構時代が経っていますね。

大体において赤道極をはさんで反対の位置にあるのが
「心」と「参」なので、歳差はもしかするとさほどの問題では
ないのかもしれません。

むしろ中国の天文占でつねに考えておかなければいけない
「赤道座標上の実際の太陽・惑星の位置」と「仮想的な分野、
あるいは地上の方位」との対応・区別の方が重要ではないか?
− と、書いてて気がつきました。

『書経・堯典』が書かれた時点では心宿を秋分点の星座と
とらえていたのでしょう。だが『史記』では? … 心は十二支の
「卯」と対応する「仮想的な真東」、ないし「東・春分を
象徴する宿」だったはずです。

つまり、例えば「角」〜「箕」がいつから「東方」に配当される
ことになったか、という星宿の四神への対応づけが成立した
時期こそ、頭を悩ませるに足る課題ではないでしょうか。

実際の歳差よりこのシンボリズム上の変化 − 思想史上の変革が
地味ながら大きく関わってるような気がするのですが。

>三星堆

中国大陸では何が掘り出されるかわかりませんね。
そのうちここでしゃべってることがみんなひっくり返されて
しまうようなあっと驚く発見があるかも。

http://member.nifty.ne.jp/ITAN


双子座の兄弟 投稿者:葉月  投稿日: 8月22日(火)03時14分26秒

始めまして。星座の神話系サイトを巡り歩いて辿り着きました。
突然の書き込みで、いきなり質問をする非礼をお許し下さい。

現在、12星座の神話について調べて居るのですが
手元の資料で本によって矛盾する点が有りましてネットで調べまわっている次第です。
双子座のカストールとポルックスは「兄が定命で弟が不死」となっているのですが
本によっては弟である筈のポルックスが「弟と同じ死をお与え下さい」と
兄と共に有りたいことをゼウスに訴えています。
此方の双子座の説明にも同じような点が見れましたので
もしやそれなりの理由が有るのでは無いかと。
何かお分かりになるようでしたら教えて頂きたく思います。

取るに足ら無い発言でしたら、読み飛ばして下さいませ。


Apollonさんへ 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月22日(火)11時54分16秒

新城新蔵先生は北斗を太古では天空上の
大時計であったと評しています。
ご指摘の通り、季節と毎日の時間を把握するには
これほど便利なものはなかったでしょう。
この原理の中で、正月一日をどうするか
ということで建子暦や建丑暦、
はてまた建寅暦などというカレンダーが
構成されていったと考えます。
 ちなみに私は『史記』を研究領域
としています。
 後ほどコメントをさせて頂きます。


8/6の発言へのRES(^^;) 投稿者:DANDAN  投稿日: 8月23日(水)00時10分01秒

こんにちは、ROMばっかりですみません、dandanです(^^;)。

”同好の士”にはそりゃー入ってますよ!>Apollon様

懺悔:「天文学がわかる」の著者近影とは大いなる嘘で9年前の新婚旅行の
写真でした.....(^^;)で、でもあの本の著者近影ってーー長谷川先生だって
そーとー若い写真だし、福江先生も5年前のだっていうしーー...(言い訳)

http://www.city.yokohama.jp/yhspot/ysc/izumo/index.html


おおっ、『史記』ですか 投稿者:玄珠  投稿日: 8月23日(水)06時59分31秒

 小沢賢二さん、今日は

この前ソコツにも「12時」を「子」と同一視してしまったのですが、
むしろただの「基準点」ということなのでしょうね。
改めて『夏小正』を開いてみたけど、立春に北斗の柄が下を指している
ことになっていたり、今一 − 読み方が悪いのでしょうが − よく判りません。

ところで小沢賢二さんは『史記』もご専門なんですね。
私の方は「在野天文学者」と自称される Apollon さんの足元にも及ばない、
星については「かじりっかけ」です。
アマチュアとしての専門は「六壬占」などで、好きと言うより仕方なく天文の
本をつまみ食いしたり、『史記』などを眉間にシワ寄せながら眺めています。
近頃天將についてあれこれ考察しているのですが、そういうわけであらぬ方向に
飛んでいってしまいそうなので大変心強く思います。
これからもどうぞ宜しく。

司馬遷は天文の専門家だったようですが、『史記』を観ると、実際に観測してた
というより文献資料をあれこれ比較するという研究方法だった感触を受けました。
またあの時代というのが − 歳差現象発見前で − いろいろ混乱を来していた
過渡期だったのでしょう。

追記: Apollon さん、『夏小正』では北斗、参、昴、心、南門、織女と星の
オンパレードでしたよ!


