漸く - 2020年06月01日 18:07

 本日(写真のマスク:2020.06.01 16:37落手)、我が町にも布マスクが漸くのことで届き始めた。「十分な量でないことは承知しておりますが」との断り。
 否、屋上屋を架すには十分ですぞ、厚生労働省殿。


 緊急事態宣言の全国化 - 2020年04月17日 14:09

 どうやら緊急事態宣言を全国に拡大させ、各自治体(例えば休業要請の協力金50万円というが、県と市町村の割り勘)の拠出で、感染の“爆発”を防ぎ、住民の“いのち”を護れという訳だ。もっとも住民の福祉の増進を図ることが地方公共団体の基本中の基本ではあるが、今のところ交付金の措置の見通しは無い。

 県の大所高所からの寝耳に水の“割り勘”で、全くと言っていいほど準備不足の市(町村)である。大切な税金が、協力金のバラマキ方法、その効果の確認方法さえも不明のまま投げられようとしている。

 これは究極の景気浮揚策なのではないか。国民は消費に金を使わないから(10万円を配っても貯金に回る)、いっそ各自治体から吐き出させようとの魂胆かも知れない。
 つまり、爾後感染が拡大した自治体は“金”を出さなかったからだと責任を問われ、偶々出してうまく防いだ感のあるところは、多少色を付けられ、頭をナデナデして貰えるかも知れないという、その様な“評価”でだ。

 しかしながら、金を使わず頭を使って、住民に防災無線等で呼びかけ、協力を得る方法だって、考えてもよいのではないのか。何といっても先ずは住民自身のことなのだから。

 まあ、いずれにしても其の勘定書は住民(国民)に届くことになる。
 今、当地の県庁は電話が繋がらない。これでは各自治体や協力に応じる事業者も委細不明で困惑する。何といっても責任(災禍)は国民各自が引き受けることになる。

 二階から目薬の“アベノマスク”、田舎都市にはいつ届くのやら。届くころには終息しているのだろうか。

 マスクが店に無い!のであるが、大多数の人が、何故かしっかりと市販のマスクをしている。これも不思議な現象である。政府の鈍重さに比較し個々の国民は賢く、目敏といのか。

 目薬?そう云えば、目からも感染するとか。アイマスク?残りは耳か。そして、手は御手上げか。 


 “感染爆発”それとも“感染バカ発”か - 2020年03月29日 13:00

 例えば、日本(外務省会見室等)での記者会見、外務省に確認したら、何語を使用しても構わないようだ、特に規則は無いとのこと。つまり、英語が達者なら英語で、スワヒリ語が得手物ならスワヒリ語でというわけである。ご存じのように国連での公用語は中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の5カ国語にアラビア語が加わる。
 さて、河野太郎前外務大臣、記者会見で反応よく、英語での発言には英語で応じる。それを外務省の人間が日本語に通訳する。会見に臨む日本人記者のためになどであろう。まあ、いずれにしろ、外務省はその様子は「動画版」・「英語版」にて表している。
 江戸幕府(幕末)、そして学校制度でき本格的に英語教育が始まる明治時代を経て、今もなお続くのである。かように長く英語教育を受けた日本人であるが、未だに日本語と英語を巧みに切り替えてコミュニケーション取る日常場面には滅多に出くわさない。勿論、親からの習慣としても英語が伝わっていない。
 事情はそうではある。が、実用的には特に欧米語を上手いことカタカナ語で取り込んで其の意味を理解し、日常語として使用するのである。カタカナ語をそのまま当の欧米人に聞かせても、発音やその抑揚などの違いがあり、通用することは無理筋である。
 しかしながら、他国の言語を、文化を織りなす“母なる言葉”に置き換えようとする防衛機制なのだろうと思う。
 先に挙げた河野前外相、今は変わって防衛大臣(2019年9月11日)であるが、「年配者をはじめよく分からないという声を聞く」と指摘し、「クラスター」、「オーバーシュート」といった用語を“和訳”で表現したらと呼びかけた。そして、クラスターを集団感染、オーバーシュートを感染爆発、ロックダウンを都市封鎖と提案した。そして、二階俊博幹事長も「英語やフランス語で言って本人はいい気分になっても、相手が理解しなければ何にもならない。政策は理解され、協力を得られるように努力することが大事だ」と苦言。(中日新聞朝刊2020.03.25)
 “本人はいい気分になっても”との幹事長の談は、河野氏にもあてはまらないのか。
 年配者などが分からないのでなく、説明が足りないのだ。クラスターでもオーバーシュートでも、そのまま受け入れても状況に応じ、この場合は新コロナウイルスという既知の状況下での使用例である。感染が“爆発”?ならば、感染(病原体が体中に侵入すること)が爆発したのなら、何らかの原因で“破壊”されてしまうわけだから、感染は雲散霧消するのだろうか。政府は特段の新コロナウイルスの抑え込みをやったという事も無い。いかなる状況が“爆発状況”なのかの説明も皆無である。
 3月26日、小池都知事などは早速「いまの状況を感染爆発の重大局面ととらえこの認識を共有したい」と使い始めた。(NHK NEWS WEB)
 「厳しい外出制限をしていないのに、イタリアやニューヨークのようなひどい状況を回避している」と指摘し、世界中の疫学者は理由が分からず「当惑している」と。(中日新聞2020/3/27)
 国民の生命・安全を第一の政策を取らず、的の外れた政策を掲げ、相変わらずのブレーキ踏み続けながら一方ではアクセル踏む、二足同時使いの二進も三進も行かない安倍政権である。
 リーマンショックを口先にするが、当時は中国が巨額の景気対策を打ち出して世界経済を支えたのである。そのことも忘れ、米国は新コロナウイルス関し、批判し、損害賠償を求めて集団訴訟を起こそうとしている。
 世界はG7主導でグローバル化を推進して来た。序に言葉もウイルスもグローバル化している。その結果が脆弱な国家の出来であり、福祉国家の縮小である。超国家主義のグローバル企業の“のさばり”返りである。
 河野防衛大臣、オツムの中で、オーバーシュートと感染爆破どう変換しているのだろうか。  “the explosion of infection”或は“the detonation of Coronavirus”って通じますかね、欧米人に。
 さて、未だにマスクが手に入らない状況である。国民の怒りが爆発するか。


 中国という大河 - 2020年02月19日 17:57

 新型コロナウイルス肺炎(WHO「COVID-19」と定めた)、2019年12月末に中国湖北省武漢市で発生した。その後は燎原の火の如くの有様である。
 中国以外で感染が確認されたは国と地域は28となった(2.18現在NHK NEWS WEB)。  日本ではクルーズ船乗客の対応を非難されたり、また乗客の呼びかけに夫々の国が応じ迎えに来たりしている。
 日本でも身近なところではマスクの品切れが続いているが、国民は騒ぎもせず静観している。中国では異種業種の自動車メーカーがマスクを生産しているのだ。
 恐れ入るのは中国の病院等の建設の速度である。「餃子を作るように最新艦艇が戦闘隊列に次から次へと合流している」(中央日報日本語版2016年11月24日)と。然もありなんといったところである。
 更に5Gを、AIを、ロボットを、そしてドローンを動員しての対応である。百貨店から感染が広がったとして、ビックデータを使いながら、利用客およそ2万人を割り出し自宅隔離するとい離れ技である。
 そして無接触型宅配などの新業種迄現れている。恐らくこの新型コロナウイルス肺炎が沈静化した暁には、中国の飛躍が待ち受けているように思われてくる。つまりは、転んでもただでは起きない、という勢いなのだろうか。
 一方、日本では感染源不明の感染者が出来しているが、足取りなど掴めているのだろうか。  「きのうの専門家会議では、感染経路を特定できない可能性のある症例が複数認められている状況で、患者が増加する局面を想定した対策を今からとっていく必要があるという議論だったと承知している」(2.17 NHK NEWS WEB)と、なんとも御寒いのだ。
 中国の情報統制やその初期対応の出遅れが問題となっている。というより、隔靴掻痒の、真偽不明の、否、真だとしても偽なる断片情報を他国が取り上げて、騒いでいるというのが、その状況である。中国を袋叩きにしても、感染者は減らないし、死亡者が減るわけでもない。従って、無用な情報の垂れ流しとなる。御負けにWHOのテドロス事務局長に、「あなたはなぜ、中国への称賛を繰り返すのか。中国側の求めによるものか?」(人民網日本語版 2020年02月14日)と非難めく問いを吐く始末である。
   さて、すっかり大国の影を薄くし、“渋ちん”になってしまった米国、ポンペオ国務長官の1億ドルどころか、WHOへの資金拠出の削減を言い出している。
 中国という桁違いのスケールの“大河”が今や世界へと流れてる。流れる先で其の流れに乗るもの、或は溺死するもの等、先々の態様は時を待たねば判然としない。
 中国という何も彼も包み込む悠久の時の流れの一瞬を、今、世界は垣間見ているのかも知れない。

 井上 靖の『天平の甍』の中に、次のような文がある。
   ―・―・―
 そのとき、戎融は、例のいくらか人をばかにしたような、いきなり相手に問いかける言い方で、普照に、唐へ来て、何をいちばん強く感じたかと聞いた。普照はまたかと思った。そして船の中でのように、よほど何も感じないと答えようかと思ったが、
 「来てよかった。来てみなければ唐という国はわからないからな」
 と、そんなことを素直な気外ちで口に出した。すると戎融は、なんだ、そんなことかといった顔をして、
 「おれは唐へ来て初めて見たのは飢えている人間だ。おまえも見たろう。蘇州へ上がってから、毎日のように飢えた難民ばかり見た。いやというほど見せつけられた」
 それは戒融の言うとおりであった。普照たちが唐の土を踏んだ前年は、夏前の旱魃と秋の霖雨ために、作物は実らず、ためにどこへ行っても飢えた人間があふれていた。何十年にもない飢饉ということだった。
 「あれだけの難民がいたら、日本ならたいへんなことになる。この国では雲が流れるように、黄河の水が流れるように、難民が流れている。まるで自然現象の一つのようじゃないか。経典の語義の一つ一つに引っかかっている日本の坊主たちが、おれにはばかに見えてきた。きっと仏陀の教というものは、もっと悠々とした大きいものだと思うな。黄河の流れにも、雲の流れにも、あの難民の流れにも、結びついたものだと思うな」
 そんなことを一種の熱情的な口調で話してから、
 「おれはいつか、この唐土での生活に慣れたら自分の足でこの広大な土地を歩けるだけ歩いてみるつもりだ。僧衣をまとい、布施を受けながら。歩けるだけ歩くつもりだ」
 ―・―・―

引用・参照

『天平の甍』井上 靖著 旺文社文庫 昭和44年9月1日


 “妄言製造機”の麻生太郎副総理兼財務相 - 2020年01月15日 21:00

 麻生太郎副総理兼財務相は、「二千年の長きにわたって、一つの民族、一つの王朝が続いている国はここしかない」と、日本について述べた。“一つの民族”発言については即突っ込みがが入っている。

 「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(平成三十一年法律第十六号 施行日:令和元年五月二十四日)があるからだ。 法律では、「日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるアイヌの人々」と、謳われている。

 が、“二千年の長きにわたって”、“一つの王朝”に関しては、新聞も触れていない。思うに、扱うには厄介事だからではないのか。しかし、歴史的事実は種々明らかになってきている。

 そこで、“二千年の長き”を超えた話を、今から九十年前に出版された『神代秘史百話』の「三十六 萬世一系 」から、引用する。

 「萬世一系は地上如何なる國家にも許されず、唯獨り我日本にのみ許されたるもので、之ありてこそ神洲とも呼ばれ亦世界統治の使命をも承け居るのである。  而も此萬世一系は日本國民に許されたものでなく、唯皇室にのみ許されたものであるから、萬世一系なくば皇室なく、皇室なくば萬世一系などをいふ必要が無くなるのである。
 彼の紳の選良を以て任ずる猶太人は、神より許されたる萬世一系の民族として奇蹟的存在を示してゐるが、わが皇室の萬世一系は之に比すれば幾百倍驚異に値ひする奇蹟といひうる。然り、全く奇蹟である、神爲である到底人爲の能くしうる限りのものではない。
 假りに神武天皇以後をのみ計算するも殆ど二千六百年であるが少くも天照太神にまで溯ると幾十萬年であるか分らない更に天御中主神に溯れば幾百萬年にもなり、尚其の上に太陽紳から起算すれば幾千萬年にもなるのであるが、わが皇室の萬世一系は即ち此の太陽紳から繼續されたもので、眞に文字通り萬世一系である。  そこで天皇は日の御子に在し皇祚は天津日嗣である。借問す何處の國の歴史に此の樣な驚異すべき事實があるか。
 試みに眼前の事實を見よう。餘り露骨にいうても悪いやうだが、今日殘存する帝王國で最も長いのが一千年内外ではないか、而も日本のやうな歴代一系ではない。
 假に人爲的に系統を繼承せしめ得たとしても、其の王朝は必ず十代内外で覆へさるゝのである、恰も我幕府のやうに。そして驚くべきこは天日豊本黄人天皇の御代に天御光太陽貴王日大御神から左の如き神勅が降つたのである。
 萬國天津日嗣天皇は汝一人に限る汝の子孫億代極無代まで必ず一人に定む。
 尚他に天皇を模する者あるも之を放任せよ、恐らくは數代にして滅亡すべし、との秘事をも洩らされてあるが、實際その通りである。
 然らば天皇の萬世一系は唯一の世界統治者たることを立證するもので、日本一國の天皇でなく世界の天皇に在すことが分る。然るを如何に國史が不完全であつたからとはいへ、國家信仰から考へても天皇をエンペラーやカイゼルやザーや大統領や、パロと同列に取扱ふことは不逞といはねばならぬ。
 然るに世界の國際協調を立つるがためには自國の正義は倒さねばならぬと公言した軍縮委員及び彼等を特派し政黨政治家等は國際あるを知つて國家あるを忘れて居るのである。否實をいへば彼等は日本を識るの明と信とを缺いで居るのである。」

 まあ、読めば驚き桃の木山椒の木であり、更に驚きこして噴飯ものである。「妄言製造機」・「妄言爆撃機」の麻生太郎副総理兼財務相も今後は、“二千年の長き”などとケチなことを云わず、“幾千萬年の長き”にわたっての唯一の世界統治者である王朝と云わねばなるまい。

 最後の軍縮委員の批判の件は海軍軍縮のことであろうか。時恰もロンドン条約調印、そして統帥権干犯、反軍縮運動等の惹起、軍部主導へとひた走り、満州事変へとつながる。

 が、結果は明治から八十年にも満たない短期間で敗戦国となり、世界統治者たる立証は不可能となった。

 次に瀧川政次郎著の『日本歴史解禁』「第一編 緒論 第二章 國史歪曲の總本山平田篤胤」から引用する。

 「維新前の國學者の大宗、いふまでもなく、荷田春麿・加茂眞淵・本居宣長・平田篤胤のいはゆる國學の四大人であるが、維新に最も近いのは平田篤胤である。從つて平田の思想は、最も強く維新に影響を與へ、篤胤の養子鐵胤は、明治政府が設けた教部省の重鎭であつた。平田の思想は、平田自らが「本居宣長死後の弟子」といつてゐる如く、本居・加茂・荷田三大人の思想を發展せしめたものであるが、彼はその思想の淵源をまた度會神道や天主教の経典からも汲んでゐた。彼が當時禁書であつた天主教の経典を長崎を通じて密輸入した數は多數に上つてゐる。記紀に只一ヶ所よりあらはれてゐない「むすびの神」を以て、すべての神々の本としたものは、一神教である天主教の神學を輸入したものであつて、「むすびの神」即ちエホバである。『出定笑語』にノアの箱船の話が見えることは、語るに落ちたものといへよう。又彼が三皇五帝は日本の神樣が中國にあらはれたものだといふ説を吐いてゐるのは、本地垂跡の説を逆にゆく伊勢神道の説を發展せしめたもので、彼の獨創ではない。彼は本居死後の弟子といつてゐるが、本居の科学的な考證の學は少しも承け繼いでゐない。それを承けついでゐるのは、伴信友である。本居は言葉を離れで思想はないといふ見地から、日本固有の思想を研究するには、日本語で書かれた『古事記』に依らなければならないとし、漢文で書かれた『日本書紀』を「からごころの文」として排斥してゐるが、平田は『日本書紀』を取つてゐる。本居生前の弟子であれば、恐らく平田は本居から破門されでゐたであらう。本居の科學的精神を受け繼いだ件信友は、平田が本居死後の弟子と稱して、本居の權威を藉りて自説を弘めんとしたことを憎んだ。故に平田も信友を人の皮を着た畜生であるとまで罵つてゐる。平田は非常な努力家であり、從つてまた博覧強記であつたが、彼は生前から「山師」といはれた如く、人格下劣な大山師であつた。この大山師のインチキな思想によつて、維新の功臣達が指導せられたことは、正に日本國民の大なる禍ひであつた。明治政府が百年の齢を保ち得ずして崩壊した根本的原因は、茲にあるものと私は考へてゐる。」

 理想郷のような上つ世は“二千年の長き”に亘った中にも現出したためしがない。

 「延喜(醍醐朝)・天暦(村上朝)時代こそ聖徳な天子の君臨した平和な時代であり、王朝の最盛期であったという伝説が王朝・貴族の間に語りつがれていたが、後醍醐はこの伝説をつぎのように解釈した。すなわち延喜・天暦時代は、幕府・院政・摂政関白など天皇の権力を掣肘するもののまったくない時代である。このように国家権力が完全に天皇の一身に集中する政治形態こそ、日本の政治のあるべき姿であると。これは延喜・天暦政治の実態と一応別個の、後醍醐自身の解釈である。」
 で、後醍醐天皇の親政は僅か三年ほどで惨憺たる結果に終わった。

 尊王主義者の万世一系論、尊王攘夷の吹き荒れ、反江戸幕府へと昂じ、明治以降は、木に竹を接いだようである。

 島崎藤村は、『夜明け前』で書く。

 「維新以来の明治の舞台もその十九年あたりまでを一つの過渡期として大きく廻りかけていた。人々は進歩を孕んだ昨日の保守に疲れ、保守を孕んだ昨日の進歩ににも疲れた。新しい日本を求める心はようやく多くの若者の胸に萌して来たが、しかし、封建時代を葬ることばかり知って、まだまことの維新の成就する日を望むことを出来ないような不幸な薄暗さがあたりを支配していた。」

 明治22年(1889年)2月11日に大日本帝国憲法・皇室典範発布、そして国民道徳の根源、国民教育の基本理念を示した教育ニ関スル勅語が、明治23年(1890年)に発布される。
 天皇の権力万能主義の基は固められた。

 第1章 天皇 第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス、そして天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラスなのである。
 皇室典範では、第一章 皇位繼承 第一條 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承スと規定する。

 教育ニ関スル勅語については、蜷川新はその著書『天皇 誰が日本民族の主人であるか』で、「教育勅語こそは、日本の歴史をまつたく無視し、虚偽を人民に宣伝し、人民をあざむき、人民に服従を強要し、人民をまるで奴隷のようにさせたものと見ることは、理論上、至当であろう」と批判する。

 さて、現在の日本国憲法 第一章 天皇 第二条 「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。
 が、例えば、第八章 地方自治 第九十二条 「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」とある。“法律でこれを定める”とあり、“地方自治法”の定めるところによりとは規定しない。
 皇室典範も一法律であるのに、特別扱いで浮いているのはなぜなのか。

 今からおよそ150億年前、ユラリとして、時間と空間は始まった。つまり、宇宙の始まりであり、万物の万世一系のはじまりである。
 特に出自など誰もが語ろうと思えば語れる。そして、知り得ないことを非科学的に捏造して迄、万世一系などを言い募らないだけである。なぜならば、当然すぎるからだ。
 それとも何か、万世一系、もしかして早い者勝ちの特許出願並だったのか。

 チェンバレンは云う、「古い日本は死んだのである。亡骸を処理する方法はただ一つ、それを埋葬することである。そして、その上に記念碑を建てることができよう。よかったら、ときどきやってきて墓に詣るがよい。それがまったく「日本式」というものである。」
 『日本事物誌』は、その墓碑銘たらんとするものだと。

 否、古い日本は自然死したのではなく、屠られたのである。薩長政府の担ぎだした天皇扶翼の為に。

 そのチェンバレン、アイヌの人々ついても書き残している。「アイヌ人(Ainos)」から、引用する。

 「アイヌ人は自らをアイヌと呼ぶ。「人間」という意味である。アイヌ人はきわめて特殊な民族で、今では北方の蝦夷島〔北海道〕にのみ住んでいる。しかし、むかしは日本列島の全土にわたり広く居在していた。日本民族は西南から到来し、アイヌ人を東へ北へと徐々に押し返した。彼らが完全に従属させられるようになったのは、ようやく一八世杞においてである。この原住民たち〔アイヌ人〕は退却しながら、日本の各地に、自分たちの言語による地名を残した。例えば、能登は日本海につき出ている大きな岬だが、ノッ卜(nottu)はアイヌ語で、「岬」意味する。東京の近くの利根川は、タンネ(tanne)が[長い]を意味する。その他、何百もある。しかし。血統に関する限りでは、日本人は結局のところ、アイヌ人の影響をほとんど受けていない。混血児は、いかに多かろうとも、二代か三代目で消えてしまうという、単純な理由によるものである。」

 麻生太郎副総理兼財務相の発言を聞かされる毎に、時代は今もって、真の意味で“夜明け前”なのかもしれない、と思う。

引用・参照

「妄言製造機」麻生副総理、今度は「日本は一つの民族」
中央日報/中央日報日本語版2020.01.14 15:09

『日本の歴史 9 南北朝の動乱』佐藤進一著 中央公論社 昭和四十九年二月十日発行
『神代秘史百話』 酒井勝軍 著 (国教宣明団, 1930)
(国立国会図書館デジタル)
 書名にアヒル文字が使用されている。

『日本歴史解禁』瀧川政次郎著 昭和二十六年三月二十日四版発行 創元社

『日本事物誌』チェンバレン著 高梨健吉訳 昭和44年1月25日 初版発行 平凡社

『日本の文学 島崎藤村(二)夜明け前(全)』中央公論社 昭和48年2月20日発行

『天皇 誰が日本民族の主人であるか』 法学博士 蜷川 新著
昭和二十七年十一月十日 八刷発行 発行所 株式会社 光文社


 ジャパン アズ ナンバーワンの来し方行く末 - 2019年05月24日 16:36

 今から四十年前、一世を風靡した本がある。その心地好い書名が更に我が意を得たりで売れた。『ジャパン アズ ナンバーワン』、原題は『Japan as Number One Lessons for America』である。

 実はこの本、市のリサイクル広場で、一週間ほど前に無料で得たものだ。初版が1979年6月1日で、6月27日には初版第五刷である。

 この本の主たる宛先は、その副題「アメリカへの教訓」が示すように、アメリカなのだ。今ではアメリカ対日本からシフトし、アメリカ対中国の図式に当てはまるであろうか。そしてアメリカ対中国となっても、学ぶべきは変わるべきはアメリカ側ではないのだろうか。

 自由主義を標榜しながら偏向に走り、アメリカはその驕りゆえ他国から四十年程経てもその経済等の発展のノウハウ学ばず、偏に捏ち上げての非難を相手国に浴びせ、強権を発動し、恐喝紛いの手段で、干渉し自由を奪い、凹まし、利益を貪るだけである。
 アメリカの妨害が無かったならば、世界は如何ほどの発展を更に期待できたであろうか、と思わざるを得ない。

 勃興するアジア圏に対し形振りかまわずワンパターンで攻めてくるのである。そう、日本は結果的に自滅気味に“アズ ナンバーワン”の地位から引きずり落され、今以て鳴かず飛ばずで、地べたを這いずり回るような国内総生産(GDP)値、それも眉唾物に一喜一憂している。

 “悪いのはお前だ!”がアメリカ流である。“アメリカ アズ ナンバーワン”こそが世界の“冒すべからず掟”であり、そしてそれを支える行動原理が“嫉妬心”である。したがって嫉妬ゆえ教訓もへったくれも無く、こてんぱんに相手を遣り込め引き摺り下ろすしか能がないのである。

 世界を牛耳っていなければ気が済まないのである。自分の罪は黙認し、他人の罪には正義(面)・自由(面)・人権(面)を振りかざし厳しく対処し、更に気に入らなければでっち上げてでも難癖を付け思い通りにするという、メイフラワー号でのマサチューセッツ湾渡来(1620年)以来の清教徒の宿痾である。
 アメリカ・インディアンの悲惨な歴史を刻みつけながら、大陸を西へ西へと進み太平洋を渡り、アジアの東・南部に至り、世界を一巡し、磨いた武器を手に不正を以て自己中心の非寛容な掟で睨みをきかす、世界の嫌われもの国家、ならず者国家それがアメリカである。

 今や同盟国でさえも、否、自国内でさえも容赦なく強請る。市場主義の行き着いた結果の“政治のビジネス化”は、衰退するアメリカの、落魄するアメリカの最後の悪足掻きである。
 最早アメリカから政治は消えた、あるのは“ビジネス化された、或はビジネスに乗っ取られた政治擬き”だけである。
 世界が相互主義であることを理解する“おつむ”を肩の上に載せておらず、したがって巡り巡って朝三暮四の結末になるを知らずの“猿公”、御山の大将なのだ。

 さて、『ジャパン アズ ナンバーワン』は云う。引用する。

 「アメリカは今や他の国々から学び、新しい状況に適応し、これまでのやり方を検討しなければならない時期にきているのだ。それなのに過剰なるプライドゆえにアメリカにとっても、世界にとっても悲劇的な結末に突入するのではないかという危惧を、私は拭いさることができない。」

 「日米両国の力関係をはかる指標のひとつとして、両国間の貿易収支がある。アメリカの対日貿易赤字は一九七〇年代後半には一〇〇億ドルにものぼっており、政治的圧力やドルの切り下げにもかかわらず赤字額が減る見通しは少ない。この不均衡は日本の工業の優秀さを物語っているといえる。なぜなら、アメリカからの輸出の大部分は農産物や原料だからである。」

 「アメリカ財務省の依頼で、ボストン・コンサルティング・グループが七八年に行なった研究によれば、貿易不均衡の主要な原因は、日本の保護貿易主義でなく、むしろアメリカ製品が国際競争力の点で劣っていることと、アメリカ企業が日本の市場を開拓しようとする意欲に欠けていることである。」

 ここに云う“日本”を“中国等に置き換えてみれば、現在の様相に当てはまり理解しやすい。

 非民主的なG8(1998年ロシアが加盟。但し2014年、ロシアのクリミヤ半島併合により制裁としてG8から排除。現在はG7)サミット(主要国首脳会議)での私的な宣言は実質的に世界経済をIMF・WB・WTO牛耳って実行に移している。G8の根本政策は新自由主義にある。
 新自由主義の吹き荒んだ後は死屍累累という有様なのだ。が、この新自由主義の風を順風に帆を揚げるが如くにし突き進んで来た新勢力が中国である。
 問題多い新自由主義の密林の掟、弱肉強食を物ともせず、今や市場の自由化、貿易の自由化で国際社会を豊かにするという新自由主義の御株を名実ともに奪うことになった。
 一方のG8側は中国の“長城”に阻まれ、全身を打ち付けてしまった。つまり、好き放題の食い荒らしを阻止されたのだ。

 中でもアメリカは新自由主義の主導者であるが故に頭を強かに打ち当ててしまった。で、ふらふら焦点の定まらぬオツムで以て、“自由化”の逆を国際社会に向かって叫び、却って体制の異なる中国を“経済貿易”の擁護者足らしめさしている。

 新自由主義のお飾りの言辞は扨措き、本音は“独り勝ちの丸儲け”が狙いなのである。そして今更にその本音を隠し、中国に“いちゃもん”をつけ、常軌を逸した制裁・課税を加えている。

 中国は新自由主義の欠点をその体制によって上手に制御し成功しているのだ。

 2017年、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ政権になり、その恫喝先は同盟非同盟見境なしの様相を示し、損得がその判断基準として露骨さを増す。
 二年間の外交は非建設的・非生産的な言動を世界中にばら撒くのみである。
 無能な取り巻きを更なる無能な者に代え、つまり、外交折衝ではなく脅し文句を吐く輩に首を挿げ替えた。

 西側はトランプ大統領に不満は述べても、結果的には借りて来た猫のように従うのだ。
 一体全体アメリカの何を恐れているのだろうか、不思議である。その強大な軍事力とその庇護から外されることを恐れているのだろうか。それともアメリカにそっぽを向かれると自由も民主主義も雲散霧消するからだろうか。経済・金融システムなどの体制から外されることに怯えているのだろうか。
 やはり、制裁か。つまり、儲けの失うを恐れ、従うのか。目先の利を追い、木っ端を拾うて材木を流すのか。

 しかし、今の時代若し世界が目を覚ますのなら、世界の“ガキ大将”的存在に掣肘を加え、協力的な存在に変え得ることぐらいできないはずはない。

 そう、世界は比喩の単なる鼠たちの集まりではないのだ、猫が来ても逃げる必要はないし、誰かに鈴を付ける役割を押し付ける必要もない。一匹の猫に195匹の鼠が一致協力して立ち向かいばよいのだ。

 中国は日本の如くになるのか、将又「いわゆる貿易の互恵と相互利益とは、全ての産業の公開市場が全体的な互恵と利益の均衡を実現することを指すはずだ。単純に米国が対中貿易関係で『損をしている』と考える見方は非科学的で、アンプロフェッショナルだ。交渉による貿易合意自体、全ての分野で絶対的平等を求めるのは不可能だが、双方向に均衡の取れた、平等互恵なものでなければならない」を、アメリカに説得できるのか、である。

 いずれにしても、「中国は現在、経済でも政治でも今までにないほど強大になってしまっている…」。否、軍事的にも崛起する…。

 アメリカが“制裁風”を吹かせば、中国の巨大な市場を失い、巡りめぐってアメリカの存続も危うくなる。世界は萎縮してしまう。中国を締め出す愚行はやめるべきである。

 “制裁”は中国の内製化を鼓舞することに直結する。オバマ政権時の2015年、アメリカ商務省がCPUの中国への輸出禁止をした結果、中国製CPUの開発が急速に進み中国製CPUによる最速スーパーコンピュータの誕生となったことは記憶に新しい。
 例えば、ファーウェイもアメリカの制裁に対処するだろうし、その能力は十分にある。

 安保を理由に制裁するが、本来はアメリカ自身が世界をスパイや盗聴しまくって、「表現のすべてが記録される世界になど住みたくありません」(『スノーデンファイル』ルーク・ハーディング著)と、エドワード・スノーデンに言わせている。

 アメリカ自身が悪を為している、その悪を知る故に怯え、疑心が生じ、暗鬼を見る、したがって正常な判断(理性的な処理)が出来なくなっている。アメリカは妄想を相手に闘い、妄言を吐き散らしている。
 為すべきは“制裁”ではなく、精神科医に行くことである。中国は良き“中薬”をさじ加減で処方してあげたらよい。

   押し売りしか能がない“学ばざる国、アメリカ”が、壟断しようと無理無体の争いを巻き起こしている。が、アメリカの弱体化が一層進み既に鶴の一声が効かなくなったために起きている現象なのだ。
 第二次世界大戦後、軍事小国や非正規軍と勝てない戦いを幾たびも繰り返している。そのようなアメリカが、正規軍を相手に戦争に突入すれば、核使用しかなく全ては終わることになる。

 アメリカは共に生きることをしっかり学ぶべきである。孤立化を望むのでなければ。

 さて“ジャパン アズ ナンバーワン”だった日本、当時と比し経済・企業経営環境が様変わりしている。「成功後、日本のモデルは生き残りうるか」を読まれるとよい。示唆に富む。
 しかしこの著作は飽くまで“アメリカへの教訓”となるべきものだが、それだけとは限らない。
 なぜなら、アジアはまだまだ躍動し発展しつつあるからだ。西洋化された日本の如く、西側と没落を共にする訳にはいかないのだ。中国にしてもインドにしても、なにしろ途轍もない多くの人々の暮らしを守らなければならないのだから。

 「避けがたい問題がわれわれに投げかけられている。どうしてアメリカは、何の罰も受けずにこうした行動をしていられるのだろう」、「無数の犠牲者を含め、人類の大多数が、立ち上がって、抗議の声をあげ、暴力に訴えないまでも、軽蔑と懐疑を表明しないのはなぜだろう」。(『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム著)

引用・参照

外交部、均衡ある平等互恵の中米貿易合意を
人民網日本語版 2019年05月22日10:23

華為技術へ制裁なら米Appleにはしっぺ返し ロシア人専門家
Sputnik 2019年05月22日 20:21リュドミラ サーキャン 


 波濤を越えて - 2019年01月15日 18:13

 『万延元年第一遣米使節日記』 日米協会 編 (日米協会, 1918)
    (国立国会図書館デジタルコレクション)

 三三-三五頁
 小栗豐後守(後閣老と同名なるを避け上野介に改む)忠順略傳

 小栗上野介忠順初字剛太郎、後又一と改む

 父 忠高又一(中川氏)新潟奉行として令聞あり
 文政十年駿河臺の居邸に生る
 幼にして學問出精の聞あり、部屋住にて切米三百俵を賜はり書院番頭、小姓組、進物番出役を經て安政四年正月十一日使番に進む。
 同年新潟奉行たりし父の訃に逢ふて家督を相續す。
 同六年九月十二日定員外(定員十人の外にして過員と稱す)の目附を命ぜられ、諸大夫に任じ豐後守と稱す。
 外国奉行新見豐前守、村垣淡路守の二人本條約書交換の爲め北米合衆國に遣はさるゝに方り同時に監察を命ぜらる、萬延元年十月歸朝。
 幕府其功を賞して家祿二百石加増黄金十枚時服三を賜ふ、同年十一月外國奉行に任ず、文久元年二月魯人對州を占領せんとするあり四月六日對州へ差遣はさる、忠順苦心惨談判を中止して江戸政府の命を請ひて解決せんと魯使の強要を抑止せり(當時支那には英佛聯合軍の北京攻略纔にまり魯國は黒龍江一帶の割譲を得て意氣衝天の勢あり忠順の苦心察するに餘りあり、本件は英國公使の魯使を抑ふるによりて纔かに事なきを得たり)、次で函館に派遣を命ぜられしも病と稱して辭せり(幕閣と對魯方針を異にせるが爲なりと云ふ)。
 同二年六月勘定奉行に任じ勝手方たり爾來六年間同職(勘定奉行勝手方は幕府の大藏大臣にして當時財政窮乏國用多端、積弊纏綿の極に在りしが、忠順賦性剛毅此大任を拝してより情幣芟徐と金穀の節約に勉めし爲、大奥を始め下僚輩怨嗟の標的となり後斬に遭ひしも此任に忠なりしこと與つて大に力ありたりと云ふ)を以て町奉行、陸軍奉行或は軍艦奉行を兼任せり(横須賀にドツクを創設し今日の海軍工廠の基を開けしは此間に在り)、明治元年三月暇を乞ふて采地(上州群馬權田村)に退棲す、閏四月五日官軍の爲めに上州三倉の兵營に囚われ同月五日水沼村境の川原に於て斬に処せられる。

 一頁
 萬延元年第一遣米使節日記(原名航海日記)
               故村垣淡路守範正記述
 上の卷
 安政六年九月十三日 例の如く大城に登りしが俄に麻の上下きて芙蓉間に出よとありければ、同僚豐前守正興朝臣(新見此節神奈川在勤なれば左衛門尉範忠朝臣赤松名代を勤ける)をのれ、鑒察の小栗忠順又一と同じく出でれば、彦根中將はじめ執政の方々つらなりて、鯖江侍從このたび亜米利加國へ條約取かわせとして遣わさるゝ間用意せよとの仰せを傳らる。やがて新番所前の溜にて豐前守正興は正使、をのれは副使、小栗忠順は立合の心得にて勤よと書付もて龍野侍從傳らる、

 三頁-四頁
 〇十二月朔日 西城に(十月十七日本城炎上西城にまします)登べきよしの奉書、きのふ西尾侍從渡さるゝまゝ、とく登りて、帝鑑間の庇にに出れば、暇の賜ものかづけらるゝよし、龍野侍從つたえられる。やがて白木の書院の庇に、正興、をのれ、喜毅、豐後守忠順(小栗十一月廿一日叙爵)順々に出れば、奏者番大隈守親良朝臣名披露す。龍野侍從、亜米利加國へ御用として罷越により御暇、拝領物のかしこまりを聞へあげらるれば、御懇の上意を蒙りて御前をまかる。芙蓉間にて黄金呉服道服をかずけられる(正興をのれは金十枚代り二百兩時服三羽織喜毅忠順は金同上時服二羽織)下司の人々も、とりどり暇の賜もの下し賜ふ。

 〇十二月廿日 には米利堅のポーハタンと名ずくる蒸氣の軍艦、神奈川に來りけければ、同廿三日、正興、をのれ、喜毅、忠順と其他同行のの下司を伴ひて、蟠龍丸の御船に乘りて、神奈川港に至り、驛にやどる。次の日ポーハタン船に行て、水師提督のタツテナル(人名)船將カビテイン(官名)ピイソン(人名)等に面會して、迎として渡來の事をねぎらひ、船出のことヾも語合て、廿五日に歸りぬ。いつしか年も暮れて、安政七年の(庚申閏三月朔日萬延を改元ありしは歸朝して聞けり)元旦になりぬれば、送別とて龍野侍從、

 七-九、十一頁
 〇正月十三日 には龍野侍從の邸に、コモトール等を招かるれば、同僚はさらなり外國の事にあづかる、大小鑒察、其の他役々彼の邸に参りぬ。

 〇正月十四日 正興、をのれ、忠順一同に御座間に召出され、御懇の上意を蒙る。

 〇正月十六日 西城樓間におゐて、彦根中將執政の方々並居て、政與とをのれ出れば、御黑印御下知狀を岩城侍從渡され、忠順にも同じく渡される。又三人同じく出れば米利堅へ遣さるゝ御國書、(黑塗御函入)御條約書(同上)、執政より彼の國の外國事務ミニストル(官名)へ贈らるゝ書翰をも同じ侍從渡され、十八日に出立、十九日開帆の旨、政與申上れば、念入るべき旨、侍從傳へらる。かくて執政参政の方々へ、、親しく暇を告げるが、かゝる例しなき旅立なれば、殊更になぐさめらるゝも忝なし。同僚は更なるしたしき有司の人々何くれと、まめだちて名殘をしむさま、さすが御國内の旅立とはかはりて、むねくるしき事なり。

 〇正月十八日 空晴わたり、西北の風はげしく、旅衣また寒し。
 軍艦操練所へ参りければ、正興、忠順、勘定組頭森田行(岡太郎布衣)、また下司の人々皆打揃ひ、夕八時頃小舟に乘りて、炮臺のあなたに出れば、風つよく波高く成りて、森田行は、はやゑひ心の様子なり、
 甲板上(船の上の板敷をいふ)艫の方にコモトール(總督)カビテイーン(船將)の部屋有。その續にある部屋を忠順の部屋となし、其下の段の左右を政興と、をのれの部屋とさだめ、森田行はその前にあり。甲板上大砲四挺取はづして、左右へあらたに部屋々々を設けて、成瀬正典以下、下司、家司、從僕まで、夫々部屋割を定めたり。

 十七-十八頁
 〇正月廿四日 陰朝西風晝東風五十度 北緯三十五度十七分四十秒東經百四十七度十八分四十五秒
 二百三里
 とかく食もすゝまねば蜜柑また久年母抔食しけるが、けふあまりに空腹に成ければ、粥を一二わん食したり、正興はをのれの部屋とむかひなれば、床にふしながら、いかにありしやなど折ふし、互に聲を掛しのみなり。忠順は上の段の部屋なれば、洲の岬を出し頃、部屋に入しまゝ、音信もなく、けふなん家司もてとひければ、いとむねくるしきこと甚しと聞ゆ。

 〇正月廿五日 晴西北風烈四十三度 北緯三十五度五十四分五十秒東經百五十一度一七分四五秒
 二百四里
 安房の海を出てより舟うごくこと彌甚しく、日毎に烈風高浪なれば、少しもしづまることもなく、ゆられゆられてつかれければ、いつしかねむりにつきけり。けふ忠順部屋より下り來りてとひかけるが、色青くやつれしさまなり。人々船暈にてふしてばかりあるを、コモドールは殊更にいたわり、かくしては甚あしゝ、つとめて甲板上に出て風に吹かれなば、心地も能成ものとしきりにすゝむれど、、起出んとすればむねくるしく、心地よからねば、兎角うちふしぬ。日々銘々の室をとひ、彼の食物など贈るも心ふかき事どもなり。

 三〇頁
 〇二月十五日 晴けるが折々村雲はしりて、雨ふる。とくに起出しが氣力をまして、誰も心地よしとていさみけり。午後二時の頃より、例のテーロル案内にて、正興、をのれ、忠順、森田行一同下司四五人連けり兩馬の車に乘り、客舎を距る事三四町にて、王の公舘に至る。爰は外國人接對所なり。案内の者出たり。

 三五-三七頁
 〇二月十八日 晴 此島の王、日本の使節に對面の事を乞けるよし、テイロル言出しが親しき國にもあらねば、程能く斷けれど、各國かゝる禮にて斷いふは禮を失ふよしなれば、領掌してけふ午後二時(八時前)と約しけるまゝ、テイロル案内にて先に一見せし公舘に至る國王とはいえど島の酋長も同じことなれば旅装のまゝにて行くこととす。此舘へ王の弟なる上將軍カメハメハ(人名)迎として來る此所より從者は先へ遣す。一禮して王の乘車をもてむかえけるよし懇に述けり。やがて、堂前より乘車例の兩馬左右飾有りて美麗也。正興、をのれ、カメハメハ、テーロル同車、忠順、森田行一車、名村五八郎、立石斧次郎一車、都合四車順々乘つれて、騎兵四人左右にしたがひ一走りに王城に至る凡そ三〇四町。やがて正興は米のミニストル、をのれはコモドール、忠順はケビテイン、森田行はテイロル,各手をとりて(都而歐羅巴米利堅の風習にて賓客を誘引ときは高官のもの一人づゝ附添手を組て出るを禮とするよし)右の耳房に入れば、正面に王西面して、いさゝかの臺の上に立たり。黑羅紗の筒袖にて米の風俗にかはらねど、金のたすきめきたるものを肩にかけり。側に通辯官(蘭話)一人侍立、左右衛士十二三人有。内四人奇麗なる花鎗のごとき飾せしものを持、北の方には士官と覺敷ものならびにミニストル等陪從、正興、をのれ、忠順王の前に進み默禮すれば、各々姓名を米のミニストル披露、王みずからこたびはからずも、日本使節に面會して忝よし、はた碇泊中何事も不自由成べしなと、いとこまやかに述ければ、名村五八郎通弁したり。正興答禮して順々元の席へ退去。彼の國の仕來りとて記錄帳一冊を出し、各姓名を直書せよとあるまゝ各しるしけり。しばしありて又最前の席に出る手續前の如し。王の立し所に妃立たり。名はエンマ、年頃二十四五、容顔色は黑しといへど、品格おのずからあり。

 三五-三七頁
 〇二月十五日 晴て折々雨ふる 朝十時(四時過也)正興、をのれ、忠順森田行とゝに陸にあがりて客舎に至り、テイロル案内して在留せし米のミニストルの家を訪ふ、二階造にして本堂めきたり、あるじ何くれともてなし妻も出て親しく挨拶などして後寢床までも案内して更に隔意なし、草花を好て堂の四面に花壇よふの所ありけるが、此地は熱帶中なれば奇花異草多し、中にもおもとの葉のごとくにして長さ七八尺ばかり有、百年に一度花咲といふ。米人ゆへ御國產の品など贈ける、かくて仏蘭西のミニストルの家もとひ、忠順、森田行は市店見巡りける、

 五五-五六頁
 〇三月十一日 曇、折々雨 朝とく昨夜面會せし統領はた高官の吏員ポーハタンに來れりコモドール、タツテナル引合せにて改て對面すれば、迎に來りしよしを述て歸る、やがて十一時にタツテナルはたテイロル等案内にて正興をのれ、忠順、喜毅各下司の人々伴ひて、小なる氣船アクテイウ(船名)に乘れば胡樂を奏し統領むかへて室に入てもてはやしける、
 午後二時(八時前なり)サンフランシスコの波止場に着、棧橋の長さ六十七間幅五六間もあるべし、蒸氣船直につきて船より馬車に移る、正興、をのれと統領、タツテナル四人同車、喜毅、忠順、テイロル同車、はた下司家司までも順々車に乘連れて出れば、男女群集して見物したり、街市縱横にはしりめぐりて(見物の爲無益の道を囲りたることなるべし)旅宿に至る、
階段をのぼる數多廊下有りて爰かしこへ通して部屋々々有、三階に至る、正興、をのれ、忠順の部屋をさだめけるが、正興の室に集まりけふの物語などしてふしぬ(部屋毎に寢床をもふける白き薄ものをかけたり、鏡と手水鉢よふのものまた奇麗なる陶器有りけるこはシビンなりけり)

 五九、六一頁
 〇三月十三日 晴
 正面に統領、左右に正興、おのれ、忠順はた下司の人々、勝鱗太郎各の間タツテナル、ピーソン、テーロル和親の國々のコンシユル杯はさまり、夫より文武の官吏下輩まで凡百五十人も一同に飯臺につき、各コツプ大小五六を與へ各盃とす、皿を置て肉のあつもの數々引替出す、大なるコツプに氷を一くれ入て、サンパンといふ酒をつき、

 七四、八一頁
 〇閏三月六日 晴 今朝第六時(六時半過)川蒸氣船迎に來たり
 炮門を窓となして能き部屋也、忠順部屋、次に正興、をのれ合部屋にして、寢床二段に有、森田行下司まで三人四人づゝ合部屋にして、家司は對食所仕切て部屋とし、其余は大炮の間に幕張して部屋とすれば、船は奇麗なれど都合はあしく、ポーハタンのテイロル、使節の爲に、此船に在て、何くれとあつかひ、コモドール、メクロニーは威儀正しく、カヒテイン、カルテネルは實直にて氣の輕き人也、隔意なくもてなして、心易くぞ思はれけれ。

 中の卷

 一〇五-一一〇頁
 〇閏三月廿八日 陰 十二時に大統領の謁見なれば、けふをはれと、とり〲支度せしが、豊前守正興狩衣(鞘卷太刀)をのれ同じく(毛抜形太刀)、忠順(鞘卷太刀各烏帽子は萌黄の組掛糸鞋を用ゆ)、森田行布衣、成瀬正典も同じ(御用中、假布衣)調役徒目付素袍(徒目付兩人とも勘、定格なればかく)通詞(名村五八郎)は麻の上下きて、正興にはジユボンド、をのれにハリイ、忠順にはレツテヤールト、各附添て四馬の車に乘(車の覆を後へはねたり)、をのれ等も下司もけふは供を連たり(正副使鑒察は徒士三人、鎗一筋、侍三人、森田成瀬侍二人、鎗一筋、草履取、以下是に準ず)、客舎を出れば、先に鼠色の羅紗の筒袖きたるもの二十人ばかり立並び(町役人の類なるべし)次に樂人三十人、騎兵五六騎次に御國書入の長持、赤き革覆ひ掛たるを枠に入舁せ、定役、小人目付、通詞附添、次に正興、をのれ、忠順と下司まで順々車に乘つれ、左右ケール隊一行に足並して、樂を奏しつゝ行に、大路は所せきまで物見の車、はた歩行男女群集かぎりなし、をのれは狩衣を着せしまゝ、海外には見も馴れぬ服なれば、彼はいとあやしみて見るさまなれど、かゝる胡國に行て、皇國の光をかヾやかせし心地し、おろかなる身の程も忘れて、誇り貌に行くもおかし。やがて大統領の居所鐵の柵門有、入て七十間ばかりも行て、堂の前に至る、騎兵、歩兵、我供人もて此所に至る、車より下りて直に石の階段を登り、ひと間ふた間すぎて扣所に至る、正副鑒察の席にして、森田行以下各別席に有、をのれ等が席は楕圓の形にして、七間に四間もあるべし、花やか成藍もて文を出せし敷物、前に三口玻璃の障子にして内に戸張を掛、是も同じ色の織物なり、四方に大成玻璃鏡を掲、前に卓を置、我國の蒔繪の料紙硯其他さま〲餝りて有、こはペルリ渡來の時、遣はされし物と聞ゆ、此席にレウヰス、カス出て挨拶して退きぬ、やがてジユボンド、リイ左右に附添、謁見の席へ案内す、成瀬正典御國書を持たり(御國書は金泥花鳥を畫たる料紙、内箱は縞桐、内張大和錦、めん金粉イツカケ紅のひも純子を張りたる上覆に入、紫糸總付、其儘出す、上箱は黑塗り紅のひもなり、これはジユボンドへかねて渡し置たり)席の入口に至れば、兩開戸を明たり、むかふへ五六間横十二三間もあるべき席の正面に、大統領(フレシデントといふ名はブカナン)左右に文武の官人夥敷、後には婦人あまた、老たるも又姿色なるも美服を餝りて充滿したり、正興、をのれ、忠順一同に席に入れ、一禮して中央に至り、又一禮して、大統領の前に近く進み、正興御掟の趣たからかに述れば、名村五八郎通辯したり、成瀬正典御國書持出しければ、正興御書とり出し大統領へ手渡しにすれば、箱は正典よりカスえ渡す、最前の通り中央に退けば、森田行調役徒目付一同出る、此時自分の禮を述て扣所へ退去すれば、ジユホント來りて我國の禮は右にて濟しやととふ故、濟しと答ければ、又出よと云まゝ、一同に出れば、大統領手をとりて、日本鎖國以來はじめて和親を結び、第一合衆國へ使節を立られし事、大統領はさらなり、國中の人民歡喜限りなきよし、はた厚き御掟の趣、御國書賜はりし事ども、殊更に忝なきよしを述、口述の横文を渡しけり、高官の人々五六輩も手をとりて挨拶すれど、限りなければ余は一禮して席を出る、かくて最前の通り旅舎に歸る、夕第四時(八半時過なり)にジユホント、レツテヤールト案内にて、外國在留のミニストルはた自國のミニストルの家をとひけるは、普通の例なるとてすゝむれど、和親の國のミニストルは左もあるべし、和親にもなき國の人はとふまじと斷ければ、諾しけり、されば旅服に成りて馬車一二輛にうち乘り、いとゝく走りめぐりて、其家の前に至れば名札を御者にもたせて取次に渡すのみにて(我名札は國字にてしるし脇に横文の譯を添へける)車を下らず濟ぬ、こは輕便の事なり、數軒なれどとくはしり、誰の家なるやしらず過ぎける、中に英蘭のミニストルの家は、通りて面會せしが、いと美麗なる家にて、妻子と出て逢たり、かくて夕方歸る。うち寄りてけふの有さまを語るに、大統領は七十有餘の老翁、白髪穩和にして威權もあり、されど商人も同じく黑羅紗の筒袖、股引、何の餝もなく太刀もなし、高官の人々とても、文官は皆おなじ、武官はイポレツト(金にて造りたる總の如きもの兩肩つけて官の高下に寄りて長短有なり)を付、袖に金筋(是も三筋を第一とし二筋一筋と有り合衆國は此錺ばかり西洋各國はゑりに飾りもあり)有、太刀も佩たり、かゝる席に婦人あまた裝ひて出るも奇なり。能く考ふるに、歐羅巴の事はしらねど、サントウヰス島は國號なる故西洋の王國の風に習しや、大に體裁有て、婦人は別に面會せしなり、合衆國は宇内一二の大國なれども、大統領は總督にて、四年目毎に國中の入札にて定けるよしならば(今年十月一日に代るよし後の統領は必誰なりといえり、入札なるか前にしるべからずといへば、今の大統領の縁有ものといふ、されば此建國の法も永くは續く間敷をと思はる)國君にあらざれど、御國書も遣されければ、國王の禮を用けるが、上下の別もなく、禮儀は絶てなき事なれば、狩衣着せしも無益の事と思はれける、されど此度の御使は渠も殊更に悦び海外へほこりて、けふの狩衣のさまなど新聞紙にうつして出せしよしなり、初めて異域の御使、事ゆえなく仰ことを傳へけるは、實に男子に生得しかひ有て、うれしさかぎりなし。

     ゑみしらもあふぎてぞ見よ東なる
      我 日 本 の 國 の 光 を
   おろかなる身をも忘てけふのかく
      ほ こ り か ほ な る 日 本 の 臣

 一一一-一一四頁
 〇閏三月廿九日 薄曇

 大統領へ遣はさるゝ品々客舎に飾付て、目録をジユホントへ渡す、其品々は眞の太刀一振、馬具一揃(蒔繪鞍鐙紅厚ふさ)掛物十幅(絹大竪物畫樣各種極彩色狩野佳吉の畫家の筆なり)翠簾、屏風十雙、純子竪幕一對、ミニストル、レウヰス、カスへ下されの品々、鞍鐙(桐に鳳凰蒔繪)に目録を添へ、はた正興、をのれ、忠順より大統領へ贈る蒔繪火鉢三、同食籠一對ともに渡しける、とみに持行もせず、三四日其儘餝置て、士官男女日毎に來りていと珍しがりて見物し、新聞紙屋は其品を寫眞鏡にかけ、新聞紙に出し抔して後に大統領のかたへ送りしなり、かゝる品々大統領の所持にはならず、その事どもを記録して、百物舘に納る事のよし都て吏人へ贈りし品とても、大統領出して彼の舘に納る事とて、己がものにはならず、されば如何成品もワイフ(妻女のとなり)へとて贈れば、我ものとなるよしなり、かくてけふレウヰス、カフの招請なるが、兼て夜出行はせぬ國風なるよしを言けるが、とかく彼は夜陰をよしとし、今宵第九時(五ッ時なり)の招なれど、カスの事なれば斷もなりかねて、夜に入て、例のジュホント等の案内にまかせて、馬車に乗りて(夜はじめて出しが、車の前の方に硝子の燈籠二ッ有、往來は兩側五間置位にガスランプの燈籠有て、提灯を用ゆるをなし)カスの家に至る、さすが宰相の招なれば、いかなる禮かと思ひけるに、堂の入り口より、廊下も間毎に男女數百人たヾおし合い充滿して、ガスランプは天井に夥敷掲げ、金銀もて餝たる玻璃器はり鏡にかゞやきて白晝の如く、いとまばゆきばかりなり、こはいかなることかとあやしみけり。人をおしわけおしわけ一間に入ればカス出迎殊更に懇志の挨拶あり、孫女子供もとり〲出て手をとりたり、椅子にかゝりけれど、席中男女おし合いかはるがはる來りて手をとりて挨拶すれど、通辯も届かね、何か更にわからず、雑沓極りたり、ジユボンド手をとりてかなたへ案内するに、奥の一間に至れば、饗應の席と見へて大なる食盤に金銀もて餝たる中に旭章と花旗を建て和親を表する事とぞ、爰にて酒肉をすゝめけり。やがてまたあなたへ案内にて、行ば一席板敷をいと清らかにして、かたわらに「ミシユツキ」とて胡樂に胡弓よふのものを添へてはやしけるが、男は「イポレツト」付け太刀佩、女は兩肩を顯し多くは白き薄ものを纒ひ、腰には例の袴のひろがりたるものをまとひ、男女組合て足をそばたて、調子につれてめぐることこま鼠の廻るが如く、何の風情手品もなく、幾組もまはり、女のすそには風をふくみいよいよひろがりてめぐるさまいとおかし、是をダンスとて踊の事なるよし。高官の人も、老婦も、若きも、皆此事好でするよし、數百人の男女彼の食盤に行て酒肉用ひては、この席に來りかわりかわり踊る事とて、終夜かく興ずるよしなれど、をのれは實に夢か現か分ぬばかりあきれたるまでなり、ジユホントをそゝのかして、主に暇を告て客舎に歸る、凡禮なき國とはいへど、外國の使節を宰相の招聘せしには不禮ととがむれば、限なし、禮もなく義もなく、唯親の一字を表すると見て免るし置ぬ。女子は色白く艶にして美服に金銀を餝り、ことなる姿も見馴しが、髪の毛赤きは犬の目の如くにて興さめけり、稀に髪黑く目もまた黑きものあり、亜細亜の人種なるべし、そはおのづから艶に見ゆ。

 一二七、一三〇頁
 〇四月四日 晴
 江都在留のミニストルへ政府より便有とて告けるまゝ、此程御使の任はてゝ御條約も取かわせし事ども同僚に達する書翰認め、各萬里外に在りて恙なき事どもの家書も添へてジユボンドへ渡しけり(歸國の後今に此便届かずふしんなり)

 一四一-一四二頁
 〇四月四日 晴 ジユボンド、レツテヤルト金方の吏人等來りて、公事の談判有り、夕方第五時(七半時也)より故のコモドル、ペルリの聟なるセナート(官名)のものゝ家に招しといふ、けふは斷けれど、ペルリはめて我國へ來りしよしみも有、殊に大統領の縁家なれば、せちにすゝめけるまゝ正興、忠順ゆきたり。をのれは小恙にてゆかず、けふもダンスの催にて例の雑踏なるよしなり。

 一四八頁
 〇四月十五日 陰夕雨 正興、忠順馬を借りて我馬具を懸、野外に遠馬せんとて、リイ、ポルトル抔皆打連て、三里ばかり南なる別園に行てとく歸りたり、馬は大にして良馬多しと云。をのれは頃日齒痛に悩みければ行かず、學校、病院、幼園、獄屋までも見よといへど斷て、下司はた醫官を遣しける、話しを聞くに病院、男女席を分ち、男子には男子、女子には女子の看病人を添、數百人有といふ、

 一四九-一五〇頁
 〇四月十七日 陰 午後暇乞とて大統領の舘に行(何れも旅装也)、堂の正面より例の席に通れば、大統領はたレウヰス、カス外に高官の人四五輩出來せり、大統領、こたび御使の御禮懇切に述て横文を渡し、かくて滯留中待遇の厚き事共を謝しけるが、渠も念頃に挨拶し、歸航は合衆國第一の大艦ナイヤガラにて送るゆへ安心せよ、恙なく歸國を祝すとぞ。大君へ捧し品々はまだ整はぬとて、花鳥草木を畫し本を五册美事成る函に入たるを出して見せ、こは舶に送るといふ、正興、をのれ、忠順に金のメダイム(大統領の像を鋳出したる金錢よふのもの、經二寸五分、厚二分、目方百目にたらず、純金にて鑄たるものなり、)を美麗の二重箱に入たるを一づゝ贈りたり。かくて堂を出、國事館に至り、例の局にてカスに謝辭を述て暇乞すれば、森田行はじめ下司の人々へ銀のメダイム(金と、同じ)、家司從僕まで銅のメダイム(同上)一づゝ贈り、はた御國書の御返翰の寫とて見せけるまゝ、本書ををのれ等に渡されてしかるべしといへば、御返翰は必在留のミニストルをもて呈する國風といふ、されば御禮の使節をたてし心にやあらんと推はかりて諾したり(此御返翰は歸朝の後大城の造営成りて次の年二月十三日、在留のミニストル、とうせんと、ハルリス登城拜謁して、御禮を申上御返翰を呈したり)

 一六〇-一六一頁
 〇四月廿三日 晴 この頃齒の痛てなやみければ外へも出ず。正興、忠順は水車に物を制する所に行たり、けふの新聞紙とて通辯者の見せしが、聊我都府の事を記して有ければ、譯を聞けるに、心にかゝる事なれど、とふべき人もなく、打寄ては案事けれど、素より街説をしるして信ずるにもたらぬものと打捨ても、早春に我國をはなれてより、風の便りにだになければ、かゝる風説を聞ては、寝覺にかゝりぬ(こは推量てしるべを彌生のはじめの事也)。

(注)
 *
ウィキペディア「桜田門外の変」参照 安政七年三月三日五ツ半 - グレゴリオ暦1860年3月24日午前9時頃

NEWS BY TELEGRAPH.; THE CALIFORNIA OVERLAND MAIL. THREE DAYS LATER NEWS. HIGHLY IMPORTANT INTELLIGENCE. Settlement of the Chinese Difficulty with France and England. Assassination of the Tycoon of Japan.

SPRINGFIELD, Mo., Sunday, June 10
ASSASSINATION OF THE EMPEROR OF JAPAN.

