『小学上野志』

　西群馬郡片岡郡 　四十九-五十一頁
　●小栗上野介

　名ハ忠順、徳川氏旗下ノ士ニシテ、實ニ幕末ノ一人物ナリ、精力人ニ絶シ、略ボ世界ノ大勢ニ通ジ、特ニ徳川氏ノ爲メニ、誠忠無二ノ志ヲ抱持セリ、徳川氏長州征討ノ擧アルヤ、之ヲ奇貨トシテ、一擧長州ヲ斃シ、再擧薩州ヲ斃シ、以テ幕府ノ下ニ郡縣制度ヲ施カント欲シ、時ノ佛國公使レオン、ロセスヲ介シテ、佛國ヨリ銀六百萬兩ト、軍艦數隻トヲ借受ルノ約束ヲナセリ、然ルニ、慶應三年十二月ニ至リ、佛國ヨリ破談ノ報アリ上野介之ヲ得テ、失望落膽ス、越エテ明治元年正月、徳川氏ハ鳥羽伏見ノ戰ヒヨリ、瓦解ノ端ヲ啓キ、上野介ソノ日ニ非ニ、事到底成スベカラザルヲ見テ、采邑ナル群馬郡權田村(今ノ西群馬郡倉田村大字權田村)ニ退隠シ、土着シテ農ニ從事セントテ、東善寺(村ノ中央ニアリ)ニ假居シ、字觀音山上ニ邸宅ノ建築ヲ創メ、田圃ヲ拓ク、時ニ、暴民襲来上野介ヲ討タントス、上野介ソノ巨魁ヲ慰諭シ、鎭撫セシメントスレドモ聽カズ、勢ヒ漸ク熾ンニ、四方ヲ圊ミテ頻ニ砲發ス。上野介止ムコトヲ得ズ、銃ヲ放チ之ヲ拒ク、暴民四散、走リテ官ニ讒訴ス。此ニ於テ高崎、吉井、安中三藩ノ士來リ、上野介及ビ男又一以下從者三吊ヲ捕ヘ、護送ノ途次、上野介ハ三ノ倉水沼ノ村界、烏川ノ邉ニ於テ直チニ之ヲ斬リ、男又一及ヒ從者三吊モ亦ソノ翌日高崎城下ニ於テ斬ラル、上野介ノ屍ハ權田村民之ヲ請ヒ、東善寺ノ境内ニ葬リ、又一ノ屍ハ其舊領齊田村民之ヲ請ヒ、其村内ニ葬ル。

引用・参照

『小学上野志』岩神正矣 編 (煥乎堂, 1894)
(国立国会図書館デジタルコレクション)