ふたご座 投稿者:Apollon  投稿日: 8月23日(水)11時49分02秒

 葉月さん。こんばんは。
 ふたご座のお話ですね。もとをただせば(^^;
 卵から生まれたのですから、どっちでもないような気がしますが(^^;

 兄カストール・弟ポルックスが正解でしょうね。

 ギリシア神話は、兄弟が逆さまになったり。混同されたりが沢山あり
 ますので、本当に困りますよね(^^;

 兄弟が逆さになってしまった有名な例では、
 兄アポロン・妹アルテミスです。実際にはアルテミスが姉です。
 日本では何故か逆転してしまっていますね。

 兄カストール・弟ポルックスが逆さまになるのは、星も関係してるか
 なと思うときがあります。ふたご座のカストールの方が暗いので、
 目立つポルックスが兄になってしまったんだろうかとか、不死である
 ポルックスの方が優位なので兄になってしまったとか色々考えられま
 すね。

 日本のギリシア神話の本は、結構間違えがあります。
 特に子供向けの本には、「こらこら全然ちゃうぞ(^^;」と言う話が
 まかり通っていたりします。天文普及協会の方は盛んにクレームを
 付けておられるようですが、すべての本にまでは手が回りませんもの
 ね。

 ギリシア神話ではブルフィンチさんの本が一番出回っているようです
 が、結構ボコボコ間違えてますね(^^;
 特にセレネとアルテミスが、混同している印象があります。


『史記』と天文 1 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月23日(水)15時41分57秒

 私と斉藤先生は約10年をかけて中国
の天文記録を検証しましたが、もっとも
苦戦をしたのは『史記』でした。
 なぜなら記録に錯簡がある上に、天文
記録が『春秋』のようにまとめられて
いないのが最大のネックです。
 私はもともと唐の時代の史記の注釈書
である『史記正義』の復元を専門として
いました。
 『史記正義』佚文というと中国では失
われた史料が日本にのみ伝存していたケ
ースとして著名なのですが、この史料は
古い『史記』のテキストの欄外に筆で書
き入れられています。
 この書き入れの中に古代中国の歴史を
訂正させる『古本竹書紀年』と称される
貴重な書物の引用があるのです。
 では、また次回に・・・

興味のある人は汲古書院刊の
『国宝史記』全12冊
(小沢賢二・尾崎康解題)
をご覧ください。


二十八宿 投稿者:Apollon  投稿日: 8月24日(木)01時30分55秒

 玄珠さん。こんばんは。
 二十八宿・・・これ結構資料が無くて困るんですよね(^^;
 聞いた話しでは、元は中国でインドに渡り27宿になり
 逆輸入の形で再度中国に入り、二十八宿になったとか。

 そうするとインドの思想も紛れ込んでいるのは?などと
 思うのですが・・・どこまでが本当の話しかわからないん
 です。(インド占星術の本は買ったのですが、積読になって
 おります^^;)

 >>心宿を秋分点の星座
 多分その可能性は高いでしょうね。星宿図がある頃になる
 と、昔の図をどうやって修正したか碑文が残っていたり
 しますけど、文献と照らし合わせると少しは何か出る気が
 しますね。
 もう少し遺跡が発掘され何か出てくれば良いのですが。

 まだ中国では考古学が始まったばかりですものね。
 「黄河文明」と言わないで「中国文明」と名称が変わりそ
 うですね。最初は確かイギリスの発掘隊が黄河流域で遺跡
 を見つけたりしたので、本土の中国でもそう思っていた
 らしいのですが、最近発掘して見たら、いろんな所から
 遺跡が出てきて、ありゃりゃりゃ?となってきたみたいです。

 昔の事は・・・何か発掘されるとどんでん返しになることが
 ままありますものね。

 そうそう。夏小正(^^;
 いくら本を探しても無いと思っていたら「大載礼記」に
 収められているんですね。一年ぐらい探しちゃいました(^^;
 歳差の違いに混乱していたのは確かに感じますね。

 司馬遷は天文官だったですね。。
 ・・・また戦いの虫が・・・
 司馬遷がかばったとされる李陵は、寡兵で実に良く戦いまし
 たよね。当時の名将の筆頭だったでしょう。ま〜そんなこん
 なで意見を求められ、司馬遷は正直に答えただけだったでし
 ょうね。・・・学校では、かばったと教わるんですが・・・
 違うと思う・・・!?