引用・参照

https://www.nytimes.com/1860/06/11/archives/news-by-telegraph-the-california-overland-mail-three-days-later.html:https://timesmachine.nytimes.com/timesmachine/1860/06/11/78625821.pdf)

FROM WASHINGTON.; The Abuses in the Public Printing Department. Passage of the Post-office Appropriation Bill. THE POST-OFFICE AT LOUISVILLE. ASSASSINATION OF THE TYCOON--WILL THE JAPANESE DISEMBOWEL THEMSELVES? MAJOR BOWMAN AND THE NEW-ORLEANS CUSTOMHOUSE. THE RAILROAD THROUGH WASHINGTON. THE INSULT TO MR. SUMMER COL. FORNEY BEFORE THE COVODE COMMITTEE. PROBABLE SPEEDY ADJOURNMENT OF CONGRESS. THE COMPAIGN AGAINST THE INDIANS. DEATH OF GEN. JESSUE THE VISIT OF THE PRINCE OF WALES. THE FRENCH MINISTER. THE MEXICAN TREATY. MR. FAULENEE HOMESICK. AFFAIRS IN THE LAND OFFICE. THE POSTMASTER-GENERAL AND THE BUTTERFIELD MAIL COMPANY

WASHINGTON, Monday, June 11.
The rumored assassination of the Tycoon of Japan

引用・参照

https://www.nytimes.com/1860/06/12/archives/from-washington-the-abuses-in-the-public-printing-department.html
 *

 一六一頁
 〇四月廿六日 晴 金貨を造る官舎へ正興、忠順行たり

 一六六頁
 〇五月朔日(彼六月十九日) 快晴 午後一時此部落の公使へ正興、忠順下司を伴ひて行けるが、統領はた吏人等面會せしよし也、けふも一秡隊龍警衛を出したり、をのれは小恙にてゆかず。

 一八十二-一八三頁
 〇五月十三日 快晴八十三度 ジュボンド、リー、ポルトル等暇乞に來たり、さすが日數重し懇志なれば名残おしみつゝ別ぬ。午後一時に紐育港出船(蒸氣計りにて出る)炮臺にて御國旗を掲て祝炮打たり、やがて沖に出て

 あみりかの浦山遠くかえり見て
    御國にむかふ船出嬉しさ

 一九三-一九四頁
 〇六月十三日 晴南風七六度(北緯零度十七分三十秒東經一度十五分)百九十里
 今朝東半球に入る、紐育を出てはや三十日に成りけるが、ポルトガラン港は水さえなければ舟よせしかひもなく出帆せしことなれば、食物は乏しく我國より貯し味噌も醤油もとく盡て、いさゝかつゝ用ひし酒さへもなし、日毎にかつをぶしを削り、忠順の用意せし切干の大根に、いさゝかひめ置し醤油を點じて用ゆるまでなり、水も乏しくなれば從者などは茶さへ十分には用ひかねたる事なり、されば打寄ては食物の噺に成り、古郷に歸りての樂しみは味噌汁と香物にて心地能食せんとことをといへり。かゝる辛苦もあるに都下に美食して物好いふはつゝしむべき事になんありける、湯あみも三十日せねばそれ等はうしとも思はず成りぬ。

 二〇一頁
 〇六月廿四日 陰七十五度
 尾の長き猿の面色黑く奇獣なればとて、正興、忠順一疋つゝ買得て。舟中の慰に成しけり、をのれは青いんこの雛を一羽求たり。

 二四〇-二四一頁
 〇九月廿八日則廿七也 東をさして地球を一周すれば一日を増し、西をさして一周すれば一日を減ずと聞しが、今日御国に歸りて聞は廿七日也、されば一歳のうちに一日を得しは一生のとくなり、委しき事は航海者に尋ぬべし、けふは晴わたり不二は朝日にかヾやき、米人は珍らしき山とて望遠鏡もて詠めり、かくて五半時頃(是より我時を用ゆ)出帆して浦港の前を過ぎ、猿島の邊より風景いはんかたなし、此の春出航の心地とは大にかはり、心もうき立てかゝるうれしき事はふた度あらじと人々云いあへり。四半時頃横濱の沖にはし舟をおろし、下司を運上所へ遣し(定役一人御小人目附一人)所用を辯じ、家司も一人づゝ家にかえす、やがて御軍艦の當番の人々着の悦に來りて、はじめて江都の御静謐の事をはじめ、さまざまの事ども承りぬ、九半時横濱を出帆して八半時品川の沖に碇泊、四十里、香港より千七百十七里、惣里程二萬九千八百三十六里(我里法にして一萬四千九百十八里なり)。田町の波戸場に詰合ける下司來りて悦を述べ、またさまざま承り、安着せし事を同僚に達しける、神奈川へ遣せし下司來り、我國の食物携來り人々集りて食すれば、いずれも美味也、病後の渇の如し、今晩は皆うち寄さまざまの咄しにて心もうき立眠りにつくものなし、あくる間遅しとまちかねけり。

 二四一-二四二頁
 〇九月廿八日 晴 今朝品川より來り荷物など揚て後、御軍艦操練所より押送り形の御舟迎ひに來りければ、船將始士官等まで暇乞せしに、水夫等抔には涙こぼして名殘おしむもあり、さすが數月辛苦をともに航海せし人情はおなじ事也、けふは殊更に禮を整、胡樂にて送り、四半時御舟に乘移れば、水夫等は不殘帆桁に登り、船將始船上に出て冠物をとり、三度聲を發して別を告、祝炮十七發打たり、かくて八半時操練所に上陸して出帆以來畳の上に平座して再生の心地也。爰より供を揃へて九時家に歸れば、とりどり悦あへり、人々數多とひ來りてかゝる目出度事は世に稀なりとて祝しけり。

 二四二-二四三頁
 〇九月廿九日 今朝執政参政の方々をめぐりてとく西城に登り、櫻の間に閣老方列座、正興、をのれ、忠順一同にすゝみ出て御黑印御下知狀を返上、御狀約書差上、御諚の趣大統領へ申達し、御狀約爲取替相濟ける旨、正興言上して一同退座、かくて磐城侍從ひたしく航海の事ども聞れけるが、やがて御用部屋に出よとありて、三人一同出ければ、閣老参政の方々つらなりて、航海の辛苦をはじめ彼の國の風土人情憲法の事どもたずねられけるが、中々一朝に盡しがたければ、その要を摘で逃ければ、なを他日ゆるゆる聞れんとてしりぞきぬ、營中の人々とりどり珍ら敷事を聞かんととわれ、家に歸りても人々とひ來たり、おなじ事のみ數日かたりける。

 二四二-二四三頁
 〇十月朔日 九半時亜國ミニストル、ハルリスの宿寺麻布善福寺へ、正興、をのれ、忠順、森田行一同こ度使節の任さはりなく濟て歸國し、彼の國滯在中をはじめ、送迎船の厚き事まで謝辭を述ければ、いと悦たり、ナイヤガラの船將も來りて面會、數日の好意を謝しける。

 二四三頁
 〇十月四日 九半時ハルリスはたナイヤガラの船將コロネル士官十四人磐城侍從の邸に被招饗膳給はり、こたび送迎船の厚意を謝せられ、此春ポーハタンのコモドール始へ賜りし如く、大和錦などそのほとほどにかづけ給ふ。

 二四四頁
 〇十月五日 米利堅の政府より献貢の品々大森の町役場に陸揚げして、正興、忠順受取たり、をのれは西城に登りて、こ度彼の國にて旅宿を始め、惣じて賄送迎船の事は更なり、サンフランシスコにて咸臨丸修復せし入費も、渠より出しければ、都ての御謝儀として大統領へ遣わされ品々を取揃へ、大廣間にて上覽あり、かくて荷造して船に送る事どもをあつかひたり、

 二四五頁
 〇十月七日 閣老方より彼の國外國事務ミニストル(官名)レウヰス、カスへ御謝辭の御書翰幷大統領へ遣わされ品の目錄、成瀬正典(組頭)曉よりナイヤガラ船に持行て船將に渡し、はた海氣二疋船將へ、同一疋づゝ士官十三人へ、正興、をのれ、忠順より贈り、をのれ等も船に行て謝するはづなれど、公務しげくして暇なければ、心ならねど正典もて謝辭を述させける、かくて九半時ナイヤガラ船は品川沖を出帆したり。

 二四五-二四六頁
 〇十月十五日 殊更に西城にのぼり、正興、をのれ、忠順順々に御白書院の庇にはひ出れば、越中守貞明朝臣(奏者番牧野)名披露あれば、關宿侍從亜米利加國より罷歸りしよし言上ありて御懇の上意を蒙りありがたき旨御取合つて、退り出ぬ。

 二四六-二四六頁
 〇十月廿日 正興、をのれ、忠順一同に御座間へ召出され、彼の國の事をはじめ、海外の事情を聞し召され、御懇の上意を蒙りて、御前をまかりければ、御次にて丹波守道弘朝臣(平岡御側御用御取次)こたびは格別骨折けるゆへ、思召をもつて御小刀柄賜りけるよし傳られて、御品をかづけらるれば、御前を拜して退き、やがて折紙をも賜りける、正興へは金三疋馬御小刀柄(金裏哺壽乘作四郎兵衛折紙代金二枚三兩)をのれへは金這龍御小刀柄(金裏哺延乘作折紙同上代金二枚)忠順へは色繪三疋馬御小刀(金裏哺作折紙同上代金一枚五兩)丹波守道弘朝臣に御禮を申上、關宿岩城の兩侍從へも申上げたり、かゝる恩賜は表方の有司には例しなき事なれば、いとかしこき事になんありける、されば函など造りてそのよしを記し永く子孫に傳へて家の重寶とはなしけり。

 二四七頁
 〇十月廿四日 岩城侍從の邸へハルリス参上、大統領より献貢の品小銃一挺を出し(外品々は席へ出さず)目錄の譯左の如し、

 二五二-二五四頁
 〇十二月朔日 おもひきや大城にぼるべきの奉書賜りけるまゝ朝とくもうのぼりければ、正興、をのれ、一同に御座間の庇にはい出れば、亜米利加國へ御使として遣はされけるが、格別骨折り相勤むるに依て、三百石づゝ御加増賜るよし。
上意を蒙る、次に忠順出れば、同じ御使の立會として遣はされけるが、格別骨折相勤けるによつて二百石御加増賜りける
上意を蒙りしとぞ、月次御禮も濟て、芙蓉間にて同じ御用骨折勤るによつて黄金時服賜はりけるよし、執政の方々並居て關宿侍從傳へらる(正興、をのれ金十五枚、時服四づゝ、喜毅、忠順十枚、時服三づゝを賜る)また新番所前なる溜にて、をのれ取來る歳俸二百苞を地方に直し賜はるよし、同じ侍從傳へらる、はた喜毅には殊更に月俸二十口を賜はり、森田行下司の人々そのほどほどに月俸を一生之内賜り、黄金時服など賜はりける、けふかゝる御惠を蒙りしは夢にやあらぬかと、つらつらかへり見れば我祖父君、歳俸百苞の家督をつぎ給ひ大司農にまで進みて希なる君寵を得給ひ、千二百石までの恩波に浴し給ひ、其時をのれまで新に召出されて月俸二十口を賜はりしが、僅か三十年の間四方に奔走すれど、何の寸効もなく、終に例なき使命を蒙り、神と君との御惠にて恙なく歸國せしは僥倖といふべし、しかるに新に五百石の采地を賜りけるは、積善の餘慶なるべしと、かしこさは筆にも詞にも盡しがたし、素よりをのれは不肖短才なれば、かゝる御高恩を報すべき事もならねば、子孫のうちに心あるものは忠勤して報ぜよかしとおもふのみ、

   異國の灘のりこへて五百重波
      かゝる惠を代々にあふがん

 淡路守源範正

 257-264頁
 蔓延元年第一遣米使節日記補遺

           芝 間 㟢 吉 編述

 第一章 使節派遣の次第及一行姓名行裝

 人文未だ普及せず、僅かに長崎長崎の一港によりて海外の消息を聞くの外なかりし幕府は、姑息なる鎻國の迷夢深うして先覺の志士高野長英を殺し渡邊崋山を自盡せしめてより幾何ならずして、黑船來の聲に驚かされ上下錯愕殆んど策の出づる所を知らず、海内鼎沸物情恟然、當時の志士若しくば識者と稱する者皆敢て消極的なる野郎自大の態度を取り、濫りに剣を按じて鎻國攘夷を唱ふる際、米使の強要に餘儀なくせられ止むことを得ずして條約の締結を諾し、之が談判を遂行する時に方り突如として日本より特使を派遣し、對手國に於て條約本書交換の提議を敢行す、當時局に當れるハルリスならざるも誰か一驚吃二驚吃なからざらん、今日より当時を想望すれば實に非常の英斷として嘆賞措く能はざるものあり、事は如何にして行はれたるか、左に談判會議祿に就いて關係條目を抄出す。

 安政四丁巳年十二月二十三日於蕃書取調所井上信濃守、岩瀬肥後守亜國公使ハルリス應接書中談判最後の箇條、
 一、條約之儀に付其國より使節差越候事此節共都合三度に有之、就ては此度取極候條約之本書は當方より使節被差出華盛頓府に於て爲取替候而は如何可有之候哉。
 一、至極宜御座候、彌御治定に候得は其段條約書へも認加申度、得と御勘考之上尚可被仰下候、右様相成候得は私之洪福無此上、國を御覽に入候丈も難有儀に御座候。
 一、何れ勘考之上治定之儀尚可申入候。
    十二月二十五日 同上末尾

 一、過日申入置候條約本書爲取替之儀は彌當方より使節被差遣、於華盛頓府取替候事と治定致し候。
 一、左候はヾ拾六ケ條之文書左之通取直可申候、此條約は我主の年千八百五十九年年七月四日より取行ふべく其日若しくは其日之前に其條約は華盛頓に於て取替すべし若ある不越次第に而本條約其時前に取替す能はずとも此條は吃度上に掲げたる日より用意すべし。

 即ち見る。阿部正弘逝いて殆んど統率者なかりし幕閣の下に於て此事ある、更に一段の珍奇を添ふ、是實に當時開國論者中錚々の目ありし井伊直弼の上書に基くものにして、前年ペルリに随行を求めて刑せられし吉田松陰の事に刺激せられたるを必とせざるも、當時に在りては實に破天荒の提議とは言はざるを得ず、殊に其上書中任務の重大なるを述べて、使節の人選を有司の投票に依らしめ將軍之を任ずべしとなせるが如き、今日に於ては他の奇なきも、専制服從を金科玉條となせる幕府の末年に於て此事ある更に珍とべし。
 右の如く條約談判に於て使節派遣の議を決し、次で護送軍艦其の他のことに就き種々評議を擬せる間に、翌安政五年四月に入りて建白書の井伊侯大老の印綬を帶ぶることゝなり、次で其異見に從ひ、諸有司をして投票せつめしに衆望多く外國奉行水野筑後守に集まり、永井玄蕃頭は長大なる意見書を附して自撰投票を行ひ、次で其の任命を見たり、古記に左の辭令案を載す。

  安政五年七月六日
  御條約爲取替之爲亜墨利加國江被差遣

       外國奉行
          水 野 筑 後 守
          永 井 玄 蕃 頭
       御目付
          津 田 半 三 郎
          加 藤 正 三 郎
  同年八月二十五日同人等に對し出發の用意を申付けたり
  井伊大老及上總守列座

 當時正使は十萬石の諸侯の格式を以て一切の行裝を整え、安政六年初春出發の豫定にして、随員多きにより米國の軍艦に坐乘せず、別に汽船を仕立つるの考案なりしが、翌六年二月に入り副使永井玄蕃頭は繼嗣問題に依り、貶されて軍艦奉行となり、加藤壹岐守之に代はれるも、次で外國奉行兼神奈川奉行水野筑後守は浪士の横濱に於て米人を殺せる際に於ける體度によりて米使の激怒を買ひ、同人の派遣を中止するの止むなきに至り、終に其の八月を以て水野は軍艦奉行に加藤は小普請に左遷せられ、茲に全く顔觸を新たにして新見村垣一行の任命を見たり。
 此任命の由來を繹ぬべき文献に接せざるも、直弼の特に人物に重きを置きたる前例に徴し、渠が十分の考覈を經たる後に於てなされたるを疑はず、新見正使の温厚にして堂々たる風丰有し、細節に拘々たらずして統御の才を具ふる。村垣の細心綿密にして世故に達せるに配するに、機略縦横剛愎自ら恃む小栗忠順を以てす、其膽識に至りては蓋し甲乙なからん、懐徃事談記す處の如きは其風丰の大體を窺ふに足るも、惟ふに其好む處に偏したらん歟、之を要するに其人選克く幕府の末年を錺るに足るものあり、實に前代未聞の事に任じて敵とも味方とも思ひ煩はるゝ外國に到る、條約書の交換是のみと言はヾ一言に貶し去り得んも、國威の重きはその双肩にあり、若し一擧止を過らんか其の影響決して一身に止まるべからずして誠に凡庸の能くする處ならず、而かも克く其任務を遂行して次章の覺書を大統領に得何等拘束せらるゝ處なき自由の天地に住む米國人をして推服賞賛の辭を惜しましめざりし事實に顧りみ、米國人の寛厚克く我を容れしを喜ぶと共に、使節の行動に何等議すべきものなく、爾後米國人の我を視る一片輕侮の意なかりしに鑑み、兩者の誠意茲に合致し敦厚なる國交の基礎此時に築かれたるを慶賀し、一行の勞を多とせざらんと欲するも能わず、之を米國人の志那人に對して取り來れる態度其他に参照せば蓋し思半ばに過ぐるものあらん。
 一行の行裝は總て十萬石の格式を以てせんと決し居たること前に記す處の如くなるが米使の切に其軍艦を以て送迎せしめんとするの勸告點止難きと、我に多數の一行を搭乗せしむべき滊船なきを以て一行の人員を減じ行裝を簡にして、安政七年正月十八日迎の爲に特派せられたる米國軍艦ポーハタン(安政六年九月十三日横濱着)に乗込めり。

 左に使節一行の姓名及乗込の行列順序を擧ぐ
 一、使節一行姓名(日記によりて姓名に多少の相違あるも諸書を参酌して左に錄す)
 (以下、正使、副使と続くが小栗豊後守忠順他は略す)

 266頁
 監察 小栗豊後守忠順 三十二才
            用人  吉 田 好 三 信成 三十五才
            給人  塚 本 眞 彦 勉  二十九才
                江 幡 祐 造 尚賢 二十九才
                三 好 權 三 義路 二十四才
                福 島 惠 三 郎 義言 十九 才
    (熊本)         木 村 鐵 太 郎 敬直 三十一才
                三 村 廣 次 郎 秀清 十七 才

    (上州權田)       佐 藤 藤 七 信有 五十四才
    (攝津)         木 村 淺 藏 正義 二十六才
 270-271頁
 總人數七拾七人

 軍艦乗組順序

 (新見豊前守の行列、村上淡路守の行列、次に小栗豊後守行列と続く、小栗豊後守の行列を挙げる。)

 小栗豊後守行列
  先徒三人
  鎗 貮本
  具  足
  馬上に而、侍六人

 278-279頁
 四、御黒印蘭文譯(御用留原文の儘)

       定 書
 本條約書を華盛頓に持行かん爲め汝義彼地に送り其條約書を取換ん事を汝に命ず、且萬事念を入れ國體大切に勘考して兩國の和親永く連綿する様取計ふべし。
 汝連行く處の役人並下々のもの共船中及び陸にても不取締の事を爲ば急度戒しむべし故に汝平常夫等の事無きよふに心附くべし
 若し日本漂民ありて日本に歸る事をわば合衆國の政事役人に告知して連歸るべし
 安政七年正月十六日  御印
               新見豊前守
               村垣淡路守 江
               小栗豊後守

 371頁
 第五章 序を以て取調の事項

 一行の任務は本條約書交換を主とせるは勿論なるも、特使派遣の他の眼目は邦人をして親しく外國の一般文物制度に接觸して視察調査せしむるにありたるは井伊の上書に明可なり、就中最も重要視したるは金銀比價の問題、及税關制度の調査に在りたるが左に本文所々散見する金銀問題の關係を村垣の私乘より採錄して参考に供す。(關税問題に關しては調査書の交付を受け多くの交渉なきを以て略之)

 375-377頁
 四月二十三日快晴
 一、レウヰスカスより金貨之儀に付返書並金座調書とも來るジユポンドより受取る。

 四月二十五日快晴
 一、金座役人來る品々談し有之。

 四月二十六日快晴
 一、金座江新見小栗行、金貨分析有之委細別に記す。

 四月二十七日晴
 一、夕刻金座頭役來る新小面談、
   小判の純金
     五百七十分
     五百七十一分 平均して同七十一分三二二二
     五百七十三分

 右者凡三トル六十セン一分判九十セント之比較に該決 致す。右之趣彼の方よりもカス江申遺し候趣に付き此方よりも申遺す積り。

 五月五日晴
 一、ヒルトルヒヤ金座役人よりワシントンに申立之金藏方ミニストル書翰ジユポンドへ向來る別に仕譯書付は此方へ向來る。
 右に而小判三トル六十セント、一分九十セントに極まる。

引用・参照

『万延元年第一遣米使節日記』 日米協会 編 (日米協会, 1918)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 明治の妖怪 - 2019年01月05日 23:03

 われわれが『西洋』と呼ぶ土地に、新しい強国、新しく生まれ変わった古い国が誕生しても、
 ――例えば、記憶の新しいところではドイツやイタリア、古くは合衆国やロシア――このような場合に、だれも特別の脅威を見出さない。これはありふれた歴史の流れと見なされているからである。ところが、『アジア』という言葉が口から唱えられた途端に、むくむくと巨大な妖怪が現れ出るのである。(『日本事物誌1』東洋文庫 17頁)

 今では読んでいて幾分の物悲しさや何処か懐かしさの伝わるチェンバレンの『日本事物誌』である。

 我々は常に何かを失い、そして又何かを生み出す生々流転の中に絡めとられている。
 歴史も其の様ではないのか。謀逆そして虐殺によってら生まれた時代の変り目には特に、以前の歴史・文化等への情け容赦ない壊滅的な打撃を与える。奪い取った権力を強化し、自家薬籠中の物とし、人々の記憶さへも消し去る手段をも取られる。

 つまり、過去の抹殺である。現権力が正義であり、過去は悪しきものとして存在させられる。いわゆる“勝てば官軍負ければ賊軍”の露骨な在り方である。

 が、もし一つの文化(文明)が抹殺されたのだとしたら、感傷に浸るどころか足元が崩れ落ちるような喪失感と恐怖を味わうことになるであろう。

 更に文化を織りなす“母なる言葉”さえも他国の言語に置き換えられようとしたのだ。

 “維新”という一皮むけば陰謀、欺瞞、殺戮の漲流が、歴史の継続性を断ち唾棄すべきものとして葬り去り、新に目を剥き他国へと雪崩れ込み蹂躙する外交戦略を採用し、世界との陣取り合戦へと突き進み、修羅場の徒花に取って代わり、そして結末は多大なる犠牲を伴って止んだ。

 然し今、忘却の彼方へ歴史の教訓を追い遣り、新たに呪わしい時代への異なる接木を指向する。

 明治150年を謳うが、なぜ1868年からなのだ。明治を強調するなら、万世一系を唱導し国民の頭を強制的に切り替えさせた“画期”となる、むしろ皇紀2680年など、切りのよい2020年の節目ではどうなのかとも思う。

 そう、維(これ)新たなりで、明治5年に日本書紀に記す神武天皇即位の年(西暦紀元前660年)を元年と定めた。ならば、まるまる今に続く瑞穂国の歴史が収まり、国威発揚にもなるのにである。

 なぜにほんの一寸した期間をことさらに顕彰するのだろうか。
 そして何ゆえに明治を“強調”しなければならないのだろうか。

 「日本語の神秘の世界へと手引きしてくれた親愛なる老武士は、丁髷と両刀をつけていた。この封建時代の遺物は、今はニルヴァーナ(涅槃)の世界に眠っている」「古いものは一晩のうちに過ぎ去ってしまう」「古い日本は死んだのである。亡骸を処理する作法はただ一つ、それを埋葬することである。そして、その上に記念碑を建てることができよう」、と。(同上『日本事物誌1』6・14頁)

 そう、そして時折、詣でることにしよう。次なる“妖怪”が此の国に生まれる前に。


 土蔵附賣家 - 2019年01月04日 23:23

 横須賀造船所経営の事 二十-二十一頁

 (前略)餘國は傑傲不遜にて我を恐嚇し其不馴を欺き飽迄利を貪らんとするのみなれど(此時亜公使ブラーインの井上信濃守を罔し莫大の前金を受取りて富士山艦を造るの姦情既に粗ほ我に泄聞せしか如き)唯佛國は巽順にして佗に比すれは其説も稍や信するに足れは矢張佛國に委託する樣爲す可しと予猶其巨費の如何を憚りたれは仔細商量あられよ今に於ては爲も爲さるも我に在り既に託せし後は復た如何す可からず云へは上野笑て當時の經濟は眞に所謂遣り繰り身上にて假令此事を起さヾるも其財を移して他に供するが如きにあらず故に無かる可からざるのドツク修船所を取立ると成らば却て他の冗費を節する口實を得るの益あり又愈々出來の上は旗號に熨斗をを染出すも猶ほ土蔵附賣家の榮譽を殘す可し(上野か此語は一時の諧謔にあらす實に憐む可き者あり中心久しく既に時事の復た奈何する能はさるを知ると雖も我か事ふる所の存せん限りは一日も政府の任を盡さゝる可からさるに注意せし者にて熟友唔言の間常に此口氣を離れさりき)夫より佐賀献納器械の長崎に残り在る分も盡く横濱に取寄せシンソライの取調を經て錆腐の分手入磨き立一通り組立て試みし上同港太田川緣沼地を埋立て建築するに至り予か部下にては杉浦精介(今赤城と改名)軍艦方よりは誰なりしや名を記せず通詞は北村元四郎(今名村泰藏)等を掛り役となし佛人シンソライ、同ドロートル、同エーデの輩其餘と共に横濱小製鐵所の建築に從事せしめ又一方は閣老和泉水野守参政酒井飛騨守等命を奉して佛公使同水師提督と議し其推撰を以て同國蒸氣學士ウエルニーを上海より召寄せ追々談判を遂けるの末同人を惣裁とし相州横須賀灣に於て(後略)

引用・参照

『匏菴十種』 栗本鋤雲 著 (報知社, 1892)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上野介を偲ぶ - 2019年01月02日 10:43

 小栗上野介を偲ぶ
          石 原 戒 造

 第二章 横須賀海軍船廠創立の由来(碑文) 十三-十七頁

 徳川幕府の末、外舶の我が近海に出没するもの漸く多きを加へ、遂に相踵いで互市を強請するに至れり。是に於て幕府は國防の一日も忽にすべからざるを覺り、旗下の士に命じ、蘭人に就いて海軍の諸科を習得せしめ、又外國より艦船を購入して教練警備の用に供せしが、更に自ら之を製造して大に海軍の擴張をを図らんと欲し、安政四年技師を和蘭より傭聘して始めて製鐵工場を長崎に設く。然れども其の地僻地加ふるに規模狭小にして巨艦を造るに適せず。仍て別に一大船廠を江戸灣に創設せむと欲し、有司を會して之を議せしむ。當時國用多端、府庫空乏の故を以て之を難ずるもの多く、議論百出容易に決せず、會々小栗上野介勘定奉行を以て海軍所の事務を兼掌するあり、夙に時勢を洞察し、極力異論を排して船廠設立の急務たるを主張す。幕府遂に之を容れ、上野介及び目付栗本瀬兵衛に命じ、本邦駐箚佛國全権公使ロセスに就いて諮問せしむ。
 公使乃ち横濱在泊の佛國艦隊司令長官ジョーライスと謀り、且船廠創立主任として佛國海軍技士ウェルニーを薦む。次いで幕府は船廠創立の計畫を擧げて之を公使に委託す。時に元治元年十一月十日なり。
 是れより先、佐賀藩主鍋島齊正は蒸汽工作機械を和蘭より購ひ、將に工場を封内に起さんとせしが、董事人なく財力亦た乏しきを以て遂に之を幕府に献ず。幕府之を納れ、工場を江戸灣に設けむとし、遍く瀕海の地を檢して相州長浦を選定せしも、適任の技術者なきを以て竟に工を起すに至らざりき。然るに今や船廠創立の事を擧げて佛國公使に委託することゝなりたるを以て、幕府は同月二十六日小栗、栗本及び軍艦奉行木下謹吾、淺野伊賀守をして公使、司令長官を始め佛國軍艦の艦長、士官等と共に長浦に赴き、更に其地を檢しむ。此日佛國士官自ら錘測せしが、灣内に淺所あるを以て更に隣灣横須賀を査測し、始めて船廠設立の好適地と決せり。其の翌慶應元年正月ウエルニー來着せるを以て、幕府は公使以下關係諸員と共に船廠設立方案を議定し、小栗、栗本、木下、淺野及び山口駿河守、柴田日向守、石野筑前守、増田作右衛門等八人を製鐵所委員に任じて、創立事務を擔せしむ。
 越えて九月二十七日、内浦山地に於て鍬入初めの式を行ふ。之を横須賀海軍船廠事業の起工とす。實に今を距てること五十周年前なり。王政維新に際し、本所も亦た朝廷の収むる所となり、首めに神奈川府裁判所の管轄に屬し、次いで大蔵省民部省及び工部省等に転屬せしが、明治五年十月海軍省の所管となり以て今日に及べり。
 今茲に創立五十周年祝典を擧ぐるに際し、本廠創立の由來を略記し、以て永遠に傳ふと云爾。

                  横須賀海軍工廠長海軍中將 黑井悌次郎

 (註)
 小栗上野介の卓見によつて創設された横須賀製鐵所は、幕末から明治初年にかけての間は艦船の製造、修理、海軍々需品の供給、技術員の養成と共に、土木、建築並に附近海面の航海に必要ななる燈臺の建設、管理等もしてゐたのであるから、現在の組織から見れば、海軍工廠、軍需部、港務部、建築部及び逓信省燈臺局の仕事も、一手に引き受けて居つたやうな次第である。從つて造船所の創設といふよりも、寧ろ、軍港の創設であつて、軍港施設中最も重要な此の造船所の設立は帝國海軍の基礎を作るべき一大事業であつた譯である。
 上野介の最初の腹案では、大規模の造船所でなく、當時佐賀藩から寄贈した機械を以て、艦船の修理を行ふ四萬弗程度の工場の創設であつたらしいが、佛公使ロセスの活躍で、遂に二百四十萬弗四ヶ年計畫と云ふ大規模の造船所創設となつてしまつたと云ふのが眞相であるらしい。然し小栗が時の趨勢を洞察して、其の意見を容れ、實際に於て、立派な造船所が出來上がつたのであるから、横須賀造船所創設の功は正しく上野介に歸すべきであらう。

 第三章 横須賀海軍工廠の今昔

 第一節 慶應元年より明治二年に至る迄の横須賀製鐵所(横須賀造船廠史より摘記) 一六-一七頁

 幕末國多端、財政窮乏の折柄なるにも拘らず、國防上、一日も忽にすべからざるの故を以て小栗上野介に依りて建設せられた横須賀製鐵所(實は造船所)は、慶應元年九月二十七日、始めて設立の鍬入れ式を行つた。これが、現在世界に誇る横須賀海軍工廠の前身である。今その當時、佛國海軍技師ウエルニーの設計に基く製鐵所の狀況を示せば、次の如きものである。

 第四章 小栗上野介 二八-三一頁

 第一節 小栗の家柄と官歴

 小栗家は、徳川譜代の旗本で、世祿二千五百石であつたが、萬延元年に上野介がお目付として日米條約締結批准交換の爲、遣米使節として米國に使した功に依り、三百石の加増があつた。而してその領地は、武州大成村(普門院所在地)、上野國邑樂、多胡の三所で、上野介は第十二代として、文政十年(西暦一八二七年)呱々の聲を揚げたのである。
 上野介名は忠順、通稱剛太郎或は又一、豊後守と稱し、後上野介と改めた。通稱又一は代々の襲名で、「先祖の忠政が家康に從つて四方に轉戰したときに、毎戰一番乗り、一番槍、一番首といふ風に、殊勲をたてたので、家康公から、また一か、また一かと賞せられたのをとつて、又一と名乗つたといふことである。」
 小栗の官歴を見ると(「開國起原」附録職名録による)

  安政六年九月目付
  同年十一月諸大夫
  萬延元申年正月米國奉使、此時正に三十一歳、豊後守に任官、
  歸朝後三百石加増
  同年十一月外國奉行
  文久元酉年七月辭
  同二戌年三月寄合より小姓組出頭
  同年六月勘定奉行勝手方
  同年閏八月町奉行
  同年十二月勘定奉行歩兵奉行兼帯
  同三年四月辭職
  同年七月寄合より陸軍奉行並
  同年九月辭
  元治元年子年八月寄合より勘定奉行勝手方
  同年十二月軍艦奉行
  同二年丑年二月免職
  慶應元年丑年五月寄合より勘定奉行勝手方
  同二年寅年八月海軍奉行並兼帯
  同四年辰年正月免職 時に四十二歳
  同年四月六日上州群馬郡權田村烏川に於て斬殺さる

 「年三十三歳にして、日本最初の遣外使節として派遣せられた位だから、とにかく特色のあつた人物に違いない。併し、小栗が小栗として特色を發揮したのは、勘定奉行としてなんだが、前の經歴を見ると彼は、御勘定奉行として、三度政府に出てゐる。即ち第一回は文久二年六月から、同三年四月となつてゐた處を見ると、これは例の生麦の償金問題で意見が合はなくて辭めたものらしい。その世職中に將軍最初の上洛と云ふ問題もあつたが、特に小栗の仕事として傳ふべきことは殘つてゐない。第二回目の勘定奉行は、元治元年の八月から翌年二月までだから彼は、この間に行はれた、あのべら棒な下の關事件の三百萬弗償金支拂ひに關係してゐるわけだ。第三回目は、慶應元年五月、丁度長州再征の爲、將軍上洛の時から、慶應四年正月、慶喜將軍が鳥羽伏見の一戰に敗れて、江戸へ逃げ歸つた時までだ。これは幕府の財政が極めた時代だから從つたまた、小栗が勘定奉行として、畢生の手腕を振つた期間でもある。」(昭和八年八月一日ダイヤモンド誌)

 第二節 小栗の最後 三一-三三頁

 慶應四年正月、鳥羽伏見の戰に敗れ、將軍慶喜が大阪から歸東したとき、上野介は、強硬なる主戰論を主張したために、到頭將軍から直接免職されてしまつた。將軍お直の沙汰で、免職されたといふことは、徳川三百年の政治に於て、小栗一人であつたといふ。
 そこで小栗は、慶應四年二月二十八日江戸を退き、その食邑上州權田村の寺院東善寺に寓居して居つたのであるが、「陣屋嚴重」に相構へ加之砲臺を築き容易ならざる企て之ある趣諸方注進聞き捨て難く、深く探索を加へ候處、逆謀判然、上は天朝に對し奉り不埒至極……」として、東山道總督岩倉具定から、高崎藩主松平右京、安中藩主板倉主計、小幡藩主松平鐡丸に小栗追捕の命を下したのである。このとき小栗は、只管陳謝、恭順の意を表し、大砲一門、小銃二十挺を引渡したので、三藩は、彼に異心なきを諒として撤兵したのであつたが、監軍原保太郎、豊永貫一郎等のために、東善寺を包圍され、翌四月六日早朝烏川邊水沼河原に引出されて、從者三名と共に斬首せられた。時に四十二歳であつた。次で七日には、嗣子又一(忠通)も從者三名と共に、高崎に於て斬首された。母堂國子並に妻道子は、幸にも、從者十六名を從へ、上野介の父忠高の奉行地であつた新潟に逃るゝことが出來た。

  ◇

 「……あの際、幕府の有司で、小栗のやうなひどい目に會つたのは外にない。政府に反抗して戰つた會津の松平容保でも、函館の榎本武揚でも、みな命は助けられて居る。伊庭八郎や人見寧を引つれ、箱根の天嶮を扼して、官軍を食ひ止めようとした林昌之助の如きも、後には、子爵家の樂隠居として天壽を全ふして居る。また、一時朝譴を蒙つた小笠原壹岐守でも、板倉周防守でも、後には皆宥されて、王政の餘澤に浴して死んだ。然るに、小栗だけは、おとなしく草深い片田舎に引込んで、朝廷に反抗する處か、世を捨てた形で愼んでゐたのを、兵器を貯え城砦を築いて、朝廷に對して反逆の企てありとか何とか、あらぬ罪を着せられて、慶應四年四月六日、上州群馬郡權田村は烏川の川原に引出されて、縛り首同様な殺され方をしたのだから、實に氣の毒な話さ」

 「元来小栗と云ふ人は、徳川幕府一元論者で、長や薩の如き幕府に反抗する雄藩を倒して置いて日本に郡縣の制を布かうといふ腹だつたから、強く長州征伐を主張した處が、其の長州征伐が思ふやうに行かないで、彼は江戸にあつて獨りで切歯してゐると、あの政權奉還だ。慶喜もひどいことをしたもので、あれほどの大事を江戸へ相談せずに斷行してしまつたのだ。尤も相談しても纏らぬと思つたのだろう。江戸へは、相談でなく通知が來た。この時には小栗は、熱涙を流して口惜しがつたといふが、彼はどこまでも、薩長を叩きつぶす腹で、佛蘭西士官のシヤノアンやブリユネなどに命じて、攻防の策を研究させてゐたのだ。處が、續いて王政復古の大令が降る……」(ダイヤモンド誌「御勘定奉行小栗上野介」より)

 第三節 勝海舟の小栗觀 三三-三七頁

 海舟の談話を集めた「氷川清話」の一節に曰く、
 「小栗上野介は幕末の一人物だよ。あの人は、精力が人にすぐれて、計略に富み、世界の大勢にも略略通じて、而も誠忠無二の徳川武士で、先祖の小栗又一によく似て居たよ。一口にいふと」あれは三河武士の長所と短所とを兩方具へて居つたよ。然し度量の狭かつたのは、あの人のために惜しかつた。
 小栗は長州征伐を奇禍として、まづ長州を斃して、幕府の下に郡縣制度を立てやうと目論んで佛蘭西公使レオン・ロセスの紹介で、佛蘭西から銀六百萬兩と、年賦で軍艦數艘を借り受ける約束をしたが、これを知つて居たものは慶喜以外閣老を始め四五人に過ぎなかつた。
 さうする内に。慶應三年の十二月に佛國から破談の報せが來た後で佛蘭西公使はおれに、小栗さん程の人物が、僅か六百萬兩位の金の破談で腰を抜かすとは扨ても驚き入つた事だといつたのを見ても、この時、小栗が何程失望したかは知れるよ。小栗は、僅か六百萬兩の爲に徳川の天下を賭けようとしたのだ。越えて明治元年の正月には、早くも伏見鳥羽の戰が開けて、三百年の徳川幕府も瓦解した。小栗も今は仕方がないものだから上州の領地へ退去した。それを豫て小栗を憎んで居た土地の博徒や、また小栗の財産を奪はうといふ考の者どもが官軍へ讒訴したによつて、小栗は遂に無惨の最後を遂げた。然しあの男は案外清貧であつたといふことだよ」、(註)六百萬弗借款問題の眞の張本人は、小栗上野介といふことにされているが、その首謀者は原市之進であつたといふことである。而して又この借款問題は二回起こつて、第一回は慶應二年で第二回が其の翌年であつたが、第一回は勝海舟が反対對して、幕府は佛國から拒絶されたのが眞相であるらしい。
また「六百萬弗借款問題の眞相」(ダイヤモンド誌)に曰く

 「……小栗上野介の事蹟を語るに當つて、省略することの出來ない事件は、例の六百萬弗の借款問題だ。小栗が主唱して、佛蘭西から六百萬弗の軍資金と軍艦何艘とかを借りて、長州を叩きつぶし、薩摩亡ぼして、全國に郡縣の制を布かうとしたといふ問題だ。このために、小栗は、一部の人からは、徳川の權力を張るために、國を賣らうとした奸物のやうに觀られている。小栗の不人氣といふのも、大部分此の問題から來てゐるが、この問題をお話することにしよう。
 全體此の問題は、幕府秘密政策の一つだつたので、確實な資料は、殆んどないといつてもいい位だ。そのために、これまで、いろいろの憶測や誤傳が加つて、随分おかしな話になつてゐるから、此の際此の問題の眞相をはつきりさせて置くことも、史家の任務の一つだらうと思ふのだ」

 「……此の問題に於ては、小栗などは稍不當の毀謗を浴びて居ることがお解りにならう。小栗は勘定奉行ではあるし、主唱者でないまでも、熱心なる賛成者であつたか…、もし佛蘭西黨一味の行動が避難さるべき性質のものとすれば、彼も當然其の分け前にあずからねばならない。併し彼の外に、彼以上に、その分け前を引受けねばならない原市之進や、徳川慶喜のやうな人が居るのだ。それにも拘らず、彼が、此の問題の張本人として、不當な非難を受けて居るのは甚だ氣の毒な話だが、これには、勝の毒筆が預かつて力があるやうだ。勝は自分で、あの問題の張本人は原市之進であり、慶喜も十分承知の上と知つてゐながら、日記其の他で、小栗に痛烈なる非難を浴せて居るのは、とういふわけか、恐らく、原因は、その問題ばかりでなく、彼の志が政府に容れられなかつた處から、満腔の不平を當時羽ぶりのよかつた佛蘭西黨に爆發させたものではなかろうか。何れにしても、この問題に於ては、小栗はやゝ不當の分け前に預つてゐるやうだ。勝の日記から、その非難の箇所を一二抜いてお目にかけよう。

 海舟日記(慶應三年三月二十五日)

 ……志を奮て忠諫せんとす。如何せん言跡壅塞して通ぜず、司農小栗上野介、小野内膳が輩跋扈して、上者是に壓せられる。氣を張つて進言する者無之、雷同して黨あり、此輩見る所規模小にして、天下の大勢を深察せず、佛郎察に頼みて大いに國内を併呑せんとす。誠に其の力を量らずして終に邦家に災を發せんか。

 海舟日記(慶應四年正月二十五日)

 ……近く五六年、我官吏佛郎察の教化師カシヨンと云ふ僧妖に心服し、偏信して我社稷を盛大にせんとす。是何の所爲ぞ、英吉利人其偏執あるを憤りて、西諸侯と結び、王政復古、諸侯を剥ふして郡縣の説を主張す、我官吏之を聞いて、益佛郎察に依頼し、倚角の勢を保持せんとす。嗚呼今日の事何人の手に出づるや、我是を辯ぜず、殊に悲嘆して訴ふる處なし……

 第四節 小栗の片影 三七-四〇頁

 其の一 「近世日本國民史・開國初期篇」より

 「此の一行」(最初の遣米使節)に若し岩瀬が在つたならば、如何に多大の獲物を携へて歸國したであらうかと思はるゝが、新見、村垣の正副兩使は、別段それ程の獲物も齎し來つたとは思はれなかつた。但だ其の目付として同行したる小栗忠順に到りては、實に其人を得たるものにして、彼は此の十箇月の旅行中、其の見聞より得たる所、頗る多大であつたらう。
 咸臨丸にて桑港に渡りたる勝鱗太郎と、ポーハタンにて米國を縱觀し、喜望岬を廻りて歸朝したる小栗豊後守とは、偶然にも幕政の末期に於ては、尤も傑出したる兩人として、然も兩人は、何れも其の殘局収拾の方法に於て、反對の位置を占め、其の志は同一にして、其の仕事は、敵と味方の立場に立つ様になりたるは運命の遊戯と云へば、それ迄に止まるも、實に不思議の因縁だ。
 尚ほ小栗及勝に關しては、本書は爾後に於て、屡ば語らねばならぬ機會が出で來る可きであらう」(開國初期篇第五章遣米使節の派遣)

 「要するに咸臨丸の一行中には、實際上の船長にして、教頭職にあつた勝鱗太郎と艦長木村の從僕として乗り組みたる福澤諭吉、使節一行には目付小栗忠順、何れも幕末より維新、明治の歴史にかけ、それぞれ重要なる役目を働いた。而して是皆な此の渡航が與へたる感化の一端として見る可きであらう。固より三人以外にも、それぞれ海外の知識を、此れが爲に直接に輸入したるものは、多大にして、其の影響の及ぶ所は、更により多大であつたことは疑を容れない。」(同上第七節遣米使節歸る)

 「元來小栗は、幕吏中の錚々者流にて、獨斷専決にては、決して人後に落ちざる快腕、寧ろ時としては辣腕とも云ふ可き程の腕利きだ。然るに對州に於ては、前記の如く「此上拙者共限取扱兼候間、急速江戸表へ立歸、夫々可申上」と、如何にも當人に不似合なる文句もて、歸府の途に就きたるは、何故であらう。田邊太一氏は曰く
 「小栗は英果の質をもて、有爲の才に富み、かつて亜米利加に使いして、外國の風光をも見聞せし人物にて、岩瀬肥後守、水野筑後守と並稱して、幕末の三傑とよばるゝ人たり、しかるに此一瑣事(露人對馬領主との會見)を了するを得ず、空しく江戸に歸れり。斯人にして斯事ある。吾人の解を得ざる所なり。是何事か秘密の存するあるにあらざらんや。」
と記してある。此れ何人も同様の感を做すであらう。尚ほ田邊氏は、小栗の心事を揣摩して曰く
 小栗は大局に著眼するの士なり。對州の地、英公使の意見の如く、これを開港とするも、また防衛を嚴にするも、到底小弱の藩侯に委すべきものならざるを、實地に悟り、上地の不得已ものを見て、其狀を親しく具稟 して、政府の底意を固め、然る後に露艦將と、應對するにあらざれば、たヾ一日も苟もするものたるを知りて、一旦江戸に還りたるに非ざるを得んや。而して對州藩にも、其機を知りて、自らの此の内願を提出せるものと知らる。
と云ふてゐる」(同上第十六章露艦の對馬占據)

  ◇

 我等はそれから大宮町の外れにある普門院に赴いた。此處は小栗家の菩提樹だ、我等は住職に導かれ、小栗家の墓に赴き歴代の墓に詣した。初祖忠政の石塔には、元和二年の文字が微かに現れてゐた。而して上野介の首を埋めたる土饅頭に向かつて一瓣の香を献げた。記者は上野介とと政治的見地を異にした勝海舟翁の門下である。然も上野介が果敢、勇往、其の信ずる所に篤く其の仕うる所に忠に、横須賀船渠を創始するに際し、せめて土蔵附賣家にとの志を憐み、且悲しむものだ。(昭和八年五月十日 東京日日新聞徳富蘇峰氏夕刊所載の一節)

 其の二 「噫、不幸なる兵器技術の先覺者」より 四〇-四二頁

 小栗上野介は徳川幕府に於ける偉大なる政治家、經濟家、軍事家、兵器技術家であつた。又彼は大の革命家、急進家、開國家であつて、鋭意歐米の新事を取り入れるのに汲々であつた。從つて彼が軍事に對する經綸にも亦嶄新卓越のものがあつた。我が陸海軍の今日あるは上野介に負ふ所決して尠くないのだ。

  ◇

 文久元年五月幕府は軍制の一大改革を斷行する爲小栗上野介、勝鱗太郎、木村攝津守等二十二名を擧げ軍制取調委員命じた。委員等は愼重審議の末、親衛常備として歩、騎、砲の三兵合して一二、二一九人の兵員を定め、其の意見書を提出した。幕府は之を容れ文久二年三兵を編成した。是に於てか不完全ながらも、始めて洋式兵制を見るに至つた。

  ◇

 元治元年五月幕府は湯島大小砲鋳造所及關口製造所改革に就き上野介に意見を徴した。彼は仔細に兩所査閲の上、重要なる意見を覆申した。(中略)幕府總て其の意見を嘉納にした。上野介は取敢へず反射爐建設地を廣く江戸附近に物色し、巣入り運搬の便を顧慮し、之を瀧野川に定め元治元年七月之を上申し、直に其の築設に着手した。但し該反射爐は未だ竣工せざる中に、明治維新となり中止したので、今は其の位置さへ詳らかでない。尚上野介は製砲事業は鐵鑛と石炭及木炭の産地附近ならざるべからざるを認め、上野國小幡領小坂村に反射爐建設の件を上申し、慶應元年八月先づ反射爐一基取建ての儀仰せ渡された。

  ◇

 慶應三年三月上野介は武田成章と協議し、火藥製造所の位置を瀧野川に選定した。

 其の三 「小栗上野者」より 四二-四三頁

 「小栗は敢て不可能の詞を吐きたることなく、「病の癒ゆべからざるを知りて、藥せざるは孝子の所爲に非ず。國亡び身斃るゝまでは、公事に鞅掌するこそ眞の武士なれ」と云ひて、屈せず撓まず、身を艱難の間置き、幕府の維持を以て、進みて、己れが負擔となし、少なくとも幕末數年間の命脈を繋ぎ得たるは、小栗が與りて力ある所なり。余は親しく、小栗に隷属したるを以て、其の辛苦に心を費せること余が目撃せる所なり」(福地源一郎「小栗上野介」「續大日本歴史集成」上巻二)

  ◇

 一體小栗上野介とは如何なる人物であつたろうか、史家と自稱する人さえこの人物を知らぬ人が往々ある。まさしく薩長本位の歴史の罪と云はなければならない。近年史家の正斷により彼の國家功績を叫ばれつゝあるのは又當然と云ふべきである。「幕末數年間幕府として其威力を支持し得たるは全く小栗上野介の力なり」(福地源一郎「幕末政治家」)

 其の四 「横須賀造船所經營の事」より 四三-四三頁

 「横須賀造船所の成立は、他の一方に就いて述れば、前の如く事容易に見ゆれど、其の内部の曲折に至りては、實に今日筆舌の得て狀すべからざるものあり。
 今その一二を擧ぐれば、海軍部下の者は、政府の旨趣の何たるを解せず、其の之を佛國に委するを嘵々とし、他向の論者は無用不急の務めなりと嗷々し、大計に暗き迂儒武人などの類は、極口罵詈して咄々恠事とする輩もありて、百方之を毀ち壞らんと欲する者のみなりしが、其の事の決定は、既に數月前にあるを以て、總て事後の論なれば一切取り合わず、之等の跡始末今皆大抵遣忘しが、たヾその中、此の製鐵所を取り立つるに就て、上野介が妙案を施して、軍艦方習慣の懶惰質を打破せし一擧は、實に當時の愉快なりき」

 其の五 「維新前後の政爭と小栗上野介の死」より 四四-四四頁

 上野介は、老中を前にして、
 「大名某の守が財政困難なりと訴ふるが故に、幕府の勘定奉行として拙者は、極力工夫して之を調達し貸與したのである。然るに之等大名は、其の有用切なりと稱する金子を分かつて、我等に贈るに至つては其の理由を解するに困しむのである。斯かる餘裕あるならば、幕府より借りるを要せず幕府も貸すに及ばず。斯かる悪例は、爾今斷然廢止しなければならない。
 拙者は先ず悉く之を其の儘大名に返附すべし。若し、老中方の中にて斯かるものを受け取られたる方もあらば、至急返附せらるゝが宜しかるべし」と主張した。

 其の六 「ふらんすお政」より 四四-四六頁

 小栗のはうは、去る萬延元年新見豊後守と共に、アメリカへ派遣された一人であつたら、新智識の點では遙かに栗本以上だつた。そして彼は、外國奉行中のさうさうといふよりも、すでに滅亡に瀕してゐるといつていゝ、徳川幕府の運命を背負つて立つ氣概に富んだ政治家であつた。
 「さて栗本さん、あなた御相談と云ふのは他でもないが、横須賀の製鐵所をあなたにに引受けてやつて頂きたいのです」
 といつて、それから彼(小栗)は非常なる熱意をこめて、製鐵所(實は造船所)の計畫について語り出した。
 小栗の話によると、其製鐵所は地中海のツーロン製鐵所の規模にならつたもので、ツーロンに比べると三分の二の規模に縮め、製鐵所一箇所、ドツク大小二箇所、造船場大小参加所、武器庫等で、四年計畫で着手し、工費は一ケ年六十萬ドル宛て支出し、都合四年で二百四十萬ドルで落成するといふのだ。
 それで一切フランスの力をかりてやることになり、すでにフランス本國から招聘した技師ウエルニーを工場長に据ゑ、幕府の高級官吏を數名製鐵所係に任命するはずだが、小栗の考へでは主として栗本にその任に當つてもらひ度いといふのである。
 「そんな巨大な經費が幕府にありますか」
 栗本は眼を圓くして小栗にいつた。
 「いや、經費などはないが、どうせ幕府は遣り繰り世帶だから――それに日本の國としては、將來ぜひとも無くてはならぬものだから、下らぬ冗費を節約して、有用な物を造つて置く方がいゝでせう」
 「賣りすゑの札をはる時が來ても、せめて土蔵附賣家と書きたいですからなあ、ハゝゝゝゝ」
と小栗は哄笑した。
 鋤雲は、その時始めてドツクといふ名前を覺えたくらゐで、西洋の造船所がどんなものだか一向譯は分らなかつたが、小栗がかういふので、ともかくも承知しなければならなかつた。それから兩人で居留地のフランス領事館へ行つた。

【附録】

 一、普門院と上野介 四七-四八頁

 普門院は今より五百三十七年前承應三年月江正文禪師に依つて創設せられたもので、正統な意味に於て關東の古名刹であることは論を俟たない。
 日本洞上聯燈録と云ふ最も權威ある文献に依ると歴然たる所がある。即ちその一節に
「暮年武州足立郡に至り其の境致の勝絶を愛し普門院を築て逸老す。近里に氷川神社あり常に老翁の身を現し來て法を聴く。一夜入室就て戒法を請ふ、師乃ち全剛寶戒を授く。神、歡喜頂禮して曰く、我れ誓つて正法を護せんと言ひ暈つて見えず、寛正四年正月二十二日偈を説いて端然として坐脱す」(原文漢文第六巻)とある。  この一事から後世色々と傳説を生んだのである。徳川時代に到り小栗家の菩提所となるに及んで普門院は御赤印地となつたのである。――威風さぞかしであつたろうと思はれる。
 安政二年二度目の火災で七堂伽藍を燒失した。再建の任に當つたのが豪僧大猷禪師であつた。上野介は始祖忠政公より十二代で父は忠高と云ひ、新潟奉行を勤めた。新潟は天領地、即ち幕府直轄地であるから、父も相當の人物であつたに違ひない。この人の血を受けた上野介は、幼少より豪氣で幕末の内外多端の時、幕府を雙 肩に荷ふに好適な人傑。大猷禪師と上野介!期せずしてかんたん肝膽相照し、彼の豪膽なる外交的手腕と云ひ、軍事經濟に着目する炯眼と云ひ、大猷禪師に負ふ所蓋し甚大と云ふべしである。慶應四年四月六日罪なくして權田に斬られ上野介の首は、武笠銀介某(馬丁と云ふ)小栗家の菩提樹普門院に持参、祖先の墓に秘かに埋葬したのである。翌月禪師も亦何者にか暗殺せられたのである。噫!兩雄英魂空しく消ゆ、國家の恨事と云ふべし。(八、四、六、埼玉縣大宮町在大成山十二世普門唯一誌す)

 二、横須賀製鐵所創設當時の内外情勢 四八-五四頁

 小栗上野介は、當時財務當局長官であり乍ら、幕末の財政が極度に逼迫してゐる際に於て、幾多の異論を排して、横須賀製鐵所の創設を主唱したものである。この企てが果して時宜に適したものであつたか否か――特に財務當局者として――については今は尚議論の岐るゝところであるやうに思はれる。だが、之については、當時我國の内外情勢並に海軍關係事項が如何なる狀態にあつたかといふことが、上野介のこの着想を評價する上に於て、緊要な事項であらうと思はれるから以下簡單ながら、嘉永六年「黑船來」の頃からの内外情勢の一端を述べて見ようと思ふ。
 (略)
 要するに、小栗上野介が横須賀製鐵所創建に決した時代は、今日の常識を以てすれば、國家の政治は全部國防で、國防意外の政治はなかつたといつてよい、之を現代語を以てすれば、國防の安全感は零に近かつた時代である。從つて、國防的見地からは、歳出歳入の均衡問題もなかつた時代であつたように追想されるかゝる點から見れば、「土蔵附賣家」の詮議立てなどは、そう問題とする程のことではなかろう。それよりも、一大計畫の下に、横須賀製鐵所を創設して當時最も缺陥と認められた技術の取り入れと、技術員の養成に着眼したことは、今日の我國情からして意義深い企であつたといはざるを得ない。

引用・参照

(『幕末の英傑小栗上野介を偲ぶ:横須賀海軍工廠創設の由来』石原戒造 編 (マネジメント社, 1934)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上野介炯眼三野村利左衛門を用ふる事 - 2018年12月29日 11:18

 第二篇 小栗上野介炯眼三野村利左衛門を用ふる事
     明治七年三井組大厄難、三菱飛躍の事

 「二」 三野村利左衛門と小栗上野介 (二九-三八頁)

 但し、三井家の番頭の中でも、幕末から明治の初年にかけて、三井家の大黒柱となつて働いた三野村利左衛門といふ人は、齊藤とか、西村とか、中井とかいふ舊來の番頭達とは全く其人物の生ひ立ちと、素質とを異にし、三井家は此人の力によつて非常の大變革に際し、よく無事に幾多の危険と困難とを凌いで今日あるを得たものらしい。三野村利左衛門の傳記は「大日本人名辭書」にも載つて居る。殊にその上半は利左衛門の直話とさへ註されて居るが何うも少し怪しい所があるやうだ。僅か半世紀ばかりの間に維新の財政史に非常に重要な地位を占める此人物の傳記が斯くまで曖昧になるといふことは想像も出來ぬ程變なものであるが燈臺元暗しの譬への如く、世間の事は往々近い事ほど曖昧であり勝ちなものである。該辭書によると利左衛門は信州の人で、眼に殆んど一丁字もなき者のやうに記述されて居るが、三井家の方の諸記録を綜合して考へると却々さういふわけのものではない。彼は幕末駿河町なる三井組兩替店の總支配人齊藤純藏に頼まれて勘定奉行小栗上野介を説き、三井家の爲に苛酷なる御用金の斟酌をさせたのが、三井家に用ひられて要職に置かれる初めであつたといひ三井家に用ひられると間もなく外國爲替方即ち當時の所謂神奈川御用達を命ぜられたことといひ、三井銀行の創立と同時に其副頭取に任ぜられたことといひ、死ぬまで井上馨に信用せられて居たことといひ、何處から推して考へても彼が信州の素性も知れぬ農家の子で「文筆を善くするに非ず、但々活發にして膽力あり、性頗る理財に長じ」て居た男とは思はれない。「大日本人名辭書」の傳記はその他の點にも疑ふべき所が多いが、特に此點は怪しい。
 一説によると彼は出羽庄内の藩士、木村又太郎といふものの子で、幼少の時から家中の人々に神童と呼ばれたものである。十四歳にして大阪に出で、商業界に投じて志を成さうとしたが果たさず、江戸に來て赤貧洗ふが如き生活を送る中、世話する人があつて神田三崎町なる紀伊國屋利八といふものの養子となり、初めて姓を三野村と改めたとある。辭書によると、紀伊國屋は油屋で、利左衛門はその人足に雇はれたのであるといひ、一説には菓子屋であるといふ。又、辭書には三野村は三井家の番頭であるが如く書いてあるが、當時三井家の番頭に三野村といふ人が居たといふことはまだ聞かぬ。又紀伊國屋の養子になつたのも上野の世話であるといひ、三野村家の養子になつたのも上野の世話であるといひ、少しをかしい。
 三野村利左衛門が信州の人であつたか、出羽庄内の人であつたか、神田の紀伊國屋が油屋であつたか、菓子屋であつたか。その邊の事は別に考證をして呉る人があらうからそれに譲るとして、塚本松之助の『小栗忠順傳』によると、利左衛門がその三井家に用ひられる前、小栗上野介に知られて用人に取立てられて居たことは確かであるらしい。して見ると、利左衛門が三井組兩替店の總支配人齊藤純藏に頼まれて上野介に同家の窮狀を訴へ、其御用金割當額に斟酌を加えさせたのも、小栗家の用人としてした仕事であつたに相違なく利左衛門は上野介が江戸を去つてその舊領、上州權田村に退去して後、齊藤純藏によつて三井家に用いられたものである。
 但し、利左衛門が如何にして上野介に識られ、又齊藤純藏に知られたか、その事の起りは依然として明らかでない。之は僕の想像に過ぎないのであるが、上野介は是より先、萬延元年一月幕府の使節として二百餘人の一行と米國に赴き、歸朝後勘定奉行兼外國奉行に任ぜられたものであるが、彼の米國から持つて來た最も大きいお土産は金銀量目の比較のことであつた。彼は彼地で研究して來た新智識により、日本の小判の價を昇せて三倍以上とした。かように小栗上野介は金銀量目のことに興味を持つて居たし、三野村利左衛門は地金銀の賣買を営んで居たといふし兩人が何かの機會に此金銀量目のことを媒介として互に相識るやうになつたものではなかろうか。無學文盲な油屋の人足が其行商から直ぐ飛ぶ鳥も墜とす勘定奉行に知られたといふのは少し變である。
 慶應四年四月五日、小栗上野介は叛逆の嫌疑ありとて、上州權田村で、東山道總督岩倉具定の配下の兵に捕へられ、六日烏川の畔に於いてその家來三人と共に斬殺され、養子又一も七日、高崎の牢舎から引出されて從者三人と共に斬首された。此兇變に接し、上野介の母國子と夫人道子とは四月三日女中二人、百姓足軽十四人に伴われて間道から越後の新潟に遁れ、會津から迎への人に案内されて家老横山主税常徳の家に引取られ、六月十四日道子は安らかに一女児を擧げた。此女児こそ矢野文雄氏の令弟で、後に大隈の世話で小栗家の名跡を嗣いだ小栗貞雄氏の夫人國子さんである。
 上野介の未亡人道子は、會津落城の後、その女児と共に東京に送られ、深川の三野村利左衛門の邸に引取られた。三野村は深く上野介の恩誼を思ひ、よく母子の面倒を見て、未亡人の死後上野介の遺愛國子を大隈家に引渡した。抑も道子の家は日本武尊の直系と稱する播州林田の小大名、建部内匠頭の女で、法學博士蜷川新氏の母堂はその實の姉妹である。
 小栗貞雄氏の夫人國子さんが、三野村から大隈家に引取られ、伯爵夫人の手許で育てられたのは、伯爵夫人が徳川家の旗本三枝氏の出で、小栗家と親類であつた關係によるものである。三野村利左衛門は一生涯上野介のことを忘れず、「若し先生をして今日の要路に立たしめ、財政の局に當らしめたならば、國家の難局を打開し、その發展に資益した所何ほどであつたかを知らぬであらう。」と云つて居たとのことである。
 國子夫人の利左衛門に關する記憶その他に關し、先輩として多年教えを乞へる小栗貞雄氏から、次の如き來翰があつた。

 荊妻も追々老境にて古き事は餘り記憶し居らねど、利左衛門氏は荊妻十歳前後の頃、死去したる由にて、子供の事故、利左衛門氏に關しては何事も承知致し居り不申、利左衛門氏に伴なわれて(三井の子供男女をも一緒に伴はれて行きたる様子に候)大隈侯の早稲田の別邸(其頃大隈侯の本邸は今の日比谷大神宮の所なりしか雉橋の佛國公使館跡に移轉後なりしかハツキリ記憶致さず候)などに行きたる事あり、深川の三野村の邸内に一軒の家を貸されて、母子の外に祖母と女中と四人位にて生活致し居り、三野村氏の庭に遊び居る時など、時々利左衛門氏より話しかけられたる事あるのを記憶致し居る位に御座候。
   利左衛門氏に三女あり男子なく、二女の中長女はソコヒにて盲目となり、利市といふを養子として本家を相續せしめ、之に銀町の自分の質店を任せ次女には利助氏を養子として別家と爲し三井に入れたり。利助氏の方は別家なれど深川の本邸に居住し、利市氏の方は、本邸内にて本邸の後隣りに當る一段劣りたる家屋に居り、本家といふも長女の爲の名義だけらしく、利助氏の方に本家相續の實がありたるやう被存候。
 利助氏は戀婿との評判もありたれど、利左衛門氏が見出したる養子にて好男子には相違なきも相當の人物にて、小生も何度か面會致したる事有り、上野介との關係にて利左衛門氏が入牢したることありとて他に話し居るを聴きたることも有之候。三井家の基礎を安定させたる上に於て利助氏も可なり功勞者と承り居り申候。  利助氏の長女が久方久徴氏の夫人に候。(下略)

 「三」 齊藤純藏と雪中庵雀志 (三九-四十頁)

 小栗上野介も勘定奉行となつてからは、度々江戸、大阪の町人に命じて御用金を徴發した。それが大阪の町人の分として僕の手許に分つて居るのは、元治元年九月の六百八千餘貫目と、慶應二年四月の二萬二千餘貫目とであるが江戸の町人には此外にも度々命ぜられたことであらう。(福地源一郎――幕末の政治家)それは恐らく慶應二年度の徴發であつたらうと想像されるが。その三井家に割當てられた御用金の高は非常なもので、三井家としては既に是までも度々幕府の誅求に應じて來た關係もあり、唯々として之に應ずることは出來なかつた。併し上野介は剛毅果斷を以つて評判の政治家であつたから、三井家でも膠もなく之を拒絶することは跡が恐ろしいといふので、江戸勤番の主人、三井高喜を始めとして、重役達もいろいろ相談をして見たが施すべき策がない。その時齊藤純藏がフト三野村利左衛門のことを想出し、之に上野介説得のことを依頼して見ると、利左衛門は早速に引うけ、情理併せ畫して三井家の苦しい立場を告げ、完全にその諒解を得て事を圓満に解決することが出來た。利左衛門は此功によつて純藏から上野介上州退去の後、三井家に推擧せられ間もなく神奈川御用達に任ぜられた。
 『大日本人名辭書』には此時三井家の全権を握つて居たのは齊藤專藏であつたとあるが之は間違つて居る。專藏は純藏の子であつて、父純藏の後を襲ひ三井家に用ひられたが、專藏の代になると、三野村利左衛門の實子利助と地位が顚倒してその下風に立つこととなつた。利左衛門は三井家に入り、殆ど三井家の全權を委ねられて、事實上の總支配人であつたが、それでも自分は一代は何處までも純藏を立てて、決して之を凌ぐといふことがなかつた。純藏に二人の子があり、長男を專藏といひ、次男を銀藏と云つた。(『財界太平記』)

引用・参照

『財界太平記』白柳秀湖 著 (日本評論社, 1929)二九-三八、三九-四十頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 『横須賀海軍船廠史. 第1巻』 - 2018年12月27日 17:03

 横須賀製鐵所設立ノ濫觴 (三-五頁)

十一月是ヨリ先ニ佐賀藩主鍋島齊正ハ蒸氣工作機械ヲ和蘭ヨリ購入シ將ニ工塲ヲ封内ニ起サントス然ルニ經費巨萬ヲ要スルト主任其人ナキトノ故ヲ以テ竟ニ之ヲ幕府ニ獻ズ幕府之ヲ受ケテ工塲ヲ江戸灣ニ起サント欲シ沿海ノ地ヲ檢シ相州三浦郡長浦灣ヲ以テ之ニ充テ將ニ工塲設立ニ着手セントス然ルニ幕府モ亦其人ナキヲ以テ竟ニ之ヲ果サヾリキ今造船所創立事項ヲ擧ゲテ佛國公ロセスニ委托スルニ及ビ此月十二日ロセス自ラ基地ヲ檢セント請フ幕議尚ホ長浦灣ヲ以テ適當ノ地ト爲シ二十六日小栗上野介栗本瀬兵衛軍艦奉行木下謹吾及淺野伊賀守ヲシテ屬僚ヲ從ヘ公使ロセス艦隊司令官ジョーライス其他佛艦「セミラミス」號ノ艦長及士官ト共ニ我軍艦順動號ニ搭ジ長浦ニ至リ其地勢を點檢セシム此日佛官自カラ投錘シテ測量スルニ灣内淺渚アルヲ以テ更ニ隣灣ヲ横須賀ニ至リ之ヲ錘測ス本灣ハ灣形曲折海底稍々深ク且其地ノ形勝要害ハ佛國ツーロン港ニ彷彿スル所アリトシ終ニ横須賀ヲ以テ造船所設立ノ地ニ適スト爲ス十二月二日更ニ軍艦組長田淸藏以下八名ヲ遣ハシテ横須賀水陸ノ測量ニ從事セシム
十二月九日佛國公使ヲ老中諏訪因幡守ノ官邸ニ招致シ同列水野和泉守阿部豊後守及勘定奉行小栗上野介以下諸員ト造船所設立ノ綱領ヲ面議ス公使前説ニ據リ先ヅ製作所ヲ設ケ次ニ造船所ヲ起スノ順序其宜キヲ得ル所以ヲ陳述シテ論次其經費ニ及ブ公使曰ハク造船所設立ハ主トシテ貴邦全國ノ富強ヲ圖ル所以ナリ宜ク邦内列藩ヲシテ其經費ヲ課出セシムベシ即チ生絲ノ如キハ全國一般ニ課税シ之ヲ海外ニ輸出シ其利ヲ収メテ以テ財政ヲ助クベシ老中曰ハク貴説當レリ只憾ム我邦ノ制度之ヲ許サヾルヲ况ンヤ方今ノ國情トシテ幕府獨リ其費用ヲ負擔セザルヲ得ザルナリ今ヤ凡百ノ費途陸續蹤ヲ接スルノ日於テ造船所設立費百萬弗ヲ支出スル其計實ニ容易ナラズ貴下既ニ説アリ願クハ國産ノ生絲ヲ以テ此費ニ充ツルヲ得シ公使曰ハク可ナリ然レドモ貿易ノ事タル須ラク先ヅ其始メニ愼重ナルベキヲ要ス彼我ノ間若シ猜疑ヲ懐ク如キアラバ延ヒテ國際上ノ平和ヲ破ルニ至ルモ亦未ダ知ルベカラズ故ニ貴邦モ亦宜ク吏員ヲ英佛各國ニ置キ其市場ノ商機ヲ計リテ輸出物ノ糴賣ヲ爲シ以テ國利ヲ増進スベシト因テ詳カニ海外ノ商况ヲ指陳ス財政ノ議既ニ了リテ更ニ造船所構造の圖案ヲ披キ其設立ノ方法ヲ論ジ且其工事ノ整頓ヲ期スルガ爲メ明年理事官ヲ佛國ニ派遣シ其政府ノ承諾ヲ得テ我造船所ノ需用《技手工手ヲ雇入レ機械物品ヲ購買スル類》ヲ完全スベキ條款ヲ審議セリ

 慶應元年紀(元治二年乙丑四月十六日慶應ト改元ス) (五頁)

正月幕府ハウエルニーノ上海ヨリ來着スルヲ以テ佛國公使及我老中以下諸員ヲ集メ造船所設立方案ヲ議定セシム是ニ於テ公使ハウエルニーヲシテ客歳以降今日ニ至ルマデノ間ニ議定シタル要旨ヲ逐次條記セシムルコト八節即チ横須賀製鐵所設立原案是リナリ其撮譯左ノ如シ

 横濱製鐵所建築竣工 (三十九-四十頁)

八月二十四日横須賀製鐵所ノ建築竣工ス委員小栗上野介以下之ヲ檢視セシ後直チニ工作機械ノ据付ニ着手セシメ九月下旬ヲ期シテ之ヲ完成スベシト命ゼリ而シテ曩ニ工業材料購入トシテ上海ニ派遣セル首長ドロートルノ歸期九月下旬ニアリ且職工雇入順序其他各件ノ規則書ノ如キモ過般ドロートル之ヲ制定シタルニ因リ工塲ノ準備全ク九月中ニ整頓セバ製鐵所設立原案第一節及第二ニ據リテ工塲直チニ艦船修理ノ事業ニ着手セントス然ルニ數名ノ委員交互ニ其事務ヲ執ルトキハ錯雑ノ憂アルヲ以テ九月十八日委員連署シテ専任官一員ヲ置ンコトヲ上講ス幕府即チ在横濱ノ委員栗本瀬兵衛ニ横濱製鐵所専任ヲ命ズ時ニ九月二十日ナリ次デ十二月十日西丸留守居竹内下野守ヲ以テ瀬兵衛ニ代ハラシム爾後亦屡々其専任官ヲ更迭セリ

 始メテ製鐵所奉行一色攝津守ノ任命 (七十八-七十九頁)

十二月二十九日幕府始メテ製鐵所奉行ヲ置キ寄合一色攝津守ヲ奉行ニ同古賀謹一郎ヲ奉行並ニ任ジテ本所百般ノ事務ヲ統轄セシム初ノ首長ウエルニーハ本所ノ事務ノ景況ヲ視察シテ意見ヲ小栗上野介ニ陳ベ自今本所ニ全權委員ヲ置キ以テ諸般ノ事項ヲ總理決行セシムルヲ要シ又所内ノ事務ハ取締會計建築及倉庫ノ四課ニ分チ屬僚ヲシテ之ガ分擔ノ責ヲ明カニシムベシト請ヘリ是ヨリ先ニ出張委員竹内下野守ハ病ヲ以テ職ヲ辭シ軍艦奉行並土岐肥前守代リテ其後任ニ就キシガ是ニ至リテ幕府ハウエルニーノ説ヲ容レ新ニ製鐵所奉行ノ官職ヲ置キ其翌晦日製鐵所掛若年寄立花出雲守ヨリ首長ニ通報シ且自今攝津守、謹一郎ト諸事ヲ協議シ彼ノ四課設置ノ如キモ之ト塾議スベシト訓令セリ
十二月晦日在巴里府日本代領事フロリヘラルドハ技術士ルツサンチ三箇年期ヲ以テ横濱製鐵所首長月給三百弗ニ雇入ル、コトヲ條約セリ

 慶應三年紀 (七十九頁)

正月四日製鐵所奉行ハ舊臘二十九日 天皇崩御ノ布告ヲ受ケ即日之ヲ所内ニ布達セリ

 内國製木液及瀝青ノ改良 (八十六頁)

六月七日製鐵所掛勘定奉行小栗上野介ハ首長ウエルニーノ意見書ニ據リテ内國製ノ木液及瀝青《チヤン》ヲ改良シ以テ我ガ需用ヲ充足セシメント欲シ屬僚増田多録郎ヲ横須賀ニ派遣シ首長ニ就テ其製造ノ傳習ヲ受ケシム多録郎ノ此選ニ當レルハ安政年中伊豆國君澤郡戸田村ニ於テ露人ガ「スクネール」船ヲ起工セシトキ瀝青製造事業ニ關與シテ稍々其製法ニ通ズルヲ以テナリ爾來多録郎ハ此法ノ傳習ヲ受ケテ十一月中其製品ヲ携ヘ歸府シテ成功ヲ告グ是ニ於テ上野介ハ翌年ノ春更ニ木液及瀝青ノ製造事業ヲ興シ以テ其初望ニ副ヘンコトヲ期シ十一月十七日之ヲ首長ニ報ジ併セテ其傳習ノ勞ヲ謝セリ

 明治元年紀 王政維新製鐵所明治政府ノ管掌ニ歸ス (九十一頁)

正月八日製鐵所掛海軍奉行京極主善正ハ首長ウエルニーノ供申ニ據リテ舎蜜掛ボエルヲ満期後更ニ二年間繼雇シ且之ヲシテ機械方傳習生ニ度量學ヲ教授セシメ其報酬トシテ月給五十弗ヲ増加セリ又製圖工長メラング製罐頭目ダビスニ月給各二十五弗ヲ増加シ及築造掛製圖職デスパーギユニ三月間ノ休暇ヲ與ヘテ清國福州造船所ノ事務ヲ處辨セシムルヲ裁可シ製鐵所奉行ヲシテ此各件ヲ執行セシム

 王政維新製鐵所明治政府ノ管掌ニ歸ス (九十一-九十三頁)

正月十三日製鐵所奉行ハ舊將軍徳川慶喜ノ昨十二日大坂ヨリ歸府セン旨ノ布告ヲ受ケ即日之ヲ所内ニ布達セリ是ヨリ先キ嘉永、安政中歐米各國ガ我邦ノ交通ヲ要請シ外交一タビ開クルヨリ彼ガ日新ノ文物ハ我ガ鎖國の舊習ヲ刺衝シ爲ニ人心危激國事多端其間幕府擧措ヲ誤リ海内ノ興情朝廷ニ歸向シテ時勢ハ遂ニ幕府ヲシテ自立スル能ワザルニ至ラシメタリ是ニ於テ將軍慶喜ハ客歳十月軍職ヲ辭シ政権ヲ奉還セント請フ朝廷乃チ舊臘九日ヲ以テ大政復古ノ詔ヲ發シ幕府ノ稱號ヲ停ム十二日慶喜京師ヲ發シテ大坂城ニ入ル二十五日朝廷慶喜ヲ召ス慶喜狐疑シ決セズ本年正月三日先ヅ其前衛ヲシテ鳥羽伏見ノ兩道ヨリ進ミテ京師ニ上ラシメントセシニ官軍關ヲ設ケテ之ヲ扼シ大軍ノ入京スルヲ許サズ應接數次結局戰端ヲ開キ官軍連勝シテ橋本驛ニ到ル六日慶喜夜ニ乗ジテ海路東下シ十二日江戸城ニ達ス是ニ於テ朝廷征東ノ師ヲ起シ終ニ大政復古ノ偉業ヲ立ツ是ヲ製鐵所ノ本年閏四月ヲ以テ明治政府ノ管掌ニ屬シタル因由トス

正月十九日舊幕府ハ曩ニ武州金澤藩米倉丹後守ニ命ジテ製鐵所ヲ護衛セシメシガ王師東征ノ擧アルヲ聞キ其不虞ヲ慮リテ更ニ佐賀藩主阿部駿河守ヲシテ共ニ本所ヲ護衛セシメ且此旨ヲ製鐵所奉行ニ傅達セリ 二月八日製鐵所奉行ハ首長ウエルニーノ供申ニ據リテ舊幕府ニ經伺シ警査掛マルタンニ月給十弗ヲ増加セリ 二月廿四日舊幕府ハ製鐵所掛海軍奉行京極主膳正ノ職ヲ免ジ勘定奉行服部筑前守ヲシテ製鐵所掛ノ事ヲ行ハシム

三月五日製鐵所掛勘定奉行及製鐵所奉行ハ舊幕府ノ旨ヲ承ケテ首長ウエルニーニ照會シタル公文ノ略ニ曰ハク我製鐵所設立ハ當初日佛兩國政府ノ允准ヲ經テ着手セシモノナレドモ現今我邦政府更迭大君屏居征東ノ官軍既ニ凾根ヲ越ヘテ横須賀ノ近傍ニ到レリ其製鐵所ヲ待ツ果シテ如何ナル處置ニ出ルヲ知ラズ故ニ暫ク工業ヲ中止シ雇佛人ハ悉皆横濱ニ退去スベシ元來本件ハ貴國全權公使ロセス氏ニ照會スベキモノナレドモ氏ハ今兵庫港ニ在ルヲ以テ直チニ貴下ニ通報ス云々ト首長ハ此通牒ニ接シテ之ヲ公使ニ急報ス公使モ亦倉皇横濱ニ歸リテ舊幕府諸員ト會議シ以爲ク製鐵所設立ハ佛國政府ノ擔保スル所ニシテ外國艦船ノ工事モ亦之ニ關スルヲ以テ固ヨリ中スベキモノニ非ズ故ニ雇佛人ハ依然其全數ヲ擧ゲテ之ヲ使用シ日本ノ職工ハ一時其人員ヲ半減シテ物情ノ鎭定スルヲ待ツベキヲ良トス且佛國軍艦「カンシャンツ」號ヲ横須賀灣ニ置キ以テ雇佛人ヲ保護スベシト諸員皆此議ヲ可トシ同月十九日之ヲ製鐵所奉行ニ傅達セリ二十一日首長ハ其状ヲ佛國海軍大臣ニ報告シ併セテ幕府顚覆ノ際工業費ノ繼ガズシテ頗ル困難ヲ致セル状ヲ通信セリト云フ

 横須賀及横濱製鐵所ヲ抵當トス(九十三-九十四頁)

三月九日舊幕府ハ其顚覆ノ際ニ當リテ財用給セズ爲メニ在横濱佛國共同會社及佛國郵船會社ニ交付スベキ金額五十萬弗ノ支出延滯シタルヲ以テ横須賀及横濱ノニ製鐵所ヲ抵當トシ西暦千八百六十八年三月一日《我明治元年二月八日》ヨリ七箇月間ニ元利ヲ償却スベキヲ議決シ外國掛川勝近江守會計掛成島大隈守ハ共同會社代理人ヒツゲー及ワツソールト條約書ヲ交換セリ

三月九日製鐵所奉行ハ首長ウエルニーノ供申ニ據リテ舊幕府ニ經伺シ頭目以下各工前期増給後更ニ六箇月ヲ越ヘテ勉業スル者即チ船工頭目レオスチツク運用方頭目リツシヨニー左官頭目ユード石工頭目アンケチール製罐職ルエラー錬鐵職サランノ六名ニ月給各十弗ヲ増加シ製帆頭目ピラール機械副頭目マンジュ製罐職コンスタンタン船工兼製圖職バスチヤン鑪鑿職シヤツベー同クレヌー錬鐵職ミツシヨー鑄造職ブロン同グリボー製罐職コラー同スーデー填隙職ゴルデ子ー及横濱製鐵所鑪鑿頭目メーグルノ十三名ニ月給各五弗ヲ増加セリ

三月二十四日製鐵所奉行ハ首長ウエルニーノ供申ニ據リテ舊幕府ニ經伺シ客年解雇セシルブーシエーノ代員トシテ佛國人リユシヤニーヲ機械職月給五十五弗ニ雇入ルゝコトヲ條約シ且同日首長ヨリ整飾飾ゲルトラウンノ死亡届ヲ受ケテ舊幕府ニ届出タリ

 横須賀江戸間毎週定期小滊船航海 (九十四-九十五頁)

三月製鐵所奉行ハ首長ウエルニーヨリ昨年中起工シタル小滊船落成ノ報告ヲ受ケテ舊幕府ニ經伺シ此新船ヲ以テ毎土曜日江戸ニ渡航シ毎月曜日横須賀ニ歸港シ以テ兩地直航ノ便ヲ開カントス乃チ同月二十八日之ヲ首長ニ傳達シ來週ノ土曜日ヨリ實行セシム

四月九日製鐵所奉行ハ首長ウエルニーノ供申ニ據リテ舊幕府ニ經伺シ横濱製鐵所頭目トロテルニ月給十弗ヲ増加セリ

四月製鐵所奉行ハ不日横濱製鐵所ヲ舊幕府ヨリ新政府ニ引渡シ次デ本所ヲモ引渡スベキ都合ニ付之ヲ首長ウエルニーニ通告セリ

 製鐵所授受ノ詳細 (九十五-九十六頁)

閏四月朔日新政府ハ神奈川裁判所長官東久世中將通禧、鍋島侍從直大ヲシテ横須賀製鐵所ヲ舊幕府ヨリ受取ラシム是ニ於テ通禧、直大ハ此日判事寺島陶藏宗則、井關齊右衛門盛艮以下ノ諸員ヲ率ヒ佛國軍艦ニ搭ジテ横濱ヲ發シ直航シテ横須賀ニ到ル舊幕府製鐵所奉行並新藤鉊藏以下之ヲ迎フ通禧等ハ製鐵所ノ點檢ヲ了シテ即日横濱ニ歸ル乃チ屬僚製鐵所掛河久保忠兵衛、福岡喜四郎、近藤豊太郎、横井孝之助、大脇佐兵衛、永山富太郎ヲ留メテ事務受繼ニ着手セシム製鐵所ガ新政府ノ管掌ニ屬セシハ實ニ此時ヨリス其際引渡ノ本所經費書舊幕府官吏姓名録、其他土地家屋及造船工程費額ノ摘要左ノ如シ

 横須賀横濱兩製鐵所經費
一洋銀二百四十萬弗《一箇年六十萬弗ツ・四箇年分佛國政府ニ約定セシ目當高》

   内

 慶應元年乙丑八月起工ヨリ本年度戊辰三月至ルマデ機械物品ノ買上代價併ニ造船、造家、土工ノ費用其他雇佛人ノ給料職工人足ノ賃錢各經費支拂ノ分
八十三萬千五百七十五弗五十九仙
 現今ヨリ落成ニ至ルマデノ目當高ナリ然レドモ製鐵所起工以來物價騰貴ニ付概略一箇年分ノ經費即チ六十萬弗内外不足スベキ見込
外ニ
 米二千三百九十俵
 役金手當金八千六百三十八兩一分
  製鐵所奉行以下官吏四十五名一箇年支給高
   但製鐵所奉行以下特高ハ算入セズ (『横須賀海軍船廠史. 第1巻』)

引用・参照

『横須賀海軍船廠史. 第1巻』横須賀海軍工廠 編 (横須賀海軍工廠, 1915)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 『横須賀海軍船廠史. 第1巻』 - 2018年12月24日 23:15

 「緒 言」

此書ハ當廠ノ沿革及事業ノ經過ヲ叙述セルモノニシテ題シテ横須賀海軍船廠史ト謂フ盖シ本廠ハ我海軍ノ現管スル造船所中最古ノモノニ屬シ其創設ハ慶應元年徳川幕府ノ時ニ在リ爾來屡々所管ヲ轉シ又幾回カ名稱組織ヲ改メ以テ今日ニ迨ヘリ而シテ年所ヲ閲スルコト方ニ半世紀其間連綿斯業ヲ續行シ建造艦船ノ數百二十餘隻ニ上ル故ニ此書ハ横須賀船廠ノ沿革史タルト同時ニ海軍造船史ノ一部ヲ成スモノナリ今茲創立五十周年記念祝典ニ際シテ乃チ之ヲ刷行シ以テ關係各部ニ頒ツト云爾
          大正四年九月
                横須賀海軍工廠長
                   海軍中將 黑 井 悌次郎

 「元治元年紀」

當時勘定奉行小栗上野介國事ノ日ニ非ナルヲ見テ窃カニ幕府ノ久立スベカラザルヲ推知シ以爲ラク今國帑ヲ無用ニ糜消センヨリハ寧ロ不朽の事業ヲ興シ幕府一日モ存スルノ責ヲ盡クスニ若カズト乃チ首トシテ異論ヲ排撃シ竟ニ造船所新設ノ議ヲ成立セシメテ百萬ノ巨資ヲ國事紛亂府庫空乏ノ餘ニ出セリ我海國ニ必須ナル事業ノ振與シタルハ上野介ノ力與カリテ多キニ居ルト云フ此時ニ當リ我邦工藝未ダ開ズ造船事業モ亦歐米各國ニ就テ其模範ノ敵從スベキ所ヲ知ラズ偶マ横濱駐剳佛國全權公使レヲン、ロセスハ其主拿破侖第三世ノ意ヲ承ケ東洋ニ於テ一強援ヲ得ンコトヲ圖リ頗ル幕府ノ爲メニ畫策スル所アリ且其人ト爲リ稍々巽順ニシテ他國公使ノ桀傲不遜屡々恐嚇手段ヲ以テ我ヲ要スルガ如クナラザルニ因リ即チ小栗上野介及目付栗本瀬兵衛オシテ就テ造船所設立方方案ヲ諮詢セシム《瀬兵衛曩ニ凾館ニ在リテ日本語ヲ佛人メルメデ、カシュン ニ授ケタルコトアリシガ此時職事ヲ以テ横濱ニ在リカシユンモ亦公使館書記官ニ擧ゲラレテ同港ニ居レリ故ニ公見ノ餘屡々舊事ヲ叙デ、終ニ公使と相識ルニ至ル幕府乃チ瀬兵衛ヲシテ公使ニ請フテ横濱碇泊佛艦ノ工手ヲ傭役シ以テ滊船翔鶴號ノ修理ヲ管掌セシム瀬兵衛軍艦奉行木下謹吾ト共ニ工事ヲ督勵シ六旬ニシテ成ル故ニ此命アリト云フ》是ニ於テ公使ロセス之ヲ横濱滯在ノ艦隊司令長官ジヨーライス以下諸氏ニ謀リ後復命シテ曰ハク造船所ノ設立ハ海軍興張ノ基礎以テ輕忽其方案ヲ畫策スベカラズ故ニ今日先ヅ施行スベキモノハ一ノ小工場ヲ横濱ニ起シテ目下艦船修理ノ用ニ供シ併セテ貴邦人民ヲシテ専ラ西式工業ヲ習知セシムルニアリ貴邦果シテ此計畫ニ出デバ其事業ヲ統理スルガ如キハ本港碇泊軍艦機關士ジンソライ及士官ドロートルヲシテ其命ニ應ゼシムベシ是レ艦隊司令長官ノ豫メ肯諾スル所ナリ而シテ造船所設立ニ至リテハ主任其人ヲ得テ百事ヲ擔当セシメザルベカラズ外臣ロセスノ主トシテ貴邦造船所ニ望ム所ハ現今本港碇泊「セラミス」號ノ如キ堅艦ヲ製出スルニ在リ本艦ハ前日小栗氏ノ熟視スル所ニシテ竣成ノ後茲ニ八年ヲ經ルモ船体完全毫モ朽損ノ痕跡ナキハ實ニ其主任技監セスデールノ伎倆ニ長ズルヲ以テナリ貴邦モ亦宜ク主任ヲ得テ之ニ委托セザルベカラズツーロン造船所技監デリーセビスノ如キハ現ニ其人ナリト雖モ本國政府ノ之ヲ肯ゼザルヤ知ルベシ技士フランソアーレオンス、ウエルニー《ウエルニーハ西暦一千ハ百三十七年佛國オーベナウル、デシュニ生レ「エコール、ポリテクニツク」大學校ヲ卒業シ此時海軍大技士タリ》ハ學術最優ニシテ其技能以テ此事業ヲ委托スルニ足ル渠曩ニ本國ノ命ヲ承ケ近ク清國上海ニ在リテ砲艦製造ニ從事シ今其工ヲ竣ヘテ將ニ歸途ニ上ラントス貴邦果シテウエルニーヲ採用スルノ意アラバ外臣書ヲ馳セテ其上途ヲ止メ之ヲ上海ヨリ招致スベシ且貴邦ノ西式造船所ヲ起スヤ抑々創業ニ屬スルヲ以テ若シ任用其人ヲ得ザル如キアラバ濫費實ニ測ルベカラズ外臣ロセスヲシテ之ヲ斡旋セシメバ誓ヒテ其幣ヲ受ケシムベカラズ以テロセスガ少壯ヨリ名ヲ好ム利ヲ好ムニ過グルモノアルヲ徴セラレヨト是ニ於テ幕府議ヲ定メ造船所及製作所ノ創立事項ヲ擧ゲテ一ニ佛國公使ロセスノ斡旋ニ依ルベキモノトシ老中水野和泉守阿部豊後守諏訪因幡守ヲシテ奉書ヲ以テ其旨ヲロセスニ傳ヘシム是ヲ横須賀製鐵所設立ノ濫觴トス實ニ元治元年《甲子》十一月十日ナリ

引用・参照

『横須賀海軍船廠史. 第1巻』横須賀海軍工廠 編 (横須賀海軍工廠, 1915) 「緒 言」・「元治元年紀」一 - 三頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 幕末の英傑小栗上野介を偲ぶ:横須賀海軍工廠創設の由来 - 2018年12月23日 22:39

     本書の發行について

 小栗上野介の最後には、誠に悼むべきものがあったことが窺はれる。徳川幕府末期、幾多の要職にあった身でありながら、上州の權田河原に引き出されて斬に處せられ、剰えその首級と胴體を異にして埋められたといふが如き、武士の最後として、實に悲惨極まるものありといはざるを得ない。…小栗上野介の功業中、我國にとって最も重大なる意義を有する、横須賀海軍工廠の前身たる製鐵所の創立について、史実を明白ならしめようとするに過ぎない。
 小栗上野介のこの功業は、かくれて世間に傳はる處が少なくない。それは、彼が強硬なる長州征伐論者であった関係上、薩長を中心とする歴史の上では影が薄かったからだ、と唱える向きもあるが、必ずしもそうばかりとは限らないと思ふ。
 寧ろその主なる理由は、抑々海軍工廠は、艦艇兵器機關の造修を司る處である。從ってその機能の完備如何は、現有の艦艇兵器の能力と相俟って、海軍兵備の物的二大要素であるに拘らず、世人動もすれば、後者を知って前者の重視すべきを閑却傾向が失せないのと同時に、問題が海軍に關する事柄である關係上、汎く一般に傳はり難かつたからであろうと思われる。
 尚又、かの幕末財政窮乏の際に於て、幾多の異論を排し、製鐵所の建設に巨費を投じたことに對しては、之を當時の經濟状態に鑑み、『せめて土蔵附賣家』といふ點を捉へて、論議を挿むものがあるために、折角の功業を幾分不鮮明ならしめてゐる嫌いがあるからであらう。
 さりながら、功業は功業である。本書は、此等の論議を捉へて、それをこゝに究明しようとするものではない。全然看點を異へて、彼の英斷よく巨費を投じて製鐵所の創立に當つた結果、之が礎となり果を今日に結んで、遂に我國が今日の如き偉大なる海軍を保有するに至つたものであるといふ事實を、鮮明ならしめようとするものに外ならない。
 從つて本書収むる處は、編者の言の如く、私見でなくして、單なる資料の蒐録である。この點、讀者の意を充すに足りないものがあらう思はれるが、それを知りつゝ尚且つ資料の蒐録に止めたのは、かくすることが、史實を明らかならしむる所以であると信じたからである。
 かくして出来上がつたこの小冊子が、幾分でも、幕末の英傑小栗上野介の我海軍に對する功業を偲ぶ所縁ともなるならば、又以て聊かたりとも、地下の英霊を慰むるを得ん……か?、これ敢へて本書を發行して、江湖に頒たんとするに至った所以である。

 昭和九年晩秋
       マネジメント社 矢持輝治

     自  序

 私は、貮拾有餘年の海軍生活中、約二ヶ年の間、横須賀海軍工廠に勤務したことがありました。その當時、この工廠の前身は、徳川幕府の製鐵所であつて、時の勘定奉行小栗上野介の卓見に依つて、幕末財政窮乏の折柄にも拘らず、國防上一日も忽にすべからざる緊急施設として創設されたものであるといふ經緯を詳かにすることが出來ました。次で、昭和三年の頃、蜷川博士著『維新前後の政争と小栗上野の死』と題する著書が出たので、大いなる興味を以てその本を讀むに及んで、上野介の概貌を知り、又その他の文献を散見してまして、彼が時勢の洞察力に富み、一身一家の利害を顧みず、所信に邁進する剛直の烈士であつたことに對して、深く畏敬すると同時に、その最後は、あまりにも悲惨であつたことを悲んだ一人でありました。
 ところが、先般、知友矢持氏から、小栗上野介の菩提寺である普門院にその招魂碑が建設せられるから、この機會に上野介の海軍に對する功績について、一層詳しく調べて貰ひたいといふ依頼がありましたのが縁となつて、先月末大宮町在の普門院に赴き、阿部住持から親しく話を聞くに及んで、益々この企てに共鳴した譯であります。
 然し私は、茲に更めて上野介論を試みようとは思ひません。只横須賀海軍造船所の創設を中心として、上野介の功績、人格、識見等を偲びたいと思ひ、菲才圖らずも、大急ぎで筆を採つた次第であります。從つて、本書に記したところは、統一もなく連絡もない抜書であります。尚又、私は、上野介の創意に依つて出來上がつた、横須賀海軍工廠が、以來大に發展して、世界に誇る大日本帝國海軍の代表的工廠となつて、最早十數年前に、世界の驚異となつた、かの戰艦陸奥や、現代科學の粋を集めた、精巧無比の兵器機關を製造し得るに至つたことをその創設者であつて、悲惨な最期を遂げ、しかも今日まで慰められることが少なかつた彼に對して報告するのは、海軍に奉職した私の義務であり、且は又、これが彼の靈魂を慰むるよすがともなりはしないかと思ふものであります。
 尚本書に對し、題字及序文を賜はりましたのに對しては、私の最も光榮とするとこであります。又卷頭の寫眞其の他、重要なる資料を提供せられた横須賀海軍工廠總務部長中島海軍大佐の御厚意に對して、深く御禮を申し上げる次第であります。

          昭和九年十一月八日 觀菊御會に
                     御召を賜はりたる日
                              編 者 識

     お断はり

上野介は軍艦奉行や海軍奉行として幕末海軍の功勞者であるから、海軍全般との關係を述べるのが適切であつたかも知れない。然し、彼の偉業として殘つたのは、何といつても横須賀造船所の創設であるから、此處には横須賀造船所創設を中心としての上野介を紹介するに止めた。然しこれが爲に彼の氣宇、抱負を少にするものでは斷じてない。蓋し、造船所の創設は、海軍の基礎的施設であるから、寧ろその遠大なる抱負を窺ふべきである。

    石 原 生

(『幕末の英傑小栗上野介を偲ぶ : 横須賀海軍工廠創設の由来』「本書の発行について」他 1-8頁

引用・参照

『幕末の英傑小栗上野介を偲ぶ:横須賀海軍工廠創設の由来』石原戒造 編 (マネジメント社, 1934)「本書の発行について」他 1-8頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 七 薩摩藩邸燒討と薩長討伐の作戦 - 2018年12月22日 17:03

 明治維新とは何ぞや――これに就て蜷川博士は斯う云つて居る。
 「若しそれが王政復古を指すものとすれば、王政復古はその前年(慶應三年十月十四日)將軍徳川慶喜が至誠報國の念を以て、自ら進んで大政を奉還した時すでに成就してゐる。從つてそれは明治維新ではなくて慶應維新の筈である。又もしそれが封建制度の廢止を意味するものとすれば、維新は明治四年になつて漸く實現したことになるではないか」
 これは事實であつて、廢藩置縣は明治四年になつて漸く行われた――つまりそれまで封建制度が存續してゐたと云ふことは、頗る腑に落ちぬ話なのである。當然王政復古と共に行はれなければならぬ封建制度の廢止が、故なくして明治四年まで遷延されてゐたと云ふことは蜷川博士に指摘されるまでもなく、奇怪な事だと思ふのである。なほ博士は同じやうな論法により、「では、戊辰の年(慶應四年、明治元年)に於ける江戸城明渡しを以て維新と云ふか。が、これは幕府にあらざる一徳川氏の降伏であつて、幕府は既にその前年王政復古と共に消滅してゐるのである」
 これは理論上、慥かにその通りであつて、何等疑惑を挟む餘地がない。然し「然らば王政復古を生ぜしめた者は何人であるか、徳川慶喜その人である」と、宛ら王政復古を慶喜一人の手柄に歸せしめるやうな口吻を漏してゐられるのには同意し難いのである。慶喜が時勢の抗し難きにより恭順したか、或はまた「至誠報國の誠」を以て政権を返上したか、それ等の事は輕々しく論斷され得べきことではないと思ふのである。また、彼が、「武力壓迫を現實に他より受けた」のではなく「自ら進んで」大政を奉還したことことも事實であらう。然し、四圍の情勢を見て、機先を制して打つた一手であるとも取れぬことはないのである。
 處で、それよりも感心出來ぬのは、岩倉、西郷、大久保等の取つた態度だ。慶喜に大政を奉還されたのでは討幕の口實がなくなると云ふので、なほ内大臣の官を辭し、徳川氏の領土全部を返上しろと強要するに至つては全く惘らざるを得ない。
 これが大政を奉還した以上、幕府は消滅したのだから、同時に封建制度を全廢して、天下の諸侯一齊に幕府から頂戴してゐる封祿を返上すると云ふのなら條理も通るし、またさうなくては叶わぬ處だが、當時の藩主は誰一人、そんなことを考へてはゐなかつたのである。三百年來私有して來た領土から離れる氣にには却々なれぬのも無理はない。かう考へると封建制度の廢止が明治三年まで延びた譯も容易に頷かれやうと云ふものである。
 大分話が傍路へ外れたが、こんな事情から西郷吉之助は慶喜に内大臣の辭退と領土返還を迫るだけではなほ徳川の士を激せしむる足りぬと思つたか、同藩の益満休之助を江戸に下して市井無頼の徒五百名を三田の薩摩藩邸に集め、隊を作つて市中を横行し、公然、民家を掠奪せしめた。これが大衆文藝などでお馴染みの薩摩屋敷の正體でであつて、西郷は政略遂行からこのゲリラ戰術に出たものであつた。そして奪つた金は五十萬兩に上り、それを一々薩摩に送らせたと云ふのだから、西郷も相當心臓の強い男だつた。
 本来西郷の考へた手段は、慶喜の辭官納地問題で、大阪の舊幕府側と討幕派とが衝突した際、江戸市中を混亂させるといふ事にあつたのだが、何しろ相手は無頼の浪人共である。宛ら野盗も同然、一時江戸市中は全くの無警察状態と化したのだつた。
 その裡、正確に云へば十二月二十三日、十三代將軍家定の御臺所、天璋院夫人の住む江戸城二の丸から怪火が發した事件が起こつた。
 事爰に至つては幕府も便々と拱手してゐる譯にも行かなくなつた。そこで譜代大名と旗本中から有志を撰んで市中を警戒させたが、結局これら警備隊も實際は浪人を遠巻きにするのみで一向に効果は上がらず、浪人共の狼藉は日と共に加つて行つた。さうかうする裡、またまた庄内藩の詰所に發砲し役人を殺傷した事件が勃發したので、流石の幕府も最早これまでと堪忍袋の緒を斷つて薩摩屋敷燒討を決行することとなつたのである。この急先鋒となつたのが餘人に非ず小栗上野その人だつた。
 もともとこの事件に對して最初から強硬論を主張して歇まなかつた小栗は、いざ焼討決行となると先ず彼が先頭に立つて、討手の者の指揮に當つた。
 深夜を利して焼討をかけたことや、薩摩屋敷の三方を包圍し、たった一つの海に面した個所だけを開きおき、一擧に攻め立てた戰法など、みな小栗の作戰したものだつたのである。この事は餘り世間に知られて居らぬ。この結果は御承知の通り六十餘名の浪士が辛うじて品川沖に逃げ、薩摩艦翔鳳丸に乗つて海路關西方面へ逃れたのみで、益満始め大半は捕へられた。
 この焼討事件と云ひ、鳥羽伏見の役直後、小栗が強硬に主戰論を主張した折、その作戰計畫の洵に驚嘆すべきものがあつた事などを徴してみて、小栗上野と云ふ男は軍略家としても尋常一様でない智謀を蔵してゐたと云ふことが看取出來る。これに就いては後に詳しく述べる心算であるか、薩摩屋敷焼討の際執つた戰法にしろ、半可通の軍略家など足下へすら及びもつかぬ實に名戰略だつたのである。當時の模様を詳しく紹介することは紙面の都合で不可能だから茲では割愛するが、事實これには當時の専門家の間でも私かに舌を巻いてゐたと云ふ話が殘つてゐるのだ。
 だが、よく考へてみると不思議である。小栗上野は専門の軍事家ではない。その彼がどうしてこれだけの立派な戰略を案出し得たのであらうか。こゝに疑問が生じるが、材料を明かせば成程と簡單に首肯され得るのである。
 彼が焼討ちに用ひた戰略は三兵傳習のためフランスから呼んだプリユーネと云ふ大尉の作戰計畫であり、戊辰の際に於ける戰略は同じやうに佛人シャノアユとかプリユーネなどの考へを参酌して作り上げたものなのである。
 樂屋話をすれば何でもない事だがこれも偏へに小栗の研究心が凡ゆる方面に動いてゐたと云ふ證左であつて、全く油斷も隙もならぬ才物であると云ふ感を深からしめるばかりなのである。然らば、薩長討伐の作戰計畫と云ふのはどんなものであつたらうか。
 鳥羽伏見の役後、江戸に逃げ歸つた慶喜は恭順か一戰か、その去就迷うてゐた。御前會議の席上、強硬に開戰論を主張した小栗が慶喜の袖を捉えて、彼の決意を促した時、それまで決心のつき兼ねてゐた慶喜も餘り小栗の言の熾烈なるに動かされ、開戰論の方へ一時傾きかけたのである。處が、一夜明けて翌朝になると、またしても慶喜の心は一轉して恭順となつた。實際、これには慶喜も眞剣に悩んだらしい。この事は慶喜自身が書き残してゐる。
 それは偖おき、小栗の作戰計畫なるものに移らう。當時、薩長方の海軍と云へば、土佐藩や佐賀藩、それに薩摩の貧弱極まる海軍があるのみであつたに反し幕府方の海軍は當時既に日本國中、他に比肩すべきもののない有力なる新鋭艦「開陽」があり、その他合して全部で三千餘頓の軍艦を擁し、砲は二十六門を有した。これを統率するものは洋行歸りの榎本武揚である。海軍力の懸隔は甚だしいものがあつた。
 小栗は之等の軍艦をして、先づ駿河彎に於て掩護物のない海岸を進んで來る相手方の密集部隊を砲撃せしめ、完全にその退路を遮斷する。すると、これに依り東海道を進み來る敵は一朝にして壊滅すること疑ひなく、前後の連絡は絶え、必然的に彈藥食糧は斷たれて了ふのであつた。更に一部の海軍を以て神戸、兵庫方面に向けしめ、重ねて薩長軍その他の退路を遮斷し、他との連絡を絶對的に斷たしめて了はうとしたのである。
 陸軍の方になると、小栗にとつては更にお手のものだつた。佛軍人の教官により教練させてゐた歩騎砲の文明式軍隊があり、これ等數千人の兵隊に最新式の武器を授け、敵を箱根以東にまで誘い寄せて、一撃のもとに之を粉砕する。敵は背後の連絡を海軍に依つて斷たれて了ふから援軍を求める方法がない。小栗は敵を袋の鼠として全滅させんと計畫したのである。斯くする間に九州の不平分子(例へば熊本の川上玄齊等)が起こつて薩軍の虚を衝くであろう。これが小栗の取つた作戰計畫の概略であつた。その上、この戰費は小栗唯一人責任を以て調達しようと言明してゐるのである。鬼に金棒とは將にこの事であらう。
 當時、幕府とは密接な關係にあつた佛國公使ロセスは、無論そこには政略的意味はあつたろうが、小栗その人に非常に肩を入れてゐたのである。そこで小栗は豫ロセスをを訪ね、薩長討つべしと私かに洩した處、ロセスは即座に、軍艦も必要とあらば貸してもよい、云ふ頗る好意的な返答だつた。この事實はロセスより小栗に與へた文書に依つても明らかである。かうしたロセスの返事に、小栗は初めて開戰必勝の自信を得たのである。
 如何に小栗の唱へた作戰計畫が優れたものであつたにしろ、肝腎の軍用金がなければ戰は出來るものではない。ロセスと云ふ背後楯があつたればこそ、評定所に於て、あれだけ強腰に所信を披歴だきたのであつた。
 此處で疑問となるのはフランスの態度である。ロセスは無條件で援助しようと、表面上は云つてゐるが、こんな旨い話を頭から信じられる譯はない。裏には裏があつてのことだとは直ぐ看取出來やう。當時、日本に於ける英佛の對立は表立つてこそ衝突はなかつたものの、その利殖漁りに暗中飛躍は旺んに行はれ、明らかに英佛は對立して鎬を削つてゐたのである。
 イギリスは云はずもがな、薩長の尻を押してゐる。かうなればフランスとしては意地にも幕府に肩を入れなければならない。そして折あらば日本から英國の勢力を驅逐しようとして虎視眈々たるものがあつたのである。そこへお誂へ向きに小栗から相談が持込まれた。フランスが待つてましたと、好餌を示して小栗の觀心を得ようと努めたことは手に取る如く想像される。これがフランスの本當の肚であつたのである。
 勿論、前にも述べた如くこの作戰計畫が全部小栗一人の知嚢から絞り出されたものでないことは云ふまでもない。三兵傳習所の教官佛人シヤノーアンがこの作戰計畫に参與して重要なる役割を果たしてゐたのである。このシヤノーアンと云ふのは却々の人物であり、後本國に歸つて陸軍大臣にまでなつてゐる位の人物で、この男が小栗のブレン・トラストの一人であつたのだから、小栗にしてみれば、この一戰には餘程の自信があつたと思へるのである。
 處が幸か不幸か、小栗の進言は容れられず脆くも江戸城明渡しと云ふ結果になつたのであるが、萬一、彼の作戰計畫が實行に移されてゐたと假定したならば、維新史はどんな風に變貌したのであらうか、甚だ興味深い事柄であると思ふ。
 これが實現してゐたとすれば事實上の王政復古の大業は既にその前年に成つてゐた後なのだから天皇統治の下に遙かに速かに、慶應四年を以て日本の郡縣制度は確立されてゐたかも知れぬ。何等戰爭の惨禍を見ることなく、極めて順調に王政維新は成就され、幕府の斷行したる開國の外交は實を結び、明治初年は愚か今日に及んでもその弊害を殘す「藩閥政治」など全然生じなかつたであらうとさえ考へられるのである。
 處が、小栗の進言は徒労に終り却つてこれが災ひしてその職を剥奪されて了つた。幕政二百六十餘年の間、將軍家直々にに家臣の職を免じたのは後にも先にも小栗上野たヾ一人だつた。
 これを機會に小栗は野に下り、權田村に隠棲することになつたのだが、これが非業の最後を遂げる素因にならうとは誠に明日は暗の人生ではある。小栗をして、その天壽を全うさせたならばもつともつとどえらい仕事を後生に殘してくれたであらうに……如何に混沌その歸趨の測り知れぬ當時であつたにしても、これは餘りにも悲しむべき結果である。小栗の悲劇的最後はあらゆる意味で大いなる損害と云はねばなるまい。
 これは餘談だが、こゝに見逃せぬ事實がある。それは勝と西郷との一夕の會談と黙契に依つて江戸の町を兵火から救ひ、無事に江戸城を明渡したと云ふ有名な話、あれが實を云ふととんでもない嘘つぱちだと云ふことで、實際はかうなのである。
 西郷は飽くまで江戸を屠る決意の下に、味方の手負ひの手當てとして、横濱に病院を造ることを思ひ出し、英國公使バークスに洋を貸してくれと申込んだ。處がバークスは日本に於けるフランスとの勢力の均衡上、かねて中立宣言をしてゐた際だからその乞ひに應じない許りでなく、若し官軍が恭順中の前將軍を攻撃するやうなら、こちらにも覺悟があるぞと威嚇した。
 これには有繋の西郷も弱つた。と云つて今更外國のの威嚇に依つて攻撃を中止する譯にも行かない。進退に窮してゐ處へ、折よく勝安房が訪ねて來たので、渡りに舟と相手の申込みに應じたと云ふのが眞相である。
 こんな譯だから所謂御用史家の手になつた歴史位アテにならぬものはない。一代の風雲兒小栗上野を逆賊呼ばりするのもこの一派である。逆賊か忠臣か、久しく議論の的となつた小栗上野の眞の價値はこの小文だけでも十分に窺ひ知ることが出來ると信じる。
 要するに、小栗上野介は日本の海外貿易發展のための一大先覺者であり、また經濟組織を根本から改めた稀代の財政家であると同時に、外交上にも軍事上にも赫々たる偉業を成し遂げた功勞者であつた譯である。
 今日の非常時局下に於て、如何に我が國の政治家に人なきかを痛感する時、幕末に於ける偉大る爲政者小栗上野介の上に想ひを走らせ、うたゝ感慨なきを得ないのである。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」104-139頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 104-139頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上野介の官歴 - 2018年12月21日 22:37

 『開国起源.下』

 安政六未年九月目付稱又一同年十一月諸大夫万延元申年正月米國奉使二百石加増同年十一月外國奉行文久元酉年七月辭同二戌年三月寄合より小姓組番頭同年六月勘定奉行勝手方同年閏八月町奉行同年十二月勘定奉行歩兵奉行兼帶同三亥年四月辭同年七月寄合より陸軍奉行並同月辭元治元子年八月寄合より勘定奉行勝手方同年十二月軍艦奉行同二丑年二月免職慶應元丑年五月寄合より勘定奉行勝手方同二寅年八月海軍奉行並兼帯同三卯年十二月陸軍奉行並兼帯同四辰年正月免職(『開国起源.下』「開國起原附録 職名録」27頁)

 小栗上野介は、外國奉行、町奉行、軍艦奉行、歩兵奉行、勘定奉行等を勤めた人であつた。此等奉行は、當時の國法上、國家の重要の官職であつた。大臣とか長官とか云ふ志那式の六ケ敷文字は使用せざりしも、奉行は中央政府にありて、日本の國政を司るものであつた。然り確かに是れ三百年來の國法に由る純日本式の獨創的官命であつた。小栗上野介は、其九年の仕官の一生の中に、七十餘囘も職を動いたと傳へられる。自己の利益の爲めに、其椅子を守るが如き、世渡り上手の卑劣な人物ではなかったこと、之れによりて知らるる。而して国家として是非とも用ひられざる可らざる重要な能臣であつたことも、之れにて亦好く窺はるヽ。(『維新前後の政争と小栗上野の死』「九 小栗上野介の家筋と其履歴」120-121頁)

引用・参照

『開国起源.下』 勝安芳 著 (吉川半七, 1893)「開國起原附録 職名録」27頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)

『維新前後の政争と小栗上野の死』法学博士 蜷川 新著 昭和三年九月十六日発行 九月十七日再版印刷発行 日本書院「九 小栗上野介の家筋と其履歴」120-121頁)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 郷土読本 群馬県教育会編 - 2018年12月20日 14:04

 三八 小栗上野介忠順

 小栗上野介忠順通稱は又一、任官して豊後守と稱し、後上野介と改めた。幕末に於ける幕府の高官であり郷土を飾るに足るべき一偉才である。
 忠順は、天賦の卓識を以てよく大義を解し、又よく財務に通じ、西洋の學問技術にも造詣が深かつた。ために、井伊大老に認められ、安政七年正月、日米條約交換のため使節を派遣するに際し、外國奉行新見豊前守正興は正使、村垣淡路守範正は副使、忠順は監として渡米した。これが三十三歳の時であつた。 (画像:小栗上野介肖像)
 萬延元年歸朝し、其の十一月外國奉行に擧げられ、幕府の命を受けて勝安房守(海舟)等と共に歩・騎 ・砲の三兵制を編し、始めて洋式兵制の基礎を作つた。文久二年勘定奉行の要職に任ぜられ、陸海軍奉行を兼務するに至つたので、外交・財政・兵制等について、鋭意晝策盡瘁する所多かつた。即ち米國に於て金銀量目の比較に注意した其結果は、歸朝後忽ち小判の價格を上せて三倍餘に引き上げたことや、又内海砲臺の巡視をなし、横須賀造船所を創設し、盛んに彈丸の製造、兵器の鑄造をなし、多量の鐵材を要する上から、北甘樂郡なる小坂鐵山を開掘したことなど、皆忠順の卓見に外ならぬのである。其の他幕府の財政整理の必要上、種々の大改革を斷行した。
 忠順は、性剛直にして職務に勉勵し、能く衆の堪へぬところに耐へ、其の施設は頗る積極的であつたので、保守的の人々から甚だしく嫉視せられ、終に所謂衆怨の府となつたのである。しかしながら、忠順は、世の毀誉褒貶には耳をも假さず、先ず薩・長軍を討滅し、幕府の手を以て郡・縣の制を布かうとし、慶喜が大阪から歸つた時、頻に開戰論を主張し直諫して退かず、慶喜が立つて内に入らうとしたので、裾に縋つて放さず、なほ強辯したため、慶喜怒つて直に解職を命じた。幕政二百六十餘年の久しい間將軍自ら命じて職を免じたのは、上野介一人だけであるといふことである。
 かくて、忠順は形勢日に非なるを以て、到底事の成就せぬを察し、明治元年三月一日、其の采邑なる群馬郡權田村(今の倉田村の大字)に退隠し、東善寺に寓居して、字觀音山の上に邸宅の建築を始めた。時に暴民(薩軍の廻し者であるとの説もある。)襲ひ來たり、忠順これが鎭撫に努めたが、四方を圍んで發砲したので、止むなく銃をを放つて之を防いだため、薩長方は、忠順反逆を謀ると揚言せしめ、高崎・吉井・安中三藩に命じて追捕せしむることとなつた。そこで、忠順は養子又一を高崎藩に遣して辯疎せしめたが、此の時、東山道總督の監軍原保太郎等到り、急に忠順を其の住所に襲ひ、主従六人を捕へ、三倉・水沼の村界なる烏川の磧に於て斬つた。此の際監軍は、忠順に對しては禮を厚うして其の縛を解き、朝命によつて斬首すべき旨を告げ、遺言の有無を尋ねたところ、莞爾として云ふには、「此の期に及び何をか申さん。ただ先に放ちやりし婦女子等は幸に寛典を仰ぐ。」と、顔色常の如く従容として死に就いた。時に明治元年閏四月六日。年四十有二。養子又一もまた翌七日高崎藩で斬られた。享年二十一。忠順の屍は、權田村民之を東善寺に埋葬し、又一の屍は其の舊領地群馬郡下齊田村(今の瀧川村の大字)に葬つた。
 大正四年、横須賀造船所開設五十年祝賀會を機とし、有志相謀つて、上野介の銅像を横須賀公園に建設したが、畏くも皇后陛下には、上野介が國家に貢献したことを思召され、其の建設費として御内帑金二百圓を御下賜遊ばされた。(『郷土読本』群馬県教育会編 187-191頁)

引用・参照

『郷土読本』群馬県教育会編 (煥乎堂, 1941)187-191頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗と共に斬首された家来は - 2018年12月16日 10:22

 『維新前後の政争と小栗上野の死』の中の「古文書の寫し」と
 東山道先鋒総督府の捨札等

 左記は、上州權田村の長老某氏の保有する古文書の寫しである。

       覺  書

 慶應三年辰年朔日、小栗上野介殿權田村ヘ到着ス、寛永年中ヨリ知行所タリ、小栗又一殿任官、小栗上野介殿御勘定奉行ト成御高貮千七百石餘ナリ

 上野五ケ村、下野貮ケ村、上總五ケ村知行所タリ、知行所權田村ヘ到著、主従皆到著、概略當時世間一般意外ノ不人気ニテ、博徒賊徒等徒黨シ、是ニ村々百姓相加ハリ、質屋穀屋物持強商人等ヘ押入リ、金銭穀物ヲ押借リ、質物ハ置主方ヘ返シ、寶物貴重品等ハ焼拂打損ジテ、追々近寄四方ヨリ集リ、慶應四辰年三月四日朝、賊徒博徒ヲ頭取ニ、隣村々ノ百姓加勢シテ、權田村八方ヲ取圍、八方ヨリ攻寄セ、鐵砲竹鑓大刀鎗棒皆夫々ノ道具ヲ携、時ノ聲ヲ上ゲテ攻寄セ、百姓與右衛門淺五郎治平忠兵衛源七市助八兵衛甚右衛門徳右衛門徳兵衛善四郎ノ十一戸外ニ、堂二棟ヘ火ヲ掛ケ、焼拂フニ依リ、小栗殿主従モ據ナク、鐵砲抜刀ヲ持テ、八方追拂ニ掛ル、凡ソ六千餘人ノ徒黨直ニ逃去リ、一陣地宮原源兵衛宅本陣故、是ヲ焼拂、宮原ハ大集合地故、五軒皆焼拂、追散、手向者源兵衛市右衛門首打取、其外六人切捨、引續テ川浦村岩氷村水沼村三ノ倉ヘ使者ヲ以テ尋問ス、今日ノ仕業、何ノ遺趣遺恨有哉否哉、速ニ答辯爲スベキ旨ヲ談示スル所、各村一同無法ノ申譯ナク、詫ヲ來タシ依テ和解トナルナリ

 小栗殿觀音山ヘ住居ノ目的ヲ以テ、慶應四辰年三月十日、地形建築ニ取掛ル、居宅素建三棟、畑五段歩モ開墾ス、四月朔日、高崎藩大野八百助ヲ頭取トシテ、従者六百人、安中藩吉井藩合セテ總人數八百人餘押寄來リ、小栗殿ヘ何等談判有、委細不分明ニテ、大炮小炮合セテ五挺ヲ受取、若殿又一殿、塚本眞彦同道ニテ、四月四日高崎ヘ引連戻ル

 其後皇軍使員トシテ豊永貫一郎、同原保太郎頭取ニテ、高崎藩隊長宮部八三郎太…
 安中藩重役横山鐵之助、番頭藤田専藤(略)吉井藩二百人餘
 右二藩士壹千人餘押寄來リ、何之談判モ無ク小栗殿及ヒ家來大井磯十郎、多田金之助、沓掛藤五郎主従四人、三ノ倉ヘ引立参リ、三ノ倉上川原ニ於テ打首トナス、名主佐藤勘兵衛、池田長左衛門ノ兩人出頭死體ヲ貰受歸リ、東善寺墓地ヘ埋葬ス、若殿小栗又一殿ハ、高崎ニ於テ打首、此死體ハ、同知行所下齊田村、與六分村、森村、小林村ノ四ケ村ニテ貰受、下齊田村ヘ埋葬ス

 奥方女中ハ、百姓足輕、中島三左衛門、民吉、銀十郎、福松、啓介、藤太郎、兼松、彦太郎、友吉、升吉、龜吉、龍作、定吉、三津五郎、源忠、富吉
 右十六人御供ニテ、越後國新興迄落越、手續ヲ得テ會津城ヘ入籠、無事ニ過ス
 後ニ官軍トシテ、松井左京之介、板倉主計、吉井鐵丸、三藩士右ノ家來ヲ引率、四月朔日ヨリ、七百人程ニテ同月廿四日迄、小栗殿財産寶物荷物諸品取調居、官軍追寮使大音龍太郎取計ニテ、名主佐藤勘兵衛、池田長左衛門、兩人ノ役向ハ意外ノ迷惑難儀ス
 百姓一同モ大ニ難儀筆紙ニ盡難、慶應三辰年四月廿四日ヨリ、權田村ハ高崎城主松平右京之介鎮撫列トナル、松平右京之介改名大河内右京之介御預リ所トナル、又天朝御料トナル、御割附皆濟目録郷帳御調ニ付、高崎役所ヘ差出ス、次ニ前橋御料所トナル
 慶應三辰年三月四日燒家十一戸ヘ手當義捐金寄附、連名左ニ
 金四百兩 小栗上野介、 金貮百兩 佐藤勘兵衛
 金壹百兩 池田長左衛門、金壹百兩 濱名伊太夫、金五十兩 牧野長兵衛、金貮拾五兩 中島三左衛門、金貮拾五兩 牧野清五郎、貮拾五兩 市川源蔵、金壹百兩 正福院
 外ニ 金百貮拾五兩 小栗殿ヨリ土産トシテ 〆金壹千貮百五拾兩(略)(『維新前後の政争と小栗上野の死』103-109頁)

 なお、続いて義捐金の配当について詳細に記載されている。配当額は九百拾五兩で、差し引き後の参百参拾五兩の余り金は、備金とされていることが記される。

 東善寺にある小栗上野介忠順の墓は、群馬県指定史跡になっている。所在地は 高崎市倉渕町権田一六七番地、指定は昭和二十八年八月二十五日である。高崎市教育委員会名で史跡看板には次のように書かれている。

 「慶應四年(一八六八)閏四月六日朝、小栗上野介忠順は、家臣三名とともに水沼の烏川河原において斬首された。小栗上野介の遺体は(胴体)は、村役人池田長左衛門等によりこの場所に埋葬され、その首級は養子又一の首級とともに舘林に送られ、東山道鎮撫総督岩倉具定の首実検を受けた後、法輪寺境内に葬られた。のち、中島三左衛門等が首級を奪取し、一周忌当夜、この地に埋葬するに至った。すなわち、ここが小栗公の本墓である。向かって右は、上野介とともに斬首された家臣三名の墓である。」

     小栗上野介
  右之者奉対
 朝廷企大逆候条明白付
  令蒙
 天誅者也
  慶應戊辰閏四月
   東山道先鋒総督府
          使員

         荒川雄蔵
    小栗家人 渡辺多三郎
         大井磯十郎
   此者共義、主人悪を
   逢迎し共ニ働奸逆
   候条明白ニ付
   天誅令梟首者也
    戊辰閏四月
      東山道総督府使(倉淵町岩水 塚越功之家文書)(新編倉渕村誌第一巻 資料編623頁)

 同村誌第一巻三〇九(623頁)「慶応四年閏四月 小栗上野介忠順処刑の高札」も同じ家来名。

 なお、小栗上野介忠順と共に斬首された家臣三名の名については以下のように相違がある。

 ・上州權田村の長老某氏資料 [大井磯十郎、多田金之助、沓掛藤五郎]
 ・新編倉渕村誌第一巻 資料編 [荒川雄蔵、渡辺多三郎、大井磯十郎]
 ・家臣三名の墓碑(下の画像) [荒川祐蔵、大井礒十郎、渡邊太三郎]


(東善寺:家臣三名の墓 2018.11.21撮影)


(東善寺:家臣の墓 2018.11.21撮影)

 因みに小説『覚悟の人 小栗上野介忠順伝』佐藤雅美著(角川文庫 平成二十一年十二月二十五日初版発行)では荒川祐蔵、渡辺多三郎、大井磯十郎(454頁)とある。『小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男』竜門冬二著(集英社文庫2006年8月25日一1刷発行)では、「荒川祐蔵・大井磯十郎・渡辺太三郎」(651頁)とある。
 『維新正観 秘められた日本史・明治編』は、上州權田村の長老某氏資料を採る。小栗の養嗣子忠道は三人の家来、塚本真彦、荒川祐蔵、渡辺多三郎と共に斬首されたとある。

引用・参照

『維新前後の政争と小栗上野の死』法学博士 蜷川 新著(日本書院, 1928)
「上州權田村の長老某氏の保有する古文書の寫し」103-109頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)

『維新正観 秘められた日本史・明治編』蜷川新著 礫川全次 注記・解説 批評社 2015年4月25日 初版第一刷発行 241-244頁

「新編倉渕村誌第一巻 資料編1」 編集 倉渕村誌編さん委員会
平成二十年三月十日発行 発行 倉渕村誌刊行委員会 三〇九 623頁
(高崎市教育委員会文化財保護課の御厚意により、平成30年11月26日一部ご送付頂きました。)


 公債及び兌換紙幣の發行と貿易振興策 - 2018年12月14日 19:15

 財政家として小栗上野が、その卓抜なる手腕才能を發揮し、倒壊に瀕して巨額の赤字を背負ひ込んだ幕府を曲りなりにも最後まで維持したと云ふことは、確かに驚異的な事實としなければならない。田中卯吉博士が彼を評して「東洋のコブデン・ブライトだ」と讃へ、福地櫻痴は「幕府を完うし、敢て乏を告ぐることなからしめたるは實に小栗一人の力なり」と云つてゐるのも決して過賞ではないのである。蜷川新博士などは「若し明治政府に於て彼を國務の上に用ひたならば我が國の財政及び財界のために、財政は整ひ、經濟界は充實確立し、國家人民のために如何に貢献したであらうか」とまで云つてゐるのである。
 面白い事に、小栗は幕府の財政が二進も三進も行かなくなる毎に、勘定奉行に引つぱり出されてゐる。それ故、彼の四十二年間と云ふ短い生涯に何度この勘定奉行勝手方と云ふ役目に就いたか判らなかつた。勘定奉行勝手方と云えば今日の行政長官である。當時の國家財政は全く小栗一人の手に依つて司られてゐたのである。それだから薩長方にしてみれば彼が勘定奉行の職にあることは、自己の利害關係から打算して頗る不利であつたらしい。薩長方が小栗を憎んだのは、かう云ふ點に一番多くかゝつてゐるのだ。
 將に崩壊線上にある幕府最後の十年間と云ふものを、小栗は全く凡ゆる知嚢を傾けて、財務の切り盛りに腐心した。彼の努力が尋常一様でないことは、彼の爲した仕事を見れば判然とする處であらう。即ち、貨幣制度の改革から始まり、貿易振興を圖り、鐵道、郵便會社の設立計晝まで具體的に研究したばかりか、諸般の徹底的改革を斷行し、幕政を根本的に改め、徳川家最後の功績として郡縣制度を布き王政維新を決行せんとしてゐる。このうち最後の王政維新だけは失敗に終わつた。こ理由は御承知のやうに薩長と旨く行かなかつたためである。
 幕府が内外共に多事多難の折柄、小栗があれだけの大きな屋臺骨を抱へ込んで、如何にしてその費用財源を得たかと云ふことは、今日から考へて全く不思議な位なのである。いや今日どころか、當時の幕吏でさへ、小栗の手腕に敬服する一方、それを怪訝に思ったほどだつた。
 小栗はその財政經濟に關する知識を何處で吸収したかと云へば、それは第一回の遣米使節の折だつた。彼はアメリカのあらゆる經濟制度や施設を學びとつて來て、その新智識を幕府經営の上に傾注したのであつた。彼の財政經濟の手腕が如何に卓絶したものであるかは、當時自他共に許した經濟學の權威、由利にしろ大久保或は横井などですら、一目置いてゐた位だつたと云ふのが諸家の定評となつてゐる。
 小栗が勘定奉行となつた時、幕府の赤字は驚くべき巨額に上つてゐた。そこへ持つて來て和宮様の御降下や生麦事件の賠償、搗てて加へて將軍上洛などと云ふ大物入り續きで、この費用だけでも、ざつと四十萬兩、、英貨に換算して十二萬ポンドの巨額である。そればかりではない。長州征伐や將軍三度目の上洛等の結果、慶應二年五月までに費ひ盡された金は三百十五。六萬兩にも上つた他、軍備擴張のために使つた金が百十五萬弗と云ふのだから、徹底的な赤字財政だつた。
 そこで、これ等の財源は何處に仰いだかと云ふと大半はイギリス及びフランスから借入れてゐる。それでも足りない分は政費節減及び物資の節約、租税等によつて補つた。當時の財政状態は一寸今日の時代と共通點があつたようだ。
 彼はその職に就くや直ちに、内外の金銀相場に着目し、小判金の品位を三倍に高めた。これは日本の貨幣の海外流出を防ぐためだつたのである。これも彼が滞米中、彼我金銀の量目比較を研究し成案を得た結果なのである。その後、歸朝してからも外國爲替に就いては日本にゐる英米佛人などについて報告を求め、文書を往復し、その研究を怠らなかつた。
 彼が非常時財政に對處するために公費の節約に志したことは云ふまでもない。それまで、諸大名の中には、國防上や産業上の必要から幕府に財政的援助を求めて來ることがあつた。この場合勘定奉行は事情を訊すことなどせず、その間の情實關係に依つて融通貸與したのだつた。勿論、この交渉が成立した暁は借主の方から當事者に若干の御禮金と云ふみのを贈つてゐたのである。これは勘定奉行の役徳として公然に認められてゐたらしい。然し、小栗はこの悪慣例を斷乎として斥けた。また、政費節減のため、年末年始の贈答を廢止し、「御嘉例」と稱する儀式も取止め、その折將軍家より老中以下の諸役人へ晝餐を與へることも禁じて了つた。これなどまだ誰しも氣の付く事であらうが、彼は、更に細かい點にも意を配り、その頃將軍膳部方の役人が毎日數十匹の魚をワタクシするのを知り、斷然これを止めさせたりしたこともあるのである。
 斯うして諸事に亘り節約を實行させると同時に税源を調査し、酒その他の奢侈品には重税を課した。更に大商人からは一種の所得税を納付させることにもしたのである。
 彼はまた幕府役人の俸給制度に一大改革を遂行せんとしたのである。それまでの方法であつた「役高」と云ふ制度を廢して「役金」としようとしたのである。簡單に云へば「石高」から「給金」にせんとしたのである。と同時に減俸を實施し經費の大節減を斷行せんと試みたのだつた。それに依り、彼は自ら詳細極まる「役人俸給表」を作成してゐる。俸給制度の改革ははこればかりではない。新たに隠居料なるものを設定せんとした。隠居料と云ふのは今日の恩給と同じやうなものである。幕末にあつて既に我が國に恩給法が實在したと云ふことは、全く驚異せざるを得ない。假令それが歐米の模倣であるにせよ、それを斷行した小栗の手腕は賞讃されねばならぬと思ふのだ。
 この他、彼は一萬石以下の軍役に代へて兵費を支出することに決定した。この軍役と云ふのは戰爭の請負制度とも云ふべきもので、一朝戰となると、各々の家から若干の人を出すべき定めがあつた。處が、實際問題としてこれ等の兵隊は全く烏合の衆であつて金を食ふばかりで役に立たぬこと夥しい。そこで彼は軍制を整然たる組織的なものと改め、眞に強力なる國防軍を編成せんとしたものであらう。前に述べた賦兵の制も、實はかうした必要から生まれたものと見ることも出來るのである。
 かう云ふ事實から徴してみると、小栗は一見消極的な政治家のやうに思われるが、決して左様ではない。緊縮政策を實施する一方、他方には實に思ひ切つた積極政策を行つてゐるのである。
 長州征伐ずいゝ例であらう。幕吏の大半はみなあの巨額な軍用金をどうして調達するか考へることも出來なかつた。處が小栗は鮮やかにこれを出してゐる。四圍の連中があツと歎聲を上げたのも無理はない。實に水際たる立つた遣り方だつた。當時薩長方の財政通として知られた由利公正すら、ひそかに信服したと云はれる位である。
 この時の幕府財政は全くの火の車だつた。長州再征の上に將軍進發と云ふ大出費があり、おまけに戰況は幕軍に不利だと云ふのだからまさに泣き面に蜂である。そこで老中稲葉美濃守は悲鳴を上げて、かう記してゐる。

 御進發に付去五月(慶長二年)以来長々の御滯陣に候右御入費の義如何にも莫大に而役々への被下物斗りに而も一ケ月約十八萬兩餘之御出方に而去丑五月より當節迄に而御手當而已に而も最早三百萬兩程之御出方に有之共其餘之御入費は右に准じ巨萬之御金御新發御用之爲に全く別物之御出方に相成り先年中より引續き格外御用途御差湊御勝手向御不如意之折柄當節に至り候而は御繰合せ方に礑と差支江府表に於而も此の上當地へ可差越御金にも差支實に手段無之趣に付同列一同當惑恐入罷在候云々。

 この書状でも推測出來るやうに、全く二進も三進も行かぬ實情にあつた。そこで小栗は應急的手段として大阪市中用金申諭しを強行することと決し、金七百萬兩の募集をした。
 處で、これがまた物凄く高利の金で、攝津河内播磨三國の租税を擔保とし、一ケ年二朱の利息附で三十ケ年賦と云ふ破天荒の條件で御用金を申付けた位の窮乏振りだつたのである。
 然し、この金は全部調達されなかつたやうである。出來るには出來たが、かうなると燒石に水貧乏世帶に施米ほどの利き目もない。そこで窮餘の一策、小栗は英國へ借款を申込んだ。この金額は六百萬弗で、擔保物件は銅であつた。この頃から既に銅は我が國の最重要なる貿易品だつたのである。この交渉に當つたのは勿論小栗であつたが、六百萬弗の借款は遂に成立しなかつた。だが百萬弗だけは何とか借款に成功したらしい。この借款問題に關しては英佛及び浅野美作守、徳川昭武等を繞つて興味深き外交秘話が蔵されてゐるのだが此處では割愛しよう。
 こんな譯で小栗の苦労は一方ではなかつたらしい。然し、曲りなりにも當時の財政的行詰りは打開したのだから偉いものである。
 茲で、銅の話が出たから、それに關聯して小栗が如何に日本の海外發展のために努力したか、その概略を書いてみたい。然し、その前に書き落としてならぬ事は彼が我が國に於て始めて國債を起し、加ふるに不換紙幣の通用を禁止し、兌換紙幣を流通せしめた事であらう。國債に就いては前に述べたが、兌換紙幣の發行については左の如くである。
 小栗が上申書の中に斯う云ふ事を書いたものがある。それは神戸に一種の貿易商組合(これについては後に述べる)設立に際し、老中に呈出したもので、これは非常に重要な記録であるので煩を厭はずこゝに示すことにする。

 兵庫港諸式御入用金の簾を以て、百萬兩の金札、右二十人の者より差出候儀、御免許に相成り候は ヾ、町人共おのれの利益有之候事故、御請申上候様相成可申候。尤も二十人にて百萬兩は大枚の如候得共、右二十人商社頭取(貿易商組合重役を謂ふ)に相成候事故、五畿内は不申及、近國の内にも加はり候者有之、就中東西近江の豪商共、右組合に属し可申候間、百萬兩位は出來可申と奉存候。若また右にても危み候様にも候はヾ、右之内より御用達申渡、税金取立所に出張爲仕、取立の税銀を立合の上御預けに相成候はヾ、日に月に元金に相成候間、危み申間敷候。横濱表當時の税銀大凡一ケ年百萬兩餘り有之可申、兵庫は新港のこと故、三分の一と見込候ても、三ケ年程には皆濟相成可申と見込申候。右町人共へ御差免相成候金札の仕様、譬へば、
 壹兩の札  拾萬枚 拾萬兩
 拾兩の札  壹万枚 拾萬兩
 五拾兩の札 二千枚 拾萬兩
 百兩の札  七千枚 七十萬兩
 右札は、頭取町人共にて取調仕立上がりの上元方台帳へ番號を以て、御勘定方目付方にて立合の上割印いたし、金銀同様通用致可旨觸れ渡しに相成り、公儀にて御入用金有之、たとえば、開港御普請並諸式入用拂方の節、金札也金也町人共より爲差出御払方相成候節、分合の利分御下げ相成り候事。
 紙幣通用の儀は利税の第一にて、實は公儀にて、御施行相成候様仕度候得共、一體紙幣は百萬兩なり千萬兩なり、現在の實貨備へおき、引替の節いつなり共差支無之候間、上下これを信用し、通用差支無之、爰に於て利權相立ち、物價も相響き不申候云々。

 以上の上申書で彼の經濟的知識が單なる附燒刃ではなく、全く蘊奥を極めたものであることが看取されるであらう。この時、彼は既に準備されてゐた不換紙幣を斷然灰にして了つたのである。  彼が兌換紙幣を發行したがために、當時の財界は紊れる事なく、物價騰貴に依つて庶民を途端の苦しみに追ひやることもなく、まつたく經濟市場を安定せしめ、庶民をして經濟上の動揺惑亂から救ひ上げたのである。
 先に述べた貿易商組合であるが、これは小栗が逐次海外との貿易が旺んになるに鑑み、商賣上手の外國人と取引をする際、資本の乏しい日本の商人が個々に折衝するのでは非常に不便不利があり、これは結局我が國の大なる損失となるのが當然なので、こゝに強力な一つの組合を作り對外貿易を完全に遂行せんとしたものである。我が國に於ける會社、つまりコムパニーの始まりは或はこれを以て嚆矢としても、敢て不當ではないと考へる。
 なほ小栗上野の秘策中の秘策と稱される國内統一、所謂郡縣制度に就いては、到底限られた紙數では述べ盡せないので、次の機會に譲ることにしよう。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」104-139頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 104-139頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上州被害 - 2018年12月13日 11:21

 小栗上州被害
 大音龍太郎

 幕末ノ名臣小栗豊後守改上野介忠順ハ夙ニ人口ニ膾炙スルヲ以テ此ニ證言セスト雖萬延元年正月外國奉行村垣淡路守範正同新見豊前守正興海軍奉行木村攝津守等ヲ遣外使節トシテ乗船ポハタン號ニ搭シ一本ニ太元船トアリ其護衛船ハ咸臨丸船長勝鱗太郎海軍奉行ノ従者は福澤諭吉ナリ外畧す渡米セシニ際シ小栗上州ハ監察トシテ同行セリ是レ遣外使臣ノ嚆矢タリ同年十月歸朝シテ心ニ幕府ニ公議政體ヲ行ハント欲シ其費用に苦慮シ先ツ外國一般ノ形勢ニ鑑ミ兵制ノ改革ヲ行フ該時文明開化ノ成語アリ此開化トハ物質ト云フカ如シ故ニ之ニ伴フ物質文明タル兵器敞造船所製鐵所新聞等ノ設置ヲ建議シ著實緒ニ就キ勘定奉行トシテ實行中政變瓦解ニ屬ス氏ハ幕府ノ人材ヲ網羅スル英蓉間ノ領袖ニシテ幕臣中其右ニ出ツヘキ人ナク殊ニ主戰論ナリ丁卯冬薩臣乱暴ノ折三田薩邸燒討ノ如キハ其主唱者タリシナリ若シ當時上國ニ在ラシメハ内府ヲシテ機を失ハシムルカ如キハ萬ナカルヘシトナリ而シテ國事日々ニ非ニシテ江戸城明渡ニモ迫リタルヲ以テ城中ノ大小砲彈藥諸機械ハ多ク會津に送致シ孕メル夫人ヲ先ツ會津ニ來ラシメ小栗婦人ハ横山主税邸ニ寓居出産ス其身ハ少數ノ臣ヲ從ヒ上州ノ采地ニ立寄リ信州ヲ經テ會ニ入ラントス所謂楚ノ材ヲ晉ニ用イル時ナレハ白虎隊ハ之ヲ越後ニ迎ントノ議アリシニ豈ニ圖ランヤ途上西軍ノ爲ニ不意ニ旅舎ヲ掩撃セラレテ屠腹セリ其之襲殺シタル者ハ誰ソ大音龍太郎是レナリ大音亦奇偉ノ士タルヲ失ハス話ノ序ニ大音龍太郎字ハ忘レタリ龍陀ト號シ橘帝尨士猶ハ其別號ナリ彦根藩ノ郷士ニシテ家世々柳瀬ノ關守タリ父周輪醫ヲ副業トス龍太郎ハ天保十一年江州伊香郡大音村ニ生ル年十四五抱關ノ業ヲ屑トセス京師ニ游ヒ巖垣六藏月洲ノ門ニ入リ漢學ヲ學ヒ洋學ヲモ研窮ス居ルコト四五年出テ、江戸ニ游ヒ河田八之助迪齊ニ師事シ昌平校ニ入リ而シテ漫游ニ志シ四於ニ周游シテ詩ヲ得意トシテ諸名士ト交リヲ結フ性磊落尋常一様の詩人ト異ナリ明治元年征東東山道督府ニ出仕シ上信ノ監察ヲ命セラレ是ニ於テ小栗上州ヲ襲殺ス功ヲ以テ岩鼻縣ノ知事ニ擧ケラル後チ彦根ニ歸リ藩ノ小参事ト爲リ又大蔵省七等出仕ニ出テ、志ヲ得ス退テ復タ出テス藩ノ澁谷周平如意山人岡本黄石田中芹坡等ト詩ヲ以テ交リテ名アリ曾テ大東義徹ト征韓論ヲ書キタル故ヲ以テ捕縛セラレタルコトアリ今席上ノ詩一二ヲ介セン



(『旧夢会津白虎隊』156-158頁)

引用・参照

『旧夢会津白虎隊』永岡清治 著 (永岡清治, 1926) 156-158頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上野介 - 2018年12月12日 13:32