 あ!歴史言えば
 ヘロドトス・・・こちらは史記と違って結構ボコスコ違うみ
 たいですね(^^;
 そうそう。最後の方にカストルとポルックス兄弟を泊めた人
 の子孫とかが出てきます。・・・なんのこっちゃ(^^;

 ・・・私もポンポコ思考が変わる性質なので・・・
 こちらこそ、よろしくお願い致しますm(..)m


有名人が目白押し 投稿者:Apollon  投稿日: 8月24日(木)01時33分52秒

 DANDANさん。お久しぶりです。
 有名人が目白押しで、緊張してしまいます(^^;

 ホームページすっかり綺麗になりましたね。私・・
 ものすご〜いショックです(^^;
 ・・・ってNiftyの会議室で話したら、うけてました(^^;

 正確には「同好の師」ですね。私など遠く及ばないですもの。


斉藤国治先生見てますか? 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月24日(木)10時42分36秒

斉藤先生その後いかがでしょうか?
 実は9月5日の午前中に国立天文台の
中村士さんが北京天文台の韓延本さんを
エスコートして斉藤先生のお宅に伺う
ことになりました。ご存じでしょうか?
 そのため私は彼らより一歩先に先生
のお宅に行っていたいと思います。
 私は彼らが来る前に、先生と一緒に
このHPに投稿したいと思いますので
先生もこの件をご了解されますようお
願い申し上げます。
 ちなみに韓さんの発表は9月5日の
午後で場所は国立天文台(三鷹)と
なりました。


はじめまして 投稿者:ともみ  投稿日: 8月24日(木)16時50分24秒

はじめまして、南斗六星について調べているうちにここのHPにたどり着いた者です。

突然の書き込みで質問していいのか迷いましたが、早急に調べたい事だったもので、
失礼だとは思いますが、どうかお許しください。

調べている事はといいますと、
「南斗六星の東方にはなにがあるのか?」という事なんです。
もしかしたら、同じような内容の質問が他の方からされておられるのではとも思いますが、
なにとぞお返事いただけたらと思います。
どうぞよろしくお願い致します。


(無題) 投稿者:玄珠  投稿日: 8月25日(金)16時52分26秒

 小沢賢二さん、今日は

存じ上げなかったものでこの前は大変失礼なことを言ってしまった
ようですが申し訳ありません。
でも、今まででは考えられない人物と自由に話し合えるという
点だけではインターネットは有り難いものですね。
「知の楽市楽座」と言えるかもしれません。
『国宝史記』は「八書」の部分だけでも早いうちに読んでみたい
と思います。

 Apollon さん、今日は

>そうそう。夏小正(^^;
>いくら本を探しても無いと思っていたら「大載礼記」に
>収められているんですね。一年ぐらい探しちゃいました(^^;

それはそれは … 改めて気がついたけど織女も − 矢印の先
みたいだから − カレンダーや時計の役を果していたんですね。


玄珠さんへ 投稿者:小沢賢二  投稿日: 8月25日(金)17時49分45秒

『史記』の「八書」は残念ながら書き入れ
が少なく「天官書」も無味乾燥です。
 面白いのは「秦本紀」・「秦始皇
本紀」・「祖本紀」などの本紀で、
特に「祖本紀」にあると記憶して
いますが、、、
「漢元年冬十月五星東井に聚まる」
の記事は圧巻です。
 記事の伝承の誤りと秦国の歳首
(十月)とのかかわり、そして
古代の漢数字†(十)と十(七)
の錯誤が認められるのです。
 漢の祖劉邦がみた当時の天空が
本当はどうであったか?
 古天文のロマンがここにはあります。
時空を越えて劉邦の目と我々がの目が
一致するのは良いことです。 


すみません 投稿者:Apollon  投稿日: 8月27日(日)22時08分41秒

 会議室書きこみと更新ができない状態でした。
 それからメールでご質問の方・・・約30通
 お返事できないでたまっています(^^;

 すみませんm(..)m


南斗六星 投稿者:Apollon  投稿日: 8月27日(日)22時11分12秒

 ともみさん。こんばんは。
 南斗六星の東・・・ですか!?
 お話しの脈絡が良くわからないのですが・・・(^^;

 南斗六星と言えば、いて座になりますから
 「やぎ座」か「けんびきょう座」があると答えるのが
 順当でしょうね。

 ・・・それとも「なぞなぞ」なんでしょうか(^^;