 小栗(初め又一と稱し後に叙爵して豊後守その後に上野介と改む)が名を世に知られたるは、萬延元年幕府の使節となりて、新見村垣と倶に初めて米國に赴きたる時に始まれり、使節が歸朝の時に當り鎖攘の議論漸く朝野に熾なりければ、皆口を緘して黙したるに、小栗一人は、憚る所なく米國文明の事物を説き、政治武備商業製造等に於ては、外國を模範として我國の改善を謀らざる可からずと論じて幕閣を聳動せしめたり。其後は御勘定奉行外國奉行となりて、財政に外交に與かりたるが,時の幕閣に容れられずして黜けられ、幾も無くして又再勤しては、孜々其職掌を執り幕府の經綸を以て己が任とし、其精勵は實に常人の企及する所に非ざりけり、其人となり精悍敏捷にして多智多辯、加ふるに俗吏を罵嘲して閣老参政に及べるが故に、満の人に忌まれ、常に誹毀の衝に立てり、小栗が修身十分の地位に登るを得ざりしは蓋し此故なり。
 小栗が財政外交の要地に立ちし頃は、幕府已に衰亡に瀕して、大勢方に傾ける際なれば十百の小栗ありと雖も復奈何とも爲す可からざる時勢なりけり然れども小栗は敢て不可的の詞を吐たる事なく、病の癒ゆ可からざるを知りて藥せざるは孝子の所為に非ず、國亡び身斃るゝ迄は公事に鞅掌するこそ眞の武士なれと云ひて屈せず撓まず、身を艱難の間に置き、幕府の維持を以て進みて己れが負担となせり。少なくとも幕末数年間の命脈を繋ぎ得たるは、小栗が與りて力ある所なり(余は親く小栗に隷属したるを以て、其辛苦に心力を費せると、余が目撃せる所なり)。
 幕府が末路多事の日に當りて如何にして其費用の財源を得たりしかは、啻に今日より顧て不可思議の想を成す而巳にあらず、當時に於ても亦幕吏自らが怪訝したる所なりき、而して其経営を勉め敢て乏を告ぐると無からしめたるは、實に小栗一人の力なりけり
 將軍家兩度の上洛、これに續きて、東には、筑波の騒亂あり、西には長州征伐あり其餘文武の政務に付き、幕府が臨時政費の支出を要したるは莫大なりけるに、小栗は或は財源を諸税に求め、或は嚴に冗費を省きて之に宛て、未だ曾て財政困難の故を以て、必要なる施行を躊躇せしむる事なかりけり、然れども冗費を省き冗員を汰するの故を以て、小栗は属士輩の怨府とはなれりけり。
 幕末に際して財源愈々窮し,復これを覓むるに餘地なかりしかば、小栗は僚屬の議を容れて幕閣の決議に随ひ、紙幣を製造せしめたりけるが、時機これを許さずと抗議して、發行を承諾せざりけり、されば幕府が滅亡に至るまで不換紙幣を發行せず、其禍を後に残さヾりしは、寔に小栗の地からなり  幕府士人の銃隊は堕弱にして實用に堪へざるを看破し、小栗は旗本等に課するに、其領地の高に應じて賦兵を以てし、併せて其費用を出さしめ、是を以て數大隊の歩兵を組織し、夙に徴兵制度の基礎を建てたり。
 小栗は又佛國より教師を聘して、右の賦兵を訓練せしめ、併せて陸軍學校を設けて將校を養成せしめたり、是れ所謂幕府の傳習兵にして、幕府の末路、稍々健闘の譽を博したるは、即ち此兵隊なりけり。
 佛國公使の紹介を以て、佛國より工師技師を聘し、英佛より許多の器械を買入れ、多額の資金を投じて、今の横須賀造船所を設けたるは、實に小栗の英斷に出でたり、是れ小栗が非常の勳勞なりと云わざる可からず、當時小栗が栗本安藝守に對ひて假令徳川氏が其幕府に熨斗を附けて他人に贈る迄も、土蔵附の賣家たるは又快からずやと云ひたるが如き、以て小栗の心事の一班を知るに足れり(此事は栗本匏庵翁の自著に見えたり)
 幕末の三傑が政治上に於ける、凡そ斯の如し、而して此三士ともに閣老にも擧られず、参政にだも登る事を得ずして、皆十分に其才を展はさず、其能を顯さずして、或は憤死し、或は無辜の殺戮に斃れ、其身と其名とを併せて幕府に殉したり、噫天道是耶非耶(『幕末政治家』263-266頁)

引用・参照

『幕末政治家』福地源一郎 著 (民友社, 1912) 263-266頁
『幕末政治家』福地桜痴 著 (民友社, 1900)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 幕府の倒れる迄 - 2018年12月11日 11:54

 併し乍ら、幕府に、人物が、全く無かつたか、といへば、然うばかりいへぬ。少し癖があって、狭量の嫌いはあるが、小栗上野介といふ異型の政治家もあり、それに遅れて、出て來たものに、勝安房、大久保一翁、といふやうな、博識、達見の人物も居たが、何分にも、封建時代の事であるから、階級意識が強く、その出身の、餘り高くない、といふやうな事を、口實にして、それらの人物を、重用せず、從って、その進言も、尊重されなかつたやうである。(『伊藤痴遊全集. 続 第1巻』「幕府の倒れる迄」561頁)

引用・参照

『伊藤痴遊全集. 続 第1巻』「幕府の倒れる迄」(平凡社, 1931)561頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 小栗上野介謹慎して軍門に下り - 2018年12月10日 10:19

 小栗上野介謹慎して軍門に下り

 而も有無を云はさず斬首

 [海陸新聞] 閏四月廿日 〇此ごろ御國峠に浪士多人數屯するよしにて、前橋侯高崎侯安中侯など、上州の諸侯を先鋒として官軍勢同國永田宿まで押寄、夫より山道に入り三國峠へ攻登りしに此峠は甲州上州武州三國にして、難所きはめて多かるに、此所に楯こもりしは其勢千人ばかりにして、何者とも定かならねど、多くは小栗上野介が餘勢にて、小栗は去る三月中土着なし、同國權田村へ來りしに、其のころ此近郷一揆はおこりしに時なれば、百姓忽地小栗をとり卷、打殺さんと爲したるを種種云なだめ、之より小栗は富たれば此處來て徳をほどこし、金銀を以て土人をなづけ、然して後その息又一は、西洋傳習の調練者なるゆゑ、農兵の兵隊を取りたてること数百人、勢い國振ひしかば近隣の諸侯これを恐れ、官軍の大總督へ此事を訴えしかば、官軍忽まち馳向ひ、前橋侯高崎侯安中侯など先手として權田村へ押よするに、小栗父子は謹慎して敢て戰鋒の兵を出さず、官軍方の軍門へ家來三人を引きしたがへ、召に應じて往たるに、上野介は三倉宿の河原にて三人の家來とともに有無を云さず斬首せられ、又一はまた高崎の城下において同斷の刑に逢しを小栗が残黨怒りて此度兵を集め、三國峠へ籠りしに相違なきものと見えて、寄手は主君の仇なるよし呼懸々々發砲して、廿二日の手始めより晝夜朝暮の差別なく、一息するとは打はじめ、一息するとは打合ゆゑ、安中前橋高崎勢怪我人出來たるのみならず、第一先鋒の人々は幾夜も寢ぬに疲勞たりとて廿五日に高崎城より後詰の勢を繰出したければね其後の戰爭いかに成しや。
 右は高崎侯の藩士後詰の勢の中、山加某よりの來状よりて是を記す。(『新聞集成明治編年史. 第一卷』128頁)

引用・参照

『新聞集成明治編年史. 第一卷』 維新大變革期(自文久二年至明治五年) 新聞集成明治編年史編纂会 編 林泉社, 1940 128頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 三兵制度の改革と徴兵制度確立 - 2018年12月08日 16:39

 軍事上に於ける小栗の功績――これは世上割に汎く知られているゐる事實であるが、この機會に多少補足してみたいと思ふ。
 陸、海兩方面に亘つて小栗の彼の残した仕事は實に多い。徳川幕府二百六十餘年間通じ、軍事及び國防の上に、これだけ偉大なる足跡を印した人間は先ず小栗を措いて他になしと斷言してもそれは決して過言ではなからう。
 彼のなした重要なる仕事だけを列擧してもざつと左の如くである。
 横須賀海軍造船所の創設と船舶修理所の建設
 湯島鑄造所の改善(これは砲兵工廠の前身をなすものである)
 三兵傳習の設置
 「賦兵制」制定
 暫く閑地にゐた小栗は元治元年十二月になると俄然軍艦奉行の要職に就いた。
 この頃の幕府の財政は文字通り火の車であつて、幕府始まつて以来の財政破綻の苦んでゐたのである。然し、小栗はヨーロツパとの接觸が頻繁になるに連れ、國防の切に必要である事を痛感し苦しい遣り繰り世帯の中に、凡庸俗吏の反對を押切つて、フランスより軍艦、大砲、小銃その他の武器を購ひ、國の固めに備えようとしたのである。
 更に積極的な小栗は、造船所の設立を急務とし、フランスのツーロン軍港に倣ひ、その三分の二の規模とする計晝の下に、總計二百四十萬弗の巨費を投じて一大軍港をも完成せんとした。この計晝が發表されるや、非難攻撃の矢は彼一身の上に雨の如く注がれたのである。云ふ迄もない幕府の財政的窮乏に拍車をかけることになるからである。だが、そんな事は彼にしてみれば百も合點だつたのだ。後に彼が栗本鋤雲に打明けた當時の彼の眞情はかうだつた。
 「幕府のお臺所眞に目下遣繰世帯である。たとひ造船所を起工せぬまでも、剩つた金が眼に見えて御用に立つ譯はない。一方ドツクの建設は焦眉の念を要するものだ。無理を忍んでこれを完成すれば、それがため冗費節約の口實にもなるし、財政上却つて好い結果をたらす。まして、愈々出來上がつた暁、萬一幕府に異變が起れば、土蔵附賣家の名聞位殘すことが出來るのだから……」と。
 まことにその言や悲しく、その志や壯である。江戸幕府の存續について、彼としてもある種の見通しはついてゐたのだろう。然し幕府の存在する以上、當路の役人としてその任務は果さなければならぬ。小栗のこの態度には何人と雖も頭を下げずに居られない。殊に「土蔵附賣家」云云に至つては、江戸育ちの小栗の面目が躍如としてゐるではないか。
 事實は何物より雄辯である。
 彼の創設した造船所が、今日の横須賀海軍工廠の基となつたのである。彼の遠大な理想は凡庸の及ぶべき處ではなかつたのだ。また彼は湯島鋳造所の設置を根本から改善し、大小砲並に兵器の改良に盡した。これもつい数年前迄水道橋際にあつた陸軍砲兵器工廠の前身なのであるから全くその手腕には感服せざるを得ない。
 この他に國防上必要と認めた事、即ち船艦材料確保のため森林保存法を考えたり、また鐵鋼採掘を奬勵したりしてゐる。全く測り知れぬ遠謀深慮と云ふべきであろう。
 話が前後するが、日本の洋式陸軍と云ふものは、明治以降となり始めて薩長人によつて創始されたもののやうに思ひ込んでゐ人が多いが、これは飛んだ大間違ひで、日本の洋式陸軍は小栗の手に依つて疾うの昔作り上げられてゐたのだ。三兵傳習所が即ちそれである。
 かう云ふと、三兵(砲・騎・歩の三兵の意なり)の名は何も小栗の獨創ではない。それ以前にあつたと反駁されるだらう。それは事實である。成程三兵と稱するものは文久二年、當時和蘭式を模して既に出來てゐた。處がこの和蘭式なるものが甚だインチキなるもので、外國人の教官もゐなければ、第一教範となるべきものが何一つなかつた。
 それならば一體何を模範としてやつたかと云えば、その頃英國の護衛兵が横濱本村の山手に屯ろして毎日調練してゐたので、この調練柵の外から窺ひ、それを眞似てゐたと云ふ始末だつたのである。それだから三兵と云つた處で名詮自稱で、本質的には三兵でも何でもありやしない。これが當時の實情だつたのである。これを名實共に組織立つた三兵傳習にしたのが小栗だった。
 元治二年三月、小栗は淺野美作守と同道で栗本鋤雲を訪ね、三兵制度改革につき、いろいろと意見の交換を行つてゐる。その結果、小軍(ママ「栗」)は三兵傳習所を設立し、ロセスの計ひで佛人の陸軍士官を招聘し、茲に始めて眞の陸軍と稱すべきものを制定したのだつた。而してこの三兵制度は神奈川定番以外は全部 遵奉せしめたと云ふのだから、當時の軍制度の根本的改革であつたらしい。
 かう書いて來ると、何から何まで小栗の手柄になつて了ふし、勿論さうでる事に變りはないが、その時の小栗の役柄は陸軍奉行であるから、自分一人で事をなす事は出來ない。つまり決定權はなつた譯である。それ故、彼の改革案上層部に於て否決されゝば、そのまゝ闇から闇へ葬られて了つただろう。
 この時の陸軍總裁は松平伊豆守であり、小栗の改革案を何の躊躇もなく裁可したのは實に松平伊豆その人だつた。それ故、小栗の功を讃えると共に松平伊豆の見識も稱讃しなければ片手落ちになつて了ふのである。察するに、小栗があれだけの大事業を遂行し得たと云ふのも、上に松平伊豆と云ふ眞の理解者がゐからであらうと思ふのである。
 また、小栗が何故、その範として佛國の陸軍に學んだかと云えば、そこには複雑な政略的意義も介在するけれど、事實、當時のフランス陸軍は世界の何處よりも進歩してゐた。夙に渡米して外國を知り文明世界の軍備の如何なるものであるかを理解していた小栗は、フランスの陸軍が各國の中でも最も完備し、整頓し、模範とするに足りることを熟知してゐたからなのであつた。この時、ロセスはフランス本國より六百萬弗の巨費を引出して幕府の軍備充實に應援してゐる。
 さて、小栗が何が故に、かくまだ軍備の確立に汲々したかと云ふと、これに對する史家見解はいろいろある。だが、筆者はかう思ふのである。それは、これに依つて薩長を倒し、大小名の權を削つて封建制度を廢し、郡縣の制を實施し、その上に徳川氏が立ち、幕府の統制権を確立せんとしたものである――と。これが小栗の捨てるに捨てきれぬ、たつた一つの夢であつたに違ひないと考へる。
 三兵制度に就いてはざつと以上の如くだが、小栗はこれと同時に、當時の旗本に「賦兵の制」なるものを課した。これに依つて彼は數個大隊の歩兵を組織したのだつた。これは幕府の役人として、手の及ぶ範圍から始めたもので、その徴兵方法は「義務」に立脚して立案された點など、實に今日の徴兵制度と酷似してゐる。否、事實、これが我が國に於ける徴兵制度の母胎かも知れぬのだ。兩者の相違を擧げれば單に「國民皆兵」と「旗本皆兵」の違ひだけで、その精神に於て今日のそれと何等異る處がなかつた。後に福地櫻痴をして「これこそ日本に於ける徴兵制度の基礎である」と云はせたのも、全く故なきではないのである。
 斯くの如く、小栗の軍事上に於ける功績はひとり小栗のためばかりでなく、日本文化史の上からもこれを明記せねばならぬ義務を感じるのである。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」 116-121頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 116-121頁)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 日米は既に戰ひつゝあり - 2018年12月07日 23:07

 茲に『日米不戰論』と題しますけれども、日米が戰をしないと云ふ意味ではありませぬ、戰をするもしないもない、既に戰が始まつて居ります。
 一體斬つたとか突いたとか云ふので戰が始まると思ふのは、抑々迂濶な話であります。「抜かぬ太刀の功名」と昔から云ひますが、太刀は抜かぬでも勝負は決し、抜くにも優る功名をすることが出來るのでありま す。
 戰と云ふものは、二つの國民の意志が衝突する、其の衝突をどうしても他の方法で解決することが出來ぬから起こるのでありまして、原因は兩国民の意志の齟齬である。さうして其の衝突した意志の一方が行はれ、他が行はれぬ様になつたならば、既に勝負は決したのである。此の意志の勝負の手段の一つが、戦争であるといふに過ぎない。戰争は手段であつて、意志の行はれることが目的である。随つて二國の意志が衝突し、一國の意志が行はれて、他國の意志が其の爲に屈するならば、もう其處には戰争があつたのであります。即ち戰はずして勝負があつたのである。今茲に『日米不戰論』と云ふことを述べやうと思ふのは、日米が戰はないと云ふことではなくして現に戰つて居る、――所謂干戈により戰場に相見ゆるに非ずして、兩国の意志の闘いに於て、盛に勝負を争つて居る、――我が意志をして彼に勝たしめやうと冀ふからでありまして、これから『日が米と戰ひ勝つの論』を考へて見やうと思ふのであります。
 即ち既に衝突して居る兩国の意志の闘いに於て、正しい我邦の意志が、正しからざる彼の邦の意志を、制御する途をどうかして見出したい、之である。處が悲しい哉、此の太刀を振はない所の戰は、既に幾度が戰はれながら、我は彼に敗れて居るのである。そうして此の儘推移すると、どうやら戰はずして敗が、我にある様に思はれてならぬのであります。之が地質學者たる私が、意志を捨てゝ、柄にもない事を、國を憶ふ同志の前に、申述べやうと云ふ心を起こした理由であります。
 現に吾々の記憶に新しい華盛頓會議を想起して御覧なさい、我國が彼の十に對して七にしやうと云ふのを、彼は己の五に對して三にせよと迫つたのであります。(今日も倫敦で、そんなこと尚ほ云って居るようである。)此處にも兩国の意志の衝突は、既にあつたのであります。然るに其の結果はどうであるかと云ふと、彼の云ふ通りにはならなかつたけれども、我は七と云ふ主張を捨てなければならなかつた、之は明らかに日米が戰つて、日本が負けたのであります。何と云つても負けたのであります。
 又其の後、カリフオルニヤ州が、實に不屈な立法をなしたのでありますが、之が我邦の意志に適はなかつたことは勿論である。随分摩つた揉んだと長い間やりましたが、結局彼の無理が通つて居ります。さうして吾々は吾々の正しい道理ある主張を引込めねばならなかつたのであります。
 此處にも日米が戰つて、日本が敗れて居るのであります。
 誰が日米戰はずと云ふか、もう既に戰つて居る。吾等は、倫敦海軍會議に於ては、どうしても敗けてはならぬ。(『日米不戦論』「日米は既に戰ひつゝあり」1-4頁)

引用・参照

『日米不戦論』 著 (海軍研究社, 1930)「日米は既に戰ひつゝあり」1-4頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 自序 - 2018年12月06日 18:37

 『土方殺すにや刀は入らぬ雨の降ればよい』
 降り込められて稼ぎに出られぬ土方の若者の斯く口誦むのを聞いたことがあるが、土方に限らぬ、如何なる人も刀無しに殺すことができる。人ばかりではない、國家の生命も刀無しに斷つことが出来る。
 刀は危険な器であるが、刀で死ぬ人よりは刀によらずして死ぬ人の多い如く、戰争によつて亡ぶる國家よりは、戰争によらずして亡ぶる國家の方が遙かに多い。
 英國が新嘉城に軍港を築き、米國が眞珠灣の武装を固めることは、確に我國の脅威ではあるが、平和人道を名として開かるゝ倫敦會議で、英米が肚を合せて我を陥れる策略の方が猶ほ恐ろしい。
 又我國からわが有力の武器たる巡洋艦と潜水艦とを、奪い去らうといふ企の誰の眼にも明かな倫敦會議に比ぶれば、民衆の幸福を名として宣傳せらるゝ獨逸及び露西亞に發源する共産主義運動も、既に法律的に之を取締る準備が整ひ、學校教育のみならず、一般社會教育の力に依つて、その傳繙を防止する策が講ぜられつゝある現代であるが、茲に最も恐るべく、警戒すべき國家生命の敵でありながら、全く注意せられずに觀過せられてをるものがある――
 アメリカニズムの侵略がそれである。
 現實國家としての合衆國が、武力を以て我に加へんとする危害は、如何なる人も見遁すことができない。従つて恐るべきが如くにして、實は必ずしも左程ではない。唯彼が我を侵すとも感ぜず我も亦侵さるゝことは感ぜざるに、襲ひ來る現代アメリカ式思想・習慣・生活様式の我に加ふる危害は、實に戰慄すべきものあるに拘らず國民一般は素より、是が指導者を以て任ずる人々すら、不用意に之を觀過し、その暴威を揮ふがまゝに放置して居る有様である。
 海上勢力於て、主力艦を彼の十に對する六と制限したるに拘わらず、米國の武力が左して怖るゝに足らぬものであることは、先頃池崎忠孝氏がその著『米國怖るゝに足らず』に於て論ぜられた。元来米國は、その富こそ偉大であるが、現在の如き彼の國民の思想・生活で、何時まで健全な國家としての存在を持續することが能きるのか疑問である。本書中に引用した米國雑誌自身の告白する、米國青年堕落の事實に顧みるも、その將来は決して安泰と稱し難い。或人は、近年に於ける米國小國民の風紀頽廢の眞相を聽いて、『ハ、ア、それはもう亡んで居りますナ』と言った。或意味で米國は既に亡んでをる國である。
 兎も角、此儘推移すれば合衆國が近き將来に於て亡ぶるより外に、行き途の無いこと丈は確實である。
 現代アメリカニズムは之を生んだ米國自身を、亡す程の猛毒を蔵すること斯くの如くである。
 然るに今日我國民は、男子に於けるロイド眼鏡・オールバック・喇叭ズボン、女子に於ける斷髪・洋裝・短袴・露脛の末から、ジヤズ・キネマ・トーキー・スポーツ・男女道徳・人生に處する態度に至るまで、この性にも合わぬアメリカニズムの猛毒を頻に貪り喰つて居る。――之では『米國怖るゝに足らず』どころではない、米國より先に我日本が亡びて了ふ。
 米國の怖るゝに足らぬのは、我日本がアメリカニズム追従を止めた時に於てのみである。
 池崎氏の命題には、此の前提が入用である。此の前提なき時、米國は實に怖るべき國である。我は戰はざるに既に彼に敗れて居る。
 刀で殺さるゝ者よりは、病に死する者が多く、餓死する者よりは暖衣飽食して死する者の多い如く、我日本も米國の武力の『刀』によらず、又その巨大なる富の壓迫による經濟難の『雨』によらず、實に頼まれもせぬに、無けなしの財布の底を敲いて輸入しつゝあるアメリカニズムの満喫飽食よつて亡びんとして居る。  このアメリカニズムに對する無警戒心理こそ、實に祖國呪詛的共産主義思想追従心理であり、又倫敦會議に無關心なる非國民心理であつて、遡つては華盛頓會議に於ける慘敗の源因たりし心理である。今日我國に迫り來る國難――經濟國難も、思想國難も、外憂も、内患も、悉く此の心理の根柢に横はる國民的無自覺に源因して居る。
 一度振棄て、英吉利も、獨逸も佛蘭西も、露西亞も、全世界の國といふ國で我に敵するものは一つもない、――二千五百年來養ひ來つた日本精神こそ、眞に世界の至寶であると覺らるゝのである。
 アメリカニズムに麻醉せられて居る國民の昏睡を破り、何とかして此事實を覺らしめたい。國民にこの悟だに開くならば、眞に我國運は天壌と共に無窮である。
 拙い講演の速記に、充分な筆を加ふる遑もなく、斯る形で世に出すのは著者として不本意極まることであるが、人々の勸めに任せて之を敢てするのは一に此の切な願いからである。
 『君が世の安けかりなばかねてより
       身は花守となりけむものを』――平野國臣

 昭和五年三月 筑前福岡に於て 著者(『日米不戦論』1-7頁)

引用・参照

『日米不戦論』 河村幹雄 著 (海軍研究社, 1930)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 人口減少は日本の利益―米國人の冷血― - 2018年12月02日 11:52

 もう一つピンと來させることが出來るか、どうか知りませんが、白人の本性を曝露せしむる一つの例がある。之は一九二四年の亜米利加の雑誌であります。亜米利加の先ず帝國主義の雑誌の親玉です。其の一月號の中にウイリス・フレツチャー・ジョンソンと云ふ、亜米利加の相當知られた男ですが、それが署名をして『世界の出來事』と云ふ題で、一九二三年を回顧して、社説めいたものを書いて居ります。色々な事が書いてありますが、其の中に一つ日本のことが書いてある。書く筈です。一九二三年は我が大正十二年に當る。何と書いてあるか。
 『日本は非常な震災の見舞を受けた。此の大地震たるや、三十年ばかり前に、クカラトア火山の爆發があつて以來の未曾有の天災であつた。殆んど人類の歴史に類例のない大災害であつた。人口の失はれたこと、財産の滅びたこと、あの島帝國の軍事的、及び産業的進歩を停止せしめたることは何年であるか、或る者は三十年と云ひ、或る者は百年と云ひ、殆んど一致する所がない。併し兎に角、之があの國の進歩の障害であつた。その發達をを全く停止せしめたと云ふことだけは確かである。』と斯う言つてをる。
 此處迄は當り前のことでありますが、其處から調子を變へまして『然し若し日本が人口の過剰から苦しんで居ると云ふことが、本當に事實であつたならば、人口の失われたと云ふことが、――と云つて棒(ダッシュ) を引きまして『私は斯う云つたからと言つて、別に同情がないと云ふことは云われまいと思ふが』――斯う一寸斷りまして『日本が人口の過剰から苦しんで居ると云ふことが眞實ならば、人口の失われたと云ふことは、彼女の利益であろだらう』Yet if it be true that Japan has been suffering seriously from overpopulation,the loss of life―I trust it it will not seem hertless to suggest it―may in fact be to advantage――言葉をかへて云えば、穀つぶしの無くなつたことは、日本の利益だらう、と斯う云ふのであります。
 如何です『貴様の處は貧乏人の子澤山』で困つて居たが、地震のお蔭で大分くたばつてお芽出度う』と云ふのと何處が違いますか。之は平たく云えば其れだけであります。
 かういう冷酷なことが平然と公言せらるゝ國に、一體何處に人類愛だとか、何だとか云ふ資格がありますか。西洋カブレの青年が、彼等の人類愛を有難がつて、世界平和の爲に、ウイルソンが、どうして呉れるとか云ふ様なことを信ずることが出來ますか。教育のない人なら格別、立派な教育があり、位置のある人が、合衆國第一流の大雑誌に署名して、はつきりと書いて居る。之が國際的の現實である。
 現實世界は斯くの如きものである。然るに現在日本の青年は、何を夢見ている居るのか、國民的自覺 と云ふものは殆んどないのである。關東大震災の際に、米國人が金銭財物を寄贈して呉れたことに對する、感謝の意を表する爲だと言つて、頑是ない小兒を日比谷公園に集めて、米國人の前で歌を歌はせたり、通行人を路に要して、感謝状に自署を求めたり、子供に藝をさせて、金を貰ふ乞食の親にも似通つた、不見識なことをして耻と知らざる――恥と知らざるのみか、寧ろ得々たる紳士淑女――實は對外屈従根性の奴隷――は大分ありましたが、米人の肚の底に、ジョンソンの様な考の、流れて居ることを知つて居る者は甚だ少ない。
 財物を贈って呉れた者も米人、斯る残忍な考を蔵する者も米人、問題はどちらの米人が強く働くかであります。カリフオルニア州の露骨に排日法が、『日本の軍事的産業的進歩を停止せしめた』震災の直後に起り、而も従來必ずあつた排日反對論が、此際に限つて、米國の公論界に現はれなかつたことを顧みれば、答えは自ら明でありませう。(『日米不戦論』「人口減少は日本の利益」―米國人の冷血― 53-57頁)

引用・参照

『日米不戦論』河村幹雄 著 (海軍研究社, 1930)「人口減少は日本の利益」―米國人の冷血― 53-57頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 ジョンストン中尉が観た小栗上野介 - 2018年12月01日 14:38

 小栗豊後守は確に一行中で最も敏腕な最も實際的の人物であつた。使節等が訪問せし諸處の官憲との正式交渉は皆彼によつてのみ處理されたのである。彼は四十位の年配で小男であつたが骨相學上より判斷すれば優れた智的頭脳の人であつた。少し許り痘瘡のある彼の顔は智力と聰明とで輝いて居た。彼は以前將軍に昵近なる重き地位を占めてゐた。而して此度は此冒険的な先例なき旅行を試みつヽある一行の消息を明白に忠實に將軍に報告するといふのが其使命で守の稱號は彼が使節の一人に任命された時に授けられたものであつた。(『万延元年遣米使節図録』「附録 米人の見たる蔓延遣米使節 ジョンストン中尉日記」3頁)

引用・参照

『万延元年遣米使節図録』田中一貞 編 田中一貞, 1920)「附録 米人の見たる蔓延遣米使節 ジョンストン中尉日記」3頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 露國の對馬占領と小栗の暗躍 - 2018年11月30日 16:20

 小栗が萬延元年二月、遣米使節として米國に滞在中、かの櫻田の異變が惹起され、井伊大老が中心となつて支持して來た幕威は空前の危機に直面した。幕府當局はこの不安定なる大局を緩和する念に迫られ、同年三日、松平乗全、内藤信親、安藤信睦の四人を幕閣とし、その収拾に當らしめた。この中心勢力となつたのが安藤信睦である。而して信睦は久世廣周を老中に推薦したのだが、この久世と云ふ男は嘗て井伊直弼に斥けられた事があるから、この所謂安藤・久世の聯立内閣が成立後は小栗の立場は非常に難しくなつたと考えることが出來る。
 詰り井伊と云ふ背後的勢力を失つた小栗が孤立に陥入つたのは無理もない。それに萬事が進歩的な男だから、後生大事と舊習に固執する大官連と相容れぬことは當然で、重臣からは繼子扱ひにされてゐたらしい。この間の消息は彼が萬延元年九月目出度く遣米使節の重任を果たして歸朝した後、元治元年十二月軍艦奉行の要職に就くまで、碌な役目を仰せ付かつて居らぬのを見ても判ることで、また一方大官連中は意地悪く困難な仕事と云ふと皆彼に押付けたものである。
 先づ第一に文久元年の露國軍艦の對馬占領事件、それから生麥事件の賠償金問題、次いで幕府の各國公使に對する鎖港交渉、これにより遡つては外國奉行堀織部正の自殺事件等々、少し困難なる外交々渉となると、みんな小栗の處に持込んでゐる。勿論、この中には彼が表面に立たぬものもあるが、多くは彼の出馬によつて解決してゐる。そんな譯で萬延元年から元治元年に至る四年間は、小栗にとつて最も恵まれぬ時代であつた。
 これが今日の如く足腰の弱い外交官であればこれだけの難交渉を次々と持込まれたら型をつけぬうち音を上げ、お定まりの辭職と云ふ手を使って逃げ出して了ふだらうが、有繋小栗は四面楚歌の裡に泰然と處して次々と見事に解決して行つた手際は、どうして並々ならぬ外交的手腕と云はなければならない。外交官としての小栗上野の功績だけでも大いに稱讃されて然るべきだと思ふのである。
 以上の、彼の手に依つて處理された外交問題のうち、最も光彩陸離たるものがあるのは對馬の露艦問題であらう。この一事のみでも彼の外交手腕が今日の軟弱外交官などが到底及びもつかぬものであることを十分に首肯させ得るるのである。一世の財政課小栗上野は一面稀に見る名外交官であつたと云える。
 文久元年、露国の軍艦ポサジニカ號が突如對馬に現れて、幕府を震撼せしめた。當時對馬が非常に重要な地位にあつた事は云ふ迄もなく、この年の春、英國は幕府に無斷で對馬に來たり、附近一帶を測量した。これを知った露国は南下政策の急務を悟り、幕府に人を派して英佛の野心を述べ對馬の防備を厳重にせよと説いたものである。此の邊は全く狐と狸の魅し合ひで、結果はお爲ごかしに過ぎず幕府をうまうまと掌中に収めておいてから徐ろにその毒牙を伸さうとしてゐたのである。處が如何にぼんくら揃ひの幕府でも、露国が砲臺も築いてやらう、大砲も貸してやらふと云ふ話が餘りうま過ぎるので、これは眉唾ものだと感付いたのだろう。いや、それより英佛に弱みを握られてゐる幕府としては、兩國に遠慮したと云ふのが本當の處だらうが、とにかく態よく露国の申出を拒絶して了つた。すると二月三日、突如ポサジニカが對馬淺内尾崎浦にやつて來て投錨し、船體修繕と云ふ口實の下に食糧の供給を求め、或は要塞の貸與を強請し、それを拒絶した役人との間に小競合すら惹起して流血の惨事を見た。そればかりではない。艦長ビリレフは對州藩主に對し「英國が幕府に對して對馬の貸與を申出たが許可されなかつたため、多數の軍艦を派遣して當地を占領せんと企てつゝある。それを知り露国は傍観するに忍びず、軍艦を留めて英國に備へんとするものだ。それ故芋崎の土地を借用したい」と告げて來た。
 露艦の暴状に恐れを抱いた對馬藩吏は已むなくそれを許した。すると今度は是が非でも藩主に會はせよと云ふ。そこで當局の役人は一時逃れに「百日經つたら藩主と會見させよう」とビリレフに約束して了つた。この一語がこの問題を非常に紛糾させる原因となつたのだが、それは兎も角、藩主はこの次第を急遽幕府に報じた。そこで幕府は四月六日、外國奉行として小栗上野を對馬に派遣したのである。
 彼はビリレフに會見したのだが、ビリレフは先に藩主と會見させると云ふ約束を楯に取って、どうしても會はせよと強硬な態度で臨んで來た。これには野心があつた事で、藩主に會はせたら最後どんな事にならぬとも限らぬ。然し、餘り相手の出方が強硬なため小栗も仕方なく對州藩主との會見方を取計らうと約束せざるを得なかつた。
 だがビリレフは彼の言葉を頭から信じようともせず、その後再三督促した。これには追に温厚な小栗も餘程腹が立つたのだらう。満面に朱を帶び、語氣も荒く、「若し、余が請合へる事、幕府の命に依り成り得ざるが如き事情を生ぜば我を射殺しても可し」と答へた。
 この氣魄たるや洵に壯とすべきである。この事實は當時の古文書に歴然と記載されてゐる。小栗の決意は固かつた。横暴剛慢な露人も小栗のこの決死的な態度にはそれ以上追及することが出來ず彼の言に従ふことになつたのである。
 然し、さうは云ったものの、この時の胸中には確たる勝算はなかつたらしい。一方、對馬藩中に於ても漸く強硬論が擡頭して、露国討つべしの聲が旺んになつた。かうした四圍の状況が小栗の立場をして愈々苦境に立たしめた事は推測に難くない。彼にして如何に勇あり智ありとも三寸の舌頭を唯一の武器に露艦と云ふ強力なる敵を追ひ拂ふことは出來なかつた。さうした裡にビリレフと藩主の會見となり、この會見の結果は露國の横暴なる要求のため、益々交渉が困難となるばかり、こゝに於て小栗上野は、即ち、談判を中止し、一先ず江戸に歸つて對策を講ずる他なしと、對州の家臣には「成可く隠忍の處置あるやう」と諭告して、五月十九日遂に江戸へ引揚げることとなつたのである。
 後世に至り、藪睨み的な史家はこれに依つて小栗上野の外交當局者としての大失敗なりと非難してゐる。然しこれは一を知つて百を知らぬと云ふ誹りは免れぬ。何故かと云へば、江戸に戻つた後の小栗は種々と知嚢を傾けた末、毒を以て毒を制する論法で、先ず、英國公使アールコックと相謀り、彼に露国の暴状を説いて英國を煽動し、彼の軍艦の威力を借りて露艦を對馬より退去せしめる方策を巡らしたのである。
 これは見事に成功し、ビリレフも英國の干渉で仕方なく對馬占領を斷念して引揚て了つたのである。實にこれは巧妙なる外交政策であつて、小栗一代の大芝居と云ひ得やう。一説には、英國の退去勸誘に對し最初ビリレフは強硬に反對したのだつたが、偶々露本國から東洋艦隊の引揚げ命令があり、そのためビリレフは急據本國へ引揚げたものであると云ふが、當時の事情から考へてこれは事實であるかも知れぬ。然し、これが事實であつたにしろ、幕府のとつた外交政策を無力のものとなすことは早計で、當時にあつては到底これ以上賢明なる政策は考へ得べくもないので、いさゝかも小栗の面目を傷つけることにはならないのである。
 處が、當の本人である小栗はこの交渉が落着するや外國奉行の職を辭し閑地に就いて了つた。蓋し、萬事がが彼の意の如くにならなかつた結果に於ては大成功であつたにも拘らず、彼の良心がその職にあることを潔しとはしなかつたのであらうと思ふ。
 小栗の對馬に於ける對露交渉は大失敗どころか、華々しい成功を収めたのだつた。外交官としての小栗の功績はもつと特筆大書されるべきが至當で、勝海舟が後年「小栗の眼中にはたゞ徳川氏あるのみだつた」と公言して憚からぬのは、餘りにも偏狭なる評言であつて、彼の外交的活躍があつてこそ外侮を受ける事がなく濟んだのであるから、彼の幕府を思ふ至情をもつと掘り下げて行けば結局國家を憂へる至情になる譯で、勝の評言は妥當でない事が判るであらう。況や如何にその頃反對的立場であつたと云へ、勝が同僚の死後その徳を傷つけるが如き言をなして憚らなかつた事はそれだけでも顰蹙に價しやう。生前相容れざる政敵であつたとすれば、なほ更のことではあるまいか。
 思ふに當時の日本人は、井の中の蛙で、日本を知つて世界を知らず、「攘夷鎖國」を徒らに叫び公卿の一部や若干の雄藩や浪士共がその間に策を弄し、「攘夷鎖國」以て獨り皇國の忠臣であるかの如く放言し、外は歐米人より嘲られ、内は國家に害毒を流した。これ等の輩が日本をして窮地に陥入れことは一再ではない。かうした時局の中にあつて敢然として所信に邁進した小栗上野は慥かに先覺者の一人であった。
 筆者は小栗の功労をいさゝかも過大評價するものではないが、若し幕府に小栗がなかつたならば、幕府の倒壊はもつと早く成つたのではないかと考へられる位である。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」109-116頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 109-116頁)
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 外交とは - 2018年11月30日 11:59

 外交は獪狐と猛獅(フォックス、アンド、ライオン)の使ひ分けの術數なりと云ひしことは昔日の夢と消え失せ又國際會議は外交官の専門的職務なり云ひしも亦過去の事にして今日は如何に機敏なる外交官と雖も背後に國民の援助なくして國際會議の塲裏に於て勝を制し國利民福を獲得することは能はざるなり於是國民は平素國際會議の沿革を研究し彼我關係の問題を熟知し一朝事件の發生する時は國民の權利を主張し國家の權威を失墜せしめざる様當局者を鞭撻應援すべきなり。
 本書の如きは最近歐米諸國に開催したる各種の國際會議の顚末を記述したれば心を國民外交に傾くる人々の爲には最も有益なる参考書ならん。
 抑國民外交と云ふ言葉は明治三十七八年日露戰爭の際余が滯米二カ年深く歐米諸國の外交を研究し殊に「ポーツマス」條約の締結に當り實驗したる所に依り將來は國民外交の着ん様を痛切に感じ歸朝以來此言葉を使用したるが外交官は勿論世人も異様に感じ外交は外交官吏の主管任務にして國民の與るべき所にあらざるなりとて之を非難したり然るに爾後「ワシントン」會議及び「ロンドン」會議を公開して人民監視の中に外交問題を論議決定したる事實に依り今日國民外交と云ふ言葉は世人も慣用して怪まざるに至りたり。
 茲歳蜷川君本書を發刊するに當り其需に應じ聊か余の所感を略記す。

 昭和五年十月  葉山恩賜松莊に於て 金子堅太郎識す(『三大国際会議と日本』「序」1-3頁)

引用・参照

『三大国際会議と日本』蜷川新 著 (駒沢大学出版部, 1930)「序」1-3頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 井伊大老と小栗上野 - 2018年11月27日 21:45

 小栗上野介を語る場合、先ず第一に讃へられるのは横須賀造船所の創始と云ふ偉大なる功績であらう。この國家な偉業は大正に至って漸くその功を認められ、畏くも、皇后陛下より御内帑金の御下賜があって、既に決定的なものとなつた。これに關しては割に汎く知られてゐるから茲に贅言は要さぬ。
 處で、小栗上野の歴史的出發點となると、世の史家と稱される人々き期せずして一樣に彼が萬延元年、幕府より全權使節の一員を命ぜられ、新見豊前守、村垣淡路守等と共に遣米使節の一行に加えられた處から起承してゐる。無論、この遣米使節の歴史的役割は我が國の外交史上より見て重大な意義のある事だから、小栗上野を語る場合こゝを起點とすることは甚だ適切ある。
 この時彼は三十三歳で、この重任を彼に申付けたのは井伊直弼である。詰り井伊大老に彼は抜擢されたと云ふ譯だ。此處で初めて彼は歴史上に大寫となって現はれて來る。然し、それ以前の彼、即ち一代の傑物井伊直弼に如何なる經緯の後見出されたかと云ふ段になると甚だ不鮮明なのである。小栗上野の横須賀造船所設立の功労や、あの逼迫せる幕府財政を處理した稀ににみる經濟的手腕や、或はまた權田村に於ける冤死等々、彼を語る上に重要なる事柄であることは疑ふべくもないが、井伊直弼と彼との關係はより重要である筈なのに、何故か等閑に附されてゐるやうである。
 遣米使節に際して井伊直弼が徳川幕府より米國大統領に捧呈する國書に斷然歐文を排し、熾烈なる國家意識から和文を用ひたと云ふ事はゆうめぅな話であるが、この時代にあつて斯かる大眼識を備えた人物が眼をつけた位なのだから、小栗上野が如何に非凡なる材であつたかは容易に首肯出來ることで、言葉を換へて云えば、井伊直弼すら一目おいてゐたと見ることが出來やう。これは決して過大評價ではない。と云ふのは、井伊直弼が國書に歐文を排し、和文に改めさせた事實も筆者はこれを小栗上野が井伊に進言したものだと解釋したい。それは恰も日本海々戰に於ける東郷元帥と小笠原長生子の如き關係にあつたのではないかと思ふのだ。これが單なる臆測でなと云ふとは當時の史實を検証すれば自ら感得出來る筈である。
 茲で井伊大老に就いて少しく觸れよう。
 井伊直弼が老中松平忠固及び溜詰の勢力を背景として、安政五年四月二十三日、大老輔弼の臺命を受けるや相次いで斷行した三大政策がある。その一つは將軍世嗣の問題を繞つて縺れに縺れた幕權と水戸勢力との對抗を一擧に處理せんとした事、もう一つは日米通商條約の批准調印、他の一つは條約調印に對する公武兩方面に亘る反對派への彈壓とであった。
 直弼はこの三つの大事を疾風迅雷的に決行したのだつたが、彼がこれだけの大事を何等の躊躇もなく遂行出來たと云ふ裏面には、そこに何等かの足掛かりがなければならぬと見るのが至當ではあるまいか。そればかりではない。如何に井伊直弼が才略縦横、不世出の大政治家であつたにしても、あれだけの大事を遂行し得たのには餘程の自信がなければ出來ることではない。かう觀じ來ると、當時井伊大老の政策に参與した蔭の人々が沸然と泛び上がつて來る。井伊直弼のブレン・トラスト、さう云つたものの存在を何人も否定することは出來ぬだらうと思ふ。小栗上野も亦このブレン・トラストの重要なる一員であつたことは推測するに難くないのである。
 井伊が幕政に就いたのは安政五年で、この時、小栗の役柄は「布袋」であつた。それから僅か一年後の六年九月に、小栗は「目付」に抜擢され、米國に派遣されてゐるのだ。斯様な短時日間に小栗を樞要な地位に引上げた事から考えても、何かもつと根深い關係が伏在してはゐなかつたらうかと考へるのも強ち附會の説ではあるまい。
 處が、これ等の關係に就いて詳述したものは愚か、一言でも觸れてゐるものは皆目ないのである。これは小栗の遣米使節以後の功績が餘りにも華々しきため、所謂無名時代の小栗上野は兎角軽視され勝ちになつたのだらうと思ふが、これは決して看過すべき微々たる問題では到底ないのである。  極言すれば、井伊直弼が遂行した重要なる政策の幾つかは小栗が與つて力あつたと云ふ隠れた事實を指摘したかつたからである。井伊直弼を語る上に於て、小栗の果たした役割が、如何に歴史的重要性を持つてゐたか、それを云ひたかつたのである。
 井伊對小栗の密接なる關係を最も雄辯に物語る證左ともなるべきものは、後に到り小栗が執つた政策の何れもが、井伊の劃して果たさなかつたものであり、また幕末に於て井伊の思想を最もよく繼承したのが彼小栗であつた事など思ひ併せる時、自ずから釋然たるものがあらうと思ふ。
 井伊大老は將に倒壊せんとする幕府にとって大忠臣であったと同様、この意味に於て彼小栗もまた忠誠無二の能臣であったと云ふことが出來よう。
 彼こそ井伊の意志を受け繼ぎ、當然崩壊すべき運命にあつた幕府を最後のドタン場まで必死に支へようと異常なる努力を拂つたのだつた。然し小栗とて心中私かに、既に江戸幕府の命數が盡きなんとしてゐた事は知らぬ筈はなかつた。さり乍ら一日たりと幕府の存續する以上、直臣である彼としては、その任務を最後まで果たさねばならぬと念じてゐたのである。一部の史家の間には小栗をして單なるプランメーカーと見てゐ向きもあるが、決してそんな薄つぺらな才士ではなかつた。
 小栗ほどの人物が幕府の歸趨に就いて暗からう筈はない。だが時勢の赴くところをよく案知してゐ乍らも、歴代の恩顧に酬ゆるため、幕府をして起死回生せしめんと最後まで努力を傾倒した小栗の忠節には何人も敬服されることと信じる。
 小栗の歴史的性格を語るに多辯は要さぬ。これだけ彼の面目は躍如たるものがあるではないか。井伊直弼の背後には小栗があつた。筆者はさう信じて、井伊直弼の功績を若干割引して考へるのである。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」105-109頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 105-109頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)


 幕末の隠れたる英傑-小栗上野介忠順 - 2018年11月25日 21:28

 幕末より御一新にかけて、雲の如く輩出した人材は洵に枚擧に遑がない程で、文字通り多士儕儕である。この非常時局に活躍した人々に就いて、その功罪の如何は別として今日に至るまで幾多、碑史に編まれ、傳記に綴られ、更にまた劇となり、映畫となって、實質以上に英雄視されたり頗る大衆化されたりした人すら多い。それ故、さうした特別扱ひをされてゐる人々は巷間汎く識られてゐるが、その反面には事實に於て歴史上眞に重大なる使命を果たし、その功績既に歴然と確認されてゐるにも拘らず、一向にパッとしない、所謂「隠れたる英雄」も多いのである。
 小栗上野介も即ちそのパッとしない組の一人であることは云ふ迄もない。然しこれが御一新と云えば直ちに近藤勇や清水の次郎長しか想起できぬ八さん熊さん連中ならいざ知らず、史家を以て自任する人々さへ、小栗上野に就いて多くを知らぬ者の尠くないと云ふに至つては情けない話で、未曾有の非常時局に直面する今日の日本人として、洵に心もとない事と云はねばならぬ。
 この據つて來る處の理由は、勿論種々あると思ふが、その最大の原因は幕末維新の歴史なるものが薩長本位であつて、當時の國内情勢や對外關係を眞に大局から觀察し解剖した歴史が甚だ少ない。つまり、幕末維新の本當の立役者であつた幕府に焦點をおいて書かれたものが極めて少ないと云ふ片手落な處理による結果、歪められたものになつたのではないかと考へるのである。
 斯かる誤謬は凡ゆる機會に是正されなければならない。もとより偉材小栗上野の全貌を筆者の秀筆がよく表し盡すべくもない事は云ふ迄もないが、餘りにもこの大人物に就いて巷間汎く知られざるに多大の義憤を感じ、筆を執った譯なので、筆者は史家でないから茲に彼の史的事實のみを列擧して讀者を退屈させようとは思はない。餅屋は餅屋で、さうした事はその道の權威者にお委せして筆者は別な觀點から、小栗上野介を解剖し思ひついたまゝを書いてみたいと思ふ。(『維新回天の礎』「小栗上野介と幕末非常時政策」104-105頁)

引用・参照

『維新回天の礎』史話会 編 (日本公論社, 1940)「小栗上野介と幕末非常時政策」平田久次郎 104-105頁
(国立国会図書館デジタルコレクション)

小栗上野介忠順 終焉の地(2018.11.21撮影)
https://www.facebook.com/libra.desu/videos/1987842621258602/


 連想 - 2018年11月12日 12:11

 上院は共和党の勝利、下院は民主党の勝利で終わった米国の中間選挙。
 両院を圧倒的な勢いで自己の勢力下に収めたかったトランプ大統領、無念がるはずなのだが、 ツイッターで、

 Donald J. Trump‏?@realDonaldTrump·13:14 - 2018年11月7日
Tremendous success tonight. Thank you to all!

 Donald J. Trump‏?@realDonaldTrump·15:27 - 2018年11月7日
“There’s only been 5 times in the last 105 years that an incumbent President has won seats in the Senate in the off year election. Mr. Trump has magic about him. This guy has magic coming out of his ears. He is an astonishing vote getter & campaigner. The Republicans are.........

 Donald J. Trump‏?@realDonaldTrump·15:37 - 2018年11月7日
....unbelievably lucky to have him and I’m just awed at how well they’ve done. It’s all the Trump magic - Trump is the magic man. Incredible, he’s got the entire media against him, attacking him every day, and he pulls out these enormous wins.” Ben Stein, “The Capitalist Code”と、強気である。

 話は遡る。

 常識では中々推し量ることができない人物は、何時の時代にもいる。弟直義との戦いで敗れた尊氏は、和睦に持ち込み辛うじて体面を保つことができた。
 が、直義側の武将細川顕氏が尊氏に拝謁を願った時、敗けた側の尊氏が逆に「降参人の分際で何をいうか」と、怒ったというのだ。つまり、敗けていながら勝者と思い込んでいる節があるのだ。

 どうやら尊氏は躁鬱質で、それも躁の状態が頻繁であるようなのだ。父貞氏に精神に異常の歴、祖父家時は自害、他にも先祖に変死者が出ている。そればかりか、曾孫等にも同様な者が幾人かいると。

 勿論、トランプ大統領がそうだと言うつもりでは無く、ただの連想です。

引用・参照

『日本の歴史9 南北朝の動乱』佐藤進一著 中央公論社 昭和四十九年二月十日発行


 青空に - 2018年10月09日 13:15

 久しぶりの青空に誘われて、長野県の松川町にリンゴ狩りに行ってきた。
 この農園には毎年のように行く。

 その後、妻籠宿まで足を伸ばす。祝日のせいか人出で賑わう。
 妻籠には2007年9月29日以来、二度目である。

 「木曽路はすべて山の中である」(『夜明け前』島崎藤村著)。
 今もそうだとしても、車で走り抜けるのでは、しみじみとした風情も薄れる。

LINK:
https://www.facebook.com/libra.desu/posts/1924567234252808?notif_id=1539056285323026¬if_t=video_processed


 軍艦旗 - 2018年10月06日 15:27

 『国旗及祭日祝日の由来』真田鶴松 著(1935年)、「軍艦旗の特権」から、以下引用する。

 普通の船舶も、儼然(げんぜん)たる国籍を有すとも、外国の港湾に入るときは、其国法に従う、ただ軍艦旗を掲ぐる艦船は、何れの国如何なる海洋に到るとも、其艦船内は依然として本国の領土にして、何等外国の罪人追捕権は艦船内に及ぶこと無し、但し戦時に於ける国際法規の規定は別問題なり。

 軍艦(軍艦旗を掲ぐる船舶を含む)には、如此特権を附せられあるが故に、一見して軍艦と商船とを区別し易からしむる為め、明治二十二年十一月三日以後、特に日本の軍艦旗即ち十六條の光線を附せる日章旗を制定せられたるものなりと思わる、因みに記す、明治二十二年十一月二日迄は、我国の軍艦にも白地日の丸の国旗を掲げしめられ、軍艦旗と稱せず、之を御国旗と稱せしめられたり。

 引用終わり。

 つまり、1889年(明治二十二年)11月3日以降に、大日本帝国海軍の軍艦旗としても(既に1870年に大日本帝国陸軍の軍旗、陸軍御国旗として使用)採用されたのだ。
 11月2日迄は、軍艦にも白地日の丸の国旗、現在の「国旗及び国歌に関する法律」で定めているような国旗、日章旗(明治三年正月廿七太政官布告第五十七号に依る)を掲げ、軍艦旗と云わず、御国旗(ごこっき)と称した。

 さて、11日に韓国の海軍基地、済州民軍複合型観光美港で開かれる「2018大韓民国海軍国際観艦式」海上査閲に、旭日旗を海上自衛隊艦旗とする日本も参加する予定であったが、自衛隊艦船の派遣を見送った。

 その論点、煎じ詰めると日韓に横たわる問題は一見解決しているようだが、実は未解決のままで、根深く残っていて後を引いている。

 一時を糊塗するために使用される呪い、“未来志向”で愛想笑いを浮かべ先延ばしをしているのが実情である。

 “最終的かつ不可逆的解決”であった慰安婦合意(2015年12月28日)も一年足らずで問題が噴出した。根は同一なのである。

 「完全に理解されない事物は、正当に処置されない。現実を直視することは、完全に理解し、正当に処置するの第一歩である」(『現実を直視して』中野正剛著)。

 「旭日旗が持つ我々国民の感情次元の問題、これに対する我々の歴史的な経験、こういうものを日本側が十分に勘案し、考慮すべきだという立場を伝達をした」、また、国連など国際社会に問題提起することについては「いかなる方案が可能か、また適正か検討したい」と、国内メディア向けの記者会見で康長官。

 「自衛艦旗はわれわれの誇りであり、降ろしていくことは絶対ない」、また「自衛艦旗は法律で掲揚することになっている」と、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長。

 “誇り”というが、“傲り”と違うのか。其の“誇り”が悲惨な結果を齎したのではないのか。忘れまいぞ。

 御国旗では誇りに傷が付くか。

引用・参照

自衛隊艦船の派遣 見送り 韓国の「旭日旗認めない」受け
NHK NEWS WEB 2018年10月5日 15時10分

韓国外交部長官「国連に旭日旗問題提起の有無は…」
2018年10月05日06時35分 [ⓒ 中央日報日本語版]

旭日旗「絶対降ろさない」=韓国・観艦式参加で制服組トップ
時事通信 2018年10月04日19時51分


 武士道とは何ぞや - 2018年10月03日 18:53

 『武士道発達史』足立栗園 著 明34.6 から抜粋(一部文字を変えてある)。

 武士道といえば直ちに日本魂の変態と思い、之を忠君愛国の精神の異名の如くに推するものがある。それも全く間違っては居らぬが、聊か肯緊に中って居らぬように思える、武士道の精神は日本人に固有のものであったが、それが世代を逐うて漸次に諸種の美徳を現わし、其れ等要素が積もり積もりて、近世泰平の世に煥発し、発達し、消長したもののように認められる。

 然れば武士道といっても、其中には諸種の美徳を具有せねばならぬ。
 予輩がザット考えて見ると、どうやら武士道には少なくとも下の諸徳を備えて居るように思う、否な世代を経るに従い、国家社会の発達と共に、漸次それ等の要素を備えるようになったものであろう。

 諸徳とは一に忠孝、二に剛勇、三に廉潔、四に慈悲、五に節操、六に礼誼、先ず是等要素であると思うのである。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション


 大和魂 - 2018年10月02日 22:08

 国会図書館デジタルコレクションで探し物をしていたら、『ポケット経典:日常要訓』 (座右叢書;第5編) / 今井雷堂 著 応来社書房, 1915) が目に留まった。
 以下に「大和魂」の部分を抜粋する(一部文字を変更)。
 百年の余前の著作である。

  *

 大和魂

 大和魂とは何であるか、これは古今東西、我が国の外なき者で、実に日本臣民のみ保有している居る。一つの特権である。大和魂というは、簡単にいえば、忠孝節義を重んじる精神、又献身的精神をいうのであるが、砕いていえば

 一 君国の為には死を顧みず
 二 道に叶え義に合はざれば行わず
 三 強者を畏れず弱者を憐れみ
 四 難に当たって撓まず屈せず
 五 同情あって侠気に富み
 六 節を重んじ勇を貴び
 七 恥を知って責任を負い
 八 征戦に臨んで別離に悲しまず
 九 一度び和すれば仇敵も仇無く
 十 仁義の為には国難を辞せず

 所謂「きかぬ気」と、「生命の差出し」と、「忠孝仁義の此道一つ」と此の三つが合体して、茲に大和魂を形成して居るのである。しかして此の「生命の差出し」は、実に生死を度外視する所にあって、此の生死の度外が、又大和魂の特色である。

 敷島の大和ごころを人問はば
    朝日に匂う山櫻花

 此花と咲き花と栄える美しさは、実に忠孝仁義の美しさであるが、又生死度外の美しさである、パッと開いてサッと散り、散ったあとには実を結ぶ、これ山桜の特色である、此特色を備えた者、これ真に大和魂たるのである。

  *

(インターネット公開(裁定)著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開 裁定年月日: 2017/02/06)


 “対話のための対話は意味がない”の典型、北方領土問題 - 2018年09月25日 12:14

 当時、ロシアは東進政策を堅持していた。日本の樺太、千島にその手が伸びてくることは明白であった。

 1853年(嘉永六年)、ロシア提督プチャーチンは四隻の軍艦を従え長崎に来て、日ロの境界画定を求めた。

 幕府は、川路左衛門尉(幕臣 川路聖謨)等を長崎に遣わし折衝に当たらせた。

 この川路聖謨について、ゴンチャロフは、「川路を私達は皆好きであった」と。そして、「川路は非常に聡明であった。彼は私達自身を反駁する巧妙な論法をもって、その知力を示すのであったが、それでもこの人を尊敬しない譯には行かなかった。その一語一語が、眼差の一つ一つが、そして身振りまでが、すべて常識と、ウイットと、炯敏と、練達を示してゐた。理知はどこへ行っても同じである。民族、服装、言語、宗教が違い、人生観までも違ってゐても、聡明な人々の間には共通の特徴がある。馬鹿には馬鹿の共通點があるのと同じである」と、その人柄を評した。

 国境確定が必要とのロシア側主張の要点は、「千島、樺太の所属明確にならず、殊に樺太においてはロシア人の移住が盛んで、このまま放置すれば日本領と認むべき部分にもロシア人が多数居住することになる」と。

 ロシア側は、「択捉島は全部露領であること、樺太は南側の亜庭湾(アニワ湾)附近のみが、日本領であり、その他は、総て露領であること」と、主張する。

 対し川路聖謨は、「択捉島は、もちろん日本領であること、樺太にかんしては、北緯五十度をもって、日露の境界をなすこと」と、主張した。
 結果は、択捉島は日本領であることを認め、樺太問題は後日実地に確かめることにした。

 安政元年12月21日(西暦1855年2月7日)調印の日本国魯西亜国通好条約の第二条で、「今より後、日本国と魯西亜国との境は、エトロフ島とウルップ島との間に在るべし。エトロフ全島は、日本に属し、ウルップ全島及び夫より北方クリル諸島は、魯西亜に属す。カラフト島に至りては、日本国と魯西亜国との間に於て、界を分たず、是まて仕来の通たるべし」と定めた。

 条約交換までの間に、幕府は樺太の実地検分をし、樺太には露人は居住していないとの判断を下した。これ以前にも五回に及ぶ樺太視察を為し、露人のいなかったことが知られている。

 この樺太視察には堀織部正の従僕として若年の榎本釜次郎(榎本武揚)も従った。

 その後、幕府は懸案の樺太境界問題に決着をつけるべく、文久元年(1861年)に安藤対馬守(安藤信正)はロシアに全権を派遣した。松平石見守(松平康英)は、「五十度以南を日本領とすること。翌文久三年、日露両国から境界委員を現地に派遣し、実地立ち合いの上取りまとめること」を、イグナチーフに認めさせた。
 が、当時の国内事情で、安藤老中は攘夷論者に疎まれ文久二年(1862年1月)坂下門外で襲撃され負傷、老中を追われる身となり、約束を果たせず、これまで通り、両国の共有ということになった。

 界を分たず、とし未分界と定められた後、江戸幕府は樺太の南部を北海道・南千島と共に再び直轄地とした。

 樺太は鰊・鮭・鱒など魚類の宝庫であり、日本人の進出は漁業の拡大によってのみ可能とされ、新漁場の開発に着手した。

 江戸幕府が一貫して取った主張が明治新政府になり、七年に樺太を放棄し、千島と交換するという方策を立てた。

 「樺太の地たる、絶域の孤島、窮陰冱寒(きゅういんごかん)にして、固より磽确斥鹵(こうかくせきろ)」、以って栽すべき所に非ず云々」という開拓次官黒田清隆の意見を外務卿寺島宗則が採ったためでもあった。

 黒田清隆は、戊辰戦争で箱館五稜郭に立てこもり新政府軍に抗した榎本軍を攻略した政府軍参謀であった。彼は敵将である榎本の人物識見に深く好意をよせていた。

 黒田は樺太放棄論の急先鋒であり、彼の人事で榎本武揚を海軍中将に任じ、特命全権大使としてロシアに派遣することにした。

 このことは既に樺太全島をロシアに譲り、代わりに千島全島を日本領にするという樺太・千島交換の方針が決定していたことを意味した。

 条約改正を目的とした大使の岩倉具視、副使の木戸孝允・大久保利通・伊藤博文等の岩倉遣米欧使節団が条約改正の不成功に終わり、明治六年(1873年9月)に帰国する。

 この外遊派と西郷・板垣退助・江藤新平らの西郷隆盛朝鮮遣使への賛否をめぐり征韓論政変が起こる。この10月の政変で征韓派は下野する。

 この時の使節派遣の反対口実となったのが、樺太問題であった。
 「樺太の日本人を保護し日本の権利を擁護することをしないで、朝鮮の無礼をむりにこじつける」と、岩倉・大久保・木戸・黒田はみな其の不当を詰った。

 岩倉そして大久保らは、その手前上、問題の解決を急いだ。

 明治政府はその成立時から一貫して征韓を目指していた。征韓論は、樺太開拓つまり対露抵抗論とは財政面からだけでも両立せず、樺太放棄論であった。

 新政府軍に抗した旧幕府の国際知識豊富な榎本武揚を樺太領土交渉に用いた。

 政府が榎本武揚に与えた極秘の箇条書の中に、「彼我雑居ヲ廃シ境界を定る事」、「今全島ヲ魯国ノ有ト為スニ於テハ、露西亜右ニ釣合フヘキ地ヲ我ニ譲ベシ」とある。

 明治八年(1875年5月7日)、ペテルブルグで日本全権榎本武揚とロシア宰相兼外相ゴルチャコーフ公爵による「樺太千島交換条約」の調印となる。

 元来、江戸幕府は「日本国と魯西亜国との境は、エトロフ島とウルップ島との間に在るべし」としていたのだから、北千島と樺太全島(イグナチーフに認めさせた五十度以南を日本領とすることも放棄して)を交換したことになる。

 言い換えれば、ロシア領の五十度以北の樺太と千島列島のうち得撫島以北の島々を日本領とすべく交換したことになる。
 また、経済的には比較にならない貧弱な北千島と南樺太とを交換したともいえる。

 明治三十八年(1905年)樺太を軍事占領。が、結果はポーツマス条約(明治三十八年9月5日)での「第9条 露西亜帝国政府ハ、薩哈嗹(サハリン)島南部及其ノ附近ニ於ケル一切ノ島嶼並該地方ニ於ケル一切ノ公共営造物及財産ヲ完全ナル主権ト共ニ永遠日本帝国政府ニ譲与ス。其ノ譲与地域ノ北方境界ハ北緯五十度ト定ム」に終わった。

 北緯五十度以南、つまり、江戸幕府の主張した旧領土を回復したに過ぎなかった。

 日清戦争での兵士の動員総数は約24万人であったのに対し、日露戦争では約109万人に達し、10人に1人以上の割合で戦死者・重度の戦傷者が出た。加えて約20万頭の馬も動員され、戦地で約3万8000頭が犠牲となった。

 講和でその犠牲に見合う賠償金・領土割譲を期待した。
 が、賠償金が得られないと知り、9月5日の東京 日比谷公園での国民大会、その後に続く焼き討ち(日比谷焼き討ち事件)へと発展した。

 シベリア出兵に際しては、戦費10億円、戦死者3500人以上の損害を出して終わった。
一時軍事占領した北緯五十度以北の北樺太からは大正十四年(1925年5月)に撤退した。

 昭和二十年(1945年8月14日)ポツダム宣言の受諾し、15日の玉音放送を経て9月2日無条件降伏文書に調印。太平洋戦争が終結した。

 ポツダム宣言で、「八 カイロ宣言ノ条項は履行せらるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし 」と。

 南樺太と千島から駆逐された。

 1945年2月、米・英・ソ3カ国首脳による対日戦関する秘密協定となるヤルタ協定(「クリミヤ会議の議事に関する議定書中の任国に関する協定」)で、「二(イ)樺太の南部及びこれに隣接するすべての島を、ソヴィエト連邦に返還する」、「三 千島列島は、ソヴィエト連邦に引き渡す」とされていた。

 原爆投下による死者総数は約30万人。日本の戦没者数約310万人、そして日中戦争での中国の犠牲者は軍民死亡2100万(1985年発表),軍民死傷約3500万人(1995年発表)となっている。

 都市に対する無差別絨毯爆撃、米艦載機による那覇空襲(1944年10月10日)、東京大空襲(B29約300機)の直後に日本政府は、都市爆撃は国際法に違反であると、米政府に抗議をしている。
 しかし、日本も日中戦争で重慶爆撃などの大規模戦略爆撃を繰り返し実施していた。説得性は別にしても抗議自体の正当性はある。

 当然、広島への原爆投下直後にも非軍事目標に対する攻撃であり「国際法及び人道の根本原則」に違反すると、厳重に抗議をしている。

 さて、急ぎ江戸幕府、そして明治から昭和までの北方領土の変遷を見てきた。が、そろそろ今に戻る。

 日露関係の抜本的改善(解決ではない)に横たわる「最も重要な課題の一つは、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決して平和条約を締結し、もって両国関係の戦後期における完全な正常化を達成するという、二国間関係における過去の遺産の克服である」と。

 経緯は、「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集 1992年版」、「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集 2001年版」に詳しい。

 日ソ共同宣言(1956年10月19日)は、「両国間の戦争状態を終結させ、外交・領事関係を回復させた。日ソ共同宣言においては、日ソ両国が正常な外交関係の回復後、平和条約締結交渉を継続すること、また、ソ連邦が平和条約締結後、歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すことに同意することが規定されている」。
 しかし、1960年には、「ソ連邦は歯舞群島及び色丹島の返還の前提として、日本領土からの全外国軍隊の撤退という条件を新たに課した」。

 また、その後「ソ連邦の側からは、日本とソ連邦との関係における領土問題は第二次世界大戦の結果解決済みであり、領土問題はそもそも存在しないとの立場が述べられるようになった」。

 更に、「1991年4月に東京で行われた日ソ首脳会談の結果発表された、4月18日付けの日ソ共同声明においては、双方は「歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島の帰属についての双方の立場を考慮しつつ領土画定の問題を含む日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約の作成と締結に関する諸問題の全体について」話し合いを行った旨述べられている。また、同声明では、平和条約締結作業の加速化の重要性が強調されている」。

 一挙に最近に飛ぶ。

 北方領土問題(二島・四島返還)絡みで安倍首相、プーチン氏との会談は22回(第1次安倍政権時代を含む)に及ぶ。

 これなど北方領土問題解決の点からいえば、安倍首相の言う「対話のための対話は意味がない」の典型である。が、北朝鮮と相違し、ロシアに対する制裁などの方策は日本政府に無い。

 東方経済フォーラムの総会「極東:可能性の限界を拡大して」の席上、親愛なる“ウラジミール”は、「70年間、我々は交渉を行ってきています。シンゾウ(安倍首相)は『アプローチを変えましょう』と言った。そこで私も次のようなアイデアを思いつきました。平和条約を結ぼうではありませんか。今すぐではなく、年末までに。一切の前提条件を設けずに」と。

 席上での安倍首相の対する発言は聞こえてこない。代わって、「政府としては北方四島の帰属の問題を解決して、平和条約を締結するという基本方針のもと、引き続き粘り強く交渉していきたい。その姿勢にかわりない」と、菅官房長官。
 つまり、これまで通りなのだ。

 だが、安倍首相、「北方領土はロシアにとって安全保障上、重要な地域となっている。アメリカとロシアの関係も交渉に影響してくる」と。

 要するに、領土返還を伴わないのであれば、平和条約締結もあるともとれる。が、米国が、“うん”と云わない筈だ。
 いずれにしろ四島返還(二島返還でも)などは夢のまた夢であって、改めて日本の“何か”との交換が可能でもなければ、無理筋である。

 終戦でなく敗戦という事実に伴う現実を受け入れなければ、無い物ねだりである。悲願達成を叫び続けるのなら、“新たな戦争”を呼び起こすことにもなるかも知れない。 そして其の結果は日本の分割統治ということにもなる。

 解決済みと北朝鮮が主張する拉致問題解決を叫ぶように、領土問題は第二次世界大戦の結果解決済みという主張に、北方四島問題の解決を叫ぶのか。

 領土不拡大という戦後処理の原則、つまり、大西洋憲章(1941年8月)及びカイロ宣言(1943年11月)における領土不拡大の意図の否定、同盟国は、自国のためには利益も求めず、また領土拡張の念も有しない、である。

 が、米国などは率先して自国の為の利益を求め、今でも続けて日本にいるのではないのか。

 そして、冷厳な事実、同じく第二次世界大戦に敗れたドイツの其の後はどうか。敗戦国ドイツをどのように割譲したのかである。

 領土不拡大を声高にするのも正当かも知れない。が、国際社会が受け入れるかどうかは定かでない。

 安倍首相が云うように“アメリカとロシアの関係も交渉に影響”してくるとすれば、日ロ相互に“一切の前提条件を設けず”でも、平和条約締結は不可能かも知れない。
 もともと四島返還は“米国の思惑”から始まったからだ。そして、それは“常に現状維持=日ロのいざこざ”を意味する。

 安倍政権が進める共同経済活動でさえ、下手すると米国の制裁の対象となり兼ねないのだ。そう、“制裁魔”のトランプ氏が狙いをつけてくるかも知れない。

 米国の怒りを買ってまで、そして四島返還を求める国民に失望落胆をさせてまで、安倍首相の最後の政治任期を賭けて、平和条約を締結するのか、しないのか、決断を迫られている。

 いま安倍首相の空虚な頭の中て、“平和条約を結ぼうではありませんか。今すぐではなく、年末までに。一切の前提条件を設けずに”とのウラジミールの声が響きわたっているに違いない。
 除夜の鐘、150年に亘る煩悩は除去できるのか。

 すべては安倍首相の大言壮語、空言、虚言だけで能力が伴わず、成果が得られず、挙句の果て先延ばしを計る癖が問題解決を更に遠ざける。

 未来志向をもって現実の処理(事実)から逃れるなど愚かな政治手法である。適切に処理されなかった現実は常に素早く追いついて来る。

 露西亜は樺太・北方領土で軍事演習を進める。北方領土を自国の領土する姿勢を鮮明にする。

 江戸幕府が一貫して主張し相手に首肯させた北方領土に、実態としては今に続く薩長政権の明治政府、多大なる犠牲者と莫大な財力の消耗により国家存亡の危機を招き、150年の時を経ても、北方領土を無に帰した上ただ問題を残したままである。

引用・参照

安倍首相 北方領土問題解決には安保上の課題克服が必要
NHK NEWS WEB 2018年9月17日 23時46分北方領土

プーチン大統領「平和条約締結を年内に」提案に 日本政府「四島帰属の解決が先」 ロシアは交渉「即刻行える」
SPUTNIK 2018年09月12日 20:47(アップデート 2018年09月12日 22:02)

露日の平和条約を前提条件を一切設けず、年末までに締結しましょう=プーチン大統領 SPUTNIK 2018年09月12日 15:35(アップデート 2018年09月12日 21:18)

サハリン・北方領土で対日戦勝記念式典 ロシアの領土強調
NHK NEWS WEB 2018年9月2日 17時04分北方領土

外務省「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集 1992年版」
外務省「日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集 2001年版」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/ryodo.html
http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/gaikou.html

『維新正観』 蜷川新著[注記・解説]磯川全次 批評社

『千島列島をめぐる日本とロシア』秋月俊幸著 北海道大学出版会

『日本近現代史を読む』監修宮地正人 新日本出版社

ウィキペディア「第二次世界大戦の犠牲者」

『日本渡航記』ゴンチャロフ著 岩波新書

『日本の国境問題』孫崎 享著 ちくま新書

『日本の歴史 20 明治維新』井上清著 中央公論

『国際条約集 2003』 有斐閣


 災難は忘れた頃に - 2018年09月09日 14:28

 ざっと調べてみると、6日未明の北海道の大地震(「平成30年北海道胆振東部地震」)に関し、今日までに全国紙・ブロック紙・地方紙で、見出しに“泊原発”を掲げたのは、南日本新聞の「泊原発/停電でもろさ露呈した」だけか。
 大きな地震というと、条件反射的に“原発はだいじょうぶか”と、思うのだが。
 ブラックアウトで、北海道が宇宙から見た“北朝鮮の夜”のようになっても、表立って話題(ニュース等)にはならなかったようだ。
 時間的・距離的・空間的観念の束縛から自由な現代、多発する災害・事故も“スマホ”が映す個から遊離したバーチャル・リアリティー(仮想現実感)なのだろうか。
 「地震は北海道では起きないもので、人ごとだと思っていた。実際に被災すると、こんなにつらい気持ちになるなんて」(中日新聞 2018.09.07)。
 “生の言葉”が、直面・直視しなければならない現実がそこにはある。
 あの東日本大震災(2011年3月11日に発生)、そして福島第一原子力発電所事故、今なお事故処理に追われる。
 忘れるには早過ぎる。それに災難は忘れた頃にやってくるか…。
 それは小さな画面が消えた時に。


 普通の国へ - 2018年09月04日 12:36

 米朝首脳会談(2018年6月12日:シンガポール セントーサ島)、その内容においては、会談前の鎬を削る折衝を重ねた結果というよりも、横着を決め込んだような共同声明となっている。
 が、米朝を共に投網に掛けるには十分である。何の為の網か、無論、北東アジアのみならず世界平和の為である。

 トランプ政権になり、国際社会の不安定はいやがうえにも険悪化し戦争への気運も高まる。自国優先を掲げて同盟国をも対象とする無差別の粗粗しい“制裁”という貿易政策を強引に押し通す一方的な手法が国際社会から顰蹙を買っている。
 未だ世界一の経済力と軍事力で覇権を握る米国ではあるが、その両輪の衰頽する兆候はトランプ政権の焦りともなってあらわれ、米国に追随し、凌駕しようとする国々に対し抗うことになる。たとえ米国が隆盛の一途を辿ろうとも、ひたひたと迫る足音には振り向かざるを得ない。
 史上初の米朝首脳会談が開かれた。予測不能なトランプ氏と合理的に対応すれば対話が可能な金正恩氏との世界が注目する出会いであった。ただ付きまとう不安は両首脳の声明に規定する行動の曖昧さである。
 いずれにしろ一抹の不安を抱きながらも世界は注目し、朝鮮半島発の平和機運を一時味わった。

 トランプ大統領は、「多くのミサイルが上空を飛び越えた日本は、私の仕事をとても喜んでいる」と自賛し、また金正恩委員長は文大統領に「大統領が朝まで眠れるようになることを私が確認します」と冗談を飛ばした。

 明け方の北朝鮮のミサイル発射に、文大統領は国家安全保障会議(NSC)を招集し対応していた。日本もまた日本海にイージス護衛艦の艦対空ミサイルSM3、そして撃ち損じに備える地対空迎撃ミサイルPAC3の配置でオロオロしていた。

 米朝両首脳とも日韓の狼狽は百も承知なのだ。互いのブラックユーモアの向かう先は、米国でもなく北朝鮮でもなく、日韓なのだ。

 安倍首相、李克強首相、文在寅大統領の日中韓首脳会談(東京 5月9日)の共同声明では、「朝鮮半島の完全な非核化及び朝鮮半島における恒久的な平和体制の構築という共通の目標を確認した「朝鮮半島の平和と繁栄,統一のための板門店宣言文」を特に評価し,歓迎する」とした。

 が、北朝鮮の非核化に関する安倍首相は際立っていて、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)を強調すると共に拉致についても提起し、3か国間の思惑の違いを浮き出させた。

 ポンペイオ米国務長官との非核協議(7月6・8日:北朝鮮)ついて、北朝鮮の外務省は声明で、「アメリカ側は、CVID=完全で検証可能、かつ、不可逆的な非核化や、検証など、強盗のような要求ばかりを持ち出した」と。

 北朝鮮にとって、一方的な非核化そしてCVIDなどは“強盗のような要求”だ、との認識なのだ。経済制裁などは受けていても、北朝鮮は決して敗戦国でもないし、況して被占領国でもない。この点を忘れての交渉事は、ただ暴力や脅迫で他人の財物を奪う者に等しく、今や核爆弾を持つ“核保有国の仲間入り”を果たしたとの北朝鮮に抵抗され峻拒されるのは当然である。

 北朝鮮の主張する「行動対行動」が原則であって、米国が「北朝鮮に安全の保証を与えることを約束(「President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK」)」したことを“行動”で示す必要がある。
 最近(VOX Aug 29, 2018 EDT)「Trump promised Kim Jong Un he’d sign an agreement to end the Korean War」との記事がある。

 北朝鮮がなぜ核ミサイル等を開発進展させるかの根本には、“米国の脅威”あるからなのだ。それは米国のように世界の覇者として君臨するためにではなく、米国の威嚇・恫喝などの対象から逃れ、対等であることを欲するからだ。

 一方的に北朝鮮が非核化を“約束”したのではなく(「and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula」)、歴史的な米朝主脳会談へ漕ぎつけたその前提に、「朝鮮半島で非正常な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立するのは、これ以上先送りできない歴史的課題だ」という認識に、金正恩側から歩み寄った。そして、「南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」のだ。

 行動対行動の原則では、本来、圧倒的軍事的優位に立つ米国側が先に平和への具体的提言があってこそ、成立する。万が一それでも北朝鮮が“行動”しない時にこそ、米国は声高に北朝鮮を非難できる。
 最大限の制裁と圧力は其れだけでも、軍事的緊張を高める。しかし、北朝鮮は制裁にも緊張にも耐えている。
 北朝鮮は外部圧力によって鎖国化されている状態だ。まるで“窮鼠”のようである。河野外相は北朝鮮との国交断絶(国際連合憲章第41条を意識してなのだろうか)さえ他国に求めた。

 現状のトランプ政権の在り方では北朝鮮に疑心が生ずるのは仕方がない。だからこそ米国の安全保証への具体案が必要なのだ。金正恩というめったにない意思決定者を得たのだ。この機会を逃すようではトランプ大統領、端からやる気がないのか、或いは“交渉人”としても“おいぼれ(dotard)”となったかである。

 韓国は「板門店宣言」で安堵を得た上に、米朝首脳会談で、板門店宣言がメインディッシュとなった。添え物としては米朝の共同声明の中に、「2 米国と北朝鮮は、朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築くため共に努力する」などがある。

 そして北朝鮮の非核化も北朝鮮制裁決議の見直しも其の成果は掛かって韓国の文大統領の双肩にある。如何に他国の思惑に左右されず、そして米政権を説得するかである。

 核兵器と核計画の完全な廃棄は国際社会の二枚舌の虚を衝くことでもある。北朝鮮は核兵器禁止条約の制定交渉開始定めた決議採択(2016年10月27日)に賛成した。
 核兵器禁止条約交渉会議で、当時の岸田外相は「「核兵器のない世界」に対して現実に資さないのみならず,核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で,逆効果にもなりかねない」という考えに至ったと。

 しかし、包括的核実験禁止条約(CTBT・未発効)、核兵器不拡散条約(NPT)などは、未臨界核実験などの抜け穴技術で反故同然であり、言わば核保有国が相互に軍事力の優位性をいかに保つかに重点が置かれているのである。そして埒外の国には効果なしである。要するに核保有国同士の対立を包含し、保有国と非保有国の対立も既存のことである。更に今では戦術核兵器の使用も現実のこととなっている。インド・パキスタン・イスラエルそして北朝鮮の例は、特にその核の傘の内にある国も含め、二枚舌の矛盾の証左であり、絵空事に近い。NPTに加盟していないインドと日本の原子力協定などはどうか。

 前岸田外相の“逆効果にもなりかねない”などは噴飯ものである。考えてみれば、核兵器廃絶決議案を長年出し続けている日本“なのに”である。むしろ更に対立(議論)を深め、核兵器禁止条約を推し進め、核保有国対他国連加盟国と成し核兵器禁止という目標に向かうべきではないのか。

 日本は北朝鮮に非核化を求めるなら、なおさら核兵器の全面廃止と根絶を求める核兵器禁止条約に署名・批准をすべきである。「条約とは考え方、アプローチを異にしている。参加しない考えに変わりない」との安倍首相の弁、“アプローチ”は種々であり目標は一つだ。言い訳にしか聞こえない。

 安倍首相と河野外相は制裁・圧力の一辺倒を唱え続け、更に外相は不適切にも他国に対し北朝鮮との国交断絶まで求める(2018年1月16日カナダ・バンクーバー20か国外相会合)始末なのだ。
 正に「大勢判別能力がまひした愚か者のたわ言」なのかもしれない。
 最近でも外相は国連安全保障理事会の非常任理事国であるペルーを訪れ、「北朝鮮の完全な非核化に向けて、安保理決議に基づく制裁措置を維持するよう」各国への呼びかけを確認するのである。

 蚊帳の外から、“平和を希求する”ことに、真っ向から立ちはだかる日本である。
 戦争を避け平和を持続させる少しの機会でも其処にあるのなら、見逃さず育てていこうとする気構えを失くしている。

 北朝鮮の非核化を叫ぶも、実態は北朝鮮を追い詰める制裁を、そして拉致問題を呪文の如く唱えている。制裁それ自体も人頼みの拉致問題も既に何ら得るものも無い状況である。
 呪文はただ安倍政権という反動政権を暫し生き存えさせるだけだ。
 制裁の破綻が今の政治状況であり、北朝鮮の核開発を抑制するどころか運搬手段の核ミサイルまで進展させてしまった。

 制裁に関し金正恩党委員長は、「強盗のような制裁封鎖でわが人民を窒息させようとする敵対勢力との激しい対決戦」である、と。また、「奮い立った人民の沸き返る熱意によって最も難しくて骨の折れる条件でも神話的な奇跡の歴史を記している」とも。

 米朝会談の前にトランプ大統領は制裁を続けるも「最大限の圧力という言葉はこれ以上使わない」と、調子を落とした。

 さて、“おいぼれ”のトランプ氏に率いられる政権下には、地道に論理を追って交渉する有為な人材は見当たらない。場当たり的で恫喝に長けた者では北朝鮮の敵ではないし、門前払いとなる。好戦的で信憑性に欠ける言辞を弄する“バカ”ばかりが固める。要はトランプ政権内での綿密な打ち合わせもなく、ただトランプ氏の世界に向かっての“ホエザル・ツイッター”がすべてであり、それへの“忖度”が配下の為せるすべてなのだろう。ゆえに裏付けなしの報道がまかり通っている。

 米国次第で、当然、元の木阿弥も含めてだが、いずれ国際社会は雪崩を打つように大きく揺れる。世界に制裁という爆弾が飛び交い、それが高じて実物が落とされるのか。或いは米政権の著変か。

 日本は戦争への“橋渡し役”に勤しむのか。安倍首相の双眸に映るのは国民無視と戦争準備である。

 「韓半島(朝鮮半島)問題は我々が主人という認識が非常に重要だ」と、光復節73周年式典の祝辞で文大統領。
 その通りである。

 さて、非核化に関し、具体策は皆無ではあるが、歴史的といわれる米朝首脳会談の共同声明の核心部分は、「3 2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する(「3.Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.」)である。
 そして、入れ子になっている「板門店宣言」では、「3.(4)南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。南と北は、北側が取っている主導的な措置は、朝鮮半島の非核化のために非常に大きな意義があり、重大な措置だという認識をともにし、今後それぞれが、みずからの責任と役割を果たすことにした。南と北は、朝鮮半島の非核化のための国際社会の支持と協力のために積極努力することにした」(「④ 남과 북은 완전한 비핵화를 통해 핵 없는 한반도를 실현한다는 공동의 목표를 확인하였다. 남과 북은 북측이 취하고 있는 주동적인 조치들이 한반도 비핵화를 위해 대단히 의의 있고 중대한 조치라는데 인식을 같이 하고 앞으로 각기 자기의 책임과 역할을 다하기로 하였다. 남과 북은 한반도 비핵화를 위한 국제사회의 지지와 협력을 위해 적극 노력하기로 하였다.)となっている。

 “核のない朝鮮半島”、“朝鮮半島の非核化”の真の意味は、早合点すると、当然“北朝鮮の核”だ、となる。もしかすると、金正恩氏もそう思っているのかも知れないが、何せ理屈っぽい北朝鮮側である。
 韓半島(朝鮮半島)の非核三原則(「核を持たない」「持ち込ませない」「核を作らない」)、それに朝鮮半島にとり最も危険(敵対)と見做される日本を巻き込んでの核兵器禁止となる“朝鮮半島の非核化”かも知れないのだ。
 終戦宣言に続く法的効力がある平和協定後の韓米同盟についても論議される。
 つまりは、最終的には米軍が近傍でうろちょろしないことを意味する。
 米国の本質は執拗な“invader”である。一度とりつかれたら、骨までしゃぶり尽くされる。
 日本・韓国がその例である。両国とも70年余の間、追い払うことができていない。その絶好の機会が巡ってきているのだが、インベーダーのすっかり手下になってしまった“保守”という国民が、共に母国を喰い荒らすことに嬉々としている。侵略者様々であり、御零れをいただいて大満足なのだ。

 日本に朝鮮国連軍後方司令部がある。「吉田・アチソン交換公文により,サンフランシスコ平和条約の効力発生後も朝鮮国連軍が日本国に滞在することを許し,かつ,容易にする義務を受諾した」のだ。
 朝鮮戦争が再開されれば、日本には国連軍施設に指定されている基地(7か所)があるので、当然、攻撃され戦地となる。
 朝鮮戦争が終われば、朝鮮国連軍後方司令部を置く根拠も崩れ、“クラゲ”のような存在も 解体(日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定 第24条・第25条)されることになる。
 本体は日米安全保障条約である。そして入れ子の日米地位協定。そのまた奥の院、日米合同委員会が存在する。三猿を捩れば、“見えざる”・“聞けざる”・“言えざる”の類で、実質は米国(軍)による日本支配の“深層”機関である。主権在民にもかかわらず、“untouchable”な存在なのだ。

 日米安全保障条約(旧)の前文に、「無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていないので」、武装を解除されている日本は危険である。よって、「日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊維持する」と。勿論、この前文は巧妙な修辞に満ちている。
 侵入者のレトリックである。

 米韓相互防衛条約の構造もまた似たりか。

 さて、“無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていない”ことについてである。
 日本が武装を解除されたのは、ポツダム宣言によれば、“無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者”、“日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力”の所為である。つまりは、日本の“無責任な軍国主義”の結果となる。
 この無責任な軍国主義鼓舞する日本の勢力が駆逐すべき対象であった。
 そして新安保条約では、この駆逐すべき対象は駆逐されたのか、替わって個人の自由及び法の支配を擁護するなどと、日米(今度は駆逐すべ勢力に米国も加わるか)共に諫言を弄し、“個別的又は集団的自衛の固有の権利”があると囁き、安倍内閣に至って憲法解釈(2014年7月)を変更、集団的自衛権の行使を容認し、見事にそれが達成でき、そして安保法制が成った(2015年9月)。
 前文に鏤められた“平和”の名を冠し、事は進む。

 安保法制、安全保障関連法は既にあった法律10本を一つにまとめた「通称:平和安全法制整備法」と新法である「国際平和支援法」である。前者は他国を武力で守る集団的自衛権行使が可能となり、武力攻撃事態法改正が主である。後者は他国軍の戦闘支援のために自衛隊の随時派遣を可能とする。

 そしてこれら戦争法を、特定秘密保護法(2013年12月)が国民から隔離し護る。

 自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者は、未だ蔓延る。駆逐できるのは無責任で無関心の国民なのか。

 朝鮮半島問題は我々が主人と改めて意志を固める文大統領である。米朝共同声明の2でも、「アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する」のであり、それは米朝の歩み寄りの契機ともなる。詰まるところ完全な非核化に向けて取り組むことになる。

 そして、米朝共同声明での思惑ありげな“北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むこと”ではあるが、実質は北朝鮮も朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むが、米韓、そして日本も取り組むということではないか。北朝鮮は、「実際に強制査察を受けるべき対象はまさに、日本自身である」とまで言い切る。

 そう、朝鮮半島の非核化は半島周辺国家へ平和を招来することになる。北東アジアは繁栄の核となる。

 日本そして韓国の外相、六月十二日の米朝首脳会談の結果を受け、茫然自失の体であった。  つまり、あるべく目前の道が急に消えたような有様となった。希望的観測に満ちていた日々が、十二日を境に手に持つ膨らんだ風船が俄に針で刺されてしまった如くなのだ。
 夢が、トランプ大統領にかけた願いがあっさりと“無視”された。

 猫騙しに遭ってしまった。制裁・完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)・拉致問題を口酸っぱくなるほど頼んだのに、すっぽりと抜けた。

 勿論、パンムンジョム宣言は南北が主体である。元を正せば日本に責任がある。その日本の為に一肌抜ぐことは吝かではないだろうが、精々主役(文大統領と金正恩朝鮮労働党委員長)を相呼応させる役割どころではないのか。

 よって、肝心なことは安倍政権、“蚊帳の外”に置かれた。もっとも濡れ手で粟をつかもうとする側の魂胆がそもそも卑しいのだが。

 しかしながら、安倍首相は中々悪運が強い、というか、当初の狙い通りなのかも知れない。  今次のことも深読みすれば、制裁・完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)・拉致問題も捨て置かれ切歯扼腕、茫然の体(振り)ではあるが、本音は“ラッキー”なのだと思う。

 なぜなら、拉致問題が“真面目”にパンムンジョム(板門店)宣言に米朝共同声明にて提起され“解決済み”と宣われたら、万事休すである。また、軍備拡張を急ぐ安倍政権にとって、完全な非核化に向けたCVIDを謳われたら、振り上げた拳の行く先がなくなる。
 よって、米国には到達しないが、日本を射程内に捉える短・中距離ミサイルの放棄をも北朝鮮に求める。

 ミサイル避難訓練の中止程度で国民の批判をかわせたのだ。本音はホッとしているか。3選を目指す安倍首相、憲法改正の実現に意欲を示す。

 特に日本、後は以前にもまして、制裁・完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)・拉致問題の解決を、とカエルの合唱である。
 が、日本と韓国では同じ合唱でも、同床異夢である。日本の場合ははっきり言って韓半島の平和を求めるよりも、北朝鮮(朝鮮半島の非核化=北朝鮮の非核化?)の非核化よりも“現状凍結”のほうが、何事においても都合がよいのだ。

 口先だけで拉致問題の解決を叫んでいるほうが、北朝鮮の脅威を声高に告げ国民を煽っているほうが、万事都合がよいのだ。
 憲法改正・軍備拡張・国民統制などの為である。戦争ができる普通の国を目指しているからだ。
 勿論、当面は単独でなく米国に付き従う見習い軍隊として、そしてその後は、「日本を取り戻す」という第二次安倍政権の標語である。
 つまり、木に竹を接ぐ江戸幕府から明治への急ぎ物、そして、挙句の果てに先の大戦で完膚無きまでやっつけられての敗戦である。この接いだ“竹”が、「第1章 天皇 第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」で始まる大日本帝国憲法が、第二次大戦後は日本国憲法に改められ、国民が主権者となり、枯れてしまった。

 “取り戻す”とは、今度は“日本国憲法”という木に新たな“竹”を性懲りもなく継ぐことなのだ。安倍政権が今の調子で国民を無視して数に頼んで行くなら、“取り戻す”ことができるかもしれない。

 「敗戦国の束縛から完全に逃れるために身もだえしている軍国主義毒蛇」と、北朝鮮。

 「こんな首相に絶大な権限を与え、日本の運命を託し続ける国民とはいったい何者なのか。自民党永久政権とそれを利用して生き延びる官僚組織に食い物にされているに、いつしか日本は、経済はおろか社会や道徳までものが劣化してしまった。そのことに日本人はどうして気付かないのか」(『さらば外務省!』)。

 そしてまた、あとがきにある一つ目「歴代首相の中で小泉首相ほど、政治と国民を舐めてかかった政治家はいない」と。今、安倍首相も輪をかけてその歴代に加わる。

 「権利=法の目標は平和であり、そのための手段は闘争である」、「権利=法にとって闘争が不要になることはない」(『権利のための闘争』と。
 日本国憲法もその第十二条に、「国民の不断の努力によって感じて、これを保持しなければならない」と定める。
 国民は浮草の存在であってはならないのであり、闘う存在でなければならない。

 2007年4月の福島衆議院補欠選挙の応援遊説の中で、「(長州の)先輩がご迷惑をおかけしたことをお詫びしなければいけない」と、安倍首相。
 が、後輩である安倍首相も国民の忌避することを、法を無視し強引に進める。先輩も汚職事件や権力犯罪を起こしている。
 そして今、終始一の如し見苦しい言い訳の結果、いつまでも燻ぶる森友・加計問題など国民の前に曝け出している。
 官僚の国民誑かしも極まるところを知らない。悪臭が顔面から滲みだしている政治家と面従する官僚群が国民の財産を奪い合うのである。

 腐敗した政治は、末端の地方にまで、その法の主旨も体さず狡猾にも利用し、事実(情報)を国民から覆い隠すことを強いる。
 例えば、公文書の公開請求をしても、国と地方公共団体に関わる国民(市民・住民)の“関心事”は金太郎飴のようにつくられた情報公開条例の第7条、「実施機関は、公開請求があったときは、公開請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き」云々の規定に抵触し、公開に遮断機がおりてしまう。
 その号とは、2・3・5・6・8である。たとえば、(8)では、「国家戦略特区に係る事務事業については、関係機関との綿密な協議・調整があってはじめて執行できるものであることから、事業の方針決定に至る途中段階にある情報を公開することで、関係機関との協力又は信頼関係を著しく損なうおそれがある」などである。
 “関係機関との協力又は信頼関係を著しく損なうおそれ”があるでは、市民の知る権利の尊重または市民に対する説明責任を果たしていないのである。基本的に公的事務作業に“隠し事”のあるほうが問題なのだ。そこに“疚しいこと”ありとしなければならない。
 堂々と公開し批判を受けることだ。さもないと腐臭が漂い、公正中立な行政を捻じ曲げることになる。

 トランプ大統領を責めるよりも、金正恩の手腕を嫉むよりも、自らの現実認識の“甘ちゃん”な無能ぶりを反省すべきなのだ。
 自分の都合のよいように事態を解釈し、またその方向に、世界を駆け巡り、我田引水を計画し或いは扇動していた日本の安倍政権、今や急停止せざる得なくなった。が、CVID・拉致問題が取り上げられなかった為、其の点を論い、非核化まで制裁をと叫び続け、国民には取り繕いを続ける。

 米プロバスケットボールの元スター選手、デニス・ロッドマン氏は、「初回なので期待し過ぎてはいけない」と、米朝首脳会談の前に釘をさしていた。

 率直に言えば、安倍政権の国際社会に向かっての“吹聴”は“親玉”が転けないという前提があってこそ、「対話のための対話には意味が無い」、「最大限の圧力」なのであり、「最大限の圧力という言葉はもう使わない」と、トランプ大統領が振り上げた拳をダラリと下げてしまっては、安倍首相と河野外相にとってはばつが悪いことになったのだ。なにせ根無し草の存在に陥ってしまったのだ。大仰に言えば盤石の列島があまたの震動に怯える浮島のようになってしまった。

 北朝鮮は、拉致問題をはじめとし政権補強の具であり、特に安倍政権にとって必須のアイテム、“虎の子”である。手放せないのだ。言葉とは裏腹に米朝の罵りあいを続けていて欲しいのだ。拉致も非核化も解決が長引くほどよい。

 北朝鮮の若き指導者の破顔一笑に国際社会は魅了されてしまった。その引き立て役はこれまた国際社会の異端者、米国のトランプ大統領である。“嫌よ嫌よも好きのうち”という訳である。金正恩氏に電話会談するための米大統領府の自分の直通電話番号を教えた。これでは安倍首相、いくら焦ってトランプ大統領に電話をしても、“金ちゃんトラちゃん”の仲を裂くことも本音トークの会話を漏れ聞くもさらに遠のく。
 つまり、蚊帳の外であり、迂闊にこれまで通り「対話のための対話には意味が無い」とか、音を上げるまで「最大限の圧力」で締め付けるなど国際社会の協調を訴えうそぶくことはできなくなる。

 「体質化したいかさま外交」、「大勢判別能力がまひした愚か者のたわ言」と、北朝鮮に対する河野外相の制裁強化の呼びかけを、米朝会談前の早い段階で批判している。そして「米国の対朝鮮圧力の笛に合わせて踊らなければならないのが日本の哀れな境遇であり、米国の脚本通りに物乞い外交を行っている」と批判。
 「外交に責任を持つ者なら、制裁や圧力が通じるかどうかを熟考して行動すべきだ」と、論評も正鵠を得ている。更に「地域の要求と大勢を知らなければ政治的にも孤立した『独りぼっちの島国』の運命を永遠に免れないということを日本は知るべきである」とも。

 米国への批判は止んでも、「不安感にとらわれた安倍は朝鮮半島の情勢を悪化させようとする不純な策動に東南アジアの国々を引き入れようと愚かに画策しているのだ」などと、日本への的を射た批判は鳴りやまない。

 金正恩氏に“してやられた”、否、やられつつあるのである。
 聴くべきは同盟国米国の囁きよりも、“北朝鮮の諫言”だったか。
 風見鶏のような日本外交では北朝鮮の信頼を得ることは難しいかも知れないが、米朝悪態合戦の結果もあることだ、現在の北朝鮮は日本の対応の確かさを計っている、機会が到来している。

 安倍首相は三本の白羽の矢(大胆な金融緩和・積極的な財政拡大政策・未来の成長戦略)は企業を富ますも、トリクルダウン効果は得られず貧富二極化の深化へと向かう。最近は失敗例を聞く水道事業の民営化をも進める。

 米国第一を唱えるトランプ政権への100%の追従は同床異夢のごとしである。恐らく、100%なのはワシントン・コンセンサスの実施そのものか。が、これは100%の角逐を意味する。
 政治的にもベトナムでの日朝極秘会談(7月)が米側の不快感を招いている。

 一方のトランプ大統領は、パリ協定にまで“いちゃもん”をつけ、「米国の納税者を失業させ、低賃金や工場閉鎖をもたらし、製造業の生産を減らしてきた」と、米国を束縛するあらゆる束縛を振り解こうとする。

 そして、企業統制をしながらグローバル化を巧みに利用し貧困を救い(「中国は6億人以上の人を貧困から救ったことを知っているか」と、激高の中で王毅外相:2016年 オタワ)、今や米国を追い抜こうとする経済大国に伸し上がった中国に、トランプ氏、いら立ちを覚え関税・非関税障壁での八つ当たり、さらに北朝鮮の非核化が進まない原因まで含め、責任転嫁である。

 「朝鮮は核実験場を閉鎖し、ミサイル実験施設を撤去し、朝鮮戦争時の米軍兵士の遺骨を返還した。朝鮮側は善意を示し続け、米側は歓迎し評価したが、それを対等で釣合のとれた行動に移していない。米国は米韓合同軍事演習を停止したものの、政策を強化し続け、最大限のプレッシャーに歩調を合わせるよう各国に要求し、平和体制構築には消極的だ」と。
 「米側が自国に誠意と柔軟性が不足している問題を顧みずに、中国側を責めるのは、事実と合致せず、道理にも合わない」と。
 そして、「他国に責任をなすりつけるのは大国のすべき行いではない」と。

 つまり、味方(ツール)であった自由貿易が不自由になってきたという訳である。理不尽にも敵愾心を燃やされた中国は知恵を絞るに違いない。そう、自由貿易の守護者としてなど、諧謔じみてはいるが。

 滑稽にも、束縛から逃れようともがきながら両手で自分の首を絞めつけるトランプ大統領、とにかくハチャメチャに制裁しまくるが、果たして巨大市場を本当に捨てられるのか。

 “米国第一”は正しく自国の軍事力・経済力に頼んでの放縦なユニラテラリズム(unilateralism)を以って、自傷行為を続けると共に他国に不利益を強要するものである。

 「米国が「レッドライン」を超えた場合には、欧州は団結して対抗する必要がある」と、ドイツのハイコ・マース外相。

「ヨーロッパはもはや安全保障をアメリカに頼ることはできない。ヨーロッパの安全を守るのはわれわれ自身だ」と、マクロン大統領。

 「EUはアメリカから独立した決済システムを検討中だ」と、ドイツのマース外務大臣は強調する。

 「輸出契約における主な決済通貨である米ドルには非常に多くの疑問がある」とし、他の決済方法の検討の必要性を考えさせる(ロシア連邦軍事技術協力局のドミトリー・シュガエフ局長)。

 「アメリカのトランプ大統領の行動や政策により世界はアメリカに対し団結することになった」と、米国の作家・国際問題評論家のDilip Hiro氏。

 「各国通貨を決済に使用し、国際貿易におけるドルの支配に終止符を打つ必要がある」と、トルコのエルドアン大統領。

 そういえば、パンムンジョム宣言も、「1.(1)南と北は、わが民族の運命はわれわれがみずから決定するという民族自主の原則を確認」した。

 文大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は米国の態度如何にかかわらず、パンムンジョム宣言を推し進め平和構築をしたらよい。パンムンジョム宣言を容れた米朝共同声明がある。

 文大統領、支持率が56%と下がっても韓国国民の71.88%は板門店宣言を国会が批准同意すべきと支持しているのだ。

 「対話のための対話には意味が無い」と云えば、安倍首相、北方領土問題では通算21回目となる会談、これなど見込み外れで“対話のための対話には意味が無い”の典型といっても過言ではあるまい。
 そして、性懲りもなく、「北方領土四島の帰属問題を解決し、平和条約を締結したい」と、安倍首相(ロシア訪問:9月11日から予定)。

 最近、ロシアが6月18~21時日に択捉島(イトゥルップ島)でミサイル訓練すると通告。が、日本政府のロシア外務省を通じての抗議に関し、ロシア外務省のモルグロフ次官は「何も受け取っていない。初めて聞いた」と。

 日本の米陸上配備型イージス、イージス・アショアをロシアは好まないと。

9月11~15日の軍事演習「ボストーク(東方)2018」には約30万人の兵士が参加する。中国は兵士3200人、車両900台、航空機30機を派遣する。演習には核兵器の使用シミュレーションが含まれると。

 かつて「人間ゴミ、血に飢えた吸血鬼」と北朝鮮に称されたタカ派中のタカ派、ジョン・ボルトン国家安保補佐官はリビア方式の非核化などを論い、北朝鮮の手強い外交官、金桂寛氏の怒りを買い、「一方的に核放棄だけを強要しようとする対話にもはや興味を持たない」と、米朝会談の再考を言い出した。

 また崔善姫外務次官も、「われわれは米国に対話を哀願しない」と、リビアのように終わるだろうと発言したペンス副米大統領に反発(5月24日)した。

 ボルトン氏もペンス氏も北朝鮮との対話当事者の資格は失った。

 ポンペイオ米国務長官の北朝鮮訪問(7月6・7日)で、金正恩氏の側近であるキム・ヨンチョル副委員長と、朝鮮半島の非核化でなく北朝鮮の非核化をめぐって協議し、“一定の進展”があったとした。

 一定の進展(作業部会で北朝鮮側の取り組みを検証していくことか?)が、何を意味するのかは不明である。急きょ行く末について日米韓の外相らの鳩首凝議とあいなる。日米韓3か国の外相協議(8日)で、その詳細説明があったのかも知れないが、国民には不明なことである。

 ただ判然としていることは、日米韓の河野外相、ポンペイオ米国務長官そして康外相は北朝鮮の理詰め相手としては、余りにも無能であり、無神経であり、外交手腕に欠けるため、失格である。前の二人には“侮蔑”の言葉さえ投げつけられている。

 康外相は端から相手ではない。
 「Twitter followers across the world! We want to let you know history is being made on the Korean Peninsula. The top leaders of the two sides will meet for an lnter-Korean Summit on April 27. Cheer us on, and stay tuned! #peacekorea #남북정상회담 14:19 - 2018年4月23日」と、興奮気味に韓半島で起ころうとする歴史に言及する。
 が、その後は制裁などをカウンターパートと共に園児よろしく合唱する。

 勿論、ボルトン大統領補佐官などは論外であるし、ソン・キム駐フィリッピン大使などは使い走り程度で論外である。

 つまり、トランプ政権に人材無しであり、残るは即決即断が可能であろうと金正恩委員長が期待を掛けるトランプ大統領しかいない。

 ポンペイオ米国務長官の4度目の訪朝を電撃的に取り消した。当たり前である。
 北朝鮮に“手ぶら”で行っても“話が違う”と、玄関払いであり、金正恩が会うなど白昼夢である。
 Donald J. Trump‏ @realDonaldTrump
I have asked Secretary of State Mike Pompeo not to go to North Korea, at this time, because I feel we are not making sufficient progress with respect to the denuclearization of the Korean Peninsula...2:36 - 2018年8月25日

 米朝の共同声明では、「President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula」である。“北朝鮮の非核化”が先であるなどとは意味しない。

 ただ、信頼醸成と手始めに北朝鮮は、核実験場の爆破・閉鎖、ICBMの発射実験の中止そして 共同声明、「4 米国と北朝鮮は(朝鮮戦争の米国人)捕虜や行方不明兵士の遺骨の収集を約束する。これには身元特定済みの遺骨の即時返還も含まれる」にある一環として遺骨55柱を7月末に返還している。

 北朝鮮にしてみれば、共同声明を着実に履行しているということになる。それなのに、「1 米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を確立すると約束する」と云っておきながら、という思いがある。
 “新たな米朝関係”、つまり「北朝鮮に安全の保証を与えることを約束」したことであり、北朝鮮の欲する朝鮮戦争の終結に次いで米朝平和協定へと続くことである。
 統一は先の話となる。

 米朝ともに問題は、本質をなす事柄を“暗黙の了解事項”、はたまた“阿吽の呼吸”で、済ましていることである。そして、その詰めも下っ端のポンペイオ米国務長官では用が足りず、“強盗”の扱いされ、今に到っている。

 パンムンジョム宣言の履行も、南北の離散家族の再会事業や交流が進んでいる。宣言の「3.(4)南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認」し、その進展を期しての軍事的緊張を解消しつつある。

 前に述べたように“手ぶら”で四回目となる訪朝をポンペイオ米国務長官にさせても徒労に終わる上に、的確な雑言を後から浴びせられるだけである。米国も他国の所為にするのでなく、主体的に具体的な行動に移るべきである。
 Donald J. Trump‏ @realDonaldTrump
...Secretary Pompeo looks forward to going to North Korea in the near future, most likely after our Trading relationship with China is resolved. In the meantime I would like to send my warmest regards and respect to Chairman Kim. I look forward to seeing him soon! 2:36 - 2018年8月25日

 「(北朝鮮との)平和条約調印に向けた取り組みで、米国が期待に応える用意ができていないためだ」と、書簡で北朝鮮は主張した。非核化交渉を前進させる重要なステップである。

 戦争の相手国に武装解除に等しきことを求めている米国(追従する日本も)、やはり、交渉ベタなのか。建国以来使っている“恫喝・恐喝・暴力”が通用しない国もある、ということを理解すべきである。
 それに制裁を続けても、その効果のほどは思ったほど上がらず、却って“制裁下経済”というジャンルができそうなくらい、北朝鮮では経済運営が為されている。米国のキューバに対する半世紀に及ぶ制裁で米国は何を得られたというのだろうか。
 前大統領オバマ氏を貶し、二年近くトランプ氏にも時は流れた。
 北朝鮮はボヤーっと時を無駄にしない。

 3か国の外相は連携を強化し、完全な非核化を達成するまで制裁を継続することで一致した。
 が、北朝鮮が最大限の制裁で“のたうち回る”状況であるようにはみえない。それどころか、「自立的経済の土台があり頼もしい科学技術陣がいるので、敵が10年、100年にわたり制裁するとしても乗り越えられない難関はない」と、金正恩朝鮮労働党委員長は言うのだ。  2017年の北朝鮮のGDPは、前年比3.5%減少したようだ。

 今後ポンペイオ長官は北朝鮮との会合毎に拉致問題を取り上げとしたが、眉唾物である。
 つまりは制裁の継続も、拉致問題も全くの所“国民向け”、特に日韓両国向けの騙しである。
 安倍首相の言行不一致、本音と建前、有言不実行の愚かさを糊塗するための外交“偽礼”を放っただけである。

 何のための制裁か。制裁は大局を見ない無能な政治家・官僚の事務処理の類であって、政治家の遣ることではない。
 最大限の制裁で参りました、非核化しますから、制裁解除してください、と北朝鮮は吐いたのだろうか、知る限り否である。

 拉致問題を解決済みとする北朝鮮に、自国の問題でもないのに、非核化と無関係なのに米国が繰り返し提起するはずがなかろう。
 それこそ北朝鮮に米国は当事者能力を疑われ、バカ者と罵られるのが落ちである。

 非核化が、米朝関係がスムーズに進んだ後に拉致問題の“結論”はなる。

 韓国の徐薫国家情報院長が云うように、日本人拉致問題については、「今後、この問題は日本と北朝鮮の実質的な関係改善の過程で議論されて協議できるものと思われる」、なのだ。

 「私自身が金正恩朝鮮労働党委員長と向き合い、拉致問題を解決する決意だ。両国が相互不信の殻を破り、新たな外交をスタートさせなければならない」と、拉致被害者の曽我ひとみさんと面会時に安倍首相。毎度、胡乱な首相である。

 ポンペイオ米国務長官、それに日韓の外相は“制裁の維持”の百曼陀羅を唱和する。使わないことにした最大限の圧力を、癖になってしまったのかまたぞろ口に出す。
 要は何が肝心事なのかを理解できない、外交的感覚の鈍い素人に等しい人物が右往左往しているのだ。

 交渉ごとと恫喝・恐喝事を区別できないレベルの米国の担当者は北朝鮮の相手としては全く相応しくなく、難航するのは当然である。
 今回、米朝会談を重く見る北朝鮮側の我慢強さに救われている。それに、非核化に際しては根刮ぎという訳にはいかない。

 日本の外交はイランの核合意をめぐって、独自外交ができずに股裂きの刑に遭わされそうである。もっとも米国と“100%ともにある”のなら、イランの核合意継続支持を表明しても、イラン産原油の輸入継続が駄目になるならば、実質的には軽口立てに過ぎない。

 千篇一律の制裁を唱えても北朝鮮の実態は、百聞は一見に如かずで、北朝鮮の地方都市も回り写真集を出版する初沢亜利さんは、「現地を見ると、経済制裁のため北朝鮮が対話攻勢に出たとは思えない。むしろ、経済建設に集中するチャンスだと、自主的に判断したのでしょう」と。

 ①拉致被害者17人(2002年日朝会談で北朝鮮13人の拉致は認める):5人帰国 8人死亡 4人未入国
 ②ストックホルム合意(2014年5月)後 未入国者の内2名の入国を認める、未入国者は2人

 ストックホルム合意後に国内的にも誠実な対応が為されていたなら、当時に拉致については解決済みであったのではないのか。
 日朝平壌宣言でも直接的に拉致の件は無く、むしろ、「国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注」し、「経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議」することとしたのだ。

 「全ての拉致被害者の一刻も早い帰国の実現」とは、一体具体的にはどうするのだろうか。未入国者の内入国者(拉致)とされた、2人を以ってすべての被害者となるのだろうか。
 例えば、松原仁衆議院議員の「ストックホルム合意に関する質問主意書」(平成二十八年三月二十八日提出 質問第二一九号)に対する答弁書(平成二十八年四月五日受領 答弁第二一九号)で、「「ストックホルム合意」を破棄する考えはなく、同合意に基づき、拉致問題を含む日本人に関する全ての問題の解決を目指す考えである。これ以上の詳細については、今後の対応に支障を来すおそれがあることから、お答えを差し控えたい」と、国民的関心事に対しては素っ気無い答弁で、何等具体性が見受けられないのである。

 松原議員は主意書の中で、「ストックホルム合意が拉致被害者救出を遠ざける結果を生んでいることは、多くの被害者家族、問題に取り組む国会議員、また運動関係者の共通認識である」とするが、ストックホルム合意内容が拉致被害者救出の阻害要因になっているわけではない。拉致問題に期待を持たせるだけの言行不一致、更に奥歯に衣着せる在り方が問題であり、手詰まりとなっている。

 拉致問題を政策の具にするのでなく、事実を述べるべきである。

 河野洋平元官房長官は、「北朝鮮に植民支配のお詫びからすべきであり、拉致問題の解決より国交正常化が先だ」でないかと。
 対して安倍首相は「日本の交渉力を落とす発言だ。政治の大先輩だが、極めて遺憾」と。
 しかし、なぜ河野洋平元官房長官の趣旨が“日本の交渉力”を落とすのかは、全く以って意味不明である。

 ならば安倍首相はどんな交渉を試みているのか。国民には行動を起こしているようには見えない。それに成果も挙げていないではないか。政治こそ結果が問われる。
 世界中駆けまわっても、賽の河原ではないのか。その猛省も必要だし、検証すべきである。 河野外相も同様である。

 安倍首相に交渉の“隠し玉”はあるのか。対北朝鮮で唯一と思われる“拉致の持ち駒”は既に「歴史の裏道に消え」、国民もその事実を薄々察している。

 安倍首相の外交などは“仲間内での一方的金渡し”に過ぎず、官僚の成果挙げに等しく、鎬を削ってのことではない。

 拉致をいうなら、日本文化の礎となった、古くは文禄・慶長役での撤収に際しての「儒者や陶工から労働力としての一般民までの多数の拉致」がある。

 「北朝鮮と日帝強占期における朝鮮人強制徴用者の遺骸送還協力に関する合意文に署名」したと、韓国の民族和解協力汎国民協議会(民和協)の金弘傑(キム・ホンゴル)代表常任議長(7月19日)。

 安倍首相、三選を望むも真綿で首を締めつけられる状況が出来する。
 北朝鮮は小手先の対応でなく過去の清算を求める。

 「核とミサイル、拉致問題の包括的な解決なしに国交正常化や対北朝鮮経済支援はない」とする安倍首相は、一体何を恐れているのだろうか。拉致問題と表裏一体の安倍首相、逆に問題解決からは遠ざかるといことなのか。

 ストックホルム合意事項(2014年5月29日)で、日本側の行動措置第四にある、「北朝鮮側が提起した過去の行方不明者の問題について、引き続き調査を実施し、北朝鮮側と協議しながら、適切な措置を取ることとした」とあるが、“北朝鮮側が提起した過去の行方不明者の問題”とはどのよう内容なのか。

 そして対になる北朝鮮側の第五、「拉致問題については、拉致被害者及び行方不明に対する調査の状況を日本側に随時通報し 、調査の過程において日本人の生存者発見される場合には、その状況 を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした」とある。
 これらは何らかの思惑があって、“作文”されたものであろうか。

 この作文は事(拉致問題)が決着したにもかかわらず、でも“何かあったらよろしくお願いいたします”と、余韻を残させて欲しい、このまま決着では国民に顔向けができないと、食い下がり哀願したようにも読める。

 「2002年の日本の首相のピョンヤン訪問と歴史的な日朝ピョンヤン宣言の発表を機に完全に解決された問題だ」=2014年に北朝鮮が提起した問題=日本にとって不都合な真実となり、合意事項の文面作成となる。

 が、その合意事項も2016年02月12日に、日本が北朝鮮の核実験やミサイル発射を受け、独自制裁の強化策を打ち出したため、合意の破棄ととらえ、北朝鮮は調査の全面中止・特別調査委員会解体を宣言した。

 日本は合意事項にある「現在日本が独自に取っている北朝鮮に対する措置(国連安保理決議に関して取っている措置は含まれない)を解除する意思を表明」したのに、合意とは無関係の件で制裁をしたと取られた。

 が、この北朝鮮の観点から言うと、日本は拉致問題にかかわる以外の独自制裁は一切できないことになる。
 況してや安倍首相や河野外相の“拉致、核、ミサイル問題の包括的な解決が前提になる”との主張は成り立たないし、味噌糞論であり、拉致解決云々には餓鬼に苧殻であり、前後不覚の安倍政権の支離滅裂なガキねだりとなる。

 イランとの良好な関係にあり両国の経済協力の拡大が見込まれるなかの日本、トランプ政権の委細構わずのイラン原油輸入停止要求に、常に米国の手の平で泳ぎ独自外交も儘ならない安倍政権、“御意に入る”のか。

 2004年にも、米国にイランの核開発絡みで日本の去就が求められ、アザデガン油田開発の権益は失効であると、振り回されての外交であった。
 拉致問題でもごちゃ混ぜでなく論理整理が必要である。
 核・ミサイル問題、北朝鮮から言わせれば、「アメリカ側はシンガポール首脳会談の精神に反して、CVID=完全で検証可能、かつ、不可逆的な非核化だの、申告だの、検証だの言って、一方的で強盗のような非核化要求」であると非難する。万が一にも強盗の非核化要求が通ったとしても、日朝間の拉致問題の解決には寄与しないであろう。
 拉致問題は既に解決済みと北朝鮮は主張しているのであるからだ。安倍首相の云う“拉致問題”とは一体全体何を意味しているのか。国民に説明して貰いたいものだ。

 南北首脳会談(4月27日)の共同宣言・共同会見でも触れられることの無かった拉致問題、安倍首相と文在寅大統領の約束を云々する前に、“他国任せ”の安倍首相自身を責めるべきである。
 つまりは、安倍首相が「新たな外交をスタートさせなければならない」のだ。しかもその機会は、文在寅大統領との電話会談(29日午前)の中、「北も、いつでも日本と対話する用意がある」と説明されているのだ。

 安倍首相、常に間に合わせの言葉だけが先行し、その言葉はすぐに忘却の彼方へと飛び去る。行動に移せない真の理由は国民への“うそ”がばれるのを恐れているからだろう。嘘のうちには無能無策もある。

 安倍首相の看板である拉致問題を、核・ミサイルと抱き合わせ、日朝平壌宣言(2002年9月17日)を持ち出し、安倍首相は、核、ミサイル、拉致問題を“包括的”に解決し、日朝国交正常化(「国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開すること」とされている)を目指すと、文在寅大統領との日韓電話協議(3月16日)で説明した。

 が、本来これらは、日朝平壌宣言で「双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明」しているのであり、正に日朝国交正常化の実現に到る過程の中で取り組むことであり、交渉は“核、ミサイル、拉致問題を“包括的”に解決した後でのことではない。
 前後が逆であり、日朝平壌宣言の要旨を履き違いている。このような“おつむ”では北朝鮮と真面に渡り合えない。

 それにしても、安倍首相、自ら拉致問題解決のハードル下げるのでなく、上げているのだ。妙な動きをする“宰相”である。裏は種々記述した。

 文在寅大統領シンガポールでの講演(7月13日)で、「韓国、北朝鮮、アメリカの首脳は歴史の方向を変えた。朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和に向けて歩み始めた」と。
 また「南北関係の正常化は、米朝関係、日朝関係の正常化にもつながる」とし、日朝関係の正常化に向け協力する考えを示した。
 真っ当な気配りである。

 朝鮮半島の現状は偏に文在寅大統領の変わらぬ政治姿勢によって扇の骨が綴じられている。もっとも、北朝鮮に言わせれば、「運転者どころか助手役もろくにできない」のであるが。
 が、文在寅大統領、キーマンであることは確かである。

 安倍首相、朝鮮半島の平和に背を向け、“清算すべき”拉致問題からも逃げるわけにはいかない。ストックホルム合意事項の現実(=拉致調査結果の再説明)は迫る。

 トランプ大統領、北朝鮮の核保有を認めるかも知れない。米国はその脅威を既に米朝首脳会談そのもので取り除いたのだ。
 「制裁は維持されていて、人質は送還され、9カ月間にわたりロケット発射もなかった」と云う。つまり、北朝鮮を懐柔し黙らせたことが“成果=結果”なのだ。
 トップ同士、意思の疎通が図れれば、米国にとっては特に問題なしなのだ。米国は経済でベトナムの例あげるが、いずれパキスタン・インドなど並みに米国が扱えば落着である。

 国際社会が云々しても、米国の圧倒的レベルの覇権力が鎮静化させる。論理的にも“二枚舌”を逆にトランプ大統領に指摘され、黙らざるを得なくなる。

 北朝鮮の金正恩国務委員長が先月12日のシンガポール米朝首脳会談当時、トランプ米大統領に「私は今のように生きることもできるが、米国が体制を保証して最終的に経済制裁を解除すれば核を放棄し、中国とベトナムよりも高度成長する北朝鮮をつくりたい」と述べたことが13日、確認された。

 つまり、今の制裁の道を選ぶことでも問題ないと。が、金正恩氏、トランプ氏に平和への道を示唆した。受けて立つべきはトランプ氏側である。

 米国は(北朝鮮と)毎日のように対話をしていると、では毎日のように安倍首相には連絡を受けているのだろうか。
 何れにしろ、政治的判断は裏取引も含めて露出してくる。政治はいずれ現実となる。現実化されなければ、政治ではない。現実こそすべてなのだ。国民が其の現実をどう受け止めるのかにかかっている。

 日朝首脳会談などは実現しない。ただ“振り”を国民向けに為すだけだ。
 今次の河野外相の日朝首脳会談をする用意があるなどは詐欺行為に等しいのだ。なぜなら実現したら、安倍政権は崩壊するからだ。北朝鮮は拉致に関して安倍首相を喜ばす“ネタ”は持ち合わせていないからだ。

 河野外相は「臆測を交えた誤報が目立つ」と、シンガポールでの日朝外相接触に関し、記者団に向かって根拠もなく“誤報”だと。
 そう、外相こそが接触に関し確と、李容浩(リヨンホ)外相に“しかと”されたのが事実なのだ。
 先例がある、安倍首相は金永南最高人民会議常任委員長と対話し、拉致問題解決や核、ミサイル問題の開発中止を求めたと。そして「中身は詳細に申し上げられないが、従来のわれわれの考え方を伝えた」と。
 河野外相もまた「内容については一切申し上げません」である。両者とも日本国民に向かっての“振り”をしたのだ。
 事実、先の安倍首相も、未だに何時でも会う用意があると云う北朝鮮何に対し、結果を出せないでいる。

 米朝首脳会談後の7月、「日本の北村滋内閣情報官と北朝鮮のキム・ソンヘ統一戦線部統一戦線策略室長」がベトナムで秘密会談を持ったと。事前連絡をしなかったため、米当局者が不快感を表したと。
 菅義偉官房長官は(8月29日)、「報道された内容の一つ一つに対して話すことは慎みたい。どうなろうが拉致・核・ミサイルというすべての案件に対する包括的解決に努めている」と、秘密会談を否定はしてない。
 なぜ秘密で米・韓・北朝鮮に絡む案件を日本が北朝鮮と独自に進める必要があるのだろうか。全く以って摩訶不思議な出来事である。
 とすると、解決済みの拉致問題に関し、世論騙しの“取り繕いの段取り”打ち合わせかも知れない。落し所を探っているか。金が掛かることである。

 「トランプ大統領は北朝鮮の核に関する行動にそれほど期待しておらず、アメリカ政府において、北朝鮮が核兵器廃絶の取り決めを守ると期待するお人よしはいない」と、ボルトン大統領補佐官。
 つまりはオバマ式の長期化で北朝鮮の核保有を認めることになる。ボルトン氏が予防線を張っている。実はトランプ大統領の望みはかなり低いものなのだ。

 制裁は維持というが、そうは言っても、何も得られずでは、北朝鮮とて愚痴なり文句の幾つかは言いたい。
 制裁が解除されなければ北朝鮮は更に強力なロケットマンとなって米国に立ちはだかり、元の木阿弥という構図になり、北東アジアに戦雲が漂うことになる。
 激しく忌避したオバマ前大統領の轍を踏むことにもなる。それにポンペイオ米国務長官によれば、「北朝鮮は、核弾頭の60%から70%の廃棄に関するアメリカの提案を拒否した」と。
 つまり米国は、完全非核化という道のりは夢の如く一挙に成し遂げられるものではないことを知り、米国こそが“サラミ戦術”を用いて凌いでいこうとしているのだ。

 トランプ大統領は各国の首脳と会談することについて、「我々にミサイルや核兵器を飛ばす者は誰もいない。その他の恐ろしいことも起きていない」と。それが首脳会談の結果なのだという。
 が、「米国と同盟諸国に対する攻撃」を中国が訓練しているとも云う。当然中国は激しく抗議している。

 では、なぜにもう一歩踏み出し、米国は朝鮮戦争の終戦宣言をしないのだろうか。
 文在寅大統領が先鞭をつけるか。ならば、米国内の政治状況に緩衝材となるか。

 制裁は済し崩しに当然解除となる。
 つまり、北朝鮮は米国の友達となる。制裁・拉致問題一辺倒の無為無策の日本には莫大な“付け”が回って来る。

 国際社会は制裁一点張りでなく、二枚舌を引っこ抜くことに専心すべではないのか。北朝鮮はなぜ国際社会の二枚舌を言い募らないのか。
 二枚舌をチョロチョロ出しまくる日本はその最たるものだ。国際社会の“七不思議”ではないのか。

 が、安倍首相、訪問先の広島市で「最後は私自身が金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長と直接対話し、北朝鮮の核、ミサイル、拉致問題を解決し、新しい日朝関係を築いていかなければならない」と。
 国際社会というよりも日本国民としては“この首相”の“大言虚言”に病的なものを感じ取る。トランプ氏と100%ともにある安倍首相、沙汰の外か。

 批判の矛先を同盟国にまで向けるトランプ大統領に、「われわれは超大国としての米国の力に頼ることはできない」と、メルケル首相。

 トランプ氏の狙いは“米国頼みの柵”を断つことにあるのかも知れない。そして、自国の経済をも破壊するつもりである。

 プーチン大統領とのヘルシンキ会談後、トランプ大統領は「強力な軍を有するロシアではあるが、経済規模は比較的小さい。それゆえ同国を「敵国」と称するのは好ましくない」と。

 むしろ米国は米国自身が“節義を貫く世界の警察官”足り得ないことを、此れでもかとばかりに、赤裸々な姿を曝け出しているのに、未だに米国にぶら下がって或いは利用して存続しようとする能無し国家に“カツ”入れているのかも知れないのだ。

 「米軍にとっての主たる脅威はロシアでも中国でもなく、自身の誤った軍事政策と低い技術レベルだ」と、米軍元中佐のダニエル・デーヴィス氏は指摘する。
 その獅子身中の虫こそ、米国覇権を終わらせる今や手段、トランプ大統領は目一杯駆使している。

 ならば、世界最大の経済規模である米国は、米国それ自身の“敵国”となり、破壊すべき存在となる。自身の頭をそれも金槌で打つ荒療治である。

 米国を狙うもの米国を操るもの、それらを潰し或いは宥めながら米国は自国を沈める。それは米国の孤立する過程でもある。米国は米国自身を制御の利かなくなった組織でなく、極普通の悩みを持つ平和志向の国家に戻したいのだ。
 一方的に期待される国家を演じるのでなく、協同調和の一国家としてなのだ。

 そう、米国は重荷を下ろして“普通の国”を、ワン オブ ゼムを目指すのだ。
 2013年、オバマ前大統領は「米国は世界の警察官ではない」と、その履行者がトランプ大統領である。が、制裁は未だ警察官の“悪癖”が残っていることではないのか。
 論理もへったくれもなく我が道を行く米国に、世界は纏まり(思惑)に欠け対応できないでいる。

 今後も米国の理性や知性に依拠することは能わない。米国の軍事力を越えなければ米国の恣意的な政治から逃れることはできない。米国という無能の最後の拠り所、それは“戦争を仕掛けること”である。加えて非合理にも経済力という斧で返り血を浴びながら振るいまくり、染まぬ国々を脅す。まるで野獣である。
 野獣にも終わりは来る。それが歴史の現実だ。

 が、誰と否どの国と戦争をするのか。北朝鮮とは親書の遣り取りする米国、政治的知能レベルの貧弱な雑魚(ポンペイオ米国務長官・河野外相それに安倍首相・康外相)の合唱は別にしても、金正恩とトランプ大統領は今や疎通が可能だ。
 また最近はイランに対しても、条件なしに会うとトランプは言い出している。イラン側はその詐欺的申し出を精査している。
 ロシアとは“仲良し”である。残る中国とは“関税の掛けっこ”に忙しいが、中国自身が戦争は忌避する。
 「トルコ政府は、アメリカに対し抵抗し、自らの道を進む」と、エルドアン大統領。エルドアン大統領は、先にイラン、ロシア、中国とのトルコリラでの貿易決済を開始するとした。むしろ表面上はべつにしても、トランプ大統領の肯くことか。

 トランプ大統領は戦争を回避しながら米国の破壊(覇権国家の衰亡或いは適正化を謀ること)に専心するため、選挙を勝ち取りたいのだ。中国は耐えるべきだ。“貿易戦争”による元安は現実的には“相殺”となる。

 トランプ大統領は国際社会の首脳に“何を”本当は耳打ちしているのだろうか。100%追従者に“囁く”必要は当初から論外扱いであろう。
 日本は手先の積りなのか、はたまた米国の在り方に不安を持っているのか、中国をけん制積りか、英国等の他国軍を引き摺り込んでいる。

 もはや国際社会は“米国外し”後の構想を練るべきである。米国は“害毒垂れ流し”の張本人である。分別をなくした狂気の国、米国の放縦な振舞いにこれ以上忍耐することは無い。国際社会は米国を糾弾すべきである。乱暴狼藉の結果にはなんら責任をとらず、国際社会に放り投げる斯様な国家に何をためらいびくびくしているのだろうか。後は野となれ山となれの米国方式を強くけん制すべきである。

 正義面して何処にでも首を突っ込んでくる米国、そう、忌忌しいが、米国の軍事力・経済力に国際社会はひれ伏しているのだ。ただそれだけだ。米国第一の主張に理がある訳ではないのだ。

 中国はASEANの会議で云う、「域外国が横から口出しをし、遺憾だった。地域の主役で最も発言権があるのはわれわれだ」と、アメリカを強くけん制した。

 また、北朝鮮の核・ミサイル開発関連での金融取引でロシアの銀行を制裁対象にした事に関し、ロシア外務次官は「病的にロシアを嫌うアメリカの政治家たちが、「ロシアにはいかなる圧力も通じない」と認めたようなもので、自分たちの無力さをさらけ出しただけだ」と反発。  米国、アラブ版NATOで武器を売りつけ争いの種を更に撒くか。

 紛争を焚き付けても消火能力の無い世界のトラブルメーカー、それが見境の無い米国である。

 安倍首相、ミサイル避難訓練、今は中止したが、訓練に駆り出された子供たちに如何なるトラウマを残したかについては、誰も語らないままだ。

 米国の核合意の離脱に関し、ローハーニー大統領は、「世界のすべての国は、決定における独立を求めており、アメリカは、一部の地域では、圧力によって物事を進めることができるかもしれないが、彼らが世界のすべての国に関して決定を下すことは、論理的に許されない」と。

 明治時代に始まった国民への徹底的した教育の傷跡は今も癒えていない。呪縛が解けず、今、明治維新150年を言挙げする。

 隣国に対するネットでのいわれ無き中傷・侮蔑の言葉を投げつける元は、国民になされ教育の否定的側面が継承されているからだ。

 が、これらの傷を癒すのもまた教育なのだ。歴史を学べば自己救済も可能であるが、それすらもできない時代が再び迫ってくる。否、既に来ている。
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、戦争を知らない学ばない国民の増加、つまり、其の苦しみも追体験(学ぶこと)しないどころか、内向きの或いはイケイケムードの根無し草の如きではちょっとした教育のさじ加減で、政府の虜になってしまう。

 何時でも何処にでも気軽に配備可能なPAC3部隊、中国・四国地方などからの撤収などに、何の意味があるのか。「日本、7隻目のイージス艦『まや』進水…『共同交戦能力』搭載」とある。

 明治の生霊は至る所に出没する。なぜか。

 昭和20年(1945年)8月14日、日本は連合国側にポツダム宣言の受諾を通告。ついで9月2日に東京湾上のミズリー艦上で、降伏文書に調印。
 明治維新という政体の総決算が先の敗戦であった。「日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後各自の家庭に復帰し、平和的且生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし」とされた。

 敗けるはずのない皇軍が、完敗した。幕末に接いだ“維新”という、夜郎自大の接ぎ木部分が切断された。
 「勝てば官軍負ければ賊軍」であるならば、“賊軍”となろう。祀られている英霊は“賊軍”となったのか。

 本来なら官軍が“賊軍”であり、賊軍が“官軍”であった此の国の不合理な歴史、それに「勝てば官軍負ければ賊軍」の調子で作られた“粉飾歴史”が国民を支配し、戦争に向かわせた。
 そして惨敗にもかかわらず取り繕う“あの言葉”の“アヤ”、自己弁護に汲々の体であった。遮眼帯を着用させられ駆り立てられた国民は誰に責任を問うべきなのか。

 あの“戦い”は御名での戦いであった、つまり、皇軍の敗戦であった。錦旗には“賊軍”と、刺繍され、“官軍”となったのは連合国側であった。代わって台木に日本国憲法が接ぎ木された…。
 が、“大日本帝国憲法”を接ぎ木する目論見が彼の手此の手で攻めてくる。
 “官軍”になろうと、生霊が彷徨う。それは為政者が思う“普通の国”なのだ。
 国民はただ流されるだけなのか。

 安倍首相、北朝鮮に“ラブコール”するも、論理不整合で何を言っているのか相手は聞き取れないようだ。

 ポンペイオ氏を腐したが、「トランプ政権の願いは、北朝鮮がのけ者ではなく友人として国連にいるようになることだ」と強調。「前途は容易ではない。時間がかかるが、われわれ全てにとって、より安全な世界、北朝鮮にとってより明るい未来となることが米国の目的だ」と。
 これが本音であることを祈る。

引用・参照

エルドアン大統領、国際貿易におけるドルの支配に終止符を打つよう呼びかける
SPUTNIK 2018年09月02日22:28

露中軍事演習「ボストーク2018」では核戦争がシミュレートされる=マスコミ
SPUTNIK 2018年09月02日

安倍首相、プーチン大統領と「じっくり」議論する考え=産経新聞
SPUTNIK 2018年09月02日

ロシアが日本の陸上イージス配備を好まない理由
SPUTNIK 2018年08月30日 21:46

「安倍は身もだえする毒蛇」北朝鮮メディア
朝鮮労働党機関紙・労働新聞 2018年08月31日

Exclusive: Trump promised Kim Jong Un he’d sign an agreement to end the Korean War VOX Updated Aug 29, 2018, 4:02pm EDT

ドイツ外務大臣、「ヨーロッパは、アメリカから独立した決済システムを検討している」
ParsToday 2018年08月29日18時53分

米軍人が明かす 米国が世界覇権を失いつつある理由
SPUTNIK 2018年08月29日 16:12

北朝鮮から米国務長官への「攻撃的」な書簡の内容が明らかに 米メディア
SPUTNIK 2018年08月29日 10:17

「日本、北朝鮮と先月ベトナムで秘密会談」
ハンギョレ新聞社 登録:2018-08-29 22:44

韓国国民の71.88%「国会が板門店宣言を批准同意すべき」
ハンギョレ新聞社 登録:2018-08-28 05:55 修正:2018-08-28 07:24

大国は他国への責任転嫁をすべきではない 朝鮮半島核問題
人民網日本語版 2018年08月27日16:56

米人作家、「トランプ大統領は世界を対アメリカに向けて団結させた」
ParsToday 2018年08月27日19時33分

独外相、米国との関係見直しへ
2018年08月27日 14:17

トランプ大統領の指示で国務長官の訪朝延期
NHK NEWS WEB 2018年8月25日 8時32分

ロシア、軍事技術協力パートナーとのドル決済離れを検討
SPUTNIK 2018年08月21日

金正恩氏、「神話的な奇跡の歴史」について語る
SPUTNIK 2018年08月20日 14:21

トランプ大統領はなぜ各国首脳と会談を行うのか?【動画】
SPUTNIK 2018年08月19日 10:50(アップデート 2018年08月19日 12:44)

金正恩氏「強盗のような制裁封鎖」 視察先で異例の言及
  朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/08/17 11:03

北朝鮮によるアメリカの非核化計画の拒否
ParsToday 2018年08月15日20時10分

河野外相 ペルー外相と会談 ”TPP手続き進展に期待”
NHK NEWS WEB 2018年8月15日 5時51分

光復節:文大統領「韓半島問題はわれわれが主人だ」
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/08/16 08:56

米国「北朝鮮と電話・Eメールでほとんど毎日対話」
ハンギョレ新聞社 登録:2018-08-10 22:05 修正:2018-08-11 07:34

米「8カ月以内に核弾頭の60~70%廃棄を」 北「強盗のような要求」
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] 2018年08月10日09時39分

北外相「核はあきらめても核知識はあきらめられない」
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]2018年08月10日15時35分