リンク 投稿者:秋月 心  投稿日: 8月27日(日)22時15分24秒

はじめまして!
私はKAGAYAという天文や幻想世界のイラストレーターのファンサイトを運営
しております。
サイト作成の際、こちらのHPが大変参考になりました。
素晴らしい情報量ですね!
リンクを張らせていただきましたので、どうぞよろしくお願いいたします。

http://homepage2.nifty.com/c_blue/


双子座 投稿者:葉月  投稿日: 8月28日(月)03時59分01秒

お礼が遅くなり申し訳有りませんでした。

お答え頂いてありがとう御座います(^^
成る程そのような理由が在ったのですね。
大変参になりました。

神話などでは「一度死んだ筈の神様が何食わぬ顔で
復活しても周りは別段気にも止めない」
なんて事や、信仰者サイドの勢力関係で神の優位関係から果てには血縁関係が
変更されたりと言うケースは良く有る話しの様ですが
兄弟関係が引っくり返っているとの話しは
余り聞かなかったものですので。
読んだ瞬間は乱丁かと思ったくらいでした(笑)
アルテミスがアポロンの姉だと言う話しは初耳です。
今の今までずっと妹だとばかり・・・(^^;;;
入門書や児童図書などで間違いが罷り通ってると
知らぬ間にそれが常識になってしまう良い例なのかもしれません。
女性という立場と太陽と月の関係でそうなってしまったのでしょうか。
中世ヨーロッパなどでは太陽よりも月の信仰の方が身近で優勢
だったとも聞くのですが、国や著者の解釈によって
異なって来る所なのかもしれませんね。
読み手としては、そこが面白い所なのですけれども
より有力とされる正しい情報を求める際は困り者です(^^;


(無題) 投稿者:ともみ  投稿日: 8月28日(月)09時49分30秒

Apollonさん、お返事ありがとうございます。
そうですよね、あたしの質問は漠然としてましたよね。どうもすみません...。
なぜ、こんな質問をしたのかというと、今、「web現代」(http://www.webgendai.com/)
というHPで謎解きをやっていまして、そのなかに暗号みたいなのがありまして、その暗号
のひとつに「南斗六星の東方」という表現がありましたので、調べていた次第です。
なので、質問しようにも、こういう表現でしかできなかったのです。
それにしても「やぎ座」と「けんびきょう座」ですか。う〜ん、また混乱してきた。
もう一度いろいろ考えなおしてみないと。
もしApollonさんも興味がありましたら一度HPへ立ち寄ってみてください。
陰陽師 安倍晴明に関する謎解きです。

本当に訳の分からない質問をしてしまい、反省しております。


古代のロマン 投稿者:玄珠  投稿日: 8月28日(月)09時55分40秒

 小沢賢二さんへ

ご情報ありがとうございます。
『国宝 … 』はまだですが近くの図書館でとりあえず『 … 検証』(雄山閣)の
『史記』までの部分を読んでみました。
なるほど「十」と「七」の誤読は聞いていましたが、ここでもですか。
私は、どうせ「歴史」なんて政治的意図の強い部分ほどデタラメさ − と
片づけてましたけど。

ところで「ロマン」ですがよく判ります。
パソコンの進歩のもう一つよい点として「プラネタリウムソフト」などの進化が
ありますね。私も司馬遷の観ていた時代・場所の星空を再現しようと、必要な
パラメータを入力して「ok」を初めてクリックするするときの緊張感は
鮮やかに覚えています。いや、何、windows の設定を変更するだけなんですけどね …
何だか部屋ごとタイムスリップするような気がして。
ちなみに二十八宿が最も赤道に近づく BC2000 年紀中頃にしたところ、天の
北極には六壬の天將のリーダーである天乙星が浮かび上がりました。


青竜も白虎も牽牛も織女も 投稿者:玄珠  投稿日: 8月28日(月)09時59分24秒

 Apollon さん、今日は

土曜に横浜美術館に行って「四大文明展・中国」を観てきました。
後漢の石棺の蓋があって、そこには璧(ドーナッツ状の玉)を奪い合う
青竜と白虎、おまけに織女と牽牛も一緒に彫りつけられていましたよ。


教えて 投稿者:文香  投稿日: 8月30日(水)18時50分14秒

今、夏休みの理科の研究で「夏の大三角形はどのように動くか」をテーマにしています。
が、どのようにすればいいのかわかりません。あと2日しかないし星はでないしどうしたらいいでしょうか。


(無題) 投稿者:玄珠  投稿日: 8月31日(木)09時48分18秒

 文香さん、お急ぎでしょうからとりあえず私がお答えしておきます。

もしパソコンをお持ちなら「プラネタリウムソフト」を買ってきてみては?
私が利用しているのはAstroArtsの「ステラナビゲータ」です。
他にネット上でフリーウェアが入手可能かもしれません。
… でもひょっとしてiモードでここを利用してらっしゃるとか?


無題 投稿者:文香  投稿日: 8月31日(木)21時21分59秒

パソコンは持っていますがネット上でフリーウェアを入手したいのですがどうしたらいいのか教えてください


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