安倍首相 核兵器禁止条約不参加「変わりない」
毎日新聞 2018年8月6日

首相、日朝首脳会談に意欲
東京新聞 2018年8月6日 夕刊

アメリカ大統領補佐官、北朝鮮との協議の結果に失望感を表明
ParsToday 2018年08月06日18時20分

北朝鮮「日本のプルトニウム保有は人道に対する罪」
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/08/06 10:10

北朝鮮外相 「一方的な非核化には応じられない」
NHK NEWS WEB 2018年8月4日 20時36分北朝鮮情勢

米 対北朝鮮でロシアの銀行等に制裁
NHK NEWS WEB 2018年8月4日 5時11分北朝鮮情勢

中国外相「地域の主役はわれわれ」南シナ海問題で米をけん制
NHK NEWS WEB 2018年8月4日 18時45分

「変わりゆく北朝鮮を写した」 初沢 亜利さん
中日新聞 2018年8月1日

「日本こそ強制的な核査察を受けろ」と主張する金正恩氏のホンネ
DailyNK_Japan 2018年8月1日 13時02分

北朝鮮非核化 米国務長官“交渉は前進” 安保理 「実現まで制裁維持で結束」
しんぶん赤旗 2018年7月22日(日)

「運転どころか助手もムリ」北朝鮮メディア、韓国を非難
DailyNK 2018年07月21日

独首相、米の強い圧力懸念 関係重視の姿勢は強調
東京新聞 2018年7月22日
「時間・速度制限のない」非核化日程の前で道を見失ったトランプ大統領
中央日報/中央日報日本語版 2018年07月19日09時37分

朝鮮中央通信「日本、くだらない『用意』などではなく過去清算『勇気』から持て」
中央日報/中央日報日本語版 2018年07月19日09時01分

「拉致問題は歴史の裏道に消えた」北朝鮮が主張
デイリーNKジャパン2018年07月18日13時45分

金正恩氏「核を放棄して中国・ベトナムより高度成長したい」…米朝首脳会談で
2018年07月14日09時38分 [ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]

正恩氏、拉致調査結果「再説明」指示
  共同 2018/7/12 18:27

韓国 ムン大統領 日朝関係正常化へ日本と協力の考え
NHK NEWS WEB 2018年7月13日 23時21分

BLOG_桃源閑話「賤劣な日米外交」

首相、曽我さんに拉致解決の意欲 日朝首脳会談を通じて
東京新聞 2018年7月5日 20時56分

北朝鮮国営メディア「拉致問題は日朝ピョンヤン宣言で解決」
NHK NEWS WEB 2018年6月29日 15時57分北朝鮮情勢

日本外務省が北朝鮮課を新設へ…安倍首相の主力を投入
中央日報/中央日報日本語版 2018年06月27日15時44分

「安倍が不純な策動に東南アジアを引き入れ」北朝鮮メディア
DailyNK 2018年06月22日

安倍首相「不信の殻を破って前進したい」…金正恩に“ラブコール”
ハンギョレ新聞社 登録:2018-06-17 22:09 修正:2018-06-18 07:15

ロッドマン氏、シンガポール到着 米朝会談「期待し過ぎは禁物」
AFP 2018年6月12日 5:10 発信地: シンガポール

ロシア外務省、日本からの抗議なかったと否定 イトゥルップ島での演習で
SPUTNIK 2018年06月18日 23:40

2018年の南北首脳会談に関する
日本,中華人民共和国及び大韓民国の首脳による共同声明
(仮訳) 平成30年5月9日
外務省HP

NHK 政治マガジン 2018年6月12日
米朝共同声明 ~全文和訳~

河野外相の発言は「愚か者のたわごと」 北朝鮮労働新聞
朝日新聞 2018年3月8日15時34分

日中韓首脳の共同声明全文
jiji.com 2018/05/10-01:11

「日本と対話する用意ある」 南北会談でキム委員長が発言
NHK NEWS WEB 4月29日 15時01分南北首脳会談

  「遠いと言っちゃいかんな…」冗談もよどみなく飛ばした金正恩
ハンギョレ新聞社 登録:2018-04-28 10:12 修正:2018-04-28 10:35

「パンムンジョム宣言」全文 日本語訳
NHK 政治マガジン 2018年4月27日

chosun.com
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2018/04/27/2018042702166.html?Dep0=twitter&d=2018042702166

朝鮮中央通信「政治的『島国』の運命は自ら招いたもの」全文
DailyNK 2018年04月08日

トランプ大統領「韓国側が態度を変えるべき」=韓米首脳電話会談
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/03/17 08:36

南北首脳会談の「3大議題」公式化…今月末に高官級会談を推進
ハンギョレ新聞社 登録:2018-03-17 03:33 修正:2018-03-17 10:43

文大統領「南北合意の制度化、国会批准受けるよう準備を」
ハンギョレ新聞社 登録:2018-03-22 04:25 修正:2018-03-22 09:33

米朝首脳会談の開催“日本は喜んでいる”とトランプ大統領
NHK NEWS WEB 3月11日 13時14分トランプ大統領

クローズアップ2016 拉致調査中止 政府、対話を継続
毎日新聞 2016年2月13日 東京朝刊

合意事項 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000040352.pdf

『朝鮮史』梶村秀樹著 講談社現代新書

オーストリア首相 米国はますます「頼りない」
Sputnik 2018年05月28日 17:35(アップデート 2018年05月28日 19:10)

イラン大統領、「アメリカは世界のすべての国に関して決定を下すことはできない」
ParsToday 2018年05月22日19時19分

中国・王毅外相の「強硬発言」は尋常ではない
権力中枢で深刻な緊張が続いている可能性
東洋経済オンライン 2016年06月08日

【中央時評】「150年」の長州支配を自負する安倍首相
中央日報/中央日報日本語版 2018年01月05日10時14分
岸田外務大臣会見記録
(平成29年3月28日(火曜日)8時35分 於:官邸エントランスホール)
外務省HP

『さらば外務省!』天城直人著2003年12月11日第8刷発行 講談社
『権利のための闘争』イェーリング著 岩波文庫


 賤劣な日米外交- 2018年03月19日 20:13

 金正恩朝鮮労働党委員長の妹、三十代の若き特使、金与正氏の「ほほ笑み外交」に、六十代前後の日米首脳共々下種の勘繰りばかりが旺盛で、笑みを含めた会釈の一つもできず、渋面のまま金縛りにあっていたようだ。
 それにしても、度量の狭い人たちである。

 特に五輪前後を契機として、「韓半島非核化を我々の力で作り出すことができるという自信で平和・繁栄の旅程を始めた(6日の陸軍士官学校卒業式)」との文大統領の意志と情熱は尊重すべきである。

 日米は文在寅大統領の足を引っ張るのではなく、良き相談相手・良き当事者となるべきではなかろうか。
 “他国”の気ままな“国益”に利用されない朝鮮半島の落ち着きこそ、北東アジアの繁栄の本である。

 さて、一寸先に何が待ち受けているのか不明の剣呑な世界、その不確実性はここ北東アジアに今、充満している。

 平昌冬季五輪を捉え、稲妻走りの如くに機先を制してきた北朝鮮の政治的手腕は刮目に価する。一方、五輪での日米外交の在り方は太陽に照らされる薄氷の様である。ただ、文在寅大統領への嫌味な助言を腹黒い日米から吐き出しただけだ。
 文在寅大統領は日米の木偶ではないのだ。

 「中国は南北双方が引き続き目下の貴重な相互連動の流れを維持し、ここを起点として、朝鮮半島の対話・交渉のドアを少しずつ開けていくことを願う。もちろんこの目標を現実のものにするには、南北双方だけでは不十分で、各方面が共に努力することが必要だ」と、外交部の王毅部長。これが破局を迎えないための“大人”の政治家の考えること。

 中国は歓迎するも、日米は苛立つ。彼等の精神の定まるところは、恐らく“常ならぬ事態の継続”にあり、それが日米の目論見であり、“国益”の元手となるからだ。国益と言っても、広く国民の為にではなく権力者とそれに属する者たちの懐を暖めるためである。其の為になら、口とは裏腹に国民を危難に陥れることも厭わない。

 北朝鮮の核問題について、「この問題は非常に危険であるが、それは核攻撃のためではなく、地域におけるアメリカの不当な軍事駐留を拡大するための口実となっているからだ」と、ロシアのラブロフ外務大臣は指摘する。

 五輪開会式で、一列前の席で日韓首脳と並んで座るペンス米大統領、一度も金与正氏・金永南最高人民会議常任委員長とは、挨拶を交わさない。そして、その真意のほどは、「北朝鮮代表団の前に日米韓のトップが並ぶ姿を見せつけ、強固な同盟を示した」・「接触を避けたのではなく、無視した」と、ペンス氏の同行筋や米政府高官。

 この虚勢ぶりも幼稚な者の拗ね事の類である。未熟で洗練されていない粗野な政治的振舞いは、児戯に等しいイジワルのようである。が、マイク・ペンス副大統領、帰国途上に正反対のことを述べているのだ。つまり、「機中でのインタビューで、北朝鮮との直接対話の用意があるとの見解を示した」のだ。時機に投ぜず今更、何を意味しているのだろうか。北朝鮮高官代表団は握手可能な距離にいたのだ。

 ペンス副大統領が無視したのはワシントンの思惑以前に、ペンス副大統領自身が“仮免外交”で、幾分かの臨機の言動も持ちえず、北朝鮮と渡り合える能力がないためではないのか。機中で、ワシントンから余りにも拙劣な対応を指摘されたのではないか、と勘繰りたくなる。

 それとも安倍首相の手前、“直接対話”の件は憚ったか。そうなら、安倍首相は米国に嵌められたのだ。

何れにしても、ブレーキとアクセルを同時に踏み込んだ感のペンス米副大統領、金与正北朝鮮労働党第1副部長との極秘会談を“どたキャン”された。会うに及ばずと無視されたのはペンス副大統領なのであろう。

「必要な情報共有は受けている」と、菅官房長官。もしかして、“どたキャン”も事前に知り得たはずでは。なぜなら、「東京で新たな対北朝鮮制裁をすると発表した」ことにも起因する“どたキャン”だからだ。

 対話と最大限の制裁の二股を掛けることは、折り合うこと無く相反し、何も生まない愚策なのだ。相手を見縊った陋劣な外交の無様な結果でもある。
 “どたキャン”は米国の“サプライズ”を恐れる制裁一辺倒の安倍首相と河野外相には朗報かも知れない。

 制裁は“窮鼠”を生み、対話は“乱麻を断つ糸口”を得ることができる。

 「ペンスと安倍は、事実上、オリンピックの雰囲気に水を差すような行動をした」と、 韓国与党である共に民主党の元恵栄(ウォン・ヘヨン)議員は批判する。また、「多くの市民がそのような姿に不快感を持った」・「安倍の場合は内政干渉に該当する発言までした。それでも韓国政府は最後まで忍耐して誠意ある姿を示した」とも。

 ペンス米副大統領は、「金与正第1副部長に『地球上で最も暴君的で抑圧的な政権の主軸』だと毒舌を浴びせた」(2月22日)。
 北朝鮮は「特大型挑発行為」と非難し、「われわれはいかなる場合も米国に対話を哀願せず、最高尊厳や政権を中傷する者を相手にする考えはない」と強調した。

 イバンカ・トランプ氏(大統領補佐官)は、脱北者との対面を取り消した。ペンス米副大統領と同じ“へま”を避けたか。しかし、北朝鮮の金英哲氏も列席する25日の閉会式では、「イバンカ氏とブルックス司令官は金英哲氏と握手もせず、行事が行われる間ずっといかなる接触がなかった」と。
 つまり、ペンス米副大統領もイバンカ氏もその“任”に堪えないのだ。

 圧倒的な政治的存在感を示した与正氏の後では、イバンカ流のファッション外交も効を奏することなく、ただ「韓米同盟の重要性と対北朝鮮超強力制裁」をおうむ返しにするだけの真似事外交であり、影の薄い印象となった。

 それに、ホワイトハウスの上級顧問を務めるイバンカ氏と共に訪韓したリッシュ上院議員は、文在寅大統領の「米国は北朝鮮との対話の敷居を下げるべき」との発言に、「どういう意味なのかよく分からない」と。
 要は閉会式に訪れただけである。

 「北朝鮮の言葉が具体的な行動で示されるまで圧力をかけ続ける」と語る、韓国の鄭義溶・大統領府国家安保室長、図に乗るのは程々にすべきである。
 北朝鮮の真の意図は掴めていないのだ。それに北朝鮮に用意されている朝鮮半島の非核化実現の中身である項目や内容は未だ不明なのだ。また、対話が続いている間は挑発行為をしないと限定しているだけだ。
 「我々にはいかなる軍事的な力も、制裁と封鎖も決して通用しない」と、北朝鮮の労働新聞。

 また、同国家安保室長、「(北朝鮮が期待を裏切ってきた)過去の過ちは繰り返さず」と言うのなら、なぜ裏切られたのか、北朝鮮に全面的に非があったのか、それとも此方側に不履行があったのか、一々精査し今次に活かすべきではないのか。一方的に詰るのでは(六か国協議時と同様に)双方で轍を踏まないという保証はない。

 それにトランプ氏と金正恩氏が顔あわせても、米国が北朝鮮を脅すような事になれば、北朝鮮は米国をターゲットとする核攻撃能力の度合いを激しくするだけだ。米国のミサイル防衛システムが信頼するに足るシステムであれば、心配はないだろうが、老朽化し、或いは精確さの点で、役立たずかも知れないのだ、ゆえに米国、内実は北のICBMを恐れる。

 アメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日)を見るがよい。今もって収拾がつかない報復と混乱を米国は惹き起こすほど、“自国内”を攻撃されことに衝撃を受けた。全世界も同様に世界最強の軍事国家で起きたことに衝撃を受けた。
 今、金正恩氏は、「米国本土全域が我々の核攻撃の射程圏内にあり、格のボタンが私の事務室の机の上にいつも置かれている」と威嚇する。
 通常兵器を超えた“核戦争”を米国は覚悟しなければならないのだ。

 更に、米朝、席を蹴ることだってあるのだから、特に当事者の韓国は言動を慎重にすべきではないのか。それでなくとも、“其見ろ”と、失敗を期待する外野がうるさいのだ。

 北朝鮮の此れまでの言動からは制裁に屈したわけではない。はったりをかけていると、軽々に判断を下すのは失敗の元である。

 それに対談で、米側に北朝鮮と渡り合える人材はいるのか。北朝鮮側には手ごわい交渉相手(tough negotiator)が揃っていると考えなければならない。

 ヒラリー・クリントン氏は、アメリカ国務省の脆弱化を指摘し、「アメリカには、北朝鮮との協議の舵を取れる経験豊かな外交官がいない」と語る。

 「国務省では現在、幹部級とされる91のポストが空席で、中でも駐韓大使を含む51ポストは今も指名さえ行われていない。また次官級以上の高官は10あるポストのうちサリバン副長官1人しかいない」。また、「次官級以上の高官は10あるポストのうちサリバン副長官1人しかいない。ゴールドスタイン国務次官がティラーソン国務長官と共に解任された後はナウアート報道官が次官代行を務めてはいるものの、それでも10ポスト中8ポストが空席状態」と。

 交渉上手ならば、今回の北朝鮮の動きは最大限の圧力の成果などと、相手(北朝鮮)のプライドを傷つけるようなことは言うまい。その様な手柄を吹聴するのは“官僚的政治家”の腐った頭から漂う相手を見縊った、功名心にはやる臭気である。
 折衝の心構えができていない。

 国際交渉は当然ながら人間が行う。よって当事者の適格性が問題となる。不適格者が従事すれば、軽蔑を受け、不信感を与えることになり、事を成就させるのは覚束なくなる。侮蔑すれば侮蔑の言葉が返され、偏見を持てば同様に偏見を持たれる。

 したがって、河野外相の「北朝鮮の体制のトップが、『非核化に向けてコミットする』と言っているので、こちらから『具体的にこういうことをやれ』ということを伝えなければならない」とは、“国際交渉”事ではなく、制裁・圧力を以って屈従させてのことである。

 この際だから、“取っちめる”式に勝ち誇るようでは非核化(飽く迄朝鮮半島の)も思うようにはいかない。

 北朝鮮(金正恩)は確実に中ロ・日米韓の出方次第を分析している。金正恩氏について、「会談ですらすらと自身の考えを述べ、決断力を示す姿が印象的だったとし『南北関係だけでなく国際情勢の背景、歴史についても、よく把握していた』と、徐薫国家情報院長。
 それに金正恩氏、相手の動きを知悉しての冗談も飛ばすようだ。

 非核化というのは朝鮮半島の非核化のためのことであり、米韓のあり方も規制するものであり、北朝鮮が自国の“核・ミサイル開発など”を一方的に放棄、つまり、白旗を掲げて“降伏”することではあるまい。

 無条件降伏ならば、河野外相が言う「具体的にこういうことをやれ」と云われるままに従うことになる。今後いかなる事態が発生しても、北朝鮮は体制維持を賭けて米国等に刃向かうことも不可能となり、為される儘となる“日本同様”の隷属国家に成り下がる。

 北朝鮮はいつでも牙を剥く事が可能であり、更地にしてお好きな様に、と言っているわけではない。

 ならば、文在寅大統領(4月)、トランプ大統領(5月)の会談は何を意味するのか。金正恩氏は米国の“杯を貰う”儀式の打ち合わせとなるのか。そして平和裏に南北統一国家が出現し、만세!만세!なのか。

 トランプ大統領の「キム委員長はミサイルを発射しないと述べた。多くのミサイルが上空を飛び越えた日本は、私の仕事をとても喜んでいる」との発言は楽観的で、成果の先取、捕らぬ狸の皮算用である。
 益々金正恩氏のど壺にはまり、自縄自縛に陥ることになる。

 なお、安倍首相、喜んでいるようには見えず、むしろ安倍政権の見通しのなさと国際社会の注目が、俄然“米韓北”にシフトし、自己の立場の低下を恐れているように見える。
 国際社会を飛び回って安倍首相と河野外相、北朝鮮の“制裁”を説いていたのだからだ。否、今でも制裁の強化を主張続けているか。

 喜んでいるように見えるのは、安倍首相の“悔し涙・泣きべそ”を“嬉し涙”と誤解しているせいだ。或いは電話で声が震えているよう聞こえたのだろうか、トランプ大統領は其れを“嬉しさ”の余りと、勘違いしたか。

それに安倍首相、トランプ大統領に「貿易赤字の削減」の改善を求められている。此れでは何のための同盟か、まるで中国並みではないか。“喜んでいる場合か”。

 Donald J. Trump‏@realDonaldTrump 2:23 - 2018年3月11日
 Spoke to Prime Minister Abe of Japan, who is very enthusiastic about talks
 with North Korea. Also discussing opening up Japan to much better trade with
 the U.S. Currently have a massive $100 Billion Trade Deficit. Not fair or
 sustainable. It will all work out!
 こちらも、楽観的だ。アメリカ・ファーストの為には「泣いて馬謖を斬る」、ということか。

 まあ、有り体に言えば、金の切れ目が縁の切れ目で、日米安保ですら、別に日本の“福祉=平和”の為に米軍がいるわけではなかろう。米政権が代るたびに“尖閣有事”の時には、お願いできますか、と確認をしているのが現実なのだ。

 が、それも薄々“NO”ということが分かり、離島防衛の重要を国民に訴え出した。が、素人考えにも、中国が、尖閣諸島にのこのこさいさいと上陸し旗を立てるような真似はしないだろうし、また其処に日本の水陸機動団が奪還のために強襲上陸することも皆無であろう。
 全部お見通しのあの狭い場所でどう戦うのか。それこそ野生化したヤギ等に迷惑がれるだけだ。

 さて、全島嶼6,852の内訳は、本土が(本州,北海道,九州,四国,沖縄本島)5、離島が6,847其の中有人離島は421、 無人島が6,426である(鹿児島県 離島振興事業の概要(平成15~19年度)更新日:2009年3月27日 第1-1 全国離島の概要.pdf)。
 「周囲が100m以上ある離島だけでも約6,800島あり、小さなものまで入れると数万あると」(国境離島WEBページ)。

 平成27年版防衛白書 「2 島嶼部に対する攻撃への対応」によれば、「事前に兆候が得られず万一島嶼を占領された場合には、航空機や艦艇による対地射撃により敵を制圧した後、陸自部隊を着上陸させるなど島嶼奪回のための作戦を行う」、「島嶼防衛において特に重要なのは、海上優勢・航空優勢の獲得・維持である。また、弾道ミサイル、巡航ミサイルなどによる攻撃に的確に対応する」と。

 「有人離島は421、 無人島が6,426」、守り抜けるのかどうかは歴然としている。
 それと、陽動作戦に引っかかった場合、対応が不可能である。さて、離島奪還とは?

 本来守るべき島・日本列島の軍事施設・主要都市は既に隣国の数千発のミサイルの標的になっており、二進も三進も行かなくなっている。侵略時代とは様変わりしているのだ。

 過去にも大口をたたいて日本に和親条約・修好通商条約を迫った米国、南北戦争(the Civil War)の勃発で、国際政治の場面から降り、幕府の助っ人としては見込み違いとなった。
 トランプ政権の米国、今、国際社会の非難を浴びる側に回り、世界のリーダーの資格を急速に失いつつあるのだ。残るは強大な軍事力を振り回すことであるが、国勢力の衰退場面では加齢とどうようで止めようがない。

 ロシアは軍事力で米国を凌駕し、台頭する中国は最新の軍備を整えつつある。若き北朝鮮の指導者、金正恩氏は米国の1%にも満たない核爆弾で、日韓を“人質”に、米国を核攻撃すると公言してはばからない。はっきり言えば、もはや落ち目である。

 米国優先主義も本来は平身低頭しての他国に物乞いすべき状況なのだが、此れまでのプライドがそうはさせない。よって相変わらずの、ごり押しである。

 が、その“おいぼれ”の“下り坂”を支えてくれそうなのが、“小さなロケットマン”かも知れないのだ。巧くいけば、称賛の的、ノーベル平和賞も目前なのだ。“おいぼれ”も「北朝鮮は米国との和平を望んでいるだろう。その時期が来たと思う」と、やっと事態が飲み込めたようだ。
 しかし、最高のディールへの懸念や躊躇を抱いていること隠せないようだ。

 世界は妄想で動くことが多い。

 現状では北朝鮮の核・ミサイル開発の、つまり、凍結であって、保有する核・ミサイルの廃棄を意味する訳でなく、今後の対話の局面で段階的に制裁緩和、そして最終的には体制保障(米朝平和条約)の流れになるのではないか。
 或いは話し合いの帰結である米朝平和条約の締結と劇的に始まり、その後、諸々の制裁を外して行くのか。なお、米朝平和条約に際しては六か国の協議国が立ち会う必要があろう。

 その過程で米朝共々、“ならず者国家”、“チンピラ国家”のような、威嚇・挑発行為は差し控えるということだ。

 日本は横槍を入れるのは控え、局面当事者に対し配慮ある言葉で応接すべきである。日本が本当に非核化を願うのであるなら、ぶち壊しにかかる言動をすべきではないし、阻害要因ともなるべきではない。

 制裁強化の続行ばかりを強調しているのでは、思惑外れの非核化となり、文在寅大統領の「わが政府は奇跡のように訪れた機会を大切に扱っていく」、「誠実かつ慎重に、しかし遅くならずに進捗させていく」と強調することにも、背いてしまう。
 強いて制裁を強調しなくとも、制裁は続いているのだ。

 さて、「制裁が北朝鮮の軟化を引き出したとの米国や日本の見方にたいしては、『どの国も自分のやり方が正しいと解釈したがるもので、理由を議論するのはやめよう。大切なのは会談が実現することだ』と同意を避けた」(ロシアのラブロフ外相)。
 その通りである。金正恩氏が“米日の制裁は効いた”とでも言ってくれるのなら、話は別だが。勝手な思い込みは事態を悪化させることになる

 非核化の真意は未だ不明、非核化だ、非核化だと中身も判らず燥ぐのでは、金正恩氏の思うつぼである。金正恩氏、押しも押されもせぬ大国のステーツマンであり、切れ味も鋭いのだ。

 “吠猿”の如きトランプ氏に向かい、今にも核戦争勃発か、と激しい下卑た言葉の応酬の後でも、ほほ笑みを以って、一つも臆せず媚びず、堂々と訪朝へと誘う決断力・大胆さ、主体性、慎重さ(言葉の深長さ)、ゆとりなど、Freehand(自由裁量)を持つ特定の大国の所業である。

 対話に引き摺り込まれているのは、トランプ氏側なのか。

 気になるのは、今のところ金正恩氏の話し言葉を、韓国側が書き留めたものだけが、これまた口頭でトランプ氏に伝達されているだけということだ。
 これは北朝鮮の慎重さ、言質を取られないための手段であろうか。

 金正恩朝鮮労働党委員長のトランプ大統領への「親書はなかった」と。親書をトランプ米大統領に伝えたとの報道は否定されている(韓国大統領府)。

 確かなのは、北朝鮮の“核放棄”だけが前提では何等の進展も望み薄ということだ。北朝鮮にとり、核放棄=体制崩壊(国家主権の放棄)という図式となるからだ。
 「わが国が堂々たる核保有国としてそびえ立ち体制を守ることができた」と。また、「世界最強の核強国、軍事強国としての威容をより高くとどろかせなければならない」と、意欲を示す。

 「わが共和国が核を放棄することを望むのは海の水が干上がるのを待つよりもさらに愚かなこと。核戦略国として急浮上したわが共和国と平和的に共存するという立場を取ることが賢明な選択だ」と。
 労働新聞での非難は現在でも続いている。

 米国の外交は今、トランプ大統領、ティラーソン米国務長官、マティス米国防省長官、おまけに次期駐オーストラリア大使に指名されたた米太平洋軍のハリス司令官などが、てんでんばらばらに思惑を披露している。

 加えて“日本離れ”した安倍首相、河野外相が米国の御先棒をかつぎ、国際社会に“自由で開かれたインド太平洋戦略と北朝鮮制裁”を説いて回っている。更に本腰を入れるため、日本の政府開発援助(ODA)を活用すると。

 「同族間の和解の雰囲気に冷や水を浴びせようとした招かれざる客」(18日付の北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞 電子版)と。日本はこのまま進めば、国際社会の“招かれざる客”“不和の元凶”となる。

 また、昨年(2017.04)、中国はハリス司令官の南シナ海問題などで対中強硬姿勢を示す言動に、腹に据えかねたのか、核・ミサイル開発を進める北朝鮮への圧力の見返りとして、同司令官の更迭を求めていた。中国は、同氏を「米国のアジア太平洋政策のタカ派(強硬派)」、「今夜にも戦争を開始する準備をしている過激分子」などと批判する。

 “北のほほ笑み外交”に負けないくらい、否、それ以上に文在寅大統領は破顔一笑、笑みを零している(与正氏には食事接待4回、ペンス氏には1回、安倍氏は0回)。
 日米の引き攣った愛想笑いなど全く不必要なのだ。なぜなら、北朝鮮は十分に初期の目的を得て、微笑に次ぐ微笑である。

 さて、その真偽は定かではないが、安倍首相、金永南最高人民会議常任委員長と対話(9日)し、拉致問題解決や核、ミサイル問題の開発中止を求めたと。「中身は詳細に申し上げられないが、従来のわれわれの考え方を伝えた」と、安倍首相。
 確かに、座席にある金永南最高人民会議常任委員長に、腰を低くし話しかけている一枚の写真がある。

 要するに、強固な同盟の誇示や日米が100%共にあるなどといっても、抜け駆けする証左であり、口先だけだ。

 国内向け・被害者向けに、拉致問題に取り組む姿を強調する点数稼ぎなのか。
 行き成り放題、全ての拉致被害者を帰国させよ、核・ミサイルの開発中止を、と持ち出しても、相手は面食らうし、(予約無しでは)礼を欠くのではないか。勿論、返事は用意されていない。
 疑問符が付く申し入れである。

 が、いずれ真相は漏れる。取りたてて言うこともない声かけ、挨拶だけかも知れない。
 ただ、一枚の写真から類推するだけだ。

 後日(3月12日)、河野外相は、韓国の徐薫(ソ・フン)国家情報院長(文在寅大統領の特使として、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長、トランプ大統領と会談した)から、北朝鮮側との合意内容の詳細な説明を受けた。

 その際、河野外相は北朝鮮が日本政府や日本人拉致問題に言及したのか尋ねたが、「金正恩委員長との面談は朝鮮半島非核化、首脳会談など大型問題について包括的に議論する場で、拉致問題は話し合われなかった」と。なお、「今後、この問題は日本と北朝鮮の実質的な関係改善の過程で議論されて協議できるものと思われる」と伝えられた。

 はっきり言えば、聞くだけ野暮というものだ。正に徐薫国家情報院長の言う通りなのだ。

 此れまでも北朝鮮は、「すでに解決した拉致問題に執着し、言いがかりをつけている」と論評し、「拉致問題の解決に向けアメリカをはじめ、国際社会との連携強化を図る日本を非難」している。
 それに、北朝鮮(労働新聞)は日本を「不倶戴天の敵だ」と批判もしている。

 日本もこの実状を知らない訳ではあるまい。とすると、判っていながら聞く、つまり“振り”ゼスチャーなのだ。誰に向かってかは言うまでもない。無論わかっていないとしたら、「愚か者のたわ言」である。

 安倍首相の言う「中身は詳細に申し上げられないが、従来のわれわれの考え方を伝えた」としても、はっきりと金永南最高人民会議常任委員長に“無視”されたのだ。
 それとも安倍首相の一声は北朝鮮を震い上がらせるほどの“威迫”があるとでも思っているのだろうか。然らば、さっさと拉致問題を解決すればよい。
 夜郎自大も甚だしい限りである。

 さて、韓国の徐薫国家情報院長の言葉から察するに、一つには事の軽重・優先事項をわきまえること、二つには拉致問題を以って朝鮮半島の非核化に向かう邪魔をし、拗らせないこと、三つ目には非核化の問題が解決に向かえば、日本にも拉致解決の機会があること、そして最重要なことは此れまでも含めて、拉致問題は先ずは日朝両国間の問題であり、日本が率先して解決すべきこと、である。

 国際社会に向かって拉致問題に声を上げるのも結構ではあるが、其れが“振り”であり、何かの方便としての“隠れ蓑”代わりに使われているだけで、問題解決には一向に結びつかず、時の流れにフェード・アウトするのを待っているのではと、疑念を抱く。

 せっかくの機会を逸し、拉致問題を立ち話程度で済ましたことは、安倍首相も“事物の大小・軽重”等を理解してはいる証左なのだろうか。

 それにしても、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談する韓国に、拉致問題に関し安倍首相は事前に依頼し、念を押したのであろうか。疑問は尽きない。

 日本の外交の有り方は明治以来の「国権外交」の遺風をつぐのだろう。つまり、欧米には屈従しながら、近隣の中国・韓国・北朝鮮などには強硬な方針で臨む。そのために外堀をせっせと埋める「地球儀を俯瞰する外交」を展開する。

 遠交近攻である。

 今では外回りが余程性に合うのか河野太郎外相(2017年8月3日就任)、立場によって考え方も一転し、変節漢ぶりを発揮する。
 外相専用機を欲しがる。そして、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進しまくる。種々織り交ぜる中に、“防衛交流”を入れ込む。其のうち自由で開かれたインド太平洋に、呼び込んだ国々の軍艦がひしめき合い、不自由な海となりそうである。

 信義無き外交は根無し草のようである。

 日本国憲法には「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」の決意、「平和を愛する諸国民の公正と信義」に依拠し、「われらの安全と生存を保持」する決意をしている。

 すべての基礎である“平和”を希求すること、外交の基本である。
 国際社会を泳ぎ回り、敵対関係を作る小賢しい動きをするのでは“国難”である。

 直近のブルネイ訪問では、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋戦略」について、「エルワン大臣は,同戦略の目指す方向性につき,引き続き日本と連携して理解を深めていきたい旨」述べた。当り障りのない表現にとどめている。

 南シナ海問題では「沈黙は金、雄弁は銀」なのだ。日本の意図は見え見えなのだ。
 日本の“敵味方分別醸成外交”は、よって、経済的に利用されるだけで、税金の無駄遣いとなる。

 「オーストラリア国立大学のヒュー・ホワイト教授は『中国に頼って豊かになり、米国に頼って安全になる』というオーストラリアの考え方は幼稚でおかしく、継続不能でもある」と指摘する。日本にも当て嵌ることではないか。

 「対話のための対話」では意味がない。つまり、対話のための対話では対話の目的が“対話”にあり、“核開発の中止・非核化”が目的となっていないという主張である。
 しかし、これでは北朝鮮と詰め合う“対話の糸口”はいつまでもつかめず、如何に検証可能な非核化向かって意思の疎通をはかるのか、という問題が残る。

 「核戦力はいかなる政治的駆け引きの材料や経済的取引の対象でもない」と固く閉じた北朝鮮には取り付く島もなく、「対話のための対話」よりも劣る制裁強化一辺倒では、非核化という目的も一向に達せられず、トランプ政権の忌避する北朝鮮の“核開発の時間稼ぎ”に資することになる。

 したがって、今次の文在寅大統領の破顔一笑での北朝鮮との融和には価値がある。

 特に日米は、国連制裁決議が其の“resolution=解答”であり、それに独自制裁(中国は、「国連安保理の枠組外での他国への一方的な制裁の実施に一貫して反対している」)の脅しで最大限の圧力を加える作戦により、音をあげるまで徹底的に締め上げる。よって核開発の中止・非核化への道筋を有利に展開可能と踏んでいる。

 が、飽く迄制裁では、「真珠湾攻撃のあと、米国の何人かの外交官が『米国の計画には日本を挑発して侵略に踏み切らせる意図は全くなかった』と認めたときにはすでに遅かった」と、同様にならざるを得ない。

 否、トランプ政権は先制攻撃(NPR・Bloody Nose=「米国ホワイトハウスは北朝鮮戦略として制限的に先制打撃を加える構想、いわゆる『鼻血(Bloody nose)作戦』は存在しない」と否定)まで選択肢に入れるので、“意図的”である。

 制裁が常態化された北朝鮮、その対応も身についている。折れるくらいなら核は最初から所有しない。
 ICBM火星15の試験発射に成功(2017年11月29日)し、「本日、国家核武力完成の歴史的大業、ミサイル強国の偉業が実現した」と宣言。
 新年の辞ではさらに「核ボタン」にまで言及する。

 北朝鮮への国連安保理決議の履行と圧力を最大限まで高めること・自由で開かれたインド太平洋戦略、そして防衛交流・協力を核とする外交を伝道師のごとく展開する日本、其の「地球儀を俯瞰する外交」は誇大妄想的軍事大国への“国際的あいさつ回り・地均し”なのかもしれない。

 しかしながら、対話を忌避し、争いの種をまく外交ではなく、如何なる機会をも戦争を避けるためと捉え、飽くまで平和の醸成を求める外交姿勢・手段でなければ、相手も調子を合わせるだけで、説得性に欠けるものとなる。

 トランプ政権が聖地エルサレムをイスラエルの首都と一方的に認める宣言をしたとき、認定の撤回を求める決議案に、国連加盟193カ国のうち、128カ国が賛成、反対は9カ国であった。そして、傲慢と脅しは米国の孤立化を招き国際社会に受け入れられない結果となった。

 米国の狼狽ぶりは、韓国戦争(朝鮮戦争)参戦16ヵ国(バンクーバーグループ)会議へと続く。
 国際社会で追い詰められ“窮猫賢鼠”を噛みに行くのでは、料簡の狭い前後不覚のトランプ氏の成れの果てなのか。

 「武力行使が行われる時は外交が失敗した時であり、そういうことにならないよう最大限の努力をするのが外交官の使命だ」と、杉山・新駐米大使。
 日本を含め核戦争の場に到る危機を孕むとき、失敗など許されるものではない。

 「通常兵器しか使用しない場合でも、最初の数日で最大30万人が死亡する」、「もし北朝鮮が韓国の首都ソウルと東京を核攻撃した場合、両都市で死者が最大210万人に上る」と推計されるのだ。
 考えが甘すぎる。

 カナダ・バンクーバーで北朝鮮問題を話し合う関係国の外相会合(2018年1月16日)で、河野太郎外相が北朝鮮との国交断絶や北朝鮮労働者の送還を呼びかけた。

 外交関係の断絶などは各国の判断であり、他国への内政干渉ともなる。外交の失敗を招来させないためにも、平和外交を推進するなら、間違っても軽々に、口の端に掛けるべきではない。
 北朝鮮にとってはCasus Belli、“国際外交では戦争原因・ 開戦の理由”となる。

 また、国際連合安全保障理事会決議第2087号 和訳(外務省告示第30号(平成25年1月29日発行)) の「14.このような事態を平和的,外交的かつ政治的に解決することへの安全保障理事会の要望を再確認し,理事国及びその他の国による対話を通じた平和的かつ包括的な解決を容易にするための努力を歓迎し,緊張を悪化させるおそれのあるいかなる行動も差し控える必要性を強調する」・「17.すべての加盟国が,北朝鮮における外交使節団の外交関係に関するウィーン条約に基づく活動を妨げることなく,決議第1718号(2006年)8(a)(iii)及び8(d)の規定に従うべきことを再度強調する」に、留意すべきではないか。

 安倍首相と河野外相の外交姿勢は“異様”に映る。
 また国内では河野外相、「せっかく大勢の大使に集まってもらいながら、国会日程でなかなか議論に参加することができない」と。その物言いは何か。

 国会は最重要事ではないのか。ヨーロッパ各国に駐在する日本の大使を集めたレセプションなどは他に取るべき手段があるのではないか。日本国憲法(第63条)や国会法に遵っているのであり、言挙げするまでもなく、国権の最高機関(全国民の代表)の国会日程を言い訳にするものでもなかろう。
 主客転倒も甚だしい。

 また、「天皇陛下に認証された大使がこれだけ帰国しているので、赴任している国の報告を陛下にする機会があってもいい」とは、日本国憲法第六条、第七条以外に「国政に関する権能を有しない」のであるから、“報告”するとは如何なることなのか。復命することか。それとも“進講”の意味なのか。
 疑義含みの発言である。

 安倍首相にしても河野外相にしても、法の埒外の動きが多すぎる。国政の乱れはすべて其処に起因する。

 核・ミサイル挑発の中断などが重要な視点になるとき、南北和解の端緒を開く可能性を阻害するような日米両国の規模を拡大した「統合防空・ミサイル防衛訓練」(2月16~23日)は、韓国・北朝鮮への威圧となる。
 いわば北朝鮮に“口実”にされる心配もある。

 が、北朝鮮側が日米韓の挑発に乗って戦争の口実を与える軍事行動(言葉の応酬は別にして)に出ることは先ず無いだろう。北朝鮮は激して軍事行動に出ることはなく、その前に的確な言葉を選んで用い、逆に挑発に乗せることに長けている。

 日本は北朝鮮を煽り、米と結託して軍事行動を起こす気なら、避難訓練などではなく、軍事拠点とは別にして、攻撃目標と見做される都市別の最悪の犠牲者を見積もる時期にきている。原発の関連施設などの破壊で如何ほどの損害が生じるかもだ。
 要するに日本国を破滅に導くことになる北朝鮮との開戦の危険について語るべきなのだ。

 然れど、北朝鮮のミサイルよりも、今ここに在る国難に優先的に対処すべきである。日本は常日頃、在日米軍の落下物に国民の生命・財産を失う目に曝されている。主権国家として米国に“物を言わす”ことができないなら、大言壮語を吐かないことだ。小事は大事というではないか。
 一つの重大事故の背後には、29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという、ハインリッヒの法則を思い起こすべきである。

 国内のことも儘ならない無能な安倍政権は、国民の注意を逸らす欺瞞策になけなしの脳を使う。そして、狼少年の如き手法で国民を煽り、済し崩し的に既成事実を積み上げる違法な軍備拡張は止めるべきだ。

 要は、戦争を避けるための、平和を保つための積極的外交戦略を練るべきだ。肝に銘じるべきは、米国は米国のことのみを考えて戦略を練っている、ということだ。日本は同盟国ではあるが、“使い走りの同盟”国である。事大主義に拠り一端の口を国際社会で虎の威を借る狐の如くに振る舞っているだけだ。

 国際社会が冷然と見ているのを忘れている。そして、日本国民の税金を気前よくばら撒く間抜けな安倍政権から吸い上げようとしているだけだ。

 安倍首相自身は、他国に向かいては“外面似菩薩”、国民に向かう時は内心如夜叉の面を表す、とにかく油断がならないのだ。

 安倍首相と河野外相の言動は既に常軌を逸していて、平和を求めているとは思えない。他国に北朝鮮へ制裁の強化を説いて回る安倍政権は国難の度合いを、いやが上にも高め、日本の安全保障にとって脅威となる存在である。

 国民の生命、財産は必ず守るというが、「対話のための対話は意味がない」と断じる安倍首相の何処に、北朝鮮を屈服させなければ承知できないとする何処に、その保障があるのだろうか。口先では何とでも言える。

 金正恩氏、元日に発表した新年の辞」で、「国家核武力完成の歴史的な偉業を成し遂げた」としたうえで、「核のボタンが私の机の上にいつも置かれている」と述べた。
 「対話のための対話は意味がない」の反語、“制裁のための制裁は意味がない”の導くところでもある。

 平和を飽く迄外交で以って成し遂げようとする気概があるのだろうか。“国民の生命、財産は必ず守る”とのお題目の繰り言では、国民は安倍政権の犠牲となる。安倍首相は戦争を望んでいるのか。政界の“がらがらぽん”とは訳が違うのだ。

 逃げ場のない四畳半の部屋に諸々のものを詰め込んで生活しているような日本、その部屋で核が炸裂するかも知れないのだ。核戦争で生き残るには領土の広さに比例する。

 米国で、最悪の大統領と云われるトランプ大統領と共に崖っ縁に向かい、何故そのように急ぎ、国難となる道を突き進むのか。米国を急かし、北朝鮮を煽り、何を期待しているのか。
 安倍政権の本質は自民党の松本文明氏(前内閣府副大臣)の「それで何人死んだんだ」のヤジで極まる。

 安倍首相とトランプ大統領との電話会談(14日夜)で、「北朝鮮が完全かつ検証可能で不可逆的な非核化に応じることを前提」に北朝鮮が対話を求めるまで“最大の圧力”と五輪後の“米韓合同軍事演習の実施”を重要だと確認した。

 トランプ大統領は「もっとアメリカに投資し、多くの工場をつくるよう提案」するのも忘れない。

 同盟といっても、“アメリカ・ファースト”が実態だ。鉄鋼とアルミニウム製品への関税、輸入制限問題はどうか。同盟である日本をも対象とされている有様である。
 日米同盟はとても重要なものと認識している、日米同盟は非常に強固で“アメリカにとって非常に重要”だ、と言われて安心していられるのか。
 もっとも口先だけはお互い様か。

 が、その安倍首相の確認は、文在寅大統領の足かせでとなるだけだ。また米韓合同軍事演習に関しては、文在寅大統領は「北の非核化が進展するまで軍事演習を延期しないよう求めるものと理解している。
 だが、この問題はわれわれの主権問題であり、内政の問題」と反発。更に「総理がこの問題を直接取り上げることは困る」と強調した。

 また、民主平和党の朴智元議員は「安倍首相は米国の後に隠れて韓米軍事演習を早く再開しろと悪いことをしている。何様のつもりでそのような内政干渉をするのか」と。

 大口をたたくトランプ大統領さえ、米朝首脳会談について「私はすぐに立ち去るかもしれないし、席に着いて北朝鮮を含めた世界の全ての国にとって最高のディール(取引)を成し遂げるかもしれない」と、半信半疑で、弱気も顔を出している、微妙な時なのだ。

 が、海の物とも山の物ともつかないうちに、日本はIAEAの北朝鮮査察費用の人員や機材の調達に必要な初期費用の3億円超を負担する方針と。

 「出遅れ感のある日本が存在感を発揮したい思惑もある」等と、見透かされての揶揄の声も聞かれる。焦っての我田引水、泥縄式の無能・無策の外交となっている。  “最高のディール”の場合、日本と北朝鮮の間に難問の戦後補償問題が湧き出る可能性もある。

 此処はじっくりと北東アジアの新秩序への対応策を練り、伏線として敷いておく必要がある。慌てる乞食は貰いが少ないとの譬えもある。いずれ日本は必ず表舞台に引き出される。

 今、焦って姑息な手段を弄するのは却って顰蹙を買うだけだ。

 “仁義”無き日本、幕末の攘夷のその後に似て、捩れば、“攘北”が一変して“阿北”になるか。

 攘夷派は幕府の外交(安政条約の締結)を内政の紛糾と討幕に利用した。条約問題、つまり、治外法権の撤廃・関税自主権の回復、外国軍隊の日本上陸禁止などは、岩倉具視大使等の無智を披露し失敗に終わった。

 同じく捩れば、政府は北朝鮮の核・ミサイル開発を“新たな”脅威と称し、改憲・軍拡・国民籠絡に利用している。なお、“新たな”防衛大綱と中期防衛力整備計画を18年末に策定する。

 が、“新たな脅威”が今や風前の塵の如くとなり、更に安倍政権にとっては“悪夢”となる米朝平和条約で限りなく西側(南北統一などで)に近づいて来る北朝鮮となるのだ。

 「地球儀を俯瞰する外交」を謳い遍く飛び回っても、日本国憲法の指し示す先を体さず、真の国益に求めず、己を利する井の中の蛙大海を知らずとなっていては、早晩、清算を強いられる。

 米国は安倍首相の思惑に制約されない。日米安保での尖閣諸島でも制約はされないだろう。米国は、米国に関わりないちっぽけな島のために、中国と戦争をする積りはない。ただ、争いの種を残し漁父の利を占めたいだけである。
 その為の“政治舌”を使うだけだ。

 日米の新ガイドラインの中でも、日本が防衛作戦を主体的に実施し、米軍は自衛隊の作戦を支援し、補完するとある。米国の立ち位置は“従”が原則的なのだ。

 そして、トランプ政権は、露骨に米国から“武器を買って自前でやれ”との考えで、TPPもリバランス政策も捨てたのだ。

 北朝鮮にとって、本来の不倶戴天の敵は“米国”で、日本などは二の次三の次なのだ。
ただ、しゃしゃり出て、あれこれ言うので、「取りに足らない日本列島の4つの島を核爆弾で海中に沈める」と、である。

 北朝鮮の非核化を目指す、そのことに異議は無い。そして、核兵器禁止条約がその先にあることも。しかし国際社会の“二枚舌と頬被り”はどのように説明されうるのだろうか。

 最近(01.18)、インドは核弾頭搭載可能な大陸間弾道ミサイル(アグニ5)の発射実験(5回目)に成功した。射程は5000キロで中国北部に到達可能である。
 インドは「ICBMを所持する超高級クラブ」での立場が保証されたと自負する。
 が、実験についての批判は聞こえてこない。

 つまり、国際社会は“三猿”を決め込んでいて、インド、パキスタン、イスラエルに対しては、お咎め無しである。

 北朝鮮は1993年と2003年に核不拡散条約からの脱退宣言をしている。
 核不拡散条約(NPT)は脱退について、第十条で、「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する、とある。

 当該締約国は、他のすべての締約国及び国際連合安全保障理事会に対し三箇月前にその脱退を通知する。その通知には、自国の至高の利益を危うくしていると認める異常な事態について記載しなければならない」とある。

 北朝鮮は脱退を認められていない。日本の場合、「正式な手続きをとっていない」とし、脱退を認めていない。

 北朝鮮は核不拡散条約体制内にあるため、条約上の義務不履行を問われていることになる。インドやパキスタンなど問題ではあるが、核不拡散条約の体制外のため、つまり、締約国となり義務を果たす積りがないために、“お目溢し”に与かっていることになる。
 この不思議な論理を解くカギは北朝鮮の言う、米国の“北朝鮮敵視”ではないのか。

 岐阜女子大南アジア研究センターの福永正明客員教授は、インドの1月の実験について、「中国を射程距離に入れたとされている問題についてメディアがあまり報じないのは、インドへの特別扱いであり、中国をけん制する国際社会がインドを重要視し後押ししているからだ」との見解を示した。
 そして、武田参院議員の日印原子力協定などについての質問に、「インドがNPT(核不拡散条約)に入らないまま(日本が)こういう条約を締結したことは非常に残念だ」、「インドがNPTや包括的核実験禁止条約(CTBT)に入り、全面的な査察を受ける方向に結びつけてほしかった」と。

 未だ戦争状態が続く北朝鮮、その最大の敵国である米国には有り余る核が存在し、同盟国を護る。しかし、北朝鮮に核の傘を差し伸べる国は無い。

 否、北朝鮮駐在のロシアのマツェゴ大使北朝鮮は、核ミサイルプログラムの凍結に同意するならば、露中は北朝鮮の「安全を保証する役割を担うことができるだろう」と。この安全保障は核の傘を意味するのだろうか。

 北朝鮮は朝鮮戦争で休戦協定により休戦しているだけで、法的には戦争状態である。軍備の拡充・兵器の開発を計るのには理がある。さらには軍事超大国である米国が敵国である。
 軍事的・経済的圧力や制裁で武装解除するには無理がある。今、北朝鮮の核開発こそが対抗しうる手段として北朝鮮の体制崩壊を支えているのである。

 北朝鮮にも当然、生活する国民がいる。水も漏らさぬ圧倒的経済制裁のより、国民貧窮は自明である。米国側の御旗とする“人権擁護”問題が、制裁する側にも問題となってくる。
 安保理決議第2087号(外務省告示第30号(平成25年1月29日発行))には、「18.決議第1718号(2006年)及び第1874号(2009年)によって課される措置は,北朝鮮の一般市民に対して人道面の悪影響をもたらすことを意図するものではないことを強調する」。
 第1874号でも、「この決議により課される措置は、北朝鮮の一般市民に対して人道面の悪影響をもたらすことを意図するものではないことを強調」している。

 ならば、北朝鮮は非核化を受け入れよ、受け入れない北朝鮮側に責任がある、と言い切れるであろうか。嘗ての日本、国民が戦禍を被っているから、戦争を終了するという判断を下したであろうか。むしろ、砲弾に身を、空襲に、原爆に国民を曝したのではないか。
 朝鮮半島の現状は日本に其の因があるとは考えないのか。

 慶尚南道陜川を訪れた元広島市長の平岡敬氏、追悼の挨拶で「原爆を投下した米国の責任を明確にし、植民支配と原爆被害に対して日本政府が謝罪しなければならない」と、また「日本政府は正しい歴史認識を持つべき」と強調した。

 北朝鮮の核脅威を「国難」と叫ぶ安倍首相、「北朝鮮が核放棄を明言しなくても『雑談』を名目とした会話であれば応じる方針に変更」とは、不遜、不真面目な言動であり、国難に向かって、核ミサイル攻撃に備える大日本帝国の亡霊的精神の発露の、核兵器の恐さを麻痺させる、的外れな、非論理的、空想的、詭弁的、自然災害対応ならではの住民避難訓練に駆り出される国民をあまりにも小馬鹿回しにし、欺くものである。
 国民を無視した斯様な考えでは拉致問題の解決も遠のく。

 朴智元議員は12日、国会最高委員・国会議員連席会議で、「南北首脳会談、米朝首脳会談などに世界で安倍首相と洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表だけが反対した。『ホン・アベ』だ」と批判した。

 対話の機会を作り出し誠意ある外交を展開するのが国難を避ける大前提ではないのか。
 戦争に到るのは愚の骨頂である。広島平和記念碑(原爆ドーム)を見よ。

 平昌オリンピックを機に韓国・北朝鮮に融和ムードが高まり、米国の表向きの制裁強化発言の裏で米朝“対話”への動きがある。「対話のための対話は意味がない」と豪語した手前の恥部隠しの緩衝的な発言なのだろうが、小賢しい。

 米国の戦略や政略に振り回されている日本、未だ主権国家ならずの体たらくなのだ。 和して同ぜずではないのか。

 文在寅大統領の統一・外交・安保特別補佐官を務める文正仁延世大名誉特任教授は、最大の圧力戦略を北朝鮮は核兵器廃棄のためとは見做さず、「体制を転覆・崩壊させようという敵対行為と見ている」と。
 そして、文氏は「文在寅大統領は今、薄氷を踏むような心情であるはず」とし「『最大の圧力』から『最大の慎重(Maximum Prudence)』という姿勢ですべてのことを慎重にしている」と説明した。
 また、「大韓民国の大統領は軍事主権を持っている。大統領が在韓米軍に出て行けといえば出て行かなければいけない」とも。

 「アメリカが『北朝鮮が米朝対話の意思を明らかにしたのは制裁の効果だ』と世論をミスリードしている」と、北朝鮮の国営ウェブサイトは非難する。
 未だ北朝鮮、“ほほ笑み外交”の中でも、“圧力を維持する”米側に対し、鬩ぎ合いを続ける。

 慰安婦問題に関しても同様に、日本は“合意を守れ”の一点張りである。
 2015年12月28日、日韓両政府の外相会談で旧日本軍の従軍慰安婦問題の決着で合意。岸田文雄外相と韓国の尹炳世外相は、会談後の共同記者発表で「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と表明した。

 その合意内容は外務省のHP「日韓両外相共同記者発表 平成27年12月28日」掲載されている。
 合意について、安倍首相は「一九六五年の日韓請求権協定により、法的には完全かつ最終的に解決済みだとの立場には今回の合意でも何ら変更はない」と明言(2016年1月7日参院本会議)。

 日韓基本関係条約(日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)と共になった日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定:1965年12月18日効力発生)で、その第二条【財産・請求権―問題の解決】は、1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とある。

 が、韓国政府は請求権の具体的な内容が協約に記されていないことなどから、従軍慰安婦や在韓被爆者などについてはこの協約の対象外とする(2010年3月15日)。

 したがって、対立した主張の解決は外交交渉によるべきなのだろう。そして今に続いて、合意内容となった。

 しかし、「法的には完全かつ最終的に解決済」と、その根拠とする協定の轍を踏んだのが、今次の合意ではなかろうか。

 日韓のメディアも翌日の論調はどちらかと言えば歓迎ムードであった。
 が、“当事者”の批判等が出るにつれ、一変して合意内容に疑問をぶつけるようになった。

 協定時と現代の民主化等の情況の相違はあっても、“当事者”抜きの協定、合意などは早晩槍玉に挙げられ、其の実効性を保てないことが示されてきた筈ではなかったか。
 特に経済的利益の享受を目的とする権利である財産権と相違し、先ずは「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」にどのように加害者として責任を全うするかである。
 その要点は、「日本が本当に慰安婦問題の最終解決を望むなら、すべきことは難しくない。複雑な論理を展開するのではなく、法的責任を潔く認めれば良い。これは歴史的事実を客観的に受け入れることでもある」と。

 合意で、当時の両外相の発表の中に、“問題が最終的かつ不可逆的に解決”されることを確認するとある。不可逆的とは“合意した内容が再び元の状態に逆戻り”しないことである。そのために「全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのため」の事業に、日本政府の予算で資金を一括で拠出するという。

 そして「韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」と。
 つまり、口封じである。

 が、その“当事者”からは、のっけから批判が続出した。韓国政府は口ごもるも、韓国メディアはその理不尽に同調し始めた。
 日本側からも与党の国会議員が慰安婦は“売春婦”だとの発言(2016年1月14日桜田義孝元副文部科学相)が飛び出す始末だ。
 はやくも“最終的かつ不可逆的に解決”は双方の間で崩れているのだ。

 不可逆という合意については、此れが最終解決ではなく、未来に向かってのワン・ステップと理解し、加害者として“口封じ”を求めるのでなく、未来に向かって女性人権の確立に積極的に関与すべきではないのか。

 慰安婦の問題は韓国に止まらず、日本人・朝鮮人(南・北)・台湾人・中国人・フィリピン人・インドネシア人・ベトナム人・オランダ人が公文書によって確認されていて、他にもあると思われるのだ。  “全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やし”であるならば、日韓両国間の“三猿”で済むことではなく、普遍的かつ国際的に保護されるべき女性の権利の問題と捉えるべきなのだ。

 むしろ「少女像」の撤去を求めるより、後世に記す“像”であってよいのではないか。
 慰安婦問題の解決には日本政府での議員立法・補償法等の立法措置、そして何よりも国政に関与する者の妄言などで、元慰安婦の方々の“尊厳”・“心の傷”を深めないよう、国会決議が取り分け必要である。

 今次の合意でも日韓を操る米国がある。日韓の懸案事項は米国の利益・安全保障に絡む問題である。したがって容喙する。「慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に合意したことに対し、米国の理解と協力に感謝する」と、安倍首相。

 しかし、論理よりも力と詐略を好む系譜の首相、当事者向かって直接自らの口を開いて心からのおわびや反省をすることはない。そして、理屈的には「日韓請求権協定により、法的には完全かつ最終的に解決済みだとの立場には今回の合意でも何ら変更はない」のだから、結果的には今次の合意で慰安婦問題を更に拗らせただけである。

 では何が問題で、堂堂巡りをしているのだろうか。それは当事者の必死の叫び声を聞けば、理解できる。

 慰安婦問題 日韓の懸案になることは? 今後ともある59% どちらともいえない26% 今後はない8% あとは無回答である(2016年01月14日 (木)くらし☆解説「安倍外交と国民の視線」)。

 (以下は、中日新聞2016.1.19 参院予算委論戦のポイント【従軍慰安婦問題】から抜粋)

 宇都氏
  日韓関係の改善はなぜ必要だったか。

 首相
  (北朝鮮問題で連携でき)今回の合意は日本の安全保障においても大きな意義があった。お互いが誠意を持って約束したことを実行していくと確信している。

 戦後70年安倍談話で安倍首相、「あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、その先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」、「私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」と。

 首相の言うように、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合うなら、その世代は“先の大戦に深く思いをめぐらし、嘘を言うのではなく、逃げを打つのでもなく、安全保障のためでもなく、更に真実を追求し、此の国の責任を新たにし、そして頭を垂れ真摯に謝罪の念を胸に刻むことであろう”。

 つまり、「あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、その先の世代の子どもたち」など、存在しないのである。もし存在するなら、其れは“私たちの子や孫、その先の世代の子どもたち”ではないのである。

 韓国の文在寅大統領は、慰安婦問題は「終わっていない」と宣言。日韓合意に違反しているとの日本の反発には、「加害者である日本政府が『終わった』と言ってはならない」・「戦争の時期にあった反人倫的な人権犯罪行為は、終わったという言葉で覆い隠せない」・「日本は人類普遍の良心で歴史の真実と正義に向き合うべきだ」・「日本が苦痛を与えた隣国と心から和解し、平和の共存と繁栄の道を共に歩んでいくことを願う」と。

 まさにその通りではないか。それこそ真の未来志向ではないか。

 安倍首相の云う未来志向とは、現在の課題・問題を直視しない、解決を先延ばしする、避ける、隠蔽する、言い訳するための、其の場限りの頭が働く方便に過ぎないのだ。
 したがって、“私たちの子や孫、その先の世代の子どもたち”に負の遺産を継がせてしまうことになる。

 戦争になれば、北朝鮮にも地上には逃げまどい殺される人民がいる。が、その原因は北朝鮮がつくったので自業自得である、ですむのだろうか。その原因は本当に北朝鮮だけの問題なのか。そして日本は素知らぬ顔をできる立場なのか。

 体制(考え方)の違いを超えて平和の裡に過ごせることこそ万民の普遍的願いなのだ。体制の違いを、自国民を誑かす手段にすることは、今次の米朝トップ会談のような激変に見舞われた時、無策から狼狽の色を隠せず、対応に後れを取ることになる。
 時の政権が貼ったバイアスのかかったレッテルで、国民は他国を判断するようになる。
 が、ラベルの貼り替えは政権自体に激震となって襲い掛かり、政権交代が必要とされる場合がある。

   「米国が、武器取引を続け、戦争を引き起こしている間は、地上に平和は訪れない」、「2015年末の段階で、米国について述べるならば、次のような結論に達する。それは『我々は、まるで殺人民族だ。自分達の家の中でも。外国でも人を殺している』というものだ」(米国の元外交官ダン・シムプソン氏)。

 果たして北朝鮮が“核開発を止めます”と言ったら、八方好しとなるのか。

 朝鮮戦争は未だ継続中である。(協定は破られているので)兵力強化や武器等の増強・開発するのは当事者として当然のことではある。これまで北朝鮮は過去6回にわたり1953年の朝鮮戦争休戦協定に束縛されないと表明している。

 北朝鮮は条約の当事者ではないが、陸戦ノ法規慣例ニ関する条約の条約附属書 陸戦ノ法規ニ関する規則第40条【違反】によれば、「当事者ノ一方ニ於テ休戦規約ノ重大ナル違反アリタルトキハ、他ノ一方ハ、規約廃棄ノ権利ヲ有スルノミナラズ、緊急ノ場合ニ於テハ、直ニ戦闘ヲ開始スルコトヲ得」とある。

 いつ朝鮮戦争が再開されても驚くには当たらないのだが、陸戦条約の成った時代とはもはや様相が一変している。

 「米朝枠組み合意」(1994年10月21日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とアメリカ合衆国の間で結ばれた合意)では、米朝は国交正常化に向けて行動する筈であったが、両者共々の思惑外れ・疑心暗鬼もあってか、合意内容の不履行となり、合意は崩れる。

 米国は、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」((1991年12月31日)、「1.南と北は核兵器の実験・製造・生産・搬入・保有・貯蔵・配備・使用をしない」等の不履行を非難。

 北朝鮮は「燃料の供給やKEDOの軽水炉プロジェクトを故意に遅らせて合意を『実質的に無効化』、「悪の枢軸」と先制核攻撃の目標に位置づけるなどのアメリカの敵対政策を非難。

 この後に代わって続く六者会合(第1回2003年8月27日から29日)は、第6回(2007年3月19日から22日)まで続く。六者会合の目標が平和的な方法での朝鮮半島の検証可能な非核化であるならば、回を重ねても失敗の会合ではなかったか。

 「六者会合の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化であることを一致して再確認した。朝鮮民主主義人民共和国は、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄すること、並びに、核兵器不拡散条約及びIAEA保障措置に早期に復帰することを約束した」、そして「アメリカ合衆国は、朝鮮半島において核兵器を有しないこと、及び、朝鮮民主主義人民共和国に対して核兵器又は通常兵器による攻撃又は侵略を行う意図を有しないことを確認した」(第4回六者会合に関する共同声明2005年9月19日 於:北京)のだが、双方の不履行で水泡に帰した。

 マティス国防長官は、「私たちの目的は依然として完全かつ検証可能で復元不能な朝鮮半島非核化(CVID)」と、六者会合の目標を保持する。
(CVID=Complete, Verifiable, Irreversible Dismantlement)
 そして今、安倍首相は北朝鮮への圧力を強調し、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化を前提としない限り、北朝鮮と意味のある対話をすることはできない」と。

 今や北朝鮮は水爆実験やSLBMの発射実験の成功までも表明する。米国への核攻撃能力を増している。読み切れない北朝鮮を対話に向かわせるためには「対話と圧力」ではなく、どこまでも対話と対話”ではないのか。

 朝鮮半島の非核化は金正恩氏の表明するところでもあるが、非核化の条件は今後の韓国・北朝鮮両首脳の4月会合で窺い知ることになる。
 金正恩氏からの条件については未詳である。例えば、金正恩氏がドアを開けほほ笑み、文在寅氏がこれまたにっこりとドアの前に立ち、何歩か下がってトランプ氏が少し顔を緩めて立っている、絵図である。

 米朝の会談が整わないとき、北朝鮮への制裁は更に強化され米朝の緊張の度合いが極限まで高まり、既に米国よりも先に、手っ取り早く日米同盟・韓米同盟の日韓が痛撃を加えられる可能性もある。

 戦争原因は既に米朝双方とも満たされている。

 イランの経済制裁そして解除は、濃縮ウラン保有量の削減と制限そして核関連施設への査察が10年以上に及ぶことへの見返りだった。が、孤立した南北分断国家の一方の北朝鮮に当てはまるのか。
 しかし、トランプ大統領はオバマ前政権が取り組んだイラン合意には否定的だ。「イラン合意はアメリカがこれまで交わしてきた取り決めのなかで最もひどく、一方的なものの1つだ。アメリカにとって恥だ」と。

 手始めに米朝を中心とした新たな枠組み合意=米朝平和協定を、イギリス、フランス、ロシア、中国+日韓がいかに支援・担保するかでもある。

 恐らく南北を統一し朝鮮半島全体を永世非武装地帯とし、そして日本は平和憲法を護持し九条に従い軍備縮小へ転換することになることの視界も開ける。

 そして、今次の米朝会談が成功裏に経過するなら、日本と北朝鮮の国交正常化も当然視野に入る。

 ポツダム宣言の「日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後各自の家庭に復帰し、平和的且生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし」を噛み締めて、日本の新たな出発となる。

 「戦後体制からの脱却」とは、日本国が軍国主義に拠らずして「理性の経路を履む」ことを“日本国”自身が決定したことに対する不十分な在り方の徹底しない戦後体制を捨てさり、本来に戻ることであり、偏に日本国憲法を遵守することでなければならないのだ。

 それでこそ、“戦後体制”からの脱却と云うべきである。

 が、米国の勢力範囲から脱しきらない限りは何事も望めない。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」の廃棄である。

 現状、日韓は米国の弱みでもあるのだ。日韓の有事の時、もし米国が助っ人・報復しなければ、米国は末代まで盟主の座に二度とつけない。
 が、核で報復すれば北東アジア発の核戦争の勃発であり、破滅である。

 北朝鮮の問題には触れなかったが、オバマ大統領、最後の一般教書演説で「Optimistic that unarmed truth and unconditional love will have the final word」と言う。
 が、建国以来米国にその様な時期があったのだろうか。つい最近もオバマ大統領は涙して大統領権限による銃規制強化策を訴えたばかりであることを、気楽にも忘れたのだろうか。

 では、トランプ大統領に“unconditional love”をバトン・タッチされることを楽観し、北朝鮮問題に関わってもらうとするか。

 楽天的であることは現実を見失うことにもなる。

 核不拡散条約に未加盟のインド、パキスタン、イスラエルの実態からすれば、この対話と圧力は二枚舌であることを証明している。また、現実には、北朝鮮以上にイスラエルのが、核使用の点で危険ではないのか。

 其の敵視政策を解消するにはどうするのか。1953年7月27日の朝鮮戦争休戦協定(「朝鮮における軍事休戦に関する一方国際連合軍司令部総司令官と他方朝鮮人民軍最高司令官および中国人民志願軍司令員との間の協定」)の前文に謳われている「最終的な平和解決」(前文から抜粋:and with the objective of establishing an armistice which will insure a complete cessation of hostilities and of all acts of armed force in Korea until a final peaceful settlement is achieved)、つまり、具体的には国際連合軍代表する米国との平和条約ではなかろうか。

 北朝鮮のリ・スヨン(李洙墉)外相(2015年当時)第70回国連総会の一般討論演説で、「我々は、朝鮮半島における緊張緩和に関し建設的対話を行う事に賛成するだろう。ただそのためには、米国が、現在ある1953年の休戦合意の代わりに、完全な平和条約に調印しければならない」と述べた。

 韓国は2014年、78億ドル規模の兵器導入で、内90%の約70億ドルが米国製だった。北朝鮮の脅威に対応すべき安全保障の代償が韓国を兵器市場の買い手にしている。
 この旨味を米国が手放す筈がない。
 今後も米国製兵器購入の圧力が加わる。昨年(2017年11月)には数十億ドル規模の米国製兵器を購入することに合意したと。

 「2015世界軍備支出・武器移転(WMEAT)』報告書によれば、日本は調査対象である世界170カ国中で武器輸入1位、軍備支出5位、兵力あたり軍備支出8位で軍事強国の隊列に上った。(2002~2012年の11年間で年平均の軍備支出を2012年のドル為替レートで換算)。
 報告書では11年間で日本の武器輸入額は1661億ドルで世界1位だった。年平均で換算すれば151億ドルで、2位は英国100億ドル、3位は韓国61億ドルである。この期間中に日本の年平均軍備支出は522億ドルで米国・中国・英国・フランスの次だった。日本の軍備支出はドイツ6位・ロシア7位よりも多かった。

 日本は第2次安倍政権以来、軍事費は6年連続の増額で過去最大の5.2兆円でオスプレイやF35Aステルス戦闘機など、トランプ大統領の“もっと買え”応じている。

 両国とも“好い鴨”なのだ。

 米国は、日韓防衛は二の次で軍事製品の捌け口の保持拡大が主たる目的なのかも知れない。その為の北朝鮮問題なのかも知れない。

 北朝鮮の核開発など取るに足りないのだ。その気になれば何時でも捻り潰すことができる。

 が、適当に危機感を煽っておくことは日韓の“市場”の確保に、そして日韓の国民から膏血を絞るにも格好の“揺さ振り”となる。
 後は米国、中国に向かって「これまで通りのやり方を続けるべきではない」とか、六カ国協議で議長を務める中国に下駄を預けて適当に言葉を濁していればよいのだ。

 懲りずに北朝鮮に猶予を与え、核開発を進めさせているのは米国であり、米国こそ“これまで通りのやり方”を根本的に変えなければならないのだ。

 米国こそ今や朝鮮半島争乱の首魁なのだ。

 しかし北朝鮮と直接向き合う韓国が、「問題の深刻さを考えると、過去のどの時点よりも(中国は)北朝鮮に影響を与える措置を下すべきだ。これは韓国や米国はもちろん、国連安保理理事国など多くの国も同じ考えを持っている」と、中国を非難する。
 これまでの幼稚な対応しかできない自国を先ずは省みるべきではないか。何といっても当事国なのだ。非難先は自国の政策の当否に向けるべきではないのか。
 米国にB52戦略爆撃機を飛ばされる対応などは断固断るべきではないのか。常套手段は“泥縄”の対応だ。

 「核には核で(応える)。これが我々の答えだ」と、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は報じる。

 外国の制裁を待つのでなく、韓国として主体的に如何に北朝鮮に向き合うべきなのか。当面のことについては、東亜日報が社説で「北朝鮮の4度目の核実験を受けて朴大統領に問いたいこと」(JANUARY 12, 2016 07:27 )で述べている。

 「第3に、北朝鮮核問題を韓国が主導できるのか国民は知りたい」と。

 北朝鮮は自己正当化のための理論(屁理屈?)を整えている。北朝鮮は同害報復に向かうのでなく、北朝鮮の理屈と韓国側の感情抜きでの理論で、付き合うことだ。導かれるところは一つだ。その解は米朝の平和条約締結だ。そのために韓国はどうするかだ。

 例えば、金大中元大統領の対北三原則(1998年2月25日 ・北の武力挑発には断固対処・北を攻撃せず吸収計画を持たない ・可能な分野から南北和解、協力推進)がある。
 そして2000年6月15日の大韓民国大統領金大中と朝鮮民主主義人民共和国国防委員長金正日による「6・15共同宣言」だ。
 此れまでの六か国協議に関する共同声明、合意、共同宣言等がどのような経過を辿ったのかおさらいするのも手がかりとなる。

 南北の和解は、そして現在の日米相互協力及び安全保障条約第十条の効力終了にも関係してくる「日本区域における国際の平和及び安全」にも絡むのだ。

 それとも米国のマッチ・ポンプ策謀の一環なのか。

 2003年2月3日、廬武鉉の顧問団が訪米時、米政府関係者が「アメリカが朝鮮の核施設爆撃を行った時どうするか」との問いに、顧問団は「両国同盟の終わりを意味する行為だ」と強く反発した。
 米側の都合だけでなく、韓国側の強い意志を示しものであり、韓国与党内で「もはや韓国も核武装しなければならないという」と主張される今、現政権はどのような考えを持つのか。韓国が核武装すれば北朝鮮と同列になり、もはや“両国同盟の終わり”とはいえず、米国の更なる思う壺にはまるだけでなく、日本にも重大な政治的変化をもたらし、北東アジアは核の連鎖で自滅することになる。

 東亜日報は問う。「第4に、もはや韓国も核武装しなければならないという主張が与党内からも出ている」と。そして朴大統領の代案は何なのかと。

 北東アジアでの“積年の縺れ”を解く鍵は必ずある。“水爆”の危機でなく、政治劣化が招いている危機なのだ。包囲網でなく、包容網を作るべきである。

 何より、朝鮮戦争停戦協定の前文に記される「最終的な平和的解決」に向かうことであるが、韓国は、北朝鮮が2013年3月11日朝鮮協定を同日より白紙化すると表明したことに対し、休戦協定の一方的な破棄が認められない根拠として、朝鮮休戦協定第5条62項を援用した。
 「Article V 62. The Articles and Paragraphs of this Armistice Agreement shall remain in effect until expressly superseded either by mutually acceptable amendments and additions or by provision in an appropriate agreement for a peaceful settlement at a political level between both sides.」。

 ならば、六カ国協議の当事者としても、朝鮮半島で周辺国をも巻き込む破滅的戦争の発端を作るような行為には慎重にそして忍耐強くあるべきだ。

 「戦略的忍耐」は「戦略的責任回避」と、米中の責任回避を今更詰って、「米国や中国、日本にばかり依存しているようでは、いつまでたっても解決策を見いだせないことがはっきりした以上、われわれは独自の自衛策を持たざるを得ない。国際社会の動きを見守りながら、その一方でわれわれが取れる軍事的な対応策も同時に模索しなければならない」と気付くのは良いが、北朝鮮と同様の路を選ぶようでは穏やかでない上に、天に唾するようなものだ。

 中国は今や大国なのだ。その大国が米国と朝鮮半島で戦火を交えることはしないし、できない。北朝鮮・韓国・日本も既に米中の手の内にあって久しい。小競り合いは別にしても、本格的朝鮮戦争は抑制される。それが米中の腹であり、暴走は許さないだろう。
 とにかく米中は巧く三国を利用するだろう。特に米国にとって日韓は二頭だての馬車馬である。それも其々遮眼革付きである。そして両国の餌は北朝鮮である。

 「朝鮮半島では、戦争や混乱を起こしてはいけない。北朝鮮とアメリカは、核問題における重要な2か国として、賢明な政治決断をしなければならない」と、新華社は伝える。

 北朝鮮は米国の安堵を何よりも欲している。日本は米国には見苦しいほど隷従し、国民の反対を無視してまでも米国に尽くすのは“国際社会”で外交手腕を磨くより手っ取り早く虎の威を借る狐となるためだ。

 勿論、相対的に弱体化していく米国を凌ぐほどの軍事力を日本が保持すれば、第二次世界大戦以上の破滅をみることになる。そして韓国は家庭内暴力を受ける者のように映る。
 これら三者に共通しているのは、いずれも米国の庇護・愛を求めているという点だ。殊更北朝鮮の場合はその証として、体制保障の平和協定である。
 が、現実にはその求める相手は札付きの悪党でしかも稀代の強欲という訳だ。

 真の問題はこれら三者が互いに“誤った憧れの人:悪漢”を巡って互いに争いをしていることだ。したがって時折その悪漢は都合悪くなると、其々に睨みをきかすことになる。

 北朝鮮との折衝で文在寅大統領を“前座”と見做すならば、「北朝鮮への軍事的な脅威が解消され、体制の安全が保障されれば、核を保有する理由はない」と立場を表明する北朝鮮との仕上げは、“真打”であるトランプ大統領の出番である。
 北朝鮮の表明を満たすには、“米朝平和条約”を締結し、北朝鮮に対する敵視政策を止めることである。

 制裁決議などによる最大限の圧力が効を奏しているとの見方は危険である。なぜなら、北朝鮮は論理一貫して北朝鮮に対する米国の敵視政策を挫くために核開発を推進しているからだ。
 其の解消確認が、国際社会の満座の中での米朝平和条約の締結であり、朝鮮戦争の終結である。

 北朝鮮の表明を“時間稼ぎ”と見るのは下種の勘繰りに近い。北朝鮮は昨年(2017年11月29日)「火星15」の試験発射成功に次いで、「今日ようやく国家の核武力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が成し遂げられた」と、金正恩氏は宣言した。

 “核大国”として、余裕の“対話・ほほ笑み”攻勢なのではないか。もし今回の外交攻勢が北朝鮮の“ブラフ”であった場合、トランプ大統領は先制攻撃の好機到来と見做す。
 したがって、そのような愚策は“頭の良い”北朝鮮としては採用しない。
 トランプ大統領は“理詰めの交渉”を粘り強く為すための計画を急ぐべきだ。夢にも交渉の入り口で、一挙に“非核化”さもなければ“最大限の圧力”だとの言動は控えたいものだ。

 北朝鮮の矜持、欠乏する中での核・ミサイル開発の技術力、強固な政治体制を保っていることを見縊ってはならない。「自立的経済の土台があり頼もしい科学技術陣がいるので、敵が10年、100年にわたり制裁するとしても乗り越えられない難関はない」と、金正恩朝鮮労働党委員長。

 長年の制裁にも耐え抜いてきている。約2,515.5万人(2015年,国連経済社会局人口部 外務省HP)の民もいる。

 北朝鮮が非核化するまで最大限の圧力を続け、同時に軍事行動を含めたすべての選択肢をなどと嘯いても、北朝鮮に対する戦略的忍耐の時代は終わらず、却って忍耐を強いられているのは米側であって、それを終わらすのは滅法交渉巧手の金正恩の“ほほ笑み”外交なのである。

 「経済制裁で困っているので、(金委員長は)必死にほほ笑み外交をやっているのだろうと認識している」と、河野外相。斯様な薄手の認識の行き着く先は破滅である。

 北朝鮮の労働新聞は、制裁強化を呼び掛けた河野外相を「体質化したいかさま外交」、「大勢判別能力がまひした愚か者のたわ言」、「米国の対朝鮮圧力の笛に合わせて踊らなければならないのが日本の哀れな境遇であり、米国の脚本通りに物乞い外交を行っている」、「外交に責任を持つ者なら、制裁や圧力が通じるかどうかを熟考して行動すべきだ」などと非難。
 制裁の効果が及んでの焦りなのかどうかは別にして、相変わらず図星を指すことには長けている。

 しかし、どうやら焦っているのは安倍首相と河野外相のようである。トランプ米大統領と電話で、「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会う用意がある」と伝えられ、安倍首相は、「日本と米国、日米韓、そして国際社会とともに高度な圧力をかけ続けてきた成果だ」、「北朝鮮は完全に検証可能で不可逆的な非核化に向け、具体的な行動を示す必要がある」と。トランプ大統領は「制裁と圧力を継続していくのは当然だ」と。両首脳は「日米は100%ともにある」とした。

 Donald J. Trump @realDonaldTrump 21:44 - 2018年3月13日
 Mike Pompeo, Director of the CIA, will become our new Secretary of State. He  will do a fantastic job! Thank you to Rex Tillerson for his service! Gina   Haspel will become the new Director of the CIA, and the first woman so    chosen. Congratulations to all!
   ティラーソン国務長官、ツイッターの数時間後、電話受けトランプ大統領に解任された(3月31日で退任)。後任は何かと強硬さが取沙汰される、中央情報局(CIA)のポンペイオ長官が指名された。

 北朝鮮との対話が進む中、国務長官の交代は安倍政権にとって吉凶何れになるのか。

 河野外相は、早速、「北朝鮮が非核化への具体的な行動をとるまで最大限の圧力を継続する方針を確認し、具体的な行動を引き出すための取り組み」について協議する。

 なお、安倍首相は就任前のトランプ氏に逸早く面会しプレゼントを渡した。

 韓国外務省の康京和外相も訪米しており、16日に米韓外相会談で、国務長官代行のサリバン国務副長官と会談する予定。康京和外相と河野外相の会談も予定される。
 手段=制裁が目的=朝鮮半島の非核化を凌駕し台無しにすれば、“国難”が降り掛かることになる。

 今や、トランプ政権、北朝鮮の軍事的、経済的、地政学的戦略価値の重要性に目覚めたのかも知れないのだ。北朝鮮を制すれば、ロシア・中国・韓国、それに日本は意のままである。否、揺るがない金正恩王朝が日本に代わってより前線で、大陸に睨みを利かすようになる。
 後の政略のために“いざこざ ”を残し漁夫の利を得る積りなら、トランプ大統領は木金正恩氏と現状維持(不完全非核化)を容認することも有り得る。二枚舌を北朝鮮にも適用する。

 とにかくアメリカ・ファーストである。

 人権擁護欠如などのポンペイオ氏、優柔不断を嫌い直情径行なトランプ氏と相性が良いというのだから、むしろ北朝鮮の体質と肌が合うかもかも知れない。

 安倍首相、河野外相、“狡兎死して走狗烹らる”を忘れずに。

 北朝鮮も耳をそばだてる。

 で、安倍首相、30分ほどの電話協議では“100%ともにある”ことの実感が湧かないのか、“長い握手”を求めて、恐らく米朝会談の前にと4月(Trump, Kim Agree to Meet ‘by May'=ANTI WAR.COM)に訪米することになった。

 焦って、小手先を利かさないことである。

 河野外相も急遽訪米し非核化などで協議というが、“北朝鮮の微笑み外交に惑わされるな”と、米国にアドバイスする積りなのだろうか。他国に100%脳味噌を放り投げた無能・無策の“害務省”の“害交”は“俯瞰”外交ならずして、“不堪”外交に転じ、果ては賤劣外交となり、急転直下の思惑外れの地殻変動に気が動転し、焦慮外交に駆られている。

 さて日本、下手すると今度は、金正恩氏に“追従”しなければならなくなるのか。

 ランプ大統領は、
 Donald J. Trump‏@realDonaldTrump1:15 - 2018年3月11日には、
 Chinese President XI JINPING and I spoke at length about the meeting with   KIM JONG UN of North Korea. President XI told me he appreciates that the U.S. is working to solve the problem diplomatically rather than going with  the ominous alternative. China continues to be helpful!と、ツイート。
 そしてまた、
 Donald J. Trump‏@realDonaldTrump 5:02 - 2018年3月11日  North Korea has not conducted a Missile Test since November 28, 2017 and has  promised not to do so through our meetings. I believe they will honor that  commitment! と、ツイートした。

 それにしても、トランプ氏と金正恩氏、肝胆相照らす仲となれるか、はたまた“丁半勝負”、さいころの目なのか。

 内政・外政共に仁義の道を歩まない者は、時代の大局を見失い、己を利する道をも失うことになるものだ。

 金正恩氏の急転直下の決断に、“日本と米国、日米韓”から“米韓北”へのシフトに焦りを見せる。確かに国際社会は南北会談から米朝首脳会談に期待を掛ける。
 9日の東京市場も首脳会談開催の朗報に日経平均株価も急伸した。

 願わくは、“高度な圧力”から一歩も出ない“無策の頭脳”で、“あれもこれも”式に策士気取りで言い募り、米韓北の“好ましい変化”に水をさすようなまねだけは、安倍首相、控えたのがよい。

 既に北朝鮮は、安倍首相に瓜二つの思考形式を有する河野外相を「大勢判別能力がまひした愚か者のたわ言」と酷評している。

 国際社会は米韓北の変化・言動に注意を向けている。

 安倍首相、北朝鮮の対話攻勢は最大の圧力の結果だと強調し、「核・ミサイルの完全検証可能かつ不可逆的な形での放棄に向けて北朝鮮が具体的な行動をとるまで、最大限の圧力をかけていく」と言いながらも、本当に“非核化”となると、本音は別らしい。

 それにしても、“経済制裁で困っている”と“時間稼ぎをしている”との下種の勘繰りの矛盾には思い至らないのであろうか。困窮しているのなら、泰然自若と時間稼ぎしている処でないはずだ。また、時間稼ぎしているのなら、核実験や弾道ミサイルの発射などの挑発行為をしないと、“対話が続く間との条件付き”ながらも、わざわざ言及しないはずだ。

 北朝鮮に“その時=余裕”ができたのだ。つまり、何れに転んでも(対話の首尾不首尾に拘らず)米国と対峙可能な核の準備ができたのだ。日米韓には容易ならざる事態が発生している。北朝鮮は硬軟両様の構えなのだ。

   菅義偉官房長官(6日)の“羹に懲りて膾を吹く”感の「北朝鮮との過去の対話が非核化につながっていないという教訓を十分に踏まえて対応すべきだ。対話のための対話は意味がない。北朝鮮が非核化に向けた具体的な行動を示すことがきわめて重要だ」・「引き続き日米、日米韓3カ国で協力して関係国と連帯しながら、北朝鮮に政策を変えさせるために、あらゆる方法で圧力を最大限まで高めていく」では、非核化は元より国民の生命と財産を守ることも拉致問題の解決も適わないだろう。

 「北朝鮮が対話に応じたからといって制裁を緩める、対価を与えることがあってはならない」と、安倍首相。然らば対話は成立しないし、無論、対話は不要となる。
 対価とはとは何を意味するのか。契約で言えば、“双務”であって、“片務”ではないのだ。

 が、対話が雲散霧消すれば、愚かなことに日本国の国難も極度に高まる。

 北朝鮮は先の大戦の敗戦国日本のように、“降伏”し「連合国最高司令官の最高権力下に隷属すべきである」との状況下にある訳でもない。また、降伏寸前に置かれてもいないのである。未だ戦争中である。

 北朝鮮の国家核戦力完成の宣言で、朝鮮戦争当時の国連側の参戦国を主軸に構成されたカナダのバンクーバーで、約20カ国の外相が集まる朝鮮半島情勢についての会談を、中国は「奇怪なサークル、国連軍幽霊」等と非難する。正に米国の国際社会での孤立化と焦りの表れである。
 其処で河野外相は北朝鮮との国交断絶など呼びかけた。これでは降伏か、さもなければ戦争か、である。

 つまりは、金正恩氏は、中ロよりも北朝鮮に融和的な文在寅大統領をトランプ大統領への橋渡しに都合よいと、降り掛かる火の粉(下種の勘繰り)を払い判断したのだろう。
 ターゲットは飽く迄米朝対話に持ち込むことだ。米国も特に日本の“野心”に惑わされず、時機に投ずるべきである。

 国際社会にとって文在寅大統領は都合よいだけではなく、得難い人材なのだ。万が一破談になったとしても、次の機会を作れる、または活かせる指導者として、北朝鮮の信頼をも勝ち取れる。

 粘り強さが大切である。

 そして性急に非核化を求めることは避け、米側の役割も整理し、詳細な非核化ロードマップを捻出すべきである。対話の過程で制裁を段階的に剥がしていくことも必要である。その点、「何か実質的な進展がある時、国際的な合意の中で制裁が緩和されることはあり得る」とする文在寅大統領のあり方は現実的である。

 或る意味では今次の金正恩氏の“ほほ笑み対話”を疑心で纏められないようでは、トランプ大統領、オバマ前大統領を非難する資格もなくなり、最悪の“核戦争”も覚悟すべきかもしれない。

 制裁を叫ぶばかりの日米韓は共々無能無策であり、その中でも今次文在寅大統領を得たのは救いとなっている。悔しいだろうけれど、文在寅を通しての金正恩氏の“豪華な贈り物=対話=奇貨”居くべしなのである。

 北朝鮮との交渉事は徹頭徹尾“理詰め”である。したがって時間と忍耐を要する。無能無策の頭脳が何処まで耐えられるのか、心配でもある。
 特に、日米は相手に100%脳味噌を預けてしまうような態度をとるからだ。そして無為無策のくせに、屈折した感情と相手をいびる捲る悪癖を持つのだ。

 巨大な扇風機で火を煽りながらコップの水で消火するような愚かな方法では、怜悧な頭脳に度胸と決断力も具える北朝鮮(金正恩氏)に手玉に取られるのは(日)米側となる。

 既に最強の軍事国家米国が“核攻撃する”ぞと威圧された時点で、米国は北朝鮮を即攻撃できず、チキンゲームに負けたのだ。

 北朝鮮問題とは裏返せば日米韓の在り方の問題でもあり、強いて言えば、“日米韓問題”なのだ。更に換言すれば、国際社会が“二枚舌”を許容する問題でもある。
 問題解決の筋道も持たず、特に制裁実施のみを説いて回る日本外交は“強調の虚偽”に等しい。本音は、国民の生命・財産の保障より、指弾できる北朝鮮の存在のほうが重要なのだ。

 北東アジアの不安定、そして自由で開かれたインド・太平洋地域の不安定こそ、望むところなのだ。其の為に小石を投げ続け、波紋を広げる日本外交は賤劣である。
 飽く迄日本国憲法の向かうところに立ちはだかるつもりのようだ、安倍政権は。

 昭和20年(1945年)8月14日、日本は連合国側に対して、ポツダム宣言の受諾を通告した。ついで9月2日に東京湾上のミズリー艦上で、降伏文書に調印した。私たちはいまこそこのポツダム宣言の意味することを噛み締めるべきである。

 文在寅大統領が(3月)12日に青瓦台で開かれた首席・補佐官会議を主宰し、「今後2カ月間に南北首脳会談と朝米首脳会談が相次ぎ行われ重大な変化があるだろう。われわれが成功させるなら世界史的に劇的な変化が作られるものであり、大韓民国が主役になるだろう」と。

 そして、「この機会をしっかり生かすか否かに大韓民国と韓半島(朝鮮半島)の運命がかかっている」とも。
 確かにその通りである。国際社会は固唾を呑んで見守る。そう、核戦争か、平和に向かうのかを。

 北京で2017年12月14日、習近平国家主席と文在寅大統領は、朝鮮半島の平和と安定を確保するため、4つの原則に合意した。
 〇朝鮮半島で戦争を容認しない、
 〇朝鮮半島の非核化原則を堅持、北朝鮮の非核化などの全ての問題を対話と交渉を通じて平和的に解決、
 〇南北関係の改善が朝鮮半島問題の解決に役立つなど
である。

 文在寅大統領は新年の辞(2018年1月10日)で、「韓国外交と国防の究極の目標は、朝鮮半島で戦争再発を防ぐこと」、「任期中に北朝鮮の核問題を解決し、平和を強固にすることが目標」と。また「対北朝鮮4ノー(No)原則」を強調した。
 つまり、
 〇対北朝鮮敵視政策
 〇対北朝鮮先制攻撃
 〇北朝鮮の政権交代・崩壊
 〇人為的統一の加速化を推進しない
である。

 「朝鮮半島で戦争は絶対容認できない」との、文在寅大統領と中国の習近平国家主席。  断固たる決意のほどを示してもらいたい。

 4月の南北首脳会談では、「1950年の6・25戦争(朝鮮戦争)の終戦宣言と平和体制構築問題が本格的に話し合われる」・「北朝鮮が非核化を実践すれば、6・25休戦当事国(米国・中国・韓国・北朝鮮)がそろって終戦を宣言し、平和協定を結ぶ案を話し合うという」。

 文在寅大統領は、過去の失敗、つまり、北朝鮮の核開発を防げなかったことに対し、徹底的に備え、朝鮮半島の非核化に背水の陣を敷く。

 しかし、金正恩氏の“非核化”は未詳である。金正恩氏がトランプ氏を交渉の相手として適任と見做し、非核化の“ほほ笑み対話”を持ち掛けている理由が、“ディール”にあるのならば、金正恩氏もトランプ氏と同様に、“最高のディール”を狙っている。

 そして今更に、蔵の奥で古色蒼然とし、証文の出し後れかの、反故にされたかの日朝平壌宣言(2002年9月17日)を持ち出し、安倍首相は、核、ミサイル、拉致問題を“包括的”に解決し、日朝国交正常化(「国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開すること」とされている)を目指すと、文在寅大統領との日韓電話協議(3月16日)で説明した。

 引き続き“最大限の圧力”の継続も確認。

 “包括的”にと言っても、日朝平壌宣言の内容を読めば、うんざりするほどの“工程”が待ち受け、その一つ一つに又、机を叩くほどの“取引”が予想されるのだ。

 文在寅大統領の4月末の会談で、安倍首相の手の平を返す“包括的”な要請が、日朝の此れまでの経緯からして、如何に伝わるのか、如何なる返し、になるのか興味深い。
 明白なのは文在寅大統領が拉致問題を最優先するとは思えない。それは文在寅大統領の所為ではなく、“安倍首相の責任”なのだ。

 そして、河野外相も又、16日、ペンス米副大統領とホワイトハウスで会談し、5月に予定される米朝首脳会談で拉致問題を議題に取り上げるよう要請した。ペンス氏は「日米は100%共にある」と応じた。河野氏は会談後、「トランプ大統領はじめ拉致問題に大きな関心を持っていただいている。今後の対応方針に全くそごはない」と語る。

 河野外相、拉致問題について、同じく“やっている振り”と“序でに”であるが、“序でに”の方は、なぜあの時、つまり、金与正氏の「ほほ笑み外交」の時を、ペンス米副大統領も安倍首相も、そして河野首相も逸したのだろうか。

 考えられることは一つだ。安倍政権は、南北会談、米朝会談へ“横槍”を入れているのだ。表向きは拉致問題の解決を言い募るが、真に解決を望んでいるのでなく、政治的に利用しているだけである。

 拉致問題は偏に日朝の問題なのだ。他に便乗して何とかなるものではない。
 安倍首相は今次の“機会”に関係なく、解決に努力すべきことなのだ。他に依拠する遣り方で言いつくろうには、便便だらり過ぎる。

 万が一拉致問題の突っ込みで非核化が阻害された場合、責任は誰にあるのか。
 韓国の徐薫国家情報院長が云うように、日本人拉致問題については、「今後、この問題は日本と北朝鮮の実質的な関係改善の過程で議論されて協議できるものと思われる」なのだ。

 なぜ安倍政権は焦るのか。日米韓から米韓北への脚光シフト、外交シフトを恐れるのか。此れまでの「地球儀を俯瞰する外交」の実態を検証すべきではないのか。
 地球儀を俯瞰する外交は、対外拡張の歴史の本質を洞察せず、新たな“悶着”で歴史を正当化し、隠蔽しようとする策略である。

 日本パッシング? それもある。

 特に中国、北朝鮮、(韓国)を遠巻きに執拗に排撃し、国民には不安を募らせ、軍備重視化を進める。このような政権の在り方は、対象とする国々への“嫌悪や敵対”の感情を国民に植え付けていくことになる。

 煽って、国民を誑かし、結果、軍備拡張を正当化させる。

 国民が望まない政策を政権が進める際、目眩ましに他国に目を向けさせる常套手段である。

 再び侵略戦争への道を開こうと画策する、安倍政権である。

 北東アジアをきな臭くし、国難を招き寄せる安倍政権の外交は、変更すべきである。

 好例がある。世論調査専門機関の韓国ギャラップによれば、周辺諸国の首脳5人に対する好感度を調査した結果、「米朝首脳会談を決定したドナルド・トランプ米大統領(24%)が第1位を占めた。中国の習近平国家主席(19%)やロシアのプーチン大統領(13%)、金正恩委員長(10%)、日本の安倍晋三首相(5%)がその後に続いた」と。

 文在寅大統領の国政遂行も肯定的な評価となり、3%ポイント上がり74%となった。

 安倍内閣の支持率は前月比9.4ポイント減の39.3%と急落、不支持率は8.5ポイント増の40.4%で、不支持率が上回った(時事通信が9~12日に実施した3月の世論調査)。

 今もって賽の河原の浪費外交は続く。

 文在寅大統領の北朝鮮政策が上首尾に終わるなら、安倍政権の外交は破綻し、新規蒔き直しの必要に迫られる。

 文在寅大統領は4月末の会談に一擲乾坤を賭すの心境で臨む。安倍首相の“やっている振り”に付き合う理由も無いし、振り回されることも無い。

 優先順位、ことの軽重は整っている。

 策を練るべき時に焦りは禁物である。未だ米朝は定まらず。

 そうでなくとも、北朝鮮には底意を見抜かれている。「最近の急変する情勢に慌てふためいた日本が、制裁や圧迫の雰囲気をあおっている」、「日本が不届きなふるまいを続けるならば、永遠にピョンヤン行きの切符を入手できなくなることもありえる」と。圧力路線の転換を要求している。

 金正恩氏にとっては信頼獲得の又とない機会となる。
 白昼夢と終わらせるわけには行かない。
 米朝ともに剣ヶ峰の交渉となる。

   “最大圧力”の効果があったのなら、
   金正恩氏の“はったり”も“最大圧力”となった。
    何せ全世界が注目する米朝首脳会談に漕ぎ着け、急転直下、
     暗鬱な核戦争気分から陽気な平和ムードに転換させたのだから。
      今や世界を動かす、金正恩様か。くれぐれも自爆・共爆に注意をし、
       見守ることにしよう。“最大圧力”と“最高はったり”の行く末を。

 さて、万国公法、今の世の“国際法”も相変わらず、木戸孝允の至言の如くか。
 ----------------
 嘗て木戸孝允(1833-1877)は、「兵力調わざるときは万国公法も元より信ずべからず。弱に向かい候ては大いに公法を名として利を謀るもの少なからず。ゆえに余、万国公法は弱国を奪う一道具という」(『日記』1868年11月8日条)
 ----------------

引用・参照

北朝鮮「日本はピョンヤン行けない」圧力路線の転換要求
NHK NEWS WEB 3月18日 7時37分北朝鮮情勢

南北会談で拉致議論を 日朝電話会談 首相、文氏に要請
中日新聞 2018/03/17

韓国国民の半数「北朝鮮が変わった」金正恩委員長の好感度も安倍首相の2倍に
ハンギョレ登録:2018-03-17 03:48 修正:2018-03-17 10:47

韓国外相、訪米するも米国務省幹部級は空席多数
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/03/16 09:18

「北との対話は期待できない」から「文大統領のリーダーシップに敬意」へ…態度を変えた安倍首相
中央日報/中央日報日本語版 2018年03月14日08時57分

4月の南北首脳会談、終戦宣言・平和体制問題も議題に

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/03/14 10:13

文大統領「今後2カ月の南北・朝米会談に韓半島の運命かかる」
中央日報/中央日報日本語版 2018年03月13日08時57分

朴智元議員「地球上で米朝対話に反対する人は『ホン・アベ』だけ」
中央日報/中央日報日本語版 2018年03月13日10時51分

河野外相 韓国特使と会談 米朝首脳会談実現に向け連携確認
NHK NEWS WEB 3月12日 23時05分

日本、IAEAの北朝鮮査察費用負担へ
東亜日報
Posted March. 12, 2018 07:29, Updated March. 12, 2018 07:29

北朝鮮国営ウェブサイト 米朝首脳会談に間接的言及
NHK NEWS WEB 3月12日 16時22分北朝鮮情勢

「北と最高の取引を」米朝会談 トランプ氏が期待感
中日新聞 2018.03.12

ヒラリー・クリントン氏、北朝鮮との協議の外交面での危険について警告
ParsToday2018年03月11日16時32分

米朝首脳会談の開催“日本は喜んでいる”とトランプ大統領
NHK NEWS WEB3月11日 13時14分

産経ニュース 2018.3.10 10:43更新
「在韓米軍駐留譲歩できる問題でない」米国との同盟揺るがず 韓国高官

北労働新聞、朝米首脳会談発表後も「米国の制裁は主権侵害」
中央日報/中央日報日本語版 2018年03月10日12時29分

ロ 「正しい方向へ一歩」
中日新聞 2018年3月10日

「よし会おう」トランプ大統領 直接非核化を迫る構え
NHK NEWS WEB 3月9日 17時18分北朝鮮情勢

米朝首脳会談「朝鮮半島平和の歴史的な里程標に」=文大統領
ソウル聯合ニュース記事入力 : 2018/03/09 14:25

韓国大統領府「金委員長の親書なかった」=トランプ氏に口頭メッセージ
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/03/09 12:03

韓国政府高官の発言全文
日本経済新聞2018/3/9付

Trump, Kim Agree to Meet ‘by May’
ANTI WAR.COM March 8, 2018

安倍首相 4月にも日米首脳会談へ…発言の全文
毎日新聞2018年3月9日 10時31分(最終更新 3月9日 10時42分)

【コラム】北朝鮮の若い領導者は後ろに手を組んだ
中央日報/中央日報日本語版 2018年03月08日14時24分

河野外相の発言は「愚か者のたわごと」 北朝鮮労働新聞
ソウル=牧野愛博
朝日新聞DIGITAL 2018年3月8日15時34分

文大統領、「最終目標は核廃棄、首脳会談のための制裁緩和はない」
Posted March. 08, 2018 08:07, Updated March. 08, 2018 08:07

来月、南北首脳会談 北「核・ミサイル凍結」非核、米との対話の用意
中日新聞 2018年3月7日

河野太郎外相「金正恩氏が必死にほほえみ外交やっている」
【南北会談】産経ニュース2018.3.6 09:58更新

平昌以後、文大統領が「核メダル」を取る番だ
中央日報/中央日報日本語版2018年03月02日15時51分

河野外相「国会日程のため大使と十分議論できず」
NHK NEWS WEB 3月1日 21時11分

大統領補佐官「韓国の大統領が在韓米軍に出て行けと言えば従うべき」
中央日報/中央日報日本語版2018年02月28日16時01分

北朝鮮との対話条件を緩和 政府、雑談名目なら応じる
NHK NEWS WEB 2018年02月27日 07:34

イバンカ氏、後列の金英哲氏と握手もせず…金英哲氏は閉会式の途中で離席
中央日報/中央日報日本語版 2018年02月26日08時55分

与正氏批判は「特大挑発」 北朝鮮「米に対話乞わず」
2018年2月25日 10時44分 東京新聞

日印原子力協定 参考人から懸念
武田参院議員に
しんぶん赤旗 2018年2月24日(土)

「インド太平洋戦略」の行方(2)
「人民網日本語版」2018年2月23日

韓国与党議員「ペンスと安倍、オリンピックの雰囲気に水を差す…多くの市民不快感」
中央日報/中央日報日本語版 2018年02月23日06時28分

米朝会談 事前に説明受けていたこと示唆 官房長官
2月21日 17時16分北朝鮮情勢

米副大統領-金与正氏の会談、北朝鮮側のキャンセルで実現せず
中央日報/中央日報日本語版2018年02月21日14時56分

日米、北朝鮮ミサイルに備えた合同軍事演習
東亜日報
Posted February. 21, 2018 09:11, Updated February. 21, 2018 09:11

北朝鮮の弾道ミサイル迎撃に強い自信 アメリカ軍司令官
NHK NES WEB2月16日 8時01分北朝鮮情勢 

核・ミサイル開発で譲歩しない姿勢示す 北朝鮮
NHK NEWS WEB2月16日 4時48分北朝鮮情勢

総書記誕生日で核開発強調 北朝鮮、米韓演習中止要求
東京新聞 2018年2月16日 11時00分

米ホワイトハウス、北朝鮮先制打撃『鼻血作戦』検討すらしたことない」
中央日報/中央日報日本語版2018年02月16日15時07分

杉山 新駐米大使「北朝鮮情勢 武力行使は外交が失敗した時」
NHK NEWS WEB2月15日 12時20分北朝鮮情勢

  日米首脳が電話会談“北朝鮮が対話求めるまで最大限の圧力”
NHK NEWS WEB2月15日 5時11分

韓国野党議員、安倍首相に対する文大統領の「内政干渉」発言を擁護
中央日報/中央日報日本語版 2018年02月13日11時22分

対北朝鮮政策、韓日議員対話でも深刻な見解の違い浮き彫り 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2018/02/13 10:26

ロシアが、同国周辺でのアメリカの軍事計画を批判
ParsToday 2018年02月13日19時03分

米駐豪大使に太平洋司令官を指名
東亜日報
Posted February. 13, 2018 08:56, Updated February. 13, 2018 08:56

与正氏には食事接待4回、ペンス氏には1回、安倍氏は0回
中央日報/中央日報日本語版 2018年02月13日07時13分

ペンス氏「圧力継続」日米韓の協力強調
中日新聞 2018年2月11日

北最高幹部と接触 04年小泉首相以来
拉致問題解決を要求
中日新聞 2018年2月11日

日・ブルネイ外相会談
外務省HP 平成30年2月11日
引用部分英文「Minister Erywan stated that he would like to deepen understanding on the direction of the Strategy, and continue to cooperate with Japan.」
4北朝鮮問題に関し,両大臣は安保理決議の履行を含めあらゆる手段を通じて北朝鮮への圧力を最大限まで高めていくことで一致しました。
引用部分英文「4.Regarding the North Korean issue, both ministers agreed on applying maximum pressure on North Korea, including the implementation of United Nations Security Council Resolutions.」

安倍首相 韓米軍事演習「予定通り実施を」=文大統領「内政問題」と反発
ソウル聯合ニュース2018/02/10 17:28

「朝鮮半島の対話のドアが再開する日きっと来る」外交部長
人民網日本語版 2018年02月09日18:13
露中は北朝鮮の安全保証が可能 ミサイルプログラム破棄がその条件
Sputnik 2018年02月08日

インド、弾道ミサイル「アグニ5」の実験に成功【写真】
Sputnik 2018年01月18日 23:00

米国防「北朝鮮核対応は外交が引っ張り、軍事は後押し」
ハンギョレ 登録:2018-01-28 22:57 修正:2018-01-29 12:55

中国、バンクーバー北核会談を「奇怪なサークル、冷戦思考」 強く非難
中央日報/中央日報日本語版 2018年01月16日16時10分

金正恩氏が科学院視察 「敵が100年制裁しても克服」
Sputnik 2018年01月12日 12:36

文大統領「任期内に北朝鮮核問題解決し平和強固にするのが目標」
ハンギョレ 登録:2018-01-11 04:16 修正:2018-01-11 07:22

「核は取引対象ではない」=北朝鮮紙
sputnik2018年01月11日 12:35(アップデート 2018年01月11日 13:09)

北朝鮮 キム委員長 きょう誕生日
NHK NEWS1月8日 4時36分北朝鮮情勢 

北朝鮮「拉致問題はすでに解決 言いがかり」 日本を非難
NHK NEWS11月15日 19時08分北朝鮮情勢

外交部、日本政府の対朝制裁拡大について
人民網日本語版 2017年11月08日11:20

王毅外交部長「各国は安保理決議に従うべき」
人民網日本語版 2017年12月05日14:41

朝鮮半島危機 今年のまとめ sputnik
2017年12月25日 23:48(アップデート 2017年12月26日 01:34)
ドミトリー ヴェルホトゥロフ

米が国連拠出金減 エルサレム決議に報復 際立つ国際協調無視
NPR:核態勢見直し
NHK WEB NEWS2017年12月28日(木)

[社説]韓中首脳の「朝鮮半島平和4原則」、実践が重要だ
ハンギョレ 登録:2017-12-15 06:45 修正:2017-12-16 07:08

北朝鮮「新たに開発した『火星15』ミサイル発射に成功…米全域を核弾頭で打撃可能に」
中央日報/中央日報日本語版 2017年11月29日13時30分

米国、対北圧力の見返りに米軍司令官の更迭要求
中日新聞 2017年05月07日

米朝戦争になったら勝つのはどっち?
USA Vs. North Korea: Who Has Stronger Military?
Newsweek 2017年12月1日(金)19時47分

日本、韓国人原爆被害者に謝罪すべき
中央日報/中央日報日本語版 2016年08月08日09時34分

日本の武器輸入、11年間で198兆ウォン注ぎ世界1位
中央日報/中央日報日本語版 2016年01月05日08時45分

米元外交官「我々はまるで殺人民族、国内でも外国でも」
SPUTNIK 2016年01月02日 23:01
BLOG_桃源閑話
水爆だったのか 2016年02月08日
無能の叫び 2017年12月03日

『日露戦争の世紀』著者 山室 信一 岩波書店 2005年7月20日第1刷発行(9-10)


 無能の叫び- 2017年12月03日 19:18

 “国民は二人の首脳と一緒に道を歩いていた。その時、何とも知れぬ恐怖に震いながら、国民は自然の大きな叫び声を聞いた…”。
 国民の慄きを無視し去る冷たき“二人の首脳”の後姿から見るに、“自然の叫び”は彼らに聞こえないのかも知れない。
 そう、彼らが発するのは自然の叫びに耳ふさぐ“無能の叫び”であり、それは「火と血の舌が這い廻」る不吉を招く叫びである。

 衆院選(2017年)で安倍首相、北朝鮮問題を「国難」と吹聴し、国民の危機意識を煽り、争点化した。だが、其の“国難”は衆院選の結果と共に去ったわけではないはずだ。
 が、トランプ大統領を迎えゴルフに興じるなど“おもてなし”への余裕を見せる。

 ゴルフ三昧で、「難しい話題も織り交ぜながら、ゆっくりと突っ込んだ話ができた」と、安倍首相。一国の危難に臨んで如何なる話題が飛び交ったのかは不明だ。そう、ゴルフの最中にも、ミサイルが飛んでくる心配もなかった訳ではないはずだ。何せ“国難の到来”が憂慮されるのだ。それとも、安倍首相は弾除けの御守りをお持ちなのか。
 弾道ミサイルの飛来を想定し、住民は避難訓練をさせられている。国難が言わば“気晴らし・趣味”程度の扱いの場で論じられていてよいのだろうか。
 つまりは、実質一泊二日程度のことを糊塗するための言い訳に過ぎないのだろう。常時国難と睨み合う韓国では、トランプ大統領の滞在は一泊二日だ。
 日本での二泊三日は、韓国を羨やませることはできたようだ。

 「今回のトランプ大統領のアジア歴訪は、歴史的な訪問だ。その最初の地が日本であり、日米同盟のゆるぎない絆を世界に示すことができた」と。
 「1974年のフォード大統領以降、歴代のアメリカ大統領は在任期間中、少なくとも一度は日本を訪問」している。“歴史的な訪問”となるのはなぜなのか。
 最初の地となる日本、安倍首相の“懇願”への下され物なのだろうが、歴訪の順序としては順当ではないのか。
 単に“歴史的な”は“ゆるぎない絆”を強調するための修辞であろうか。
 その絆の為か、今や北朝鮮を国難の元凶と見做し、「すべての選択肢はテーブルの上にあるという米国政府の立場を支持する」と、声高に繰り返す安倍首相は、米国と連れ合って北朝鮮の的となり、国民を危難に曝している。

「半世紀が過ぎた日米同盟で両国首脳がこのように深い信頼関係を持ったのは、この1年間しかない」と、安倍首相はトランプ大統領との親密な関係を披露する。
 が、“男芸者”的手法で得た日米の深い絆・蜜月・緊密を声高に訴えても、煎じ詰めれば、
 「My visit to Japan and friendship with PM Abe will yield many benefits, for our great Country. Massive military & energy orders happening+++! 13:15 - 2017年11月6日」と、相手は計算し尽している。
 対し、「トランプ大統領による、初の、歴史的な日本訪問は、間違いなく、日米同盟の揺るぎない絆を世界に示すことができました。
 本当にありがとう、ドナルド。そして、アジア歴訪の大成功をお祈りしています。
17:19 - 2017年11月6日」と、安倍首相。
    トランプ大統領の苛酷な“米国第一”と“寄りすがり第一”の歴然とした差が出てくる。
 そして、トランプ大統領、「まもなく韓国に向かい、ムン・ジェイン(文在寅)大統領という立派な紳士と会談する」と、社交辞令を飛ばす。安倍首相は“立派な紳士”ではなかったのだろうか。

 韓国民は、煽てと畚には乗るなで、トランプ大統領に対し、NOトランプ、우린널 환영하지 않는다と、本音を吐く。

 米国第一のトランプ大統領の本音は、「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」・「日本市場は公平でなく、開かれていない」・「日本は米国に何百万台もの乗用車を売り込んでいるのに、米国から日本に輸出される乗用車は事実上、1台もない」、「交渉によって解決する」なのだ。

 安倍政権の外交的選択肢は只一つ、米国に寄りそう“御意外交”であり、そこには主権国としての矜持もなく、寄らば大樹の蔭一辺倒なのだ。「すべての選択肢がテーブルの上にある」とするトランプ大統領の政策を、無条件で支持する始末なのだ。
 “すべての選択肢”の中に、戦争も含まれることは理解できるはずだ。つまり、安倍首相は北朝鮮との“交戦”に“御意”サインを出したことになり、安全保障関連法からすれば、憲法違反の集団的自衛権行使の発動となり、日本は参戦することになるのだ。  安倍首相、「改めて、日米が100%ともにあることを力強く確認した」と。つまり、日米一心同体の確認というわけである。日・米は異常な関係である。日本は米国の“影の中”である。

 弱小国家が軍事超大国に服従するのは当然とする。反逆は超大国の権威を貶めるものとして絶対に許すことはできない。それが世界を牛耳る国家の本音なのだ。下っ端国などと同等の立場で“対話”するなど以ての外の“お腹立ち”となる。
 “弱気を挫き強気を助ける”という任侠道の真逆を行くトランプ大統領、新型ICBM「火星15」の発射に逆上し、半世紀以前の出入り(朝鮮戦争)時の“手下”と、急ぎ鳩首凝議の次第だ。
 トゥキディデスの罠(The Thucydides Trap)対策か。

 中ロの出方、対話を重視することには間違いないが、「中朝友好協力相互援助条約」の生きる中国、悩ましい選択を迫られる。ロシアも中国の態度によっては“変数”となる。

   「北朝鮮が暴発するかもしれないと、こちらがたじろぐことは、北朝鮮の思うつぼだ」と、朝鮮戦争の火種を作った日本の安倍首相、早くも参戦の将を気取る。
 否、敵を若輩と侮る勿れ、極めて理性的・論理的であるゆえ油断は禁物だ。既に、若大将の“術中に陥り”、大親分が“たじろぎ”の“無能の雄叫び”を上げている事態ではないか。
 北朝鮮は細大漏らさず此方側の情報を入手し、冷静に分析し対応し、一挙手一投足を報じている。
 暴発するのは、強固な日米同盟側なのだ。国民は敵情を知らない無能の宰相に“国難”を押し付けられている。

 トランプ大統領、北朝鮮に対しては、オバマ政権時の「戦略的忍耐」は終わったとし、「圧力を最大限に高めていく」ことで、対話のための対話は時間の無駄とする。この遣り方は、北朝鮮が“白旗”を掲げるまで責め苦を与え続けることを意味する。
 “時は満ち、戦いの火ぶたは切られる、悔い改めて核を放棄し、米国を信じなさい”と。
 米国の悪辣な手段を親の代から知る金正恩の率いる北朝鮮、にわかに信じることは、あり得ない。北朝鮮にとり大陸間弾道弾は信仰に近く“解放”への“救い主”なのだ。

 テーブルに繰り広げられた“すべての選択肢”を眺めているうちに、また脅し文句の遣り取りをしているうちに、トランプ大統領が非難する前政権の轍を踏み、北朝鮮に最大の恩恵となる核開発の“時間”を与えることになる。
 すべての選択肢などと言っても、大風呂敷を広げただけに過ぎない。現実には“戦争か対話か”であって、北朝鮮が貧困に音をあげることはないだろう。“武士は食わねど高楊枝”の如くである。  日米は揃って、時間潰しの“無能の叫び”を繰り返すだけだ。

 「武士の国(Warrior nation)なのに理解できない」などと、半可通な言辞を弄するトランプ大統領には、真の武士ならば“匹夫の勇”と“大勇”の区別を知ることはイロハであることも、理解不能であろう。
 武士道の究極の理想は“平和”である。

 真の問題解決の糸口を掴んでいるのに、或いは知っているのに、平和裏に解決できない策を講ずる、それは“無能の叫び”となる。
 それは、問題や課題を一方の当事者の存在を無視し、強圧的な手段で、国益を追求する覇権主義国家の為せることだ。
 軍事力を背景に我が意を得なければ、悪口雑言・罵詈雑言・挑発的発言(残酷な独裁者・監獄国家・楽園でなく地獄・ロケットマン・カルトに支配された国・北朝鮮を完全に破壊など)を吐き、難癖を付け捲り、事ある毎に国際社会での非難を煽り、強要し、責任を転嫁するため、安保理を使う。
 本来安保理は「国際の平和と安全の維持につき主要な責任」(国連憲章第24条1項)を有し、平和的解決策が討議されるべきなのだ。そして、「当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない」のだ。
 米国の何処に自由の国の盟主としての振舞いが、包容力が、威厳があって、真に問題を解決する姿勢が見出せるといえるのか。
 さて、一方の当事者は北朝鮮としても、残りの“当事者”は北朝鮮を除く加盟国全部となるのか。
 北朝鮮の発言を見るに、真の片方の当事者は“米国”である。
 否、韓国(大統領府関係者)でさえ、「北朝鮮の核・ミサイル問題は、1次的には北朝鮮と米国の問題」と主張した。

 不合理な上、二枚舌を巧みに使い、挑発に乗せてこじつけの“大義名分”を立て、侵略戦争を始めようとする。話し合いの場である国連を牛耳り、意に染まないときには、資金を断つなどで脅す。そして前任者の労苦の取まとめは、弊履を棄つるがごとしとなる。どこに民主主義・自由・人権の擁護者としての自覚があるのか。

 本音では、それらの御旗は建前だけ、単に他国に侵略戦争を仕掛けるための“言い訳”に用いるだけだ。“民主主義・自由主義・人権”は“米国の御都合主義用”であって、普遍性を帯びたものではない。
 偏頗な“御都合”に引き摺られた戦争によって、先ずは殺し殺されないことである。

 トランプ大統領には、北朝鮮の国営メディアではないが、「破滅を免れたいなら、むやみに口を開くな」ではないのか。そして付言するなら、“思慮深くあれ”である。
 「われわれを過小評価するな。われわれを試すな」と、韓国の国会でトランプ大統領。確かにわざわざ試す必要はないだろう。朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争など、米国の実力は北朝鮮も先刻承知のはずである。
 その学びの結果から、核ミサイル開発に到っているのではないのか。

 米国は第二次世界大戦後、勝てる相手に罠掛けし戦争を始め、核爆弾以外のあらゆる最新兵器(ベトナム戦争時の枯葉剤など)を大量に投入し、殺戮するも、敗北し、混乱収拾不能等を、他国に後始末させては繰り返す戦争常習犯なのだ。

 北朝鮮は貧しい国とはいえ、核ミサイル等の保有を公言し、しかも正規軍を持つ国家の上、一筋縄でいかぬ理性を併せ持つ。“われわれを過小評価するな”とは、北朝鮮の言う“台詞”かも知れない。

 現に、「万一、アメリカがわれわれの超強硬な意志を見誤って襲いかかって来るなら、これまで強化してきた力を総動員して懲罰を加えざるを得なくなる」と、北朝鮮はトランプ大統領をけん制する。

 「米国が地上侵攻に踏み切れば、最初の数日間の戦闘で数百万人の死者が出る可能性があり、深く憂慮される」と。甚大な犠牲が不可避と警告されている。

「米国のおいぼれ」が、稼働可能な空母7隻(米海軍保有空母=11隻)や350機の戦闘機を待機させるも、“ほかにやることのない”若者はミサイル開発に余念が無いうえ、“罵りあい”でも負けてはいない。
 それに、一心同体の同盟臣下(深化)の日本と安保理制裁決議枠外での圧力の“新加”するも、制裁慣れした北朝鮮には限界効用逓減の法則が働く始末だ。
 北朝鮮は国際社会の制裁に対し、「制裁があっても100年生き延びる」と、豪語する。

 最大限の圧力を以って北朝鮮を隅に追い詰める手段を日米韓はとる。「国際社会は、ならず者国家の核の脅威を容認できない」と、トランプ大統領は北朝鮮への圧力の最大化を求めて訴えるが、“無能の叫び”である。
 が、“最大化”とは何を意味するのだろうか。完全なる“村八分”、否、“国際社会八分”のいわゆる“いじめ”となる共同絶交を為すつもりか。そして“北朝鮮の崩壊”するのを待つのか、或いは約2,515.5万人の餓死を待つのか。
 残りの“二分”に向け、トランプ大統領は中国とロシアに“無能の叫び”声を上げる。

 「外交関係の縮小」・「貿易停止」の独自制裁である。が、中国は「国連安全保障理事会による制裁決議の枠外での正常な交流は継続されるべきだ」と、至ってまともな回答で拒否する。「中国はなぜ北朝鮮を助ける義務があると感じるのか」とまで、トランプ大統領は中国に迫る。

 トランプ大統領、日・韓を訪ね、北朝鮮を軸に“見かじめ料”を要求する。中国では“揺すり集り”をするまでもなく、壺を心得た中国がトランプ大統領のストレートをいなし、北朝鮮問題も中国の従来通りの主張を通した。

 中国は、米国の対中貿易赤字の年間で最大5000億ドルに及ぶ其の半分ほどの2500億ドル(約28兆円)を超える商談(米国ボーイング社から370億ドル規模の航空機300機を購入など)をプレゼントし、トランプ大統領の窮地を救う。

 「今の貿易不均衡について、中国に責任はない。自国の利益を追求するためにほかの国を責めることはできない。貿易不均衡の拡大を防げなかった過去の政権を責めるべきだ」、「対中国の貿易赤字が拡大したのは、オバマ政権など過去のアメリカの政権に原因がある」と、トランプ大統領をして言わしめた。

 つまりは、米中経済協力の新記録となった。米「TIME」表紙ではないが、“China won”“中国が勝った”のである。
 習近平国家主席に「あなたに信じられないくらい温かい感情を抱いている。すごく相性が合う」と、トランプ大統領。民主主義や人権が遠のく場面でもある。
 金が物言う、のである。

 大国同士は第三の国の思惑などには振り回されず、常に相互の利益取引でフリーハンドを持つ。振り向けば夜叉(鬼神、財宝神)になるのだ。

 北朝鮮は隠喩をもって中国を非難する。「強大な経済力や、核と大陸間弾道ミサイルを持ちながらも、ずうたいの大きさに見合わない国々もある」と。

 が、今中国という大河は奔流の如く向かうところありなのだ。ミサイルの飛ばしっこや脅かしごっこは誰のためにもならない。北朝鮮は中国への配慮を示すべきである。中国との反目は米国等の制裁よりも北朝鮮経済に痛手となる。
 現に、短期間とはいえ中国は「中朝友誼(ゆうぎ)橋」の補修工事を言い出す。

 朝鮮戦争時、「アメリカの爆撃を受けてぼろぼろになった。このままでは荒廃しきった国土が残るだけ、しかもそれさえ小さくなる可能性があると見た金日成は、戦争の終結を望んだ」。
 が、毛沢東は「朝鮮戦争を乗っ取り、金日成の利害など無視して戦争を利用」していた。

 過去を学び分析し戦略を立て、更に冷徹な頭脳の持ち主ならば、中国の戦略を知るべきだ。それが北朝鮮の生存する途だ。
 朝鮮半島という狭いリングの中だけで戦争は勃発し収斂するわけではない。野心或る者は今を忍ぶである。瞬間湯沸かし器のように直ぐに沸騰するな。
 北朝鮮の為に、米中間に戦争が起きるなど不可能に近いのが、現在の大国状況である。中国の助っ人などは望み薄と考えるべきだ。今、頼りにするロシアも同様である。
 中国もロシアも、対話を訴えながらも、現在の朝鮮半島状況から如何に我が田へ水を引くか、思案中である。

 戦争を避けるため、大国同士は北朝鮮の“首を挿げ替える”工作に腐心することになる。堪え切れず、北朝鮮が先制攻撃をすれば物怪の幸いの大義名分が出来上がることになる。
 “朝鮮半島有事”の際、つまり、どさくさ紛れの韓国の「斬首作戦」(特殊任務旅団)など、無意味に近い。北朝鮮に対する平時の“虚仮威し”程度に過ぎない。
 有事になってからでは、すべてが水泡と化す。

 中国政府は「両首脳が北朝鮮を核保有国と認めないことで一致した」と。プーチン大統領も「核保有国になることは認めない」と。
 北朝鮮はインドやパキスタン、そしてイスラエルの事例を検討すべきである。一つのヒントになるかも知れない。  「核放棄まで北朝鮮に制裁」との中で、中ロとも“対話”でと、主張していることは、北朝鮮にとって“大きな緩衝”となる。

 中国は、米国と核爆弾の投げ合い・脅しあいを、“今も或いは永久”にしないだろう。が、さらに大きな野望を達成するための基盤となる国土を、北朝鮮の為に焼け野原にしてしまうわけにはいかない。
 が、中国は韜光養晦の雌伏の時は過ぎ、軍事力で、経済力で羽撃き始めたことは否めない。
 米国を掌中に収めに行く。

 現在の米国のように軍事力を以って傲慢無礼を極められる時が来るまで隠忍自重というわけだ。米国の足もとはふらついている。中国が米国を凌駕する日も近い。
 「党の新情勢下における軍事力強化目標に率いられ、新情勢下の軍事戦略方針を貫徹し、政治による軍建設、改革による軍強化、法に基づく軍統制を堅持し、世界一流を狙い、鋭意開拓進取し、モデル転換を加速し、強大な近代化海軍の建設に努力し、中国の夢、軍事力強化の夢の実現を揺るぎない力で支える必要がある」と、習総書記。
 また、「中国はどれほど発展したとしても、永遠に覇権を唱えず、拡張をしない」と念が入る。

 可能性として、北朝鮮の“最終兵器”は矛にも盾にもなる“人民”かも知れない。大挙して38度線を突破し雪崩れ込む、或いは中国国境に押し寄せる。僅かでも日本にも送り込む工夫をする。
 それこそ、物議を醸す麻生副総理・財務相の「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」となる状況が如実になる。

 日米韓も現実には北朝鮮に追い詰められている。よって中国に「北朝鮮の核・ミサイル開発問題の解決に向け、中国が一層大きな役割を果たすべきだとの認識で一致した」と、問題解決を他国に振る無能にして無策ぶりを曝け出している。
 他国への責任転嫁である。

 中国は「外交手段を通じた平和的解決のために一貫して努力している」と不快感を示し、さらに「誰かがわれわれにこうするべきだという必要はない」とけんもほろろに日米の勝手な遠吠えをけん制する。

 「北朝鮮は世界の脅威」と“無能の叫び”をいくら繰り返しても、中ロ共に平和的に対話での解決を求めているのだ。無能の叫びからでは拉致問題解決も更に遠のく。
 さて最大限の圧力の効果が無に帰したときはどうするのだろう。日本は資産凍結の新たな対象として北朝鮮の九団体と二十六個人(計八十四団体・百八個人に拡大)を追加した。
 日米韓は素直にプーチン大統領の言葉に耳を傾けてはどうか。「核やミサイルの計画をやめさせようと圧力をかける政策は誤りで、むだなだけだ。挑発や圧力、攻撃的で侮辱的な言葉の応酬を続けてもその先には何もない」と。
 対話での解決を強調する。

 米政府によるテロ支援国家再指定する。が、「米国の敵対行為が続く限り、われわれの抑止力はさらに強化される」と、北朝鮮は外務省報道官は強調する。
 八方塞がりの北朝鮮にとって、“テロ支援”の仕様もない。逆効果となっている。
 「米国というゴロツキ国家が存在する限り、世界の平和と安全はいつになっても保障されず、トランプのような人間のクズは一人残らず掃滅しなければならない」と。
 ロシア下院外交委員会のモロゾフ委員は、「外部との接触を遮断し、孤立した国がどうやって国際テロを支援するのか」と。
 プーチン大統領は、「北朝鮮は草を食べ(るほど困窮し)ても(核開発)計画を捨てることはないだろう」と。

 が、日本の河野外相は、11月29日未明の北朝鮮の弾道ミサイル発射(ICBM=大陸間弾道ミサイル「火星15型」)に、「北朝鮮に自制する意図がないことが明確になった」と、今更めく“昼行灯”のような意見を吐く。
 また、対話を拒否し、脅迫や制裁で、北朝鮮に“最大限の圧力”を強めていけば、相手から対話を歎願してくると踏む安倍首相の何処に、「国際社会の平和的解決への意思を踏みにじる暴挙で断じて容認できない」と、言い得ることができるのか。
 続けて言う、「わが国はいかなる挑発行為にも屈することはない。国際社会と連携し、圧力を最大限まで高めていく」と。
 この“強固な日米同盟”頼みの強気一辺倒の言葉の先に、何が待ち受けているのか。

 安倍首相には“金正恩がゴメンナサイと謝る項垂れた姿”しか見えないのかも知れない。何と言っても、泣く子も黙る“虎の威”の“強固な日米同盟”だ。
 が、北朝鮮よ、頭が高い、控えおろう、という訳にはいかない。伸るか反るか、戦争勃発か否か、の一触即発の状況を日米が挙って作り出すも、容易に先に手を出してくる気配はなく、代わって論難をあびせてくる。

 危機意識のないまことに滑稽な首相だ。無能は“いじめの対象”を必要とするのか。そして、無能は真の解決策の周囲を遠巻きにグルグル回転しながら、叫ぶのだ、似非平和を、世界に向かって危機をまき散らすために、そして己の悪巧みを隠すために、「北朝鮮によるミサイル開発は世界や地域の平和とアメリカを危険にさらす」と。

 米国は“世界の一部ではないのか”。判然と言えば、アメリカがターゲットとされている“危険”なのだ。そして、いの一番に“当事者”として、“世界や地域の平和”を願うのなら、平和裏な解決に乗り出す案件である。むしろ、日本などに余計な、不穏当な言辞を弄させないことだ。米国ならば、不可能ではない。
 が、その気がないならば、またその様にみえるが、話は別で、“アメリカが危険の元凶”である。

 この“危険”を対話で乗り越えてこそ、米国は平和を公言できる。幾ら強固な同盟を謳っても、国民が犠牲になったのでは無意味である。
 なぜ安倍首相は、北朝鮮問題に斯くも“鼻息が荒い”のだろうか。その鼻息は韓国の文在寅大統領以上である。ただし、犬の遠吠えのようであり、犬の川端歩きのようでもある。

 「北朝鮮自体の安全を損ね、外交的、経済的な孤立を深めるだけだ」、「無謀な行動だ」と。既に“外部との接触を遮断され、孤立した国”である。無謀な行動というならば、日米等の北朝鮮への対応こそ、無謀である。米国の非論理的論理・北朝鮮の論理、その擦れ違いこそが、噛み合わないこそが、真の“無謀”となっている。

 戦争で“擦れ違い”を潰すことも消去することもできない。先ずは、同席すべきだ。

 2017年1月20日、米国はトランプ政権に交代するやTPPから永久に離脱し、2国間の通商協定締結を目指す大統領令に署名した。

 TPPは7年に及ぶ交渉の結果、2016年2月4日にニュージーランドのオークランドで署名(ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール、オーストラリア、カナダ、日本、マレーシア、メキシコ、ペルー、米国、ベトナム)、全署名国が2年以内に批准すれば発効し、2018年2月4日までに全署名国の批准がならなかった場合には、合計して全署名国のGDPの85%以上を占める6ヵ国以上の批准により、発効する」までになっていた。

 正に政権交代で画竜点睛を欠く始末になった。水泡に帰した。

 そしてオバマ政権が一期目に表明したアジア回帰政策(「ピボット政策」や「リバランス政策」と呼ばれる)も 弊履を棄つるがごとしとなり、トランプ政権のアジア政策に不明瞭さが漂うことになった。というよりも、“無策”となったというべきか。

 オバマ政権のリバランス政策の中、要諦をあげれば、一つには、地域的な多国間機構への関与があり、TPPはそのアジア重視政策の最重要課題で、貿易と投資の拡大を目指すことである。もう一つは、民主主義と人権を掲げての軍事的影響力の強化である。軍事的影響力を諸に受けるのは日本である。

 が、米国、尖閣諸島などに起因する日中紛争へ、“巻き込まれ”回避のため、逆に日本を“積極的に巻き込み”、軍器を米国から購入させ、“自分の領土は自分で護れ”と前面に押し遣る算段と見るべきだ。

 習近平国家主席が、「軍幹部の非公開会議で沖縄県・尖閣諸島について「(中国の)権益を守る軍事行動」を推進すると。

 この時期に、非公開会議での内部資料が漏出する符合の妙を思うことにするか。
 大国は同士はニンマリと“握手”する場合がある。

 中東ではロシア・イランがシリア、イラクでの影響力を拡大し、碌な政策も持たない米国は居場所を失なっている。
 米国は、自身もイランの核合意形成の六か国協議に加わり、多大な労苦を経て解決を見たにも拘わらず、トランプ大統領は前政権の骨折りを否定し、対イラン経済制裁解除は自分が知る限り最悪の合意だと、“イチャモン”をつけ始めた。
 が、総スカンを食らっている。

 北東アジアは米国にとって、“撹乱”し漁夫の利を得られ最後の“未開の地”、マッチポンプする地域なのだ。

 「新たな指針は、同盟が、適切な場合に、日本の国内法令に従った方法により、平和維持活動、海洋安全保障及び後方支援等の国際的な安全保障上の取組に対して一層大きな貢献を行うことを可能」とする。地域的な及び国際的な協力では、「特に韓国及び豪州並びに東南アジア諸国連合等の主要なパートナーとの三か国及び多国間協力の拡大」をも謳う。

 が、韓国は“一抜けた”の模様である。

 要は世界の至る所へ日本は米軍に連れ添うことになった。
 安倍首相は、「私たちは半世紀を上回る日米同盟の歴史に新たな一ページを開いた」、「アジア太平洋には北朝鮮の脅威がある。同時に中国による南シナ海、東シナ海の活動と軍備拡張もある。そうしたものにしっかりと対応していく新しいガイドラインをつくった」と言う。

 当然中国は、「釣魚島は中国固有の領土。主権を断固として守る」と、中国外務省の洪磊副報道局長。また、「中米日の三角関係は重要かつ複雑で、3カ国とも極めて慎重に対応する必要がある」と、共産党機関紙・人民日報(海外版)は論評する。

 米国が日本を操るコツは、尖閣諸島が日米安保条約第5条で、米国の防衛義務があるのかどうかを、“ことばの綾”で、強弱をつけることである。
 確信をもてないでいるので、日本も米政権が入れ替わるたびに、お伺いを立てる。が、日米安保条約第5条の正解は、“有事=その時”になってみなければ分らないが、正しい。

 日米の新ガイドラインの中でも、日本が防衛作戦を主体的に実施し、米軍は自衛隊の作戦を支援し、補完するとある。米国の立ち位置は“従”が原則的なのだ。
 考えれば当然である。日本が勝手に起こす戦争に米軍が利用され、付き合わされる訳にはいかない。日本のやり放題となってしまう。

 米国は騙し絵から更に単純な騙し船に変えたのだ。日本は前線基地に在り、後方勤務は米国となる。

 米兵の血より、アジア人(日本人:boots on the ground)の血を流させるのがトランプ流であろう。

  トランプ政権は、露骨に米国から“武器を買って自前でやれ”との考えで、TPPもリバランス政策も捨てたのだ。

 それでも安倍首相、「トランプ大統領との間では、あらゆる手段を通じて北朝鮮に対する圧力を最大限にすることで一致しており、テロ支援国家再指定を、北朝鮮に対する圧力を強化するものとして歓迎し、支持する」と、軍事衝突を危惧する様子もない。

 米国には“御意”としか返事ができない体たらくで、独立国家としての矜持も忘失し、唯々御意々々と北朝鮮と対峙させられ、むしろ韓国よりも日本国民を“国難”に遭わせているのだ。

 反イスラム投稿の件で、トランプ大統領と非難し合う英国のメイ首相。「同盟関係でも米国の誤りに意見するのを躊躇しない」と。安倍首相には、何が“誤りなのか、分るほどの“考え”を持ち合わせてないか。

 つまり、当事者にさせられても、無能・無策ゆえに他国に依拠し寝言を繰り返すのだ。

 韓国で、火に油を注ぐ韓米合同演習(12月4~8日)が始まる。ステルス戦闘機F35B(12機)は、日本の岩国基地から順次演習に投入される。

 今次の習近平国家主席の特使、宋濤・党対外連絡部長に、金正恩労働党委員長が会わなかったとすれば、頼みの綱は切れたうえ、ボールは米側に返された。

 が、無能の三兄弟、米・日・韓は、杵であたり杓子であたるだけで、北朝鮮に追い詰められ、逃げ場を失っている始末だ。結局、餓鬼に苧殻の“三馬鹿”は、責任を転嫁するため、「北朝鮮の核開発の原動力は原油で、中国が主な供給元だ」、「中国はリーダシップを示さなければ、ならない」と、難癖をつけながらも、中国を頼みの綱とする。

 「北朝鮮が安全を脅かされていると感じる限り問題解決は難しい」と、ロシアのネベンジャ国連大使。此の意見に耳を傾け、平和裏に解決可能な対応策を練るべきだ。
 また、「既に一触即発の状況をあおることになる」と、米韓軍事演習を非難する。

 人権を何よりも普段から他国に強調している米・日、「制裁が人道支援に悪影響を与えてはならない」とする、中国の呉海濤国連次席大使の意見には、聞く耳持たぬか。

 三馬鹿にとっても、北朝鮮にとっても、大きな緩衝となる中国が頼み所でよかったのだ。
 世間向きには大きな顔し、自分たちには“非”が無いとばかりに正義面を売るが、内実は無能な癖に、三馬鹿の中でも、特に執拗に食い下がる底意地の悪さを持つ米日、油断がならない。

 相手を氷点下に丸裸にし屋外に放り投げなければ気が済まない質の悪さを持つ。

 更なる米国の敵視政策「テロ支援国家」で、「アメリカといつ、いかなる方法でもけりをつけなければならないという意志を、さらに強固にしている」北朝鮮と、無能の極みの戦争に向って“チキン”は激烈化する。

 “金魚の糞”の安倍首相、数百発のノドンミサイルを軍事力頼みで防ぐつもりなのか。

 百余国を訪ねても、近隣の中・韓・北朝鮮とはギクシャクした仲では、訪問先に足下を見られる。

 中国包囲網作りに行き易い国に行き、金で以って相手の“笑顔”を買い、平和より争いの種を蒔くのでは、「地球儀を俯瞰した積極的平和外交の展開」が看板倒れとなる。無能は無意味な争いを好むものだ。

 されど中国は二度と“鮨のネタ”にはならない。それが「中国の夢」もあるからだ。

 北朝鮮の金正恩労働党委員長は、「核能力を保有する場合、単に保有することを越えて使用する可能性が低くない人物」と、マイク・マレン元米国統合参謀本部議長は評価する。

 近隣諸国との関係悪化(不安)への危機を煽るは、単に軍備拡張・軍事強国への国民騙しの“ダシ”なのか。日本は安保法制で口実も備わり、武力衝突へと驀進している。
 トランプ大統領は好都合にも「自由で開かれたインド太平洋戦略」を標榜する安倍首相の看板に乗っかる振りをし、いずれ日本を最前線に立たせて梯子を外すことになる。

 それが、前後不覚の冷淡な“脈絡無しの政治屋”トランプ大統領である。
 が、銘記する、“真珠湾を忘れるな”と。

 優柔不断のうえ内股膏薬の韓国は、「自由で開かれたインド太平洋戦略」には乗らないし、乗れないのだ。

 今韓国は、THAADに関する中韓の合意(10・31合意=三不政策= ①THAADの追加配備②米国のミサイル防衛網への参加③日米韓の軍事同盟化のNOである)の履行を中国に迫られている。
 中国に現地調査を求められているのでは形無しである。

 中国だけでなく、日米の疑心も招くことになる。朴槿恵前大統領と同様では八方塞がりとなる。2015年12月28の韓日慰安婦合意と同様に、中韓での詰めの甘さを露呈している。
 米国“御用達”の防波堤となっている日本、韓国は米国・中国の防人ともなれずに、去就を決することのできない政治的状況は今後とも続く。

 THAADに関し中ロは息を合わせて反対する。ラブロフ外相、「北朝鮮の脅威を振りかざした米国によるアジア地域の軍事化は容認できない」と。イージス・アショア、日本版トマホーク(巡航ミサイル)開発への牽制も。

 APEC CEOサミットで、トランプ大統領は貿易不均衡に対し、インド―太平洋地域のAPECを構成するアジア太平洋地域の21の国や地域に向かって、忍耐もしないし「これ以上利用されはしない」と二者交渉を宣した。
 「APECの活動を通じて得られたより自由で開かれた貿易・投資といった成果を,域内に止まらず,域外の国・地域とも共有するというのが,『開かれた地域協力』です」との在り方に、風穴を明けようとするのだから、穏やかではない。
 したがって、当然、多国間での自由貿易体制の重要性を訴える日本も例外ではないのである。

 もっとも河野太郎外相に言わせれば、習近平主席の「米中で太平洋二分」発言に、「中国は太平洋と接していない」(?)と。トランプ大統領が中国の対米貿易黒字を非難しなかったのも“接していない”ことで、幾分免れたのか。

 さて自ら進んで日本は米国の防人としての“辺土”を拡大し、必要な武器は米国から買うのであるから、米国は笑いが止まらないはずだ。

 防衛費について、“国民の命と平和な暮らしを守る”のに何をすべきか、と安倍首相は自問し、GDP比1%枠があるわけでないと結論し、最早成長が期待できないのか、早速に種々突発的な増税策を検討し始めた。
 新三本の矢の一本、「国内総生産(GDP)600兆円」(2015年9月24日)は忘れられたのか。

 「米国は今日より北朝鮮をテロ支援国家とみなす」(11/20)と発表しても、実質的な制裁は“空っ穴”であり、中ロ頼みの実状である。
 テロを繰り返し支援している国、テロの最たる国家は、“米国そのもの”であることを、もそっとメディアは報ずべきである。
 そして、北朝鮮問題は、第一義的には米国自身が片付けなければならない問題なのだと。
 北朝鮮の大陸間弾道弾の名宛人は“米国”なのだ。決してEU等ではないのだが、嘴を容れるのが気になる。獲物の臭いを嗅ぎ当ててか。

 「北朝鮮の核兵器はアメリカのみを標的としており、ほかの国は北朝鮮の核兵器を脅威に感じる必要はない」と、北朝鮮の祖国統一研究院長イ・ジョンヒョク・アジア太平洋平和委員会副委員長は強調する。
 ただ日本のように、トランプ政権の傀儡としての振る舞いば、必然的にトバッチリを受けることは明白であり、当事者としての国難となる。
 云わば、日本の国難は安倍政権の政治姿勢が作り出している。

 なぜ安倍首相は拉致問題・核開発問題解決に向けて、自ら北朝鮮に出向かないのか。そして、少なくとも北朝鮮と対峙することは望んでいないということを、直に伝えれば、そして米国には対話で解決することを日本政府として促すことができれば、国難を叫ぶこともないし、国難の亡霊に憑かれることもない。

 米国の離脱宣言で、TPPは日本主導で、米国抜きの波乱含みのTPP11協定を発効させることで大筋合意(ベトナム・ダナン市 2017/11/11日)した。
 が、今や米国は2国間の通商協定締結を強調し多国間の複雑な市場システム対する撹乱因子となってしまった。

 TPPはオバマ政権の打ち出したアジア回帰政策と符合したものであり、TPPがアジアにおける米国の政治的影響・安全保障の基盤であるとみている。また、中国を意識したものであることも間違いない。
 安倍首相もオバマ政権時の考えを引き継いでいる。

 中国は、「安倍首相はなぜTPP11を推進し続けるのか」と自問し、死刑を宣告されたTPPの蘇生を執拗に図るのを訝り原因を探る。
 主な要因は、
 ・安倍首相が心の中でTPPを中国の発展を押さえ込む「妙手」と考えていること
 ・安倍首相がTPP交渉を利用してアジア太平洋で「リーダー」の役割を発揮したいと考えていること
 ・日本がTPPから大きなメリットを受けるということ
 ・安倍首相が根っこの所ではトランプ氏を評価していないこと
と見る。
 また、TPP11を主導する中、「呼びかけ力」と「指導力」に自信をもつようになったとも指摘する。
 考慮すべき各指摘である。

 USTRのHPで現在でも閲覧できる。

 -Strategic Importance of TPP-

The rules of the road are up for grabs in Asia, home to some of the fastest growing markets in the world. If we don’t pass this agreement and write those rules, our competitors will set weak rules of the road, threatening American jobs and workers and undermining U.S. leadership in Asia.

TPP strengthens the U.S. economy, which is the foundation of U.S. national security and a critical source of our influence abroad.

TPP helps ensure that the global economy reflects our interests and values by requiring other countries to play by fair wage, safe workplace, and strong environmental rules that we help set.

 しかし、トランプ政権になって、TPPの掲げる意義を反故にしてしまった。「この協定は狂っている。支持すべきではないし、結ぶべきではないと」、また「約6000ページにも及ぶ協定は長過ぎて理解できない」(2015年11月9日)。ある面正鵠を得るか。

 トランプ政権、取って代わって露骨に「米国第一主義」、要は自国利益第一の強かな計算で政治も経済も、そして安全保障(軍事的プレゼンス)さえも支配する。
 従来の政権枠から飛び越え拘らぬ、他国には予測の付かない扱いにくいものとなって来ている。

 つまり、一時的な“笑い顔”に釣られと、次の瞬間には“梯子を外す”のだ。トランプ大統領、同盟の結束にも重きを置かない、どちらかと言えば“絆=繋縛”を嫌う、自由奔放さが“売り”だ。が、当然、利には聡い。

 旧来型の政治家、トランプ大統領をどう捌くのか。

 トランプ大統領、金蔓と見たか、安倍首相が構想する「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific)」(「インド海軍出身の学者グルプリート・クラナがあるジャーナルに掲載した『海洋ラインの安全:日本・インド協力の希望』)にタダ乗りしてきた。
 言わば日本・オーストラリア・インド・米国を結ぶ、北大西洋条約機構(NATO)のアジア太平洋版である。対中安保・外交包囲網である。
 が、ASEAN首脳会議など、南シナ海問題では日米とも腰砕けの様相で、中国の影響力が及んでいることを示した。

 要するに、「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、東シナ海・南シナ海を中国に明け渡し後退りした“戦略ダイヤモンド”となった。
 中国の裏面工作にしてやられている。

 安倍首相、自由、人権、民主主義、法の支配・海洋の自由を訴え、「地球儀を俯瞰する外交」・「積極的平和主義」と飛び回り、金をばら撒き中国包囲網を策するも、賽の河原の如しで、その成果は極めて疑問である。
 今のところ、平和と繁栄には向かっていない。むしろ真逆さまで、米国との軍事的一体化で不安定化に拍車を掛けている。
 安倍首相の言う積極的平和主義とは、米国の軍事力と自衛隊を一体化し、力で以って押さえつけ、黙らせ、従わせる“沈黙の平和”を意味するのだろうか。軍事力が基底になっていることは間違いない。

 “南シナ海を制する者は21世紀を制す”と。が、今や更なる中国の構想が動いている。“一帯一路(the Belt and Road)”である。「中国が将来世界各国にさらに多くの、さらに良い公共財を提供し、グローバル化とグローバル・ガバナンスを推進することを予告」する、中国の現代版シルクロード経済圏構想である。米国にも日本にも打ち出せない、壮大な構想である。
 “中国の夢”の実現である。

 斯様な巨大経済圏構想が動き出せば、“中国包囲網の形成”や、“自由で開かれたインド太平洋戦略”にどのような意味を付与できるのだろうか。
 単なる争いごとを予期させるだけとなろう。衰退する者と上昇機運に乗っている者との差は歴然とする。
 声高に叫ぶ航行の自由(Freedom of navigation)作戦も逆に中国に利用されている始末である。

 「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo-Pacific)」も米国の“草刈り場”と見る。日本が意図する中国包囲網も、今一トランプ政権の本気度も計れないでいる。

 正に“西洋カブレ”の安倍首相の間抜けな中国けん制構想となっている。
 が、国民にとり油断できないのは、米国を盾に、北東アジアの危機を訴え利用し、抜け目なく、安倍首相が軍事大国への夢を見ていることだ。
 “見果てぬ夢の血糊付き明治の亡霊”が、安倍首相に憑依するのか。

 ASEANでの首脳会談で安倍首相、「北朝鮮との対話を求めるのでなく、圧力を最大限まで高め、北朝鮮から対話を求める状況に追い込むべきだ」と指摘し、「すべての『選択肢』を用意して対応する米国の姿勢を、日本が支持している」と。

 “痛め付ける”、或いは“取っちめる”に似た遣り口では、例え対話に持ち込んだとしても、日本の出る幕は閉じられていることになる。

 さて、制裁だが、「軍事目的の燃料備蓄は十分あり、制裁の効果が上層部に達するのは国民が苦しんでからだ」と、十月に北朝鮮北東部の経済特区羅先を訪問した元ロシア外務省朝鮮部長、ロシア科学アカデミー経済研究所のトロラヤ・アジア戦略センター長。
 また、「制裁を強めるほど、北朝鮮はサイバー犯罪や麻薬取引など非合法な手段で外貨獲得を狙うことになるとして、米国や日本の圧力強化の方針に疑問を呈し」ている。

 北朝鮮の核・ミサイル開発を中止するには「既に時期を逸した」と、北朝鮮外務省の崔善姫(チェソンヒ)北米局長。
 トランプ大統領も、早々には核・ミサイルの放棄は期待できず、抑止力と制裁強化を以ってしても、前任者同様に“戦略的忍耐”を結果的には強いられそうだ。
 北朝鮮は手強いのである、甘く見てはいけない。安倍首相のように媚び上手の相手ではない。

 目を覆うような惨状か、核所有国と認めるのか、北朝鮮に脅される日も現実になってきている。恐怖の均衡や相互確証破壊の外側で、ひたすら“現実に核を使用”する目的で核開発の完成を目指し、「国家の核武力完成の歴史的大業、ロケット強国の偉業が実現した」国家として、核大国である米国の前に、北朝鮮は立ち現れたのだ。
 “均衡”は破られることになる。

 新型の大陸間弾道ミサイル「火星15」の発射で、トランプ大統領、“無能の叫び”が高揚する。

 トランプ大統領と習国家主席との電話会談、「トランプ大統領は今朝、中国の首脳の習近平氏に電話をし、中国が原油供給を停止する段階まで我々は到達したと語った」と、米国のヘイリー国連大使。
 また、「トランプ氏は中国がこれが行わない場合は、米国が状況の舵をとると明言」したと。

 が、中国側の報道は、「米側は朝鮮半島核問題の解決における中国側の重要な役割を重視しており、中国側と意思疎通や調整を強化して、朝鮮半島核問題の解決方法を見出すことを望んでいる」と。  また習主席は、「中国側にとって、朝鮮半島の非核化実現、国際的な核不拡散体制の維持、北東アジアの平和・安定の維持は揺るぎない目標だ。米側を含む関係各国と引き続き意思疎通を保ち、朝鮮半島核問題の対話と交渉、平和的解決の方向への発展を共に後押ししたい」と強調と。

 中国外務省の報道官は、北朝鮮への原油の供給停止について、「対話と交渉による問題解決に役立てるという精神に基づいて取り組む」と。

 しかし、毎度のことながらヘイリー国連大使、過激な発言である。全加盟国に対し「貿易を含め全ての関係を断つよう求める」と。
 では、国際社会が没交渉で、北朝鮮を“沈黙の国”に仕立て上げ、如何なる結果を米国は求め得るのか。

 緊急会合の安保理(11月29日)、非難だけで終わり、今後の対応については、「分らない」と。無能の極みの国家が解決策を何も持たず、ただ声を張り上げたに過ぎないのだ。

 ヘイリー国連大使、「北朝鮮の独裁者は世界を戦争に近づける選択をした」、「われわれは北朝鮮との戦争を求めていない」、「戦争になるとすれば、今回のように繰り返される攻撃行動のせいで、間違いなく北朝鮮体制は完全に破壊される」と。

 まず、“われわれ”とは一体何処の国のことか。それに北朝鮮は“攻撃行動”を取っている訳ではない。ならば此の時節、米韓軍事演習や米日共同訓練なども、北朝鮮側から見れば“攻撃”と見做される。

 米国が戦争を仕掛ける“大義名分”の言い訳の積りかも知れないが、“北朝鮮体制は完全に破壊”などの発言は、以前に金正恩労働党委員長が声明を出した「トランプが全世界の面前で私個人を侮辱し、我々国家の存続自体を否定した上、我らが共和国を滅ぼすという史上最も暴悪な宣戦布告をしたため、我々は超強硬な対抗策の断行を考慮する」を想起させる。

 ヘイリー国連大使よ、知恵を絞りなさい、騒ぎ立てるだけでなく、米国自身が平和的に解決可能な策を講じなさい。策が出ないなら、「むやみに口を開くな」で、他国のアドバイスに耳を傾けなさい。

 ヘイリー国連大使は、「世界ののけ者(international pariah)」と、金正恩朝鮮労働党委員長を悪し様に言う。
 だが本来、軍事力・経済力を以って世界に君臨し、制裁・侵略・詐略による攻撃・他国政府転覆等、自国の利益の為なら手段を選ばない執拗な食い込み、何事も思い通りにする帝国主義的手法を、国際社会は真に“恐れ”ているのだ。米国はまるでインベーダーである。

 決して、米国が信頼を得ているからだけではないだろう。その刃向かい得ない、反論を許さない我が侭な軍事大国に“恐れ”を抱いていることを忘れないことだ。案外、“世界ののけ者”は、本音を言わせれば、米国かも知れないのだ。

 軍事力や経済力には限りがある。歴史を観れば、勃興する者あり、衰退する者ありである。今が歴史の転換期かも知れないのだ。例えば、“米王朝”から“金王朝”とか。或いは、金王朝が切っ掛けで、滅びの足音が米国へと向かうとか。
 「病気の子犬」よりも“狂犬病の成犬”のが始末に負えない。
 米国よ、驕る者は久しからずである。

 真に民主主義・自由・平等・人権を謳う国の為すことなのだろうか。仲間内にしか通用しない偏頗な平等などを手段に他国を非難することが。

 自国のこととなると、理性がどうやら吹き飛び、気が触れるらしい。それと米国に逆らう者は絶対に許せないという、本質的には、米国は偏狭で小物の国のようだ。

 もっとも、民主主義・自由・平等・人権等は他国を非難或いは侵略する“口実”に過ぎないのだ。全く以って“米国専用の御都合主義の其れ”で、普遍性を持たないのだ。

 北朝鮮、米国が鶏冠に来そうなことを発表する。「わが国は今やさらにもう一つの(中略)新型の大陸間弾道ミサイルを有している」と。それは「超大型重量級核弾頭の搭載が可能」で「米本土全域を攻撃できる」と。

 先の大戦中のどさくさ紛れにではなく、平和のための核武装という屁理屈が通る、その平和の内で、二枚舌が通用せず本音の核が炸裂することになるということだ。
 その時、日本は再びの“敗戦の廃墟”から立ち上がることができるのだろうか。

 北朝鮮の“国民が苦しんでからだ”とは、最大限の制裁・圧力の一層強化を叫ぶ日米の人権標榜が“ホンモノ”かどうかも試される仕儀となる。

本来的には政権の無策・失策・無能が元凶なのに、金魚の糞の安倍首相、相容れない北朝鮮情勢と少子高齢化を国難と声高に表明し、消費税増税の増収分等を当て込み財政難にもかかわらず、我田引水に走り“富国強兵策”を推し進める気なのだろうか。

 “無要な血潮での維新から ― 大惨禍を惹き起こした挙句 ― 数え僅かに八十年にも満たずに瓦解した明治の夢”を、再び追い求めるのであろうか。
 プロパガンダを以って呼びかけ、「国中が一致すれば、将来は日本をアジアの大英帝国ともすることができるであろう」と、薩摩藩留学生の指導者松本弘安は結論した。

 安倍首相、ことさら火を煽り立ててから火中の栗を拾うは、今、アジアの盟主を目指す“契機”と思っているのか。薩長の夢は潰えず、今もなお引き摺って生きているのだろうか。“丁寧な説明”を省略しての“亡者の船=自民党”に漕ぎこされては、国民は遭難することになる。

 安倍首相、“平和=福祉”に百万言を費やすも、政策の検証もなく、多くはその言に違背し誑かしである。ただ機を見るに敏なるも、小才からの奸智術数の安倍首相の下、敵味方を峻別し、空虚な料簡の狭い“憎しみ”に似た安保外交を千篇一律の如く執拗に繰り返している日本は、本物の国難を自ら招き寄せ、いずれは“周辺地域化”し衰退することになる。

 世界がもはや米国を当てにしないよう、米国自身が“無能の叫び”声をあげているのだ。そして、無能であるのに全能の如く扱われるのに辟易しているのだ。トランプ大統領の表明する「忍耐もしないしこれ以上利用されはしない」は、何も貿易に限ったことではあるまい。オバマ前大統領も「米国は世界の警察官ではない」と明言した。

 北朝鮮有事に関して、「論理的にはそういう可能性はあるが、北朝鮮は米国の圧倒的な力でたたき潰されるのは分かっている」と。また、「核・ミサイル、拉致問題を解決し、対話のテーブルに着くところまで、しっかり追い込むことが大事だ」と、河野太郎外相。

 何と無責任な発言なのだろうか。今まさに“国難”と安倍首相が声を上げているのにである。“米国の圧倒的な力でたたき潰される”のが分かっているのなら、国民に向かって、安寧を維持しますから“何の心配もいりません”と、なぜ言えないのだろうか。斯様に米国の軍事力に頼んで“能天気”なとこを言う外務相、これもまた“無能の叫び”である。

 貧なる国ではあるが、正規軍と“核ミサイル”等を所有しているのだ。米国の圧倒的な軍事力の現状(結果)を、イラクで、アフガニスタンで、シリアで見るがよい。外務相ならば。

 日本は“脱亜入欧”から“脱欧入亜”への道筋を志向すべき時節が到来していることを考えるべきである。

 長州藩の攘夷実行や薩英戦争で、彼我の実力差を嫌という程見せつけられ、身に沁みた後遺症が、今の世まで続く。その克服の過程では、他者を深く傷つけることでも癒えず、崩れ去った。
 そして今また、亡霊が這い出した。

 明治維新から70年有余を過ぎ、先の敗戦を迎えた。それから又70年が過ぎた今、国民は主権在民を、違憲の強引な政治手法で掠め取られ、無視されている。
 国民は、政権がでっち上げた仮想敵国に怯えて、戦争への道を歩む政策を恰も受け入れた如くの選挙結果で、更に国民の耳目を塞がれ支配されることとなる。
 国民は“言い成り次第”となり、政治的判断の基準も失くし、意見も言えない状況に追い遣られて行く。
 首を絞められて喜ぶマゾヒズム国民、首絞めて涎を垂らすサディズム権力、已んぬる哉。
 そんな政権を囃す者、多数の始末である。

 つまり、“無能の叫び”は至る所で上げられ、国民に例の「想定外」の苦しみを与え続けている。
 更に今や平和志向を投げ出し、露骨なまでに“覇権主義”の鎌首をもたげる。ルールは権力者の都合で如何様にも変えられるという為たい放題で、国民主権が無視される政治状況が蔓延する。
 国民は主権を奪われている政治状況にも関わらず、世論調査では安倍政権に支持を(49・5%)与えている。
 共感を集める韓国の「ろうそく集会」、希望が持てるのではないか。全世界に広げたらよい。

 明治維新という歴史の“美称”に隠蔽されたのは何か。「彼等は、薩長藩閥政府を作ることによって、慶喜が自ら進んで放棄した権力を、天皇の名にかくれて詐取したにすぎないのである。彼等の眼中には、天皇もなく、国もなく、人民もなかった。あるものは、ただ自ら天下を取ろうとする陋劣な野心のみであった。その野心の前に、人間の生命は無益に翻弄せられ、秩序は破壊せられ、日本民族は、危地におとし入れられたのである」。

 彼等とは、尊王攘夷を名とする一団の策士兇徒たちである。

 今、国難を叫び国民から主権をかすめ取る“彼等”あり。“無知で狂った妄言を吐く老いぼれ”の「御先棒をかつ」いで。

 ここで広島原爆の証言者 沼田鈴子さんの言葉を紹介します。

 ― それは真実を求める知恵を一人ずつが持って欲しいということです。最高の幸せは平和なんです。でも平和は待っていて来るものではありません。命にかかわるすべてのことに目を向けていかなければなりません。すべて他人事ではない。地球上のすべてが仲間なんですから。―

 “無能の叫び”の行くつく先は“火と血の舌が這いまわる”。

引用・参照

APECの概要 外務省 平成28年2月15日

日米安全保障協議委員会共同発表
変化する安全保障環境のためのより力強い同盟
新たな日米防衛協力のための指針
2015年4月27日 外務省

中国:日米防衛指針改定にくぎ「緊張緩和に水差す」
毎日新聞 2015年04月28日 22時12分

中国:「70年談話」「主席訪米」ひとまず静観 人民日報「複雑な三角関係」
毎日新聞 2015年04月29日 東京朝刊

安倍首相:ガイドライン改定巡り中国・北朝鮮を名指し
毎日新聞 2015年05月01日

ベトナム海軍にロシア製以外に米国製の艦船が装備される
SPUTNIK2015年06月01日 21:29

習近平総書記が海軍視察「強大な海軍の建設に努力せよ」
人民網日本語版 2017年05月25日10:49

プーチン大統領「北朝鮮への圧力はむだなだけ」
NHK NEWS WEB 9月2日 4時23分

習近平総書記「中国は世界とのパートナーシップ関係を積極的に展開」
人民網日本語版 2017年10月21日16:17

水爆実験 北朝鮮のハッタリか?
2017年09月22日 23:15(アップデート 2017年09月27日 03:30)
SPUTNIK ドミトリー ヴェルホトゥロフ

自由で開かれたインド太平洋戦略とは
2017/10/26付日本経済新聞 朝刊

北朝鮮メディア トランプ大統領は「むやみに口を開くな」
NHK NEWS WEB 11月5日 17時36分

米軍、北朝鮮へ地上侵攻についての書面公表
SPUTNIK 2017年11月06日

「日米首脳会談 圧力の先にあるもの」(時論公論)
NHK2017年11月06日 (月)

トランプ米大統領、「日本は閉鎖的」 日米財界人と会合
NHK 2017年11月06日 11:54(アップデート 2017年11月06日 15:20)

訪日トランプ大統領、北朝鮮問題以外は「マイウェイ」
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2017/11/07 08:58

日米役割要求に中国不快感を示す 北朝鮮問題
中日新聞 2017/11/07

米「TIME」表紙、英語と中国語で「中国が勝った」
ハンギョレ 登録 : 2017.11.08 00:06

修正 : 2017.11.08 06:14
トランプ大統領「われわれを過小評価するな 試すな」
NHK NEWS WEB 11月8日

来韓したトランプ大統領、至る所で「カネ」の話
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2017/11/08 08:57

露外務次官「露は北朝鮮の完全封鎖を支持したことはない」
SPUTNIK 2017年11月08日 17:53(アップデート 2017年11月08日 18:08

「戦闘機350機が出撃待機中」トランプ大統領歴訪期間に空母7隻同時投入
2017年11月08日11時19分 [ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

中国、北独自制裁を拒否 米に反論「正常な交流は継続」
中日新聞 2017/11/09

「アメリカはこれ以上利用されはしない」…トランプ、APEC国家に警告
ハンギョレ新聞社 登録 : 2017.11.10 22:08

韓経:【コラム】「同盟とは何か」慎重に悩まなくては=韓国
[ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版] 2017年11月09日13時09分

(「海洋ラインの安全:日本・インド協力の希望」)
「対北 米と連携強化」 米中首脳会談で習主席が表明
  中日新聞 2017/11/9 20:26

北朝鮮メディアが中国批判か 「ずうたいに見合わない」
NHK NEWS WEB 11月9日 18時45分

事業家トランプ大統領…外信の韓日中歴訪評価
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]2017年11月10日10時37分

「韓国は計748億ドル(約8兆4860億円)規模の対米投資計画を発表した。「日本の防衛力を質的・量的に拡充する。米国から武器をさらに購入することになるだろう」「韓国が数十億ドルに達する武器を注文するだろう」と話してプレッシャーをかけた。」

青「日本が構築した『インド・太平洋ライン』…韓国に編入する必要ない」
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] 2017年11月10日08時21分

2017.11.10 22:17更新
産経ニュース 河野太郎外相、習近平主席の「米中で太平洋二分」発言に不快感「中国は太平洋と接していない」

プーチン大統領 北方領土含む平和条約交渉 日米安保の影響考慮
NHK NEWS WEB 11月12日 4時42分

対北緊迫で連携不可欠 日中韓会談調整 年内か年明け年頭
中日新聞 2017/11/14

安倍首相はなぜTPP11を推進し続けるのか
人民網日本語版 2017年11月16日

「スウェーデンで近く米朝協議」
中日新聞 2017/11/18

首相 自衛隊違憲議論の余地無くすのが責任
NHK NEWS WEB 11月21日 16時40分北朝鮮 弾道ミサイル

北朝鮮「重大な挑発」 米のテロ支援国家再指定に反発
NHK NEWS WEB 11月22日 19時29分

北をテロ国家 米再指定
中日新聞 2017/11/22

北への圧力最大限に 政府答弁 【防衛費】
中日新聞 2017/11/23

米国防長官「どのミサイルよりも高く飛んだ アメリカを危険に」
NHK NEWS WEB 11月29日 6時50分北朝鮮 弾道ミサイル

邦人退避、韓国と連携 朝鮮有事で河野太郎外相 外国人も国内受け入れ想定で準備
産経ニュース 2017.11.24 05:00更新

THAAD:韓国に合意履行を求める中国、現地調査を要求
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 記事入力 : 2017/11/25 09:16

ラブロフ外相 北朝鮮の脅威を振りかざした米国によるアジア地域の軍事化は容認できない
SPUTNIK 2017年11月24日 19:13(アップデート 2017年11月24日 20:33)

中国、北朝鮮との橋を閉鎖 対北貿易制限措置か
SPUTNIK 2017年11月24日 10:32(アップデート 2017年11月24日 10:26)

正恩氏、逆ギレ トランプ氏を「人間のクズ」 テロ支援国家再指定に
iza 2017.11.25 22:00

「金正恩委員長、核の保有だけでなく使用する人物」
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] 2017年11月27日15時07分

「北朝鮮の核兵器はアメリカのみを標的としている」
ParsToday 2017年11月27日20時05分

北朝鮮 重大報道で「『火星15型』の発射実験に成功」
NHK NEWS WEB 11月29日 12時36分

外相 来月の安保理会合に議長として出席 北朝鮮問題議論へ
NHK NEWS WEB 11月29日 10時16分

首相 平和的解決への意思踏みにじる暴挙
NHK NEWS WEB 11月29日 9時44分北朝鮮 弾道ミサイル

トランプ大統領「われわれは対処していく 非常に深刻な事態だ」
NHK NEWS WEB 11月29日 7時08分

金正恩氏「核武力完成」宣言、米「軍事的選択肢」招くだろう
東亜日報
Posted November. 30, 2017 09:11, Updated November. 30, 2017 09:26

米大統領が中国に警告 北朝鮮へ原油供給停止なき場合、米国が状況の舵をとる
SPUTNIK 2017年11月30日 15:46(アップデート 2017年11月30日 16:04)
安保理緊急会合 米大使、北朝鮮との関係断絶要請
SPUTNIK 2017年11月30日 08:00(アップデート 2017年11月30日 09:06)

習近平国家主席がトランプ米大統領と電話会談
人民網日本語版 2017年11月30日

北朝鮮、ミサイル発射台を「好きなだけ」製造できると発表
SPUTNIK 2017年11月30日 18:16

中国 米が求める北朝鮮向け原油供給停止に慎重姿勢
NHK NEWS WEB 11月30日 21時38分北朝鮮 弾道ミサイル

中国は北への原油遮断を
中日新聞 2017/12/01

米戦闘機が続々と韓国へ 4日から「火星15」発射後初の韓米合同演習
朝鮮日報日本語版  記事入力 : 2017/12/01 17:05

米、軍事・石油・金融の「対北3重封鎖」を推進
東亜日報
Posted December. 01, 2017 09:20, Updated December. 01, 2017 09:51

「北朝鮮核・ミサイルは米朝問題」、大統領府が無力感を吐露
東亜日報
Posted December. 02, 2017 10:20, Updated December. 02, 2017 10:41

ロシア議員団「北朝鮮は対話に応じる用意ある」
SPUTNIK 12月2日 7時27分北朝鮮 弾道ミサイル

習氏、尖閣で「軍事行動」明言 最高機関の幹部会議で
東京新聞 2017年12月2日 17時42分

米英首脳 非難の応酬
中日新聞 2017年12月3日 17時42分

新ガイドラインの内容 平成28年度防衛白書

https://ustr.gov/sites/default/files/TPP-Strategic-Importance-of-TPP-Fact-Sheet.pdf

歴代アメリカ大統領の来日
アメリカ大使館 公式マガジン

『マオ 誰も知らなかった毛沢東』ユン・チアン著 2005年11月17日第1刷発行 講談社

『現代語訳 武士道』新渡戸稲造 山本博文=訳・解説 ちくま新書 第13刷

『明治維新の舞台裏』石井孝著 岩波新書1974年5月20日第19刷発行

北朝鮮(North Korea) 基礎データ 外務省

TPPの政治経済学:米国の視点
グレン・S・フクシマ
  国際問題 No. 652 (2016年6月)

Weblio辞書

地球儀を俯瞰する外交:
安倍晋三・第96代内閣総理大臣が自ら目指すところとして述べた外交姿勢。2013年1月、第二次安倍内閣の発足に伴う所信表明演説で言及された。
積極的平和主義:
自国のみならず、地域および国際社会の平和の実現のために、能動的・積極的に行動を起こすことに価値を求める思想。2013年12月に閣議決定された「国家安全 保障戦略」において、日本の安全保障戦略の基本理念として掲げられた。

知恵藏miniの解説
一帯一路:
中華人民共和国(中国)が形成を目指す経済・外交圏構想のこと。略称「OBOR」。2013年に習近平国家主席が提唱し、14年11月に中国で開催された「アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議」にて広く各国にアピールされた。

『維新正観-秘められた日本史・明治編』蜷川新 注記・解説 磯川全次 批評社
2015年4月25日 初版第1刷発行

『続名画を見る眼』高階秀爾著 岩波新書1988年3月10日第21刷発行

『週刊金曜日』2000.1.14(298号29頁)


 米朝何れの挑発を憂いるか- 2017年10月17日 13:17

 黄海と日本海の沖でそれこそ文字通り“指呼の間”、北朝鮮を挟み撃ちするように米韓合同軍事演習(16日から20日)が行われている。
 北朝鮮を粉々にするには十二分な戦略兵器を備えた空母強襲団を編成しての演習である。
 否、そればかりでなく事前にトランプ大統領が“はったり”も噛ましている。いわゆる「北朝鮮の完全破壊」(国連演説)・「嵐の前の静けさ」(ホワイトハウスで、ジェームズ・マティス国防長官や軍幹部らとの会合)・「北朝鮮にはたった一つのことだけが効果があるだろう」(10月7日ツイッター)とか、“ゴロツキ”紛いの脅し文句だ。
 ブラフだとしても言葉を投げ付けられた相手国、北朝鮮は完全破壊演説を“宣戦布告”と受け止める。しかし北朝鮮は、「史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する」と冷静に判断している。北朝鮮もこの程度の言葉は韓国に対し投げつけているからだ。“ソウルとワシントンを核の火の海”等だ。
 定例の訓練に過ぎないとしながらも、在韓民間米国人を避難させる「非戦闘員退避活動」の訓練(23日から27日まで)も北朝鮮の攻撃に備え実施される。日本へなど海外へ避難させる手順に習熟させるためである。
 さて、米韓軍事訓練に北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、「警告を無視して軍事的挑発に躍起となり続けるならば、待ち受けているのは破滅だけだ」と強く牽制するが、これも訓練毎の掛け合いとなっている。トランプ大統領になってからは其の掛け合いが特に耳目を集めている。今のところ掛け合いでの“忍耐”は双方が持ち合わせているようだ。
 アメリカは先ず、自らの行為を正当化するための術策をめぐらし、味方(または自国民)を殺させ或いは見殺した後、正義面を以って“反撃”、つまり、ニンマリとして本来の意図(腹積り)を遂行する。「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」なのだが、圧倒的軍事力を投入し、破壊・殺戮に及ぶ。それもこれも“国益”のためだと、常套手段化している。  言葉の遣り取りのうちは問題ないが、“流れ弾”が何れかの陣営に飛来した時、発火点となり、今の状況では米朝いずれにも“言い訳=正当化”の有・無は判じ難い。
 例えば、北朝鮮の軍事挑発に備えてというが、労働新聞(同上)が演習に関し「膨大な戦略兵器が終結している」と、指摘する通りなのだ。だとすれば、軍事挑発を仕掛けているのは米韓側ではないのか。
 定例の訓練も度を越せば挑発・威嚇そのもので、相手も「窮鼠猫を噛む」に託すことになる。
 水面下での米国の動きは日韓を犠牲にするものなのか。北朝鮮の挑発を憂いる前に米(韓)国の挑発を諫める必要がありそうだ。
 事態は戦争に限りなく近づいている。

引用・参照

Donald J. Trump‏?認証済みアカウント? @realDonaldTrump · 10月7日

...hasn't worked, agreements violated before the ink was dry, makings fools of U.S. negotiators. Sorry, but only one thing will work!

Donald J. Trump‏?認証済みアカウント? @realDonaldTrump · 10月7日
Presidents and their administrations have been talking to North Korea for 25 years,agreements made and massive amounts of money paid......

在韓米国人、23-27日に国外退避訓練
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2017/10/14 09:59

米韓合同演習始まる 北の軍事挑発警戒
中日新聞 2017/2017/10/17


 古書店へ- 2017年10月10日 18:22

 久々に古書店に出掛けた。
 ネットで古書を見つけた。当の古書店が隣の市なので、バイクで出掛けた。
 ご高齢の御夫妻が営んでおり、其処に孫娘が来ており幾分聴き取りに不自由な夫妻と私の間を取り持ってくれた。
 目指す本は購入できた。都合三冊ほど購入した。其のうちの一冊は手離したための二度目の出会いとなる。
 ネットで見つけ古書店に出かける切っ掛けとなった其の本は、1966年12月1日再版発行なので、五十年以上の歳月を経て私の手元に届いたことになる。
 その本の見返しには鉛筆書きで次のように記されていた。

(句読点以外は原文のまま)
-----
眠れない夜
私はきまって操車場に行く
せかせかした奴、おっとりした奴
年老いた奴
汽車にも人間と同じ表情がある
私は そんな夜の操車場に立ちながら
なにもかも忘れて
ポカッ!と旅にでかけられたら いいなと思う。
そして、渺漠たる冬の原野に、

あなたの心に私は美しい言葉をのこしたい
いつもそう思ってうまく言えないで別れてしまう。
またあしたの夜も会えますね!
-----

 さて、この本『秘史朝鮮戦争』(I・F・ストーン 内山 敏訳 青木書店1966)、朝鮮戦争の秘史を解き明かす前に、私に小さな秘話を投げかけたようだ。
 誰がなどと詮索するのは当然に野暮というものであろう。見知らぬ読書人が合間に徒然なるままに書いたと思いたい。
 消さないで次の読書人につなぐことになるか、いつの日か私も。 


 物陰に隠される解決可能な問題- 2017年09月29日 09:13

 安倍首相は拉致問題を解決する気があるのだろうか、と疑う。否、実態は単に政治的に利用しているだけのことで、解決への本気度は無いのかも知れない。
 拉致問題の当事者は、国際社会に広く其の非人道的不当性を訴えたとしても、当然にして北朝鮮であり、日本なのだ。決して“訴え”で事済みとはならず、解決し得ないことは世界最強の大国である米国の歴代の大統領への“件”でも理解できる。
 今次の国連でのトランプ氏の「(北朝鮮は)13歳の日本人の少女を拉致した」との批判は、金正恩氏がトランプ氏を「歴代のいずれの米国大統領からも聞いたことがなかった前代未聞の無知で狂った妄言」と非難したように、他の言葉に混じり解決には逆効果になりかえって遠のく恐れがある。
 つまり、飽く迄他を頼みとするのでなく、問題を自分のこととし、真に解決を願うのであれば、犬の遠吠えの如き安倍首相の言動によるのではなく、安倍首相自身が北朝鮮と直接交渉の場を持ち何度でも諦めることなく解決を見るまで試みるべきではないのか。
 そのような事もなく、安倍首相は問題を拡散させ他国の〈拉致〉事情等と絡ませ、自己の無能力・無気力がための及ばなさを隠蔽するのである。本音は恐らく過ぎ去る“時”に委ねているのだろう。
 「Everyone aspires to a peaceful solution to these challenges. And global solidarity is of utmost importance. Still, prioritizing diplomacy and emphasizing the importance of dialogue will not work with North Korea. History shows that concerted pressure by the entire international community is essential」と、安倍首相。
 更に、河野太郎外相は、「北朝鮮と国交を結ぶ160以上の国に対し、『断交を要求する』」と訴え(米国の大学での講演)た。この内政干渉の如きは広く国際社会の賛同を得られるのだろうか。
 国際社会に訴え、皆で北朝鮮に制裁を加えることこそ肝心であるとする。が、金正恩氏の声明で、「共和国(北朝鮮)の絶滅を叫んだ米国の統帥権者は、妄言に対する代価を必ず受け取る。トランプが考える以上の結果を目の当たりにすることになる」、「必ず火で罰する」の反撃を得た。そして「老いぼれには行動で示してやるのが最善だ」とも。
 それに加え、「史上最高の超強硬措置の断行を慎重に考慮する」とは、「太平洋上で水爆実験をすることになるのではないか」と、北朝鮮の李容浩外相。
 金正恩氏がいみじくも言い得たように「歴代のいずれの米国大統領からも聞いたことがなかった前代未聞の無知で狂った妄言」を国連の場で為したトランプ氏は、まるで“クラスの番長”風情であり、自他国を貶める極めて陋劣な振舞いであった。
トランプ大統領が「場合によっては北朝鮮を完全に壊滅するほかなくなる」と述べたことに、「世界の帝王が、平和のためにつくられたこの演壇を宣戦布告するために使った」と、ベネズエラのアレアサ外相は批判する。
 安倍首相は朝鮮半島の非核化の問題と拉致問題を絡み合わせ、拉致問題の解決に無能な自分を隠す。つまり、最大限の圧力強化を以って非核化と拉致の問題を更に大きく拗らせ、解決を遠のかせる。要は“無能”を“詐欺師的言動”隠し、問題が解決しないのは“自分の所為”ではないという訳だ。そして、行き詰まると更に無能を隠すために論理不整合を物ともせず、冒頭解散で“ガラガラポン”と、最大の隠れ家、軍事国家へと一目散に逃げ込もうとする。まこと機をみるに敏なり、なのだ。
 が、北朝鮮が圧力に屈することはないだろう。威圧的なトランプ氏の演説に対し、「トランプが全世界の面前で私個人を侮辱し、我々国家の存続自体を否定した上、我らが共和国を滅ぼすという史上最も暴悪な宣戦布告をしたため、我々は超強硬な対抗策の断行を考慮する」と、自尊心を傷つけられたと受け止めている。
 北東アジアの脅威という刺抜きに関わったのは六者会合ではなかったのか。六者会合の目標は平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化であることを一致して再確認した。
 前段階として米朝枠組み合意があり、米朝は国交正常化に向かうことになっていた。非核化の問題をさらに遡れば朝鮮戦争休戦協定に突き当たり、米国側の朝鮮半島への核兵器とミサイルの持ち込みという休戦協定の無視があった。安倍首相が論うように、ウラン濃縮プログラムなどでの合意違反、2006年の核実験の帰結も一方的に北朝鮮側を責められものでもなく、その到る過程を見れば日本も含む六者会合を担った全てにあるのではないか。反省すべきは、齟齬を来たしたとき、より一層の対話の深化で一致点を見出す努力がなされなかったことではないのか
。  現在置かれている北東アジアの危機一発感は宿痾となっている“解決への本筋”を物陰(無能・強欲)で隠される政治の在り様が起因しているのである。
 日本の場合は無能さ加減ゆえの物陰に潜んでしまう。米国の場合は執拗な国益(損得)重視により合理的な判断が適用されないでいる。
 米国は北朝鮮を煽り、韓国と日本に最新の軍器を購入するように仕向ける。斯様な危険な手段が取れるのは、自由に裁量可能な、いざと言う時には寸止め可能な、更に裏取引の可能な軍事大国だからとれるのである。狼少年の如く日本は“危機感”を煽り、国内での防衛予算の積み増しに利用する。
 現実の政治では問題を解決するより、その問題をどう利用するのかに重点がおかれる。内政の矛盾点を外政に向け、別な状態に吸収させる或る種の扇動手段に用いるなどで、例えばそれが破滅に向かう事になっても、である。
 「国難突破解散」、そう文字通り“危難”を呼ぶ状況である。が、その国難を招来しているのは誰か、である。それが第一番に問われるべきである。米側に与するだけでは国難は免れない。北東アジアの安全保障には対話が欠かせない。その対話を捨てている安倍政権こそ国難の元凶と言えよう。
 北朝鮮問題では圧力のみを声高に訴えて、一擲乾坤を賭すに北朝鮮を追い込み、自らは蛸壺に潜り込んでしまい、二進も三進も行かないのである。近い未来への想像力に全く欠けている。
 「今回の解散は、安全保障環境が厳しい中、しっかりとした体制で北朝鮮に圧力をかけ方針を変えさせていくために、国民に信を問うということだ」と、小野寺防衛省。
 北朝鮮問題を解散の名目にするならば、少なくともデッドロックに乗り上げる前にではないのか。無能・無策で万事休すになってから、此処でも無能を隠しに国民に問うのか。既に尻が割れている。
 消費税については、リーマン・ショック級や大震災級の事態が発生しない限り、2017年4月1日から消費税率8%から10%へと引き上げをするとしたが、2019年10月1日まで延期した。其の同様の理由をもって今度は、2019年10月1日の費税率8%から10%への導入に言及するのだ。
 2014年衆院選の自民党公約では、“消費税財源は全てを社会保障に使い、17年4月までの間も着実に子供・子育て支援、医療、介護等の充実を図る”等としていた。ならば今更、国民に問うこともないはずだ。財政健全化は「三本の矢」の成果によるのではなかったか。
 「選挙は民主主義で最大の論戦の場。私自身への信任を問うことにもなる」と、安倍首相。口舌の徒の虚言である。信任を問う事態は既に信なしに等しい。
 また、街頭で一方的にがなり立て合うのが、“最大の論戦”の場なのか、“国会”の間違いではないのか。
 いま屋台骨が腐り崩壊状態の民進党、鵺(ぬえ)のような党に、“希望”を託して逃げ込む破目になるようだ。前原代表の考えはまるで“庇を借りて母屋を取る”ようにも聞こえる。一方は、庇を貸すのでなく、踏絵として“養子縁組”が可能かどうかで“棄党者”を候補者として選ぶようだ。「政権交代」を目指すにしても「日本をリセット」するにしても、何れも“無能”を隠す方便の舌回りに過ぎない。
“無能”を隠す最強の方策は、国民に“有無を言わせず”の法制を敷くことである。
 国難を避けるためにも、政治的詐欺の被害を受けないためにも、国民にその機会が巡ってきた。
 安倍首相(政権)の信任よりも、国民の“平和(憲法)への信念”が問われる場面である。
 要は希望を持てる国を国民自身がつくれるのかである。国民が責任を負う正念場である。

引用・参照

小野寺防衛相「北朝鮮に圧力 国民に信を問う」
NHK NEWS WEB 9月28日 10時57分

ベネズエラ外相 国連でトランプ政権非難の演説
NHK NEWS WEB 9月26日 6時24分

正恩氏「米に超強硬措置」 北外相「太平洋で水爆実験」
中日新聞 夕刊 2017/9/22

水爆実験 北朝鮮のハッタリか?
SPUTNIK 2017年09月22日 23:15
ドミトリー ヴェルホトゥロフ

「洋上で水爆実験」/圧力貫徹し恫喝を封じよ
産經新聞2017/9/23 6:00

Shinzo Abe: Solidarity Against the North Korean Threat
By SHINZO ABESEPT. 17, 2017
The New York Times
ウィキペディア
六者会合 朝鮮戦争休戦協定 消費税


 北朝鮮の強壮剤となる制裁・圧力- 2017年9月16日 18:06

 ティラーソン国務長官は、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難の中で、「北朝鮮の挑発行為で、同盟国である日本の人々は改めて直接的な脅威にさらされた」と。
 おや、待てよ。此れまでの経緯から“直接的な脅威”を受け始めたのは日本でなく、米国ではないのか。ことさらに“日本の人々”と言挙げするのであろうか。つまり、今回の米領グアムを優に射程内に収めた弾道ミサイルなのにだ。  ハハン、そうだったのか。過去最大となる5兆2551億円防衛予算等の満額獲得のための援護射撃か。それで日本国民を間接的に“脅迫”するのか。
 そう、北朝鮮にとって、不倶戴天の敵は“米国”なのだ。日本などは二の次三の次なのだ。ただ、しゃしゃり出て、あれこれ言うので「取りに足らない日本列島の4つの島を核爆弾で海中に沈める」と。が、目標はあくまで「アメリカの本土を灰と闇に変え」るという、手段を以ってのことだ。
 安倍首相、“制裁と圧力”から“防衛と制裁”にシフトしている。いずれの組み合わせも金と時間がかかる上に、国民への負担は大きくなるばかりだ。例えば、日印首脳会談で北朝鮮対応の緊密連携とは言っても、相手への“見返り”が必要とされるし、その上、日印共同声明では中国に気を揉ましたりすることになる。
 安倍首相、北朝鮮対応では国際社会の協調を引き出すとは言うが、隔靴掻痒の感で中国から離れ“迂回路外交”を河野外相共々展開している。
 一番安上がりで知的な方法は中国が一貫して主張する“対話”である。通い道のプーチン通りでも、安倍首相、タイワ~と声かけられているのだ。が、本命となる中国に“近外交”ができていなく、“遠外交”を繰り返すのだ。つまり、中国包囲網という策をとり、対立を先鋭化させている。
 国民の生命と財産を守ると言うのが口癖になっている安倍首相、なぜ北朝鮮に直接折衝に出向かないのか、或いは中国と腹を割って話をしないのか。国民の生命財産の危機をいうなら、既に中国の数先発のミサイルが、北の数百発のミサイルが狙いを定めて日本を蜂の巣にできるのだ。対話なしの制裁や圧力そして防衛増強の行く末は破滅となる。
 安倍首相は中国や北朝鮮を毛嫌いしている場合ではない。それとも安倍首相は“チキンレース”を続行するつもりなのだろうか。否、“チキン”にレースはできない。後ろ盾の傀儡師、米国がレースに安倍首相を引き摺りだしているのか。
 何れにしろ、北朝鮮のミサイル発射を批判するも「(朝鮮)半島問題の解決のカギは中国にはなく、直接の当事者にある」(中国外務省華春瑩副報道局長)とする中国の反発や、「思い描いたことと正反対の結果しか導かない、圧力と威嚇の政治は見直すべきだと」(ロシア外務省ザハロワ情報局長)米国を批判する。
 ミサイルの発射直後から動きを完全に把握していたとする安倍首相、“落石注意”のようなJアラートで十二道県へ避難を呼び掛けたが、避難行動を国民はしたのだろうか。発射直後から落下まで完全に探知、追尾可能との意味は、刻々と飛行物体のライブ中継ができるということであり、万が一中継が突然切れた時はミサイルの“落下(炸裂)地点”であったことになるのか。
 Jアラートが防衛予算等の増額の援軍ラッパとなっては国民が貧する。
 米国は責任を中ロに擦り付けているが、むしろ真摯に対話を望むべきである。でなければ、“暴発”・“暴挙”・“妄挙”にでるのは窮地に陥っている米国側となる。それとも北朝鮮など恐れるに足りずで、武器販売促進の宣伝花火程度なのか。
 が、制裁耐性を得た北朝鮮、「われわれは数十年間続いてきた国連制裁の中、あらゆるものを成し遂げた」と。そして「米国との力の均衡を成し遂げる」と、本気なのだ。
 安倍政権の対決の政治姿勢が国民の生命と財産を護るどころか危機に追い遣っている。鼻息は滅法荒い安倍首相だが、いつまで耐えられるのか。国民の不安は増すばかりだ。
 ----------------
 「戦争の歴史にも、歴史的に長い期間の遠因と比較的近い期間の近因とからなる『前史』があり、その流れがさら強まると戦争勃発直前の戦争『前夜』の段階になる。戦争前史の段階では、病気でいう予兆、徴候の段階に相当し、戦争政策を推進する政治勢力を国勢から失脚させたりして、戦争回避にむけた政策転換をはかることがまだ可能である。」(『日中戦争全史』笠原十九司著 53~54頁)
 ----------------
 国民は安倍政権に逆にJアラートを頻繁に出し続けなければならない。
 “日本がこの道をさらに進めば、明るい未来はない”。

引用・参照

金正恩氏が中距離弾道ミサイル「火星12」の実戦配備化を宣言 核戦力「終着点にほぼ達した」
産経ニュース2017.9.16 08:17

「厳重に抗議した」 菅長官会見要旨
毎日新聞2017年9月15日 10時37分(最終更新 9月15日 10時46分)

安倍首相「国際社会の意志 踏みにじる暴挙」
東京新聞 2017年9月15日 夕刊

中ロを名指し外交攻勢
中日新聞2017年9月16日

米国務長官 中国・ロシアに北朝鮮への圧力強化求める
NHK NEWS WEB 9月15日 10時35分
南日本新聞/2017/9/10 8:05
防衛予算要求/厳しい精査で膨張防げ


 安倍政権の戦争と平和- 2017年09月06日 16:52

 今や追い詰められて逃げ場を失いつつあるのは、日米韓のようである。
 制裁、制裁と、口を開けば制裁の強化を念じている。だが、制裁を主張する側は都度解決の間口を狭められているのが現状だ。
 つまり、威圧と制裁に対し北朝鮮の更なる反発を招くという、身から出た錆の如くの様相を示し、残るは直接の軍事手段に必然的に絞られてくるという最悪事態の招来である。
 計算された過激な発言と冷静な判断力を持つ北朝鮮は、此れまでの制裁にも持ち堪え慣れている。現に北朝鮮外務省「制裁活動は他国には通じるかもしれないが、わが国には絶対に通用しない」と言う。
 恐らくミサイル開発や核開発等に必要な資材等は十二分に備蓄済みかその調達に支障がないのだ。“悲願”達成が可能と見なさなければならない。八月の国防科学院化学材料研究所視察に際し、最新の試験発射済みを含め、弾道ミサイルの実戦配備に向けての量産体制を金正恩は指示している。
 どうやら北朝鮮の発表に対しては、バイアスで曇った希望的観測よりも、言動をそのまま等身大として対応策を講じたのがよさそうである。「自分の力で原爆、水爆はもちろん、戦略潜水艦弾道ミサイルと大陸間弾道ロケットまで保有した」と述べるならば、その額面通りなのだ。米国に実力を顕示しないでハッタリだけで凌げるとは考えていないだろう。イラクやリビアの現実から学べば即分かることだからだ。
 物資の涸渇ゆえに国際社会(日米韓)に泣き言を並べ跪き前非を悔いて、存在の保証となる“核手段”を弊履の如く捨て去ることは決してないだろう。
 飽く迄も米国を主たるターゲットにした目標貫徹の続行である。制裁のステップアップと“核・弾道ミサイル”の性能アップが同時進行している。北朝鮮の有言実行が続く。
 米国を筆頭に北朝鮮に関する“情報”は詳細不明というのが実態だ。したがって揣摩臆測となる。それに反し、北朝鮮側はその反応なども含め“西側情報”は入手し易いということだ。直情径行な青年の率いる北朝鮮、外交辞令など構っていられない。したがって西側(日米韓)は、発出された言動から判断すべきで、疑心暗鬼、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」的判断では対応も誤る。
 日米韓は素直にプーチン大統領の言葉に耳を傾けてはどうか。「核やミサイルの計画をやめさせようと圧力をかける政策は誤りで、むだなだけだ。挑発や圧力、攻撃的で侮辱的な言葉の応酬を続けてもその先には何もない」と。対話での解決を強調する。
 他国に“制裁を加える”などは日中戦争勃発時などの“暴戻を膺懲する”類の響きをもたないか。米国とて他国に制裁を加えられる立場なのだろうか。トランプ米大統領がいみじくも言い得たように、「人殺しはたくさんいる。我々にも多くの人殺しがいる。我々の国がそれほど潔白だと思っているのか」なのだ。
 事毎に“法の支配や自由、民主主義といった普遍的価値観を共有”と言挙げする安倍首相、国際社会を完全無視しイラク侵攻などをなした米国(主導)に歩調を揃え、引き留め役も果たさず火に油を注ぎ軍備拡張のチャンス到来とばかりに、世界一の借金大王(甘えの構造=国民の金融資産残高への依存体質の為せる業)にもかかわらず防衛予算を膨らまし続け、財政再建など何処吹く風でぶっ飛んでいる始末だ。
 更に被爆国であることをも顧みず、核兵器禁止条約にも背を向け、新たな“炸裂”を呼び込むような言動を策し、国民には運を天に任せるような無意味な訓練を施すのだ。最早、最悪時の犠牲者数をあげる段階ではないのか。
 さてイラク侵攻とは相違し、曲り形にも“大量破壊兵器”を所有し、しかも堂々と国際社会に憚らず宣示し、其の使用をも公言するのである。米国側の完璧なる先制攻撃による反撃で封じられない限り、米・日・韓の甚大なる被害は免れない状況であり 「針を以て地を刺す」なのだ。したがって攻撃(開戦)はためらわれるのである。否、トランプ大統領にとって今や中ロの勧める“対話”こそが、勝利への道なのであり、他に選択肢はない。
 「国際社会は対話のための対話ではなく、北朝鮮が非核化の意思を明確にし、具体的な行動を取るよう求めている」と強調する河野外相だが、現実をみれば“対話のための対話”も不可能に近い状況なのだ。北朝鮮は「地球上で抜きんでた最強の核大国であり続ける」米国に、核大国とまでには及ばずとも核保有国として体制護持のため一矢を報いるぞと、既に張子の虎ではなく、ましてや蟷螂の斧でもないことを示している。米日韓には現状を受け入れる以外に手段はないに近い。
 制裁の強化で、そして日米韓の無能無策を中ロに対する批難・制裁で切り抜けるられるほど現状は生易しくはなくなっている。これまでの開発時間を猶予する制裁は、北朝鮮に不可逆変化を起こしてしまったのだ。北朝鮮の核を今更丸裸にすることなど不可能に近い。
 北朝鮮の核問題は国際社会の同調を求めるのでは逆に戦争となり、解決には程遠くなる。解決策は米国の決断以外にない。決断とは先ずは信頼醸成となる米朝平和条約であり、それを六か国として国際社会として共に担保することだ。朝鮮半島の近い将来の非核化は無理であり、条約に当たっての条件とすべきでもない。  イスラエル・インド・パキスタンの核保有国を黙認しての国際社会の非難は、戦争中(休戦中)の北朝鮮に対する二枚舌である。
 国際社会が健全ならば、「地球上で抜きんでた最強の核大国であり続ける」とする米国が先ずは指弾されるべきである。国際社会は核兵器ゼロ向かっての削減行動を再び歩まなければならないし、核兵器禁止条約にすべての核保有国は賛同すべきである。その上での北朝鮮の核抜きである。行く末が北東アジアでの核戦争となるなど誰が望むものか。
 5日の衆議院外務委員会の閉会中審査では「今回の核実験は、唯一の戦争被爆国であるわが国として、断じて容認できない暴挙だ」と、厚顔にも批難した。核兵器禁止条約に関し、長崎市の田上富久市長が「日本の参加を国際社会は待っています」と呼びかけているのにだ。
 そして、河野外相は、「軍事力を使ってどう喝をしているのは北朝鮮だ。それを防ぐために抑止力を提供してくれているのが日米同盟に基づいたアメリカだ。国際社会に緊張をもたらしているのは、北朝鮮の一方的な行為だ」と論点を摩り替え、直接対話を否定する始末である。現況の政治的因果性のディレンマを抜け出すには、戦争という悲劇を避けるためには、「寄らば大樹の蔭」式の同盟の軍事力に依拠するのでなく、平和憲法に基づく“対話”を求めるべきなのだ。河野外交は安倍首相の安倍首相はトランプ大統領の入れ子式手のひら外交である。河野外交は“全員一致”の下にだ。安倍首相は河野外相というお面を被って国民の目をくらましているようだ。
 北朝鮮を“暴走”しているとの見方なら、核を誇示し核に依拠し世界を牛耳ろうとする米国は“核妄想国”であり、其の米国によって引き起こされることこそが真の暴走なのだ。
 前述した解決策が米国他(日韓)にとって屈辱的と思うのなら、北朝鮮にとっても侮辱と受け止められよう。真に北東アジアの平和を求めるのならば、虚心坦懐に対話に臨むべきである。
 韓国は当事者意識を確固として持ち、戦場とされないよう、他国の思惑に振り回されず、平和の確立に揺ぎ無く冷静に専心すべきである。
さて、メディアは言う。中国はメンツを潰されたと。しかし、世界最強の軍事力と世界最大の経済力を併せ持ち、世界の警察官を自他ともに任ずる米国、その米国はトランプ大統領になってから貧国の北朝鮮にますますコミット(深入り)し、威し文句を並べたりし、北朝鮮の“核開発の意志”を阻止しようとするのであるが、かえって脅されている始末だ。そして、自己の不甲斐無さと無能無策を主として中ロに八つ当りしているという次第だ。
 その中ロは当初から対話を重視し、この少々間抜けでわがままで破茶滅茶なトランプに対し、大人の応接を今のところしている。どう贔屓目に見ても“メンツ丸潰れ”は米国の側である。が、今のところは頭に血が上った挙句に為したイラク侵攻時のような愚挙には安保理も国際社会にも容認されないため、控えているが、寝首を掻く作戦などは“ならず者国家”の為せる業である。
 制裁の強化一辺倒の安倍政権でも、北朝鮮が核を容易に手放すとは考えていないだろう。ために更なる“制裁”の強化を訴えるのであろう。が、経緯をみれば制裁が核開発(運搬手段も含めて)の進捗を促進していることも否めない事実で、そのため制裁・圧迫が既に破綻していることも明白である。
 制裁ばかりでなく、米連合乙支フリーダムガーディアン演習等で常に北朝鮮に軍事的圧迫を加え追い詰め、一触即発の緊張をもたらすことも又、北朝鮮の核開発に拍車を掛けることになり、さらに威力を増した窮鼠に猫が噛まれる状況になり、そして当の猫がさらに身構えるという悪い循環となる。
 竹箆返しの連続となり、制裁・軍事圧力に応じ、核兵器完成度へのステップアップと悪循環を繰り返す。当然に行く末は前代未聞の核大戦争となる。が、北朝鮮は「われわれは米国の言動を注視し、それによって今後の行動を決心する」と、メッセージも送ることを忘れない。
 安倍政権にしてみれば、最後には日米同盟が庇うと考えているが、国民にとってみれば、戯言に過ぎない。現実に都心上空で核爆弾が炸裂すれば一瞬で消滅である。国民の生命・財産を護るどころか、そう日頃口癖のように宣う安倍首相自身が消えてしまうことになる。歴史はお題目と違い冷厳なものである。学ぶべきである。
 成算の皆無な或いは無意味な強硬策から平和への道筋を模索する“対話”へと向かうべきである。特に解決のフリーハンドを持つ米国を安倍政権は説得すべきである。国際社会の協力を仰ぐ割には重視すべき中国の習近平国家主席とは話し合いの場も時も持てないでいる安倍首相である。中国包囲網を画策しているのなら、比のドゥテルテ大統領後を見るがよい。賽の河原である。
 韓国でも核には核をのような意見が見られるが、破滅への想像力に欠け、論外である。
 安倍政権に求められるのは米政権に引き摺られるのでなく、或いは戦争に向かう契機を助勢するのでなく、対話への機会をとらえる言動を増やすことである。  朝鮮半島有事・無事の鍵を握るのはトランプ大統領よりも、むしろ安倍首相かも知れないのである。対北朝鮮強硬策をとる安倍首相の言動を注意深く観察し、裏に潜む真意を探らなければならない。
 韓国を差し置いてなぜ火中の栗を拾う役や代役を買って出るのであろうか。恰も自国が当事国であるがごとく演じているのだろうか。一つには憲法違反とされる安保法制等の正当性を立証する為の冒険なのか。二つ目には憲法改正への弾み付けか。三つ目は中国封じ込め北東アジアでの指導権を握るためなのか。四つ目は政権浮揚策か。それらと仮定されるなら、国民は時の内閣の野望の為に生命の危機にさらされていることになる。
 防衛費の増額で安全保障確保ができると考えるの白日夢に近い。現に米国を観れば判る。最強の軍事力を誇りながら、貧国の一発に悩まされているのだ。要は腕力でなく、平和を不断に希求する脳力向上にこそである。安倍首相(安倍首相のコピーとなった河野外務外相)の考えを敷衍すれば戦争にとなる。
 万が一北朝鮮への石油禁輸等が功を奏し金正恩体制に綻びが出た場合、自尊心を傷つけられの厭い、悪夢の先制核ミサイル攻撃等が同時多発的起きる可能性もある。核兵器のEMP(Electromagnetic Pulse、電磁パルス)の技術保有までも言い募る北朝鮮である。ミサイル防衛システム等が無力化されることも現実のことになる。ガラスの城である日本、韓国は脆い。米国の各種攻撃システムも狂い甚大なる被害が発生する。
 「軍事的に苛立ちを高めれば地球全体のカタストロフィに発展し、莫大な数の犠牲が出かねない。平和的、外交的手段をおいて、北朝鮮問題を解決する道は一切ない」と、プーチン大統領。耳を傾けるべきだ。
 中ロ二国と問題の共有化を図り解決に向きあえないトランプ大統領にこそ、問題がある。
 「島根に落ちても何の意味も無い」などと述べた自民党の竹下総務会長ではないが、それこそ逆に大都市に一発で、壊滅となる。
 安倍政権は中ロの決断を迫るのでなく、米国の平和向かう対話の決断をトランプ大統領にこそ迫るべきである。 もっとも緊迫した状況演出もトランプ流の“駆け引き”というならば、日米韓共に痛い目に何れ遭うことになる“贈り物”が届くことになる。
 トランプ大統領、危機の中で日韓に向かい商売気出すことはない。相手は本気である。その覚悟は日米韓にあるのか。間に合う機会を逸する安倍政権も、“一億総ざんげ”とはいかない。
 別言すれば、北朝鮮問題をきっかけに国際社会は二枚舌の清算を迫られているとも言える。
 3日北朝鮮の大陸間弾道ミサイル用の水爆弾頭実験成功の報後、トランプ大統領のツイッター(JST9月6日14:14現在)は以下の様である。
-----------
@realDonaldTrump · 5:36 - 2017年9月5日

I am allowing Japan & South Korea to buy a substantially increased amount of highly sophisticated military equipment from the United States

@realDonaldTrump ・ 9月3日

The United States is considering, in addition to other options, stopping all trade with any country doing business with North Korea.

@realDonaldTrump ・ 9月3日

I will be meeting General Kelly, General Mattis and other military leaders at the White House to discuss North Korea. Thank you.

@realDonaldTrump ・ 9月3日

South Korea is finding, as I have told them, that their talk of appeasement with North Korea will not work, they only understand one thing!

@realDonaldTrump ・ 9月3日

..North Korea is a rogue nation which has become a great threat and
embarrassment to China, which is trying to help but with little success.

@realDonaldTrump ・ 9月3日

North Korea has conducted a major Nuclear Test. Their words and actions
continue to be very hostile and dangerous to the United States.....
-----------
 北朝鮮の六回目の核実験(9月3日)の爆発規模が水爆級の約百二十キロトンであることを、小野寺防衛省が試算を上方修正し発表した。ノルウェーの地震研究機関も百二十キロトンと推定し、「(水爆実験だとの北朝鮮の)主張の信頼性は高まっている」とした。

2016年1月、北朝鮮の4回目の核実験で水爆実験に成功との発表時のブログ「水爆だったのか ― 2016年02月08日 15:25」も参照。

引用・参照

中日新聞 2017.09.06
北朝鮮 核 脅威の実情 下

産經新聞/2017/9/1 6:00
日英首脳会談/海洋国家の絆を強めたい

金正恩「ロケットエンジン・弾頭どんどん生産すべき」
ハンギョレ 2017.08.24 06:59

読売新聞/2017/8/31 8:00
北ミサイル対応/更なる挑発阻止へ圧力強めよ

NHK NEWS WEB 9月2日 4時23分
プーチン大統領「北朝鮮への圧力はむだなだけ」

自民 竹下総務会長が釈明「戦略的に島根狙うことない」
NHK NEWS WEB9月4日 13時55分

2017年09月05日 15:46 SPUTNIK
北朝鮮への軍事ヒステリー高じれば地球規模の大惨事に プーチン大統領

北朝鮮の核実験 非難決議を採択 衆院外務委
9月5日 14時05分 NHK NEWS WEB

[FT]トランプ氏、米ロを同列に論じ猛反発招く
2017/2/6 15:15Financial Times